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一日断食に挑戦。37年生きてきて一日たりとも何も食べずに過ごしたことがないからこれが人生初体験。
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まずは前日から準備にかかる。
昼食:いつもより控え目
夕食:いつもの半分
感想:特になし。たまには半分でも別にいい。
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そして当日。
口にするのは水のみとはマニュアルにあったが、わたしは大好きなサンペグリノをごくりごくり、そしてデカフェを2杯ほど飲んだ。
感想:空腹よりも眠気に襲われて起きているのが辛かった。単なる寝不足なのか体温が下がってしまったせいかはわからない。夕方から頭痛がするが、これは断食の正常な反応でケトン体という通常使われない物質が分泌し始めたせいらしい。あまりにも眠いので夜19:00に就寝。翌朝5時までぐっすり寝た。
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後日。
朝:おかゆ
昼:いつもの半分
夜:いつもより控え目
感想:後日の目覚めが劇的に気持ちが良いとの感想を寄せている人が多いらしいが、寝すぎたせいか具合が悪い。さつまいものお粥を作ってやっと食料にありついた感じだが、さほど感動もなかった。ただいつもよりコーヒーが苦く感じた。やはり断食で舌の感覚が研ぎ澄まされたのだろうか。
ところが午前10:00。急におなかが空き始めて体調は絶好調。ランチが妙に美味しくて、また夕飯は軽く薄味の豆のスープにしたが、それでもう満足だった。
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まとめ
いろんな論議があるが、わたしは小食健康法は肯定派だ。食べ過ぎで体の臓器を酷使し過ぎて体が悲鳴をあげると病気にかかりやすくなるというのは感覚的に納得してしまう。一日断食などを定期的にして、生まれてこのかたずっと働き続けてくれた体の臓器に休暇を与えるのはいいことなのだろう。今は体を″リセットする″という表現がしっくりくる体調だ。ただ断食当日は廃人の状態で仕事も家事も読書も何一つろくに出来なかった。
スリーブレスの腕の当たる風の妙に心地良い初夏の一日だった。
丸の内のジョエル・ロブションのカフェに行ってみた。小さくて濃厚そうなケーキ、ガレットやパンなど、小さなスペースに美味しそうな食べ物がギュッと散りばめられている。色んなベリーの乗ったタルトとコーヒーをもらった。タルトは満足だったけど、コーヒーを紙カップで出されるのはいただけない。飲み物はそれに適したカップに注ぐだけで倍美味しくなるというのに。
午後は皇居前の芝生にだらりと寝転んで過ごし、日暮れ時、成城石井で洋ナシのシードルを買って、マンスリーのポットラックパーティーへ。メンバーもお馴染の顔ぶれとなり、空気が定着した感じだ。持ち寄った美味しい料理と酒、好き好きに楽器演奏を楽しむ。こういうのは何よりもパフォーマーが楽しんでいるということが一番大事で、それなしにオーディエンスが楽しむことはできない。ビギナーからプロまで色んなレベルの人がいて、それぞれ持ち寄った楽器を奏でて、賑やかな夜となった。
音楽って奏でて楽しければそれでよしとするのが一番幸せなのだろう。ここにはプロでなくてもかなり腕の良い人々がいて、彼らは普段は会社勤めをしている。″仕事はのらりくらりです″なんて言いながらアフターファイブに自分の世界に没頭しているのだから苦しみが見えない。テレビをつければ飛鳥さんの話題で持ち切りだが、ドラッグの力を借りて苦しみながら音楽を生み出すなんて本末転倒で、もうそうなったら音楽を続ける価値はどこにあるのだろうか。苦悩を奏でるのも音楽だけれど、″売らなければ″という焦燥感で良いものが出来るとは思えない。実質音楽を辞めたところで他に食べていく当てがないという苦しい現状があるのでしょうけどね。″犯罪者の妻″というレッテルを貼られてしまう自分の世間体よりも夫の身を案じて警察に情報提供した奥さんの愛の深さを思うと、切なくなってしまう。
上海から新幹線で1時間、杭州へ向かった。ここには世界遺産に登録された西湖という外周15�卍�の湖がある。
出発地点の上海虹橋駅は空港のように大きい。列車は指定席で日本のと変わらない。起伏のない、平坦な景色を眺めること1時間。杭州に到着した。上海のような経済成長の著しいところでは情報は常に最新かチェックしなければならない。あらゆる情報が錯綜していたが、杭州駅から西湖まで徒歩15分で行けるというのを信じて歩き始めた。方向的には直線なのだが、道路の構造上障害が多く、くねくねと行く羽目になる。15分歩いても全く何もない。嫌気がさした頃、申し訳程度のこんなオブジェが見えたので写真を一枚。また歩き続ける。
30分は歩いただろう。西湖の周りを足で歩きたくて、体力を温存するはずが、西湖に着くまでにかなり消耗してしまった。
鮮やかな新緑の街路樹が湖の周辺に広がっている。
ここが正門みたいなものかな。
穏やかな母子の時間。素敵な風景。
西湖の底には金の牛がいて、湖水が涸れても、その牛が水を吐いて、また湖が蘇るという寓話があるそうだ。
歩き疲れたので湖の周りをぐるぐる廻っている観光バス(カートみたいな)に乗る。英語が通じないのでどこまで行くのかわからなかったが、とりあえず快適。運転は荒く、自転車とぶつかっても知らん顔。やっぱりすごいな、中国。
こんな自然豊かな道をハイキングする人も沢山いる。
結婚式の記念写真を撮影してたりもする。
世界遺産に住む贅沢な猫達。
徒歩とバスを繰り返して、おなかも減ったところで売店をのぞく。トウモロコシ3色。黄色と薄いのは知ってるけど、黒いのは何? 紙に″苦味?″と書いて見せたら店の人が″甜″と書いたので買ってみた。でもあんまり甘くなかったなぁ。というか、もろ雑穀な感じで、鳥のエサ食べてるみたいだ。
日暮れ時。遠くに霞んだ山々と夕陽を映した水面、風情があって美しい。もう少し湖畔のベンチに腰掛けてぼんやりしていたかったけれど、帰りの列車も予約してあるので、駅に向かう。タクシーをつかまえようと思ったが、何度やっても乗車拒否される。どうして!!!と連発したが、英語通じず。首を振って逃げられ続ける。しつこく手を挙げてやっと停まったタクシーに駆け寄って中をのぞくと、そこには金髪でモヒカン頭の中国人のおじさんがいた。嫌な予感はむんむんだったが、選択肢がないので行き先を告げると50元だという。メーターが付いてるのに最初に金額を言う(しかも高め)とはぼったくっているのがみえみえだが、諦めてその価格をのんだ。河坊街まで10分かからなかったが、運転が酷かった。車線の真ん中を走り、挙句は前の車を追い抜こうと対向車線を逆走し、正面から車が向かってきてすごい勢いでクラクションを鳴らされる。すると元の車線に戻ろうとぐいぐいと入って行って背後からの車にもクラクションを鳴らされる。顔を強張らせているとニカッと笑い、
″Don't worry! Trust me!"
などと言っている。信じられる要素なんてあるかー!と怒鳴り返してやりたい気分だったが、降ろされるとまずいので我慢した。
なんとか河坊街に到着。ここは古い町並を再現した場所でお茶やお菓子や民芸品などお土産っぽい物が売られている。いかにも観光客向けで興醒め。
提灯と同じ色を着たおねえさん。日本人はまずやらない色の組み合わせ。
小さな路地にあるフードコートはすごい活気に溢れていて、若者が油っこい調理をした肉やら魚やらを貪り食べている。揚げた蟹が串に4つも刺さっているのがあって妙に気になったので一本買ってみた。よく揚げてあって甲羅ごと全部食べられるが、油が悪くて、1個食べてげんなり。
さて、駅へ向かおうと、方向を確認すべく道を歩いていた二人のお兄さんに聞くと、自分たちも同じ方向へ行くから一緒に歩いて行きましょうと言ってくれたので、道すがら自己紹介をし合って、世間話を楽しんだ。わたしが手に持った蟹を見て、そんなんじゃなくて、杭州にはもっと美味しい料理が沢山あるのだと悔しそうで、よかったら一緒に夕飯をと誘ってくれた。現地の人と交流しながら美味しい夕飯にありつけるなんてすごく良い申し出だったが、列車を予約していたので、もう時間がなかった。この二人はすごく柔らかい気質で、別れ際、もう一度i-phoneで駅への道を丁寧に確認して、気を付けて帰ってね、などと言ってくれた。みんな親切だけれど態度のガサツな中国にあって、こんなほんわりとした雰囲気に妙に胸が温かくなった。
沢山陽を浴びて歩いたせいだろう、帰りの新幹線の中では爆睡してしまい、ほぼ記憶がない。
| 2014年05月09日(金) |
朝の人民広場周辺の風景 |
上海の朝は早起き。負けじと早起きして人民広場の周辺を散歩した。
電車と同じく道路も無法地帯。車線の真ん中を走ったり、追い越し追い抜き、信号なんてあってないようなもの。人や物に衝突しても止まりそうもない。クラクションを鳴らしまくり、我先にと旅路を急ぐ。歩道の信号が青だからといって安心して横断してはいけない。運転のうまさと道路でのマナーの良さが世界トップレベル(わたしが決めた)の日本からくると呆れるばかりだ(事実事故の確率は比じゃないらしい)。
大通りの高級ホテルやモダンなオフィスビルのすぐ裏の路地では、庶民の暮らしが営まれていて、この二者は交わることのない全く別世界のように見えた。ここから大通りまで歩いて1分。スーツを着た身なりの良い白人の姿はここにはなく、また身なりのどこか貧しいここを歩く人々の姿は大通りにはない。
小さなお店が軒を連ねていて、果物屋、お茶屋、魚屋、八百屋、お粥や揚げパンを売る食堂などがあるのだが、それに紛れて、3件もペットショップがあった。ウサギ、犬、猫、鳥などを売っている。
美味しそうな物を発見!葱油餅だ。ちゃんと窯で焼いてて芳ばしい良い匂いがする。おじさんは寡黙にひたすら葱油餅を焼いている。プロだねぇ。1個ちょうだい!と人差し指を出すと、袋に入れてくれて、あちらも人差し指を出す。え?まさか1元(13円程度)? 大通りのスターバックスではコーヒー1杯17元だ。おじさんはこれを30個くらい売らないとスターバックスでコーヒー1杯飲めないということなのだ。この物価の差にも驚いてしまう。葱油餅は葱の入った東洋のデニッシュといったところかな。アツアツを頬張る。美味しい〜。この後コーヒーが欲しくなり、大通りのスターバックスに行ったら、やっぱりスーツを着た白人しかいなかった。
スターバックスの裏口から人民広場に出た。池の周りは老人の憩いの場となっているようだ。
上海は町中に花を飾っていたり、木にデコレーションを付けていたりして香港と比べてとても心豊かに見受けられた。物を売る人もゆったりしていて押し売りのようなものもない。こんなに良くなったのは2010年の万博からだという話だが。せせこましいアジアの一都市くらいのイメージを持って来たのだが、それは良い意味で覆された。2014年の上海にはおおらかな大陸の風が流れているように見受けられた。

同僚達とは上海浦東の空港でお別れして、ここからは自由気ままな一人旅。陽が傾きかけた上海に降り立った。早速メトロのパスを購入し、宿をとった市街中心の人民広場へ向かった。地下に潜る前に車窓から見える景色はだだっ広い大陸風で、緑も多く、あらゆる物が凝縮されて詰め込まれてたような殺伐とした香港の風景とは様相が違った。席を譲りあったり、公共の場所では静かに過ごすというようなマナーがないのはどちらも同じだが、もう中国人の秩序のガサツさにも慣れたというものだ。しかし、電車のドアが開けば、乗る人と降りる人がぐちゃぐちゃの押し合い、改札のチケットを入れる機械などは、前の人のチケットが出てくる前に次の人がどんどん突っ込んでしまうから、全ての機械が詰まってしまって結局みんな通れなくなってしまう。もう少し落ち着いて考えて行動すれば、せっかちな彼らがもっと早くスムースに目的地に着けるのに、アホだなぁと思ったりする。
1時間程で人民広場に到着。地上に出るとそこはメトロポリスだった。人民広場は東京でいう新宿御苑といったところだろうか。その周辺には高級ホテルや近代的なオフィルビスが立ち並んでいる。それでも依然通りは広々とスペースがとられていて風通しが良い。あちらこちらに公安が立っていて、クリーンでゴミなど落ちていない。大通りを歩いて宿まではほんの数分、その間欧米系のチェーンのカフェなどが立ち並び、そこに集うスーツを来た白人男性がやたら沢山目についた。大通りから路地裏に入ると、そこには庶民の小さな家々があり、窓からはふとんや洗濯物がぶら下がっていたり、小さな個人商店が軒を連ねて、お茶や果物が売られている。これはとても面白い光景だ。白人ばかりがうろつく高級ホテルのすぐ裏でこんな庶民の暮らしが営まれていて、ここにはくっきりと境界線があるように見受けられた。
宿は香港と同価格だというのにうってかわって素敵なものだった。大通りの喧騒が嘘のような静かな空間。インテリアのセンスもよく、クリーンで物が大事に使われているのがわかる。アダム君が、香港ではとにかく住居費が高くついて市民の生活を圧迫している(一般的に給料の2/3が居住費にかかると言われているそうだ)と話していたが、改めて納得。他の都市と同価格ではまともな宿に宿泊できないということなのだね。
荷をおろしたら早速上海の町へ繰り出した。人民広場から外灘の黄浦江(川)までは推定2�辧4鵑蠧擦靴覆�ら川を目指して歩いた。この周辺はどこも小奇麗で近代的だ。空港からの電車の中で会った現地在住歴の長い日本人の中年男性が″携帯電話は盗まれるから道で出すな″というアドバイスをくれたのだが、みんなスマートフォンを片手に歩いていて、道など聞けばすぐにサーチしてくれたりする。彼の情報はアップデイトされていないのだろうと安堵して苦笑した。現地の人が美味しいと教えてくれたレストランで夕飯を食べることにした。店構えはちょっと高級な雰囲気だが、観光客はなく、英語もほぼ通じない。お店のおねえさんのおすすめの上海焼きそばと揚餅をたのんでみた。どちらもとても美味しい。揚餅は炊いたごはんをギュッと固めて揚げたもので、塩味がついているのだが、グラニュー糖が添えられてくるので、まずはそのまま食べて、食後にはグラニュー糖をまぶすと団子のようなデザートになって中国茶との相性も良い。中国ではスイカが豊作なのか単に人気なのか、中国東方航空の機内食でもやたらスイカがでてきたのだが、このレストランでもデザートにサービスでスイカを出してくれた。味は日本のと変わらない。
一揆に川までの道を突き当りまで歩くと眼前に上海のシンボルであるあの川の向こうに浮き立って見える東方明珠電視塔と周辺のビル群の風景が広がった。春の夜のひんやりとした川風が気持ちよくて、ぼんやりと夜景を見るには最高の夜だった。さて、そろそろ引き返そうかと歩き出すと高級ホテルの前に次々と高級車が停まり、人だかりが出来ている。何が起こっているのかと覗き込むと、前にいた若いおにいさんが中国の映画俳優がこのホテルにいて出てくるのだと教えてくれた。i-phoneでその俳優の写真を見せてくれたが、知らない人だった。中国人達が一目見ようと次々と集まってくるので、さほど興味もなかったが、足を止めてしまったからには一目見て帰ろうと一緒になってその俳優を待った。が、30分待っても高級車が集まってくるばかりで俳優は出てこない。時刻は22:30。諦めてメトロで宿に戻ろうと思ったらもう終電がでた後で、仕方なくまた歩いて宿に戻った。もう大通りに並んだカフェなどもほぼ閉店していた。わたし自身陽が沈んだらもう眠くなってくる性質だから、朝型の都市上海とは気が合いそうだ。
香港最後の夜。仕事で遠出していたアダム君がなんとか帰ってきてどこかに連れて行ってくれるというので楽しみにしていたのだが、夕方宿に戻り同僚Aからのメッセージを読み、高揚した気持ちは一気に萎んだ。
「遠くから帰ってきて大変だろうから断ったよ」
ぎゃぁ!!!本人が来るって言ってるんだからいいじゃん!!!と心の声が喚いたが、ふたりの仲は20年。わたしが彼らの間で決めたことに提言などするのは憚られた。
ショックで寝込む。
。。。こと2時間。起きたらおなかがすいたので、宿から歩いてすぐの「糖朝」本家に行ってみることにした。店の中は高級感が漂っている。その50m手前には2度も朝食を食べた″おっさんの店″があるのだが、そことは大違いだ。なにせおっさんの店はおっさんばかり4人でやっていて、コーヒーはこの世のものとは思えない不味さで、トイレは足の置き場に迷うほど汚く、店内に張り出された注意書きは″注意衛生 不可吐痰″なんてのでもう客のレベルもうかがいしれる呆れた店である。お粥の種類は豊富だが、揚げパンは油っこいので売らないと言い張る。こう書き並べてみるとあまり良いところがないようだが、このやる気のない気だるさが朝のわたしのムードとマッチして自然と足が向いてしまうのだろう。さて、糖朝では豆腐花、マンゴーと生クリームの入ったクレープ、野菜と海老の蒸し餃子、ピータンのお粥を食べた。サーブされる皿の淵にタレが飛び散っていたりしているところは香港風だが、どれもとても美味しかった。
香港の感想は″美味しい″と″汚い″に尽きる。香港のメンタリティーはシンガポールと似ている気がする。シンガポールなども観光客を案内するところはクリーンだが、一歩ローカルエリアに足を踏み入れると目を疑うような汚さで、トイレは汚れ放題、ゴミは散乱してる。両者とも″いい女は下着から″なんて言っていたら踏み潰されそうだ。
上環のフェリーターミナルよりターボジェットで澳門に渡った。ここは国をまたぐので入国審査などがある。バスに乗り込みセドナ広場に向かう。バスから見る町は香港よりよほど空間の風通しが良く、時間の流れが緩やかなようだ。セドナ広場はディズニーランドのような嘘くささで興ざめだが、そこ一体の地区は歴史市街地区として世界遺産に登録されている。石畳の小路を歩いて、聖ドミニコ教会や聖ポール天主堂跡など一帯の歴史建造物をまわった。途中人々が群がっているお店があったので覗いてみると、おでんだ。おでんといってもスパイシーなカレー味。色んな具が串に刺さって軒先に出ているので、ボウルに好きなものを入れて渡すと煮てくれる。湯葉と揚げ豆腐と椎茸を煮てもらった。辛いばかりで出汁もいまいち。日本のおでんのほうが美味しい、とわたしは思う。あとは澳門名物の杏仁餅は杏仁豆腐に使う杏仁パウダーとアーモンドを生地に入れたクッキーで、これはとても美味しいのでお土産に買った。歴史地区は美しいが人もすごくて、香港の喧騒に疲れ気味のわたしはもっと静かな所に逃避したかった。さっさと切り上げてまたバスに乗り、南の離島にある路環(コロアン・ビレッジ)に向かった。土地勘もなく、降りる場所も不明の為、ドライバーに地図で指さして自己主張しておいた。30分後、ドライバーがわたしに向かって喚いているがバスの外は何もない辺鄙な場所。ここで乗り換え?それともここがもう目的地なのか?そう聞いても誰も理解しない。街中ならとりあえず降りても軌道修正がきくが、タクシーも通らないような場所で降ろされてはまずいとこちらも必至だ。バスの乗客がみんな外を指さして″コロアン!!!″と叫んでいるので仕方なく降りようとすると、そこに乗り込んできた女の子が日本人だった!この坂道を下りればコロアン・ビレッジだと教えてくれたので、やっと安堵してバスを降りた。ここは本当に何もない海に面した小さくて静かな漁村。来たかったのはこういう所。町中で一番賑わっているのはエッグタルトで有名な老舗、″ロードストーズベーカリー″だ。ベーカリーもカフェも立ち飲みカフェもある。立ち飲みカフェの前を通った時に急に雨が降り出したのでそのまま中に入った。こんなに人気でも他の食べ物や味を出したりしない。彼らが売るのは″エッグ・タルト″ただ一種類のみだ。こういう堅実なお店は信頼に値する。立ち飲みカフェはわたし一人だった。エッグタルトをひとつとダブルエスプレッソをもらった。オーブンから出したばかり、まだほのかに温かい。これは絶品。雨の音しかしない静かなカフェでぼんやり雨宿り。雨に降られてあまり歩き回って観光はできなかったけれど、ここに来てやっと心のざわつきが落ち着いて、本当の休息ができた気がした。
さて、そろそろ香港に戻ろうと思ったがフェリーターミナルまで行くのにタクシーがなかなか捕まらない。やっとこさ一台通りがかりのタクシーを止めて、一緒に雨宿りしていた香港からの叔父さんと甥っ子コンビとシェアすることにして、帰った。香港まで彼らと一緒だった。無口な二人だったが、とても素朴で良い人達だった。
(写真:澳門の飼い猫ちゃん。中国人の如くスリム。でも大食いなのかも。)
香港はもう雨季に入っているようで、ずっと小雨が降ったり止んだりすぐれない。尖沙咀のハーバーから中環行きのスターフェリーに乗ってみたものの、曇っているので殆ど何も見えない。中環で美味しい中華粥の食べられるお店を探して歩いた。香港は英語が通じると聞いていたが、歩いてる所が悪いのか全くダメだ。細い裏路地に地元の人々が集っている小さなレストランがあって、食べられそうなお粥があったので入ってみた。写真付きのメニューもないし、わたしは店のお品書きを見ても解らない。お店のおばちゃんは全く英語が通じない。あぁだこうだとやっていたら、好青年風の客が立ってやってきて通訳してくれた。こうしてようやく念願の中華粥の朝食にありつけた時にはもうランチタイムになっていた。油條(揚げパン)と魚の中華粥で26ドルなり(300円程度)。表通りでは地元の若者がパンやらソーセージやら欧米風の朝食を出すもっと値のはるお店にごった返している。裏通りではこんなに安くて美味しいお粥の朝食が食べられるのにもったいないと思うのはわたしが観光客だからだろうか。中華粥の朝食なら毎日でも食べられそうだ。
おなかを満たしたところでトラムに乗ったりして周辺を散歩して、午後は過ぎていった。
夕方同僚が宿泊しているホテルに集合。今夜は同僚Aの香港人の友達アダム君が来て美味しい夕飯を食べに連れて行ってくれるというのだ。このアダム君がとんでもないお金持ちという話は噂に聞いていたのだが、それどころかすごくビジュアルの良いさわやかな青年だった。彼の専属ドライバーがいて、セントラルから30分〜40分離れた香港の東側の″西貢(サイゴン)″という古い港町に連れて行ってくれた。港の周辺をそぞろ歩いて、ミシュランに載ったというそれでもすごくローカルな雰囲気の海鮮レストランに案内された。注文は全てアダム君にお任せしたのだが、でるわでるわ、見たこともないような大きな魚介類。わたしは大きなのはもう動物の類なので、あまり得意ではないが、みんなは舌鼓をうっていた。わたしはミシュランの海鮮より、むしろアダム君に興味津々であった。育ちがよいのだろう、素直そうで、ユーモアのセンスがあり、気の利いたジョークも出来る、難しいことを言わなくても頭の良さが滲み出ていた。会話がはずんでていてもグラスが空けばさっとワインを継ぎ足してくれたり、海老の殻を剥いてくれたり、手が汚れればさっとティッシュを持ってきてくれるような完璧な良いホストを務めてくれたのだった。わたしの目は始終ハートになっていて、同僚達の目にも一目瞭然だったのだろう。同僚Aは、
「ほら、俺の友達はみんなレベル高いから」
と、とても得意気であった。
ネットにはビルの5Fと書かれているので一番手前のエレベーターで上がった。レセプションとおぼしきブースにやる気のない中国人のオジサンがぼんやり佇んでいる。プリントアウトしてきた予約番号を見せると″ここじゃない″と軽くあしらわれ、一瞬頭の中真っ白になった。食い下がって聞くと、ビルの中にいくつもブロックがあって、そのアルファベットの記号の書かれたエレベーターで上がるとのこと。気を取り直して、下に戻ってやり直し。確かに住所に書かれたブロックのエレベーターで5Fに上がった。今度は無人。レセプションらしき物もなし。壁に電話番号が書かれているものの、わけがわからずまたもや頭の中真っ白になる。途方に暮れているとバックパックを背負った韓国人のカップルがやってきた。彼らもこのビルの中で彷徨っているらしかった。
「多分7Fにレセプションがある。自分が見てくるので二人はここにいなさい」
と男の子が階段を上っていったのでそのまま待つ。数分後、携帯電話を片手にしたインド人と戻ってきた。彼が管理人らしい。
「何なのこれ?こんなんじゃ解らないよねぇ!」
ひととおり彼に文句をたれ(あちらは謝るばかりだった)、さぁ、落ち着けると思えば、部屋はまた違うブロックにあるのだと言う。発狂しそうになっていたら機嫌を取るようにインド人が荷物を持ってくれた。仕方なく、またエレベーターで下に降り、部屋のあるブロックのエレベーターで上がる。もう怪しすぎる。すでに呆れ果てていたが、意外にも宿の中は清潔でセキュリティーもしっかりしているし、困ったことは何もなかった。それでも何か予期せぬことが待ち受けているのかもしれないと疑って、インド人に聞いた。
「困ったことがあれば、あなたの携帯鳴らせばいいの?」
すると何故か嬉しそうに自分の番号をわたしのi-phoneに登録している(後で解ったことは彼はわたしが自分に好意を持って頼ってきてると勘違いしているということ。どこからそうなったの!!)。
こうしてこのビルの中を30分以上彷徨って、やっと荷を下ろすことができた。
友人と夕飯の待ち合わせをしていたので、さっとシャワーを浴びて下りようとエレベーターを待った。そして扉が開いた瞬間、なんと中には揃いも揃って身長190�僂�らいはあろうかという、マイク・タイソンだかボブ・サップだかそんな雰囲気の大きなブラックガイズが5人乗っている。瞬発的にそのエレベーターを見送ろうとすると彼らが一斉に手招きする。見かけだけで人を判断してはいけないなと自分に言い聞かせて乗ることにしたが、やっぱり人は見かけなのだと10秒後には悟っていた。捕えられた宇宙人のごとく大男5人に囲まれ、上から下まで舐めまわすようにいやらしい視線を向けられ、″Japanese?″″Cute″などと″Cheap" なことを言われ、わたしの人生ここで終わるかもと思った。下に到着するまでのたった数十秒がどんなに長く感じられたか。エレベーターの扉が開いた瞬間に猛ダッシュ。ところが間違って裏口から出てしまった。高層ビルとビルのわずかな隙間でいかにもワルそうなブラックガイズが煙草をふかしている。慌てて引き返そうとすると向こうからも同じような雰囲気の男がやってくる。半べそをかきながら、表通り目指して再び猛ダッシュ。わたしの足はバグスバニーの逃げ足のごとく白く渦巻いて見えたに違いない。
(後で現地の人に聞いたところによると、元々このChungking Mansionのオーナーはインド人で、インドからの出稼ぎを最低賃金で雇ったりしているうちに、麻薬取引など悪の巣窟となっていき、周囲の治安を悪化させ、政府は手を焼いていたのだが、そのうち逆に開き直って悪い奴は一カ所(つまりこのビル)に集めておけばいいというようなことになってしまったそうだ。それでもビルの中がほぼゲストハウスとなっている現在は治安はかなり改善されているのだそうだ)
| 2014年05月03日(土) |
重慶大厦から始まった香港の旅 |
同僚A・B・C・Aの妻という奇妙なメンバーで香港にやってきた。一応は一緒にやってきたものの、日中は自由行動、夕飯だけ集合してみんなで美味しいものを食べようという企画。この旅行にはあれこれと諸事情があり、わたしはホテル代をかなり節約したのだった。夜はみんなで遊び歩くのだろうし、ホテルに戻って寝るだけだからどこでもいいやと軽く考えて、大好きな映画″恋する惑星″が撮影された重慶大厦(Chungking Mansion)に予約を入れたのだが、これがのちのちこの旅の運命を大きく左右することとなった。
飛行機は中国東方航空。かなり疑っていたのだが、同僚Aは何度か乗っているというので一旦は信頼したものの、当日成田で古めかしい雰囲気の飛行機を見て、嫌な予感がしてきた。機内も嫌な予感がむんむん。中国臭が既に漂っているし(実際匂う)、シンガポール航空やマレーシア航空を頻繁に使う身としては、アテンダントがアジアの航空会社とは思えぬ見た目とガサツさだ(たまに可愛くておっとりした気立ての良い女の子とかいるので言い切るのは悪いが)。何より英語がいまいちできていない。″ベ〜ジタボー″とヘンテコな発音の英語と共にわたしの特別食がやってきた。国際線のフライトアテンダントの英語がいまいちということは・・・もうこの先は英語が通じることはないのだろうと腹をくくった。
香港に到着して、まずはオクトパスカード(Suicaのようなものだが面白いのはチャージがマイナスでもゲートを通れてしまうこと=デポジット分借金ができる)を購入。早速空港エクスプレス(快適)に乗り、メトロに乗り継いでホテルを目指した。天気が悪く霞がかっていて、周囲がよく見えない。日本の鉄道とそう変わらない香港の鉄道に乗り、香港一の繁華街チムサチョイまでやってきて、駅を降りてすぐのホテルの入口まできて初めて、なんだかしつこい客引きのような浅黒い人々が多いなぁと感想を持ったが、まぁ、ホテルの中に入ればどうってことないんだろうと振り切ってエレベーターを上がっていく。その時はまだこの宿を甘く見ていて、これから起こることを知る由もなかった(つづく)。