秋葉知一 - 2003年10月15日(水) 昼から、神宮第二球場に東都大学野球2部リーグ戦・国士舘大学対専修大学の試合を観に行った。神宮球場には何十回も行ったことがあるが神宮第二球場はこの日が初めて。 チケットを買ってスタンド内に入った。そして驚いた。この球場の質の悪さに。 スコアボードは全て手動。しかもメンバーを表示する箇所が9人分しかない。東都リーグはDH制なため10人のメンバーを表示しなければならないのだが、一つの箇所に回の表裏で2人の選手名(投手と野手)の表示を入れ替えるというなんともお粗末な扱いをしていた。外野スタンドもなく、観客が座れるのはネット裏のみ。周りをよく見てみたら、この球場はゴルフの打ちっぱなし場と併用しているっぽい。隣接している神宮球場の華やかさに比べ、この球場の設備はあまりにもひどい。東都リーグの1部と2部以下では選手の立つ舞台がこれほどまで違ってくるのかということを痛感した。 この試合を観に行った目的は国士舘大の秋葉知一投手が観たかったからだ。秋葉は僕の地元三重の四日市工業高校(以下四工)出身。僕が高校3年の時は岡本(現・明大)を擁した三重海星高校が圧倒的に強かったが、一つ下の世代では秋葉を擁した四工がずば抜けて強かった。 秋葉は高校2年夏、3年春に甲子園に出場。高校2年秋に出場した明治神宮大会で四工は全国制覇をしている。東海大相模、広陵、北照、敦賀気比といった強豪校を次々と破り、ノーマークだった四工が優勝を果たした。僕が最後に秋葉を観たのは高3の夏の県予選。約3年ぶりに観る秋葉がどのように変わっているか楽しみだった。 専修大に2−3とリードされた四回裏、秋葉がリリーフとして登板。結構近くから観ていたのだが、一瞬、秋葉だと分からなかった。体格が二回りほど大きくなっていたからだ。かといって、太くなったっという印象ではなく、徹底的に走りこんで鍛えたと思われる下半身、ウエイトで鍛えた胸筋、背筋と、全体的にがっしりとした体格になっていた。スラッとした体格から華麗に投げ下ろすサウスポーという高校時代の印象から、がっしりとした体格から力強く投げ下ろすサウスポーという対極化したタイプのピッチャーへと変わっていた。 おそらくMAX140キロ(第二球場は球速が表示されないので)と思われるストレートにカーブ、スライダーの二種類の変化球。やはり体格がたくましくなったため、全体の球威が増していた。僕は秋葉の高校時代の投球フォームに対して、投げ込む際にちょっと沈みすぎじゃないかな、と思っていたのだが、大学ではその点を修正しており、自然な流れで巧く体重をボールに乗せ、投げ込んでいた。 秋葉は四回を投げ、打者12人に対し2被安打1奪三振とまずまずの投球を見せた。現在、秋葉は国士舘大では3番手ピッチャー。最終学年となる来年にはエースの座を奪い獲ってほしい。 「神宮第二球場」ではなく、国士舘大が1部に昇格し、秋葉にとって縁起のいい「神宮球場」で、いつか彼の投げる姿を観ることができたらいいなと思う。 -
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