VITA HOMOSEXUALIS
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木枯らしが吹くようになった。
私はまたいつものように新宿にいた。誰かお金をくれるおじさんはいないかなと探していた。
よく行くスナックのカウンタに座っていると、若く端正な顔立ちの青年がやってきて、「ちょっと」と私を誘った。
「これは上客だ」と思いながら私はついて行った。
誘われたところは新宿御苑に近い神社の暗い境内だった。そこに三人ほどの若い男がしゃがんでいた。みな整った顔立ちの青年だった。服装も普段着で、どこにも変わったところのない人々だった。しかし、彼らの目つきは鋭かった。私は何となく浮いた気分が沈んでいくのを感じた。
小柄な男がしゃがんだまま私を見上げた。
「彼氏(その頃、誰だかわからない人を呼ぶのによくこういうふうに言っていた)、ちょっと目立つんじゃない?」
彼は私をじっと見たままそう言った。
「オレたちは仕事があってさぁ、 彼氏みたいなのがウロウロしてると困るのよね」
彼らはすっと立った。その途端、私の腹に蹴りが入った。
私はうずくまった。散々に蹴られた。
「顔はやめといてあげてね」
最初の男が嘲笑するように言った。
私はうずくまったまま丸くなった。それでも蹴りは止まなかった。「イキがってんじゃねえ」、「カッペが」というような声が聞こえた。それは決して大きな声ではなかった。ささやき声のようだった。
私は動けなくなった。
「これからはちゃんと挨拶においでなさいね」
最初の男が笑いながら言った。男達は去った。
土は冷たかった。私は腹、腰、臀部などを蹴られていた。男達が去ってから、鈍い痛みがやってきた。関節を動かすことができなかった。私はしばらくそこに丸くなって横たわっていた。「顔はやめといて」と言っていたが、顔にも何発かパンチをくらっており、口の中が少し切れたようだった。
私は起き上がった。ずきずきする痛みをひきずって電車に乗った。電車に乗ると恐ろしさが襲ってきた。彼らは「ウリ専」と呼ばれる商売人だったに違いない。私は彼らのなわばりを荒らしたのだ。だから処罰されたのだ。何よりも恐ろしかったのは、彼らの端正な顔立ちと乱暴な行為のギャップだった。「新宿にはもう二度と行くまい」と私は思った。
自分が悪いことをしたわけではない。しかし、確かにこの町には、知らない者にはわからない獣の法則のようなものが渦巻いている。
「都会にゃあ用心せえよ」私はこんな父の言葉を思い出した。
アパートの部屋に帰ると気が緩んだ。私は傷を調べてみた。ずきずきする全身の痛みに対して、傷らしい傷はほとんどなかった。「あいつらはプロなのだ」と私は思った。布団をかぶって横になった。
「遠くまで来すぎてしまった」私はそう思った。そう思ったら涙が出てきた。私は痛みをこらえながら息を殺して泣いた。
オナニーを見せただけで2万円もらった私は浮ついた。その頃の私にとって2万円と言えばほとんど一月分の生活費だった。
「もう一度同じことがあるかも知れない」
そう思って私は新宿の町をうろついた。それは浅ましい姿だった。
ホモバーに入り、目をつけたおじさんの隣に座り、初めは無関心を装い、何気なく言葉を交わし、先に出ておく。おじさんが出てくるまで待つ。もちろん、たっぷり気を引かせるようなことを言ってバーを出るのである。わりとすぐに出てくるおじさんには脈がある。
最初からカネの話などはしない。
ことが終わってから、「オレいまちょっと金欠なんで、帰りの電車代とかちょっとカンパしていただけたら」というようなことを照れ臭そうに言う。
田舎から出てきて一年も経たないうちに私はこんなふうになってしまった。
ところが、驚いたことに、たいていのおじさんが金をくれたのである。さすがに2万円というのはなかったが、5000円とか10000円とか、きりのいい金額をくれた。もちろん、私が金のことを切り出した途端に露骨にイヤな顔をし、「何だおまえ、そういうのだったのか」と屑のように言われることもあった。そういうときには無理をしないのがコツだ。「あ、すんません、いいっす、気にしないでください、何とかなりますから」と言ってそそくさと帰る。しかし内心では「ケチ」と思っているのである。
当時いちばん多かったのは、私のお尻に相手がペニスを突っ込む、私はいわゆる「受け」、相手は「立ち」というスタイルだった。
初めてこれをやられたときには死ぬかと思った。それほど痛かった。
私には「受け」に対するセンスがなかったのだ。ゲイの中には挿入されるのが好きな人が多いことは知っている。バックで受けると感じる人がいる。しかし、私はそうではなかった。
いくらローションを塗ってくれても、指で「開発」されるとしても、いざ実際に怒張したペニスが入ってくるときの焼けつくような痛み。その後に感じる重苦しい便意。いつも自分が漏らすのではないかとおののく不快感。実際に太腿を熱い液体が伝って落ちたときには「もうダメだ」と思った。しかしそれは相手が塗りたくったローションと相手の精液と私の腸内の何かが混じった液で、便ではなかった。
私はバックに入れられるとしばしば涙を流した。相手はそれを見て私が感激していると思うようであった。
じっさい、不思議なことに、バックに入れられると私は勃起していなくてもガマン汁は出た。これはきっとクーパー腺が機械的に圧迫されたからなのだろう。ときには沢山あふれるほど出た。相手はそれを見ると私が「感じている」と思うようであった。
尻の痛みは翌朝まで残り、そんなとき私は一万円もらっても割に合わないと思うのであった。
しかし、再びそのカネが欲しくてバーに出かけるのであった。
あるとき、おじさんに誘われた。
秋だったと思う。いつものようにバーで軽く飲んでから外に出ると、おじさんが電信柱のところにいた。私を待っていたのだった。だが、私はそのことに気付かなかった。おじさんも気付かないフリをした。
「おや? 今出てきたの?」 「あれ、そちらにいらしたんですか?」
そんな感じだった。
「ちょっとゆっくりしようか?」
おじさんはそう言った。私はヒマなのでついていった。おじさんはホテルに入った。私は何をされるのだろうと少し驚いた。おじさんはきちんと背広にネクタイの姿をしていた。部屋に入るとそれらを脱いだ。
「何か飲む?」 「いえ、いいです」
そういう会話があった。それからおじさんは私をじっと見た。そして言った。
「オナニーを見せてくれないかな?」
「えっ?」私は驚いた。何かされるのだとは思っていたが、こういう展開になるとは思っていなかった。同時に拍子抜けした。「なんだ、こんなに簡単なことか」と思ったのだ。
私はおじさんに向かいあって座った。彼はベッドの上に座っていた。私は椅子の上に座った。
私はズボンをおろした。股間をなでた。しばらくするとそれはもっこり大きくなった。
私は下着を取った。ペニスがびゅんと飛び出した。私はシャツをたくしあげた。
いつおならそそくさと亀頭をこすって終わらせてしまうところ、私はしつこくペニスをいじった。それはおじさんへのサービスのつもりだった。
私は硬くなったペニスをゆっくりしごいた。普段はそんなことをしないのに、少し喘ぎ声をあげた。
私はたくしあげたシャツの隙間から見える腹や胸もいじりながらペニスをこすった。
やがて射精した。
いつもはティッシュの中に入れてしまうが、その日は盛大に手の中に出し、指の間から精液が漏れた。
おじさんはいつの間にかベッドで一人でやっていた。
「ありがとうな」
別れしな、おじさんは小さな紙包みを渡してくれた。
二万円入っていた。
「祭」に行くと、たいてい中年のおじさんがいた。
いろいろな人がいた。説教くさく、若い私に人生の教訓みたいなのを説く人もいた。
自分に男の相手がいないことを嘆く人もいた。
私が感じたのは、多くの人は生活に疲れ、同性愛者であることに疲れ、自分の現実にぐじぐじと不満を持っている人たちだということだった。
私が同性愛の世界に感じていた期待、何か胸のときめくような期待、アーティストや、体制に反抗する文化人の多いような、そういう期待は裏切られてしまった。私は数回そこに行っただけで既に幻滅した。
そこで私は新宿二丁目の「九州男」という店に河岸を変えた。こちらの方が大きくて、何か開けた雰囲気があった。
ここでも私の目の前にすっと水割りが出てきて「あちらから」と言われることがあった。
「どうも」という感じてあちらの方に挨拶する。するとあちらの方もグラスを少し掲げてこちらに挨拶する。
「これからどうかね?」と目が語る。「すみません、あなたは好みじゃありません」「そうか、じゃあまた機会が会ったら」
これだけのことを目線とわずかな手先の動きだけで表現する。
私はこうやってしばしおじさんとの言葉のない会話を楽しんだ。
私の目の前には健康な二十歳の体があった。
私はその股間の叢に唇をつけた。
どこか懐かしい汗のようなむせ返る匂いが鼻腔を打った。
その茎は大きく膨れ上がり、硬く反り返っていた。
私はそれを口に含んだ。
青年は切なそうなうめき声をあげた。私はそっとその顔を見た。鼻翼が開き、整った顔がゆがもうとしていた。
私は彼の茎を含んだ口を動かした。舌を使って彼の茎を刺激した。舌先に鹹味が感じられた。彼の息遣いが荒くなった。彼のペニスは粘液を漏らし始めたのだった。
私は考えた。
いま、壮年となり、やがて迎える老境も見えているこの私はこうして青年を弄ぶ。
これは私が昔やられていたことなのだ。
あの頃私は何を考えたろう。
思い出せなかった。
それが嫌だったという記憶もなく、良かったという記憶もなかった。生々しい行為の記憶はいまだに頭に刻み込まれているが、そのとき私がどんな人間で、何を考えていたかは、忘れているのだった。
ともかくそれは遠い過去のことだった。
都会生活も半年過ぎたころ、私は少し退屈になり、大胆にもなった。
映画館の中で見知らぬ男を射精させたり射精させられたりするのには飽きた。
そんなとき、私は渋谷の大盛堂で「薔薇族」という雑誌を見た。
学生服の男たちの写真が載っているその雑誌を私はファッション雑誌かと思った。
だが、立ち読みしているうちにそれは違い、同性愛者のための雑誌なのだとわかった。私の目は誌面に吸い寄せられたが、レジに持っていく勇気はなかった。はやく閉じようと思って斜め読みした。最後のページに「祭」というスナックの広告が出ていた。そこには同性愛の人々が集まるのだろうと思った。私は場所だけしっかり記憶して「薔薇族」を閉じた。
ある秋の夜、私は厚生年金会館の隣のビルの二階にある「祭」の前に立った。たしか紫色の地味な看板が出ていた。私は思いきってその重いドアを開けた。
どこにも異様な雰囲気はなかった。普通のスナックだった。私はカウンターに座って水割りを注文した。高校のとき、隣町のスナックにたびたび通って以来、都会に来てからこういうところに足を運ぶのは初めてだった。
カウンターの向こう側にはカッコいいお兄さんがいて、熱いおしぼりを出してくれた。ふっと良い匂いがした。私は黙って飲み始めた。客は少しだけ。みな普通に飲んでいた。
ノートが何冊か置いてあった。私はそれを読んだ。ここに来た人たちが思いを書いたノートだった。たいていは、好きな人がいるが、相手が同性愛ではないので告白できない、この苦しい胸の内、みたいなことが書いてあった。私は「ケッ」と思った。こんな湿った感情はすさんだ私には訴えないのだ。
しばらく飲んでいると目の前にすっと水割りのグラスが置かれた。「これはあちらから」とお兄さんが言った。その方を見ると中年のやせたおじさんがこちらを見ていた。私は「どうも」と軽くグラスを上げてそれに口をつけた。おじさんはにっこり笑って私の方にやってきた。
映画館の暗がりでこすられたりトイレに連れ込まれたりするのを本当の性体験ではないとすると、私が初めて本格的に男性と関係を持ったのはその年の秋のことで、きっかけはやはり映画館だった。
男が私の手を引いて映画館を出たのだ。30代のなかばぐらいに見える男だった。綺麗な目鼻立ちをしていた。私は黙って男の後を歩いた。新宿から電車に乗り、荻窪で降りた。荻窪駅からしばらく歩いた。静かな町に出て、男は小さなアパートに入って行った。私も入った。
部屋は一つしかなく、小さな台所があり、冷蔵庫があった。小さな部屋には似あわない大きなベッドがあった。鳥かごがあって、インコが飼われていた。
「インコ飼ってるんですか?」 「そうだよ、かわいいよ」
男は自分を東北の横手の出身だと言った。冷蔵庫から缶ビールを出して飲んだ。私も飲んだ。
しばらくすると男が無言で私を後ろから抱きすくめた。
私は着ているものを脱いで全裸になった。男も全裸になった。叢に太いペニスがそそり立っていた。私たちはベッドに寝た。掛け布団のようなものはなかった。男はキスを許さなかった。
太ももを交差させて力を入れて締める。そこにペニスを差し込むように教えた。私は教えられた通りに男の股に自分を突っ込んで、往復に動かした。私はすぐにヌルヌルになってきた。そしてあっという間に射精してしまった。
私が急に小さくなったので男は怪訝な顔をした。
「いっちゃったの?」
私がうなずくと、「若いからだね。でも、いくときは言ってくれなくちゃあ」と言って、自分の股にまとわりついた私の精液をティッシュでぬぐった。「俺もいこう」と言い、私に股を組むように言った。男の勃起したペニスが私の股に差し込まれ、それはやがてヌラヌラと濡れ、精を吐き出した。
私たちは荒い息を静めるために少し並んで横たわった。
男は私を手でしごいた。私は再び大きくなった。男はもう一度股を組み、私はその中に射精した。
私も男のペニスをしごいた。それはまた大きくなった。私は手でしごきながら、それに口をつけてみた。
「気持ちいい」と男はうめいた。「両方やって」「両方?」「舐めながらしごいて」
私は言われた通りにした。私はサービスのつもりで男の袋を玩んだり、袋から臀部に至る線を撫でたりした。そのたびに男は小さなうめき声をあげた。
やがて男は私の口の中に射精した。
私は本当に生まれて初めて精液の味を知った。それは少し苦く、少し酸っぱいような、甘いような、不思議な味であった。私は口の中の液をティッシュの中にそっと吐き出した。
私たちはまた並んで寝た。
「こんなこといつ覚えた?」
「今です」
「うまいことを言う」男は少し笑った。
それから私たちは服を着た。「送って行こうか?」「大丈夫です。一人で駅まで歩けます」私はそう言って男の部屋を出た。
私は疲れていた。賑やかな町に出るとよろめいた。短い間に二回も射精したことはなかったし、手や口を懸命に動かして相手を射精させたこともなかった。精液の味がいつまでも口の中に残っていた。
私はその後も映画館に行った。
たいてい誰か見知らぬ人に握られて射精する。何度か通ううちにそれにも慣れてしまった。
秋になったある日、私はまた暗がりの中で男が寄って来るのを待っていた。
そのとき私の手をくいくいと引く者があった。黒ずくめの服装をした若い男だった。
私は男の手に引かれるまま、暗がりから出た。
男は私を二階に誘った。二階にはトイレがあった。男は少しあたりを見回し、誰もいないのを見定めると私を女子トイレに誘った。
女子トイレの和式便器をまたいで男と向かい会ったとき、私は初めて映画館で出会う人の顔を見た。眉のほとんどない、目の細い、薄い唇が横に長い、細面の顔がそこにあって、こころもち微笑んでいた。不思議なのは、まだ秋口とは言っても暑いのに、男は黒くて長いコートのようなものを来ていたことだった。
男はコートの前をはだけた。驚いたことに、その下に彼は何も着ていなかった。ブリーフひとつだった。
男は無言で私の肩に手をかけた。それから私を抱き寄せた。そうして私の首筋に唇をつけた。
その唇は私のうなじから耳の根元を這った。男の掌が私の頬をはさんだ。男は私の唇に自分の唇を押し当てた。
男同士のキス。それは初めての経験だった。いや、そもそもキスそのものが初めての経験だった。男は舌で私の唇を舐め、そして私の口の中に舌を入れてきた。舌と舌がねっとりと絡んだ。
私は勃起していた。男の手は私の下に延び、私のズボンのジッパーをおろすと、器用に私のものを引っ張り出した。私はまだ薄着だった。男の手は私のズボンそのものをおろし、私のトランクスをおろした。私は下半身が裸になってしまった。男はさらに私のシャツの中に手を入れ、私の乳首をまさぐった。声を立ててはいけないと思ったが、「う」とうめく声が出てしまった。男は私を抱き寄せた。私は男に身を預けてしまった。
男も自分のペニスを出した。そしてそれを私のペニスに押し当てた。
男は私の耳にふうっと熱い息を吹きかけた。男の唇は私の顔を玩び、男の手は私の体を玩んだ。
私も男の体を撫でてみようとした。しかしそれはいかにも不器用だった。
次第に私には快感が押し寄せてきた。私は「イク」とささやき。男から体を少し離し、便器の中を目がけて射精した。
「ポトッ」と音が出るほどの大量の射精だった。
それから私は、自分がこうしてもらったからには、相手にも射精させてあげないといけないと思った。しかし、男のペニスはぐんにゃりしたままだった。私があえてそれをしごこうとすると、男は「いいよ、出ないもん」と笑った。
男はペニスをしまうと黒いマントのような服のボタンをはめ、「じゃあね」と言ってトイレから立ち去った。私は自分の濡れたペニスをトイレットペーパーで拭き、誰かいないかそっとドアをあけてまわりを見た。誰もいなかったのでトイレから出た。
「あれは何だったのだろう」、「あの風のような人は」と私は思いながら階段を下り、映画館の外に出た。町は少し暮れてきていた。
私はまわりを見てみた。
映画館の後方にぎっしりと立っている男たちの中には、体をぴったりくっつけている人たちが何組かいた。ガンガンと映画の声が響く館内で、彼らは画面を見ているわけでもなく、音を聞いているわけでもなく、性の快感に浸っているに違いなかった。
私もまた暗がりの中で自分のペニスを出し、私の前に立った大きな男にそれを握られていた。私の腰にはじわじわと快感の疼きが押し寄せていた。もっと早く手を動かして欲しかったが、男はそれを知ってか知らずか、ゆっくりと私のペニスをしごいては時折止めた。
そのとき、何か硬いものが後ろから太ももに触れた。
私は前を見たまま左手をそちらに延ばしてみた。
驚いたことに、私の手には硬くなった生のペニスが触れた。誰か別の人が私の後ろから私にペニスをこすりつけているのだった。どんな人なのか、私は気になった。
こんなときはお互いの顔を見ないのが礼儀のように私は感じたが、横を向くふりをしてそっと後ろの人を見た。短髪の若い職人風の男がじっと目を閉じて、なかば口を開き加減にしていた。彼は少し腰をかがめるようにして、自分のペニスを私にこすりつけているのだった。
私はそれを握った。そしてその手を動かした。後ろの男はかすかな息をもらした。
私が手の動きを止めると、男の先端から粘液があふれた。私はそれを彼の亀頭に塗りつけた。しばらくするとそれは乾く。そこでまた手を動かす。また止めるとまた粘液があふれる。
それは、私が前の男にされていることであった。彼が手を止めるたびに、私の先端からは切ない粘液が垂れた。快感の疼きは徐々に強くなり、ついに私はこらえきれなくなった。右手で前の男の手にとんとんと合図をした。その瞬間、私は前の男の手の中にあふれるほどの精を放った。
前の男は私にポケットティッシュを握らせてくれ、そっと右の方へ移っていった。
私は後ろの男のペニスがぐいぐい硬くなるのを感じた。先端からあふれる粘液は止まらなくなった。
後ろの男は私にハンカチを握らせた。そのハンカチの中に彼は射精した。
私は呆然と立っていた。そのうちに、後ろの男もいなくなった。私も外に出た。
丸めたティッシュとハンカチは映画館のゴミ箱の中に捨てた。
私は後ろの男がハンカチを握らせた左手をそっと嗅いでみた。
かすかな精の香りに混じって芳香が漂った。男はハンカチに香水をしみ込ませていたのだった。それはひょっとしたら彼が自分の股にふりかけていたのかも知れなかった。「こういうのもマナーかな」と私は思った。
外に出ると私はよろめいた。外は明るく、暑く、町が溶けて私の上に崩れてくるようだった。
あてもなく新宿西口を歩き、高層ビルの前の公園のようになっているところで私は腰をおろした。トランクスが濡れて気持ちが悪かった。「この世にこういう世界があるのだ」私はそう思うと少し涙を流した。
夏が近づくころ、学校の片隅で生徒たちが「ホモのたまり場」の話をしていた。私は卑猥なその話しに加わり、他の生徒と同じように卑猥に笑ったが、実は興味しんしんだった。
ある夏の暑い日曜日、私は話の中に出てきた新宿の映画館に行ってみた。
そこは普通の映画とポルノを一ヶ月おきに上映するところで、私が行ったときは普通の映画をやっていた。少しためらったが、何も考えてないふりをして私は自動販売機で入場券を買って入った。
重いドアを開けて館内に入ると、ぎっしりと立ち見がいた。
その間をかき分けて進むと、客席はガラガラだった。
そこで私は、この立ち見の人たちは映画を観ているのではないと気付いたのだった。私は思いきってその中に入ってみた。
だいぶ時間が経ったが何も起こらないので、私はもう帰ろうと思った。
そのとき、左の太もものあたりに「さわ」と何かが触れた。 それは満員電車の中で人どうしがくっつくときよりもかすかな感覚だった。最初私は偶然だと思った。ところが、しばらくするとまたその感覚がやってきた。
今や、誰かの手がはっきりと意図をもって、私の太ももをズボンの上からなでているのだった。私は膝ががくがく震えた。それでも我慢して立っていると、大柄な男が私の前に移動してきた。それで完全に画面は見えなくなった。
太ももを触っていた手はだんだん私の前に来た。そして私の股をなではじめた。
その頃にはもう何も疑うことなく、私は男に触られているのを感じた。そうして私は勃起を始めた。
私が勃起すると男の手はそれを感じた。そして規則正しくそこを上下になでた。私はますます大きくなった。
男は私のズボンのジッパーをおろした。
そして私をじかに触ろうとした。
だが、シャツがあり、トランクスがあり、男の手は容易には私を探し当てることができなかった。
私は自分の手で私を外に出した。それは勢いよく「びゅん」と飛び出した。
映画館の暗がりの中とはいえ、まわりに大勢の人がいる中でペニスを露出した。私は耳たぶまで熱くなった。顔もほてっていた。吐く息も熱かった。
男は私を撫で、私を握った手を規則正しく上下に動かした。
しばらくそれが続いたとき、ついに私の腰の底には、射精に至る快感の波が最初は静かに、それからずんずんと強くなって押し寄せてきた。
私の先端からは透明な粘液が垂れ始めた。
私は頂点に向かって腰を引き絞ろうとした。
そのとき、私は自分の左の太ももから尻にかけてのあたりに、何か別のコリコリとした硬いものを感じた・・・
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