「にこにこばかりもしてられない。」
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「またいい子ぶっちゃって。」 と言う言葉は子供を追い詰めるという話を読んでいたら、 いい子ぶることも、本当にいい子として振舞うのも大差ないし、 いい子ぶろうとする積み重ねが自分の中にいい子像を作るのに大切なのだと書いてあった。
うん。 確かに。 いい子ぶるってやな言葉だけど、いい子ぶるのってみんな通る道だ。
いい子ぶってるっていわれたくはないけれど、 いい子にはなりたいわけで、いい子ってなんだって考えるところから始めて、 自分のいい子探しは続くのだろう。
この探し物をしている間、こころの葛藤は続くわけで、 人間誰でも割り切れない葛藤を、見て見ぬ振りしてやりすごして生きてるのだ。
同じ成長過程にある子供たちの間では同じように「いい子ぶること」が それぞれにとって切実なだけに「またいい子ぶっちゃって。」みたいなことを いったりいわれたりは常にあるだろうし、そういう環境で、タフになっていくのだ。
ただし、タフであるためになんの心配もせずにくつろげる 「こころのよりどころ」が必要なのだ。 自分の中の矛盾や、葛藤を無条件に包み込んでくれる大きなよりどころがないと 外の世界でタフになんてなれない。 と、お話は続く。
うん。そうだ。 自分を認めてもらえる世界があるから自信が持てるのだから。
丸ごとの自分を認めてもらえて受け容れてもらえるからこそ、 安心してくつろげるのだ。
そこでお母さんからも「いい子ぶっちゃって。」なんていわれたら 心のつじつまをどう合わせたらいいのだ。
自分の子供を丸ごと受け容れるのはたやすい。 子供のこころのよりどころになるのは母に適した仕事だと思う。
じゃ、さ、 母は? 母のこころのよりどころは?
育児本を読んでると、子供にではなくて、 自分に当てはまって胸に突き刺さることがよく書いてある。
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