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必要なコストって、のこと。 - 2013年02月28日(木)

先日、祖母の四十九日法要のため帰省してきました。

そこで感じたのはやはり劣等感。

同年代の従兄弟がすでに家庭を持って、子供ももうけて、
というのを目の当たりにすると、どうにもこうにも。
感化される気持ちも、正直言って、ある。
家庭を築くなら早いほうがいいと、他人から言われるし
自分でもそう思ってはいる。
かと言って、思いのままに行動するのも、憚られる。
自分だけの問題ではない、ましてや、家族を養うという
ことは、現実的な視点を持たないといけない気がする。
何より、都会でぬくぬくと、いつまでこんな仕事をして
生計を立てていけるのか不安でたまらない。

結局は、踏ん切りがついていないのかもしないが。
そしてきっとそれは、私の相手の人に原因があるわけ
ではなくて、原因は完全に自分の中にある。
その点やはり、従兄弟たちはえらいなぁ、と感じて、
また劣等感に苛まれる。

***

最近、チームの体制が緩くなったのか、仕事量が急激に
増えたのか、要因は定かではないが、残業が増えている。

けれど、夜遅くまで残って仕事をしていると、いつも
感じるのが、「本当に必要なコストなのか」ということ。
たしかに、その日にやらなくてはならない作業なのだが、
じゃあそれを次の日にやれないのか、と言えば、そんな
ことはないと思う。
ただ、相当に詰めたスケジュールにする必要があるが。
そして、自分がやる必要があるのか、ということ。
やるべきこととやらなくてはないけないこと、もちろん
それはあるのだろうけど、境界線が曖昧で。
もっと言うと、強制力も曖昧に感じる。

仕事をやる上で、ある程度決まっている中で、こういう
作業をやるべき(しなくてはいけない)、というのは
あるのだが、自分で決めて行うこと、というのが、常に
求められると思う。
単純なルーティンと言えども、それはある。
だが、それはそれとして、創造的な部分ではあるけれど
組織に所属していると自分の裁量次第なところがある。
要するに、「自分が必要と思うから、この仕事をやる」と。

会社によってはそうでないところもあるだろうが、
「自分で計画を決めて、仕事をする」というところの、
「計画を決めて」のなかには、「いつまでにやる」という
大まかな期限の話と、「それはどのくらいの時間かかる」
という作業量と所要時間の話があると思う。
だから、実際に作業に取り掛かってみたら、思ったより
作業が多かったり時間が掛かったり、あるいは、その反対で
作業量が少なく、早めに終わりそうな見込みを感じたり
することもあると思う。

そこで、「じゃあ、最終的な期限までこれくらいだから、
今日は残業してまでここまで終わらせよう」とか、あるいは
「ここまで出来ているから、残りは明日やれば期限までに
間に合うので今日は帰ろう」とか、そういう判断が生まれる。
それが、自分の裁量の話。
まぁ上司が指示・命令してそうさせるところもあるだろうけど。
でも、その見当って、どこまで正確なのよ、と思う。
その精度を上げていくことが、自分のキャパと仕事量・
作業量の見積もりを把握していく正確さに繋がるのだろうけど
なんというか、あんまり腑に落ちないところがある。

どこに納得しないかというと、結局そういう判断って、
臆病者に優しい、というか。組織に所属している場合は、
「心配だから、出来るところまでやっておこう」というような
計画に対して自分の作業量を余分にやろうとして、無駄に
残業したりするそんな人たちに優しいような設計になっている
気がする。
つまり、「必要なので、今日はここまで残業します」とか
自分が決めてしまえば、他人はそれほど干渉しないから、
「ふーん、それじゃあ頑張って」としか言えない。
けれど、それがほんとに必要な残業かは誰にもわからない。
もちろん、本人だって分かっていないかもしれない。
不慮の事態を想定すると、予定の部分よりも、前もって多めに
こなせる作業があるなら、それはやるべきかもしれない。
でも、そうなってくると、時間さえ使えば、どんどん残業して
(たとえその日にやらなくてはならないものではなかったとしても)
会社に自分の時間を費やすことが、美徳のような風潮になる。

人材育成の観点では、それは重要な意味を持つかもしれない。
時間をかければ、というわけではないが、仕事を覚えたり、
現場に慣れるという意味では、ある程度の時間を費やすことも
必要だろう。
ただ、企業経営としては、悪だと思うのだけれど、どうだろう。
(その人材育成コストは除くとしても)無駄なコストは、野放しに
していていいものなのだろうか。
と言うか、コスト削減コスト削減、と昨今はどの企業も口を揃えて
言うけれど、それはたしかに、経営としては大事な要素だろうが、
それじゃあ必要なコストってなんだろう、と思う。

たとえば組織に所属していないケースで、自分が個人事業を始めて
「やらなきゃいけないこと」を考えたとき、そこに無駄なコストは
出来にくいのではないか、と思う。
自分はそういう商売をしたことが無いので、もしかしたら、それは
見当はずれな考えかもしれない。
でも、自分で経営するなら、何と言うか上で書いたようなたとえば
「だらだら残業して仕事しよう」とか、馬鹿馬鹿しいように感じる。
売り上げが・利益が出なければ、経営は成り立たないし、それは
同時に自分の生活も成り立たなくなるわけだから、必死にコストを
考える必要が出てくると思う。
結局、何が言いたいかというと、組織に所属する以上、身分は
保証されていたり、組織自体から個人は守られていたりするわけ
だけれど、「甘い感覚」に陥りやすい気がする。それが怖い。

なにも、「だったら、残業代なんかいらない。必要なコストを
決めた上で、計画からはみ出た部分や自己研鑽に費やしたい状況は
無償で会社に奉仕すべき」ということが言いたいわけじゃない。
残業代云々、というお金の話もそうだけれど、時間だって、有限な
資源という意味では、同じで。それもコストだと個人的に思う。
でも、何となく、会社員として日々を過ごしていると、漠然と
そういう不安というか、状況を感じたりするので、書いてみた。
もちろん、それは自分を含めての話なのだけれど。

朝から、随分長々と綴ってしまった。
下っ端で、組織何たるやをほとんど分かっていない若造がコストを
語るなと言われそうですが、ふと、そんなことを思った。

***

あ。そうそう。残業とかコストのことはずっと考えていたのだけど
最近夜遅くまで残っていて、「これ、今やらなくても良いかも」
とか、「これ、自分がやらなくてもいいな」って思ってしまうと
どうにも、モチベーションが下がるというか。
「もう、もっと自分のやりたい仕事にシフトしちゃおうかな」とか
会社帰りの夜道を歩いていると、ふとそう思ったんだった。
かたや、田舎では結婚して自分の家族を持っている同世代も居るのに
自分は、こんなていたらくで情けないなーって。
それを書きたかった。結局、こんな企業経営みたいな話に触れる
ことになってしまったのだけど。まぁいいや。

今日からもう3月。早いねえ。
体感として、どうしてこうも時間が早く過ぎるのか。
年取ってきたのかもしれない。

***

2013/03/01 07:04


...

有限のこと。 - 2013年02月13日(水)

またもご無沙汰の日記でした。

将来の仕事のこと、割と具体的に彼女に相談した。
結局は決めるのは自分だけれど、少し心がラクになった。
そのことも踏まえ、同棲やら結婚を考えないと。
さすがに、娘さんを下さい、ってときに「無職です」じゃ、
親御さんは納得しないんだろうな・・なんて思うと色々と
踏みとどまることも。。

まぁでもきちんと考えて、決めていこう。

***

日々の仕事は、相変わらず退屈。
史上最高のつまらなさというか。こういう書き方がもう
頭悪そうですが。
とりあえず、職場環境って大事だ。というかそれが仕事を
やる上でのモチベーションや精神衛生なんかに関わるので、
ものすごく大事と言えるかもしれない。

しょうもない先輩も居ますが、まぁ程ほどに距離を取る。
自分で背負い込みすぎてテンパってる姿を、私みたいに
後輩の人間が見てどう思うかとか考えてないんだろうな。

経験的に、自分と年次がそれほど変わらない人とチームを
組んでも仕事はあまり上手くいかない気がする。頼りない。
良い感じなのは、3つから6つくらい離れている先輩かな。
それ以上だと、もう現場のことを知らない人だったりする。
まぁでも、それはその人のスキルも大いに影響するのか。

***

先延ばしにしすぎても、だめだよなぁ。

母校の頑張っている学生たちをOBとして見ていて、もっと
あのときがんばればよかったと思ったりもしたけれど、
そんなことを思っても時間は戻ってこないし、これからの
時間も限られているから、決めるときには決めないと。

***

2013/02/14 05:34




...




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