しむちゃんのつれづれ日記
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2002年04月14日(日) ヨハネ福音書のとあるくだり

辻元清美さんの議員辞職問題に関して、その追求のしかたについて
新聞記者のコメントに目が行きました。それはヨハネ福音書にある、
神殿で教えを述べていたイエスを、ユダヤ教の律法学者ファリサイ
派の人が試すくだり。

姦通していた女を連れてきて「こういう女は石で打ち殺せと、
モーゼは律法の中で命じている。あなたはどうするか。」と尋ねる。
イエスの答えは「あなたたちの中で罪を犯したことの無い者が、
この女に石を投じなさい。」律法学者らは言葉に窮して去っていく。

聖書では誰も石を投げられずに女は救われる。辻本さんの引責は
やむを得ないこと。でも国会議員722人のうち彼女の不正を
真っ向から非難し、石を投げつけることのできた人は何人いたのか。

他にも鈴木宗男氏やら加藤紘一氏のことにも言及されていますが、
記者の意見はこれらの疑惑に対して、その責任の取り方に不公平な
ところがないかということ。つまり、国会自身が自浄能力を示す
ことが必要だと。「出るくいは打たれる」式の発想で終われば、
辻本さんの「悔しい」と言った発言が活かされないということです。
最終的には、国会の謝罪決議、その後の不正は容赦無く辞職させる。
もしそれができないなら衆院の解散だともいっています。

誰しもが人のことを非難するときに自分のことを省みて発言や行動
を起こすわけではないでしょう。特に国政を預かる国会議員におい
ては、さまざまな利権がらみで、誰が見てもクリーンであり、本人
の中でも後ろめたいことは全くしていない人はいないと思います。
であるならば、少なくとも現職の議員達は、人を律する前に、自分の
過去を反省し、今後の問題について潔い対応をしていくべきです。
公職の身にある人達は、既得権にこだわる傾向があります。自分の
仕事を変えようとはしません。それが国民の利益にならないとしても、
自分の利益に反していることは動こうとはしません。そもそもその
こと自体が罪なのですが、これを反省させるためにはどうしたらいい
のでしょうか?やはり思いきって公的な仕事を民間にまかせることで
しょうか。

公務員の職は自治体や国によって守られている面が大きいです。
でもその基礎となるのは民間からの税金の類によって成り立って
いるという、その税金で公務員の給与が支払われているという原点を
忘れてもらっては困るということです。民間からの税収が落ちれば
予算も減るのは当然ですし、人件費を削ってでも生き残ろうとして
いる民間の努力を見習って欲しい。税収が落ちても必要な支出が
あれば借金でまかなうという発想が絶ち切れません。これが無くなら
ない限りは借金の額が減らないことは言うまでもありません。

構造改革で抵抗勢力に一生懸命投石している小泉首相ですが、相手は
国会議員ではなくて、利権に侵されている公務員の意識改革を求めて
いるような気がしてなりません。

はい。今日は晴れときどき曇り。(東京地方)


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