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大晦日こうやって過ごすのか社会人一年目のこと。 - 2010年12月31日(金)

大晦日。気付けば。早いね。

ちなみに今、お酒飲みながらバラエティ番組観て過ごしている。
最近は缶ビール2本ほどで酔って眠くなってしまうけれど、
今夜は、それプラス、ハイボールまであおっている。
ちょっと酔いたい気分だ。年越しまで一時間切ったね。
さて近況。(酔っ払っているけどごめんなさい)

***

ここ二日。恋人の家で過ごさせていただいた。
書くこと、3つ。

1つ。
30日は、普通に会社があったけれど、事前に有休を頂いて、
なぜか恋人の実家の大掃除を手伝った。
担当したのは、お兄さんの部屋掃除と、あとお風呂掃除。
今自分が住んでいるマンションの部屋も特に綺麗にしていないくせに、
恋人のご実家の、その任された領域の清掃は恐ろしく一生懸命頑張った。
正直すげー疲れたけど、ご家族の方が喜んでくださったら、それでいい。
あとそれと、どこの家族間にも色々問題はあるんだろうけど、
それはそれで、温かく(常にじゃなくても)過ごせて団欒できたら、
きっとそれって幸せというか良い家族なんだろうなーって思った。
自分のところがそうじゃないから、余計そう思ったのかもしれないけど。
そうだ。帰省はするんだけどね。年明け1日に。それはいいか。
ちなみに、大掃除は、解体作業がすごく楽しかった。
私は、そういう仕事というか作業がすきなのかもしれない、と思った。
六角レンチ使ってゴリゴリとネジ外したり、ロープで鉄材くくったり。
今やってる仕事は全然違うけど、でも、「効率性」とか考えたり、
自分なりに工夫して作業するのは、なんだか楽しいなぁなんて思った。

2つ。
初対面レベルの人たちとの食事会緊張すること。
今回、恋人のご実家にお邪魔させていただいて、
そのご家族とご飯を食べる機会があった。
けれども何と言うか、緊張してしまってなかなか食欲が出ず。
これほんとに困るなぁと思ってしまうよ。
それでいて「もっと食べなさいよ」と勧められても、
頑なにそれを拒む自分・・。「いえ、お腹減っていないので・・」
嫌いなんだけどね、そういう自分。本当に。
上手くもっとさ、打ち解けて緊張しないようになれば良いけど。

3つ。
書くこと忘れた。「常識」のこととかについて考えたりもしたけど。
あと、「大晦日の過ごし方」について、ね。
今年は、部屋で普通にひとりで過ごすんだなーと思った。
恋人は実家暮らしで、ご家族と一緒に大晦日は毎年過ごすだろうから、
私のような何処の馬の骨かも分からないような奴が、
そんな家族団欒の中に居たら嫌だろうなぁと思って、今日は帰ってきた。
まぁそれはいいや。とりあえず、早く打ち解けたいな。
あと何だろーなんだろー。なんかあったかな。
とりあえず、とりあえず、なるようになるし、なるようにしかならない。
最近、昔を思い出して懐かしくなることが多いけど、大丈夫。
私なら、やれる、と信じる。

ああ。そう。感謝。やっぱ今年も。
色々と。振り返るのは後にするけど。時間があったらまた。

こんな大晦日・年越しの過ごし方もあるのね。

来年の抱負とかまだ特に決めてないけど、
とりあえず、勉強・仕事面でものすごーくすごーくインプットしたい。
誰にも負けたくないなぁなんて思う。

そんな。
あとで言語化・具体化するか、また。

以上。

今年もありがとうございました。

***

2010/12/31 23:59


...

毎日人間トレーニングのこと。 - 2010年12月28日(火)

日記を書こうと思ったけれど、特に何も思いつかない。

明日出勤すれば、今年は終わり。
社会人になって初めての年末年始かぁと。

振り返ることが出来たら、振り返ろうか。

大晦日の予定は、まだなにも立てられていない。
どうしようか。どうすることもないかな。
まずお金が全然無くて。どっかへ行こうにも。
少しは毎月貯めようと思っていたら、口座にほとんど残らなくなった。

もちっと、たくさん使える余裕があれば、
小旅行にでも行けたのになぁなんて思った。
でもお金があっても行かないのかな。それが理由じゃないかもしれない。

会社勤め、というか働くことで得られるものは、多いと思う。

お金は、対価として、ある。労働の対価。
けど、正直言って、こんな下っ端でもお金がもらえるだけありがたい。
だから、無駄には使わず、貯められる範囲で貯める。

それと、得られるものは、やはり経験。
仕事の技術と知識はもちろんのこと、人間としてのトレーニング。
上手く人とコミュニケーション取れなくても、やっていく。

そんなこんなで、段々と社会人になっていくなぁと思う。
それが意味することは、「強くなっていくこと」だと思う。

甘いかもしれない。けど、強くなっても、人を貶めて蹴落としてまで
そうなりたくないな、と思う。

戯言、かなー。

眠いな。そろそろ寝ようかな。

知らないこと・出来ないことが多すぎていつも情けなくなるけど、
決して腐らず、トレーニングしてみようと思う。強くなるために。

それで、自分を守って、誰かを守れたら、いいな。

以上

***

2010/12/28 22:50


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どうなっていくんだろうの他人目線のこと。 - 2010年12月26日(日)

土日。休息でした。

今週末恋人が久しぶりに泊まりに来てくれて、一緒に居られて幸せだった。
いつも、ありがとう。支えでもある。感謝してもしきれない。

***

さて。なんだろうな。毎日が過ぎるのがとても早くて。
この前入社して配属されて、って思ったら、
もう半年経とうとしていてすごくビックリしてしまう。

夢とか、自分で「こうなりたい!」っていうのは、そんなに考えていなくて。
でも、自分なりに進むべき・やるべきことは考えて過ごしているつもり。

ただそれは、週次・月次的なものしかない。しかも仕事の知識関係。
中長期的な、たとえば年次的な単位でなにか目標があるわけではない。
仕事以外で、私生活としての目標や理想があるというわけでもない。

時に問う。これでいいの?

これでいい、ってわけじゃない。
でも、これじゃだめ、ってわけでもない気がする。

ここで私が書きたいことは、
「だから、こういう目標立てたい」とか、
実は、そういうことじゃなくて。

人間って、どうやって生きていくんだろうなぁと思ってるだけ。
人間というか、自分という人間は。

たとえば。

今、お付き合いしている女性と一緒に居てとても幸せ。
で、彼女と一緒に棲む話なんかもしばしばにしている。
それはもちろん相手が好きで大切な存在だから一緒に居たい、というのも
あるけど、一緒に住むことが「良い」と判断するから。
そんな簡単な割り切り方は出来ないとしても、
敢えてするとするならば、損得勘定の「得」であると思う。
自分の気持ち的に、「得」だという判断。

ただ、そうすると、自分は今住んでいる一人暮らしのマンションから
引っ越す必要もあるし、もっと言うと、仮に同棲するなら、
今現在実家暮らしの彼女の家に行ってそういうお話もしないといけない。

じゃあ考えると、今住んでいるマンションを離れること、
その失うメリットってどうなの。と思ってしまう。
今の場所の立地条件、家賃、住み心地、アクセス、設備条件。どうよ?
これ全部手放して、そういう条件と異なる環境へ飛び込む判断は?
また、損得勘定で考えるなら、考えるのは無理な場合もあると思うけど、
敢えて考えてみるのであれば、それは「損」がどのくらいあるか、と。

個別の損得勘定の物差しを合わせて、
全体の勘定に。みたいな、そんな。

これって、今持ってるメリットと、
これから得られるであろうメリット(ただし得られる確かな保証は無い)と
変化を経験することで背負うであろうデメリットの勘案。
そういうのを考えてしまったりする。たまに。そんな深刻じゃないけど。

もちろん、決断を渋っているわけじゃない。
それで思うことは、「どうなるんだろうな」ってこと。

思えば。こんなことを言うと、デリカシーも無いかもしれないけど。
前の彼女と別れるとき、「どうなるんだろう」ってことを思っていた。

これは自分の人生なんだけど、プレーヤーも自分なんだけど、
イベントをクリアするのも自分なんだけど、なんだか、なんとなく他人目線。

そういうのが結構実は自分の中であったりする。
人生の、決めるべき、突発イベントを楽しむ。というか何と言うか。
良い言い方をすれば、客観的な視点を持っている。
悪い言い方をすれば、責任感の無い・他人事の見方。

仕事でも、ちょっとあったりする。
自分のやるべき作業はもちろんこなすけど、
問題とか発生したら原因追究して解決に向かうけど、
そのことで、もうあまり悩んだり嘆いたりしない。
「どうなっていくのかね」って、
もう一人の自分がどこかで見ていたりする。
もちろん、当事者の自分はひいひい言ってはいるんだけど。

あと。ちょっと補足しておくと。

最初から「どうなっちゃうんだろう」って思って、
それで「どうなってもいいや」と思うわけじゃなくて。
そういう思いに至るまでに、実は、ある程度
岐路というか選択をしてきている。

前の彼女と別れるときも、遠距離恋愛が確定したところで、
こういう未来のようなものも、実は想定していたりした。
「もっとどうにかならなかったのか」というのは考えた上で、
そこから少しずつ色々な選択肢を決めていって、
それで最終的に、「どうなっていくんだろう」さらには、
「どうなっても、納得の行く結果であるように」という思いに至った。

詳しく言っちゃうと、相手の就職先が地元に決まった時点で、
そう思った。もっと言えば、その前に自分で東京に引っ張ってくることも、
きっと不可能なことじゃなかったはずなのに、それを真剣にしなかった。
相手も、そういうことを望めなかった。それは「仕方ない」と思った。
だから、「それはもう、どうなっていっても、しょうがない」と思った。

仕事で問題が発生したときだって、ちゃんと原因追究して、
そして再発が防止できるような対策が立てられれば、それでよし。
自分のミスで起こったことなら責任問題はちゃんと考えなきゃいけないけど
いつまでもうじうじと失敗を嘆いていても、次に進めない。

自分の作業の時どきで、押さえるべきポイントがはっきりしていれば、
ある時点でなにか問題が起こったときにはそれに真摯に向き合えばよくて
そこにあるのが「どうにでもなれ」という精神であったりする。

何が言いたいって、上から書いてきたことの総括をすると、
「どうなったって、最後に決めたら、それが正解なんだろう」と、
そういうある種、諦念のような、覚悟を決めて、人生を見ている。

そういう部分があるなぁと思った。

今日の日記は、私のとても黒い・醜い部分が出てしまった気がする。反省。

さて明日からまた会社。そろそろ仕事納め?もう2011年か。
とりあえず、今年は残り三日間お仕事かんばろ。

***

2010/12/26 23:01


...

スチームサウナは良いなのこと。 - 2010年12月23日(木)

祝日で会社は休みでした。

今日、恋人は旧友と会うとかで、一方私は特に予定も無く、
自己啓発の勉強やってみたり、温泉施設に行ったりしてみた。
都内でもこういうところでリラックスできるのは良かったなと思う。
特に上記のスチームサウナが最高だった。若干のぼせたけど。

さて、このごろ、考えたこと。と言うか感じたレベルのこと。

***

同じチームの先輩が昇進した。
と言っても、うちの会社の職種というか階級・役職って、
そんなたくさんあるわけでもないのだけれど、
まぁなんというか辞令が出ていて、先輩の名前が載っていた。

結構無愛想で、冷静(っぽく振舞っている?)感じの方だけど、
当人にしてみたら嬉しかったんだろうな。
おめでたいことなんだろうけど、正直、新米ぺーぺーの私にしてみたら、
そのことでなにか自分に良い影響があるのか分からないので
実にリアクションしづらいです。嫌な新人だね。知ってる。
せめて、昇進したことで管理職目線として、
チーム内の問題管理をもっときめ細かく対応してくれたらなぁ、
なんて思うくらい。ま、きっと変わらないだろうけど。現場的には。

でも、その件で、結構、組織編制というか、
自分のところの業務遂行のチーム内体制も、結構変わりそうな予感。
これはちょっと困るかなぁという感じがする。
詳しいことは言えないけれど、部以外でも課の中でも異動があったりして。
だけれど、会社組織って、そういう人材の流動性っていうか、
いつまでも同じみんな一緒にお仕事しましょうってものでもないんだろな。

うーん。あれ?何が言いたかったんだっけ。
なんか色々と言いたいことがあった。けど、どうでもよくなってきた。

「三年三割」について、なにげなくボーっと調べてみたり。

今、別に会社を辞めたいとは思っていないけど、
みんなどういう心境・状況で、それが現象化してんのかな、とか思って。
そしたら、大体みんな考えていることは一緒なんだなーなんて思った。
「入社前の志望動機と入社後・配属後のギャップ」とか、
そういう意見を聞いていると、「あー同じ同じ」って思う。

要は、そこで悩んでいるのって自分だけじゃないんだな、って。
だからと言って、問題は解決しないけど。
ただ、それは「今解決すべきなのか」「解決しなきゃいけないのか」
って言ったらそれも別の話な気もする。
要するに、「放っておいていいような問題なのか」ってこと。
で、放っておくならどの程度まで放っておいて良いのか。
時間が解決するレベルのところか、もしくは
ある程度自分が歩み寄るようなレベルなのか。みたいな。
でも、個人的には、「どっちだっていいし、悩むのが面倒」と思うので、
私の中のそういうところの問題は、適度に干しておいて、
別のところに集中することにします。ってだけ。
またもし深刻に考えるようになってしまったら、
「三年三割」とか色々対処していこうと思います。

あと、そうだ、これも思った。昇進とか出世の話。

こんなこと言うと本当に酷いし失礼かもしれないけど、
先輩の昇進があっても、「自分のキャリア」についてばかり考えて、
正直、人の出世なんかどうでもよく思っていたり。
羨ましいような気がするけど、でもその先輩の年次を考えると、
「やっとここで昇進になるのか」なんて思ってちょっと失望したり。
しかも昇進とか出世なんて言うなら、それは自分の中で
「お金がもっと貰えるようになること」くらいの認識しかなくて。
マネジメント能力がどうとか、組織の中で上手くやっていく処世術とか、
そんなことは、正直今どうでもよくて。
考えるのは、もう自分のキャリアのことばっかり。

だから自分の出世についても、実はどうでもよかったり。
ここで言ってる「キャリア」っていうのは、
「どこでもいつでもやっていけます」みたいな、
そういう手に職的な意味のもので。自分は、働いていく中で
どうやってそれを身に付けていこう、と思ってる。
仲間を信頼することはあっても、組織を信用するのは怖い。
実は毎日そんなことばっかり考えている。

だから、異動の辞令とか出ていても、管理職の人たちばかりで、
正直、現場のペーペーの自分ももっと色んなところで使ってもらいたいが、
まぁでもこんな何も出来ない新人なんか使い物にならないのだろうな。

今は経験を積む時期。下働き。さてそれがいつまで続くかな。
自分の気持ち的にそんなにずっと忍耐を貫けるように思えないけど、
とりあえずは、自分で選んで、ある程度満足している業界の中で
働くことが出来ている現実は、少し自分の気持ち的には、ラクにはなる。
あと思うのは、「早くからガンガン活躍したい」ってのともちょっと違って
自分で手に職つけて常に「楽しいな」とまでは高望みしすぎだとしても、
「まぁ、これやってると時間過ぎるの忘れちゃうな」くらい思いながら、
納得して仕事していたいなーと思うのが実状。怠け者かな。

だらだらと書きたいことを書きたいままに書いてしまったけれど、
とにかく、ちょっと先のことを見て、それ目指して日々生きてみます。

***

なんだか、この日記を書くといつも会社とか仕事の話になってしまう。
プライベートというかもっと私生活の話をしたほうが良いのか。
というか、ここでそういう話をして良いのかってのが問題なのかな。

でも、少し書いてみる。

なんか最近、思うことが多い。付き合い、恋愛について。

実は、前に付き合っていた彼女の誕生日がクリスマスイブだった。
で、誰にも言えないけれど、先日その彼女から連絡があった。
別れてから一度も会ってなかったけれど、「今東京に居るので会えないか」
とのことだった。個人的にはもうそういう恋愛感情のようなものは無く
以前のような関係に戻るつもりも無かった。こちらとしては。
でも一度ちゃんと会って話さなきゃいけないと思ったので会うことにした。

会って、話した。久々にあった彼女は変わっていなかった。雰囲気。
自分のことを話した。今は付き合っている女性が居ること。会社のこと。
そして向こうの様子も聞いた。実はそれが聞きたかった。

こんなこと言うと、誤解されるかもしれないけれど、とても心配だった。
三年ほど付き合って恐らく一番傍で見ていた身としては、
彼女がちゃんとやっていけるのか、今の状況はどうか、気になっていた。

でも、なんとか、やっているようだった。

せめて、元気で。

***

ああ、家に居るとやはりどうしてもだらけてしまうな。
結構今日は活動的に動いたつもりで、読書とか勉強できたんだけど。
家に帰ったら、ついテレビ見ながらダラダラしちゃう。

そろそろ家の掃除とかしたほうがいい気がする。
大掃除ってほどじゃなくても。

***

生きること・愛すること。ちゃんと向き合おう。

本当に伝えたいことを、固めて、表現できるようにも。

以上

***

2010/12/23 23:32


...

不貞腐れても地球は回るのこと。 - 2010年12月21日(火)

何も知らない。何も言えない。何の役にも立てない。
ときどき、不貞腐れてしまいがちになる。

それでも世界は回る。
自分がいくら腐っていたって、変わらず進んでいく。

すごく自分の中で肥大化していくコンプレックスだが、
やはりそれでも自分は、この流れと一緒に進んでいかなきゃいけない。


***


何だろうな。色んなことに自信が無い。

たとえば会社のキャリア。いつになったら仕事が出来るようになるのか。
この先、自分はここの会社で居場所を見つけられるようになるのか。
得意分野、強み、人と関わり合い方、情報の交換の仕方・高い交換価値提供。
自分の、この会社での5年後10年後って想像できる?

たとえば、将来。仕事じゃなくプライベートも。
結婚とか出来るんだろうか。そもそも結婚したいのか。子供はどうだ。
安心が欲しいのかな。でもそれらの先に安心はあるのか。
恋人が、生涯のパートナーになったとして、相手を幸せに出来る?

一体自分は何を支えに何を原動力に頑張れば良いんだろうな、ってふと思う。
そんなことを考えること自体、違うかもしれないけれど。

色々、いつでも動くことが出来るように、準備だけはしておこう。

それくらいしか出来ない。後は日々の作業を着実にこなす。こなせ。


***


一昨日あった出来事。ちょっと書きにくいこと。
気持ちの整理というか落ち着いて考えがまとまったら、書いてみよう。

でも何だろう。ううん、やっぱり今はやめておこう。


***


年末年始はどうしよう、ということを考えている。
とりあえず30日は有休を取って、恋人の実家を大掃除することになった。

でもその後が問題。恋人は毎年実家の家族と過ごすそう。
さすがに、私のような新参者がいきなり、
家族水入らずの団欒の場に入るのはちょっと気が引けることと思うよ。

となると30日大晦日と年明け1日がすごい暇になる。
普通なら帰省すれば良いのだろうけど、なんとなく帰ってもしょうがない。
まぁ帰省することはするけど、年明け2日とかに。
でも、帰省しても正直やることないから時間がもったいない。

だからどうしよう。と考えている。
一人旅、か、ひたすら缶詰になって勉強とか。まぁなんか。そんなです。
もちっと考えて色々なんか決めよう。


***


あ、そうそう。そういえば明日(22日)は時差出勤。
というわけで、今日は少し夜更かし。

明日一日行けば、一日お休み。
しかしその休み明け翌日はまた出勤。その次土日だけど。飛び石連休?
社会人には、クリスマスイブなんて関係ないんだね。。当然か。

よし。元気にいこう。せめて。


***


2010/12/21 23:58


...

残業Weekのこと。 - 2010年12月16日(木)

木曜は結構遅くまで残業。
とは言え、他社の友人の話だと徹夜する日もざらにあるというから、
そういうのが無い分、私はまだまだ甘ちゃんなんだろうな。

まぁそれはそれとして。

なんだろう。今週は割りと残業続きだった。
案件が立て込んでいて、それでいてスケジュールもきつくて。
要員が少ない分、個人が担当する作業量が多めで進む。

で、「残らされてる」って思う残業はちょっとあんまりだと思った。
自分が任された作業分が終わらなくて、結果残ることになるのは、
それは自分が悪い(要因が大きい)と思うし、納得がいくからいい。

今回は、そのどっちもあてはまるのだけど、仕事ってそうなのかもな。
一人じゃできないことをすることという意味合い。

んで、思うこと。

自分の仕事量・タスクの作業時間割り当てと見積もりが、難しい。

一度触ったことのある作業であれば、
タスクの時間を計って作業をしているので、大体の時間は分かる。
でも、いきなり知らない担当分野などを任されたりすると、
それが一体いつ頃できそうか、なんてまったく分からない。
なのに、「いつ終わるんだ」と上司や先輩から言われる。きついそれは。

結局、作業を分割したり、ファンクションみたいなのに分けてから、
過去の実績でそういう面から見た、似た作業自体の時間で算出する。
だけど、あんまそれってあてにならない場合がほとんど。
作業自体は違うものだし、未分野へのヒアリング・理解もあるわけだし。

ま、なにが言いたいかというと、そういうのも経験なのかなと思った。
一概に経験積むことで補える部分には限界もあるだろうけど。
でも、とりあえず今はやることやって、一人前になること。かな。多分。

ちなみに、今日金曜は研修なので、ちょっと気がラク。
だけど、昨日残業した作業が終わってないので、
今朝とかお昼とかちょくちょくデスクに戻って作業しないと。。

最近とても寒くて体調を崩しがちだけれど(ちょっと今風邪っぽい怖い)
今日一日乗り切って、今週末またリフレッシュしよう。体調管理、十分に。

以上

***

2010/12/17 05:49


...

業界に思うこと。 - 2010年12月15日(水)

ふと思うこと。

職場の先輩方なんかを見ていて。
たしかに仕事がバリバリできていたりすると、すごいなと思う。
役職を得てさ、俗に言う「えらい」のもすごいんだろう。

でも、一体そこに何の価値があるんだろうと思う。
「で?」って思っちゃう。嫌味とかでなく。

今、24。あと、どれくらい遊んでいられるかな。変な意味じゃなく。
もって4年なのかな、なんて思う。けどどうなんだろう。
28辺りがターニングポイントと自分で勝手に思っている。
「えらい人」になりたい?それは無いな。正直それはお金だけだ。
出世するとか、そういうのはただお金のためだけになりそうだ。

もっと正直言ってしまうと、ここには、この業界には、
夢とか憧れなんて何も無い。
あるのは、純粋な興味と、肌に合った気持ち良さ・心地良さ、くらい。

興味は、業界・世界への興味。
どこかで今までの自分と距離を置いている気はする。
学生時代と、まるで違う論理・技術の世界。
それが興味。全部それが無くなったら、多分ここの業界に居る意味は無い。

肌に合った感じは、「向いてる」とかではなく、もっと主観的な気持ち。
恐らく、自分の性格的にはどんな職種も向いてそうで、向いてない。
「やらなきゃいけない」ってなったら、多分必死にやると思う。
だけどここの場所って、論理を積み上げるものだと思うから、それは良い。

あと、言うことは特に無いんだけど、なんだろう。
とりあえず頑張ってみますということ。

そろそろ今年もあと少し。あっという間に毎日が過ぎる。あがこう。

***

2010/12/15 23:28


...

和と没個性のこと。 - 2010年12月13日(月)

今、というか最近、わりかしフラットな気分。
ただ会社での仕事はどうだろう。ちょっと思いの丈を書く。

なーんか、慣れない。
作業は慣れてきたりしていることもある。

じゃあ何が慣れない、って人間関係。溶け込めていない、と言うか。
職場の、もっと言うと、チームの人たちに上手く打ち解けられてない。
そんなようなことを常日頃感じる。信じられていない、というか。
もちろん、自分が先輩たちを十分に信じることができていない一方で、
自分も、彼らから信じられていないんだろうなーと思うと、なんか。

別に嫌なことを言われるとか苛められているとかではないのだけれど、
なんとなく、他人行儀、というか、よそ者的な扱いに感じる。
被害妄想なのかね?でも、配属されて半年の奴なんてそうなのかもな。

もちろん大いにそれは私自身のキャラの所為とかもあるんだろうけど。
「ここでこれを言っても信じてもらえないんだろうなー」とか、
「多分このくらいの力だと思って、自分を見ているんだろうなー」と思う。

要するに、見くびってんなー、と思う。

まぁある意味しょうがないし正しいのだろうけど。
「もっとちゃんと評価してほしい」
と思うこともあるけど、変に嘆いたりはしたくない。どうせ無駄だ。

無駄だというのは、嘆くこととかではなくて、
そんなことをする暇があるなら、もっと自分でやるべきことがあること。

とりあえず、チームの和を尊べば良いかなと思っている。ある程度。
でも、正直言って、敬意までは及んでないような気がする。
言い訳かも知れないけど、そういうのは働きぶりで見ないと湧かない。

ただ、調和という意味では、変に尖ったりするつもりはないけど、
個性を埋めるのだけはしたくない、といつも思っている。
もちろん会社で働く上で自分が折れなきゃいけないことは多い。新人だし。
でも、根っこの部分でやりたいこととか目標なんかを大事に持ってて、
それは誰にも邪魔されないように、自分でちゃんと成し遂げたい。

自分は、殺さない。最後の部分では。
ああ、だから会社で結構面倒に思うことがあっても、やっていけるのかな、
そんなことをちょっと、ふと、思った。

なんだかな。まぁがんばる。以上。

***

2010/12/13 22:46


...

見える世界をクリアにのこと。 - 2010年12月12日(日)

あっという間に、一週間ぶりの日記更新になってしまった。

先週一週間のうちであったこと。
・忘年会などがあった
・ボーナスが支給された
・眼鏡を買った

ちなみに一番下のやつは今日のこと。
いよいよ眼鏡を買ってしまった。

視力を測ったら、左が0.3、右が0.4とかだった気がする。
両目合わせて0.6とか。近視。しかも右目は若干乱視気味。
そんなわけで眼鏡デビューしてしまった次第。
だけど、常用してかけるのはどうだろう。
たしかに見やすいけれど。見える世界はクリアだけれど。
これに慣れたら視力もどんどん悪くなりそうだ。
視力が悪くなるのは原因があって、眼鏡をかけて視力を矯正していても、
目が悪くなった根本的な原因を取り除かないと、どんどん目が悪くなりそう。
なんて、そういう論理は合っているのか分からないけれど、
便利なものに安住しきるのは良くないかもなーと思っただけ。

一番上。忘年会のこと。

課の忘年会は、一応あった。部署全体でもあるのかな、分からないけど。
社会人になると、各方面とそういう打ち上げがあるのだな。
全社的、部署、課、チーム、取引先、受注先、お客さん、その他諸々・・。
毎回、全部が全部あるわけじゃないんだろうけど、大変だなぁ。
忘年会だけじゃなく、新年会とかも。そういうシーズンだ。
正直すごく面倒だけど、そういう取引関係が日々の仕事になるんだろうな。

真ん中。ボーナス。

こんなペーペーでも一丁前に貰えるんだな。
他と比べると額は少ないみたいだけれど。
でも、今まで学生時代でも割りの良いバイトはあったが、
月々のお給料とは別にボーナスを貰うと、こういうところで、
社会人としての「お金」についての待遇の良さが分かる。
大事に使おう。というか貯金しよう。でも少しは遊びに使おう。

そんな。
また明日から頑張って働こか。

***

今週末も恋人には本当に感謝。ありがとう、いつも。
そういえば、今日は彼女の地元のスポーツセンターへ行った。
久々に身体を動かす。ランニングマシンとサイクリングマシン。
結構汗をかいて気持ち良かった。プールとかもあるみたい。
良いところだ。

***

ところで蕁麻疹の件。昨夜と今夜は酷かった。
これ何だろうほんとに。皮膚科行くべきなんだろうか。
正直、医者に診てもらっても、対症的な感じなんだろうな、
と思うと、病院には行きたくはない。

結局は自分次第。
生活習慣改善とか、ストレス発散とか。ちゃんとやってください、と。

長い時間と高い診察料を支払って、
そんな当たり前のこと言われるくらいなら、そのくらいやる。
それでもダメなら診てもらおう。さて。寝る。

***

2010/12/12 21:59


...

蓄えとかのこと。 - 2010年12月05日(日)

なかなかお金が貯まらないなと思う。

豪勢に遊んでいるわけではないと思うのだけれど。
特に意識して貯めようとしていないからなのか。
というかそもそも毎月貰っているお給料から、
家賃などその他諸々固定的にかかるお金を引くと、
ほとんど残らない。ちゃんと管理しないとな。

最近ずっと思っていることがある。
自分は「会社で働いている」ということ。その意識。

下っ端で役立たずだけれど、一丁前に給料は貰っている。
その給料はどこから来るのか。お客さんからだ。
会社の体系にも依るが、基本的にはお客さんに提供するサービスの対価として
お客さんからもらうお金から、従業員のお給料は支払われる。
こんな私のような役立たずの下っ端にも、契約のもとに、給料が支払われる。

そういう事実や構造は、意識していたい。忘れたくない。
「貰えるのが当たり前だろ」とは思いたくない。
「組織に守られている」という意識がすっぽり頭から抜けて、
そういうことを平然と思っているような人間にはなりたくない。
ずっと同じ会社で働いていて、何事も無く昇給したり昇進したりする中で、
なんだか、そういう意識を忘れていってしまいそうで怖かった。

本当は、自分は独立したいのかもしれない。
でもそんな勇気も人脈もアイデアもキャリアもスキルもバイタリティも無い。

結局は、宮仕えの人間の戯言なんだと思う。
だけれど、こういう社会で生きていく以上、お金は必要不可欠だし、
そのお金のフローというか、どういった流れで
お金が入ってくるのか出て行くのか、ってことをちゃんと知って、
それを回していくことが大事なことなんだと思う。
会社勤めだろうと独立開業していようと、お金は事業をする上で必要だし、
個人としても、生活をする上でお金が必要だ。

でも、使うばかりじゃなく、少しは貯めておきたい。
万が一に備えて。いや、百が一くらいかもしれない。

ケチケチするつもりはないけど、まぁ少しは蓄えようという話。

運用するのは、その先の話。ちょっと貯まったら考えたい。
あと、経済と金融の本を読んで、少し勉強しよう。以上。

***

今週も、恋人には感謝。

***

2010/12/05 22:51


...

支えと依存のこと。 - 2010年12月02日(木)

今日は会社を休んだ。
別に体調が悪いわけじゃないけど、ちょっとゆっくりしたかった。


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さて。ずる休みして考えていたこと。

今まであまり書きたくなかったことだけど、
こういう機会に触れてみようと思う。

恋人とのこと。

何から話せば良いか分からない。自分の恋愛観というんだろうか。
そういうところから書いたほうが良いのか。

思うに、私は「依存症」なんだと思う。こと恋愛に関して。
そんなことを書くと本当に私は、頭の中がお花畑のようなイメージだろう。

でも、強ちそれは間違っちゃいないのかもしれない、と思う。

毎日の仕事とか、啓発のための勉強とか、もっと言うと将来とか、
そういうことを考えるにあたって、または実行していくにあたって、
「恋人の存在」は、自分にとってかなり比重が大きい。
はっきり言ってしまうと、実は、それ中心で生活が回っている。

「恋人が居るから、そのために、がんばりたい」
聞こえが良い言い方をすればそうだ。でも実際は、
「恋人が居るから、それを拠り所にして、がんばれる」だ。

そういった意味で、私は恋人を、あらゆる面での「支え」と認識している。

ただ、それは時に度を過ぎた場合もあるのかなと思う。

そもそも、こんなことを言うと、
私のことを本当に気持ち悪いと思うかもしれないが、
正直言って、恋人と四六時中一緒に居たい、と思っている。
なんでそう思うのか分からない。原因を分析するつもりも特にない。
でも、無性に寂しいのかもしれない、と自分で思っている。

原因を分析するつもりは無いと書いたが、やはり触れておきたい。
人の昔話ほど、他人が聞いていてつまらないものは無いと思うが、
ここは日記という場なので、今回はちょっと書かせてもらう。


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端的に言ってしまうと、家族愛というのが、薄いと自分で思う。昔から。
ただそれは自分の育った家庭での愛情という意味で、
そしてなおかつ、それが「無い」というわけではない。ただ薄い。
だから家族自体のことが「嫌い」というわけじゃない。
家族のことを思い出して、ふとセンチメンタルになったりもする。
でも、きっとそれが他のごく普通の人より、自分は「薄い」気がする。

中学生くらいから私は反抗期を迎えて、
まぁそれは特にどこの家庭でもある普通のことかもしれないけど、
ただ、その辺りから親父が大病を患った。肺がんだ。
しばらくは治療の日々が続き、結構大きな手術も行って、
親父の闘病生活の色が、家庭の中で強くなっていたのを感じた。

私は高校生になり、なんとなく家族との折り合いが悪くなり、
衝突することも多かった。きっとそれは反抗期のせいもあったんだろうけど、
何より高校生活があまりに苦痛で退屈で、自分で自分のそんな感情を
対処する場が見つけられなかったからだと思う。本当に幼稚だけど。

で、学校はつまらないし友人関係も上手く築けないで、
それから帰宅しても何かと家族に当たってしまって、
でも父親が病気ということもあって、そういうのにも抵抗はもちろんあった。
そして父親の病気の様子もよく分からないまま、
「治ったかもしれない」「でも再発の可能性もある」なんてことを聞いて、
自分としては、どういう態度で親父に接して良いかも分からなかった。

私が高校の二年か三年かくらいのとき、親父は治療に専念するためか、
高校から私が帰ってきても、親父が家に居ることが多くなってきていた。
そのときくらいから、いよいよ親父に対する態度は、曖昧なものになった。

本当に最低な息子だったと思うが、そのときはどうしようもなかった。

最初で最後の、父親との大喧嘩をしたのもこのときだった。


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病気になる前は仕事人間で、
毎日遅くまで働いて家に帰ってきていた父のことを、実は憧れていた。
「残業してきて貰ってきたんだ」
深夜帰宅した父が、そう言って、自分にくれたパンがとても好きだった。
もちろんそのパンは美味しいから好きだったけれど、
それ以上に、笑顔で仕事のことを喋る父が、好きだった。

それだけに、ずっと家に居る父親のことが気に食わなくて、
もちろんそれだけが理由じゃないけれど、つい当たってしまった。
今まで、小さい頃に親父に叱られて叩かれたことはあったけれど、
お互いが胸倉を掴んで取っ組み合いをしたのは初めてだった。

そのときに親父から「お前の、育て方を間違えた」という言葉を吐かれ、
私は、ショックで夜中に一人で毎日泣いていたこともあった。
家族との溝は、どんどん深まっていくのを感じて、
しかもそれでもいいと思っている自分が居た。

今にしてみれば、親父も本当に辛かったのだと思うが、
当時の私には、とても思いも及ばないほど未熟だった。

そんなわけで、そういうことを言い訳にして
勉強なんか手に付かず、大学受験はもちろん失敗。
それを機に家を出ることを決意して、一人暮らしを許してもらった。
初めての一人暮らしは、それはそれは快適だった。


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その後、無事に大学に合格し入学。
大学は地元から遠く離れた場所を選んだ。もちろん一人暮らしだ。

ただ、一人暮らしをし始めて気付いたことは、人との交流の温かさ、だった。
ありきたりな言葉になってしまうけど、そういうのに気付いた。

実家に居たときには、家族のことが鬱陶しくて、毎日毎日顔を合わせて、
しかもそれで自分の時間を自由に持てないことにとても不満を感じていた。

だけれど、いざ一人暮らしをして、一人になって自由な時間を得て、
好きなときに好きなことをすることの出来る環境を手に入れた。
最初の頃はそれが嬉しくて楽しくて、本当に充実している日々だった。
こんなことを言うと軽蔑されるかもしれないが、
「友達なんて要らない」なんて考えていたときがあった。

だけど、大学進学して、周りは誰も地元の友達なんて居ない環境の中、
自分の心のベクトルが今までとは変わっていくのを感じた。
積極的に人と交流し、友達を作ろうとしている自分が居た。
無理にそうしていた時期もあったかもしれない。
「周りの楽しそうに学生生活を送る人たちに取り残されちゃいけない」と。
でも、そうやって色んな友達が出来るのが楽しいとも自分で思っていた。

その一方で、やはり実家の家族とはあまり良い関係ではなかった。
遠方に住んでいながらも、しばしば帰省して家族とは会っていた。
けれど会っても、会話をすれば口論になってしまうことも多く、
正直いつも「あまり帰省したくないなぁ」という気持ちが強かった。

大学も三年になり、就職活動の時期を迎えた。

私は当初、大学進学時は、就職活動はしないつもりでいた。
大学院に進み、専門職に就くことを夢見ていたからだ。
家族も、私のそんな意向を知っていた。

ただ、思うところがあり、
その道に進むのをやめ、私は就職の道を選ぶことにした。

家族、とりわけ父親にしてみれば、そんな私の選択は不満だったと思う。
「社会はそんなに甘くない。せっかくなら公務員にしろ」
公務員に憧れながらも、ずっと民間企業で働きぬいてきた父にとって、
私の「民間企業で働きたい」という意思は、甘く見えたはずだ。
それでも私は父の意見など聞かず、自分の意志を貫こうと決めて行動した。


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就職活動が本格化するその時期、大学三年の終わり頃、
ちょうどリーマンショックの影響が強く出始め、
大多数の企業の、去年までの採用路線が大幅に方向転換されていった。

もちろん、優秀な学生は引く手あまたで
そういった影響も特に感じなかっただろうが、
私のような平凡学生にとっては、就職活動はなかなか決まらず、
志望業界の見直しなどもやむを得ない場合もあった。

そんなとき、就職活動を通じて幾つか面接を経験し、
自分の進むべき方向性も大体見えようとしていたところ。



親父が、死んでしまった。



やはり肺がんだった。
私が大学四年に進学する直前のことだった。

前から容態が良くないことは聞いていた。
亡くなる数日前、母から
「父が検査入院することになったけど、心配しなくて良い」
というメールを貰った。
私は、愚かにもそのメールを信じて心配などしなかった。

後々聞けば、それは私を心配させないためにそう言っただけで、
本当はかなり病状は悪いらしかった。
それでも、入院する前の父は意識もはっきりしていたので、
入院後たった一日で意識もなくなり病状が一気に悪化したことは、
母や弟、他の親類にとっても、寝耳に水だった。

病室のベッドで安らかに眠った、酷く痩せ細った親父の身体からは、
昔のような恰幅の良いイメージは無かった。

それまではたびたび帰省していた自分も、就職活動で忙しくなったことで、
あまり実家に顔を出せないでいたことを悔やんだ。

父の死は、本当に自分の中で大きな出来事で、
もちろんそれは今でも変わらないが、
それでも前に進んでいかなきゃいけない、と思った。


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大学四年に進学し、一社から無事に採用内定を頂いた。

そこで私の就職活動は実質的に終え、
それからはアルバイトに明け暮れ、時間のあるときに帰省もするようにした。

けれど、父が亡くなったことで、
実家の関係も以前とは違ったものになりつつあった。

母と祖父母の関係が、良いものではなくなっていた。

「嫁姑問題」なんて巷で聞くように、
前々から実家でも、母と祖母の関係はそれほど良いものではなかった。

が、それを最後まで取り持っていたのが父の存在だった。
父は特に仲介をするでもなく、母の不満を受け止める緩衝材だった。

そんな父が居なくなり、いよいよ母の不満も
抑えきれないところまで高まっていった。
それに加え、長男を若くして失った祖母にとっては、
毎日毎日息子のことを思い、すすり泣く姿が、
母親にとっては耐え難いものであったようだった。

母にとっては伴侶を失い、祖母にとっては息子を失った。
それはどちらも深い悲しみではあったが、
それぞれがその感情に対処する方法は、まったく違った。

だからこそ、前向きに生きていこうと決めた母にとって、
いつまでも不幸を引きずる祖母とは、やっていけなかったのだと思う。
結局、母は私の弟を連れて実家を出て、アパートで暮らすことにした。
ただ、しばしば実家の祖父母にも顔を出すようにし、
関係がそこまで最悪な状態というわけでもない。

しかし、私にとっては、もちろん母と弟のアパートにも、
そしてもうすでに実家でも、自分の居場所は無かった。

帰省をするにも、最寄り駅からの足は無く、
母か弟のクルマで迎えに来てもらうしかない。

実家には帰りたいが、帰ってもそこにはもう何も無い。
物はあっても、心は無くなっている。母のアパートにも、私のものは無い。

寂しかった。今でもとても寂しい。


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「恋人の存在」は、そんな自分の心を埋めてくれる気がした。
本当に「支え」になってくれていて、感謝している。それは今もそうだ。

就職して社会人になり、毎日忙しい時間を送ることになった。
暇なときには恋人にいつでも会えるような学生時代とは違う。

それでも、「自分と一緒に居たいと思ってくれる人が居る」そう思うと、
辛いことがあっても、毎日なんとか頑張れそうな気がした。

そして、実際に会っているときは、
自分の全てのエネルギーを注ぎたいと思うし、少なからずそうしている。
大抵のことは目を瞑れるし、はっきり言って、
恋人と一緒に居て「苦痛だ」と思うことも、実はあまり無い。

だけれど逆に、「一緒に居ないとき」には、不安でしょうがなくなる。

「一緒に居ること」を当たり前に思っているつもりはない。
精一杯、一緒に居られる時間を大切にしたいと思うし、
一緒に居られるなら、いつまでだって一緒に居たいと思う。

でも、ふと自分から離れた場所に、彼女が居ること・行くことを思うと、
たまらなく不安になって寂しくなってしょうがなくなる。
物理的な距離じゃない。精神的な距離。
だけど、感じたその精神的な距離がたとえ被害妄想や杞憂であったとしても、
自分ではそれに気付かない。気付いていても、不安でしょうがない。

依存症だと思う。

どうしていくのがベストか?

「もっと大人になって、落ち着いた関係を目指そう」
そうかもしれない。でも、自分にそれは出来る気がしない。

「これでもいい。相手中心の生活で良い」そう思っている自分が居る。

ただ、裏切られたくない。

傲慢かな。でも、しょうがない。
こんな自分は嫌いだ。でも、それもしょうがない。

恋人から、家族に変わる日は来るのかな。
本当に分からない。一緒に居られるなら、一緒に住みたいけれど。
でも、一緒に居たい気持ちは、忘れたくないし、
もしそのとき相手もそういう気持ちを抱いているなら、忘れてほしくない。

家族愛って、なんだろう。

理想の家族って、なんだ。

こんな自分に、家族なんて持てるのだろうか。分からない。

きっと答えなんて出ないんだろうな。
答えは出ないけど、きっと現実は進んでいくと思う。

今日はよく寝て、気分を切り替えて明日一日またがんばろう。

幸せでありますように。

***

2010/12/2 18:18


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