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2021年08月20日(金) |
Une belle soirée d'été |
山の中腹の小さな村の友人宅に招かれて出かけた。前回訪れた時は真冬で、凍るような山の景色を眺め、温かい家の中で熱々のグラタンなんかを頂いたっけ。今日は打って変わって、青々とした夏景色。パンすら買えないようなところで観光客すら滅多にないホンモノの隠れた山村。全く人に媚びないような凛として厳しさすら感じるような美しさ。テラスで向こうの山から昇りはじめた満月を眺めながらアペロからゆっくりと夜がはじまった。
「あなたはいつも美味しい料理作るから、プレッシャー感じながら必死で作ったわ」
とそんじゃそこらのレストランよりよほど美味しい自家製のフランス料理を出してくれた。味付けも絶妙だが盛り付けも美しくて、息を呑む。早くに夕飯を食べさせてきたロクちゃんも大人がゆっくり食べてる間にお腹が空いてきたみたいなので、わたしのお皿の物を少しずつあげようとして気付く。フランス料理って赤ちゃんでも食べられるような味付けのものばかり。ソースだって、複雑にあれこれ入ってるけど、例えば日本の煮物のように醤油や酒や砂糖こってりとかではないし、東南アジア料理のように砂糖とスパイスたっぷりでもなくて、赤ちゃんでも食べられるような優しい味。思えば食感だって、優しい。野菜のムースとガスパッチョソース、トマト、グリルしたポテト、パンの白い部分、ネクタリンとスイカのいちごソース・・・ロクちゃんは素晴らしい食欲を発揮して、
「彼はグルマンドね!」
とお墨付きをもらった。
子育てについての話になる。これについては正しい答えなんてどこにもないことは既に痛感してる。でも一番上の男の子のやんちゃぶりに頭を抱えながらもなんとか育てあげた今日のホストのマルグリットの言葉、
"Une main de fer dans un gant de velours(ベルベットの手袋の下に鉄の拳)"
は印象的だった。
最後にカフェと一緒に抹茶味のマカロンを出してくれた。今までマカロンには全く興味がなかったのだが、抹茶味にしたらイメージが変わった。甘みの凝縮された砂糖のような小さな和菓子と濃い抹茶。マカロンとカフェはこの西洋版といえよう。
美しい景色と心の籠もった料理。ロクちゃんと一緒に食べた料理。この国に住んで4年。ずっと興味のなかったこの国の料理をはじめて好きになった夜だった。
ロクちゃんの離乳食をはじめて1ヶ月半。裏ごしまでした滑らかなスープのようなのからはじめて、少し形を残してかすかに味付けしたものを食べるようになった。いちばん喜んだのはカポナータ。大人のを作る傍ら、彼のは野菜を小さく小さく切って、塩を一振り、オリーブオイルをほんの一滴垂らしてオーブンでじっくり蒸し焼きにしたもの。それまでただすりおろしたきゅうりだのただ蒸したズッキーニだのを食べてた彼は目を見開いて、より大きな口をあけてスプーンを待ち受けた。果物は目の前で皮を剥いて、小さく切って口に入れてあげるのだが、皮を剥くまで待てない。足をジタバタして早く早くと急かす。わたしが言われた中で人生最高の褒め言葉。
「あなたって本当にいかにも美味しそうに食べるよね」
わたし自身そういう人が好きだから、これは嬉しかった。ロクちゃんを見てると、やっぱりわたしの子と実感する。庭の葡萄の木は切ってしまおうかと思っていたのだが、ロクちゃんが嬉しそうに葡萄をもぐもぐしてるのを見ながら、やっぱりちゃんと手入れてして来年実を収穫できるようにしようかと思い直す。
離乳食をはじめてウンチが固形になったのと同時に、トイレでしたがるようになって、おむつを外すまで待っていたりするようにもなった。うんちで汚れた布おむつを洗うことはまずなくなった。おしっこはおむつを外したらするチャンスとわかってるものの、うまくコントロールできないこともあるみたいだ。
夜中にロクちゃんではなくクロちゃんの鳴く声で目が覚める。目を開けてみると、ロクちゃんがクロちゃんを鷲掴みにしていた。急いでロクちゃんを引き離すと、ぺっとりと湿った小さな手のひらいっぱいにクロちゃんの毛を握りしめてた。
母に郵送した封筒が届いたと連絡があったのだが、なんと中身が空。ロクちゃんと一緒に写った写真を確かに5枚入れた。封筒はちゃんと糊付けされてるのに、中が空。何が起きたのか。わたしの住所と実家の住所があって、娘と孫の写真がなくなったのだから、薄気味悪いと母も怖がってた。盗む気ならわざわざ写真だけ抜いて、また封閉じたりしないだろうし、ミステリー。
1ヶ月前、書斎の窓の外に蜘蛛が巣を作って、そこに子蜘蛛が沢山生まれてるのを見つけた。こんな小さい蜘蛛を見るのははじめて。かわいいものだ。わたしも人の親になって必死に子育てしてる。蜘蛛の巣を壊すことはできず、代わりにそこの窓は閉めたままにしておいた。書斎には殆ど入ることもなくて、そのまますっかりそんなことも忘れてた。そして今日になって息苦しいほどの暑さに思わず家中の窓をわっと開けて思い出した。じっと近寄って見るともう子蜘蛛は成長して1ヶ月前のようではないし、数も少なくなってた。巣の大きさは変わってなかったが、なんとその巣には蚊が沢山貼り付いているではないか。ロクちゃんの小さな足が蚊にさされて腫れてしまって、少し心配してたところだった。
「蜘蛛の恩返しかもね」
リュカと話す。この家に引っ越してきてから、虫好きの彼は本当に楽しそう。千利休がわざと庭の木の葉を完璧に掃かず少し残しておいたりしたという話しがあったが、わたしも掃除をする時は自然をそのままに残しておくことも頭の片隅に置いてる。今はラヴェンダーに色んな種類の蜂が蜜を舐めにくる。その光景が美しくてうっとり見惚れてる。
ファイザー二度目の摂取。またもや夫婦揃って無症状。打った翌日いつも通り海で泳げた。これで衛生パスポートももらえてひとまずややこしいことは考えずに済む。リュカも最後までなんとか逃れられないのかとあがいたが、結局今となってみれば打って楽になったという。近所のカフェで17年間働いてた男性はワクチンが嫌で、仕事を辞めてしまったという。別のレストランで働くこともできないし、失業保険もおりない。どうして生活していくのだろう。別の男性は毎週末ワクチン義務化に反対するデモに参加してるらしい。こういうデモ、みんなマスクなしで集ってて、これで感染者が増えるのだから、困ったものだ。
ニースのCesar Milanoのアフォガート。ジェラートもカフェも本当に香りよくて美味しい。飲み干すのに1分もかからないのに4.5ユーロ。でもそれだけの価値あり。まぁロクちゃん連れてゆっくりカフェもままならないから、極上の1分を味わうのが今のわたしにはぴったりなのかもな。
友人家族を夕飯に招く。フランス人でもぎょっとする裕福な地区の出の人しか使わないような言葉使いで喋る奥さんと、ひとまわり以上年下の寡黙な旦那さん、出来が良すぎる17才の娘さん。3人ともとても良い人達なのだが、浮世離れしてる。お寿司を出して、箸を渡したら3人とも心配になるくらい不慣れな手付きで頑張って食べてる。箸を普通に使いこなす外国人しか知らなかったから先進国でもこんな人がいるのかと驚いた。わたしの交友関係が偏っていただけなのか。彼らは新体験が楽しかったようで、喜んでくれた。娘さんは国際弁護士になると明確なヴィジョンを持ってて大学にも受かったのだが、ここへきて問題が。
「ワクチン打たないと通えないかも」
「あぁ。でもそうなったら諦めて打つでしょ?」
「大学行くの諦めるかな」
そっちか。未来を左右する重要な岐路なのだ。ワクチンで道を阻まれるべきじゃない。でも嫌なものは嫌だ。気持ちはよくわかる。どうにか突破口を見つけてほしい。
妊娠や出産の話題になり、奥さんがさらりと話す。
「わたしは9回妊娠して、6回流産してるから」
強烈。それでも3人子供を授かったのだからよかった。近所のタイ人の友人は4回流産してひとりも子供がいないまま50才になった。しかし、彼女は52才で初産した友達がいるらしく、"子供欲しいな!"などとまだ普通に話してる。妊娠や出産ばかりは自分の意志でコントロールできるものではない。隣人のマリーは子供がどうしても出来なくて、インドの孤児を養子にもらった。そして孫ができたのだが、今度はその子がダウン症なのだった。今彼女はその孫と二人で暮らしてる。その子も今日のゲストの娘さんと同じ17才。こちらが将来の明確なヴィジョンを持って勉学に励み、夕飯に招けばマカロンを焼いて持ってきたりするのに対し、この隣の子はローラースケートで転んで擦りむいた膝に血を滲ませながら手に松ぼっくりなんかを持って現れるのだから大分違う。ただ、どちらがいいかとは一概には言えない。完璧な人生を歩んできた人が一度コケてしまって、立ち上がり方がわからずそこで立ち往生し続けてるのを何度も目にした。わたしはどちらかというとこの完璧な17才のほうが心配なのだった。
話題は学校のことになり、彼らは自分の娘が出た私立の学校をすすめてくれた。公立の学校などに行くとドラッグだのセックスだのとあれこれ物騒だということ。この問題、いずれは答えを見つけなければいけないことだが、今はまだわからない。私立の学校へ入れて、同じような家庭の子同士でつるませているのがいいのか、それとも公立で早いうちから社会には色んな人がいるのだと学ばせたほうがいいのか。ただひとつ言えることは、こんな社会は嫌だ。私立に入れなければとか、大学に行かせなければとか(スティーブ・ジョブズの出現で、ロクちゃんの世代はもう学歴社会も崩壊してそうだが)。
ロクちゃんが機嫌よく座ってたので、けっこうゆっくりできたが、夕飯も7時位にはじめて11時前にはおひらき。楽しい会は余韻を残して、もっと喋りたかったというくらいで終わるほうがいい。ロクちゃんの就寝を口実に切り上げられるのは好都合なのだった。
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ロクちゃんの生誕以来夜通し眠ったことがなくて疲れてるのか、夜中の記憶が滅茶苦茶だ。ある夜はロクちゃんの手を握ったらその手が巨大で、"どうして急にこんなに大きくなっちゃったの!!"と飛び起きて、それがリュカの手だったということがあった。同じようなことが多々起きる。"ロクちゃん、ママが抱っこしてあげる"と抱きしめて体がはたまたデカい。また悲鳴をあげて飛び起きる。リュカに貼り付いてる自分がいた。大体朝起きてあれは夢だったか現実だったかと考えるけど、結局わからずじまい。最近ロクちゃんが自分で夫婦のベッドまで転がってきて、自分でシャツを捲くって勝手におっぱいを飲んでる。まさか、夢だろうと思ってたら、日中も油断してると人前で勝手にシャツをひっぱったりしておっぱいにかぶりついてくるようになって、夜中に起きてることは夢じゃないと知った。先日は夜中に氷が降って、ものすごい音がしていたらしいのだが、全く気付かず朝にリュカから聞いた。目が覚めたらもうリュカが仕事に行ってたということもあったな。こんな状態でもロクちゃんの授乳とおむつの交換だけはちゃんと出来てるのだから、母親の本能とはすごいものだ。