My life as a cat
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2017年02月26日(日) 真実のアルデンテ

少し憂鬱になりながら髪を切りに出かけた。シャンプーも雑誌を読むのも大好きなのに、憂鬱なのは長年担当してもらっているスタイリストのことだった。サロンの経営者でもある彼女はとても腕が良くて、何年も通っているだけあってわたしの髪質をよく理解してくれているので的確なアドバイスをくれる。だけどここ半年くらい明らかに様子がおかしいのだった。年齢も考えれば更年期障害かと踏んだのだが、とにかく沈み込んだ雰囲気だったり、機嫌が悪くて客のわたしにまで意地の悪いことを言ったりする。見ていると常連と思われる他の客にも同じようなことをしている。人間だから体や心の具合の悪いこともあるだろうと思ってあまり気にしていなかったのが、さすがにそれが続くとこちらも嫌になってくる。髪はいつも通りに綺麗に仕上がるにしても、高いお金を払って憂鬱な気持ちになるなんて腑に落ちない。そんなことを思いながら店の前まで歩いて決めた。今日行ってまた意地悪なことを言われたらもう次回は違うスタイリストを探そう。しかしそんな決意が伝わったかのように今日は以前と同じ明るくさっぱりとした従来の彼女に戻っていた。店をぐるりと見まわすと休日なのに空いているし、従業員も少なくて人も入れ変わった。何か思うところあって彼女もこれではマズいと思い直したのだろうか。今日は洗いたての髪のシャンプーの匂いにひたすら良い気分で帰宅できてよかった。

久々にパスタ・マシンを取り出してきて、パスタを打った。強力粉100gと卵1個をひたすらよく捏ねる。生地を少し寝かせたらパスタ・マシンにかけて伸ばしていく。ピエモンテ語のタヤリン (tajarin)という細麺を目指していたのだが、生地が細麺のカッターの目に詰まってしまったので予定変更。結局タリアテッレとなった。熱湯でさっと茹でてバターと和えてパルミジャーノをたっぷりかけて出来上がり。あまりにもシンプルなレシピ故にひとつひとつの素材は良いものを使う。同僚が"使いこなせないから"とくれたゲランドの塩はこんな時に登場する。手打ちパスタにブルーチーズを乗せてグリルした椎茸、食後に黒胡麻のブランマンジェを。美味しい物を食べるための労働は心も体も元気にしてくれる。一週間の疲れは大分癒された。

パスタ・マシーンは"久々に"使うんじゃダメだな、と反省。頻繁に使ってあげないといじけたように埃が付いたり、錆が付いたりする。これからはもっとパスタを打とう。買えば安いけど、真実のアルデンテは手打ちパスタでしか味わえないものね。


2017年02月22日(水) 初ワカメ

体に毒素が溜まるという感覚が自覚できるようになったのは、そんな類の本を読んで意識し過ぎているせいだろうか。とにかく体が重くてだるいのは毒素が溜まっているせいだと思った。思い当たるふしが多々ある。正月に増えた魚介類や酒の摂取、年明けから続いた多忙、多忙からきた寝不足。さほど深刻ではなくて元気でやっているけど、やっぱり朝起きて体が重いと感じるとどこか気落ちする。

肉や魚から摂取した毒素はその5倍もの野菜を食べないと排出できないそうだ。5倍食べればいいというものでもない。ただ5倍の野菜を足したのでは今度は過食となってまた毒素となる。と、そこに知人が海で採れた初ワカメを持ってきた。さっと湯がいて玉ねぎやレタスと和えてゆずポン酢をかけてたっぷり食べる。新鮮というのが何よりの理由でとにかく美味い。たっぷりワカメ・サラダを食べて玄米を少し食べて夕飯は終わりとする。そしてとにかく早くベッドに入る。これを三晩続けたら4日目の朝、体がすっと軽くなった。体重も減ったが、体が軽いと感じるのは重さの問題だけではなく毒素が抜けたせいではないか、と思う。

クロエちゃんもワカメが好きらしく、あげるとぺろりと食べてしまう。しかし、便の匂いが強烈だ。


2017年02月19日(日) かもめのパン

先日初めて顔を合わせたばかりのジェフリーのママのマキコさんと友人のオーケストラのコンサートを観に出かけた。わたしの母よりも年上だし、と少し緊張していたのだが、本当に明るく気さくで、年上という立場で上から物を言うのではなくて、友達同士のように日常の些細なことを話してくれるのでとても楽しかった。こちらが怖じ気ずかないような心遣いなのか、それが本当に素なのかは定かではないが。とてもアクティブであちこち出かけているし、LINEだってふつうに使いこなす。それなのに、46年ぶりに帰ってきた日本では、年齢制限のため部屋が借りられなくて大変な思いをしたのだという話を聞いてぞっとした。理由はお年寄りに貸すとボケが始まっていたりして、火災などの心配があるからだそうだ。こういう話を聞くと人間を実質的なスペックだけで決めつけることの多いこの国が嫌になる。性別とか年齢とかでわかるのは傾向でしかないのに。職探しの履歴書にだって写真、年齢、マリタル・ステイタスを記入する欄があってすでにうんざりしている。欧米諸国の人種差別問題は根強いらしい。日本ではそれに取って変わって年齢差別、性差別が根強い、と思う。

コンサートはシベリウスやドヴォルザークの曲を演奏していた。静かながらも確かにそこに存在する自然の息吹を思わせるようなメロディーのものばかりだった。

映画「かもめ食堂」に登場したフィンランドのシナモン・ロールを作ってみた。これといった大きな展開のないこの映画のいちばんのハイライトはシナモン・ロールを焼くシーンではないか、と食いしん坊のわたしは思っているのだが(正直、それ以外の食べ物はなんだかただのおもちゃの模型のように見えて食指が動かなかった。おにぎりとか焼き鮭なんか、うちのお母さんのずぼらなやつのほうがよっぽどいいや、と思った)。カルダモンとシナモンが部屋いっぱいに香って、焼いてるだけでも幸せ。もちろん、焼きたて頬張るのは最高だ。


2017年02月16日(木) Passion Simple

Annie Ernaux(アニー・エルノー)著"Passion Simple(邦題:「シンプルな情熱」" を読んだ。「悪童日記」で惚れこんでしまった堀茂樹さんの訳書ということで手に取ったのだが、これも期待を裏切らない良作だった。

「昨年の9月以降、私は、ある男性を待つこと ― 彼が電話をかけてくるのを、そして家へ訪ねてくるのを待つこと以外、何ひとつしなくなった」

というはじまりの言葉がこの話の全てだった。電話してくること、会いに来ること以上の何も求めず、若くて野心のあるその既婚の男の気まぐれがめぐるその一瞬のために全ての時間が存在する。しかしこれは苦しい不倫の物語ではない。読んだ後に清々しさすら感じるのは、無邪気ともいえるほどそこにはシンプルな情熱以外の一切の打算も未来への期待もないからだろう。勉強して、就職して、結婚して、出産して、離婚して、社会の中で揉まれあらゆる経験を積んだ大人の女が突然このような状態に陥ってしまう。どうしたことなのだろう、とも思ったが、よくよく考えればそんな大人の女だからこそこんな贅沢な時間の使い方が出来るのだ。それはまるでヴァカンスのようだ。生活の一切のことに無頓着でいられるならば、わたしだって何の打算も期待もかけずひとりの男を待つことだけに時間を費やしてみたいものだと思う。

これは小説ではなく、著者の告白だ。男が自分の国へ去った後、その関係の始まりから終わりまでを坦々と綴ったものだ。ふたりのことではなく、著者側からだけの一方的な体験の話だ。フランスのガリマール社から上梓されるやいなや絶賛と批判の声を浴びた。絶賛したのはもっぱら女性で批判したのは男性だったそうだ。自分と過ごす一瞬のためだけに生きる女を無邪気に振り回すほどの度胸は大抵の男には備わっていないのだろう。言い換えれば世の大抵の男は気が優しいのだろう。


2017年02月14日(火) 当たりくじ付きチョコレート

ヴァレンタイン・デイは仕事は休んでデートにでも出かけるのが通例なのだが、今年は海外から客が来ていて出社しないわけにも行かなくなった。そうとなったら日頃お世話になってる農園のおやじ達にチョコレートを配ろうと毎年作ってる一番簡単にして一番美味しいトリュフを作った。チョコレートにチョコレート半量分の生クリームを入れて、香り付けに酒をどぼっと入れて丸めてココアパウダーの上で転がすだけ。今年はフランスの板チョコと洋梨のコニャックを入れてみたのだが、高い材料を使えばそれだけ美味しくなるというわけでもなかった。これについてはロッテのガーナ・チョコレートと安いブランデーのほうが美味いような気がする。当たりくじ付きにしようと思いたって1個だけヘーゼルナッツを入れておいた。それをひいた人が当たり。

もう子供に戻りつつあるおやじ達は無邪気にチョコレートに喜びはしゃいだ。袋に付けた小さな文字に目をしょぼしょぼさせてるおやじもいれば、まだ袋すら開けてないうちから"当たった〜‼”と叫んでるおやじもあり。ヘーゼルナッツが・・と説明したのに、全く聞いてなかったね。

「当たったらなんかくれるの?」

「"あなたには今年何かいいことがありますよ"って言ってあげる」

チョコひとつでわいわいと盛り上がった楽しいバレンタインであった。

(写真:くじ付きチョコと自分用チョコ)


2017年02月11日(土) Multicultural family

昨年アメリカへ去ったジェフリーが仕事で帰ってきたというので居酒屋に集合した。行ってみると知った顔ぶれの中にわたしの母くらいの年頃の女性がいる。どこからどうみても白人のジェフリーがどこからどう見てもアジア人であるその女性を"She is my mother"と紹介し、みんなぶっ飛んだ。秀才肌で大人しい気質の彼は今までこちらが聞かない限り自分のことをあまり話さなかったので、誰も家族のことまでは知らなかったのだが、それを皮切りに彼の生い立ちが明かされることとなり非常に興味深かった。イタリア人とお祖父さんとドイツ人のお祖母さんの間に生まれたアメリカ人のお父さんはフランス人と結婚しジェフリーを生んだ。すぐに離婚し、お父さんは日本人と再婚しアメリカで日本人の母に育てられた。

「だから彼は日本語を流暢にしゃべるのね」

と言うと、

「わたしは家では日本語など一切話したことないわよ。この子が自分で猛勉強して、大学院を卒業したら日本に仕事見つけてきて移住したの」

とお母さん。それ以来ずっと日本で働き、何十年も経って、昨年友人に誘われて転職してアメリカに帰った。50歳を過ぎて初めて母国で就職。ワーク・カルチャーにすんなり馴染めず、会社からメンタル・ヘルスのカウンセラーを付けようかという提案を受けたそうだ。

お母さんが出現し、彼の生い立ちどころか女関係のことまで暴露された。

「モテそうなのに、いつも寡黙で女の子なんて興味ないって顔してるんです」

「そんなことないわよ。この子が若かった時はそれはそれは美しい青年でモテまくってあれこれやったのよ。いつもろくでもない女の子連れてきて・・・」

あれこれやった挙句に疲れて興味が失せたのか。納得。彼について不思議に思っていたあれこれの謎がとけた。

日本の永住権をキープするには毎年必ず入国しなければならない。嫌でもまた来年やってくるだろう。


2017年02月08日(水) 恥ずかしい

「電車でお年寄りに席を譲らない若者が増えている」

のだそうだ。ニュース番組で若者を対象にアンケートをとり、インタビューをしていた。譲らない理由を尋ねると狎覆鯲って断られたりすると恥ずかしいから爐箸いΔ里圧倒的に多かった。今時の東京らへんの若者にとっては社会の中でお年寄りを敬い、労る姿勢のない態度を取ることの恥ずかしさよりも、自分のオファーを断られる恥ずかしさのほうが勝るのか、と思ったらぞっとした。親切はオファーするのがタダならば断わるのだってタダだ。気軽にオファーして、気軽に断る。それでいいんじゃないのかな。わたしはヘルプが必要かもしれない場面に出くわしたら一応声をかける。東京らへんのみなさんは(などという表現をするのは関西方面などではまたちょっと違う空気が漂っているからだ)遠慮する文化だから、断られることもあるけど、そうしたら立ち去ればいい。

先日ラゲッジをふたつ引きずり階段を降りようとしようとしたその時、背後から声がかかった。

「おねぇちゃん、オレが1個持ってやろうか」

「え"!?」

思わずこんな反応をしてしまった。振り返るとサラリーマン風のおじさんが立っていた。欧米で、紳士がすーっとあらわれて、

"Madame, let me help you"

などとオファーしてくれるのは何度も経験してるが、こういう言い回しはちょっと違和感がある。しかし、雰囲気は違えど、言ってることは同じじゃないか。東京にもこんな奇特なサムライがいたのか。ありがたくオファーを受けた。

「なにがはいってんだよ〜、重いな〜、よっこらしょっとっ」

おじさんは階段を降りると礼を述べる隙も与えずさっさと歩いていってしまった。その背中は"オレ、いいことしちゃったよ。恥ずかしいな〜"とでも言っているようだった。こんな"恥ずかしさ"は見て見ぬふりする恥ずかしさより何倍も爽やかで後味のいいものだと思いませんかね。


2017年02月05日(日) 新生活スターターキット

キッチン・ツールや食器を整理整頓した。足りていても美しいデザインの物を見るとついつい家に連れ帰ってしまったりするものだから、増えてしまう。カトラリー、プレート、ボウルにストレイナーと段ボールひとつ分くらいになった。と、ここで思いついた。今は2月。今春から一人暮らしをはじめる人は多いのではないか。新しい暮らしをはじめる時は間に合わせでも色んな物を揃えることになる。とりあえず今必要な物をひとつひとつ丁寧に物色しながら選んでいるわけにはいかないのだ。そこでこのようなタイトルとデスクリプションで売りに出した。

「新生活スターターキット − 中古品ではあるものの、ひとつひとつ吟味して選んだ良質のものばかりです。丁重に扱ってきましたので、これからも末永く使えます」

作家さんの食器、職人さんが細部まできれいに仕上げたツール、旅先から連れ帰ったカトラリーなんかで、捨ててしまうのには心を鬼にしなければならないのだった。

数時間後。売れた。細部まできれいにきれいに磨き上げて送った。大阪に住む男性宛て。まもなく届いたという通知に狢臉擇砲靴泙広爐箸いΕ瓮奪察璽犬添えられていた。また誰かの暮らしの中で活かされる。これはとても嬉しかった。18歳で実家をでてすぐに買って、それ以来ずっと寄り添っているものもあれば、たった数年前に購入してなかなか出番のないものもある。人にも物にも"相性爐箸いΔ里呂△襪發里澄


2017年02月03日(金) 節分

冬になると農園にはいろんな野生動物がやってくる。たぬき、からす、いたち、うさぎ、ねこ、きじなど。みんなおなかがすいているのだろうな。野菜を少し齧られたりするけど、おかえしに彼らが懸命に生き延びようとする姿に元気をもらってるからおあいことしよう。

帰りにスーパーマーケットに寄ったら向こうのほうに人だかりができている。野次馬根性で人を掻き分けて行ってみると、恵方巻だった。クリスマス・ケーキでもなくおせち料理でもなく、恵方巻にみんな群がるのだね。おいしそうだけど、わたしは家に昨夜の残り物があったのでスルーした。家までの道中、聞いた声。

「ふくは〜うち!おには〜そと!」

みんな忠実にこんなことやるんだ、と思ったらちょっと可笑しかった。ちゃんとその方角を向いて恵方巻頬張ってる人の姿なんて、すでに十分幸福な絵になるけどね。動物達は食料確保に、人間は幸福を掴むことに奮闘してるというわけだね。


Michelina |MAIL