VITA HOMOSEXUALIS
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2015年11月06日(金) ものぐるい

 私はだんだん自分が病んでいくと思った。

 オシッコを漏らす癖がやめられなくなったからだ。

 私はどうしても他人のいるところでそれがやってみたくなった。

 私は銭湯で体を洗いながらそっとオシッコを流した。

 もっとやってみたくなった。

 街角を歩きながら漏らしてみようと思った。最初はアパートのごく近所の商店街を歩いた。これから人知れずオシッコを漏らすと思うと頬が熱くなった。しかし、歩きながらではそれは無理だった。私は電信柱のところで立ち止まり、どこかの場所を探すようなフリをしながらいきんでみた。ほんの少しオシッコが出た。しかし、冬の厚いズボンでは、それは外側から見てわかるほどの染みにはならなかった。

 次に私は電車に乗った。尿意を抑えて電車に乗り、扉の近くに立ってじっと漏らした。だんだん下着が熱くなってくるのがわかった。もうどうにでもなれという気分になって、私は漏らし続けた。ついにズボンの前に小さな染みが浮き出るほどになった。

 私は電車を降りた。下着はだんだん冷たくなって行った。アパートに帰ってすべてのものを脱いだら、下着はぐっしょり濡れるほどになっていた。

 こういうときは決まって異様な興奮を感じ、ペニスにそっと触れただけで我慢汁が溢れだし、数回しごいただけで勢いの良い射精に至るのだった。

 私はあるときジャージをはいて商店街に出て、それは寒い晩のことだったが、ほの暗い街角にたたずんで、ジャージがぐっしょり濡れるほどオシッコを漏らした。オシッコはなぜか片側の脚だけを濡らした。靴下も濡れ、靴の中も濡れた。歩くたびにぐしゅ、ぐしゅ、という音が立った。私はひそかに誰かに出会うことを期待していた。だが、誰にも出会わなかった。

 アパートの自分の部屋では、毎晩のように下着を濡らし、毛布を濡らし、布団を濡らしてオナニーした。自分でも情けないと思った。なんでこうなってしまったのか、わけがわからなかった。それでも、ひとたび漏らす快感を覚えると、普通のオナニーはドライで、いかにも面白くないのであった。


2015年11月04日(水) 放尿僻

 木枯らしの吹く冬となった。

 私の部屋には古道具屋で買った炬燵があるばかりで、暖房はなく、畳の床は冷えた。私は布団にもぐり込んでオナニーした。だが、じきに普通のオナニーでは飽き足らなくなった。

 私は「オシッコをしてみよう」と思った。じっさい、排尿は排尿で射精とは違った快感がある。

 私はシーツの下にビニールシートを敷いた。これは黒いゴミ袋を割いたものだった。シーツの上にバスタオルを敷いた。手にはハンドタオルを持ち、灯を消して全裸で布団に横になった。

 これから起こることを想像すると勃起してくる。しかし、勃起しては排尿はできないのだった。私は心を静めて尿意をペニスの先に集中する。しかし、寝た姿勢での放尿は容易ではない。私は懐中電灯を持ち込み、自分の腰やペニスを照らした。尿意があるのに何かが邪魔をする。私はしばらく苦しんだ後、思い切っていきんだ。腰の下で何かが動き、ペニスの先に水滴が光るのが見えた。私はもっといきんだ。水滴は少し勢いを増し、ペニスの脇をしたたり落ちて腰を濡らした。

 しばらくいきむとラクにオシッコが出るようになった。ハンドタオルはぐっしょりと濡れた。私はそれを鼻先に当てて匂いを嗅いだ。甘いような、切ない刺激臭が鼻を打った。私はさらに放尿を続けた。腰の脇はぬるぬると濡れて、腰の下に敷いたバスタオルも暖かく濡れ始めた。私は乱暴な気分になった。

 毛布や掛け布団は汚すまいと思っていたが、少しなら汚しても構わないと思った。海中伝統で用心深く水滴の出具合を見ながら、私は毛布をほんのちょっと濡らした。私の判断力はだんだん失われてきた。

 私の腰はもうじっとり濡れているのだった。私は突然バスタオルやハンドタオルをはねのけ、濡れた下半身をむちゃくちゃにシーツや毛布になすりつけた。私はまたいきんで更にオシッコをほとばしらせ、寝具を濡らした。これ以上放尿を続ければ本当に何もかもびしょびしょになるというところで私は我慢した。

 それから濡れそぼったペニスをしごいた。それはすぐに大きくなり、我慢汁でぬるぬるとすべった。私はぐっしょりと濡れたタオルを鼻に当てたり、舌でなめたりした。またそれを全裸の体になすりつけた。オシッコと我慢汁の混ざった液体は白く細かな泡を立て、私が手を動かすたびにピチャ、ピチャと淫乱な音を出した。私は涙を流していた。

 そして腰が爆発するような射精をした。

 オシッコを漏らしたいという私の欲求はだんだん強くなって行った。


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