てくてくミーハー道場

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2020年01月11日(土) ミュージカル『フランケンシュタイン』(日生劇場)

初演(2017年)はなぜか腰が重かったのもあって(近年、ロングランでもないのにダブルキャストのミュージカル作品が多くて正直閉口している)、1公演の中でアッキー(中川晃教)とカッキー(柿澤勇人)の両方が観られるというサービスデー(?)に1回だけ行きました(“怪物”はコニタン(小西遼生)の通し)

宅配ピザを注文するときに必ずハーフアンドハーフを選ぶ性格がここでも発揮されたわけですが(一緒にすんな)、ピザはそれで正解になるんだけど、お芝居はそうでもないことが判明。

事前に期待してたような役交替(場面ごとにアッキーとカッキーが替わる)ではなくて、ビクターはカッキー、ジャックはアッキー、という、一人二役システムのメリットが消滅したパターンだった。

なので、「同じ役を見比べられるんだ」という都合の良い期待が裏切られて「これならやっぱり両方別に観た方が良かった・・・」と後悔したのもすでに遅し。日程の都合がつかないうちに上演終わっちゃいました(なので感想すら書いてない)





そんなわけで、ほぼ同じキャストでの再演は心からありがとうという気持ちです(エレン&エヴァ役のみ新キャスト)

前回の後悔に鑑みて、1日で両方のキャストを観ることにしました。

組み合わせはどっちでも良かったのでそこは気にせず、とにかく両方のビクター&ジャック、両方の怪物が見れればOK。

作品の内容に関しては、原作とえれえ違ってるのは前回で判ってたので、その辺は気にしなかった。ただ、ぼく自身、原作本をちゃんと読んだことがあるわけではなく、ヒガシ(東山紀之)と坂本(昌行)君がやった芝居(2013年東京グローブ座)での知識ですが。

余談だけど、この芝居すんごく良かった。特にビクターをヒガシ、怪物を坂本君がやったパターン(この作品もダブルキャストだったの。もちろん両方観た)がめちゃくちゃ良かった。

(余談が長くなりそうなので続きは我慢)

で、この芝居を観てちょっと「?」と思ったのが、最後の場面でビクターと怪物が二人きりで北極に行って対決するという流れ。

今回のミュージカル版でも最後の対決のシーンは北極になってんだけど(原作でもそこは北極らしい)、なんで北極?と思って。

「北極に行く必然性」が原作のどっかに書いてあるのかしら(知りたきゃ読めよ)

と思って今回注意深く()観劇しましたところ、怪物が格闘場で出会う可哀相な娘・カトリーヌが「北極には人間が一人もいないんだって。あたしそこで暮らしたい。人間なんて大っ嫌い」と語るシーンがあるのだった。

なるほど、これはつじつまが合う(そうか?)

それはいいんだけど、ジュリアを殺した怪物が怒りに燃えてるビクターに、「俺は北極に行くから会いたければ来い」とか言って去るんだが、おいおいおい北極の広さ知っとんのか?!と驚愕。

「今新宿にいるから来れたら来て」みたいに言うな!(←たとえが矮小すぎ)

てか、「新宿」ですらそれだけじゃ絶対会えないに決まってんのに、「北極」だけで会えるわけないだろ!何?「北極」っていう居酒屋かなんかなの?(←ふざけすぎ)





ふざけるのはこのくらいにして、めでたくコンプリートしたプリンシパルキャストの皆さんへの感想。

加藤和樹 as アンリ&“怪物”

とにかく一番先に書きたいぐらい大当たり。あー今さらながら『ファントム』を観そこねた自分を罵りたい。

そして初演でかずっきーを観なかった自分を責めたい。そしてそして「今回ちゃんと観て偉いぞお前」と褒めたい(自画自賛)

ご存じのように、3Dコピー機に「イケメン」とインプットしたら出てきたような()かずっきーですが、正直、様々な高スペックの中でわずかに歌のポイントだけは弱いかな、とぼくは思ってました。

もちろん、全然下手ではないんです。ただ、アッキーやらカッキーやらと比べると、いわゆる“声の圧”の持ち主ではない。

ただ、彼はとにかく芝居が上手くて(ぼくはかずっきーのことをほとんど知らないで観てた時代に、「この人、めっちゃ上手いじゃん!」と思った記憶がある)、歌も表現力で勝負してくるフシ()がある。

この作品、暴力シーンが多く、人間の憎悪やら怪奇な部分が頻繁に描かれていて、ほぼ最初から最後まで「エグいわー」と思いながら見てたんだが、今日、かずっきーの怪物が森の奥の場面で、

「一人の怪物がいた 嘘だと知っていたけど 幸せがあるという地の果てに行った・・・」

と歌った瞬間、いきなり泣いた自分にびっくりしました。

彼が北極で死のうとしていることが、この瞬間はっきり感じ取れたからです。

一応初演観てるので、ラストシーンで怪物が死ぬというエンディングなのは覚えてたんだけど、それを抜きにして、ここのかずっきーの歌声で彼の「覚悟」を知ったという感じ。

で、なぜ怪物が死を覚悟してたのか。

ストーリー上説明されているのは、「ビクターに『完全なる孤独』という絶望を与えて復讐を遂げるため」なんだけど(そういう“復讐”の仕方もすさまじいが)、実はそれだけじゃなく、“怪物”自身がすでにこの時点で世界に絶望してるんだよね。

その絶望の中で生き永らえたのは「復讐するため」ただそれ一つのためという意味でも、なんて可哀相なんだ、と泣けて仕方がないわけですよ。

“怪物”って。

醜いから可哀相なのではない。

死体をつぎはぎして造られたから気持ち悪くて可哀相なのではない。

生まれながらにして神様を冒涜した存在だから可哀相なのではない。

最初からどう生きるかを他人(ビクター)に決められてしまったから可哀相なんだ。

ぼくにはそんな風に思えました。


実はここで少し原作とこのミュージカルの間には齟齬があって、ビクターが死者を生き返らせる実験に没頭するには涙ながらの理由(母親を当時の医学では救えない病で亡くしたこと)があり、そういうもっともらしい(おい)理由をつけたがゆえに、このお話、この怪物が持つ本当の意味の悲劇と恐ろしさがごまかされてしまっている。

本当は、フランケンシュタインは「科学への信望と自分の知力の限界を知りたいという強い好奇心」という土台のもと“怪物”を創り出してしまうのだ。

勉強が異常にできるクソガキ(こら)の傲慢により怪物は生まれさせられてしまうのだ。

主題がそこではなくなってしまっているところが、このミュージカルが“ホラー”ではなく“ゴシックロマン”になっている所以かもしれない。演者がイケメンだから()という理由だけではないのだ。


イケメンといえばこの作品、怪物になる前のアンリがめっちゃイケメン(心も)に描かれてて、普通だとアンリが「いい人」過ぎて若干鼻につきがち()なんだけど、かずっきーのアンリは「いい人ですけど何か?」ってくらい開き直ったいい人というか。

そんで、「君の夢の中で」というナンバーの中に、

「君に出逢った瞬間 夢見るその瞳に 僕は恋をした」(僕=アンリ 君=ビクター)

って歌詞があるんだけど、え?この話って、そういう話だったの?(違う!)

というのは単なるボケですが、こんな甘い声で「恋をした〜♪」なんて歌われたらたまったもんじゃねえよなあ!おい?(←私情100%)

いつもながらとっちらかった感想で恐縮ですが、とにかく今回上演の大収穫は加藤和樹だったとぼくは断言しちゃいます。



柿澤勇人 as ビクター&ジャック

初演でカッキーのビクターを観た時、「めっちゃアッキーの影響受けてるやん」と思ってました。

「アッキーならここはこういう風に歌うだろうな。こんな芝居するだろうな」というのがすごく見えて(当時はそれを確認できなかったのだが)

で、当然アッキーのような声ではないので、「真似とかしちゃダメだって」とハラハラして観てた記憶。

今回もそこが心配だった。

ところが、カッキーめちゃめちゃ進化してました。

彼自身が成長したのもあるんだろうし、ぼくがこの3年の間に彼の出演作をいくつか観て、柿澤勇人の実力を知ったというのもあるんだろう(特に『愛と哀しみのシャーロック・ホームズ』はでかかった。WOWOWさん、放映ありがとう←)

“生命”を自分の手の中で作り出せると信じる傲慢さと、そういうところから派生する「こいつを酷い目に遭わせてやりたい」と思わせるMっぽさ(エッ?)のバランスが絶妙。

ホームズ役に(ぼくが)引きずられてるのかもしれないが、どことなく甘ったれな“弟っぽさ”のあるカッキーのビクター。実際にビクターはお姉ちゃんがいる“弟”なわけだが、エレンに対してというより、アンリに対して弟っぽい。

ぼくはこの『フランケンシュタイン』という作品に『ジキル&ハイド』からの強い影響を感じるのだが(主人公がマッドドクターぽいところも似てるし、ナンバーもワイルドホーンっぽいんだよね。てか、プログラム見るまでてっきりワイルドホーンだと思ってた)、カッキーのビクターを見てて浮かんだのは、『デスノート THE MUSICAL』のキラだった。

やってたんだもん、そらそうだろ、とおっしゃるかもしれませんが、実はぼく、カッキーのキラは観てないんです。

それでもこのビクターにキラっぽさを感じたのは、「天才がその傲慢さゆえに禁断の域に入り込んでしまった」というよりも、「自分は“正義”を遂行するつもりで始めたことが、どんどん手に負えなくなっていった」という主人公の精神の幼さ・危うさをカッキーからは感じるからなんだと思ってる(注:褒め言葉)

こうなると、『スリル・ミー』も見とくんだったなあ(欲望が止まらない)



ところで、初演の時には見れなかったジャックの部分ですが、やっぱエキセントリックさという点でアッキーに勝てず。

頑張って憎たらしさを出してたんですが、助走してきてジャンプして怪物をぶん殴るみたいな(アッキーもそんなことやってなかったが、そんぐらい暴力的に見えたという意味で)狂気は出せてなかった。

ただ、一日に両方観て感じたんだけど、ビクターの“狂気”はアッキーよりもカッキーの方が感じられたのが興味深かったです。

それと、一幕ラストに「アンリーーーーーーーーーーーッ!」とすごいロングトーンを歌い切ったのにびっくり。アッキーはここまで伸ばし切れてなかった。

こんなロングトーンはこれまで『ダンス・オブ・ヴァンパイア』のクロロック伯爵(山口祐一郎先生)でしか聴いたことがなかったので、ほんとにびっくりしました。秒数数えていればよかった()



中川晃教 as ビクター&ジャック

アッキーのビクターとかずっきーの怪物で観なくて良かったと今になって思います。

『怪人と探偵』をどうしても思い出してしまいそうだから。

あんときは役柄的には逆だったけど・・・いや、世間を翻弄する犯罪者()とそれに真向に立ち向かう者、という意味ではむしろ同じ役柄かな?

初演の時からビクター・フランケンシュタインというキャラクターにアッキーはぴったりだと思ってたんだけど、結局ジャックの方しか観られなかったわけで。

で、今回もカッキーの方が先だったという“刷り込み”があった後に観てしまうというハンデがあったわけですが、それだけではなく、なんか思ったほど狂気を感じないビクターだった。

アッキーは声の質から“イライラ”してる芝居が上手い()という個性のある俳優なんですが、その辺も今回はあんまり強く感じず。

それと冒頭の戦争のシーンで思ったのだが、「自分より年上の人より身分が上」というビクターの役どころを演じるのがあんまり上手でなかった。アッキーは「相手より目下」の役が圧倒的に多いので、「自分の方が偉い」という芝居があんまり得意じゃなさそうに見える。完全に私見ですが。

まあ、そのぶん歌は完全に安心して聴いていました。



小西遼生 as アンリ&“怪物”

申し訳ないんだが、コニタンは前方に出てこないタイプの声なので(まじで、全然歌詞が聞き取れない場面があった)、今回のメイン4人の中で一番不利というか。

ただ、ビジュアルは、アンリとしても“怪物”としてもその長身とガタイゆえ迫力と説得力があった。顔面偏差値も高いし。

とにかく声がね・・・残念ですが。

良くなかったところを長々と書く悪趣味はないので、短いですがこれで終わります。(えええ?)



音月桂 as ジュリア&カトリーヌ

初演の時、キムがジュリアを演るってのは事前に知ってて観てたんだが、カトリーヌを二役で演ってるとは知らず(そういうシステムの作品であることを知らなかった)、「なんてすごい歌唱力の女優だろう」と感心してしまいました。

もちろんキムが歌ウマジェンヌの代表格だったことはしっかり覚えてたんだけど、あまりに意外な役だったので。

それと、当時はジュリアのキーが(元男役のならいで)あんまり上手に出てなかったのもあった。

「まだ性転換半分しかできてない」と思いながら観てたのだ。

今回も、残念ながらまだわっかドレスの裾裁きが今一つだった。何でもなさそうにスルスル歩いてるアンサンブルの女優さんたちってすごいんだな、と改めて思いました(余談)

で、今回はちゃんと分かって観てたんだけど、それでもカトリーヌのナンバー「生きるということは」の恐ろしいレンジの広さとそれを歌いこなしたキムの歌唱力にはただただ感嘆。


話がちょっとそれるけど、最初の方でぼくがワイルドホーンかと勘違いした今作の作曲者は、イ・ソンジュンという韓国の作曲家でした。

そもそもこれって韓国産のミュージカルだったんだよね。

そこで思い至ったのは、韓国の歌手やミュージカル俳優たちの半端ない歌唱レベル。これでもかっつうくらいの技巧と声量を誇る韓国芸能人たちのレベルに合わせて曲を作ってるから、もうめっちゃ複雑かつ難しい曲ばかり。

特に、女性の歌でも遠慮会釈なくものすごい低音が頻出する。

よくぞ歌いこなしたものだと感動しました。



露崎春女 as エレン&エヴァ

この役は初演でははまメグ姉さん(濱田めぐみ)だったので、メインキャストの中で唯一代替わり。

露崎さんは女優っていうよりも歌手としての方の印象が強い。歌は大丈夫だろうけど芝居の方はどうなんだろか?と思って観てたんだが、「これなら合格かな」ぐらいな感じでした(別にはまメグ姉さんの記憶にやられたわけではないよ?)

何よりわっかドレスの裁きがキムより上手かったのにちょっと驚いた(え)

ただ、エレンはなんだかすごく老けて見えるメイクというか実際そういうご年齢なのかもしれないのだが(おいおい)、ビクターの姉というにはちょっと“おばさん”っぽすぎる印象(ご、ごめんなさい・・・)

ところが、エヴァになったら急にイキイキめっちゃ楽しそうに演じてたのに笑った。←

総じて、二役演ってる方皆さんが、コロッセウム(闘技場)で演ってる役の方がイキイキとしてる(≧▽≦)

このコロッセウムの場面は、(作者のワン・ヨンボム氏をディスるつもりはないのだが)あからさまに『ラブ・ネバー・ダイ』の見世物小屋のシーンに酷似していて、もしかしたら無意識に影響受けてるんじゃないかって気がしないでもない。

そういえば実は『オペラ座の怪人』のファントムも、原作ではサーカスに売り飛ばされてそこで虐待されながら育ったということになってるんだよね。

あ、また話それた。

なんか、エレンが全体的に地味な印象だった中で、死後にビクターの回想の中に出てきて「さようなら」と去っていくシーンが姿が良く威風堂々としていてジーンとしてしまいました。



鈴木壮麻 as ルンゲ&イゴール

ほんと頼りになる俳優さんの代表です。

軽妙なルンゲは若干『サンセット大通り』のマックスを彷彿とさせたが、その、一見生真面目でなおかつおちゃめな執事とガラッと変わったイゴールの不気味なこと!

ただ扮装で異様に見せてるだけじゃなくて、腕を常時ぶらぶらっとさせてるところが微妙に怖い。この役は初演でも本当に印象に残りました。



相島一之 as ステファン&フェルナンド

ステファンには登場早々ソロ歌唱があって毎回ひやひや(こらっ!)するんだけど、そこをクリアすればあとは自在に動き回る相島氏。こちらもやっぱりフェルナンドの方が楽しそうなんだけど()ステファンで一か所「すごい」と瞠目したシーンがあって、それは、またもやビクターの回想のシーン。

少年ビクターが留学に出発するシーンで、別れを惜しむ少女時代のジュリアに、ステファンが、

「ジュリア、お別れを言いなさい」

って言うんだけど、その言い方がものすごく機械的で。

冷たくてそっけない、とかのレベルではなくて、まさに「血の通っていない人形が録音したセリフを発してる」みたいな感じで言う。

このシーンはビクターの“記憶”の中という設定なので、実際のステファンがどんな口調だったかは重要じゃなく、ビクターがどんな風にその言葉を受け取り、現在まで覚えているか、ということの方が大事なのだ。

そういうことをしっかりと観客に分からせてくれる名演だと感嘆した次第であります。


ちなみに、子役はマチソワともビクター=大矢臣君、ジュリア=浅沼みうちゃんだったのですが、二人ともまあ達者で。

特に臣君は上手かったなあ。今後また他の舞台で出会うことがあるでしょう。しっかり記憶しておこうと思います。





久しぶりにめちゃめちゃ長い感想を書いてしまった。それぐらい面白かったということです。

再々演があったらまた違う組み合わせで(同じキャストとは限らないかもしれないが)観たいなと思います。


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