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:::2003年08月02日(土)
:::LOST AND GAIN




今日の私は自分を自分で制御できない私だった。
朝からバイトに行く時間を30分も間違って遅刻したり、毎週してるはずの仕事のタイミングを間違えたり。ご飯も、美味しそうなパンを買ったのに一口も食べられなかった。よくわからないけどおなかが痛くて。でもって1人ぽっちの受付でこっそり少しだけ泣いた。


なんでだろうと思ってみたら、そうだった。
先々週の今日、電話が入ったんだったんだ。
私はご飯を買っていったのにそれを食べずに新幹線で弟にあげちゃったし、荷物をまとめながらメイクが落ちるくらいに涙していたんだ。
そのことに思い当たったとき、私は自分がホントはまだちっとも立ち直ってなんかないんだって痛いほど思い知った。正直、平気になってきたと思ってたから。夜中に涙するのは日常みたいに慣れてしまったし、お祈りは神様ではなくおじいちゃんになった。


無意識とは恐ろしい。


でもってすごくすごく悩んだ。
今すぐ受験なんてやめて、適当な仕事を実家で見つけて、それで生活していくことも、先生になることも、多分私の人生でそんなに大きな違いはないだろうと思ったんだ。
自分の人生がどうでもいいものに、本気で感じられた。だからといって、他に譲れない何かがあるわけでもなく、ただ、死ぬまでの時間が茫漠とした、無味乾燥なものに感じられた。
その一方で、遺志を継ぐ、ではないけれど、自分が将来、これと決めていた仕事に就くことでおじいちゃんが喜んでくれるかもなんてことも考えたりする。
まさに両極端なのだけど、今日は絶望一歩手前だった。平安時代をやってる私の表現としては、突発的に落飾してもおかしくないくらいの勢いだった。


バイトの時間も間違えるし、さほどいい仕事できてるわけじゃないしなあとかおもうと、自分がすごく不安定な存在に思えてくる。投げやりになってる。


今日だからかな。
しばらく土日は苦しいかもしれない。
本当に、無意識の中でのことだった。人の身体はすごくデリケートなんだなあ。


受験をどうしようかってことは、今も心にあるけど、昼間みたいに追い詰められるようにってほどじゃない。昼間は、帰ったらお父さんに受験やめるって電話しようと本気で決意していたもん。
どっちにしろ、今のままじゃ絶対無理だと思う。意志の時点でもう落ちてるよね。それでもいいと思えてしまうところが不甲斐ない。でも何も仕事持たずに郷里に帰ることは両親をがっかりさせるんだよね。
私に帰る(出戻る?)所はもうないと思う。そうじゃないとみんなは言ってくれるのかもしれないけど。


すごく時間がたった気がしてたけど、まだ2週間なんだ。
ほんのり青い唇にお水をあげたこと、和紙通じての感触がよみがえるよ。
いろんな顔が、呼ぶ声が、発した言葉が、日に日にたくさん思い出されてくる。
去年デススタディーズの時に同じことを勉強していたはずだった。そのときは大事な人をなくした人の気持ちに共感したものだったけど、そんなの比じゃないんだって今更に思う。
そして教科書に書いてある、失った人の反応を、いくつか私が今経験していること。ああ、やっぱりなくしたんだと、実感。


なにをしても面白くない。
涙腺が壊れたみたいだ。
心の病気になってるのかな。自分で自分が心配。
これから本当にどうしよう。・・・といいつつどうでもいいような気がしているのも多分やばいんだろうなあ。


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