こんな話があります。
アカシュウカクアリというアリゾナ砂漠の中で一匹の女王を中心とし、 約1万匹のハタラキアリを擁するコロニーを1単位として生きている アリがいる。この女王は結婚旅行の後、たった1日しか交尾しない。 数匹のオスと交尾して精子を体内に保存しておく。保存精子で女王は 20年近くの間、子供を産み続けることができる。オスは精子を供給 する以外は邪魔ばかりすることを良く知っている。繁殖戦略としては 極めて合理的であるという他に無い。
アリは戦争もする。コロニー同士で戦争をして必死に戦うが、たとえ 敗れても決して復讐戦はしない。復讐心などという非合理的な考えは アリには無い。
偵察ハタラキアリがひとたび今日一日の食料収集域を決定してしまうと、 食料収集ハタラキアリは忠実にその命令に従い、たとえその通路に大量 のエサをまいても何ごとも無いかのようにその上を通過して行く。 こんな愚かだと思える振る舞いもする。
他人から見てどんなに馬鹿げている行動でも本人は合理的だと思って 振舞うのは、見方が変わればあり得ること。多くのひとは自分の価値 判断基準で世界を見ているので、他人の行動が非合理的とか非常識とか 愚かとか不思議とか思えることがあります。
他人の身になって考えみよ、と言われることがありますが、それは 自分の基準でおせっかいを焼くのではなく、他人の行動目的や理由を 見つけることなんでしょう。
「ふつう、そういうことは言わないんじゃない?」とか、 「誰もそんなことしないよ。」とか、 「みんなおかしいと思うよ。」とか、 いかにも他人を引き合いにして、自分がそう思っていないような言い回し をするのもひとつの例えなんですが、自分が思っていることをあたかも 大勢の人が支持しているかのように言ってしまうのは、相手のことを何も 考えないで、単に自己主張しているだけ。だったらストレートに自己主張 するべきであって、相手を傷つけまいとの気遣いは、それは自分がそう 思っているだけで、相手は必ずしもそう思っていないということに気付く べき。
これはまるで正義の味方は悪の世界からすると諸悪の根源であることと 同じようなことになるんでしょうかね。見方が変わればってことですか。
でも人の価値基準なんていうものは、人の数だけ違ってきます。 そういう意味では、相手への気遣いなんていうものは付き合いの深さに 比例するんでしょうね。あるいは感度の問題ですか。いずれにしても その感度のズレをいかに修正してあるところに収束させていくか、かな?
はい。今日は曇りときどき雨。(東京地方)
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