てくてくミーハー道場

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2015年04月26日(日) 気分はもう連休

という方も多いことでしょうな。



てなジジイ口調のぼくも、若干そんな感じです。

今年は仕事が少ないです。

不況だわ。

安倍さんのうそつき。←



というわけで(でもないが)、投票行ってきました。

もう5年半も住んでる板橋区なのに、道に迷っちゃいました。←

その後てくてくしてきたのですが、遅れを取り戻そうとして地下鉄ではなくタクシーに急遽変更したら、全然つかまらなくて余計に遅れてしまいました(めっちゃ腹立つ!自分の方向感覚に)

どこへ行ったのかは、後日書きます(フラグだ・・・)



ついこないだまで20歳の青年(羽生君のことだ)にドキドキポーっとしてたかと思ったら、今日はぼくよりも10歳以上年上のオジサマ(後日明かします)にドキドキぽーっとしてきました。

われながらストライクゾーン広いなあ。←



そんなわけで、てくてく貯金(感想書かずに給っているもの)が今月既に7本。

これから(4月中に)観に行く予定のものが3本。

なんか、遊びのリミッターがはずれてしまいそうで、自分でもやばいと思っている。

今日は、「超月刊ゴールデンボンバー@ニコニコ超会議2015」のタイムシフトでも視て、おとなしく(どこがだ)寝よう。


2015年04月20日(月) ファントムに喝采Part2

世界フィギュアスケート国別対抗戦をもって2014‐2015年のシーズンは幕を閉じました。

ぼくが、非常にぬるいミーハーファンであることはご存じのとおりですが、中でも、元来のショ○気質のせいで、現在のフィギュア選手たちの中では、日本男子シングルの羽生結弦くん一択(あれ?最近は宇野昌磨がどうとか・・・←ごほっごほっ)であることはご明察のとおりであります。

もちろん、ぼくの嗜好とか全然関係なく、普通にフィギュアスケートってものを見ていたら、羽生くんが最も注目に値する選手であることは言を待ちませんでしょう町田樹。(←すぐ調子に乗るやつ)

惜しくも世界選手権での連覇は成らなかったが(でも、今シーズンの波瀾万丈の事態の中で、連覇してたらそれはそれでコワい)、やっぱパンピには「五輪金メダリスト」って印象はデカい。

そういう、4年に1回しか気にしてない人たち(がほとんどなのよ、残念ながら。だからもっとがんばれフィギュアスケート!←)にとっては、その4年に1回のサイクルのド真ん中にピークを持ってこれる人、もしくは4年間ずっとピークを維持できる人をば“スターアスリート”というのではないでしょうか、なんてドSな素人発想。



ぼくは年とってますので(今さら?)、物心ついてからこれまで10回ぐらい冬季オリンピックを見てるんですが、昔からフィギュアスケートだけが好きで、“銀盤の妖精”ジャネット・リン(1972札幌オリンピック)をリアルタイムで見てましたなー(どうだまいったか←)

かわいかった、ほんとにかわいかった。(あのー・・・)

あ、すんません。で、なぜか1回とばして1980年。大学受験のために宿泊していた東京のユースホステルのテレビで、まさに某大学の試験前夜、フィギュア男子のフリー演技の中継を、みんなで見た。


大学受験生が。

ツルツルすべ(略)スケートを。



同宿の受験友、みな猛者であった。←

でも、合格したし、あたし。(←結果論)

そういう、おおらかなところが良かったのかもしれない(え)

つーわけで、テレビの中で華麗にすべりまくってるロビン・カズンズのしなやかな肢体においらはゾッコンになってしまったのを覚えております。

未だに覚えてるんだよなあ、確か全身黒いコスチュームで、その手足の長さに「日本人、100年かかっても、勝つの、ムリ!」とか思ってた(ちなみにこのレークプラシッドオリンピックでは、フィギュア競技に出た日本人選手は女子シングルの渡部絵美選手だけだった。当時、アイドル的人気でしたよね)



34年後に、勝ってしまったなあ。(感無量)



閑話休題。

その年、無事に渡部絵美さんの後輩になって(その大学に行きました)、体育でフィギュアスケートやって(別に憧れていたんではなくて()、スキーかスケートの2週間の合宿に参加すれば、1年間ずっと授業に出なくても体育の単位がとれたのだ)すっかり懲りて(ぼくには才能ゼロでした)100%見るだけにしようと思った4年間。

だがしかし、1984サラエボ、1988カルガリーと、女子のカタリナ・ヴィットの女王っぷりしか覚えてない。

ぼくにしては珍しく男子に興味なかった。その時期に大活躍してたのがブライアン・オーサーだったんですね。間が悪くてすみません。

そして1992アルベールビルでは伊藤みどりさん大活躍で日本人大熱狂してたものの、男子はまだまだだったなあ。スピード競技やスキージャンプは強かったんだけどなあ。

1994年(ここで2年ズレた)のリレハンメルでは日の丸飛行隊(ジャンプ団体)しか目立ってなくて、フィギュアってもしかしてテレビでやってくれなかったんじゃないだろうか。見た記憶がないのよ。

で、その4年後は長野で、日本中がやっと冬季オリンピックのすべての競技に注目することになりまして、ここへきていよいよ今でもおなじみの日本人選手、本田武史&田村岳斗の人呼んで「フィギュア界のKinKi Kids」(と言われていたらしい。よく考えたら、確かに同年代だ)が脚光を浴びたわけですが、純正KinKi Kidsヲタとして正直に言わせてもらうぞ。


当時、聞いたことなかったぞそんなん。←


ま、フィギュア界のことを知らなかったからな、ぼくが。

そんなぼくでも、「実力の本田、ビジュアルの田村」とかの標語は知ってた(ご、ごめん。でも、確かにそう言われてたよね?)

でも、スケオタならともかく、一般日本人女子は、単純に、金銀銅のお三方(“銀”はどうかなー?←オイ)にキャーキャー言ってましたわよね、奥さま。

特に、“氷上のディカプリオ”イリヤ・クーリックさまとか、もー大人気でしたわよね。記憶がくっきりしてますわ、この辺。


えー、で、次はソルトレイクシティか。宇宙人(誰かは書かなくてもわかりますね)襲来か。

でも確か優勝したのはヤグディンさんだったよね。「へぇー」って思って見てたわ。

「へぇー」って思ったってことは、宇宙人(いい加減、ちゃんと名前を書け)の前評判をぼくもちゃんと知ってたってことだよね。オリンピックだけじゃなくて、世界選手権とかを見てたってことだ。長野以来、フィギュアスケート(男女シングルだけじゃなく、ペアやアイスダンスも)の人気が定着したってことなんだな。

その後、荒川静香さん大快挙のトリノ、盒饗腓舛磴鵑貌本中のおなごどもがキャーキャー言ってたバンクーバー(なぜ軽くディスる?)と、以上、ぼくが覚えてるフィギュアスケート講座でした()





(なぜか約3年後に加筆)※ここまで読んで大きな違和感を覚えたであろう読者の方に一言言い訳をします。

2006年トリノから2014年ソチの3大会にかけて、なぜ“あの選手”の名前が一回も出てこないのか?ておどるはアン○なの?と思われたかも知れません。

が、それは大きな誤解です。

正真正銘、記憶に残っていないのです(その方がもっと失礼だろ!)

いえ、もちろん浅田真央ちゃんのことを知らないとかすっとぼけたことを言うつもりはありません。国民の妹的アスリート、全日本人が応援する天才少女、その認識はもちろん持っていました。

だけど、各大会を振り返ったとき、なぜかぼくの観戦記憶から抜けているのです。

それは、トリノでも、バンクーバーでも、ソチでも、なぜか必ず襲い来る「なんでこうなるの?!」という悔しさが、ぼくに彼女への言及を避けさせているのかもしれません。

でも本音で正直に言うと、「女子に興味なかったんだよネー」てことなんです(おいっ!)

荒川さんは、金メダル獲ったので覚えてるんです(←冷酷)

あと、日本中が本当の意味も知らずにイナバウアーイナバウアー騒いでたってのもありますし。

真央ちゃんがトリプルアクセルを跳ぶ天才少女出現!と騒がれ始めた時代もちゃんと覚えてますが、ジャニオタのぼくが毎週視ていた『学校へいこう!』では、ミキティ(安藤美姫)だけを取り上げていましたし。

トリノはそんな感じでしたし、バンクーバーで盒饗臺紊気鵑里海箸靴覚えてないのも、ぼくが単に男にしか興味がない男子中心に注目していたからだと思います。

あと、真央 vs ヨナを純粋に競技上のライバル関係だけでなく国対国の構図に持っていこうとする連中にげんなりしていたってのもあります。正直近寄りたくなかったです。

と、言い訳をつらつら並べましたが、決して悪意があってシカトしたのではないということだけ理解していただければ幸いです(あーこれも余計なことだったかなー?)






そんな中、いつぼくが羽生結弦くんを認識したのかというと、確かバンクーバーのころに「次世代の盒饗臺紊蓮△海了劼澄」みたいなのをテレビでやってたと思うんですよ。いや、もうちょっと前かな? 荒川さんがふるさと仙台のスケートリンクを訪ねて、みたいな番組だったか。

そこに、マッシュルームカットの、アメンボみたいにほっそい、中性的な男の子がおりまして。

顔はさほど美少年というわけでもなかったが(こら)、当時から実力が買われてたらしく、数人いた子供たちの中で、代表してビールマンスピン(!)をやったのをおぼろげに覚えております。

ジャンプとかじゃなく、異常に体が柔らかい男の子、というのが、羽生くんへのぼくの第一印象でありました。

まあ、そこで羽生くんが田村岳斗みたいな美形だったら(でも、眉毛細い男は、ぼくはあんまり好きじゃない←)すっかりスケオタになっていたぼくなのでしょうが(暴言)、結局「すごい子がいるなあー。次のオリンピックになったら注目しよう」ぐらいの熱度だったので、そのまんまソチまで“遠くから活躍を眺めてる”状態だったわけです。

その、2006年から2013年(ソチ直前の全日本選手権)までの、羽生くんのドラマチックな選手生活を、全然知らずにいたわけなのよさ。(ピノコ?)



そんでもって、ここからソチの間に、ぼくはナマ羽生くんを見たことがあったという記憶の扉に行きついた(((^^;)))我ながらびっくり



2013年6月。

井上芳雄くん目当てに観覧した『オリンピックコンサート2013』に、次期オリンピアン候補(決定だったかな?)として羽生くんも登場していたのである。

待ってろ(←?)、今記憶の扉をこじ開けっからよ。






どんなんだったかなあ羽生くん。ぼんやりとしか思い出せない(哀)

既に大学生になっていたはずの羽生くん。

ぼくのそれまでの記憶の中にいたアメンボ少年ではなくなっていたが、やっぱり細くて、端正で、お話しぶりもはきはきしていて、好感だらけだった気がする(←記憶の美化?)

なにせ当日は、霊長類最強女子の吉田沙保里選手を見られた感激がデカすぎて(^^ゞ(格闘技系に関心皆無のぼくでも、さすがに彼女は別格であった)


まーそんなふうにぼんやりしてたので、結局、次に認識したのは、ソチに出ることが決まったという報道を見たときで、「パトリック・チャンとかいうすごい選手に勝てるの? ねえ? どうなの?」(←完全なニワカ)みたいな期待のもとソチを見て(でも、本能的に羽生くんしか気にしてないあたり、我ながらすごいな)、勝って、「す、すげええええええ」とド素人感動をして、それなのに世界選手権も見ずに(これもすごい“伝説の対決”だったのにー!)日常生活に戻ったアタイであった。



でもですね、このところフィギュア人気が定着したおかげでテレビが放送してくれるので、2014-2015年のシーズンが始まるのをちゃんと認識し、羽生くんが出るグランプリシリーズの中国大会から見ましょうか(その前の大会も、ネットではチェックしてましたが)、なんて思ってたら、いきなりの例の事故。



びっくりしましたね、本当に。

事故直後に強行出場した痛々しい演技もだが、その後「出るべきじゃなかった」といろいろ叩かれていたのも見ていて辛かった。言う人の気持ちもわからないではないけど。

そして、NHK杯での不本意な結果。本人は「怪我の後遺症ではない」と言っていたが、その意地っ張りぶりに内心キュンとしながらも(こらこら)、今年はもうあきらめた方がいいんじゃ・・・と門外漢のくせにいっちょまえの感想を抱いていた。

だが、執念で出場権をもぎ取ったグランプリファイナルで気迫の優勝。

時を置かずして全日本選手権に出てこれまた優勝したものの、直後にまさかの腹部手術。

そんでもって年明けたら、実は足も怪我してました、と、いろいろありすぎ。

でも、世界選手権に出場し、SPで仰天の出来を見せつけたところが(なんか、やけに難しいことをやってなかった? としか素人には分からず)、FSで盟友・フェルナンデスに水をあけられ、「悔しいいい!」と正直に悔しがってた羽生くんは、まんま『週刊少年マガジン』連載スポ根コミックの主人公のようであった。つうか、今でもそんな感じだ。

まあ、結果が出た後、ハビエルに抱きついてエンエン泣いたりして、別種のマニア(!)を喜ばせたりしてたが(やめろ!そういう目で見るのは)







だが、今回国別対抗戦のFSを見て、なんか、今までにない気持ちになりました。

どんな気持ちか。







ぼくは、羽生くんを、実際以上に子供(つうか、ショ○?←やめろ)に見てたのではないだろうか。

ぼくが思っているよりずっと、彼は大人(特に、中身が)なのではないだろうか。



昨シーズン、羽生くんはSPでは“伝説の名プログラム”「パリの散歩道」、FSではキラキラフリフリ衣裳で「ロミオとジュリエット」を滑っていた。

「ロミジュリ」なんて、十代の男の子が滑るのにこんなに似合う素材はない。

誤解を恐れずに言えば、どんなプログラムであれ、幼さを残した男の子が(「ロミジュリ」は女子でもペアでもアイスダンスでも人気ですが)必死に滑ってれば、それなりに(暴言2!)

これは決して、2011-2012年シーズンの「ロミオ+ジュリエット」を揶揄しているわけではないっす。っていうか、あのプログラムはフィギュアスケート競技の歴史に残る名プログラムだと思っております。

ソチですっ転びまくってたから言うわけじゃないが(おい!)、羽生くんの「ロミジュリ」(2013-2014版)は、必然的に後半に向かって体力を大量消費する鬼プログラムであるがゆえに、自然に最後「ロミオっぽくなって終われる」(むしろ「ジュリエットっぽい」気もしたけどむにゃむにゃ)プログラムだったなって、思う。

何が言いたいんだぼくは(知るか)



そうそう、なので、今シーズン、「オペラ座の怪人」て聞いて、「えー・・・?」と思ったのよ実は。

(やっと本題に入ってきた気がする)

しかも、今期は無良崇人選手も「オペラ座の怪人」やってるだろ?(村上佳菜子選手は女子だからまた別)

24歳の大人の男に“雰囲気”ですでにかなわないんじゃないの?

まあ、フィギュアは「似合うかどうか」より「上手かどうか」(←バカな言い方だが、真実だろ?)が大事なのではあるが、最初からハンデがあるなあ、と思っていたのだ。

そして、実際に演技を見ても、なんか無良くんの方が、ファントムらしいなあ、ムードがあるなあ(ごめんなさい、とにかく素人なのでこういうところしか判んないんですっ!)と思っていた。

たしかに羽生くんの「オペラ座の怪人」は、ジャンプが入るタイミング、スピンが入るタイミング、こだわりのレイバックイナバウアーが入るタイミング、どれひとつとっても彼の実力あってこその絶妙さなのであるが、そもそもどう見てもラウルみたいな優男の羽生くんに、ファントムの世捨て人としての苦悩とか、表現できるんかいな、と思っていたのだ。そういうのが採点に必要なのか知らないけど。





ところが。

後日スポーツバラエティ番組でさかんに検証されていた、最後の「バイバイ」に象徴されるようなこの日の羽生くんは、すっかりファントムになっていた。

ミューオタのおばさんのハートを、わしづかみしてくれた。←



実はぼく、この「バイバイ」は、ファントムがクリスティーヌに言ってるんじゃなく、羽生くんがこのプログラムに言ってるんだと思ってた。これでこの曲を滑るのが最後だから。

そんなおセンチな理由ではなかったんですね。

この日の、まさに脂が乗った羽生くんの演技を見て、名実ともにニッポン男子いや日本フィギュア界を引っ張るエースになったことを思い知った(でもでも、まだ二十歳なのよー!お願いもう少し少年でいて!←うざいぞおばさん)

幸い(?)肢体は相変わらず鶴のように(「2013-2014ロミジュリ」の衣裳がいつも丹頂鶴に見えてならん)細いので、そこは今後も眼福ものでありますへへへ(←キモい)



さらにエキシビションでは、世界中の人たちの“記憶に残る”「パリの散歩道」を1年ぶりに披露。

史上最高の101.45ポイントを獲得したあの滑り。点数もだけど、あれは一種の奇跡だったのではないだろうか、と何も知らぬ素人は(だって、それまでの「パリ散」の成長の過程を知らなかったんだもん)ぬるく見守っていたらば、何ともすさまじい完成度の演技!

ソ、ソチのときより良いよね? よね?

なってるよね。そりゃ、成長してるもんね。SPの構成も上がりまくってるし。

ぶるぶるぶる。

そして、フィナーレでの4回転ループ。松岡修造がうるさかった(笑)



しかし、たった1年前なんだよなあ、ソチ。

それなのに、こんなに大人びるんだよねえ、若いから(←嫉妬?)

ショ○コンとしては寂しい気もしますが(エ?)、さすがにぼくはそこまで病気ではないので(ホントかよ)、これからもどんどん成長する羽生くんを生暖かく見ていきたいと思っておる次第なのでございます。







では、来シーズン、またお会いしましょう。


2015年04月19日(日) ミルクティーが飲みたい・・・

久しぶりに、一週間で芝居を4本観るという、ておどる的通常運転()をしてしまったせいで、若干疲れてます。



お金が入るとすぐ遊んでしまう悪いくせ。

お金がなくても何とかして遊んでしまう、もっと悪いくせ。←

4本分の感想をこれから書くと12時間ぐらいかかってしまいそうなので(オーバーではないところが恐怖)、御手洗潔のまねして心を落ち着けます。

   ↓


(画像の貼り付け方を覚えたので、嬉しがって使いたがる中高年)





この写真を撮ったのは、ドラマが放送されてからそんなに遅くない時期ですが、“聖地探訪”らしき人たちはもう潮が引いた後だったようで、穏やかに通常営業してました。

この、御手洗が座った席はご覧のとおり「予約席」プレートが置いてあったので、

「ははぁ、やっぱり、来るんだな。そういう人(この席に座りたがる人)が」

と勝手に納得していたら、本当に予約席でした(^^ゞ

ぼくが、石岡君((≧∇≦)きゃっ←)が座った席でミルクティーを飲んでると、常連さんらしいお客さんが店員さんに慇懃に案内されてきて、座ってました(来る前に写真撮ってて良かった・・・)

御手洗が音楽をかけたジュークボックスも、しっかりありました。

ジュークボックスは“ドラマの演出”だと思ってたので、本当にあったのを見たときには嬉しかったです。



んで、この店、実は、ぼくの家から歩いていける距離にあるのです。横浜なんて大嘘で、実は板橋区にあるのです。

(去年の夏に「○塚公園(←板橋区にあるデカい公園)で堂本光一がドラマロケ中」というツイートが話題になってたときから知ってたんだけど、公園の中で撮影してたのかと思ったので、放映されたドラマを見てびっくりした)

知ってる場所がテレビに映ると、自分が出演したわけでもないのに、テンション上がりますな(ミーハーなぼくだけ?)

うちの職場のビル(の外観だけ)が、某連続ドラマで、主人公の勤め先として映ってたときも、思わず目をこすってしまいました。

わざと違う地名(実在しない)のプレートを貼ったりしてるんで、一瞬「?」と思うんだけどね。



確か、『天才探偵ミタライ』でも、御手洗と石岡君(それはそうと、なんで石岡→御手洗は呼び捨てで、御手洗→石岡は「くん」付けなんだろう?御手洗の方が年上なのに)が住んでいる設定の“馬車道”も、あの住所プレートは真っ赤な偽物ですね。そもそも「馬車道」という住所はないので。

ただ、あの建物は馬車道に存在するのかどうか、ぼくはあの近辺には詳しくないからよく判らない。

(ちなみに、現地にある本物の「馬車道」プレートはこんな感じ)

   ↓






・・・ミーハーで申し訳ござらん。思い立って、わざわざ行きました。(−−;)





で、ここまで行ったら、ちょっと(?)足を伸ばして、懐かしのこの場所。






たぶん、ほとんどの方が「何これ?」と思われるであろう。

ここは、あの、歴史的名所旧跡()「The ENDLI. Water Tank」跡なのである。

石碑は建っておりませんでしたが←

つうか、見事にアトカタなし(2015年4月現在)

ソメイヨシノの木もなくなっていたことが(敷地内に残すことができなかったんだろうな、きっと)、すごく寂しかったです。

それはまあしょうがないにしても、周辺はばんばん何らかのビルが建設されているのに(向こう側にも、見えるでしょう?何かのビル建設中の様子が)、なぜかここだけ10年以上もぽっかりと更地のまま。

逆に不思議である。

この土地は横浜市のものだったりすんのかな?

詳しくないので、これ以上は言及できませんが。







で、せっかく横浜に行ったので、もうひとつの“聖地”へ行ってみました。






ここも未だに、たまーに“巡礼”する人がいるらしい(それどころか、ここの前で「女々しくて」のPVをそっくり真似してる動画を見たことがある。すげー!)

ぼくは今ごろになって今回初めて行ったのですが、ロケーションが思っていたのと違って、軽く衝撃でした。

ちなみに、「ちょ、待ってよほんとに・・・謝ってんじゃんか〜」の橋(ネーミングもうちょっと考えろ)はこの写真のすぐ左側にあり、そこも撮ろうと思ったんだけど、若干物々しい感じが怖かったので(行ってみると判ります)やめときました。

ぼくはお酒をたしなまないので知らなかったんだけど、この「Bar StarDust」は、すんごい歴史のある有名な店で、もちろん今でも営業中。開店ちょっと前の時刻に行ったので写真撮れたんですが、もう少し遅れてたらアウトだったかも。

ガラスドアの中では飼われている猫さん(「にゃんにゃん」という名前らしい/笑)が外を見張っていて、ぼくの足は思わず釘付けになってしまいました(*^^*)





しかし、「渋谷」(なぜここが基点なのかは、後日明記)→「Water Tank跡」→「馬車道」→「Bar StarDust」のてくてくは、けっこう疲れた(御手洗ミルクティーの店は、別の日に行ってますので)

こんなことやってるヒマと体力があるんなら、芝居の感想書けってことだが(←)

よし、『KinKi Kidsのブンブブーン』の録画視よう。たかみーリベンジなったのかな?ワクワク←その感想も全然書いとらんやないか!


2015年04月18日(土) ファントムに喝采Part1(Colm Wilkinson「Broadway and Beyond Japan」)

世界で最初にジャン・バルジャンを演じたお方であり、ファントムは1700回以上(七代目幸四郎の弁慶より多い!←)演じた大スター、コルム・ウィルキンソンの初来日だそうですので、勇んで出かけました。

といっても、ぼくはしろうと観客なので、この方、映画版『LesMisérables』で司教さま演ってたあの方なのよ!と、教えられて改めて「そうなの?!」と気づいたという。

そんなやつにはブタに真珠、とお怒りの皆さまには心から申し訳ないと思っております。

虚心で聴かせていただきました。





虚心なので罰当たりなこと書きますが、みなさんお目当てのバルジャンやファントムのナンバーよりも、ぼくは「ダニー・ボーイ」や「Anthem」(←特にコレ!)に心わしづかみにされました。

特に「Anthem」なんて、歌詞の意味も解らんのに(おい)涙ボーボー。

今回のコンサート、もちろん彼がこれまで演じてきた人気キャラクターのナンバーも歌われたんですが、いわゆる、歌手としてのコンサートでもあって、「朝日の当たる家」とか「テネシーワルツ」とか、なんか、懐かしい曲もたっぷり。

中でもぼく的には、「Get Back」→「She's Leaving Home」→「Hey Jude」という、ポール(と言えばマッカートニーに決まってる←)のコンサートに行けなかった身には、ありがたいんだかイジメなのか分からない()メドレーが沁みました。

くそ(下品ですよ?)かっこ良かった(T△T)

ポールの東京ドーム、行きたかった(泣)←それは君の問題でしょ?



話を戻すと、コルムさんはミュージカル界の大スターであると同時に“歌手”なのね、ということが分かりました。

ギター抱えてロックを歌う司教様・・・じゃなかった、コルムさん、かっこえがったっす。





もちろん、期待どおりのミュージカルナンバーもたくさん。

ゲストに、アール・カーペンターという、“今の”ファントム(そんで、ジャベール)が出演、女性ヴォーカリストとしてスーザン・ギルモアと則松亜海が出演。

ここで書くのもどうかとは思うが、則松は、こうやって外で思い切り歌ってる方がのびのびしてて良いな、と思った。つまり、早く退団して良か(略)

ただ、「Let It Go」は上手くなかったな。それこそクリスティーヌのナンバーみたいな、クラシカルな唱法で歌える曲の方が合ってる。

まあ、ミュージカル観てたら、いずれまた彼女を観ることもあるでしょう。





なんだかんだ言って、「The Music of the Night」(なんか色っぽいんだよねぇ〜、コルムさんのファントムは(´‐`*))で始まり、「Bring Him Home」(“あの”衣裳でコルムさんが登場した時の会場の沸き様ったら/笑)で終わるという、サービス精神満載のコンサートで、ぼくも大満足いたしました。


2015年04月16日(木) 『団子売』でも可(←本文参照)

十七代目中村勘三郎丈が亡くなって、今日で27年目。

今までぼくは4月16日について特別に書くことはなかったけれども、さすがに今年は書かざるを得ない。



だって、なかむらやファミリーのファンなら間違いなく全員が大好きな中村小山三丈が、ほんの10日前に亡くなってしまったからである。(合掌)

89年(!!!)もの長きにわたって中村屋一門を支えてきたスーパーお弟子・小山三さん。

100歳超えして、中村屋四代に仕える日も夢ではないと思われていたのに(いっとき、ご病気をされて危なかったこともあったが)

とても残念です。





「ダンナ、アタシ参りましたよ」

「おや、ずいぶん早かったね」

「だってダンナ、おっしゃったじゃありませんか。『ボクが死んだらね、棺桶に小山三を入れるんだよ』って」

「あれはシャレだよ、お前さんだって判ってるだろうに」

「ですからね、27年お待たせしました。その間に、雅行さんが立派に勘九郎を継がれて、結婚もされて、男の子二人ですよ。中村屋は安泰ですよ」

「それにしたって・・・あいつはずいぶん早く来ちゃったしねぇ・・・」

「それだけは・・・アタシも悔しくて、残念で・・・(涙)」





罰当たりですが、こんな空想をして悲しみを紛らわせているのです。





罰当たりついでに、こんな妄想も。





「ちょっと、寿ちゃん?!あーた何やってんのこんなところで!」

「え? いやね・・・(照)、ちょっと、早く来すぎたかな?」

「当たり前だよ!だめじゃないの。光寿くんどうするの。それに、うちの倅たちのことも頼んどいたのに・・・」

「面目ない。こればっかりは寿命だからさ・・・」

「それはそうだろうけどさ・・・まぁ、俺も人のこと言えないわな」

「そうだろ?ぼくだってね、歌舞伎の今後のことも考えてね、がんばろうと思ったんだけど・・・、やはり病気には勝てなかったよ。残った者を信じて任せるしかないと思うよ」

「そうかねぇ・・・」

「それより、久しぶりに哲ちゃんの顔見たら、何か一緒に踊りたくなったよ」

「いいね!『棒しばり』をさらいたいと思ってたんだよ。どう?」

「いいねえ。あそこにお殿様もいるし。おーい、兄さん!」

「・・・おや? 寿ちゃん! ずいぶん早いお着きで」

「よしてくださいよ。夏雄兄さんも、こっち来られるのは早すぎたって、下じゃみんな口々に言ってましたよ」

「最近こっちに来る人が多いのが心配だね。下界は大丈夫なのかね?」

「若い人たちががんばってくれるとは思いますが」

「そう。何とかふんばってほしいね・・・」







調子に乗ってると、どんどん往年の名優が出てきそうなので、この辺で止めときます。

よく考えたら、あの世の方が“層が厚い”のは当たり前ですね。歴史が違いすぎるんだから。

何年前だったかの俳優祭の寸劇で、「あの世の“顔見世”はスケールの違う大顔合わせ」みたいなギャグがあったけど、そのときは、今登場した方たちがこんなに早くあっちの座組に入るとは思ってもいなかった。本当にさびしいです。

といいつつ、新しい歌舞伎座にはめっきりご無沙汰のわたし。

だって、いまいちそそられな(今日一番の罰当たり発言!)





話は冒頭に戻りますが、(歌舞伎座はともかく)平成中村座には、長寿のシンボル小山三さんにパワーをいただきに行く気満々だったのに、すっかり「ダブル追善」の様相を呈してしまいました。

でも行くから!ぱネェ競争率を勝ち抜いて手にしたチケット(それも安くない←)、ムダにしてたまるもんか!(何の決意だよ?)


2015年04月12日(日) 宝塚歌劇団星組公演『黒豹の如く』『Dear DIAMOND!!−101カラットの永遠の輝き−』(東京宝塚劇場)

アラウンド100周年の宝塚歌劇団を、否、21世紀(大きく出たな!)の歌劇団を、その逞しい(コラ)腕で牽引してきた柚希礼音様のラストステージなんですが(おい、ねね姫のこと無視すんな)、男役をカッコよく描くことには定評があるけれども、派手なストーリー展開のない(あらら)柴田侑宏先生の久々の新作は、いささか華やかさに欠けたものでありました。

正直に言うぞ。

つまんない話だった。←正直すぎる!





ほんとにね、ちえが「ザ・男役」を極めていたから成り立ったようなもので、前作『ルパン三世』があまりにも面白かったので、「タカラヅカいいじゃん!次の公演も観たいなー。チケットとれる?」みたいにして来た新規のお客様が観たら、

「なんだ・・・タカラヅカって、普段はこんななの?」

と落胆の極みに陥りそうです。

そんぐらい、盛り上がらない話だった。

ああ、かつて“大恋愛物の錬金術師”()と謳われた柴田先生の筆力も、時の流れには勝てないのか。

相変わらず、コロス(というには今回は小規模だったけど)を活かした振付にスパイスの効いた謝珠栄先生の演出に若干の面白味はあったが、全体的に外連味がなさすぎて、

「まじめもいいけど、先生、たまには羽目を外してよ。だってトップさんのサヨナラなのよ」

と苦言を呈したい気持ち。

要するに、悪い意味で、とっても地味な作品でありました。

これも、何年か経って、ちえのことを「ほんとに押し出しの立派な男役だったよねー」と懐かしみながら録画を観るならば、また違うのかもしれない。

でも、今の時点では、さっぱりときめきません。ぼくは。残念な気持ちになりました。



かと思うと、セリフのところどころにびっくり仰天させられ。

特に(これ、観た人の120%が共感してくださると確信しています)、

「こいつめー!」









う。

ううう。←

何だ?どうした?アントニオ。お前に何があった???←

柚希礼音じゃなかったら(いや、例え柚希でも)、客席全員が吉本新喜劇のようにズッコケてましたよ?

柴田先生・・・花粉症ですか?(何を言ってるんだお前は)

いやいや、そんぐらいショーゲキ的でしたよ、あのセリフは。

久しぶりに、(変な意味で)タカラヅカを観た気にさせられた作品でございました。









翻って、基本“ケレン”だらけの藤井ちゃんショー(←)

今回も賑やかでした。

今回も、二丁目組合出しました。←

今回も、ギンギンギラギラでした。





で、スカッとしました。



「スタイリッシュの花組」だとか「可愛らしさの月組」だとか、「芝居力の雪組」だとか「ヴィジュアル最強の宙組」だとか言われてますが(え? 言われてない?)、星組さんはズバリ、

「コテコテ色気むんむんキザりまくりの星組」(星組だけなぜ長い?)

・・・ぼくにとって、星組こそが「ザ・タカラヅカ」(紫苑ゆうさんトップ時代より)

大阪弁と、動物柄と金色とラメが似合う、それがゆず・・・星組(おいこら)

(こっちは良い意味で)タカラヅカ観たでえー、って気持ちにさせてくれました。



ところで、今回は二階席が当たって、ちょっと寂しいと思っていたら、料金以上のお得感(ネタばれはダメかしら? 一応ボカしとこう。二階席の方、特に、A席しかとれなくてがっかりしてた方、アナタ今年の幸運のほとんど使っちゃいましたよ!←)

そして(話が時系列じゃなくてごめん)、ショーの華やかなプロローグが終わって、銀橋下手にひょこっと現れた白い制服のドアボーイ(REON-BOY)を目にした途端、目頭がじーんと(T∧T)うっうっ

これぞ生徒愛、これぞ観客サービスというものではないでしょうか。

藤井ちゃん、大好き!←

おばさんの大好物、黒燕尾の大階段群舞もありましたし、ショーに関しては本当に文句なし、久しぶりに満足感いっぱいの出来でした(音花ゆりのエトワールも、久々にちゃんとしたエトワールを聴けた、と感激してたら、この子も今回が最後か・・・何なのもう/涙)





唯一、釈然としないのが、・・・あ、こんなことは書かないでおこうかな。でも、やっぱり釈然としないな。なので隠します。

  ↓

次の公演では主役を演じる方(みっちゃんのことだ!)が、この公演に影も形もないって、それって許されることなの? バトンを受け取るはずの人が次のスタートラインにいないなんて・・・。

それとも、次のトップさんだからって、現二番手を差し置いて急にやってきておいしい準主役を演る方が塩梅がよくないのかしら?

裏事情はともかく(おいこら)、公演そのものだけは“まとも”なものを目指してほしいです。さっきと言ってることが違うかもしれないけど。








ともあれ、ちえちゃんねねちゃんをはじめとする巣立つ生徒たちの今後に幸あれ。

そして、歌劇団も、良いところは残して、変なところはどんどん改善していきますように。←


2015年04月10日(金) 『4BLOCKS』(サンシャイン劇場)

こんなこと言っちゃいけないんだろうけど、平成が始まったころにティーンエイジャーになった人たちにとっては、涙ちょちょ切れ(古い!)の舞台だったろうと思う。

ぼくはその世代のずっと上だからちょっと冷めた目で見てしまったけれど、その「胸が熱くなる感じ」は充分理解できます。





そう。

すっとぼけているが、ぼくも光GENJIフィーバーの中にいた一人ですからね。

というわけで、元・光GENJIと、現・DA PUMPと、元・『あっぱれさんま』の子役と元?175Rというクセだらけの4人のおじ・・・お兄さんたちが集まって何をしたか。

若人たちには、「何?昔の名声の残りカスでオバ客を集めて何かしようっての?だっせえぐへぐへぐへ(←おい/怒)」と言われそうな感じだが、実際そんな気がしなかったと言えば嘘である。

そして、実際に観てみて、

「そうとも言えるが、それよりも、昔のアレがあるからこそ、この芝居は成り立ったんだな」

と、面白く感じた。

昔の、そして、その後の自分を客観的に正直に観察できているからこその脚本だった。

澤田育子(脚本担当)って誰だろうか?と思って調べたら、拙者ムニエルの女優だった。

座付き作家じゃないんだ。へえ。

演出はご存じ河原(雅彦)総代。

例によってガチャガチャした、そして、いい具合に乾いた演出。

話の流れは、ちょっと昔のアメリカンムービーにありそうな、「昔一世を風靡したおっさんが、今はすっかりやさぐれているんだけど、何かの拍子に過去の栄光にリベンジすることになって、そしたら・・・」という話。

オチは何となく見えていたし、結果その通りだった(一か所だけ予想外のオチが待ってて、そこはハートウォームで良かった)んだけど、出てる人たちの現実のこれまでをぼんやりとでも知っていると、

「うん、こういうスッキリしたオチがあってもいいじゃない!」

と寛容になれた。





実はDA PUMPと175Rには1ミリも思い入れがないおいらだったので、つい、

「この話、元GENJIでやれば面白かっただろうなあ。あ、でも約2名、それぞれ違う意味で出演不可能なのがいるけど」(こらっ)

と思ってしまった。

昔あつくんが、Johnnys Webのブログの中で、正直にも、

「久しぶりに光GENJIのドーム公演のDVDを観てみた。人間的には嫌いだったけど(こんなにはっきりとは書いてなかったが)、やっぱり“アイツ”はすごいヤツだったってことは認めざるを得ない」

と書いてたことがあった。

うん。ぼくもそう思うよ。←

性格的にはどうかと思うことが多々あるけど(今でも、残ったファン相手に“ぶっちゃけ話”とかするイベントをやってることは気に入らない。昔のネタじゃなくて、“今の”魅力で客を楽しませなきゃエンターテイナーとは言えない)、やっぱ“人を引っ張る力”を感じさせる男だしね。

今回の芝居のホンみたいに、

「お前は傍若無人で強引で、他人のことを少しも考えない」

と非難されるような役を逃げずに演じたところは見直した。

あまりにも“当て書き”すぎて笑っちゃったけどね。





しかし、(モロも、山崎裕太も、決して下手ではなかったんだけど)ISSAとSHOGOの歌の地力はすげかったな。

基礎点が全然違うというか。

プロの歌手(一応モロも「プロ」ではあったわけだが)って、生で聴くとやっぱり何かが違うんだな。

それまでテレビで聴いてて「ふーん」としか思ってなかった歌手の人たちの生歌をたまたま聴く機会があった時に、「レ、レベルが違う・・・」と思ったことが何回もある。

ISSAとSHOGOはそっち側の人だった。





あと、遠目(1階最後列の席でした)で見ると、4人ともすげー若く見えることに感心。

この話、昔人気絶頂だった4兄弟ユニットの15年後を描いてるので、現在の年齢を、ぼくは上から35歳、33歳、30歳、28歳、と想像して観た(つまり、ジャクソンズみたいにアーティストとしての地位を確立できずに、アイドルのうちに解散した感じ)

作り手の方では、もう少し上の設定だったかもしれない。

ちなみに、役者の実年齢は、上から44歳、36歳、34歳、35歳(四男役のSHOGOの方が三男役の山崎裕太よりも年上なのね)。見た目年齢より約3〜9歳ぐらい老けてます(笑)

特にモロが若く見えたのはびっくりしたな。相変わらずナイスバディ(笑)だったし。

そしてその分、大人になれてない感じが、役に合ってた。

ちなみに、音楽を担当していたのもモロなんですけど、ゴリゴリに新しいわけでもなく、かといってダサくもなく、それこそ光GENJIの末期(言葉が悪い!)ごろにやってた、適度にエモーショナルなハードポップって感じだった。そこはかとなく懐かしく、かといって古臭くもなく。

ダンスは・・・ちょっと古く感じたかな。

まあ、踊れないメンバーもいたしね。







結局モロの話ばっかりになってしまったな。まあ、他の人たちのことあんまり知らないからね。



女優たちは、長男の嫁で元・二男の恋人役の(はいだ)しょうこちゃん。演技力が頭一つ抜けてた。ほかのメンツは、歌やダンスはともかく、芝居は「下手ではない」程度(山崎裕太も、いわゆる「翻訳劇芝居」みたいな感じだった。この話、舞台はアメリカなんだけど、本はオリジナルだからねー)

三男のカノジョ役の河西智美。元AKBだというがぼくは「現」時代を知らない。

むしろ“りおんちゃんの妹”って方が実感できるな(笑)

歌もうまいし、声優みたいなセリフ回しだったけど、役には合ってたかな。

そして、謎の(笑)女弁護士役の安藤聖。

声がいい。若い女優によくあるべちべちゃした(偏見)セリフ回しをしないところが良かった。



そして、エキストラ()で何役もやったThe Hillsの4人。

これがもーーーネルケっぽい。←

最近の若い男優の女装は「不自然さ」が足らず面白くない(おいこら)

ただただ清潔なんだもの。(悪い?!)







観終わって思ったことは、上演用ポスターから受ける印象ほどアクが強くなく、さらりと楽しんで観られる作品だったなと。

あまりにも当て書きっぽいんで、他の配役では再演できないだろうけど、お話としてはきれいにまとまった良い話で、一発花火みたいに終わらせるのはもったいない気もした。

そんなお芝居でした。


2015年04月08日(水) 雨の吉野山(後編)

さてさて、うねった道をえっちらおっちら上り続けて、やがて花矢倉展望台へと着いた。

ここは、晴れならばお金払ってもいいくらい(実際はタダで入れる)絶景ポイントらしいのだが、なにしろ雨。下千本、中千本が雲の合間にかすかに見えるだけでいと寂し。



ここに来るまでに、カメラの三脚を担いだアマチュアカメラマンらしき人たちに何回も遭遇したのだが、こんな日でも撮るのかいな? まあ、雨景色は観光案内とかに載ってないから、レアかもな、と思っていたら、ここにいた撮影隊(車で来ていた)は、早々に店じまいしていた。

ちなみに、この展望台には売店があるのだが、閉まってた。いつもは早朝から営業してると観光協会のサイトにはあったのだが、本日は客が少なすぎるからか臨時休業のようだった。

休憩所に屋根があったので、初めての一休み(なにせ、雨でどこもかしこも濡れているので、道端に腰を下ろすことができないままここまで来ましたのです)

うぐいすさんたちの声もここでは聞こえなかったので、歌舞伎モバイルで清元「吉野山」でもダウンロードして聴くべか、と思ったら、「吉野山」は入ってないでやんの!

しかたないので、ちょっと場所がずれるが「京鹿子娘道成寺」より「鞠唄」をダウンロードしていたので、それを聴きながら一息入れる。



自販機があったのでふと見たら、「ジョージア カフェオレ“奈良限定味”」の文字が!

うおおおおお←出たなミーハー

だが、やんぬるかな、小銭がない!

仕方ない。下に戻ったら、買おう(この諦めが、後々禍根を残すことに←)



※結局、「奈良限定味」というのがどういうものなのか、確かめることができずじまいであった。

奈良の人って(後でちょっとだけお店の人と話してみて思った感じでは)のんびりした穏やかな感じだったので、「ジョージア奈良味」も、そんな風味だったのかも知れない。今度奈良に行ったら、忘れずに買おう。



この展望台のちょっと上に、「三郎鐘」というのがあったのだが、義経の隠れ塔まで時間内に行って帰ってこられるか心配だったので、保留にして奥千本を目指す。

この辺もまだ人家はあるんだけど、家、お社、家、お社、みたいな分布。ヒトとカミサマのパーセンテージが拮抗してるあたりがさすが世界遺産(変な感心)

そしたらいきなりボルボ(!)とすれ違ったんで、びっくり。

・・・奈良人、金持ち(きめつけ)

この標高まで来ても、桜が意外にいっぱい咲いてる。

粛々と歩き、「水分神社」前を通過。

だって、まだ門が開いてないんだもの(時刻は8時ちょい前)。このペースなら金峯神社まで行っても大丈夫かな、と思い道標に従い歩き続ける。



ここから奥千本。

両側が杉の木ばっかりの一本道をひたすらゆるゆる上る。

ゆるゆるで助かった。だって、ここからはいよいよ腰を降ろして休めるところがない(濡れてるから。晴れてれば、休めます)

人に全く会わないかと思いきや、この時刻にここまで来てる人が何人かいた。物好き(オイ)はぼくだけではなかった。

雨のせいか、空気がきれいなせいなのか、周辺杉だらけなのに、全く花粉症が出ない。ビバ吉野山。←

しかしここまで来ると、さすがに桜が全く咲いていない。

でも寂しさは感じず、道の横がちょっとしたガケになってるところや、登山者や修験者を記念?する石碑みたいなものに急に遭遇したりというスリル()を味わっているうちに(なにせ、視界が若干ぼんやりしてる上に足元が滑りやすいので)ようやく金峯神社の鳥居に到着。

まん前にバス停があり(まぁだ始発が走ってない)「ちっ」(←)と思いつつ、ここからはどんな観光客でも歩きだという平等感を胸に、最後のひと踏ん張り。



この最後の坂道が、思いがけずきつかった。

先がどれくらいあるのか分からない中歩いたせいもあるし、雨で全然前途が見えない、という不安もあるしで、実際の距離より長く感じ、もうちょっとで引き返すところでした。

やっとの思いで本殿に到着。

意外に、田舎の方のどこにでもあるお社みたいな素朴さで(屋根のある休憩所と、とてもきれいな公衆トイレがあった)拍子抜け。

ところが、石段を上がってお参りしたときに、思わずゾクゾクっと(寒かったんじゃないよ!)

霊的なものを感じるほどぼくは敏感ではないので、そういうんじゃなく、榊がぽつんと置いてある本殿(といっても、それこそ、小さな木製の舞台がそこにあるだけ)の奥に、また石段がずっと続いていたのを見たら、何か、ゾクッときたのだ。

その石段は当然人間は登ることはできないはず。でも、自然に石段てのができるはずはないから、いつの時代か知らないけど、これを作った人間がいたはず。その人たちの“気”が、そこに残っているような。

彼らはこの石段を、「神が山頂から降りてくる用」に作ったのか、それとも「神にあこがれるヒトが、何らかの資格を手に入れたとき、この石段を登ってもいいように」という気持ちで作ったのか。

雨で全体的に神秘度が増してるからか、今にも“山神”が、「ハロー」(そんな軽薄な神がいるか!)と降りてくるような錯覚に襲われたのであった。

目を凝らしても、石段の上がどうなってるのか見えず、ますます魅惑的であった。



さて、ぼくの最終目的はここではなく、義経の隠れ塔である。

それは、神社本殿の左側をちょっと降りるとすぐにあった。

塔といっても、神社でよく見るお堂みたいな木造の建物で、中に入って扉を閉めると光が全く入らない構造になっており、元々は修験者が中で修行するために造られたものであるそうだ。

行ってみると、扉にはもちろん鍵が。

義経は、兄頼朝の追っ手から隠れてこの中に潜んでいたが、いよいよ追い詰められると屋根を蹴破って(蹴破ったのが義経本人なのか、一緒にいた弁慶なのかは未確認)逃げたらしい。

このバチあたりが!←

文化財を大事にしろ。(それ、義経に向かって言う言葉?)

・・・いかん、どこまで行ってもふざけてしまうこの性格、何とかしなければ。



ここから義経ご一行は北陸経由で奥州平泉まで逃げ延びていくわけだが、さすがにぼくはもう体力的にも時間的にも、直ちに下千本駐車場まで降りなければならない。

神社本殿の右側には、西行庵方面へのとってもそそられる山道が延びていたが、距離0.5キロメートルとあるのを見て断念。行って帰って約1時間オーバーしたら、バスに置いてかれてしまう。

またいつか、天気のいいときに来よう。と胸に誓って、坂をてくてく降り始めました。

(さらにその先に、天気が良くて時間があったらぜひとも行きたい青根ヶ峰などもあったのだが、ぼくの体力ではもうおそらく行くことはないであろう)



さあー、ここからはひたすら下り道だ、と思うと足取りも軽い。

登るときはシカトした牛頭天王社跡なんかもチラチラ気にしながら(でも、ここは本当に“跡”で、なーんにもなかった)ルンルンと進む。

そして、降りる道なりに「高城山展望台」へ上る坂道があったので、うっかり上ってしまった。



ここは、晴れの日ならそれこそほんとーに「来て良かった!!」と思う絶景ポイントなんだろうが、今日みたいな雨降りの日は、評価が大暴落する場所ナンバーワンであろう。

花矢倉みたいに売店があるわけでもなく、展望台に望遠鏡が据え付けられているわけでもなく、自販機もなく、単に「ここから見える景色は、こっち○○山で、こっちが××岳ですよ」という案内板があるだけ(一応、ベンチもあった)

で、本日は見事になーんにも見えない。

目の前真っ白。

そして、桜の木、100パーつぼみ(こんなの↓)




まあ、こういう日もあって当然。降りましょう。



坂道を降りるとまた奥の方に戻る形になるので、下り方向に木の段を降りてみたのだが、雨のせいでこれまたスリル満点でありました。

滑る滑る。怖い怖い。

ゆっくり降りて、また舗装道路に出ててくてく。

水分神社に着くと、門が開いていたので入って参詣。

ここにも西行の木像(最古のものらしい)があったので、「お会いできて光栄です」とご挨拶。

そしてここも金峯神社と同じでお社の背中が山肌にくっついているので、必然、「山を拝む」感じになる。

イッツ・山岳信仰(合ってる?)

境内の枝垂れ桜も、ぼくを待っていてくれたかのような(思い込み)見事な咲きっぷり。ありがたや。



さくさくと坂道を降りて、再度花矢倉展望台へ。

結局お金をくずせてないので「奈良味」は諦め(売店も開いてない。今日は臨時休業か?)、「三郎鐘」と「人丸塚」を見るため、背後のプチ崖をよじ登る。

鐘はあったが撞木がない。

もちろん、鐘の周りに格子がめぐらしてあり、いたずら者が木の枝でぶっ叩いたりしないように守られていた。

立派な大きな鐘であった。

人丸塚は小さな祠の中に鎮座していたが、正直こうして目印がなければ、そこらへんに転がってるただの石と思われてもしょうがない感じ。どっかに仏様がうっすら彫られてるらしいのだが、ぼくには分からなかった。



花矢倉を後に、さらに快調に坂道を下りまくる。

横川覚範の首塚を通り過ぎたはずなのだが、よく見てこなかった。



だんだん感想がぞんざいになってきてますが、実際急いでたので、お許しを。



で、この後は吉水神社に寄って「一目千本」を見て(時間がないので拝観はしない)当初の目的はクリアだったのだが、意外に時間が余ったので、「五郎兵衛茶屋から見る如意輪寺」が「一目千本」に負けない絶景と聴き、急遽寄り道。

ここで迷った!←やはり、やらかしたか

中千本でハイキングコースを右に逸れ、ぬかるんだ脇道をずるずる滑り降り、そのまま平らになった道を進めば良いのに、なぜかまた上ってしまったのよね。

時刻的にはそろそろ一般の観光客たちもこの辺まで登ってきており賑やかなはずが、雨で地べたに座れない「お弁当を広げるのに最適な高台」にはぼく独り。

小学生が遠足とかで来そうな感じのいい高台だったのだが、雨だとこんな感じなのか、と九分咲きの桜林を独り占め。

思わず秀吉気分。満足じゃ。ほっほっほ。←

でも、あまりにも周りに人がいないので不安になって、声のする方へ行ってみたら、そこが本日初の「営業中」のお休み処だった。

甘酒を注文して、親切なお姉さんに道を教えてもらい、元気が出て再び歩き出す。



下るとすぐに「五郎兵衛茶屋」(という名の、広場だった)

如意輪寺がふわふわと煙って見える。

おー、確かに美しい。

でも、上の道からもずっと見えてたしな(おい)



元のハイキングルートに戻り、吉水神社へ。

ここも今、本殿の屋根の修理中で、カバーがかかってる。

そして、吉野へ来て初めて、境内に入るだけなのにお金をとられた(←言い方に気をつけろ)

明らかにバイトっぽい巫女ちゃんが待ち構えていて、「200円からです」という。

“から”なので、小銭がない場合、おつりは出ない。

仕方なく、500円を奮発(500円ぐらいで!)

お賽銭上げて参詣して、「義経の鎧」とか見たかったけど時間がないので内部拝観は我慢して、「一目千本」スポットへ。

みんな代わる代わる写真を撮っている。

確かに、本日吉野山へ来て、ここで撮らなきゃどこで撮るんだ?っつーくらいの絶景だった。

ぼくはガラケーで撮ったのだが、見事に失敗した()

帰ってきてから判ったのだが、全部接写モードのままだったので、全部ボケボケだったのだ。

(こんな感じ)

 ↓


 

雨のせいだけじゃなかった。

まあいいか、ぼくの心のファイルに残ってれば←キザでごまかすな!



さて、下り坂のスピードはあなどれなく、まだ時間があるので、再び金峯山寺蔵王堂へ。

ブルー権現(正式名称「金剛蔵王大権現」)を拝観すべく、ここへ来て大混雑の観光客の真っ只中へ飛び込み、1000円収めてワイワイガヤガヤの中楽しく拝観。

権現様は迫力あった。

三体、みんなお不動様レベルの迫力だったのだが、実際は、中、右、左の順に「釈迦如来」「千手観音菩薩」「弥勒菩薩」だそうだ。

イメージ違うなあ。(それは人間の勝手)

お札を頂戴してちょうど10時半。

いつものぼくならやっと目が覚めるころ(オイ)



順調に見たいところは見てこられたので、後はお土産物屋さんをひやかしてバスへ戻ろう。

よく考えたら、朝、バス降りてすぐ「ソイジョイ」食べて、30分ぐらい歩いて「一本満足」食べて、さっき甘酒飲んで、まともな食事してないじゃん。

でも、ゆっくりご飯を食べてる暇なぞはない。

なので、いきおい、買い食いになる。

ところが、さくら風味のおやき(焼餅)を一個食べたらもう満足。

人間、必死に運動するとむしろ食欲が抑えられるらしい(ライザップ情報←)

確かに、暇でだらだらしてる時に限って、無駄な食欲がわいてくるよな(実感)



全員時間通りバスに戻って(ツアコンさんにほめられた)、昼前に吉野山におさらば。

あんだけ歩き回ったのに、まだ昼前だったのか。

気分的には夕方まで歩き回れそうだったけど、それをやってたら翌日やばかったろうな。

案の定、帰りのバスん中はほぼ全員爆睡でした。

でも、3回立ち寄ったサービスエリアでは、ガバっと起きて(バスにトイレがついてなかったので)トイレに買い物と元気いっぱい。

参加者の9割が見たところぼくよりも年上(さらに、そのうち9割が女性!)だったのに、この元気。

日本の中高年、すげえ。←

ぼくもがんばります。(何を?)

いや、仕事を。←とってつけたような決意







なんにしても楽しかった。

今後「吉野山」が上演されたら、あの景色がぼくの中にはインプットされているので、今までとは全然違った気持ちで観られる気がする。

楽しみだ。


2015年04月07日(火) 雨の吉野山(前編)

(演歌のタイトルみたいですが)



積年の夢が叶い、とうとう桜の季節の吉野山散策を体験しました!\(^-^°)/







元来無計画が身上のわたくし、突発的に仕事がヒマになったので、突発的に激安バスツアーを見つけて、突発的にぼっち参加。

予約してそわそわ待つこと2週間。

観光協会の公式サイトを日々チェックしていると、ぼくが行く予定の4月7日は、下千本がドンピシャ満開予想。

中千本が五分咲き、上千本が三分咲き!\(^ ^)/奇跡の日程





ところが、前日になって「雨でめちゃめちゃ気温低下」という非情の天気予報。

月曜日の東京はそこそこ暖かかったので、防寒着を詰め込んだリュックを背負って職場に行くのが若干恥ずかしかった(どうでもいいじゃんそんなこと)

さて、しっかり仕事を片付けてからその夜のうちに深夜バスで出発。一晩中ほぼ不眠のまま(電車では居眠りできるのに、「さあ、朝まで寝てなさい」とお膳立てされた深夜バスではほぼ眠れないという困った体質)早朝から(ガイド不在)登山開始、自己責任で決められた時刻までにバスに戻って帰京、という弾丸ツアーでした。

この年で、この体力で、果たして乗り切れるのか?と我ながら不安だったのですが、エンドルフィンがどばどば出てたせいか、自分でもびっくりするほど元気に山道を計18km(!)歩き続けることができました。





それもこれも、想像していた以上に美しかった吉野山のおかげ。

結局ずっと雨だった(といっても山の雨なので、粒子が細かく、雲の中に入ってる感じ。もちろん濡れるんで傘はさしたけど、本当は全身レインウェア姿で傘はささないほうが良かったのかもしれない。足元が滑るのがやっかいだった)けど、それすら「風情があるわー」と喜べるぐらいステキだった。

桜自体は事前情報どおり下千本が満開で、バスを降ろされた駐車場から眼下一面朝もやの中に桜、桜、桜。桜てんこもり。←もうちょっと文学的に書けないのか?

「吉野山、きたどーーーーー!」

と興奮状態。

(繰り返すが)ほぼ寝てない状態で朝ごはんもまだなのに、朝6時前に簡易な地図を渡されて、各自勝手にスタート。

やけにスパルタなプログラムなのだが(さすが激安ツアー)、吉野山のハイキングコースは終点(奥千本の金峯神社)まで道が舗装されてるので、普段着&スニーカー(ただし、底が滑らないものであること)で行ける。

変な気を起こして横道に入らなければ(ここ重要)、over50のおばさんでも無事に行って帰ってこられます。



ただ、とにかく6時前に出発したもんだから、道なりに軒を連ねているお店(柿の葉ずしとか、葛きりとか、この辺の名物が食べられる飲食店やおみやげ物屋さん)が、まだぜーんぶ閉まってる。

それはいいんだけど、ぼく的に予定していた「登りは行ける所までバスを使って、下りはゆっくり歩いて帰ろう(つまり、ラクしよう)」という目論見が、バスの始発が2時間ぐらい後、という事実のもと、見事に打ち砕かれたのであった。

しかたないから、静御前になったつもりで(←うぬぼれるな)、今回の第一目的地・義経の隠れ塔(これが奥千本の涯にある)目指して歩き始める。

当然、行きはずっと上り坂。

同じツアーの人たちと道連れになるっていう手もあったが、ほとんどの方は「奥千本までは行かないわ。だって疲れるし、まだ全然桜が咲いてないもの」ということだったのと、元来のマイペース性格により、結果一人で踏破しました。

歩き始めたとたんに、“本物の”うぐいすの声がひっきりなしにぼくを励ましてくれて、大感激。

本物の野鳥の声なんて、何年ぶりだろうか。

都会に住んでると、カラスとハトぐらいしかお目にかからないもんな。

そういや、最近スズメすら見ないよな。どこへ行ってしまったんだろう?スズメ(話がそれてるぞ?)

朝から本物のうぐいすの声を当たり前に聴き、連日こんなに美しい桜の雲海を見ることができる、ここ吉野に住む人たちがすんごくうらやましいと思ったが、それは物事の一方しか見ていないわけで。

半端なく不便だもん(こら、失礼だぞ)

いや待てよ。ぼくが今都会に住んでるから、「山の上に住むなんて不便」と思い込んでるわけで、このあたりに住んでいる人たちは、当然のごとく一家に一台お車所有なわけで、働くにしても、おそらく、自宅やごく近辺でお土産屋さんや宿を営んだり、公共施設に勤めたりなわけで、ぼくみたいに、満員電車に揺られて一時間強通勤、なんて方がよっぽど不便な生活ではないか。

いまどきの日本、山の上だろうが、テレビの電波も届くしネットもつながってるんだから情報格差もたいしたことないし。

うーん・・・(歩いてる間、そんなことを考える理屈っぽいアタイ)





しかし、人に会わないな。(当然だ、まだ7時前だもの)

この、人に会わない、というのもこのツアーの売りらしいことを、下山した後に知った(一通り見て歩いて10時過ぎに降りてきたのだが、「これから登ろう」っていうものすごい人数の観光客に遭遇してしまったのだ。「観光地のにぎやかさ」を楽しめる人ならそれもいいけど、「この景色、独り占め!」感を楽しみたい人には、不向きだろう)

たまーに、同じツアーの人たちとすれ違ったりしながら(皆、自分が好きなコースを好きな速度で歩いてるので、そうなる)、ひたすら歩く。

「銅の鳥居」を見て、「うぉー、デカい」と普通の感想をもらしながら進むと(なぜかくぐるのを忘れた。だって、くぐった先は人家の裏口で、何か他人の家に勝手に入り込むみたいで気が引けた)、金峯山寺が見えてくる。

二王門が修復中とかで、全体にカバーがかかってるが、通ることはできる。

カバー(網状)越しに二王様を拝見して境内に入ると、若い僧がお庭を掃除中。

さすが坊さんは早起きだ。

ただし、庭の落ち葉を箒で掃いてるんじゃなく、ブロワーで「ブォー!」っと吹き飛ばしてた。

ふ、風情が・・・(−−。)時代よのぅ・・・

今ちょうど青の権現様のご開帳の時期なんだけど、まだ拝観受付前だったので、お線香だけ上げて境内を一周してまた登山開始。



勝手神社に着いて、大海人皇子と静御前に思いをはせる。時代がバラバラだが。

大海人にお告げをしたという天女が降りてきた振袖山が背後に見えるはずだが、雲がかかって全然見えない。

仕方ないから、静御前の舞の碑に、「ダンスがうまくなりますように」(←何のためだ?)とお祈りした。

ところでこの神社、本殿が不審火(!)で焼けちゃったらしく、元来社殿があったあたりは柵で囲ってあるだけで草ぼーぼー。

まさに「バッタやコオロギの住処」って感じである。

なんか見るも無残な感じがやるせない。

「御神体は吉水神社に移してあります」と表示してあったので、帰り(だって、まだ門が開いてない)に寄ることに。



さらに上って上って上りまくる。

こんなにたくさん桜が群生しているのを実際に見ると、圧巻を通り越して、現実じゃないかのようだ(霧雨なので、なおさら幻想的)

なので、まったく疲れを感じないうちに、いつのまにか「中千本公園」に到着。

ふと見ると、「奥千本行きバスのりば」という看板があったので、勇んで(やっぱ疲れてたんじゃないか!)行ってみると、その先は階段状に山肌を登る感じになってて、これがきつかった!

後悔しつつひいこら登ってやっと着いたら、案の定始発が1時間後。

(−−。)変な欲を出さなければ良かった・・・

諦めて、再度その横の坂を上り始めて下を見て分かったが、この階段状の道を登ったおかげで、だいぶショートカットできたらしい。

マップどおりに来てたら、ゆったりとした坂を延々と歩いてこなければならなかったみたいだ。



で、このあたりから上千本に差し掛かったようで、桜の咲き具合がまだまだ。

観光客なのか、住んでいる人なのかはわからないが、時々降りてくる車がある。

もちろん、この上にも人家はたくさんあるのだ。

こういうところで生活するのって、どんな感じなんだろうなー。乗せてくんないかなー、とわがままな考えが一瞬頭をかすめたが、「静御前はこの山を、裾引いて歩いたんだぞ!」(それは芝居の嘘だろうが!)と自分に言い聞かせ歩く。

ぼくには忠信がついてないから、ひたすら自分の足で歩く。

その忠信(史実上の本人)が大活躍したと言い伝えられる花矢倉(展望台)にもうすぐたどり着くわけだが、ちょっと長くなってしまったので、本日はここまで。


2015年04月04日(土) 春が来ちゃった

うん、来ちゃったねえ。

桜はほぼ散ってしまったし、皆既月蝕は曇ってて見れなかったし、メランコリーな土曜日でした。←







なので本日はひとまず、30日に受け取れなかった(平日だったので)『GOLDEN CLIPS』のDVDを受け取って鑑賞。

初回版を予約していたのを忘れていて(こら、愛冷めた?)「しょうがねえな、発売日が過ぎたら通常版を買うか」なんて思ってたら、「出荷のお知らせ」が来てびっくりしましたそんなボンバー愛の今日この頃。←

特典のメイキング二題以外は、Disc.2に入ってるやつもすでに全部持っていた自分なのですが、改めて(いちいちディスクの入れ替えをしなくて済むところが良い)観てみたら、けっこう面白い。

わずか7年(ユークリと契約したのが2008年だから)ですが、それなりの歴史を感じる。

当初は学生の遊びに毛の生えたようなことしかやってなかったのに、ずいぶん垢抜けたなーみたいな。

でも、その「毛の生え」っぷりが、今見ても結構アバンギャルドで突き抜けてて面白いんだよなあ。

今やったら大問題になりそうなこともやってるし。

自由にやらせてくれた木村さん(ユークリの社長/当時)は、懐の大きな人だなあ、と改めて感心した。

そして、こんなこと言いたくはないんだけど、ライブハウス時代のライブの様子が、とにかくめっちゃ楽しそうで、今さらですが当時の彼らを知らなかった(知ってたとしても、あんな小さなハコでは入る勇気はなかったなあ)ことが寂しいですね。

たとえ今後金爆が落ちぶれて(こらっ)またあの規模のライブしかできなくなったとしても、その時の彼らはもう当時の彼らとはまったく違う代物になっているはずだから。

本人たちが年取ってるということだけじゃなく、「これから無限の未来が待っている無名時代」は、二度と巡ってこないわけよ。

・・・なんて後ろ向きな感想だろう。

さすが、キリショーの二倍近くネガティブ人生を送ってきた筋金入りの根暗人間(自画自賛←)

右脳ではPVのセンスに大笑いしながら(副音声で観たので、散々観倒したPV群でしたが、1ミリも飽きなかった)、左脳ではそういうことを考える春の日であった。











なんだこの感想。

そうそうそう言えば今年のキリショーのエイプリルフールは「ひとりよがり5 at 日本武道館のお知らせ」だった。

そうか、日武か。

今回は入れるかも(「4」は外れたからなぁ)

しかし何度も書いて申し訳ないんだけど、ドームが当然(と言っても、このところ東阪2か所でしかやらないが)の人たちのメインヲタであるこの身からは、何で武道館ごとき(←感じワル)でオタオタしてるのか解らない。

しかも、バンドとしては横アリ城ホを当たり前に埋めている人たち。そのバンドのメインボーカルなのに、ひとりだろうが武道館なんてそんなに気負うことか? と思ってしまう。

客席は普通に埋まるだろうし、問題は「ひとりであのステージをどう埋めるか」だと思うんだけど、武道館でコンサートやってるソロシンガーなんていくらでもいるじゃん。

え? そういう人たちは、「生演奏をするバンドがきちんとついている」?

・・・・・・・・・・・そうか。←

・・・・・それは、確かに、そうだな。←←←

ま、どうなるか見届けてやろうじゃないか。

なので、チケット買えますように。←本音







さ、来週はちょっと遠出するので、今週中に冬物の整理をしなきゃ(と思ってたらまた気温下がったよ。どうしてくれんの?!)


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