不用品 買取 家庭教師 celeste blue

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秘伝の味

2008年09月30日(火)

父の得意料理に「くるみ餅」がありました。
くるみ餅といっても、正式名称かどうかはわかりません。
お餅の中にくるみが入っているわけでもありません。

すり鉢ですりつぶしたくるみに砂糖やしょうゆやなんだかんだをまぜて、とろとろの液体状にしたあつあつのタレの中に、焼きたてのお餅をつけて食べます。
これがとても甘くておいしくて、わが家の正月の定番料理でした。

ふだん、家にほとんどいなかった父が、年に一度、兄と私のためにくるみ餅を作ってくれます。

「ちょっと待ってろよ」

そう言いながら、うれしそうに殻を剥いたくるみをすりつぶし、なんだかんだで味付けをしていきます。
ときどき、くるみを私たちにつまみぐいさせてくれます。

「ほうら。できたぞ」

お餅の熱さに、はふはふしながら甘くておいしいタレをつけて食べるくるみ餅もおいしかったけれど、滅多に家にいない父が、私たちのために作ってくれる料理が、私は大好きでした。

以前、母がくるみ餅の作り方を父に聞いたことがあるそうです。

「くるみ餅を食べたいときは、ワシが作ってやる」

そう言って教えてくれなかったそうです。

父の秘伝のくるみ餅。
もう一生食べられないのでしょうか。
それとも、父の育った村に行けば、もう一度、父の味にめぐり合えるのでしょうか。

いつか。
きっと。

おやすみ。


あさりの数

2008年09月29日(月)

よく、食卓にあさりのバター焼きが並びました。
フライパンで、あさりを炒めるだけのシンプル料理。
母の得意料理のひとつです。
そして、兄も私も、その料理がとてもとても大好きでした。

バター焼きという名前ではあるけれど、バターが入っていたことは、あまりありません。
あさりから出る塩だけで味付けされているそれは「あさりの塩焼き」というほうが正しいのかもしれません。
それが、兄と私の大好物でした。

でも、困ったことに、あさりは数を数えられます。

兄と私。
一つひとつ、交互にあさりと食べていきます。
そして、奇数だった場合、兄妹喧嘩の元になってしまいます。
いえ、実際に大喧嘩したことも数多く……。

だいたいは、弱者である妹の私が、兄の暴言暴力に耐えかねて、泣きじゃくりながら、兄にひとつ多くあさりを与えてしまうことになるのでした。
そのときに思います。

なぜ、母は最初からあさりの数を偶数にしておいてくれなかったんだろう。

今晩。
久々に、あさりのバター焼きが食卓に登場しました。
相変わらず、バター焼きと称しながら、バターなんて入っていません。
そして、子どものころからの癖は、一向に抜けません。

ひとつ、ふたつ、みっつ……。

兄とふたり、数を数えながら食べたあさり。
今日もついつい数えてしまいました。

そして。

「14個、15個、16個……!」

今日は、偶数のあさり。
喧嘩、しなくて、いい日だね。
おにいちゃん。

おやすみ。


ありがとう

2008年09月28日(日)

「いい旅でした。
 たくさんの人に感謝の気持ちでいっぱいです」

この夏。
初めて北海道へ渡った友から、メールが届きました。
旅先で「やさしさ」に出会った様子。

「フェリーで帰ります。
 フェリー、いぃですね」

最後にこう締めくくられていました。

そして私は、その友に伝えたい。

あなたが、この夏、経験したことは、あなたの人生でおおいに自慢していいことで……。
もし、あなたが、この先の長い人生で何かにへこたれそうになったとき、この夏のことを、支えにするといい。

あぁ、旅人、万歳。
感動を、ありがとう。

おやすみ。


2つのこと

2008年09月27日(土)

■part1
旅人たちと久々に語らいました。
思いがけず。
早く寝るつもりだったけど。

「常宿(じょうやど)」の話になりました。
みんなが、自分の自慢の宿について語ります。
私もいくつか頭の中に浮かんだけど、ふと考えます。

「そこって、『常』といえる宿かなあぁ」

ずっとずっと、同じ宿しか泊まっていなかった私。
そのほかの宿に、たった3〜4泊ほど泊まっただけで「常」と言うには申し訳ないような気がします。

そんなこんなで、その場は適当にごまかして、でも、それはそれで本音な話。
1泊1000円の宿が、今の私の常宿です。

■part2
夜更けまで、友と語らいました。
思えば、この友とふたりきりは初めてかも。

いろんな話をしました。
そして、思いました。

私の人生は、一度きりでいい。


 偶然に1度会う「初対面」より、2度会うことのほうがすばらしい。

友は言います。
もちろん、私も、そう思います。

常宿もそうなんだろうな。
居心地がいいから、もう一度、行きたい、って思うんだな。

もう一度、会いたい。

そんなふうに、思ってもらえる自分に、なれたら、いいね。

おやすみ。


打ち上げ

2008年09月26日(金)

槍ヶ岳山行の打ち上げでした。
友人夫妻のおうちで。
みんなの仕事の終わる時間帯を待って21時から。

槍ヶ岳山荘で買ったTシャツを着ていきました。
ちょっとうれしい。

それでも、今日はかなりハードな1日で心身ともに疲労困憊(こんぱい)。
シャンパンと缶ビール1杯でもう睡魔に襲われましたが、ぐぐっと我慢。

おいしいおいしい料理と楽しい楽しい会話にあっという間に今日が過ぎて行きました。

槍ヶ岳。
また、登りたい山です。


今年の私の遠出山行は、この8月末の槍ヶ岳で終わりにしました。
今年はもう、旅にも山にも行きません。
近所の日帰り温泉とか、日帰りハイキングくらいなら、行ってもいいかな、とは思っています。

またどなたかお誘いするかもしれませんが、そのときはどうぞご同行くださいませ。

おやすみ。


うすれること

2008年09月25日(木)

80歳のおばあさんが、ケータイメールを使いこなしていました。
口腔癌で、コミュニケーション能力が低下している人。
必要にかられて、だったそうです。

私の母は、80歳よりはるかに若いけれど、ケータイメールを使おうとしません。
それどころか、ケータイ電話を使いこなそうとしません。
けっして機械音痴ではない母。
そして、新しいもの好き。
ケータイ写真は使いこなしていても、電話やメールは使いません。

なんでかな?

「ケータイメール、使う?」

母に訊ねたところ、かたくなに拒否されました。
電話はもう、こりごりだとのこと。

かつて、一家離散の寸前。
私も母も、電話ノイローゼになりかかっていました。
いえ、母はもう今から思うとノイローゼだったのだと思います。

あの「電話」のおそろしさ。
体験した人でなければわからない電話のなる音の「恐怖」。

母も、トラウマと闘っているんだ。

闘う、といっても、けっして乗り越えることはできないのでしょう。
でも、人生を長く生きることで、うすれていくことも、あるのでしょうか。

そんなふうに思う。
きょう。

おやすみ。


心に残る、歌、詩、うた

2008年09月24日(水)

レモン哀歌
                     高村光太郎

そんなにもあなたはレモンを待つてゐた
かなしく白いあかるい死の床で
私の手からとつた一つのレモンを
あなたのきれいな歯ががりりと噛んだ
トパアズいろの香気が立つ
その数滴の天のものなるレモンの汁は
ぱつとあなたの意識を正常にした
あなたの青く澄んだ眼がかすかに笑ふ
わたしの手を握るあなたの力の健康さよ
あなたの咽喉に嵐はあるが
かういふ命の瀬戸ぎはに
智恵子はもとの智恵子となり
生涯の愛を一瞬にかたむけた
それからひと時
昔山巓でしたやうな深呼吸を一つして
あなたの機関ははそれなり止まつた
写真の前に挿した桜の花かげに
すずしく光つレモンを今日も置かう


                           「智恵子抄」


初秋

2008年09月23日(火)

ふと、窓の外に目をやると、彼岸花があちこちに咲いていました。

そっか、お彼岸か。

彼岸花がやたらと目につくようになったのは、今年が初めてかもしれません。

時の経過を、おだやかに感じている初秋です。

おやすみ。


言い訳

2008年09月22日(月)

いきなりホームページを引っ越したから、あちこちに連絡しようとは思うのですが、なかなか時間ができません。
おまけに、パソコンのキーボードが不調のままなので、メールを書くのも一苦労。

ま、そのうちに。

連絡が遅れているみなさん。
あとでこの日記を読んでも怒らないで〜。

ということで、おやすみ。


新しくしました。

2008年09月21日(日)

今日から、いろいろと心機一転。
今後ともよろしく。

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