『日々の映像』

2009年06月06日(土) 食料危機を冷静に認識する必要がある

資料
人類は食料危機を克服できるか
                          日経エコロミー

 日経エコロミーで「人類は食料危機を克服できるか」という貴重なリポートが掲載されていましたので、保管いたします。
ここでは目次と要点の一部を引用。
・新たな「緑の革命」は起こせるか
・食料生産は人口増に追いつけない?
・豚肉消費量が増える中国

1、2005年から昨年夏にかけて、小麦とトウモロコシの国際価格は3倍、コメは5倍に上昇。

2、価格高騰の背景には、慢性的な食料需給の不均衡という難題が潜んでいる。実はこの10年間、世界の食料消費量はほとんどの年で生産量を上回ってきた。私たちは、穀物備蓄を取り崩して食いつないできたわけだ。

3、今回の価格高騰は人々に行き渡るだけの食料がないことを知らせる危険信号だ。世界中で10億人に上る最貧層は、収入の50〜70%を食費に充てているため、価格上昇で特に大きな打撃を受ける。

4、中国で豚が大量に消費されれば、飼料に回される穀物が増え、世界の穀物需給が逼迫(ひっぱく)する。摂取カロリーで言えば、肉を食べるのは非常に効率が悪い。穀物そのものを食べるのに比べ、豚肉で同量のカロリーを摂取するには、最大で5倍もの穀物が飼料として必要になるからだ。

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人類は食料危機を克服できるか
                          日経エコロミー

増える食料需要に、生産が追い付かない。昨年の穀物価格の高騰は世界各地で暴動を引き起こした。新たな「緑の革命」は起こせるか。

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 2008年に世界を襲った食料価格の高騰は、食料危機の到来を告げる警鐘だった。2005年から昨年夏にかけて、小麦とトウモロコシの国際価格は3倍、コメは5倍に上昇。それに伴って、エジプトやバングラデシュ、中米のハイチなど世界20カ国以上で暴動が起き、7500万人が新たに貧困層へ加わった。農作物の不作による短期的な値上がりは過去にも繰り返されてきたが、今回は世界の穀物生産量が史上最高に達した年に価格が跳ね上がった点が、事の重大さを物語っている。
 私たちは毎日ごく当たり前のように食卓に向かい、自然の恵みを食べている。現代社会では、多くの人々が農耕の手間から解放され、お金さえ払えば、調理の手間すらかけずに三度の食事にありつけるようになった。食材がどこから運ばれてきたのか、どうやって育てられたのか、あまり考えることもない。価格が上がって初めて、私たちは食べ物のありがたさに気付く。こうした無関心のツケはあまりに大きい。
 価格高騰の背景には、慢性的な食料需給の不均衡という難題が潜んでいる。実はこの10年間、世界の食料消費量はほとんどの年で生産量を上回ってきた。私たちは、穀物備蓄を取り崩して食いつないできたわけだ。
 「農業生産性の伸びはせいぜい年間1〜2%程度です。これでは人口の増加と、それに伴う需要増に追い付けません」と、米国ワシントンに本拠を置く国際食料政策研究所(IFPRI)のジョアキム・ボン・ブラウン所長は指摘する。
 今回の価格高騰は人々に行き渡るだけの食料がないことを知らせる危険信号だ。世界中で10億人に上る最貧層は、収入の50〜70%を食費に充てているため、価格上昇で特に大きな打撃を受ける。食料価格は世界的な経済危機の影響で上昇が一段落したものの、今もまだかなり高い水準にとどまっている。さらに、気温の上昇や水不足の深刻化といった気候変動の影響で、世界の多くの地域で収穫量の減少が予測され、慢性的な食料不足に陥る恐れがあると、一部の専門家は警告している。
 温暖化と人口の増加が進む世界で、どうすれば飢えを減らせるのか。この問題に取り組むのが、国連と世界銀行が中心となって設立した国際農業研究協議グループ(CGAIR)だ。その傘下の研究機関は、1950年代半ばから90年代半ばにかけて、世界のトウモロコシ、コメ、小麦の平均収穫量を2倍以上増やすという偉業を成し遂げた。この驚異的な穀物生産の伸びは「緑の革命」と呼ばれている。
 21世紀半ばには世界の人口が90億に達すると予測される中で、2030年までに食料生産を2倍にする必要があるとCGAIRの専門家チームは考えている。緑の革命を成功させるまでにかかった年月の半分で、第二の緑の革命を成し遂げなければならないわけだ。


食料生産は人口増に追いつけない?
 およそ1万2000年前に人類が農耕を始めて以来、動物の家畜化、灌漑(かんがい)、水田耕作と、農業技術が進歩するたびに人口は増えてきた。食料生産の伸びが止まれば、やがて人口の増加も収束する。人類の歴史はその繰り返しだった。人口と食料資源の関係は、アラブ世界と中国の古い文献にも記されているが、この2つの関連性を正確に説明しようとしたのは、18世紀英国の経済学者で聖職者のトマス・ロバート・マルサスだった。
 人口はなんらかの抑制要因が働かない限り、およそ25年に2倍のペースで、等比級数的に(2、4、8、16というふうに)増えるが、農業生産は等差級数的に(1、2、3、4というふうに)しか増えないと、マルサスは論じた。
 「人口の力は、人類の生存を支える資源を生産する大地の力よりも限りなく大きい。そのため、生存が困難となり、人口を抑制する要因が常に強く働く」と、1798年刊行の『人口論』で彼は述べている。
 マルサスによれば、人口を抑制する要因は、避妊や禁欲、晩婚化など意図的なものもあれば、戦争、飢饉、感染症など人々が意図しないものもある。彼は食料援助は最貧層だけに限定すべきだと主張した。多くの人々に食料を与えれば、出生率が低下せず、飢えに苦しむ子どもが増えるばかりだと考えたのだ。
 産業革命で食料供給が飛躍的に増えた英国では、19世紀のビクトリア時代に入ると、マルサスの警告はたちまち忘れ去られた。さらに、20世紀に緑の革命が起きると、彼の理論は近代の経済学者から見向きもされなくなった。
 1950年代から今日までに、世界の人口はかつてないペースで増えた。マルサスの時代と比べるとざっと60億人も増え、今や70億人に達しようとしている。にもかかわらず、農業技術が進歩したおかげで、大半の人々は飢えを免れている。人類はついにマルサスが考えた限界から解き放たれた?つい最近まで、多くの人々がそう考えていた。


豚肉消費量が増える中国
 旧暦の9月15日、中国広東省の村では、高齢者を敬う盛大な催しが開かれ、村人は豪華な料理に舌鼓を打つ。魚介類、野菜、鶏肉、ハト、キクラゲ?さまざまな食材が使われた料理が並ぶなか、ひときわ目を引くのは、豚肉料理の豊富さだ。
 世界的に景気後退が進んでいるとはいえ、中国経済の成長を牽引してきた広東省では、今もまだ人々の暮らしには比較的ゆとりがある。近年、中国では豚肉の消費が伸び、1993年から2005年までに、1人当たりの年間消費量は24キロから34キロと4割強も増えた。
 「子供のころは、家で1頭だけ飼っている豚を毎年旧正月に食べたものです」。そう振り返るのは、養豚業のコンサルタント、沈光榮氏だ。肉にありつけるのはこのときだけだったという。植物の根っこから残飯まで何でも食べる丈夫な品種だったので、餌代はかからなかった。
 だが、現代の豚はそうはいかない。中国では、食料の値上げに対する人々の不満も手伝って政治的な混乱が広がり、1989年に天安門事件が起きた。その後、政府は食料需要を満たすため、大規模農場への税の優遇措置を導入。沈氏は、広東省の経済特区、深センにいち早く誕生した大規模な養豚場で働くことになった。そこでは、トウモロコシと大豆の飼料に肥育促進剤を混ぜて、豚の成長を早めている。こうした養豚場は集約型畜産経営体(CAFO)と呼ばれ、ここ数年どんどん増えている。
 中国で豚が大量に消費されれば、飼料に回される穀物が増え、世界の穀物需給が逼迫(ひっぱく)する。摂取カロリーで言えば、肉を食べるのは非常に効率が悪い。穀物そのものを食べるのに比べ、豚肉で同量のカロリーを摂取するには、最大で5倍もの穀物が飼料として必要になるからだ。飼料や車のバイオ燃料に回される穀物が増えたこともあって、世界の穀物消費は、1960年の8億1500万トンから、2008年には21億6000万トンへ増えた。
 世界第2位の穀物生産国の中国でさえ、国内の豚を養うには自国産の穀物では足りず、主に米国とブラジルから大豆を輸入している。

 ブラジルは耕作地を拡大する余地が残っている数少ない国の1つだ。だが、新たな農地は、往々にして熱帯林を切り開いて開発される。食料と飼料とバイオ燃料用の穀物需要の増大は、熱帯での森林破壊の元凶となってきた。1980年から2000年までに熱帯地方で新たにできた農地の半分以上が、原生林を切り開いて確保された土地だ。1990年から2005年まで、ブラジルのアマゾン川流域では年間10%のペースで大豆の耕作面積が増えてきた。
 こうして育ったブラジル産大豆を広東省の養豚場で豚に与えているのかもしれない。今後20年以内に、中国の人口が15億人に達したら、1人当たりの消費量が増えなくても、さらに2億頭の豚を飼育する必要があると指摘する専門家もいる。世界の食肉消費は2050年までに倍増する見込みで、それに伴って穀物需要も激増するだろう。



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石田ふたみ