1997年02月10日(月) |
31歳 デリー→飛行機 |
排便後、水で洗ってみた。水が流れないことのほうが気持ち悪かった。 中央家内工業物産店は値段も手ごろで、バザールよりも買う気になる。 コンノート・プレイスでの出来事は後味が悪かった。ああいう商売のやり方をやっていたら、インドの印象を悪くしてしまうのに。みんな最後には笑顔でお金を受け取ってほしかったと思う。 ホテルの従業員や旅行会社の人が愛想のいい人だったのが救いだ。 楽しい思いも不愉快な気分も味わったが、長い人生の中の4日間、思い切って来てよかったと思う。 インドが好きかという問いに答えるのは難しいが、少なくとも障害者が体の奇形の部分を人目にさらして生きる糧を得ているという、あの惨状を放置しているインド政府は嫌いだ。
1997年02月09日(日) |
31歳 デリー(日帰りでアーグラーへ) |
バスはまあまあまともだった。エアコンもついていた。途中いろいろな所で客を乗せるので、なかなかデリーから出なかった。 都市部を離れると、インドはなかなか緑豊かな国である。 アーグラー城ではガイドが英語とヒンディー語で説明してくれた。ここから見るタージ・マハルはほんとうに美しい。 タージ・マハルは入場を待つ人の列がすごくて、何時間かかるのかと思ったが、30分ほどで入れた。近くで見ると、真っ白ではなくて、それほどきれいではない。裏のヤムナー川の景色がのどかでよかった。 土産売りの商売気はすごい。 帰りにヒンドゥー寺院に寄るとは思わなかった。さすがにヒンドゥー教徒でないと、入れる雰囲気ではなかった。
時計が時々止まってしまうのには、困ってしまう。 インターナショナル・ツーリスト・ビューローは9:50ごろから営業を開始した。だが、係員は業務を始めるずっと前からオフィスにいた。 アーグラーへは日帰りツアーで行くことにした。ツーリスト・ビューローで韓国人の女性の隣に座った。少し日本語で話した。 ツーリスト・インフォメーションでアーグラーのツアーとホテルの手配をお願いした。 街を歩き回ったが、交通の無秩序さはすごいものがある。 ガーンディー博物館でほっと一息つけた。地図を見ながら歩いても、道がよくわからない。 料理はとてもおいしい。
1997年02月07日(金) |
31歳 横浜→デリー |
フライトは長かったが、全日空で快適だった。 バンコクは2月でも37℃ある。地図を見ると、デリーはバンコクよりずっと北で、緯度では鹿児島と同じぐらい。 スチュワーデスは機内食の種類を2回もまちがえた。 プリペイド・タクシーの荷物運びに500ルピーとは高すぎる。夜遅かったこともあり、払ったが、あしたからは気をつけよう。
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