てくてくミーハー道場

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2010年01月31日(日) 『TALK LIKE SINGING』(赤坂ACTシアター)

キャスト・スタッフともに完全日本産の作品をブロードウェイで初演(正確には「オフ・ブロードウェイ」である)した、という“ウリ”は、キャッチフレーズだけは(また毒?)デカいのが常のあの事務所のことだから、逆に、日本の観客の心理にマイナス影響なのではないだろうか、と思っていたのが本音です。

けど、その周辺事情だけで「けっ」て言っちゃうのも大人気ない。

ちゃんと、自分の目で見てから判断しなきゃね、と、ぼくにしては早めの日程をとりました。

それに、なんだかんだ言って、三谷作品を信用してるし。



(良い方の)期待は裏切られませんでした。

三谷色満載の脚本(人情話のようなオチ、ベタだけど好き(*^^*))と演出、いわゆる「ミュージカル臭さ」のない小西康陽の秀逸な音楽、そして実力派のサブキャストたち(少人数なところが、三谷らしくて良い)

そしてやっぱり、Shingo Katori(わざと海外用表記にしてみました)が良かった。

これ言っちゃうと悔しいけど(なんでだよ?)

歌番組から受ける印象より、ずっと歌唱力があったことにもちょいと驚いた(←失礼ね)

やっぱSMAPって、踊りすぎなんだよ。だからピッチがぶれるんだよ(えぇっ?! それを今言う?)




後で書こうと思ったことだけど今必要だから書いちゃうが、この日は慎吾ちゃんの33回目のお誕生日だった(いい日に行ったなぁ我ながら)

33歳。もう充分オトナである。

いや分かってる。慎吾ちゃん(「ちゃん」て書いちゃうところが、実は分かってないってことなのだが)はもう何年も前から立派に大人である。

ビールはガバガバ飲むし、タバコも吸ってるのを知っている。

いやそんな表面的なことに限らず、いろんな意味で彼はずっと前から大人になってるはずだ(しかも、ゲイノー人だし)

なのに、三谷幸喜が香取慎吾に今回当て書きした「ターロウ」の人物像は、まったくもってぼくたち一定の年齢以上の(つまり、SMAPがデビューした時に既に大人だった)日本人が、ずーっと慎吾ちゃんに対して抱いているイメージそのものだった。

すなわち、「永遠の10歳児」。


慎吾ちゃんに特に興味のない人からは、彼はその体の大きさと、生まれてから今までの3分の2以上の年月を「アイドル」として生きてきた、という事実や『SMAP×SMAP』での彼のたたずまいから、自信家で明るくておおざっぱな性格に見えるのじゃないだろうか。

そして、いくばくかでも「ファン」である人の目には、そのパッと見の豪快さと裏腹に時たま垣間見せるセンシティブさが、たまらなくアンビバレンツな魅力に映っているはずだ。

体は大きいが、芯(=心)がピュアなままの少年。

まるっきりオタの幻想といえないこともないが、これほど少年性を保ったまま年月を過ごしてきた男性有名人は、カトリシンゴの他には考えられない(たとえば、有名子役が青年期にさしかかったときに避けられずに出会う「イノセンスとの別離」。慎吾ちゃんはSMAPというアイコンに守られていたということもあって、それをストレートに経験せずに済んだ、もしくは大衆にそれを見せずに済んだとぼくは見ている)



そんな慎吾ちゃんに当てて三谷幸喜が作り上げたキャラクターは、“普通に話せなくて言葉が全部歌になってしまう”=“満足に言語を操ることができない”青年というもの。

今回の作品の主題をつまんなく解釈してしまって申し訳ないのだが、これは明らかに「普通の人と違っていて、そのために世間と交わりながら生きていくのが難しい主人公が、果たして『普通』になったらどうなったのか。そもそも『普通』って何?」という主題の物語だった。

つまりこの作品は、三谷流『アルジャーノンに花束を』(+『マイ・フェア・レディ』)だったのである。

そういう、下手すると痒くてたまらなくなるような話を、すっぱりと「ヒューマニズム」というアレルゲンなしに描いてしまうから、ぼくは三谷作品を信用しているのだ。

痒くてたまらなくなる紙一重の主題を三谷に選ばせたのは、明らかに香取慎吾の(前述の)パブリックイメージである。

その意味で、この人はやはりワンアンドオンリーな(SMAPがらみなんだから「オンリーワン」と書かなきゃいけないんだろうけど、ぼくはひねくれてるのでわざと書かない)俳優なんだと思う。

そもそも三谷幸喜という人は、ほとんどの役を「当て書き」にするそうだが、こっち(客席)から観ていて、これほどすっぱりと当て書きされた役も珍しいと思ったことである。



思い出してみれば、上記のようなハンディキャップを持つ人物を写実的に造形したのが、かつて慎吾ちゃんの当たり役となった『未成年』のデク(もしくは『ドク』のドク)である。

まんま「デク」や「ドク」だったら、ドラマやくそまじめなエンゲキならともかく、ミュージカル(エンターテインメント作品)としては耐えられない。

だから「歌」にした。

この演劇的デフォルマシオンは見事であった。



作品全体がカビラ君演ずるDr.ダイソンの研究発表、という枠組みをとっているので、ぼくまで何だか研究発表みたいな口調になってしまった。

それにしても話は一番最初に戻るが、これをニューヨークで上演したときの三谷の心境はいかばかりだったであろうか。

彼の作品『恐れを知らぬ川上音二郎一座』を地で行ったわけだからね。

それに、向こうの客は、今ぼくが書いたみたいな香取慎吾のパブリックイメージを持ってないわけじゃないですか(もし、来てたのが“本当に”現地のお客さんたちだったとすれば←超よけーな一言)

日本語と英語の混ぜっぷりや演出は面白かったので、そういう意味では「ウケた」ことを願う。





最後になりますが、この日のカーテンコールは当然慎吾ちゃんへのハッピーバースデイコールとなり、お得な時間を過ごすことができました。

ケーキが登場して、みんなで「ハッピーバースデイ」をご唱和。

キャスト・スタッフからのプレゼントは、カエル色(←観た人だけ笑えるネタ)のPU○Aのジャージ上下(と同時に、グリーンは慎吾ちゃんの担当カラー)でした。

着てみたら、悲しいかな、パツンパツン(T−T)カラダ絞ってね、慎吾ちゃん

「一番デカいサイズなんだけど」

と共演者の皆様から何回も言われてました(−−;)

意外にも、こういったパブリックなお誕生日祝いをしてもらうことは、今まであんまりなかったそうです。

SMAPのコンサートは、たいがい夏から秋にかけてだからだそうで。

そんな貴重な日に出会えて、ぼくも嬉しかったです。



改めて日程表を見たら、これ、全部で50公演もあんのね!

お誕生日でちょうど10公演目。残り40公演なので、まだまだ先は長いぞ(こら、プレッシャーかけるな)

ぜひとも体に気をつけて、でも、栄養は摂り過ぎないように(こら)完走していただきたいと、切に思うものであります。


2010年01月29日(金) 『KING OF THE BLUE』(ル テアトル銀座)

うっかりしてるうちに『キャバレー』(日生劇場)が今日までだと気づき、よし行こう、と思って家を出ようとしたら、このチケットが出てきた(@_@;)あ、危ねぇ〜。


ヨーヘイ君だヨーヘイ君だ♪(←材木屋)

と、泉見洋平君が出るってこと以外には何の事前知識もなく(お芝居なのか、ショーなのかさえも)出かけたのです。


感想です。





(んー、こうやって行を空けるときは、碌なこと書かんぞ覚悟しろ)





 ↑
当たりです(__。)


あのね、制作者の皆さんの“志”は、買う。

キモチは分かる。とっても。

でも、正直に言います。スキルがついて行ってない。←出た。超上から目線


新感線の出来損ないと言ったら可哀相過ぎるかもしれませんが、目指すところはあそこでしょ?(「違います!」と反論されても別にいいんだが、じゃあ、そうだったんなら、余計始末におえん)

及ばなさ過ぎてた。脚本が。

説明不足の上に底が割れてる、という、非常に無念すぎるプロット。

マンガで世界史や日本史を勉強しちゃった人がよく書く同人小説のような(←うわぁ〜〜っ!!! すごい怖いヒトたちを敵に回したぞその発言!!!)

批判はとめどなく出てくるのだけど、ぼくが感じたこと全部書いたら、収集がつかなくなるので(この言い様もたいがい酷いが)もうやめます。



で、さらに「惜しい」「残念だ」と思ったことには、出演者、みんな上手いんだ(揶揄じゃなくて、本当の意味で)唄が。

アンサンブルの皆さんは、普通にダンス上手だし。

何なんだ、このもったいなさ。

先入観を避けるために、事前にパンフレットを見ないで最後まで観たんですが(観ながら普通にぼくが気づいたのは、ヨーヘイ君の他には鈴木亜美ちゃんとaccessの貴水くんだけ)、ソロをとる出演者はみんな普通に(ロック歌手として)上手で、「本業役者じゃねぇな?」と思っていたら、(まぁ、「役者」としての仕事もしてたが)やっぱり「本業=どこそこのヴォーカル」って人ばかりだった。

要するに、新鮮で出どこも良い材料を集めといて、刃こぼれだらけの包丁で切り、味付けも自分で工夫せずに出来合いの「○○の素」をぶっかけて仕上げてしまいました、みたいな出来上がりだったのだ。

それも、「帝○ホテルの味」みたいな、ちょっとお高めの「モト」を。

でも、食べたことある人なら分かるが、それって「帝○ホテル」で食べる料理には、百歩及ばないのよね。

そのくせ「なんか似てる」から、余計いけないのよね。

いい野菜使ってるんだから、ただ、おいしい塩だけパラリとかけて食べたかった。

「もっと料理の腕見せたい」ってんなら、コトコトしっかりおダシで煮て、その繊細な味を堪能させてほしかった。




ここまで書いて今頃チェックしたのだが、演出(と振付)は上島雪夫さんだったのか。

なるほど、ダンスシーンは(「は」ですか・・・)カッコ良かったわけだ。

まぁ、こういうのをたまに観るのも、ぼくにとっては勉強になるのだろう(ホンマさっきから失礼な感想やな)

ヨーヘイ君・・・次回は『レ・ミゼラブル』か『ダンス オブ ヴァンパイア』か『ミス・サイゴン』でお会いしましょうね(こぉら!)



いやだってね、パンフレット読むとヨーヘイ君が主役、みたいなこと書いてあるんだけど普通に観ててそう思えなかった(玄武=加藤和樹君がカッコ良すぎて/ホント)

ニンゲンと“鬼”とのハザマで苦しむ主人公(あれ・・・? どっかで観た気が読んだ気が)らしいのだが、なんかヒジョーに影が薄い。

お目当ての唄も、さほどナンバーが多くなかったし(これはまぁ、他のメンバーも上手かったから許す。それに「主役だから特別に唄多くしろ」と思うタイプの客ではないし)

他の登場人物それぞれに主義主張があって、それは大変よろしいのだけど、「それでもなおかつどう考えてもこのヒトが主役だ!」という押し出しが主人公には欲しかった。

そういうのがあるからこそ、お話に厚みが出るのだ。

なんか、「堂々たる主役」ってのを出さないのが、最近のライダーシリーズの傾向?(何の話をしてるんだ?)

いえね、ゆとり時代の「間違った平等主義」てのが、ここ十数年日本には蔓延してるじゃないですか。

脚本書いたの、その世代の人たちなのかなぁ?(すみません、名前見ても知らない方たち(お二人いた)でした)

また結局脚本の悪口になっちゃったので、もうやめときます。



あぁ、『阿修羅城の瞳』か『朧の森に棲む鬼』のDVDどこにあったっけ?(観たいのね)

てか、ぼく、持ってたっけ?(オイ)


2010年01月27日(水) 『初春花形歌舞伎』夜の部(新橋演舞場)

(行ったのは26日なのですが、エンピツ日記さんは同じ日に2つの日記をアップできないので、翌日の日付にしております)









さてコレ(←?)

「慙紅葉汗顔見勢」、通称「伊達の十役」でございますが。

大入りおめでとうございますねぇほんとに(皮肉っぽく聞こえたらゴメンナサイ。決してそんなつもりはありません)



でも、正直全て観終わって心から感じたことは、

「猿之助って、なんてスゴい人なんだろう」(一応現在形)

ということだった(エ? 海老蔵無視?)

だってスゴすぎるんだ、猿之助。

そりゃあ、海老蔵は未だ三十そこそこの若造、ぼくがこの狂言を観て圧倒された当時の猿之助は五十代半ば(今のなかむら屋と同じくらい)という大充実期。比べるのも可哀相だけども。

実際早替わりをウリにした狂言は猿之助の専売特許じゃなく、玉さんやフクが得意にしている『お染の七役』や、実川延若丈直伝によるなかむら屋の『怪談乳房榎』なんてのもある。

それらを観てて分かるのは、観客が「あまりにも早く(衣裳が)変わる」というイリュージョンじみた演出に感嘆し喜ぶのは結局最初のうちだけで、観終わって満足するのは、一人の役者が何度も何度も「(演技力によって)一瞬にして別人になる」ガラスの仮面的達人技を目の当たりにできるからなんである。

そういった意味で、今回の海老蔵の挑戦は、挑戦したこと自体は偉いと思うが、観客を心底感心させたかといえば、残念ながら「そうではなかった」と言わざるを得ない。

十役のうち、彼の得意な役どころである仁木弾正や、その父親である赤松満祐なんか抜群に良くて(なので、最初はすごーく期待した)、荒獅子男之助なんかも全身エネルギーに溢れてて良かったのだが、その他の役になると、残念な状態になっていた。

細川勝元あたりは、がんばっていたのだが、得意だろうなと思ってた(何でよ?)土手の道哲なんか、意外や愛嬌も凄味も全然足らなくダメダメで(法界坊は、当分できないな・・・演りたいと思ってるかどうかは知らんが)、いわんや完全に“加役”の女方三役は手も足も出ない感じ(猿之助なんて、アラフィフのおじさんにも拘わらず、すごいキレイだったぞ!)

あ、でも政岡は、早替わりのないじっくりと原本(『先代萩』)のとおりに演じる場面だったので、

「ちゃんと勉強したんだね、えらいね」

程度の出来ではあった(←例によって上から目線)

一番ヒドかったのが絹川与右衛門で、前髪でもないのになぜか異常になよなよした役づくり。

これはおそらく、二枚目で演じると勝元と演じ分けできなかったからじゃないだろうか。演技のキャパのなさがここで出てしまったと考える。もし、これを演出の猿之助が「よし」としていたならば、かなり疑問である(『四の切』の時も、「これでいいのですかっ?! 猿之助せんせえっ!」と思った記憶があるので、ちょっと納得できないんだよな・・・)



とまぁ、海老蔵オンリーの感想で申し訳ない(そりゃしょうがないでしょ、ほとんどの重要な役を海老蔵が一人で演じてるんだから)

共演者では、やはり右近が良かったです。本役の八汐よか、猿弥さんの代役の鬼貫が良かった。迫力があって。

あとは、笑也の赤姫が18年前に観た時と全然変化なし(良い意味でも悪い意味でも)なのが驚異だった。

ぼくの贔屓の笑三郎は、三浦屋女房みたいな世話っぽい役は完璧なのだが、栄御前が意外といまいちだった。セリフ回しに「権謀」が出すぎてる。あの役はもっと「鷹揚」に演らなきゃいけない役じゃないだろうか? まぁ、ぼくの方が間違ってる可能性大だけれども。

渡辺父子は、市蔵さんは老けも充分で憐れさ実直さがあり、心から応援したくなる国家老。

息子のシドちゃんは、若さ二枚目さは充分だったけど、もっと正義感をぐいぐい出せてればなと思った。若干したたかに見える(ワイドショーに毒されているのだろうか?)

弘太郎、澤潟屋一門らしく器用です。顔がまんまるなのが、ちょっち残念(^^ゞ



こんなとこでしょうか。

大喜利の所作事は今回初めて観たんだけども(これを演ると、休憩入れて5時間半になるのよね。めっちゃしんどいのよね。観てる方も)、これがあると「終わったーっ!」って感じになってお話が締まるのが分かった。

海老蔵クン、歌舞伎座のお父様と同じコスチューム(押戻し)で幕となりました。

なんかこういうの、楽しい。

千穐楽だったので、カーテンコールがあるかと思ったら(お客はいつまでも拍手してたし)、定式が閉まった後に緞帳が下りて、あっさり追い出し。

ま、これも良し(*^^*)ぼくはこういうの、結構好きです



猿之助十八番は右近が全部引き継ぐのかと思っていたところに、こうやって海老蔵の横槍(←言語不適当)が入ったので、観る方はステキに楽しみが増えて結構なことです(本心)

ライバルがいるってとても良いことだからね。

・・・ところで、これは書くとやばいことなのか分らず困っているのだが、なぜ今回段治郎は出てないのかしらん?

彼もめっちゃ有望な後継ぎ候補のはずなのに。ねぇ?

まあいいや。四月の『四谷怪談忠臣蔵』を楽しみにしよう。


2010年01月26日(火) 『新春浅草歌舞伎』第一部(浅草公会堂)

昨日は歌舞伎座の昼の部を観るつもりが、半徹夜がたたって大寝坊(必ずやるよな、そういうこと)

せめて『松浦の太鼓』だけでも〜!っともがいたのだが、夕方から家の用事ができてしまい、前夜ムリヤリ仕事を片付けたにもかかわらず、つうか、結局そのせいでポシャりました(−−。)


気を取り直して、本日千穐楽の浅草へ。

板橋に引っ越したら浅草への時間が倍になってしまったので、遅刻しないようにと用心しすぎてすごく早く着いた(^^ゞ


よってまずは浅草寺へ。

今年のぼくの初詣・・・と言いたいのだが、そういや大阪で十日戎に行ったんだった。←なんだと?!(きんきっずらばーの皆さんの心の声)

・・・えっと、あの・・・まぁその・・・その話はまた追々(^^ゞ

で、たった五円のお賽銭で観音様に自己中心的なお願いごとをして、

「そんじゃ、『凶』でも引くか(自棄)」←浅草寺のおみくじは「凶」が一番多いという都市伝説あり

とおみくじ引いたら、なんとコレ「大吉」(な、なんか、罰当たりなことを・・・ぼく・・・/大汗)

でも確か数年前にもこんなことがあった。

その年を振り返っても、記憶に残るような吉事は、何一つなかった。(こら)

「何も起こらなかったことが、大吉だったんだよ」

と、友人に不気味な解説をされた記憶がある(−−;)は、はい、感謝します

ちなみにえべっさんで引いたおみくじは、生まれて初めて見た「半凶」!

文字通りハンキョーランとなって、即行そこらへんに(こらっ)結んで帰ってきました。

今年は観音様を信じて生きていこう。←つくづく身勝手





閑話休題。

「草摺引」

歌舞伎座に行きそびれたので、曽我ものハットトリックならず(_ _ )無念

でもいいや。

どっちがどっちの役を演ってもOKという勘亀コンビで躍動感100%の一幕でした。

ただ、二人ともパワァが有り余りすぎてて、観てる方は正直“観疲れ”がした。

徹頭徹尾MAXで来られるのはツラい。

贅沢ですね。すみません。

でもなんか、観終わって、朝のジョギング帰りみたいな気分になりましたことよ(疲れたけど、心地好い感じ)





「御浜御殿綱豊卿」

はいそうです(?)。今月は三座ひっくるめて、これが一番の期待度でした。

そしたら・・・(おや?)

・・・うん。あれだね(歯切れが悪いぞ!)、ラブちゃんが“仁左衛門の叔父”に似すぎているところは、彼にとって最大の武器であること以上に、これからは様々な不都合となって襲い掛かってくることになるのかもしれん。

しかも、ただ素材が似ているだけで、彼がへたっぴだったら、こんなにがっかりはしなかった。

上手いのに、とっても上手いのに、だけど当然“叔父様”はレベルが違いすぎるから、普通の人よりももっと残念度が大きいのだと思う。

何をやっても最初に「わっ、似てる!」と思われてしまうその素質。

しかし次第に、「でも・・・やっぱ違うよな」と思われてしまうその運命。

クリカンのルパン三世みたいだ(←例えとして適当か?)

今までも思ってたのだが、ラブちゃんは、むしろ“ザ・仁左衛門”ではない役(第二部の宗任みたいな)の方が、ズバリ本人の実力を発揮できて素晴らしいことが多かった。

線の太い役が良い。

しかしまぁ、この綱豊卿は、というか、青果モノはほんとうに難しいですよ。演る方にも観る方にも。

偏差値の高い演目だと、つくづく思ったね。

七之助、男女蔵ちゃんも、教科書を朗読するようなお行儀のよい(悪く言うと、自分のものになってない)お芝居が精いっぱいという感じ。

『悪太郎』の智蓮坊がめっちゃ良かった亀鶴丈も、こちらの江島はなんやらもぞもぞした出来(彼のこういう役どころを初めて見た気がした)

亀ちゃんは、これまたヘンな話、香川照之にいさんの劣化版(失礼だぞ!)みたいな感じで。

いやーだって、照之クンは映像の世界では今や日本一の実力派俳優といっても過言ではないではないですか弥太郎(←どさくさ)

「この人が出てれば安心だ」みたいな。



話は戻るが、梨園というものの成立上、「似てるね」という宿命はみんな背負って生きていくしかないので(ラブちゃんは、その辺の流れからははずれてるはずムニャムニャ←余計なことを言うな)、その辺をハンデにせず武器にして、精進していっていただくしかない。

とにかく力のある人だということは間違いないので、今後も期待して追っかけていきたいと、そう思った次第であります。





「将門」

波野ブラザーズによる所作事にて、今月の七之助のメインな大役。

と意気込んだはいいものの、お昼ごはん後の場内薄暗所作事。←例のフラグが

ゴメン、七之助(T_T)  (つうことは、寝たのだな?)

はい・・・寝てしまいました。

でも、最初の見どころである滝夜叉の出は、ちゃんと見たよ。(最も冒頭じゃねえか/叱)

浅草公会堂の花道にはすっぽんがないので、どうやって出てくるんだろう? と思ったら、場内を一瞬真っ暗にして、いつの間にかつけ際に立ってる、というカタチにしていた。

で、うとうとしてるうちにぶっ返りになって、ガマが出てきて、光圀のお兄ちゃんがぐるぐる回転して(あぁ、感想がだんだんバカ口調になっていく・・・)、屋台が崩れて、赤旗をばびゅ〜ん、と翻しておしまい(←とうとうバカ口調に)

そういや、この「赤旗ばびゅ〜ん」は、第二部でもやってたな(こっちは勘太郎の貞任が)

兄弟でマニアックな競演をしたわけだが、この旗、とてつもなく長いので、きれいに捌くのがめっちゃ大変そう。

きれいに翻るように投げて、引いて、太夫さん附け打ちさんと呼吸を合わせて、美しいシルエットになるように担いで終わる、というのは、見た目以上に筋力使いそうです。

二人ともがんばってたのに、寝てしまって大反省。

今度から所作事の前は絶食だ(そういう問題か?)






で、夜は新橋演舞場だったので、ゆっくり浅草を満喫することなく(「大吉」引いたんだから、それで充分では?)東銀座へ向かったのであります。

そういや歌舞伎座も、電光掲示板の「あと○○日」の「○○」が、いよいよ二桁へ突入。

それにつられてか、記念に写真撮る人、写生する人が日に日に増えている様子。

『宇宙戦艦ヤマト』の毎週の終わり方じゃあるまいし(って、四十代以下はたぶん知らんがな)、なんか歌舞伎座の古式ゆかしさとミスマッチであの掲示板は好きじゃないのだが、「いよいよだな」と思うとニワカに愛しくなってきた。

“新”歌舞伎座は外見の雰囲気が変わっちゃう予定とかで既に不満の声続出らしいのだが、ぼくとしては三階席(ぼくの定席)のイスがもっとゆったりとなること(特に、背もたれを高く!)だけを、切に切に望むものでありんす(最後に口調だけ滝夜叉)

あと、三階席からも花道が見えるようにしてほしいわいな(そうなると、値段が大改正しそうだよな・・・)


2010年01月25日(月) 『新春浅草歌舞伎』第二部(浅草公会堂)

(24日に行ったのですが、エンピツ日記さんは同じ日付けに2つの日記をアップできないので、翌日の日付にしております)






お正月の初芝居の中では、この公演が毎年一番楽しみなぼくなのです(その割に、いつも行くの遅いが)

なぜなら、「○○丈の“あの”時の役を、ぼくは観たんだよ〜♪」と後々自慢できる“伝説”に、ほぼ毎年出会えるからです。

勘九郎&八十助の『棒しばり』しかり、新之助の弁慶(『勧進帳』)しかり、勘太郎の知盛(『船弁慶』)しかり、亀治郎vs愛之助の『封印切』競演しかりetc.

今年もそんな“伝説”に出会える予感満載の演目(と出演者)がズラリ。

ワキワキ期待∞で駆け込みました。



「袖萩祭文」

うわぁ。←何事?

ぼ、ぼくは25年前にタイムスリップしているのか?

そんな気分に襲われました。

今舞台で袖萩を演じているのは、まさに25年前の勘九郎(←いや、違うって)

クリソツすぎる(×_×)

身長以外(コラ)

なぜかこの兄弟、お兄ちゃんの方だけ声が波野家DNA。(弟は神谷町系)

確かにパッと見はそんなにお父さんに似ていないのだが(でも顔の部品は似てる)、声だけ聞いてるとホントそっくり。

そればっかり気になっちゃって、芝居に集中できなかった(ダメじゃん)

だけど正直、このお芝居は「お君」につきるんだよね(^^;)

演舞場に続いて子役大活躍! 山由美子さんありがとう!╲(^^)╱

(ただし例によって近眼のため、ダブルキャストのどっちの子か判らず/涙)


勘太郎に話は戻るが、二役の後半・貞任は迫力があって良かったのだが、やはりどことなく21世紀っぽい。

宗任のラブちゃん、義家の七之助も同様で、この狂言を画力のある漫画家(例えば井上雄彦とか)が描いたらきっとこういう感じじゃないかな、みたいな。

良く言えば「(現代のぼくらが思う)理想のビジュアル」、悪く言えば「でも、マンガかよ」(ごめんね)

現代人はスタイルが良すぎるんだよな。良すぎて悪い。何言ってるかわかんない感じになってきたけど。

お父さんたち世代の、理想的な脚の短さ(こ、こらっ/汗)(おっと、仁左サマ除く)はどうせもう望めないんだから、これでやってくしかないんじゃない?

今後はこの八頭身さんたちがカブキ役者のデフォルトになるんだからさ。


で、最後になっちゃったが、直方。

いくらなんでもまだこの年齢の役に男女蔵ちゃんは若すぎた。

やはり若干お父様に似てきてるが、あの幅あの渋味には全然到達せず。浜夕の歌女之丞さんの厚みにも、追いつけていなかった感がある。

でも、「そっくりさん大会」(口悪いぞ)の中で、唯一オリジナルな雰囲気があって、そこは良かったと思う。





「悪太郎」

うわぁ。←また?

ぼ、ぼくは35年前にタイムスリ←また?



今舞台で悪太郎を演じているのは、まさしく35年前の猿之助(だから、違うって)

恐るべし喜熨斗家の遺伝子(×_×)40年前、香川照之クンがお母さんの方に引き取られちゃって歌舞伎界の大損失だぁと嘆いていた皆様、こういうこともあるのです(←不穏当発言)

声も似ているが、踊り力(りょく)もそーとー似ている。

なんか、今年の浅草歌舞伎は、こういう感想満タンだった。喜ぶべきか、悲しむべきか。

だけど、演目としては全部面白かった。

年齢的には彼らのお父さん世代の方に近いぼくなのだが、ジャニオタ(ここで?!)のならいか、息子世代の方が手足胴体の分割がキレイと思うし、セリフや動きのリズムも、しっくりくる(ムリしてないですよ)


で、この幕も、亀鶴丈が良かった。

悪太郎にさんざん迷惑かけられる役なのだが、わざとらしくないリアクションで、それでいて「ここは笑うポイント」でちゃんと客を笑わせていた。

ぼくはこの方の、こういうスマートな笑いのコントロール能力が好き。センスを感じる。





で、なんと六時半に終わった。

浅草歌舞伎はタイムテーブルに余裕があるので好きなのだが、ぼく自身の不手際のせいで、結局この後お仕事で半徹夜。年に一度の浅草散策もできなかった(うう、悔しい)


2010年01月24日(日) 『初春花形歌舞伎』昼の部(新橋演舞場)

こっちに来てみたら、今度は猿弥丈がお休み(;_;)どうかお大事に



「寿曽我対面」

お正月らしく、今月は歌舞伎座、演舞場、浅草の三座とも昼の序幕は曽我もの。

で、ここのが一番ズバリの「対面」でございます。

が、正直に言わせてもらう。

キャスト不足(「役不足」は誤用ですよ)


ごめんね。偉そうに。

でも、本音です。


猿弥さんの休演のせいもあったんだけど、役の位に達していたのは笑三郎だけ(まぁ、春猿ちゃんも、やや合格かな)という寂しさ。

右近なんて、五郎の方がまだふさわしいだろ。

すると、工藤をやる人がいなくなるが(そうだ、今月のこの一座、上置きになる人がいないんだ)

えと・・・、五郎をやった人(シdちゃん←こら、ごまかすな)が「悪い」と言ってるわけではないのよ?(←弱腰)

ただね、ただ・・・昨日あんだけすばらしい『車引』を観ちゃった後だから、そう思ったのかな。

なんか、「新人公演」でした。



「黒塚」

お昼ごはん後に、ほとんど真っ暗所作事。

観客の「寝ない力(りょく)」を試しているのか演舞場?!←コラ

でもね、ぼくはこの狂言、舞台がふるさと(ふぐすま県安達郡)ってこともあって、とても好きなんです。

もちろん何度か猿之助(強力は段四郎丈)で観たことがあり、一回はぐっすり寝てしまったが(寝たんじゃん!)、何度目かに観たときは、なんだかめちゃめちゃ感動して泣いた記憶がある。

すばらしい芸でしたよ(⌒⌒°)

で、今回も、右近初役できっちり楷書で演じており(初役って、ヘンに「自分流」を出さないから、むしろ二回目三回目より、良い場合が多いように感じる←一部の天才除く)、最後まで清々しい気持ちで観られました。良かったです。

ただ、やっぱこの幕も猿弥さん休演が影響し、残念でした。



「春興鏡獅子」

はいそうでしょうとも(何が?)。皆さん今月の昼は、これがお目当てなんでしょう?(なんでお前がやさぐれんの?)

ご期待のとおりでしたよ。(だから、なんで不機嫌なの?)

別にぃ。不機嫌なんかじゃないです。

つうか、今充実してなきゃ、充実する時期もうないぞ海老蔵(←なーんだ、嫉妬かよ)

ですから、良いんです。上出来でした。

でも、正直もっと特筆したいのは、胡蝶のお二人がすんごく上手でした。ってこと。

ダブルキャストらしくて、メガネの度が進んじゃってるぼくは、筋書見てもどっちのチームだったか分からないんで悔しいのだが(帝劇みたいに、貼り出しといてくれよう、演舞場)、きっとどっちのチームも上手なんじゃないかなぁ?

胡蝶がめっちゃ良くてテンションが上がったのって、なかむら屋兄弟以来かもな(^^ゞ

ちなみに本日“毛”を振った回数は55回でした。

こういうの数えるのって、バカ客なんだろうね。

でも、なんか数えちゃわない? ねぇ?(誰に訊いてんだ?)




で、本日は夜に浅草に行きました。

浅草寺に吉永小百合様と鶴瓶師匠が来てたらしいね!(今、ネット見て知った)

全然遇わなかったんですけど(T_T)←常に、“惜しい”人


2010年01月23日(土) 『壽初春大歌舞伎』夜の部(歌舞伎座)

いよいよ歌舞伎週間に突入。

しかし、ちょっと遅かりし由良之助(は大阪松竹座)の感。

どの小屋も、たっかい席しか残っていない!(このご時世当たり前)

演舞場の夜の部は、売り切れ!(考えるまでもなく当たり前)

まぁとりあえず、時間に間に合った小屋からドンドン観ていこう、と、本日は夜の木挽町へと突入いたしました。





「春の寿」

いきなり由良之助←だから、今月それ(『忠臣蔵』)演ってるのは、松竹座!

ジャック休演(×_×)

初日からだったんですって?(←知らんかったのかよ?!)

で、19日に復帰されて、またすぐ休演と。

いきなり出端をくじかれ、「どうでもいいや」と大失礼な客に成り下がる。

でも、一応最初から最後までちゃんと観た。

観たけど、別段の感想はなし。(←ほんとーに大失礼)

代役の魁春丈は、技術はともかく(大々失礼!!)品格は、あった。それで充分だった。



「車引」

めっちゃ大一座。

平均年齢スゴすぎ。

見応えも充分。

こういうのを観てると、将来「平成の菊吉じじい」になってしまうのである。

というか、ぼくは今の海老蔵、松緑、菊之助が「平成の三之助」たら言われてた時の、初顔合わせの『車引』(平成5年5月歌舞伎座)を観ている。←出たぞ、自慢が。

めっちゃ下手やった(おい)

で、多分、30年後ぐらいにこの三人が「大顔合わせ」とか言われるようになった時(それまで生きてるか? ぼく)に、それを観ながら、

「こんなハナタレ小僧どもを観て喜ぶんじゃないよ。平成22年の正月には(以下自慢話続く)」

とか一人でしゃべって、若人に煙たがられるんだろうなメイビー。

でも本当にステキだった(特にトミー)



「京鹿子娘道成寺」

今月の夜の部は、これがお目当てという方も多いのではないでしょうか。

まぁぼくもそうだったのですが、実を言えばぼくはなかむら屋の『道成寺』には、初見の時からいまいち「?」感をぬぐえない。

ほかの方々に比べて、すごくわちゃわちゃした感じを受けるのだ(特に後半)

確かにこの踊り、めっちゃ運動量が多いのだろうということは、ぼくだって素人ながらに知ってる。

でも、こんなに「動いてまっせー」みたいに見えちゃうのって、良くないのでは? と思うのだ。

ほかの方々は、内情はともかく(たとえば、とってもお年よりなアノ方とかにしても)「全然しんどくないですけど?」みたいに踊ってらっしゃる。

何より、たとえ花子の正体が「蛇体」だったであれ、どの方もラストまで“女方”であるというスタンスを崩さない。

なかむら屋は、後半とにかく大暴れして「がっし」と立ってしまうのだ。

『鏡獅子』だったら、それでいいんだけどねぇ。

ただ今回のぼくのお目当ては、なかむら屋よりも、押戻しにご出演の成田屋さんなんである。

五月人形のような元禄見得を目に焼き付けて、これでインフルエンザ完全回避(←だからそうじゃなくて、自分で予防しろって)



「与話情浮名横櫛」見染から源氏店

フクソメって、いつの間にかコンビになったんですね(いや、そういうわけじゃないんだろうけど)

フクは、大叔父さま(六代目歌右衛門)の物まねみたいになっとる。

ソメソメは、与三郎を二枚目に作りすぎてて(いやだって、与三郎は二枚目でしょうが実際)なよなよしすぎな感じ(前半)

後半の「切られ与三」も、いまいち線が細い。お富とすごーい年の差カップルに見える(いや実際そうなんだけど・・・役者の“地”が出すぎるのって良くなくない?←本日二回目)

この二人以外の方々は全員良かった、という、ちょっと頭のてっぺんが痒くなるような、ヘンな幕でした。




と、スタートダッシュはこんなもんで(やっぱ、ジャックの休演が響いた・・・(−−、))

明日はどのコヤに行くにせよ昼の部であるから、早く寝ます(って、既に1時半ですよ!!)←例によって時刻詐称


2010年01月20日(水) 『なつめの夜の夢』(赤坂RED/THEATER)

これは去年の11月に亡くなったなーちゃん(大浦みずきさん)と前田清実さん(ホントは「清実先生」と書いた方が座りが良いのだが、ダンスのかけらも学んだことのないぼくが彼女を「先生」と呼ぶのはおこがましいので、「さん」にする)が年に一回ユニットを組んで上演していた『伎芸天』というダンスコンサートの第三弾であります。←長い!

でもって、ぼくは第一回、第二回とも、情報不足で見逃していた(涙)

去年の10月に、赤坂RED/THEATERに毬谷友子さんの『弥々』を観にいったとき、偶然チラシを見つけて、

「わぁっ!! なーちゃんが復帰するんだ!(喜)」

と勘違いした(キャストのところに名前があったのだ。「声の出演」てとこを見落としていた)

でも、例え「声」だけでも、面白そうだよ。と、思ったのはいいが、なんやかやしてるうちにチケットを買いそびれていた。

そしたら、なーちゃんの訃報が飛び込んできた(T-T)

それで、なんだか知らないが、「きっと、公演中止だ」と勝手に思い込んでしまった。

しばらくしたら、やっぱりやるんだよ、という情報を得て、慌てて残り少なくなっていたチケットを何とかゲット。



第1部は、ぼくが苦手な(ごめんなさい)コンテンポラリーダンス。

5歳の少女「なつめちゃん」が旅する、不思議でかわいらしい心象風景。

時々なーちゃんのモノローグつうか、短いセリフが入る。

泣いてしまうかと思ったが、意外と内容のかわいらしさの方が勝って、ただ「わぁ、なーちゃんだv」と思っただけだった。

中でも、いろんな人たちの「お父さん」の呼び方を羅列するところが面白く(特に、「門番の子ども=とおさん」てのが、オヤジギャグ大好きの中年のド真ん中にヒット(^^ゞ)、なーちゃんと阪田寛夫氏の温かい父子愛が感じられて、じ〜んときてしまった。

タカラヅカのフレッド・アステア。究極のフェルゼン様を演じたなーちゃんの小さいころのお父上の呼び方は、なんと「父ちゃん」だったそうだ(阿川佐和子氏談)

いかしてる(≧∇≦)

それにしても、50分間出ずっぱりで延々と5歳児を演ずる清実さんの身体能力と表現力は圧巻であった。



第2部は、耳になじみのあるいろんなジャンル(ミュージカルナンバーありジャズありロックありタンゴあり)の曲に乗せたスタイリッシュなダンスショー。

なーちゃんが好きだった曲を集めたそうです(ぼくも好きな曲が何曲もあって、嬉しかった)

ここで、日替わりゲスト登場。

本日は、日本ジャズダンス界の月影先生(コ、コラ/汗)=名倉加代子御大。

う、美しいっ!!!(@_@)そして(当たり前だが)ダンスめっちゃうまっ!

あの・・・、あの・・・、本当に今年○○歳におなりなので・・・?!←各自調べること!

ちょっと歩いただけで足の裏がイテーの、腰がイテーのと言ってる自分が情けなくなりました(超反省)

そして、やはり思ってしまったのは、なーちゃんにも、こうやってずっとずっと元気に踊り続けてほしかったということで・・・。でも、それはもう言ってもしょうがないことで・・・(T△T)

一番無念だったのはご本人だったのだろうし。




それにしても、ダンスできる人たちって、本当にうらやましい。

体つきも(当然だが)キレイだし。

ほんのちょっとでも体動かすくらいなら、文字を読んだり書いたりする方を選んでしまう自分がうらめしい。(ところが、なーちゃんは作家のムスメさんだけあって、どっちも好きだったそうで、彼女の書いたエッセイも面白かった。“天二物”ってやつだな)

話は戻るが、「伎芸天」とはさも名づけたり、って思った。

本当に「テン」まで続けてほしい。


2010年01月19日(火) 宝塚歌劇団花組特別公演『相棒』(日本青年館大ホール)

ご存じのように、わたくしミーハー中年ておどるの生活は「歌舞伎」「ジャニーズ」「宝塚」のローテーションで成立しておるのですが、年末年始はぐっとぐぐっと「ジャニーズ」(つうか、はっきりKinKi Kids大中心)に偏るわけです。

でも、正月といえば一年の中で「歌舞伎」の上演も最も多くなる月。

数年前から首都圏以外の公演は極力ガマンしているぼくですが、それでも今月は4か所にはせ参じなければいけない(誰も頼んでないぞ/いつも言うが)予定なのだが、今のところまだ一か所も行ってない。

熱が冷めたわけではないのだが(だから、これからの数日で行く気マンマンなのだ)、「チケット確保大変順」にすると、つい歌舞伎は後回しに(←失言)そりゃあね、先月のクドカン脚本作みたいに、確保大困難な公演もあるにはあるのだがね

え、えーと・・・てなわけで、しっかり去年の発売日前から手配していた公演に行ってまいりました。



『相棒』って、実を言うとぼくは夕方の再放送で1、2回しか視たことがない(木村佳乃が出てた)

なので、テレビドラマに対してほとんど思い入れがない。

だから、ヅカ側スタンスにいる人間として、濃い『相棒』フリークの人たちに怒られたらどうしよう(←お前が心配する必要はない)と思ってた。

作・演出が「オヤジ専科」の石田昌也センセイなので、正統派ヅカファンからは「例によって下品だわねイシダは」と言われそうだったが(おいこら)、ぼくはこの人のしょーもないオヤジ作劇は実は嫌いではない。

それでも時に、素顔は麗しいお嬢様集団のジェンヌたちが無理して石田製オヤジキャラを演じてると、若干いたたまれなくなるのだが(相変わらず口が悪いな)、幸い本作の主人公・杉下右京は「オヤジキャラ」ではない。

ただ、なんつっても「水谷豊」ありきのキャラクター造型だからなぁ・・・。

そう思ってたら(ぼくの近くに座ってる人たちに限ってかもしれなかったが)、

「台詞回し、上手くマネてるね〜」

「思ってたより違和感ないね」

「ダンスする右京さん、かっこいい!(笑)」

と、おおむね好評な感じのご感想。(良かった(*´-`))

右京さん以外のキャラは、これまたスーツのおっさんばっか大量に出てくるので、初めてタカラヅカを観る人のデンで「誰が誰やら」になる危惧満載だったが(若干そういうところはあったみたいです)、ドラマでもキャラの濃い小野田官房長の「杉下ぁ〜」てなしゃべり方やら(はっちさん、スゴし!)、内村部長のオヤジくささやら(さすが貫禄のホシさん)、見た目“まんま”の米沢守やら(本日、ご本人様(六角精児氏)ご観劇。みつる決死の本人いじり!/笑)、トリオ・ザ・捜一もウケてたし、なかなかやるな、のタカラヅカでした(もちろん、「やっぱ・・・ヘンだよ」と思った人もいるとは思うが)

何より、角田課長(まっつ熱演)が登場一発、

「暇か?」

と発したときの場内の沸き様に、「そ、そんなに良かったですか?(*´-`)」と、恐縮してしまったヅカ側観客(だからお前は代表か?)でありました。

神戸尊に関しては、ぼくは一回も視たことなくて(すいません)そうちゃんはいったいミッチーのマネでなくちゃんと「かんべたける」になっていたのか確認のしようがないのですが、隣の人(『相棒』ファン)に訊くと、

「細かいところ、うまく盗んでた」

そうです。(約一名の評価ですんません)



かように、ドラマ世界をうまく再現できてたかどうかは何とか合格だったのでほっとして、肝心のストーリーはどうだったかというと(このストーリーも、以前に放送されたエピソードが基になってたらしい)、『相棒』を知らないぼくとしては、まぁまぁ面白かった。

ただ、話がおしまいになりかけたところで、いきなり臓器移植のプロパガンダ的な展開になったことには、かなり鼻白んだよ。

なにがしたいんだ、石田君(←怒ると「センセイ」から「君」に二階級降格)

臓器移植に対してほぼ肯定派(条件付きで)のぼくでさえ「ナニコレ?!」と思ったのだから、慎重派や反対派のお客さまには、「今までのいい話、全部だいなし」と映ったんじゃないでしょうか。

その前に、「あの教派?」的な組織が「臓器移植だの血液製剤の開発だのは神への冒涜〜♪」とかって歌い出したりして、いかにも「臓器移植に反対するのは過激なカルト教団」てなことを言いたげな展開(ただし、後に「そういう宗教団体を騙った単なるテロリスト集団」というタネ明かしはしてる)にしたりして、石田君の作劇には、常にヒヤヒヤさせられる(ぼくは、キムシンほど嫌いではないのだが)

あと、あやね(例によって、充実してきたとたんに退団発表するジェンヌのパターン/惜しい)が演じたヒロインの名前(芸名にしても本名にしても)の付け方、安易というか無神経というか・・・よく分からないよ石田君て人は(嘆)



とまぁ、ちょいちょい背中がヒヤリとするような部分は散見されたが、とにかくプロローグの(本物の)テーマ曲に乗せた総踊りがお釣りがくるほどかっこ良く、ここだけで観た甲斐があったというものだ(そ、それだけ?)

だって、連続ドラマが苦手なこのぼくに、

「こんど『相棒』オンタイムで視てみようかなぁ」

と思わせたぐらいですから(そう言っといて、既に20日放送分を視逃してるが←有言不実行人間の典型)

いやそれより、この作品の元ネタらしい『新・Wの悲喜劇』(「新」の方だそうだ)をレンタルした方がいいかな(その時の右京さんの“相棒”は、まだ亀山君だったはずであるが)





さて、次回の花組はかつて宝塚歌劇団の最大スケール作品と呼び名も高かった『虞美人』を上演いたします。

するってえと。

馬(本物)、出るのか?!(@_@;)大注目だぁ〜!(注目するとこ、そこ?/呆)


2010年01月16日(土) 『FUNNY GIRL』(赤坂ACTシアター)

明らかにこの作品の方がオサには合っている。と間違いなく申せます。←何と比べて? とか訊かないように。



本人にぴったりのキーで(ほら、すぐ毒を吐く)思いっきり気持ちよさそうに歌いまくるオサさんが観られて、ておどる安堵いたしました。

これでこそオサだ\(^^)/

だが実を言うと、舞台を観ながら聴きながら、バーブラ・ストライザンドの影がちらついてならなかった。

全くもって彼女のためにあるようなストーリーだったからだ。

完全にノンフィクションではないけれども、このお話は、実在のコメディエンヌ、ファニー・ブライスの生涯をモデルにしたお話なんだそうだが(日本で言えばミヤコ蝶々か?←なぜすぐそうやって自分の分かりやすいジャンルに例えるのだ?)

ほんっとバーブラがやりそうな話なんだもの(−−;)

結婚すると幸せになれないタイプの女性、それがバー(失礼だぞ)

てか、70年代以降のアメリカの女性向けドラマの典型のような(なぜ素直に感動して終わらないのだ? キミは)

王子様だと思った男が、実はそうではなくて、女が自立すればするほど、がんばればがんばるほど、幸せは遠のいていって・・・みたいな話(いーじゃないですか、普遍のテーマでしょう?)

・・・女は、自立しちゃいけないの?(そうとは言ってない)

男のプライドを傷つけない程度に、がんばらなきゃいけないんだよね(だからそうとは・・・)



スミマセン。私情が入ってしまったようです。



ショー部分の演出が粋で小奇麗だなぁと思っていたら、演出・正塚晴彦先生だったのか!

だから、オサものびのびしてたのか!(それだけじゃないとは思うけど)

でも、オサだけじゃなく、出演者皆さん良かったです。

ニック役の綱島郷太郎さん、めっちゃ芝居上手い。一見プライドの高い器量の小さい男なんだけど、その「小心さ」に説得力がある。

お名前は耳にしたことがある程度で、こうやってちゃんとお芝居観るのは初めてだったのだが、底力を感じました。

そんで(橋本)じゅんさん、実力があるのはもちろん前から知っていたが、やはりそのルックスから、どうしてもコメディ・リリーフになってしまうじゃないですか(失礼山!)

今回も確かに一見そんな役回りには見えたのだけど、このエディという役は、主人公ファニーの少女時代から大スターになり中年になるまで、小さな恋心を隠してずっとそばに寄り添っていた天使のような人。

こういう人をこそ「二枚目」と呼ぶ。

そう、二枚目なのよぉ〜じゅんさん!

それでいて、客いじりも任されており、しっかりとお務めに(でも、ぼくが行った日は若干客の反応薄かった・・・ゴメンね恥ずかしがり屋で)


ファニーのママ役のウタコさんは、とってもきゃしゃなのに大木のような頼もしさを全身から発している。

ちゃっかりしたオバチャン役の田中利花さんも、んー、この人が出てくると、まさに舞台面が“ブロードウェイ・ミュージカル”になるのよね。



というわけで、作品としてとても綺麗にまとまっていた、良い方の意味での「ウェルメイド」な作品となっていました。

もしかしたら、ぼく自身が「タカラヅカのノリ」に慣らされちゃってるせいなのかなぁ・・・? と、思わないではないのだが。

でもね、実際“群舞”を演出させたら宝塚の演出家は上手いですよぉ皆さん。

大勢の動かし方をご存じなのよね。

他の作品観てても、そう思うもん。

そんなことを実感した作品でもありました。


2010年01月03日(日) 寒中お見舞い申し上げますね

皆様、ておどるでございます。

昨年は、いろいろあって本当にご無沙汰してしまいましたが、本人(だけ)は元気にしております。

年末年始の恒例の“あの場所”にも、3日間しっかりと詣でました。

心の広い家族を持って、本当に幸せです(2010年初ヨイショッ!!!)

あとは片付け片付け(引越し荷物+遺品整理)の毎日です。


そうだ、引っ越しました。12月28日に。←英断!

一人暮らしになってしまった舅を引き取るか、近くに引っ越すかを検討しまして、まぁいろいろ考えて、距離1キロのところに引っ越しました。

高齢(御歳80歳)の舅に引越しをさせると、思いもかけぬガタがくる可能性が・・・とか何とか言い訳しつつ、イザとなれば、パッと同居するにはこれぐらいの距離にしばらく住んどくのが良いのではないかとか何とか。

葛飾もすごく良いところでぼくは気に入っていたのですが、今年より、晴れて(?)板橋区民となりました。

板橋の皆さん、よろぴくねv(←何を意図してのカワイコぶりっこ?)



さて、そんなこんなで約3ヵ月半ぶりのエントリで、しかも、ぼくのiMacは未だにネットに繋いでない状態なので(仕事が遅いぞ!)、慣れないWindowsの画面とキーボードで更新してるので、なんか要領がつかめない。

ダンボールはあと180個(!)あるし。全て本と古いビデオテープです。御想像のとおり。

『宇宙戦艦ヤマト』実写版が公開されるまでには(いつだよ?)片付けようとは思っておりますが。

まあ一昨日なんか、31歳になりたてホヤホヤの光一さんの変わらぬ愛らしさをとっくりと拝見して満足して帰宅し、ちょっとでも片付けガンバロ、としおらしくダンボール開けたら、93年年頭ごろのテープが出てきてさ。

タグを見たら、

『愛よ眠らないで』(←知る人ぞ知る、堂本光一初出演ドラマ)

と書いてある。



!!!!!   録ってたのを忘れてたぐらいだから、もちろん全然視てなかった。



い、いかぬ・・・。再生しては、い、いかぬ・・・。←自分に言い聞かせている

で、でも、ちょっとだけなら・・・。←こ、こらっ(汗)



再生してみると、いかにも17年前らしいぬるい展開(こら!僭越!)のストーリーと、去年亡くなった美人女優お2人(大原麗子と南田洋子。時の流れを感じました/涙)と、初々しさではちきれんばかりの若さの中居君(きゃぁっv)と、海のものとも山のものとも知れぬ(おいっ)固い固い蕾のような美少年(^^ゞが映っておりました。

大原麗子の息子で、多感なお年頃の受験生という役どころ。

必要以上にお色気過多の家庭教師にムラムラしちゃったりする、なかなか難しい演技(笑←オイ)を要求されております。

つーか、このドラマ自体、新春ドラマ(だったみたい)のクセに、出てくる老若男女みんなが性的にムラムラしている(本当よ!)という、甚だキッカイなドラマでした。

桜樹ルイ(件の家庭教師役)にムラムラさせられていた(いや、あくまでもドラマの中でね)堂本光一13歳(撮影時)が、その約17年後には相方にムラムラ(苦笑)されることになるとは思いもよらず(大嘘)
   ↑
この件に関しましては、テキトーに元日コンのレポートをお探しください(薄情)





みたいなことやってて、すっかり片付けはかどらず。←さもありなん

まあ、早いところiMacをネットに繋げなければね(実は、プロバイダを変更したいので、前のを解約してしまったの)

ここまで書くのに、めっちゃ疲れた。

では、晩の仕度がありますので、本日はこの辺で。


あ、今年もよろしくお願いします。←めっちゃつけたし。


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