『日々の映像』

2007年08月14日(火) 中越沖地震の記録 (34)

1、仮設住宅へ入居始まる 被災再建へ第一歩  朝日新聞
2、中越沖地震:サポート情報 ライフライン 毎日新聞
3、震災の傷なお癒えぬ柏崎、「大災害ないよう」先祖に祈り   読売新聞
4、「やっと畳で眠れる」柏崎・出雲崎で仮設入居開始  新潟日報
5、自衛隊の被災地炊き出し終了 新潟日報
6、中越沖地震の県内の被害 8月13日新潟日報夕刊から
7、 柏崎市は復興ビジョン策定へ  新潟日報


1、仮設住宅へ入居始まる 被災再建へ第一歩  朝日新聞
2007年08月13日11時37分
 新潟県中越沖地震で被災した柏崎市と出雲崎町で13日午前、仮設住宅への入居が始まった。発生から29日目、避難所生活を続けていた住民たちが、生活再建への一歩を踏み出した。新潟県建築住宅課によると、今月末までに県全体で1182戸の建設を予定している。
柏崎市内ではこの日、JR柏崎駅前のふれあい広場など6カ所に建てられた仮設住宅に236世帯573人が、出雲崎町では1カ所に11世帯39人が、それぞれ入居。3年前の中越地震と同様、地域の人が同じ場所に入居できるよう配慮された。
 中越地震で建てられた仮設住宅では、結露に悩まされたり、床下に水がたまったりする問題があった。今回は、天井に換気扇を設置したり、床下に小さな石を敷いて水はけを良くしたりと、教訓を生かした対策が施されている。
 柏崎市中央町で被災した塩ノ谷政子さん(72)は、駅前ふれあい広場で仮設住宅の鍵を受け取ると「避難所では夜でも子供が騒いでいて眠れなかった。今夜からようやく眠れそう」とほっとした表情で話した。
 自宅は全壊。家にいた夫は外に逃げようとし、玄関先で崩れてきた屋根の下敷きになった。胸の骨が折れ、今も入院中だ。政子さんは「こんな年でこんな目に遭うとは思わなかった。でも家族が生きているだけでも感謝しないと」。
 同市西本町1丁目の文房具事務機器店経営、岩下鼎さん(82)は、自宅兼事務所が全壊。市内の親戚の家に身を寄せていた。「これから新しい生活をしていかなければならない。どうせやるなら楽しくやりたい」と前向きに話した。仕事も、被災の翌々日には取引先の企業に間借りして再開したという。
 新潟県災害対策本部によると、13日午前8時現在、柏崎市、出雲崎町、刈羽村の3市町村に計52カ所の避難所があり、780人が避難生活を送っている。柏崎市内では上水道は全面復旧したが、都市ガスの供給は全体の1割、約3000世帯でなお止まっている。
 柏崎市教委によると、地震による臨時休校で授業に遅れが出ているため、市内の小中学校は夏休み後の授業再開を早めることを計画。早い学校では22日から再開する。



2、中越沖地震:サポート情報 ライフライン 毎日新聞
 ◇鉄道
 JR信越線柿崎−柏崎駅間で不通。バスで代行輸送を実施。JR越後線柏崎−吉田駅間は電車とバスによる臨時ダイヤ。
 ◇道路
 国道352号の柏崎市椎谷−大崎間で通行止め。
 ◇ガス
 日本ガス協会によると、13日午後8時現在、柏崎市、刈羽村の3万978世帯のうち、2432世帯で供給がストップ。
毎日新聞 2007年8月13日 19時38分 (最終更新時間 8月13日 20時



3、震災の傷なお癒えぬ柏崎、「大災害ないよう」先祖に祈り   読売新聞
 お盆を迎えた新潟県中越沖地震の被災地では13日、多くの家族連れが墓前に花を手向け、早く生活を立て直せるよう、災害に遭わないようにと先祖に祈った。
 本堂が全壊し、墓石の多くが倒れた柏崎市西本町の聞光寺では、傷は目立つものの墓石は土台に戻されていた。家族4人で訪れた同市宮場町の主婦中村京子さん(61)は「もう大災害が起こらないように」と手を合わせていた。
 一方、各地域にある共同墓地は修復が遅れがちで、倒れた墓石の前で祈る人たちの姿もあった。
(2007年8月13日22時28分 読売新聞)


4、「やっと畳で眠れる」柏崎・出雲崎で仮設入居開始  新潟日報
中越沖地震被災地の柏崎市と出雲崎町で13日、被災者の生活再建への第一歩となる仮設住宅への入居が始まった。県は両市町と刈羽村で計1182戸の仮設住宅を建設しており、今月末までにはすべて入居可能となる見通し。37カ所で計967戸の仮設住宅を建設する柏崎市では同日、第一陣となる6カ所262戸で、仮住まいへの引っ越しが始まった。
 JR柏崎駅前の駅前ふれあい広場で午前9時半から鍵渡し式が行われ、待ちわびた市民が次々と鍵を受け取りに訪れた。式には泉田裕彦知事や会田洋市長、約30人の市民らが出席。泉田知事が「仮設住宅の入居は生活再建の第一歩。着実に復興を成し遂げたい。最後の1人に笑顔が戻るまで支援したい」とあいさつし、市民の代表2人に鍵を手渡した。
 鍵を受け取ると、早速乗用車に満載した荷物を運び込む人の姿も見られた。仮設住宅の中を確かめていた同市西本町一、会社員入沢正美さん(48)は「やっと落ち着ける。自宅は倒壊し、家具も運び出せなかった。家具などをそろえるのも大変だが、周囲の支援ももらった。これからまた頑張ろう」と安どの表情。妻の真由美さん(45)も「やっと畳で眠れるのが感激」と話した。
 出雲崎町でも同日、川西団地に建てる15戸のうち11戸で鍵の引き渡しが始まった。刈羽村では15日、源土運動広場の200戸で入居が始まる。
 また刈羽村は同日、地震による被害額が160億円近くに上ったことを明らかにした。同村が10日までにまとめた被害額は、住宅で約133億8400万円、住宅以外の下水道など公共施設で約25億7400万円となった。



5、自衛隊の被災地炊き出し終了 新潟日報
中越沖地震で、陸上自衛隊による被災者への炊き出しが12日、終了した。地震発生翌日の7月17日から始まり、約1カ月間でおおよそ67万8000食を提供。市民からは「本当にありがたかった」と感謝の言葉が次々と上がった。
 炊き出しは1日3食を基本に、最大41カ所の避難所で行われた。給食支援部隊が担当し、延べ約1万5000人の自衛隊員が従事。日ごとにメニューを変え、偏りがちな被災者の栄養面にも気を配った。
 最後の献立は、むきエビとイカのほか、ジャガイモ、タマネギなど盛りだくさんのシーフードカレーと、野菜サラダ。被災者から人気の高かった一品だ。
 柏崎小学校(同市学校町)ではこの日、660食を用意。配食前から列ができた。同市西本町1の中学1年生、大森康平君(13)は「特にエビがうまい」とカレーをほお張った。
 同小で調理を担当した練馬第一後方支援連隊の岩佐昇一曹(43)は「暑い日が続いたので、衛生面に注意した。復興はこれから。今日で去るのは少し心残りがある」と、被災者を気遣っていた。
 元気館(同市栄町)では、柏崎市民謡保存会が支援のお礼として、自衛隊員を前に伝統芸能の柏崎甚句などを披露。踊りの輪に、自衛隊員も加わると会場が笑いに包まれた。
 同館で避難生活を送った同市新花町の五十嵐タケさん(65)は「炊き出しでいただいたみそ汁の味が忘れられない。本当にありがたかった」と感謝した。
 同市は今後も、パンや弁当の配食を続ける。
2007年08月13日



6、中越沖地震の県内の被害 8月13日新潟日報夕刊から
 死 者    11人
 負傷者   1954人
 避難者    780人
住宅全壊   1001棟



7、 柏崎市は復興ビジョン策定へ  新潟日報
 中越沖地震の発生から4週間となる13日、柏崎市では仮設住宅への入居が一部で始まる。また、同市の会田洋市長は11日、復興ビジョンを策定する方針を示した。
 被災地では11日現在、890人が体育館など52カ所で避難生活を続けている。県が同日までに建設を決めている仮設住宅は967戸。このうち柏崎市駅前公園など6カ所262戸で、229世帯536人の入居が13日に始まる予定。11日は県の担当者が各戸で完了検査を行い、ガスや水道、冷房の効き具合などをチェックした。
 同市の仮設住宅に入居できるのは、被災住宅が半壊以上となった世帯。入居申込者のうち、被害調査で一部損壊とされた451世帯について、市は18日から相談所を設置。住宅内部の診断によって半壊以上となるかどうか、優先して再調査することも決めた。
 地震後初めてとなる市議会全員協議会も11日開かれ、会田市長は5年後、10年後に向けた復興ビジョンを策定する考えを明らかにした。県の同ビジョン策定に合わせて取り組むとしている。
 また13日には、東京電力が提供した鏡町社宅(7世帯)でも被災者の入居が始まる。
2007年08月12日

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石田ふたみ