てくてくミーハー道場

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2015年02月28日(土) 『クリエ・ミュージカル・コレクション供哨魁璽&ヨーヘイ編‐』(シアタークリエ)

『Golden Songs』とコンセプトも出演者も似通いすぎてて(しかも、出演者は一部“カブってる”という)いやはやどうしたものか(なぜ?)

男子キャストの一部がダブルキャスト(それが“カブってる”人たち)なので、まずは『GS』に出ていない人たちの方へ。



『GS』は梅田芸術劇場ゆかり、こちらはシアタークリエゆかりの作品、と一応は銘打ってるんだけど、めちゃ帝劇色(時々日生劇場色)強いやんか!(それはやむをえない)と思いました。

出演陣はもちろん全員、その舞台を観せていただいている面々ばかり(大塚ちひろちゃんが出た『この森で、天使はバスを降りた』だけ観てなかった。観たかったんだけどね)

ただし、こちらの場合、「本役さんがその持ち歌を歌う」という縛りはなく(そういうナンバーも多かったが)、「おおっ、この人がこの歌を!」という、よくあるミュージカルコンサート的なものではあった。

なので、時々、

(大地)真央さんがいればなあ・・・

とか、

石丸(幹二)さんがいればなあ・・・

とか、

(井上)芳雄くんがハマメグ(濱田めぐみ)が(石川)禅ちゃんが(笹本)玲奈が(以下、キリがないので略)



ナンバーの一つ一つにいちいち感想を書いているとこれまた徹夜作業になってしまうので、印象強かったもんだけ書きます。



『パイレート・クィーン』から2曲、やまゆう(山口祐一郎)先輩と保坂(知寿)女史のデュエットおよびやまゆう先輩のソロ曲があったのですが、この作品を帝劇で最初に観たときにあんまり面白いと思わなかったので、さほど感激せず。

というのも、この作品でやまゆう先輩がやった役(ティアナン)があまりにも不適役(なんていう言葉はないが)だったと思うのよね。彼がこれまでやった役の中で(全部観てないくせに言うか)、一番“合ってない”役だったんじゃないかって気がする。

あと、お二人のデュエット聴いてたら、これまたぼくはほとんど観てないんですけど(これまでの人生の中で、3回ぐらいかな?)

「四季くせぇ」(←態度悪いぞ!)

と思ってしまった。

実際、四季っぽいんだと思いますけどね、このお二人が合わさると。



『パイレート・クィーン』には、カナメちゃん(涼風真世)も出ていたんだけど、彼女が出演してる東宝ミュージカルがこれまたたくさんありますので、今回は絡んでこず。

『マリー・アントワネット』と『レベッカ』と『イーストウィックの魔女たち』となつかしの『42nd Street』と・・・あと、『ガイズ&ドールズ』(笑)にカナメちゃんはご出演になったことがある。

最後のはシャレですけど。

これらの中では、やっぱ「レベッカ 機廚一番好きかな。

今回の出演者たちのメンツを見て、『レベッカ』と『ダンス オブ ヴァンパイア』は絶対にはずせんな、と思ってたら、やはりそのとおりでした。

特に『ダンス オブ〜』の「舞踏の間」が一幕のラストに歌われたんだけど、歌わない人も含めてオールスター(笑)が登場。細かい芸で魅了してくださいました。

今回、泉見洋平くんが出るので、絶対に聴きたかった「サラへ」も聴けて良かった(今日はちょっと声の調子が良くなかったみたいだが)

この「サラへ」って歌、普通にこの歌だけ聴くと、青年が美少女にささげるロマンティックな愛の歌でしかないんだけど、作品全体の中で聴くと、実はノー天気なぼくちゃんが空気を読まずに自分に浸ってる曲なのよね。そのおかしさがペーソスを誘うんだけど、ぼくはなんと、この歌をヨーヘイ君で初めて聴いたときに(最初に聴いたのは、日本初演のときのもう一人のキャスト君(これでバレた)で)、あまりに感動的で泣いてしまったのよね。

ヨーヘイ君の力づくな歌唱力にやられてしまったわけです。

・・・ま、アルフレートとしてはどちらが正しいかといえば、もう一人のキャスト君の方なんだろうけどね。





さて、やっぱり長くなってきたので、そろそろ。

本役さんではないのに「これはすばらしい!」と感動したのが2曲。

まず『ルドルフ ザ・ラスト・キス』より「私という人間」by岡田浩暉。めっちゃリキ入っておった。

そして、やまゆう先輩を除く男子キャスト4名で歌った『モンテ・クリスト伯』より「罪を着せろ」。『モンテ・クリスト伯』は超絶再演希望でキャストも前回と変えないでほしいのだが、こんくらい実力者ぞろいならちょっと変わってもいいかなー(←現金ですね)



ただ、ちょっとやっぱり『GS』と比べちゃうと、セットリストにエモーショナルな“流れ”がなく、ブツブツ切れてる感じ。

単なるヒットパレードというか。

「この曲からこの曲に移る必然性」を感じたのは、断然『GS』の方だった。

両作品の演出家のお名前を見て、「なるほどね」と思ったことであるいやそれは単なるぼくの嗜好に過ぎないのだが。

さてさて、キャストが変わったらもう一回行きますが、そしたら感想も変わるかもね。楽しみです。


2015年02月24日(火) 何と言っていいのか

やっと日記を書ける心境になりました。





といっても、何て書けばいいのかわからない。

知ったのは、またもや電車の中。

隣のおじさんが読んでたスポーツ紙に「これでもか」っつーくらいデカく載っていた。







実力派の歌舞伎俳優で日本舞踊坂東流家元の坂東三津五郎(ばんどう・みつごろう、本名守田寿=もりた・ひさし)さんが21日午前2時3分、膵臓(すいぞう)がんのため東京都内の病院で死去した。59歳。(日刊スポーツ 2015年2月23日付)







なんだかもう、どうなっちゃうのか歌舞伎界。

実は「お先真っ暗」と書こうとして、それでは頑張っている若手たちに対してあまりにも失礼なのでよしました。

それにしても、ぼくは去年歌舞伎座に行ったっけ? っていうくらい遠ざかってる。

・・・覚えてない。おととし十二月の『仮名手本忠臣蔵』に行ったことは覚えてるが、そのあと行ったような記憶がない。

要するに、三津五郎丈が病気休演してその後去年の四月(歌舞伎座新開場一周年)の興行で復帰出演したときも行ってなけりゃ、八月の納涼歌舞伎にも行ってないんだ。

つまり、わたくしごときが三津五郎丈の不在を嘆く資格はないってことだ。

申し訳ありません。もろもろ。













だけどやっぱり、「冗談じゃない!」って叫びたい気持ちだ。

何で?! 何でこんなことになっちゃうの?!

早すぎる・・・早すぎるよぅ・・・(涙)

合掌。


2015年02月19日(木) 『Golden Songs』(東京国際フォーラム ホールC)

日替わりゲストが豪華ですべてのパターンを制覇したかったのですがそうもいかず、マリオ(田代万里生)くん出演の14日(昼)とイチロ(一路真輝)さん・しろたん(城田優)出演の本日に行ってまいりました。

掛け値なしにゴールデンなナンバーの数々を、掛け値なしにゴールデンな面々が歌唱するという、まったく贅沢なコンサート。

これ形式のコンサートは近年そんなに珍しくはありませんが、歌う人がすべて本役さん(一部、“その作品に出てはいたが、違う役だった人”もいる)というのは、スケジュールの都合もあり、なかなか難しいと思う。梅芸さん、がんばったなあ、という感想です。

ぼく、この中で『The Musical AIDA』だけ観てませんので(『王家に捧ぐ歌』は観てる)、すべてのナンバーを知っていたという快挙でありましたミューオタ万歳←

そして、同じ俳優さんがひとつの作品で別の役を演じたケースがけっこう多かったことに、「日本のミュージカル界、人材が(おっと省略)」と思ったことも否めず。

逆に、ある作品(もうお分かりですね)では、“その役”を演じた俳優さんが5人も6人も大集合してしまったという事実に、「ミュージカルの世界にも『勧進帳』がありますなあ」としみじみしたり。



ただ、さすがオギー(今回の構成・演出ははたまた荻田浩一)、ミューオタの欲望()をよく知っておいでで、同じ役を演じてる人がわっさわっさ集まっていても、その座組みの中で、ちゃんと、

「この曲は、この人」

と絶妙に振り分けていた(歌う本人の意向もあったんだと思うが)ところに感心。

そしてまた、『AIDA』(『王家に捧ぐ歌』)で同じ役(ラダメス)を演じた二人(伊礼彼方と湖月わたる)、『CHESS』で同じ役(フレディー)を演じた二人(マテ・カマラスと中川晃教)、そして今日は『ロミオ&ジュリエット』で同じ役(ロミオ)を演じた二人(城田優と山崎育三郎)で同じ曲を競演させるというサービスもオタ心をくすぐりまくる。





詳しく一曲ずつ感想を書いていきたいんだけど、徹夜仕事になること請け合いなので、涙をのんで()諦めます。

なので、今回のコンサートを観て、勝手な独り言をいくつか。



その1。

石井(一孝)ルキーニ実現してほしかった・・・(今年の上演からキャストがガクンと若返ってしまったので、きっと難しいだろう・・・ちっ←!)

そして、もう一度アッキー(中川晃教)のヴォルフガングが観たいんだが東宝さん。何か事情でもあるんですか?(コラ)・・・ま、アッキーは『CHESS』がひかえてますからそっちを楽しみにします(どうもね、育三郎のヴォルフがいまいちだったんです前回。ロミオはすんごく良かったんだけどなあ・・・今日聴いてもそう思った)



その2。

一幕目『AIDA』で終わって、二幕目『MITSUKO』で終わるって、なんかとうこ(安蘭けい)びいきっぽいな。でもたぶん、曲がラストナンバーにふさわしいからたまたまそうなったんだろうけど(「王家に捧ぐ歌」は本当に名曲です。今回の音楽監督である甲斐正人先生の曲。日本人作曲家がすべての楽曲を作った作品として、『AIDA』は日本随一の名作ミュージカルだと思います)



その3。

トートがいっぱい!(笑/今日はイチロさんもいたし)の中で、よくオギーがんばった。一番ほめたい(なぜ上目線?)のは、「最後のダンス」をずんこ(姿月あさと)に歌わせたこと。ほかの曲はいざ知らず(え?)、この曲だけはずんこが一番だから。

今日は「私が踊る時」をイチロさんとマテが後半ドイツ語で歌ったのも、イチロさんが出た甲斐があった、と嬉しくなりました(イチロさん、衣裳も気合すごかった/笑)。ただ、「星から降る金」のコーダがファルセットになっちゃったのは残念だった。彼女は名古屋公演でしかヴァルトシュテッテンを演ってないので(観にいったぜへっへっへ)記憶が定かではないのだが、ぼくの中では“ベストキャスト”だったのになあ・・・。「夢とうつつの間に」は久しぶりに聴いたが、やっぱこの曲はあんまりいい曲じゃない・・・って、イチロさんの話ばっかになってしまった。



その4。

14日はルドルフもいっぱい!(子ルドルフを演ったとうこも含めて)だったので、「闇が広がる」はリレーで歌ってほしかったぐらいだ。マテが大変だったら他にもトートいたし(・∀・)

『エリザベート』祭りになっちゃうな、そうすると。

ん? ところで、なんで「夜のボート」は彼方が歌ったんだろう? フランツやってないよね? やる予定もないよね? 声質がフランツにふさわしかったからかな?



その5。(いつまで続くの・・・?)

おさ(春野寿美礼)がかなり高音出るようになってたので(「CHINA DOLL」はわたちゃんのダンスも良かった)、『マルグリット』再演希望。

いやそれより(それより?)おハナ(花總まり)と「HOME」をデュエットしてほしいのだが、おハナがゲストの日ってそれやったのかな?

それかじゅりぴょん(樹里咲穂)と「You Are My Own」を・・・あ、これはずんこがベラドーヴァとして歌ったか。

うぐぐぐ・・・ヅカ支配の恐ろしさ(何を言ってる?)



そうなの。今回出演した女性陣(ゲストも)は、全員元ジェンヌなの。

恐ろしい事実なの。←



その6。(まだあるのか!)

今日はしろたんもいたせいか、若干男性陣、日本語の発音があやしい方が約3名。

日本のミュージカル界、国際的!(と言っていいのか?)

しかるに、今どんくらい日本語ができるようになったのかマテ・カマラス。今日もなにやら天然を発揮してましたが(笑)

ぼくは、彼はトートのときよりも、ハインリッヒ・クーデンホーフのときの方が好きだ。日本語カタコトの彼が「美しい風景、人々のやさしいまなざし」と日本を称える「東と西」を聴くと、マテ(に代表される、日本を訪れるすべての外国人)が日本を好きでいてくれるように、日本人の美徳を失わずにいなきゃなあ、と思うの。







それにしても、出演陣、デカい人多すぎ(アッキーが・・・いや何でもない)

今日ずんこが「You Are My Own」をしろたんに向かって歌うシーンなんて、

「なるほど、この母だからこの息子が生まれたか」

と納得してしまいました(おい)



最後に。

甲斐正人先生は日本ミュージカル界いや日本演劇界の宝です。

きれいに決まった(自画自賛)


2015年02月14日(土) NINAGAWA×SHAKESPEARE LEGEND 供悒魯爛譽奪函戞覆気い燭涎歃儼狆譟

オフィーリアが迎えることができなかった聖バレンタインデーに観てまいりました(オフィーリアは2月13日に死んでしまうので)





(名前が出てきたので最初に言及しますが)ぼくは、これまで観て来たどのオフィーリアにもいまいち満足できていなくて(植本潤が暫定一位)、巷間“個性派女優”と噂される満島ひかりがキャストとして発表されてから、けっこう期待しておりました。

ですが、「尼寺へ行け」が終わった時点で、すっかり落胆。

・・・こんなもんだったか。

もうこの際、年齢なんかどうでもいい!(よ、良くないよ・・・)あの長たらしくわざとらしいシェイクスピア台詞を息切れせずに言える女優にオフィーリアをやらせてくれ。

が、狂ってからのオフィーリアは、なかなかいじらしく。

思うに、本人の技量で差配しなければならない“せりふ”ではなく、“歌”を一本調子で(狂っているという設定だから、上手に歌うのはむしろNG)歌えば「オフィーリアになれる」からではないだろううか。

まあ、なんて手ひどい批評でしょう。(←シェイクスピア調)

でも、やせっぽちで目がぎょろぎょろしている満島ひかりには、狂った後のオフィーリアは確かにとても似合っていた。

ぼくが一番感心したのは、「ご婦人方」って言いながら、手をゆらゆらさせるところ。本人の工夫とは思えない(演出だろう、たぶん)ところだけれども、とても上手だった。



一方で、オフィーリアの兄・レアーティーズを演った満島弟(弟が兄役で、姉が妹役。演劇に造詣のない三流マスコミが食いつきそうなポイントですが、ぼくの周りでは誰も面白がってない・・・)=真之介、こいつが、期待値比100%増しで良かった。

普通に「期待通りのレアーティーズ」

あんまり上手に演ってるもんだから、レアーティーズって簡単な役なのか知らん? と失礼な感想を抱くほど上手かった。

彼がこれまでに出演した舞台をぼくは3本観てるのだが、正直どれも彼の印象は薄い。

そんなにすごい役者だという事前の知識がなかっただけに、逆に持ってかれた感じだ。



12年前に観た竜也くん初のハムレットのときは、当時、ストレートプレイ初挑戦の井上芳雄くんがレアーティーズだったが、実はあんまり覚えてないんだよね。

あまりにも下手だったらむしろ覚えてるはずだし、あまりにも上手でも強烈に覚えてるはずだから、どっちでもなかったんだろうなあ。さびしい感想ですまん。

ちなみに、このときのフォーティンブラスが小栗旬と長身ぞろいのキャスティングだったもんだから、口の悪い連中は、

「三次元乙女ゲー版ハムレット」

なんて揶揄してた(コクーンの二階席から見て、「ほんまや」と思いました(^^;))

蜷川さんは『ハムレット』をやるたんびにフォーティンブラスを劇的にキャラ変させるのだが、このときのフォーティンブラスは、最後の場で死んでるハムレットにキスするという、腐女子ウケを狙った腐った演出で(て、ておどるさん、抑えて/汗)、自分も腐の癖にかなり苦々しい気持ちになったものです。





で、話の流れで今回のフォーティンブラス。

さいたまネクストシアターという、蜷川さんが次代の若手俳優を粛々と育てている手駒劇団の子だったんですが、今回もコレ賛否両論(ほぼ“否”に傾いてるみたいだけど)の嵐。

セリフが、徹頭徹尾、ぜんっぜん聞き取れない。

教室の後ろで独り言言ってる厨二(古い2ちゃんねる用語)みたいなフォーティンブラス。

これ、わざとなのは分かってるんです。

蜷川さんが、「セリフ(の声)を張るな」と命令してるのは。

ただ、

「わざと客に聞こえないようにしゃべれ」

という意味なのか、

「『シェイクスピア=絶叫芝居』ていう考えを捨てろ(叫ばなくても、聞こえるようにセリフをしゃべることはできる。現に、今回出演の他の名優さんたちはそうだった)」

という意味なのか、そこが分からない。

でも、あのまんま毎公演続いてるってことは、たぶん前者なんだろうな。

これまたかつて観た竜也くん版『ロミオとジュリエット』で月川悠貴がやったパリスも相当変なキャラ設定だったので、明らかに蜷川幸雄の趣味(←言葉を選べ!)なんだろうな。

実験に付き合わされる客はえらい迷惑である。(こ、怖いもの知らず・・・)

この子(内田健司くん)が次に出る芝居で、この子に対する本当の評価をすることにしましょう。





さて、やっと主役の話をします。

藤原竜也。世界のニナガワの秘蔵っ子。いまさら申すまでもないことなのだが、正直言って、今回の出来にはちょっと戸惑いを隠せない。

あまりにも期待しすぎたのかもしれない(初演のハムレットが良すぎたので)

いや、でもやっぱり気のせいだけじゃない。

声が、相当出なくなってる。

酒のせいだろうか?

タバコのせいだろうか。

いや、声が出る出ないだけでもないな。

「ザ・藤原竜也」の呪縛が気になった。

昔は、「この若さで、なんて上手なの」というのが藤原竜也に対する評価だった。

でも、竜也くんももう32歳。(・・・えっ?! “まだ”32歳なの?!)

いや、歳とかではなく、このところ、「いつもいつでもフジワラタツヤ」なのが、正直気になっている。

『ムサシ』の初演ぐらいからそう思い始めた(すごく前じゃん!)

今回も、変に姿勢が悪く(ハムレットが常にうじうじしてるキャラだからっていう役づくり以上に悪い姿勢に見えた。あえて言うなら、古畑任三郎みたいだった。しかも、声や台詞回しが似てるし!)、若さのない(これが一番痛かった)ハムレット。

ううむ。このまま老いてしまうのか藤原竜也。(だ、だから、まだ32歳だって!)

悲しすぎるぞ。

とりあえず一回蜷川さんから離れてみたらどうだろうか。(お、おい・・・)

映画やテレビドラマの竜也くんを一切見てないぼくが言ってもアレですけどね。

あ、『DEATH NOTE』はとにかく観なきゃな(話がどんどんそれてますよ!)

竜也くんの素晴らしさを並べ立てて某ジャニーズのダイコンさん(言うねー。オタのクセに)をdisろうと思ってたけど、そうは問屋がおろさなかったな。でもまあ、根本的にレベルが違うんですけど。

「満点の星よ!大地よ!おれをしっかりと支えていてくれ!」(←これは『SHOCK』版)っていうセリフの言い方が全く違うのですよ。ハムレットという人物の解釈からして違うんだろうけど。

けどまあ、とにかく、物足りないハムレットだった。

勘九郎あたりが演って、ぼくのこの物足りなさを満たしてくんないかな。

いやもしかしたら、勘九郎も、こういう役はダメかもな。彼の“赤毛もの”を観たことないから、どうとも言えないな。





と、主役に関しては残念な結果ではありましたが、それを補って余りあった平幹二朗、鳳蘭、たかお鷹などの“大人チーム”の面々に、心から感謝申し上げたいと思います。

特に平幹二朗丈のクローディアスは、絶品中の絶品。

普通にしゃべってるのに、王様。

普通にしゃべってるのに、シェイクスピア作品の中の人。

厳格なようでいて、剽軽。悪党のようで、間抜け。でもやっぱり、厳格な悪党。

まさに、シェイクスピアは、こういうクローディアスを描きたかったんじゃないかと思わせる造形であった。

特に、クローディアスが、例の芝居を観た後で自分の罪にひとり慄き神に祈るシーンがあるのだけど、そこの演出にはびっくり&舌を巻きました(ネタばれしたくないので書けない・・・ここが全編中一番面白かった←)



まさに、○寄りの冷や水!(こ、こら/汗)



蜷川さん、面白すぎます。てか、平さん、さすがすぎます。

このシーンがあったゆえに、「今回の『ハムレット』、超面白いよ!」と宣伝して回りたいほどです(←趣味が変だぞ?お前)



そして、シェイクスピア作品にこの人が出ていれば何の心配もない二大俳優(ておどる基準)の一人・横田栄司なのですが(もう一人は吉田鋼太郎)、その横田さん、今回のホレイシオは、登場場面でちょっと「いつもの調子じゃないのかな?」と思わせたが、その後は滞りなく進行。相変わらず良い声でありました。



役者連についてはこんな感じです。

今回新演出ということで、前回の竜也くん主演『ハムレット』とは全然違う大道具だったのですが、それに関しては、「ああ、そうですか」ぐらいの感想しかないな(何ですと?!)

だって、これ完全に『唐版 滝(略)・・・うにゃむにゃ。

ザ・ニナガワでした。



そういや、旅役者たちの芝居のくだり、装置(でっかいお雛飾り)といい、芝居の感じといい、花組芝居みたいだったな。

加納幸和が『ハムレット』を演出したら、どんな感じかな(花組はシェイクスピア作品はいくつかやってるけど、『ハムレット』はやってないはず)

そういや、『ローゼンクランツとギルデンスターンは死んだ』に旅役者の座長の役で出たことがあったな。

・・・今関係ない話をしてすみません。









さて、いつも裏道から“さい芸”入りするので今日まで知らなかったのですが、与野本町駅方面から劇場に向かう道に、シェイクスピア作品のセリフを書いた電光板が埋め込まれているんですね。

面白い、とも言えるが、あんなん見ながら歩いてたら、危なくないか?(それとも、スマホ歩き防止の工夫だろうか?)

あと、さい芸ゆかりの俳優たちの手形とサインを記した看板が舗道横に並んでいる。

んー。

街を彩る素材に、金属とか電気とか、自然にないものを使うのは、正直やめてほしいんだけどな。

与野本町駅前にはバラがたくさん植えられてて、昔からそれが好きなだけに(これだって、「完全な自然」ではなくて「人工の自然」なんだけどさ、やっぱ違うじゃん)、残念な気分にさせられたのであった。



なんか、かんばしくない感想になってしまった。

竜也くんについては、「次回作品に期待」としておきましょう。


2015年02月10日(火) 『Endless SHOCK 15th Anniversary』(帝国劇場)

『ラ・カージュ〜』が終わってゆっくりごはん食べてから観ようと思ってたのに(コヤも近いし)、トークショーがあって終わったのが16時半。

それでもまだ時間はあったはずなのだが、朝からどうも背中に違和感があったんで、急ぎマッサージへ。

うう・・・誕生日にマッサージ。確実に老いてゆく私。(←辛気臭いからやめろ!/怒)

結局、コンビニパンをほおばっての寂しい誕生日ランチ兼ディナーの後、雨上がりの銀座→有楽町→日比谷を小走って帝劇へ。







以下、盛大にネタばれかもしれません。よろしゅうに。





















ええ、38日ぶりにお目にかかる光一様(「さん」→「様」へ昇格)は、齢36歳とも思えぬツヤツヤした美貌をキープしておいででしたよ。常時10メートル以上離れてたけど(←)

最近は左わけ耳かけセット状態の髪型がデフォルトになってたけど、舞台生活に入っちゃうとセルフヘアメークのせいか、以前と同じサラヘア状態。

短くしたせいか、むしろここ数年で一番幼く見える(10メートル以上離れた状態で←若干の悪意)

矯正視力で0.5ぐらいのくせに、帝劇の2階席からでもオペラグラスを使わぬガンコもののおいらの感想でございます。

というわけで、光一さん(「さん」に戻った)、ヤラっち、フクちゃん、コッシー以外のジャニーズの子たちは、誰が誰やら判らぬ状態での観劇でございました。

だから、遠目で見て「おっ! あの子、ダンスうまい!」と思った子はいても、誰だか判らず。残念でござる。





さてさて、ぼく、去年観てないんだよね。モリクミ(森公美子)さんのオーナーがどんなだったか、見たかったなあ・・・。モリクミさん、『ラ・カージュ〜』に出てるんだよね、今。あっちの方が優先だよねぇやっぱし(おいこら)

でも、前田美波里さんのオーナーも好きだ。

なにしろ芝居がちゃんとしてるし、「過去、ブロードウェイの舞台に立っていた女優」という設定が納得できる美貌とダンス力。この設定のおかげで、ところどころでコウイチに意見するセリフに説得力がある。



ただ、自分でも情けないと思うのは、前回(おととしですか)観たときの『Endles SHOCK』について、ほとんど覚えてないこと。

オーナーがビバリさんで、リカがサントス・アンナっていう子(名前のわりにバリバリ日本人ぽい子だったが。スタイルは良かったけど)だったことは覚えてるんだけど、驚くことに、ライバル役がヤラっちだったかうちきゅんだったかすら覚えてない。

というのも、今回のヤラっちを見て、ちょっと色々感じる部分があったから。

(先に書いてしまうが、残念なことに、良いことではない)

まず、冒頭のショーのシーンのヤラっちを見て第一印象として感じたのは、

「すごい“うるさい”ダンスをする子がいるな」

と思ってみたら、それが“ヤラ”だった、という点。

ぼくは、先入観なしに舞台を見たいタイプなので、毎回、雑誌とかプログラムとかを一切読まないで観る。なので、今回ヤラっちがどういうつもりで役づくりをしていたのか知らない。

とにかく、悪目立ちする子が一人いて、それがヤラっちだった。

「“ヤラ”はカンパニーの二番手という役割なんだから、コウイチの次に目立つようにするのは当たり前」(というか、ヤラはコウイチにめっちゃライバル意識むんむんという役づくり)

と見るべきなのか、単にヤラっちの素の踊り癖なのか分からない。2013年にもヤラっちバージョンで見ていたら、そのときに同じことを気づいていたのかもしれないけど、さっきも書いたように、どっちのライバル役だったか覚えてもいないってことは、うちきゅんのを観ていたのか、それとも、前回のヤラっちの役づくりが違っていたのだと言うことが分かる。

これが「今回の役づくり」だったら、深い。すごい。ヤラっちすごい。

もし「素」だったら、これはまずい。

・・・果たして、どっちなんだろう。









とまあ、色々考えながら今回も拝見しました。

けどなんか、相対的にはうちきゅんのライバルの方が、ぼくに対しては説得力があったな、色々と。

まず、舞台に立つ人として、絶対やっちゃいけないこと(=小道具の刀を本身にすり替える。これに関しては我ながら本当に厳しい)をやらかしてしまうような奴がいることを、設定とはいえ認めたくないのだが、ウチっていうキャラクターは、そういうことしそうなくらいオバカな(こ、こらこら/大汗)感じがよーく出てるんで、納得しちゃうのよね。

ウチがすばらしいところは、とにかく“ガキ”なところ。いろいろやらかす(出トチリしたぐらいで慌てふためいたり、スタッフに当り散らしたり)こと一つひとつに説得力がある。とにかく視野が狭いというか。

だからこそ、自分がちょっとやった“いたずら”で人が死んじゃった時の、幼児のような慟哭がストレートに客席に飛んできて、ぼくは『SHOCK』史上初の涙を流してしまったわけです。

これがヤラっちだと、どうもちょっと賢さが邪魔をして(あのー・・・うちきゅんに対するあんまりな評価ですよ?)、告白のシーンも若干白々しいと言うか、肝心の、斬りつけるシーンにも、ちょっと、“裏の気持ち”があるように見えてしまう。

実は、例によって去年買ったまま放っておいた「1000回SHOCK」のDVDを、昨夜やっと開封しまして、焦って「Another story」を観たんです。

まぁ、観ても観なくても、あんまりぼくの『SHOCK』観には影響与えなかったけどね。←





そんなわけで、今回は、残念なことに、ぼくにとってエポックだった2012年の観劇ほどの印象はありませんでした。



そうそう、2012年版は、ウチもだけど、何つってもやはりリカ(神田沙也加)が良かったんだよなあ。

つーことで、今回のリカ(なんでこの役だけは名前がずっと「リカ」なんだろうな。どっかで解説されてます? 雑誌もプログラムも読まないから、判らんのですよ)の宮澤喜一孫(←ちゃんと名前を書け!)

エマも、初めて観る子ではないどころか、『シスター・アクト』の時に上々吉だったことが印象に残っているので(映画のシスター・ロバートと全然違う雰囲気だったけど、可愛かったなあ)、今回のリカが、歌はいまいち、芝居はそこそこ、何つってもずんぐりむっくり(コウイチが細すぎるのがいけない!←八つ当たり)でダンス特に日本舞踊がダメダメだったのが残念すぎて。

作品によってこんなに印象が変わるとはね。

次回はぼくの生涯の3作の第2位『ラ・マンチャの男』のアントニアだというじゃありませんか。

・・・大丈夫なのか?(ま、この役はダンスがないからなあ)





話を戻して、このリカという役も、結構な難役というか、目立てばジャニオタに目の敵にされるし(おい)、目立たなければ何のためにいるのかわからんし、演る人が毎度気の毒って気持ちです。

第一幕は、無神経に()コウイチラブラブ光線を放ってヤラ(ライバル役)のテンションを吊り上げる役目って感じですが、第二幕では、コウイチが幽霊(という考えでいいんだよね?ぼくが鈍すぎるのか分かりませんが、『Endless SHOCK』が始まって早10年、やっと解ってきた)だってことをみんな(コウイチを含む)に教えて、「前に進まなきゃならないんだ」と気づかせる、けっこう大事な役目。

なんだけど、それを、舞台上の説得力だけで(つまり、インタビューとか評論とかでタネ明かししてもらうんじゃなくて)演じてこられたリカちゃんて、いるんですかね?

超絶鈍いぼく基準で申し訳ないのだが、ぼくは沙也加のリカでも、そこんとこは分かんなかったからなあ。

結局わたくし、本日の観劇の前に「1000回SHOCK」のDVDについてた解説書を読んで、「そういうことなのか」と知ってしまったという。

どうもこの、理解しづらい脚本であることは変わっとらんという印象でした。

脚本が荒くても、演者のチカラで分からせてしまえるっていうことも多々あるんですけどね、『Endless〜』に限らず、『SHOCK』シリーズ全体に言えることだが(まずい方向へ話が行きそうなので、後略)



勢いで書いてしまうと、シェイクスピアのシーンが未だに残っているのも、ちょっとどうかなと思うんだよね。ストーリー上必要だから残ってるのは解るんだけど、とにかく俳優さんたち(←ビビッて固有名詞が出せない)ガーガーがなってるだけで全く伝わってこないし、音楽がアリモノなのもぼくとしては気に入らないし。



早く竜也君の『ハムレット』で上書きしたい!←卑怯な薄字











ショーの部分で前回とマイナーチェンジしてる箇所とかは、前回公演を観てないから分かんなかったけど、まるで初見の客のような気持ちで観せていただきまして、インペリアルガーデン進出ショーのヤラっちメインのシーン(タップが多用されてたダンス)が、ぼく好みでした。

振り付けが可愛いことと、衣裳がモノトーンですっきり美しかったところが良かった。

衣裳と言えば、冒頭のオフシアターでのショーの二曲目?ぐらいの時のコウイチが着ていた白い衣裳がめちゃめちゃ素敵だったなあ。すごくスタイルが良く見えた(見えた・・・だと!?)

まあ自覚してます。結局ビジュアルの好みに関しては、ぼくはヅカオタなんだよね。ヅカっぽい衣裳が好き。









総合的に評しますと、結局この『Endless SHOCK』という作品は、

「ダンス◎、いや花丸(構成、振り付け、演者のダンス力・スター性)」

「歌△(ゲストキャストによって、たまに○)」

「芝居△´(脚本、演者の演技力双方)」

ですな。2005年からずっとぼくの中ではこういう感じで変わってません。

主演俳優さんはまだまだ階段を落ち足りないようなので(まっ、意地の悪い言い方!)当分この脚本を変える気はないのかもしれませんが、そろそろ内容を新しくしても良いような気がするのですが。

どうなんでしょう。うむ。


2015年02月09日(月) 『ラ・カージュ・オ・フォール −籠の中の道化たち−』(日生劇場)

これぞ、ぼくが一番待ち望んでいたいっちゃん(市村正親)の完全復活。

完璧なアルバン、完璧なザザでした。







それにしても、この作品の脚本がぼくはほんとーに好きだ。

『ラ・マンチャの男』と双璧を成す、「人生に躓いたとき、迷ったときに観るべき」名作だと思う。

おかまが主人公のドタバタコメディだと思って観ず嫌いでいる人が、ほんと可哀相。

しかも、とびっきり楽しいときてる。

アフタートークで塩ちゃん(指揮の塩田明弘氏)も言ってたけど、この作品ほど、内容と音楽とダンスの必然性とクオリティが釣り合ってる作品は、実はめずらしい(歌だけ、とか、ダンスだけ、とかに偏ってる作品が意外に多いから)





ちょっとだけ残念だったのは、総裁(鹿賀丈史)の呂律のあやしさ。看過できないほど、「・・・?」となってしまうところが何度かあって、ハラハラした。

唄になると全然大丈夫なんだけど。

・・・単純にお歳のせいなのかしら? それとも、まさか、何かご病気・・・? すごく心配です。

いっちゃんと総裁のアルバンとジョルジュが二人っきりで舞台にいる姿なんて、本当に何十年も連れ添った夫婦感が出てて、じんわりと心が温かくなれるものがあるだけに、このコンビで今後もずっとやっていただきたいので、気がかりです(まあ、昔「このコンビは今回で最後!」なんて言ってたけど、結局復活した◎※★〓ムニャムニャ・・・)



あと、ジャン・ミッシェルのバッチ(相葉裕樹)、この子を観るのは初めてではないんだけど、何か今回、

「おやおや? こんなにセリフも歌も××(褒めてあげられないので伏せます)だっけ?」

と思いました。

いや、そーんなにお下手(←伏字の意味なし!)というわけではないんだけど、何しろ動きがぎこちなすぎ。

東宝ミュージカルデビューは時期尚早だったのかもしれん。

アンナのみなこ(愛原実花)がお芝居も歌も、もちろんダンスも上手にスルスルこなしていたので、余計に目立ってしまった。

でもバッチには、無敵の「声優声」()がある。この美青年声に演技力が備われば(←今備わってないって言ってるような・・・)、既に備わっている美ビジュアルと共に鬼に金棒であろう。がんばれ。



他の出演者の方たちは、前回公演からの続投の人たちばかりで皆さん堂に入っていて、何も言うことなし。

“ハンブルグのハンナ”の美尻にも見とれてしまいました(≧∇≦)いや〜“まじ”でマジー(真島茂樹)すごいっす

しかし、本気でカジェルたち皆さんの可愛さは異常。

タップからカンカンからロケットまで、徹頭徹尾全力のショーのシーンには、5×歳になって(しつこくてスイマセン)涙もろくなったおばさんには、もう、もう・・・(;;)みんなよくがんばってる!







そして、『ラ・カージュ・オ・フォール』という作品について今の時代に語る以上は、忘れてはならない要素がひとつ。

もうお分かりですね。

去年から世界中が「ありのままの姿見せるのよ〜♪」と自己肯定に勤しんでいますが(口が悪いでっせ5×歳のおばさん!)、この作品こそ“元祖”「ありのままの私」主張ソングのふるさと。

ただ、ここをぜひ強調したいのは、「ありのままの私」を正々堂々と主張するためには、自分の「ありのまま」の姿に対して、責任をとらなければならないということ。

『ラ・カージュ』であれ『アナ雪』であれ、そういうことを言っているのに、何か流行の表面だけ見て、

「そうか、“ありのまま”でいいんだ!」

と勘違いしている人たちが多いのだとしたら、ものすごく残念だ。

「世界にひとつだけの花」がヒットしたときにも、「ナンバーワンにならなくていい」という歌詞をゆとり視していた短絡的な人たち(共感するにしても、批判するにしても)が多かったことが残念でならなかったのだが、去年の「ありのままブーム」()のときにも、「ま、またか(汗)」と思ったものだった。

アルバンが第一幕のラストシーンで、

「そう、ありのまま。これが私」

と敢然と宣言して去ってゆく姿は、(褒め言葉になってないが)本当にめっちゃ男らしくてかっこいい。

この部分が、言ってることは真逆なのに、『ラ・マンチャの男』でアロンゾ・キハーナ老人が、

「最も憎むべき“狂気”とは、ありのままの自分を受け入れないことではなく、あるべき姿のために戦わないことだ!」

と断言するシーンと何故か重なるのだ。

「ありのままの自分」であれ、「あるべき自分」であれ、その自分でいることが“ラクだから”そっちに逃げたい、と思っている人は、どんな自分であろうとだめなのだ。



そんな深いふかーい作品なので、ぼくにとってこの『ラ・カージュ・オ・フォール』という作品は「生涯の3本」のうちの1本なわけなのです(2本目は、さっきからちょこちょこ出てくる『ラ・マンチャの男』。そして3本目が・・・決まらん。多すぎて←)







と、誕生日の贅沢第一弾は、超Happyで幕を閉じたのでした。


2015年02月08日(日) 誕生日の贅沢

わらくし、本日齢5×歳となりまして(伏せても、3年前の日記が残ってるからバレるぞ!)贅沢が贅肉に変わるのはいやなので、舌の贅沢ではなく目と心の贅沢をしてまいりました。

昼・日生劇場。

夜・帝国劇場。





あー忙しかった。(体と目と心が)

ろくにお食事する暇がなかったので、おなかは空いているのだが、これから食べると贅肉が・・・。

我慢しろ、オレ。



(では、大急ぎで感想をアップします)





『ブンブブーン!』は、今度の休みに視よう・・・。


2015年02月02日(月) 『ボンベイ ドリームス』(東京国際フォーラム ホールC)

面白かったよ。



(え? これだけ?)





正直に教えますと、3階席はガラガラだったよ(ただし平日)。だけど、作品は決して悪くなかったと思う。

宣伝が足りなかったか、こんなこと言って申し訳ないんだけど、出演陣が弱かったのじゃないかな。一人ひとりはそこそこミュージカル界で活躍している面々なんだけど、悪いが「一人でコヤを埋めちゃえる」ぐらいの大スター不在。

主役の殿下(浦井健治)も、銀河劇場なら満杯にできる人なんだけど(席数違いすぎるやんけ)、この派手で楽しいミュージカルは、博品館でやっちゃダメだしな。





ストーリーは、まあ、よくある「サクセスストーリーの末のほろ苦い展開ののちの、かすかな光明で終わる」みたいな話だったんだけど、とにかく音楽とダンスの“いろどり”が楽しくて。

インド映画界が舞台になってて、作品もそのままインド映画みたいな極彩色でリズム感が華やかで。

音楽担当のA・R・ラフマーンは、『スラムドッグ$ミリオネア』でアカデミー賞作曲賞を受賞したインドの人気作曲家(もっとも、『スラムドッグ〜』はインドを舞台にしてるが、イギリス映画)

インドインドしたマサラなリズムの曲もご機嫌だったが、バラードなんかもメロディが美しくて、それこそ、洗練されたインド料理店at Londonみたいな趣きだった。





出演者について。

殿下は、ぼくにとっては未だ「二代目ルドルフ」なんだけど、昨今のミュージカル界ではすでにスターの御一人。歌もだいぶんうまくなったし、主役の貫禄もある。でも、まだ“堂々たる”主演俳優とは言えないんじゃないかな、残念ながら。

“注目すべき若手俳優”の一人です。



すみれ。

相変わらずセリフがたどたどしい。これを「日本語ネイティブじゃないからしかたないじゃない」で済ませるか、「日本で女優をやるつもりなら、もっと死に物狂いで勉強しろ」と叱咤するか。ひとえに「期待してるかどうか」で分かれると思うな。

歌は、まあそこそこ。



加藤和樹。

狭めのコヤで見ると存在感抜群でカッコ良さだだもれの人なんですけど、国際フォーラムサイズで見たらまだまだだったなあ。過去の作品では、“若造チーム”の中で一番貫禄があってカコイイ人なのに。

ただ、ACT2しょっぱなで歌った「Chaiyya Chaiyya」の歌声はカッコ良かった。ここはさすがだった。



コムちゃん(朝海ひかる)

高慢な大女優の役だったんですが、さほど高慢でなく可愛らしくドジなお姉さんでした。

ダンスはキレッキレだったけど。

「Shakalaka Baby」は耳に残ったなあ(ただ、一日で忘れてもた・・・)



川久保拓司。

彼が演じたスウィーティは、西洋社会でいう「ドラァグ・クィーン」ではなく、インド周辺国に存在する伝統的な“第三の性”=ヒジュラというものだそうだ。

ただ、ちょっとそこ、伝わってこなかった気もする。

女心でアカーシュ(主人公)に恋しつつ、たまに男みたいにぞんざいに接したり、わかりにくかったな。それがヒジュラというものなのかもしれないけど。

背がめっちゃ高くて(何しろ、加藤君が小さく見えた)スタイル抜群なのは、モデル出身だからか。

言いたいことは一つ。歌をもうちょっとがんばろう。



歌といえば、歌唱力のカナメになってた安崎求、阿部裕の両氏。安定していた。

久野綾希子が出てたのに、ソロナンバーがなかったというもったいなさだった。

そして、ひとつの“ウリ”になってたダンス集団・梅棒。ぼくがダンスに“暗い”せいか、特に記憶に残ったような振付はなかったなあ。とにかくこの作品は、音楽が面白ステキだったということしか覚えてない。

「マツケン・マハラジャ」みたいな振付だったら覚えてるんだけどなあ。マジーは偉大だ(←)







結論。オギー(荻田浩一)の演出は、彼らしく洗練されたヅカチックな感じでした。

オギーは、歌劇団にいたときはすごく革新的だったのに、外に出てからの演出はヅカ色がすごく濃いのよね。皮肉なもんです。ただ、本物の男性である男優たちを、男役みたいに中性的で清潔に見せる技術はすごいと思う。ただし、その特徴が、今回みたいな土臭さが身上のようなアジアンな作品では「物足りなさ」につながるのかなー?て気もした。

それか、昨今の男優さんたち自体が元から中性的になってきてるのかも。

となると、ヒジュラみたいな役を演じることは、逆にむずかしくなっているのかもな。最近の若い俳優たちが“第三の性”を演じると、昔みたいな「げ」ってのがなくて、みんな普通にこぎれいだったりする。

それがむしろあんまりよろしくないというか。彼ら(第三の性の人たち)のアイデンティティがよくわからなくなってきちゃってるというか。

ぼくもだんだん何を言ってるのかわからなくなってきちゃってるというか。

なので、これで切り上げますっていうか。←





数年後に、がっつり練り上げて(キャストはそんなに変えなくていいから)再演してほしい気がします。


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