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2013年03月29日(金) |
酒は飲らねど、肴は進む! |
うちの同居人は、職場ごと引越すとかで、今週は荷造りしたりして慣れない肉体労働に明け暮れて、金曜の夜、酒と肴を両手に提げた同僚を連れて帰宅しましたの。酒は体に悪いとか言いながらも、リビングでみんな楽しそうに飲んでるわ。こうなったらアタシだって!薄暗いキッチンで人目を避けて羽目を外しましょう。ガサゴソガサゴソ・・・・。ポテトチップスは変な油の匂いが食欲をそそらないわっ。梅昆布かぁ、酸っぱいのは苦手。ん?このそそる匂いは何?さきいか?イカは体に悪いっていってもたまにはいいでしょ?ムシャムシャムシャ。う〜ん、禁断の味!これはたまらんっ!
ねぇ、一生お酒は飲まないから、さきいかは食べてもいいでしょっ!
(クロエちゃん日記)
「遥かな町へ」というフランス映画を観た。家族とパリに暮らすトマという中年の漫画家が、ある日電車を間違えて生まれ育った町にたどり着いてしまう。山の麓の小さな田舎町は美しいながらも過疎化が著しく、商店街はぱったりと戸を閉めて、彼が子供の頃はまだ活気ずいていたその面影も消えかけている。母のお墓を訪れた彼はそこで気を失ってしまう。気付くと、トマは心は中年のまま子供の頃にタイムスリップしていた。トマは甘酸っぱい初恋や幸せな両親との時間を丁寧に辿り直す。そして37歳の誕生祝いの夜に散歩にでるようにでかけて二度も戻らなかった父親を今度こそは引き止めようとする。しかし、同時に自分がその時の父親と同じような年にさしかかったからこそ、その心情も理解できてしまう。トマは結局父親の心情を察してその後家族にふりかかる不運を免れることを諦めた。子供の頃の時間を今、この心情で辿り直したらまったく自分のストーリーは違うものとなっていくのでしょうね、そんな風に思いを巡らせながら観た。この映画、しみじみと味わい深く、登場人物がみんな自らの人生に真剣に取り組んでいるのが読み取れるのがよかった。
しかし、トマのお父さんの寡黙さや家族に対するドライな態度がフランス人らしくなくて、お母さんも妙に甲斐甲斐しく家事に専念する主婦だし、その空気が「愛と個人主義の国」のイメージに結びつかず、本当はドイツ人じゃないのかしら?などと勝手な想像をしたのだが、後からこの映画の原作が日本のコミックだと知って、納得した。
こんな映画を観て、町にでてみればまぶしいくらい桜がきれいに開花している。ふと春風に乗って、"遥かな町へ"行ってみたくなってしまうね。
2013年03月17日(日) |
あるうららかな春の日 |
意中の人に映画に誘われてから早数週間が過ぎて、やっとやっとデート実現。
イタリアンレストランでランチを摂って、公園で日向ぼっこをして、陽が沈む頃映画館へ。彼が選んだ「汚れなき祈り」というルーマニアの映画を観た。どんよりと暗く、ずっしりと重い映画だった。先日"The cider house rules"という孤児を題材としたアメリカ映画を観て、"当たり前"のように愛してくれる親のいない孤児達の姿が、どんなに何も知らない子供のように無邪気に振舞ってみても、どんなに親切な人々に囲まれていても、どうしても心許なくて、底なしの不安のような気持ちに襲われた。それがこの映画を観るとそれでもアメリカの孤児はまだいいのだろうと思わずにいられない。ルーマニアのような孤児でなくても生きていくのにみんな精一杯という国では孤児院などで育つ子供はなかなか長生きできないのだそうだ。"Cider"はそれでもそこそこのハッピーエンディングだったのに対して、この映画では過酷な境遇に生れ落ちた者が、そのまま十字架を背負って歩き続けて、やがて力尽きてしまうような、もう救いようのない哀しいお話だった。とどめはこれが実話であるということ。
さて、デートは最初から最後までひたすら楽しかった。相手は忙しいながらも、ちゃんとあれこれアレンジしてきてくれて、お花も贈ってくれた。知れば知るほど自らの人生に誠実で勤勉な人で素敵!別れ際は名残り惜しかったぁ。3月はもう会えないというし、次に会えるのはいつになることやら。
(写真:菜の花は見るも食すもいいね〜)
2013年03月11日(月) |
A million hearts |
友人の手作りのチョコレート。なんともLovely♥♥♥。華奢な指でわたしのために、ちょこちょことデコレートしてるのを想像したら、なんとも微笑ましくて、嬉しくて、心がぽっとあたたかくなった。
"人間ものを食べている時だけは絶対人を恨まない"
とは曽野綾子さんの言葉。こんなプレゼントを手に人を恨んだりする人もいないでしょうねっ。
昨日はその友人と美味しいスウィーツやタイ料理をつつきながらあれこれとしがない日常の話を楽しんだ。仕事が終わって息つく暇もなく、わたしはフランス語を、彼女はバイオリンを練習している。働きながらそういった時間を捻出するのはなかなか至難の技だ。時間を捻出できても体力が持たないことも多々ある。しかし、ふたり意見が一致したのは"とにかく毎日触れること"が大切なのだということ。わたしもテキストを広げて文字を追ってるうちに居眠りしてることもある。もちろん、そんな日の勉強は身にならない。それでもやっぱり触ると触らないでは物事に対する愛情が違ってくるのだ。
最近つくづく思ったことは、どんなに物事がスムースにうまくいかなくても、失敗続きでも、結果の良し悪しに気を揉まず、必死で追い続けよう、振り返って"やらなかった"ことを後悔するような人生だけは絶対におくりたくない、ということ。
今日で震災から2年。先日テレビで見た、あるカメラマンが写した被災地の子供達の何気ない通学風景が目に焼きついている。瓦礫しかない殺風景な道をランドセルを背負って元気に走っていく子供達。こんな状況でも子供達は立ち止まらず、すくすくと成長する。波に呑まれてしまったいくつもの儚い命を悼み、また生き残った子供達の強い生命力が美しくて涙がでてしまう。たくさん希望を持って強い大人に成長していってほしいな。
2013年03月08日(金) |
どこにいても美味しい"メシを食う" |
お金にならなくたって、人から羨まれなくたって、自分の好きなことに生きる人バンザイ!ここ数日、そんな人々をお見かけする機会に恵まれて非常に触発されている。
テレビ番組で見た相原さんという男性は、日本で国立大学の医学部を出て、小児科で働く医師だったが、ある日それをポンッと捨ててケニヤに移り住み、幼稚園を建てて園長先生となった。医師の白衣を身にまとい、すっきりと散髪した相原さんは、清潔で、さわやかで、仕事の後はいい車を乗り回して、高級レストランで食事をしていたりするのだろう、と想像させるような見た目だったが、今はケニヤで土と埃にまみれて、園児を指導し、園舎の修復もする。ベッド以外の家具のない小さな家に帰れば、ケニヤ人妻との間にできた二児の父親だ。夕飯はお米と野菜の煮込みの一品だけだが、その辺りでは夕飯を食べられるだけでも平均以上のようだ。彼がここに辿りついた経緯はこうだ。高校のとき、スウェーデンに留学した。現地の友達もできて、楽しいだけの毎日を送っていたが、ある日、友人のひとりが自殺した。そのことに大きなショックを受けて、命について深く考えるようになる。それが医学部をめざすきっかけとなる。そして小児科の医師として働いていたある日、こんな疑問が脳裏を過ぎる。日本ではひとつの命に大量なお金がかけられ、何人もの医師がひとつの命のために奮闘する。しかし、貧しい国ではどうだろう。医療どころかたったわずかな食料で飢え死にしなくてすむ命がぽんぽんと消えていく。命の重さは平等なはずなのに・・・。退職して、貯金した100万円だけを手にケニヤに渡った彼は、自ら肉体労働をして園舎を建てた。その辺りでは小学校が少なく、幼稚園から勉強をしないと、小学校に入れない。貧しく生まれた子供でも頑張り次第で貧困から抜け出せるようにと彼の幼稚園では読み書きを教える。月謝が払えない親はビーズアクセサリーを作ってそれを月謝代わりに収めればいい。それを日本に送ってバザーなどで売ってお金に代える。貧しい人々を相手にした商売はなかなかお金にならない。しかし、彼はとても生き生きとしていて幸せそうだ。
「ここでの日々は"食べなければならない"、また"食べさせなければならない"ということに尽きるんです。でもそれが私の生き甲斐となっています。私はここで"生き甲斐"を見つけました」
あぁ、なんて純真な人なのでしょう。どんなにお金を持っても、そこに"生き甲斐"を見いだせなければ、真価がないもの。日々巣立っていく自分の園児が、ちゃんと小学校に入り、しっかりと勉強して、自分で食べられるようになる、これこそが彼の幸せの源となるのでしょうね。
もうひとつ、最近読んだ「パリでメシを食う」という本にも同じような刺激を受けた。パリで"メシを食う"10人に取材したルポだ。パリという場所に辿りついたきっかけは十人十色だが、共通してるのはみんなとにかくエネルギッシュ。どんなに失敗を重ねようとも自分の好きなことめがけて突進していってしまう人々の姿はなんとも美しいと思わせてくれる。