なべて世はこともなし
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2006年05月28日(日) Snigelは会社を辞めるんじゃなかったっけ?という方へ

今年の2月の日記で会社を辞める辞めると大騒ぎしてました。昨日の日記にも書いた通り、かなり本気で辞めるつもりで、会社よりも早めに辞める意思表示をしなければいけなかった会社のとなりにあるジムは本当に辞めてしまいました。


当初の予定ではこうでした。


3月の終わりに勤続4年ボーナスをもらう。

その日に辞表を出す。

4/1より3週間日本に行く

日本から帰ってきて1週間テキトーに働いて退職
(引継ぎなんて知ったことじゃねえ)

(゚Д゚)ウマー



2月の時点では本気でキレてました。たとえプーになってもヒッキーになっても向こう見ずに会社を辞める覚悟でした。何、人間ケツに火がつきゃなんとかなるもんです(そうなのか?)。


この会社を辞める気になったのは、ひとえにひでー上司とかち合ったからです。この上司のどこかの国の偉大なる首領様並みの傍若無人ぶりは枚挙にいとまがないのですが、ひとつだけ武勇伝を紹介しましょう。


ある日、この上司、社員にとってあまりに不当な提案を会議上でしました。あまりに不当なのですが、偉大なる首領様に逆らえる人はいませんから、誰も文句は言いません。ただのひとりを除いて。実は、私とかなり仲の良かったドイツ人が公然と反対しました。その結果がどうなったかでこの偉大なる首領様の本性が分かります。


翌日、偶然休みだった彼の机はこの部長の隣の席に勝手に移動(しかもこのアホ上司が彼を背中から 四六時中監視する形になる)。で、この勇気ある同僚は翌週辞めていきました。こうして、まともな神経を持つ、まともな人たちがどんどん粛清されていきました。 私が辞めなかった理由は、そう。当時、まだ転職自由なビザを もっていなかったからです。


で、この上司は長くだらだらいるだけの私が目の上のタンコブだったのでしょう。いろいろな方法で私に嫌がらせをしてきまして、ちょっとやそっとのことではめげない私をして会社に愛想を尽かすまでに至ったのです。


で、Xデー(辞表提出日)としていた3月27日のぴったし1週間前に思わぬ大逆転劇が起こりました。


このくされアホバカ人間のクズ上司(そこまで言うか)が私より一歩先んじ手辞表を提出しやがったのです。


…こうして私は直接の会社を辞める理由をなくしてしまいました。


実際日本から帰ってくるとこの上司は会社から消え去っており。その後私は実に平穏無事にスチャラカ社員(死語)してます。というわけで、現状、確かに何も得るものはないものの、テキトーにやってりゃテキトーな金が入ってくるという実にぬるま湯的なテキトー状態になってしまったわけです。それはエノキダ!の高木君状態ですね(この意味が分かる1万人に一人の人は作者までメールください。分からない方はスルーしてください)。


この上司が辞めたときに、寄せ書きのカードが社内を回ったらしいです。思いきり笑わせていただいたことに、社員の多くがこのカードへの寄せ書きを拒否。カードの多くが空白のままという異常事態になったそうです。そんな中、アイロニーという言葉が何かをよく知っている別のドイツ人の同僚はこんな言葉を書いたそうです。


「新しいスタートはいつでも素晴らしいことです。一からやり直すことができるのですから」


私がこの同僚を見直したことは言うまでもありません。



次回予告。


次回は、ダブリンバスに合法的にただ乗りする方法をお教えします。そんな方法があるんかい…という方。あるんですよ。乞うご期待。




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