ゆらゆら日記
風に吹かれてゆらゆらと気の向くままに生きていきたいもんです。

2018年04月02日(月) こころがまあるくなる

おひさまと春風がとても優しく感じた一日。

こころがまあるくなる。夜明け前に仰いだ月のように。



川仕事を終えて山里の職場へ。

久しぶりに母に会った。

顔を見るなりなんだか涙が出そうになる。


なんとやつれていることか。

目は落ちくぼんでいてげっそりと痩せていた。

掛ける言葉も見つからずやっと「おかえりなさい」と。

にっこりと微笑む母に今まで感じたことがないような

愛しさが込み上げて来て胸が熱くなる。


笑顔には笑顔が返って来る。優しさには優しさが返って来る。

今日ほどそれを実感した日はなかったように思う。


今日のこのきもちを忘れてはいけない。

とてもとても遅くなってしまったけれど

親孝行がしたい。母の娘であり続けたいと思う。



2018年04月01日(日) ささやかな日々

暑からず寒からず今日もちょうどいい感じの春。

三月はあっという間に去り、今日から四月になった。



少しお休みしていた川仕事を再開。

もう次回の出荷日が決まっていて「休むわけにはいかんな」と。

わずかの収穫量でもこつこつと少しずつ貯金をするように。

大潮ですごい勢いで潮が引いていく。さすがに春の潮。

そんな潮に追われるように今日も精一杯の収穫だった。


作業場まで帰り天日干しの作業をしながら

「あと10年かな」とじいちゃんとこの先のことを語り合う。

欲張りかもしれないけれど、希望を持ち続けていたいものだ。




夕食は日曜日の定番「鉄板焼き」みんなでわいわいと楽しい。

めいちゃんが「きょうはおばあちゃんとおふろはいりたい」と。

「じゃあ、あやもはいる」と三人でそれは賑やかなお風呂。

泡ビオレでふたりのからだをなでなでして洗いながら

思わずぎゅっと抱きしめたくなるほど愛しさが込み上げてくる。

ふたりともおおきくなったなあ。ぷりんぷりんのお尻が可愛い。


今日もこんなに「いい日」をありがとうございます。

ささやかな日々です。それがどれほど幸せなことでしょう。



2018年03月31日(土) 母の野すみれ

とうとう弥生三月もお終いの日。

日々てくてくと歩いて来たつもりだけれど

気づけば駆け足で走り抜けたような三月だった。

そんなに急いでどこに行くと自分に言い聞かす。


山里に向かう朝の山道。今朝もたくさんのお遍路さん。

またひとり、またひとりと数えていると10人も。

声を掛けたいと思っていてもタイミングを逃してしまう。

会釈を繰り返しながら後ろ髪を引かれるように追い越して行く。



仕事を始めるなり弟から電話があり、母の退院の知らせ。

予定よりも長引き今回は20日ほど。

通算すると一年の三分の一を病院で過ごしていることになる。

そう思うと母がとても憐れに思えてならなかった。

このまま親不孝な娘でいるわけにはいかない。

私はとても大切なことを見失っていたのだと思う。


仕事の合間に庭に出て春の陽射しを浴びていたら

母が以前から「可愛い」と言っていた野すみれがたくさん咲いていた。

あちらこちらに咲いていたのを母が寄せ集めて植えていたのだった。

ああ真っ先に見せてあげたいとこころからそう思う。





2018年03月30日(金) グッドラック

昨日の季節外れの暑さは日本一だったらしい。

今日はほぼ平年並みになりちょうどいいくらいの春。

爽やかな風が吹き桜の花がとうとう散り始めてしまったけれど

桜吹雪も好きだなと思う。はらはらはらと儚いけれど。


今朝の山道ではたくさんのお遍路さん。

声をかけることは出来なかったけれど車の窓から会釈を。

一人でも気づいてくれて微笑んでくれるととても嬉しい。

颯爽と歩く姿に今朝もたくさん元気をいただいた。



月末の仕事を終えてほっと帰宅。

やっとお大師堂に行くことが出来てよけいにほっとする。

お参り仲間のいとこに会ってしばし語らっていた。

川仕事仲間でもあり「なんとかなるかな」といとこも。

いとこも私とよく似ていてくよくよしていたらしい。


夕方には土手の上に外国人のお遍路さんが二人。

娘が見つけて教えてくれて走って会いに行っていた。

ニュージーランドからのまだ若い青年達だった。

日本語はほとんど通じず例のごとくで身振り手振り。

お大師堂に荷物を置いてコンビニに夕食を買いに行くところらしい。

「オニギリ、オベントー」ってちょっと愉快な会話。

私は「グッドレスト」「グッドラック」しか言えなかったけれど

ちゃんと伝わったのか二人とも笑顔でうなずいてくれて嬉しかった。


今日もこんなに「いい日」をありがとうございました。






2018年03月29日(木) 咲いた咲いたチューリップ

最高気温がまさかの27℃。まだ三月だと言うのにびっくり。

春はつかの間で一気に夏が来たようでなんだかとまどう。

夕風をたのしんでいるうちに日が暮れてもう夜風になったところ。



今日からしばらく川仕事はお休み。

この暖かさで海苔の生育が良くなる可能性もあり

じいちゃんが「しばらく様子を見よう」と。

どうかどうか少しでも育ってくれますように。


くよくよしないと心に決めてからずいぶんと気楽になった。

何があってものほほんと笑顔でいればきっと良い事がある気がする。



山里の仕事も忙しく、今日はずいぶんとはかどった。

ひとつひとつやっつけていく心地良さ。この仕事がやはり好き。

欲張りな事だけれど川仕事と一緒で天職だと思える。



帰宅して洗濯物をたたんでいたら娘と孫たちが帰って来た。

あやちゃんもめいちゃんも日焼けしてほっぺが真っ赤。

「アイス〜」と冷蔵庫へまっしぐら。

「ばあちゃんも〜」って叫ぶとあやちゃんが持って来てくれた。

冷たいアイスがとても美味しい。季節外れの暑さも良いものだ。


今日も平穏無事。笑顔の一日をありがとうございました。



今朝は久しぶりに孫たちを保育園へ送って行って

園庭に咲くチューリップにほっこりの朝だった。




2018年03月28日(水) くよくよするな、なんとかなる

昨日よりも今日とぐんぐんと気温が高くなり

まるで初夏のような陽気となる。


する仕事があることはありがたいことと

今日も早朝から川仕事に行っていたけれど

もう一通り収穫を終えていて残されたわずかの海苔。

そんな海苔を収穫しているとなぜか涙がこぼれてくる。

むなしいのか辛いのか自分でもよくわからなかった。

ひどく追い詰められたような気持ちだったのかもしれない。

これが試練なのかと思う。精一杯頑張って来たつもりだけれど

まだまだ試練が足らないと言うのだろうか。

もっともっと苦労をしろと天の声が聴こえるような気がした。

36年間、この仕事を頑張って来て涙が出たのは初めてのこと。

「くよくよするな、なんとかなる」じいちゃんの頼もしい声。



気を取り直して山里の職場へ。

これも自分に与えられた仕事だとありがたく受け止めている。

目の前の仕事を少しずつやっつけながらふと気づいた。


もし海苔が豊漁だったらとても二足のわらじは履けなかっただろう。

こうしてどちらの仕事もちゃんと出来るようにしてくれたのかも。

決して神様に見捨てられたわけではないのだと改めて思う。

だとしたらこんなにありがたいことはないのではないか。



外回りの仕事があり通りがかりの神社の前に車を停めていた。

こうして桜の花を愛でる心の余裕もあったのだ。


今日も「いい日」でした。ありがとうございます。







2018年03月27日(火) やれるだけのことをやった

春を通り越してまるで初夏のような陽気。

満開の桜の花がきらきらと輝くようにきれい。


早朝より川仕事。それから海苔の初出荷だった。

出荷量には個人差があり今年は特にそれが目立つ。

「うちがいちばん少なかった」と苦笑いするじいちゃん。

どんな年もあるものだ。去年はいちばん多かったような。

私もじいちゃんも人と競い合うのが好きではないので

やれるだけのことをやった結果だと胸を張っていよう。



11時前には山里の職場に着いていた。

年度末で駆け込みの廃車手続きに追われる。

社長の義父も手伝ってくれてやれるだけのことを。

忙しいけれど苦にはならず、とても遣り甲斐を感じる。



帰宅したらもう孫たちが帰って来ていた。

あやちゃんの乳歯が一本抜けたとのこと

「それはめでたい」と今夜はお祝いをする。

赤ちゃんの時に初めて生えた歯だと思うと

なんとも感慨深く成長がとても嬉しく思う。

「おばあちゃん見て見て」とにかっと笑って見せてくれた。


今日もとても「いい日」でした。平穏無事でありがたいこと。


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