| 2021年07月26日(月) |
紅色の夕焼けを見た。天気予報では、台風が来ることを告げている。ベランダの植物たちは台風の風に耐えられるだろうか。今伸びてきて花開かせようとしている向日葵など、きっとひとたまりもないだろう。紫式部という名の菫は這いつくばるように植わっているから大丈夫だろうけれど。薔薇たちはどうだろう、きっと葉がぼろぼろになるに違いない。そんなことを思いながらベランダの掃除をしてみた。プランターが倒れないように補強はしてみた。無駄な抵抗かもしれないけれど。
依存症施設でアートセラピーの授業。今日はフォトコラージュ。「小学生みたいだなあ」なんて最初照れながら糊付けやら鋏での切り抜きをしていたひとたちも、気づいたら夢中になってチョキチョキぺったん、している。予定では30分で終わらせるはずだったが、あまりにもみんなが一心不乱に作業しているのを見て、声をかけるのを躊躇ってしまった。結局45分、作業。 共働きのご家庭に育ったひとの、何処か寂し気な画面。今は親に感謝しているというメンバーの、「感謝!」「おかげさまです」といった文言の入った画面。家族全員で食卓についたことがないというメンバーの画面。コラージュ療法で重要なカタルシス効果があちこちで立ち現れていて、それに立ち会った私までもが浄化されてゆくような気持ちにさせられた。ありがたいことだ。 終わりの会で、メンバーのおひとりが、「いつも気づきをありがとうございます」と。だから私も「こちらこそありがとうございます」と応えた。
夜遅く、ようやく手紙を書き終えることができた。受刑者さんへの手紙。ふと、交換した手紙の束を遡ってみる。気づいたらもう三年、文通していたのか、と驚く。あっという間だなあ時が経つのは。 でもそれも、来月で終了だ。あと一通、二通で終わる。考え込んでしまう。この文通の間に私は彼に何を伝えられたんだろう、と。いまさらなのだけれども。自分の未熟さに、唇を噛むばかり。 一方で、他の方との文通は続く。これを肥やしに、次の一歩を踏み出そう。
しみじみ思う。 誰かが誰かを気遣い、その誰かがまた誰かを気遣い、そんなふうにしてひととひととは繋がってるんだ、と。悪意が働くことだってもちろん当然ある。いやむしろそればかりかもしれないけれども。それでも。 私はそれよりも、ひとが持つ、互いを気遣う想いの方を、信じて、見つめていたいと思う。 |
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