友人が失恋したときに使った言葉。(ごめん。言っちゃった。)
最初は、あぁそうか。振って振られてお互いにバランス取ったんだ。 なーんてよく分かってないのに分かった気持ちになっておりましたが、 今日見た新聞のコラムにこの言葉が載っていて初めて知りました。
これってアダム・スミスの主張する哲学本の中で出てくる言葉だった。 そういえば「アダム・スミスって知ってる?」って聞かれたっけ(汗) 倫理の教科書に載っていたよと自信なさげに言うと怪訝な顔してた。 アダム・スミスといえば、経済学の創始者だというのが常識的解答で あろうけど、彼は実はもっと広い学問領域−神学・哲学・倫理学・法学・ 経済学を含む学問領域−18世紀においては「道徳哲学」と呼ばれていて 「自然哲学」に対応する学問領域−の教授であったと言うじゃないですか。 あながち間違っていなかった。(笑)
分業と自由競争は神の見えざる手の様に予定調和を実現する、という アダム・スミスの出発点は道徳哲学だった。アダム・スミスにおける 自由は、封建社会や教会勢力の権威による理不尽さへの突破口だった、 と解説しています。彼にとっては神の意志である「調和」が経済の ビジョンであることは自明だった、と。
なに?ということはあらかじめ決められた当然の帰結なのか? 見えない糸を手繰りながらもそれはどこかで絡まっていたことに気が ついてその糸をほぐすためにお互いに身を引いたということか? 結局その糸は繋がっていなかったのか?それが神の意志なのか?
アダム・スミスの言う自由競争は21世紀の競争原理がどう変化して いくべきかについて示唆していると思われます。切磋琢磨という競争 の長所が強者の論理に堕落してしまった今日の経済。競争が社会に とってどのように有用であるのかという点で意味が深いと思います。 柳生新陰流の活人剣の知恵において。殺人剣でなく。
相手を追い込んで追い込んで死に物狂いになるまで相手を追い込んで。 それで相手を切り倒すのが殺人剣。 相手に思う存分動いてもらって、その後に相手の動きを見切って理に かなった動きをしたところで相手に切りつける。これが活人剣。
殺人剣の思想は教育の現場では使っている教員もいます。生徒に自分が どんなヤツか、どれだけの実力があるのかをあえて分からせるために。 一方の活人剣は金八先生のやり方とでも言いましょうか。まず相手の ことを良く見る。観察する。その上でどうすればいいのかを伝える。
広い視点から言うと、相手を叩きのめして自分が這い上がる実力の世界 という考え方が予定調和を崩してしまった原因ではないでしょうか。 実力主義・学力主義・強者主義。日本の経済発展を基盤から支えたこの 考え方をもう一度見なおす時期に来ているんじゃないでしょうか。 自由経済主義・市場原理が強者の論理に陥ってしまって著しい経済格差 を生んでしまい、民族の対立や戦争を引き起こしたと考えればなおさら。
経済を語る上で経済が沈滞したときに一番効果があるのは戦争だという 歴史からの経験がありますが、複雑化した今日の経済は過去の経験では 語れない面が多くなっておりますし、学問では説明できない事象も起きて いるのも事実。戦争を起こさなくても世界が平和に発展することが出来る ならば、それが一番いいことだと思うんですけど。どうでしょうか? 現実問題としてはそれを具体化するのが難しいんですけどね。 ね?小泉さん?
はい。今日は曇り一時雨。(東京地方)
|