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アウトドアな予定を組んで楽しみにベッドに入ったのに、朝目が覚めたら雷を伴う暴風雨。仕方なく予定変更してスビアコマーケットへ買い物に出かけた。ここはあまり見かけない種類の野菜や果物があるのでなかなか面白い。丸々太った大きな栗を発見。閉店後の知人のイタリアンレストランで赤ワインを開けてピッツアの釜で栗を焼いて、最高だ、最高だ、と言いながらみんなでガツガツ食べて栗の殻の大きな山を作った木枯らしの冬の夜を思い出す。また夜な夜な食べようとごっそり買った。そしてフレンチのベーカリーで焼きたてアツアツのチョコレートクロワッサンを買うのは日課。一度買って楽しみにして家に帰ってパクリとしたらチョコレートが出てこない。もう一口。出てこない。なんとチョコレートを入れ忘れたのだ。次に買いに行った時にわたしがどれだけがっかりしたかと切々訴えたら、ごめんね、と苦笑しながらハートの形のパイを付けてくれた。今日はインディアンのお店でダルケークにもトライ。これも美味しい!!豆の粉を溶いてオニオンやハーブやスパイスを混ぜて雑穀をまぶして揚げたのか、見た目はそんな感じ。
夕飯には天麩羅と茶碗蒸しを作った。アレックスの知人の女の子も来ることになっていたのだが、メインランドのチャイニーズと聞いて正直嫌な予感がしていた。メインランドのどこから来たのか知らないけれど、あまりにも世間を知らず、のろまで、社交性のない、英語も通じないからどうやってここまで来たのか知りようもない、そんな人ばかりしか会ったことがなかった。しかし、現れたのは長身で透き通るような肌と長い艶やかな黒髪が印象的でてきぱきと流暢な英語を喋る女の子だった。会計士として大連の会社に就職してここに2年以上にも渡って研修に出されているらしい。明るく活発な人柄で話もはずみ、楽しい夜となった。食べ物も気に入ったと言ってくれたのだが、彼女には疑問があったらしい。
「日本って野菜高いんでしょ?食料の大半を輸入に頼ってるって聞いたわ。だから今夜は特別野菜料理にしたの?」
はははっ(笑)。彼女達には肉のない食卓というのが粗末なものであり、しかし、わざわざ粗末な晩餐に自分を招待する訳はないと思考を巡らせてしまったのだろうか。
「日本の伝統料理はほぼベジタリアンなのよ。」
と言ったら納得したらしい。
ベトリとした油の後片付けがどうにも嫌いで、揚げ物なんて年に1度やるかやらないか。わたしにはとんでもなく特別で豪華な晩餐なのよ!
午後から雨。久々に肌の調子が良い。お気に入りのブルーのワンピースを着てシティに出る途中、バスの中でヘンテコなオージーにステキなドレスだと褒められて食事に誘われた。雨の音でお互いにあまりよく聞き取れなかったのだが、わたしが"リタイア"という言葉を発したら、
「え?イタリアン?そうか、イタリアンが好きなのか。任せて美味しいレストラン知ってるから。」
と勘違い。どこまでもハッピーな国民性だ。女の"Next time"が永遠に実現しないと知っているのは日本人だけで、オージーにそんなこと言うと本当に無邪気に"Next time"に電話してきたりするから要注意だ。気を悪くしないように、
「ホリデーで来たんだけど明日発つから。」
と断ったが、パースは狭いから1週間後にばったり会ってしまったりしてね。
DOME Cafeでお茶。WAのスタバといったところか。パースのカフェは空間がゆったりして落ち着く。東京のように順番待ちして、ぎゅうぎゅう詰め込まれて、挙句タバコの煙を浴びるなんて最悪はない。
夜はCell group。気に食わない人間とどう向き合うかというディスカッション。ひとりの男の子の意見が印象的だった。
「どんな気に食わない人間もGodがクリエイトしたもので、Godに愛されているものだ。そういう人間との出会いはGodに与えられた試練であり、教材である。賛同できないものも、ただ受け入れて胸に留めておかなければならない。」
一息ついてのサパーはわたしが作ったガーリックブレッドとターキッシュアップルサブレ。バイブルスタディに頭を痛めたわたしは一息どころか三息くらいついていた。
2008年05月26日(月) |
Japanese pan cake |
よくアジア系の人々が美味しい和食として挙げるもの、お好み焼き。あのこってりソースが中華のオイスターソースやホイシンソース、ブラックビーンソースとかを思わせるから馴染みやすいのか。わたしは滅多に食べないがアレックスに作ってあげた。具はキャベツと紅しょうが、モッツアレラチーズ、青ねぎ。あとは上に濃いソースをかけるのだからそれなりになるでしょう、とかなりいい加減。焼きあがりのアツアツに花かつおを乗せたところでアレックスが帰ってきた。いい匂いだ〜、とキッチンまでやってきて顔を強張らせている。花かつおがくねくね踊っていたからだ。
「い、い、生きてるの??」
(笑)
Well done!
とても気に入ったらしい。のどを鳴らしてビールを飲んでいた。甘い物を好まないサマンサは、ジャパニーズパンケークと聞いて空腹じゃないと言ったのに、一口食べたら、急におなかがすいたらしい。
2008年05月25日(日) |
I'd miss you |
アレックスがHillarys boat harborに連れて行ってくれた。Northの海にはあまり行かないから過去に数回Hillarysまで足を伸ばした記憶は克明だ。昨年のニューイヤー、マーヴとゴロゴロしているところをドライブに誘われて出かけていった。ドライバーはブラックガイ、パッセンジャーシートは彼の友達のホワイトガイ、バックシートにイエローなわたしとダークなマーヴ。みんな車に乗り込んですぐに顔を見合わせて、
「うわぁ!!全色揃った!!」
と笑った。人種差別なんて見たまんまの色を口に出せなくなったところに発生するものなのだと思った。爽快な出だしだったけれど、ブラックガイのポンコツ車にはエアコンなんてものはなく、熱と乾きにやられて夕方にはみんな脱水症状のように干からびてしまったのだった。このニューイヤードライブの記憶は豪快に笑うブラックガイの大きな口とHWYの脇にわずかな水で強く生き延びているような太く逞しい木々に尽きる。
パブのテラスで一杯飲みながら今まで行ったライブやコンサートの話に花を咲かせる。アレックスは一文無しの時でも音楽があればいつでもハッピーだった。メタル音楽を聴きながら別の世界にワープしてしまっているときに話しかけても、返ってくる答えは、
“Oh yeeeeeah!!”
だけである(笑)。
薄暗くなった帰り道、HWYを爽快に突き抜けながら聞かれた。
「本当にあともう少しで日本に帰っちゃうの?」
いつもみたいに心変わりしてやっぱりやめたっ、と言うかもしれないと踏んでいるのだろうか。実はひとりでFreoまで行った日、ふとそう考えた。それは簡単だ。楽だ。でもやっぱりダメだ。帰ってエクザムを受ける。でなければ、行く行く精神的に潰れてしまいそうだ。
“Would you miss me?”
“I’d miss your food”
それは嬉しいな。わたしは日本に帰って泣くだろう、と言ったら、意外そうに顔を覗き込んでから薄笑いされた。当たり前じゃない、1ヶ月ずっと一緒にいてこんなに沢山しゃべり続けて、離れたらさびしいに決まってる。
一番兄とマーヴに会いに行った。お兄ちゃんに会うのも半年ぶり。潮風は呼吸器にいいのかと聞いてみたら、やっぱりいいらしい。いつも言葉足らずなのに自分の専門となったら急に饒舌になった。タバコも吸わないのにね、とうんと残念がってくれた。
午後からはアレックスと日本茶の専門店へ。日本人の中年男性が説明しながらテイスティングさせてくれる。わたしはあまりお茶好きではないからただするりと飲んだけど、アレックスは真剣だった。抹茶パウダーを見て妙に反応を示す。
「もしや、抹茶アイスはこのパウダーで作るのかい?」
バニラアイスに混ぜるだけよ、としらり答えたら、日本食レストランに行くと必ず食べるほど大好きなあのアイスが自分で作れるなんて、と興奮してお買い上げ。茶葉やら羊かんやら沢山買い込んでいた。今日はフッティの試合でもあるのかスビアコはユニフォームを着た人で大賑わい。スポーツ観戦には興味ないけど、この喧騒は心地よい。
(写真:My best friend!)
静かな金曜日。キッチンで試験勉強中のサマンサの気配だけ感じながら夕飯を作った。サマンサは自分の意思ではなく親にここに送り込まれて、ボーイフレンドを母国に残してきたらしいけれど、明るく頑張っている。これが終わったらたった2週間だけど会いに帰れるのが楽しみらしい。今日は豆乳鍋とカレー味のポテトサラダとコリアンダーをきかせたナスのパティ。5時にはアレックスも帰ってきてわいわいと食事した。
夜、DVDを借りにCOMOまでドライブ。あぁ、COMO、愛しのCOMO、静かなCOMO、夕陽の美しいCOMO、帰りたい。二人で声を揃えた。
「そういえばCOMOにイタリアン&チャイニーズレストランとかいう怪しい店あったよね。」
とアレックス。
「Stingy and Greedy最強コンビね。」
「じゃぁインディアン&チャイニーズでどう?」
「Tricky and Greedy最強コンビってこと?」(笑)
しかし、ここにいるとつくづく思う。日本で平和ボケして生きられる幸運。だってここはどうやって法の目を掻い潜ろうかと知恵を振り絞って試行錯誤している人々ばかりで、駄目と言われたら素直に諦めてしまうのは日本人だけよ。みんな本当に抜け目ない。
(写真:海辺のギャラリーの窓拭きに徹する女の子)
2008年05月22日(木) |
My mom is special |
マーヴに会いに行った。チャイルドケアセンターがあったので窓越しに覗いてみた。おままごとのフライパンや目玉焼きやクロワッサンがあって一緒に遊びたくなった。窓には"My mom in special because...."とプリントして子供にその後を書かせたのをぺたぺたと貼ってあった。読んでいると面白い。
"because she loves me"
"because she buys me stuff"
などなど。そして、
"because she has stopped using drugs"
,,,,,苦笑してしまうよ。
バスから一緒だったアボリジニの女の子は麻薬犬の検査で止められてしまった。他のアボリジニと違って大人しくじっと座っていて目が合ったら恥ずかしそうにニコリと笑っていて、こんなコもいるのだと感心したから意外に思ったけど、結局持っていなかったのかもしれない。窓越しの面会に切り替えられただけだった(前回はワルそうなブラックガイがその場で逮捕されていくのを見た)。匂いが移ってしまうような場所にいたのかもしれない。そういう環境で育ってきたんだろう。アボリジニは依然、無理矢理檻に閉じ込められて、突然人間界の掟に従わなければならなくなってしまった野生動物みたいだ。
夕焼けに染まるバースウッドを散歩。完全に日が沈んでしまうまで、サイクルパスの中をひたすらしゃべりながら歩いた。アレックスの研修はいよいよ得体の知れないものとなり、いまいち意味のわからない日本語の単語を声にだしてリピートさせられたりしたらしい。
"僕はでしゃばらず、大人しく聞いてたけど、隣のヤツが聞いてきたから君が書いた説明つきのノート見せてあげたらOh!!と感嘆されていい気分だったね"
ですって。
中国の地震被害は人間のみならず。飢えた犬や猫は人肉を食い漁る可能性が高いため見つけ次第処分されることになったらしい。貧困というのは先進国の常識では計り知れない。それでも、自然災害に強く耐えた命を故意に絶って行くことにやっぱり納得できないでいる。
2008年05月20日(火) |
MasalaMasala! |
近所のスリランカン食堂にランチを買いに歩いていったら"Closed"の文字。エーー!おなかすいたよ。中をのぞいたらスリランカ人のオーナーがいたのでニッコリ笑ったら出てきた。カレーが食べたい!と訴えたら作ってくれた。これはポテトマサラとターメリックライス。わたしスリランカで暮らす素質あるかも。毎日これでも大丈夫そうだ。オーナーは、
"Are you chinese? It's funny you like this food a lot"
と笑う。確かにこのエリアでダークスキンの人々に混じってマサラマサラ!!と声をあげる色白アジア人は奇異だ。
夜はアレックスがわたしの大好きなラクサの店に連れて行ってくれることになっていたけど、これもClosedだった。仕方なく隣の店でイマイチのラクサを食べた。アレックスは今日からマネージメントの研修プログラムに参加しているらしいのだが、これが奇妙で日本の企業から買い上げたプログラムの理念をそのまま使用していて日本語の単語が頻出するのだ。100人近くの人間がなぜ日本語で覚えなければならないのかと困惑しながら受けたらしい。家に帰って日本語学習となった。彼のノートを見たら困惑加減がよく現れていた。思いあまって唯一覚えているひらがなで"あいうえお かきくけこ"などと落書きしてある(笑)。漢字で書いて読み仮名をふって英語で説明を入れてあげたら、明日先生にこの漢字を教えてあげよう!ですって。
Freoを散歩。潮風は呼吸器に良いと聞いたので(本当??)浜辺でのんびりしてきた。心なしか今日は調子が良い。マンゴーアイスも食べた。気分的なものかな?やっぱり海暮らしがいいな。
早朝、デイヴィスのピックアップでマーヴに会いに行った。訪問者がずらりと並んで立たされ、麻薬犬が臭いを嗅いでまわるチェックがあるのだが、なぜか犬が突然後ろからわたしのスカートに頭を突っ込み、おしりをベロリと舐められた。オフィサーも慌ててた(笑)。性病全般の血液検査を受けてみたら、クリーンだったらしい。ということはわたしもクリーンと思っていいのかな。もしわたしがHIVのようなのに感染していたらどうするかと聞いたら、共有する、という答えだった。彼なら本当にそうするかもしれない。動物みたいに単純な愛がいい。やっぱりこの先の人生マーヴと一緒にいたいな。
デイヴィスは相変わらず結婚を迫られてどう逃げようか悩んでいるのだが、マーヴはこういう時だけ誰よりも大人っぽい意見をする。
「何が問題なんだ?準備が出来ていないって言ったてじゃぁいつになったら準備できるんだ?一生同じだよ。子供は少し待ってもらうにしても結婚してから一緒に組み立てていけばいいよ。準備万端でいざ結婚を考えたら誰も相手がいないのがオチだよ。」
マーヴの兄弟はみんな初めてのパートナーを最後のパートナーとして選んだから自然とそう考えられるのだろうかね。
帰り道デイヴィスとカフェに寄った。大きなオーツとドライフルーツのクッキーをシェアした(Yummy!)。デイヴィスはアイスクリームはバナナと一緒でコーヒー(紅茶)はクッキーと一緒という決まりがあるのだ。マーヴはよくわたしが本を読もうとカフェに行くと着いてきて、隣でミルクシェイクを飲みながら待っていたっけね。ひんやりとした朝の空気が気持ちいい。
午後は庭の手入れをするアレックスの気配を心地よく感じながら日向ぼっこ。空がどこまでも青く、世界がどこまでも遠く感じるような静かな時間だった。
2008年05月17日(土) |
何事もなかったように |
朝のキャニングリバー沿いをウォーキング。陽が射して燦然と輝き放つ濡れた青い芝生、きりりと冷えた秋の空気、体内から全て洗われるようなパーフェクトな朝。Waterfordには住んだことがあるけれど、その時はこんな風に歩いてみたりする余裕がなかった。
歩きながら沢山話した。アレックスとわたしはどちらかが一方的に話すとかいうのはなく、同じくらいお喋りだ。合うのはコモンセンスが近いからだろう。いつもと変わらない他愛ない会話と笑いがあった。
昨夜一度自分の寝床に就いてから寝付けずに立ち上がってアレックスの部屋の前まで行った。色んな感情が渦巻いていた。誰かと一緒にいたい。じゃぁ、アレックスと寝たいのか。隣に寝るのはいいけどセックスしたいのか。夜中に男の部屋を訪ねるってそういうことでしょう?その前に相手の気持ちは?ボーイフレンドを愛してると言い張る女友達に部屋をノックされる気味悪さ。普通の感情を持った男ならこんなに萎えるものはないだろう。わたしは真っ先にマジメと形容されるような人間ではないけど、友達と寝たことはない。さびしいのだろうか。いや、違う。じゃぁ、アレックスが好きなのだろうか。好きだけど性的に魅了されないからただの友達として長々付き合ってきたんだ。
恐いものみたさだったのだろうか。やっぱりノックした。うとうととアニメを見ていたので黙って隣に横たわって一緒に見た。戸惑っているようだったけれど、手を握ったら笑われた。当たり前だ。我ながら友達の手を握るなんて気味が悪い。何がしたいのか解らず、自分の行動にショックを受けてパニックになっていた。男は相当なことがない限り、ベッドに潜り込んできた女を追い払うことはないでしょう。それから2時間くらい喋って気付いたら眠っていた。
自分の壊れ加減があまりにも悲しかった。両親と妹はみんな一度ずつ精神的な病気を抱えたから自分だけはこうなってはいけない、強くいようと誓ってきたのに。悩むことや泣くこと悲しむことは大切で、これがない人間のほうがよほど不健康だろう。けれどそれは強くあることとは別のことだ。わたしは沢山泣いても強くいたい。
何事もなかったように一日がはじまり、ビールを造るキットやら庭に植える植物やらアレックスの買い物に着いてまわった。夕飯は散歩がてら近所の小汚いマレーシアンレストランで美味しくもないカレーラクサを食べて遠回りして帰った。相手が何事もなかったように振舞ってくれるのが有難かった。それか彼にとっては何事でもなかったのかもしれない。わたしもThank youもI’m sorryも言わなかった。通りかかった動物病院で窓に体を押し付けてこっち側に来たがった愛らしい猫のことを考えながら自分の寝床で休んだ。
かつて庭と呼んだ公園をひとりふらふらと散歩。ひとりぼっちの時も他の人ともよく来たけれどやっぱり思い出すのはマーヴのことばかりで切ない。一応紅葉が見られるけれど、陽射しが強すぎるせいなのか、木の葉の色が変わりきる前に枯れて落ちてしまっているみたい。誰にも教えたくない隠れ家カフェで苦い苦いロングブラックとアーモンドビスケットを摂って一休み。ふと思い立ってアレックスを待って一緒に家に戻ることにした。バスポートで待ち合わせたら満面の笑みを浮かべてやってきたのに、バスに乗り込むとすぐに本に没頭し始めた。感傷的に一人で日中をやり過ごしたわたしは喋りたかったけれど、仕方なく同じように本を広げた。
夕飯は日本的(しかしベジタリアン仕様)味噌ラーメンとベジ餃子をふるまった。ラーメンが大好きで日本を旅行したというコは口とは裏腹に本当に美味しいと思ったのかわからないけれど、アレックスは大分気に入ったようだった。
もう町も人もすっかり変化してしまったと思っていたのに、シティを歩いていたらばたばたと知人に会って過去に心が吸い込まれていくようだった。駅で呼び止められて振り返ったらステファンハウスのシェアメイトのアフリカンブラックガイだった。急いでいたので数分話して別れた。用を済ませた帰り道、ハラペコでチップスでも買って食べようとファーストフード店に飛び込んだ。炭酸飲料がついてくるらしいが、コーヒーに変えてくれるように頼んだら店員の女の子は快くOKと言ってくれたのだが、レジの打ち方が解からないのかマネージャーを呼んだ。出てきたのが、、、カイルだった。何度も顔は合わせたけどデートしたのは一度きり。しかし彼にとっては人生初めてのデートだったのでとてもスペシャルだったのだ。モスレムの両親の下に育ちながら、わたしの飲酒に付き合いたかったのか、ワインに口をつけてしまい、
「ママが知ったら泣くだろう」
と言うので水をたっぷり飲ませたのだった。わたしはモスレムの男性というのは大体において無理だった。見た目がタイプじゃないし、気が合ったためしがないし、何より一夫多妻的に奴隷のように扱われる気がしない。しかし、カイルはここで生まれ育ったオージーだった。純粋無垢で盲目になり、わたしと結婚して毎日わたしが焼いたケーキを食べるのが夢だなどと言い出した。そんな、と断りつつも、そんな単純明快でただただ平穏な幸せもあるのかもしれないと考えてしまうことがあった。その後日本語の勉強をしていると一年に一度くらいメールが来ていたが一度も返信しなかった。なつかしいな。もうすぐ学校を終えてやっと就職するらしい。何か言いたげだったけれど、急いでターンしてしまった。
なんだか胸が詰まるような思いで(急いで食べ過ぎただけかなぁ)足早に歩いているとまた呼び止められた。これまた元シェアメイト。マーヴのことを聞かれて早く立ち去りたかったけど、わたし達の良い友達だったコリアンガイがまたパースに戻ってきたことを聞き出せたのはラッキーだった。マーヴに報告したらとてもエキサイトしていた。
木曜はサバーブのLate night shopping dayで、夕飯を摂ってからアレックスと出かけた。わたしはまとめ買いとか買い置きは嫌いで、その日必要なものだけを買い足すからこれといって欲しいものがない。しかし、これいる?と手に取ったものをわたしがNoと首を横に振る度にアレックスがつまらなそうに置くので少し首を縦に振ることにしたらたちまちカートはいっぱいになった。車のブートにアイスクリームやらヨーグルトやらを沢山積みこんでまたドライブ。わたし達ここの太った老夫婦の典型みたいじゃない?明日は絶対ロングウォーキングに出かけよう。
2008年05月14日(水) |
Cell group |
夕飯にピッツアを作った。若い学生のサマンサは5分置きにキッチンにやってきて"Is it difficult?""Need any help?"と興味津々。そのうち仕事を終えたアレックスとサマンサの友達も合流し、3人でわたしの周りをうろちょろうろちょろ、とんだ大騒動となったのでした。strong flourを頼んだら妙にサラサラの砂のような粉をもらって、それで半信半疑作ったのでこんな大騒動になりプレッシャーだったが、普通に美味しくできた。日本人定番の味のポテトサラダ(といってもわたしは粗挽きブラックペッパーをたっぷり入れてしまうのだけど)は大好評ですぐになくなってしまった。アレックスがマーガレットリバーで買ってきた赤ワインも空けて、日中のエクササイズとピッツア騒動の疲れでいい具合に酔った頃、水曜の夜のcell groupが始まった。
疲れた。英語がマザートングーの人々に混じってディスカスするのだ。スピードがきついし、大体トピックが観念的で考えれば考えるほど解からなくなってしまう。しかし、信じるものがあるというのは幸福だ。彼らは、よく悩み、よく泣き、よく笑う。とてもあたたかく、目が輝いている。しっかりと血の通った彼らと話しているのは気持ちがいい。終わって一息ついたのは10時頃。誰かが焼いてきたケーキをいただき、口に入れたまま居眠りしてしまった。
(写真:近所の池にぽつりと潜むブラックスワン)
晴天。歩いて20分かかるショッピングセンターまで散歩。行きはよいよいだったが、夕飯にとあれこれ買い物をしたら、帰りは妙に陽射しがきつく感じた。
夕飯はお寿司。カリフォルニアロールとフィラデルフィアロールを作った。アレックスはすかさず、セントラルパークなら1ピース1ドルで売れるなどと言った。計算してみればかなりいい商売。20ドルの材料費で100ドルくらいの売り上げを出せる。しかし、パースにいるとみんなすぐにこんなことを考えるようになってしまうから可笑しい。アレックスはSAKEが大好きで、寿司なんか食べるとますます恋しくなると、仕方なくウォッカを舐めながら、ネットで酒の造り方を真剣に調べて、こんなに手間がかかるのに飲めるのは半年後。。。。とぼやいていた。
食後にアレックスの写真を見せてもらった。その中につい最近撮った家族4人揃っての写真があった。彼が買ったこの家を見にきたらしい。彼が学生の頃、両親がうまくいかなくなって遠く離れて別居していると聞いた。そのことにものすごく傷ついて、大好きなお母さんを苦しめた、"男の不誠実"を強く憎んでいるようだった。一人で異国の地で暮らし始めたお母さんを一人で異国の地に留学した息子がわずかなアルバイト代からお金を絞り出してヘルプするのを見て血の繋がりは夫婦の絆より強いのかもしれないと思った。いつの間に元通りになったのか。みんなみんな幸せそうだった。
2008年05月11日(日) |
Good luck and Bad luck |
早朝、デイヴィスのピックアップでマーヴに会いに行った。昨夜はエキサイトしてよく眠れなかった。デイヴィスは相変わらず。買い物に行ったらレジのジャパニーズガールが自分をじっと見ていたからコーヒーに誘ったら着いてきた。その後映画に誘われて行ったら頭をもたせかけてくるので、キスしようとしたら拒まれたのだと。前の彼がまだ忘れられないのと言われたとか。ジャパニーズガールの典型である。デイヴィスには理解できまい。大体、あなたはGFが大好きと言いつつ、どうして他の女とデートするわけ?と聞いたら、だって彼女に結婚せまられてるんだもん、という得体の知れない答え。
マーヴは”You look beautiful”と言ってうちの愛犬みたいな無償のキスを沢山くれた。でもわたしだって子供みたいに楽しいという感情だけに生きていけるほど単純じゃないから悩みもある。友達とランチへ行き、打ち明けてみた。マーヴのイノセンスは信じている、けれど自己判断力の鈍さが招いた惨事であることは事実で、彼がまた同じようなことに巻き込まれるとか違う形で困難に遭うことを想像して恐くなったりするとか。彼女とは思考回路が違って、いつも自分では気付かずはっとさせられるような核心をついた鋭い意見をしてくれるので、それがポジティブなものである場合、特効薬となる。彼女はこう言ってくれた。
「ここにはGood luckとBad luckしかないから、どんなにマジメにやったってLuckは必ず見方してくれるわけじゃないし、自己判断力なんかじゃどうにもならないものだよ。それに彼だけじゃない、誰だってそれくらいのBad luckの可能性を持っていて紙一重だよ。」
世界どこを探しても確かな安定などというものはあり得ない。今日が良くても明日も良いとは限らない。逆も然り。明日の心配などせず今日のGood luckをめいいっぱい噛み締めておけばいいのかもしれない。
夜にアレックスとフィッシンチップスを買いに行ったらそこがインディアン・スリランカン(ヒンドゥ)のお店に変わっていた。閉店間際だったけれどカレーなら作れるというのでポテトマサラをオーダー。ちゃんと炒めたりしている音が聞こえて5分くらいで出来た。車の中にスパイスの香りが充満して二人して涎を垂らしながら急いで帰った。家に着くなりガツガツガツガツ、、、5分で平らげてしまった。炒めた玉ねぎの甘さに猛烈スパイスのアクセント、低脂肪な味のロングライスは最高に美味しかった。
夕飯後にサウスパースのジェッティの周りを歩きながらアレックスがあるアパートメントを指差した。
「パースに到着した日、大学のアレンジでここにステイしたんだ。たった二日だけ。」
「二日しかなくてその後どうしたの?」
「すごいラッキーで、その時一緒にステイしたインドネシアンガイに知人がいてそこのリビングに部屋が見つかるまで泊めてもらえることになった。」
そしてそのインドネシアンガイの話題に。
「世間知らずのホンモノお坊ちゃまで幼稚な奴。どうしてそんなボロい家に住んでるんだ?早く引っ越したほうがいいよ、とか言うんだよ。世の中にはお金の心配をしながら生きなきゃいけない人間がいることを知らないらしい。女と別れればオンオン泣いて、男に泣きつかれたって気持ち悪いって。」
「そういえばわたしも似たようなインドネシアンガイ知ってるよ。一ヶ月くらい一緒に住んでたんだけど、高級車乗り回して、いつもミッキーマウスのプレートに焼いたソーセージ乗っけて食べて、それ以外に何も作れなくて、しかもプレートの洗いかたを知らないのか、いつも水に漬けっぱなしで邪魔くさいからわたしが洗ってたんだよ。名前はレオンっていったかな。」
そうしたら、
“Shiiiiiit!! That's him!!”
ですって。信じられない!世界は狭いのか広いのか。大体レオンというわたしにとってもアレックスにとっても名前を思い出すのに時間がかかるくらい過去の小さな存在の人間の話題になったのも奇遇。しかも、レオンを泣かせた女はわたしだった!というオチでもあったら面白かったが残念、それはないね。
午後にシティへ出た。半年ぶり。ニュースなどで報じられているように、人口増加の著しさに比例して町の変化が忙しいのが寂しいところ。変わらないのがこの町のいいところだったのになっ。かつての住処を訪ねてみたらステファンはいなかった。一年かけて世界一周クルーズの旅に出ると聞いていたけど本当にここを売り飛ばして行ってしまうとはショッキングだったな。ノースブリッジでコピを買ってシティまで歩いてきたら金曜というのもあって、人の多さにうんざりして買い物は断念。セントラルパークのカフェで一服して階上へ昇りアレックスのオフィス見学。スワンリバーを臨む快適オフィスでヘッドホンしてガンガンミュージックかけて仕事してた。金曜の4時、オフィスはもうガラガラ、パブは満員御礼。カフェテリアでコーヒーをいただいて待った。働きもののアレックスは4時半退社。バスをキャッチして一度家に戻ったら速攻着替えて彼の同僚のハウスウォーミングパーティーへ。到着したのはなんとサウスパースのジェッティ前のミリオネアマンションだった!しかもオーナーは20代くらいのカップル。そんな若くてこんな買い物しちゃうんだぁ。。。カナダから一緒に移民してきたという美男美女カップルだった。シティの夜景を一望するバルコニーでワインを飲んで雑談した。アレックスの会社といえばスノッビーで成金趣味みたいな人々を想像していたのだが、全く違った。凡人感覚の常識ある品の良い人々だった。金曜の夜はビルに一斉にクリーナーが入り、ライトがフルに点灯するから夜景を見るならベストだという。ビルの清掃に入る外国人の苦学生達もいつかこちらでワインを傾け夜景を眺める側の人間になることを夢見ているのだろうか。
その後ケニヤ出身の若いブラックガイと3人でヴィクパーのマレーシアンレストランで軽い夜食を摂りながらおしゃべりに明け暮れた。20代中盤のBoysは他の国への移住やキャリアアップの話題に花を咲かせ、いつか結婚もしたいと目を輝かせていた。ふと、マーヴだってこうなるはずだったと思った。でも失ってしまったものは仕方ない。違う形の幸せを見つけるしかないのだ。彼が希望を失ってしまわない限りわたしは彼のそばにいたい。
パースに到着。GWを外して正解だった。成田空港もカンタスの機内もパース空港もガラガラ。あのおっかないAUSTイミグレも検疫も忙しさに苛立ってないから優しいし。久々にカンタスに乗ったけど、こんなんだったかね。映画観ようと前方を見たらモニターがない!ベジタリアンミールはそう悪くない。きのこのパスタとかボイルしたポテトとか、炒めたほうれん草とか普通でよろしい。隣の日本人の年配女性に
「お肉食べなくてもこんなに大きくなれるのね。いいわね〜。」
と褒められた。本物オージーみたいなおじさんアテンダントにワインを頼んだら、2本も持ってきて"Good for you!"と親指立ててウインクして背中を丸めてワッシワッシと歩いて行ってしまった。子供の頃観ていたスチュワーデス物語の堀ちえみの真剣さは無用の長物だったのではあるまいか。
空港からはアレックスのお迎えで、購入したばかりの家に案内してくれた。小さめのタウンハウスなどと言うけど日本人にしたら立派な家族サイズ。ゆったり快適。オンボロ小屋でバイブルとギター一本だけしかない彼を知ってるだけに大出世な気がする。いや、パースでも20代でこんな家を買えるのは限られているから実際大出世。苦労したもんね。報われたね。自分のことのように嬉しくなってしまう。わたしを降ろしてさっさと仕事に行ってしまったので適当に寝て適当に食料を漁った。今日は雨がぱらついているから散歩はおあずけ。アレックスは何度引っ越しても絶対サウスだからわたしも土地勘はある。明日晴れたら川まで下りよう。テキスト持参ながらも楽しいホリデーのはじまりはじまり!だといいな。
ピクニック日和。近所のアグリカルチャーセンターへ行き、木陰で寝転がって読書に勤しみました。新しい道路が出来てからちょっと活気が出てきたものの、商売根性を出してみたりしないのがここの良いところ。
すぐ近くではお父さん抜きの二家族がピクニックを楽しんでいた。ふと男の子が、
「おまえが間違えたんだ!洗って来い!」
と大きな声をあげて、妹をペットボトルで殴りつけた。二人とも小学校低学年くらい。妹はヤダヤダと繰り返して言うことをきかない。男の子はエスカレートする。妹は泣きだした。男の子が妹の靴を遠くのほうに投げてしまった。するともっと小さい4歳くらいの妹が走ってそれを取ってきて、キレた。
「ケンカするなら出て行きなさい!!」
上の妹はおんおん泣きながらレジャーシートから出て行った。ずっと黙っていた母親もとうとうキレた。男の子に叱り付ける。
「オマエはそんなに人のミスが許せないならもう人と関わるな!」
男の子はアイツが洗ってこないからいけないんだと言い続けたがそのうちそれは涙声に変わり、ふいっとどこかに歩いていってしまった。慌てて後を追うもう一家族のほうのお母さん。
叱ったお母さんは哀しげだった。わたしはどんなに小さくても、家族にでも、男の子が女の子に暴力を振るったのが哀しかった。撲殺されたブラックスワンや折られた花々を思った。もちろんこの男の子は病んでいるわけじゃないだろうし、そこまで酷くない。でもやられるほうの恐怖心は大なり小なり同じでしょう。
冬の間に青白くなった肌はいい具合に少し色付いたけれど、サングラスを忘れたのは迂闊だった。目が痛くなってしまった。
パースのとある行き着けの東南アジア料理屋でスパイした一品。木綿豆腐にガーリックパウダーを混ぜた片栗粉をまぶしてカリカリに焼いたら、塩と粗挽き黒胡椒をふりかけ、青葱とチリ(本当はフレッシュチリが欲しい)を放り込んでさっと混ぜて火を止める。ごはんに合うおかずの出来上がり。この店のコワモテシェフは腕がいいのだけれど、彼が休むとインテリ中国人坊ちゃんのようなオーナーが代わる。しかし、これがマズイ。いつも奥のキッチンにシェフがいるのを確認してから入っていくことにしている。
久々に清清しい朝の目覚め。4日前に湯冷めしたせいか咳、鼻水、声のかすれ、横隔膜の痛みという症状があったのが一晩寝る度にひとつずつ治癒していった。睡眠は一番の良薬だ。
沢木耕太郎の「無名」を読んだ。亡くなった実父の89年間の無名の人生と親子の時間の記憶が静謐に感慨深く綴られている。一合の酒と一冊の本があればいい、執着心がなく運命に抗うことをしない父をありのままに受け止める家族達。作者は紛れもなくこの人の息子である。有名になったのは自己顕示欲ではなく才能が運命をそう導いたのだろう。父は「不運だった」のであり、「守るべき存在だった」という決して相手を嘆かないあまりにも行儀の良い奇妙な親子関係ながらも、丁寧語で話すよそよそしさながらも、血の繋がりによる強い絆を感じる温かい作品だった。
夕飯はワラビと筍のナムルが入った春のビビンパップ。ごま油が食欲をそそってついつい食べ過ぎてしまう。
玄米ごはんのお焼き。万能ねぎを混ぜて昆布を漬けておいた醤油を塗りながら焼くだけ。フレッシュチリを乗せてもいいかも。うちの近所ではたま〜にしか売ってないのが残念。しかしこのプレートの鮮やかなコバルトブルー、この色を見るとアテネからのフライトがミコノス島に着陸する寸前に見たエーゲ海の色を思い出す。
AUSTで大学を出て永住権も手に入れたマルクが南米に帰ることに決めた。理由は、"Bo〜ring"のひとことに尽きるらしい。良くも悪くも刺激的で日がなダンスに明け暮れているようなイメージの国から来たらそりゃぁね。わたしでさえ若者が白人ポップス調なのにはたまに我慢ならぬよ。Boringは愛してるけどね。デイヴィスが空港に送って行き、別れ際なんとマルクが泣いたと言う。わたしは彼と会う前、マーヴにアジアンガールしか受け付けない変わったジャーマンだと聞いて、小柄でソフトでむっつりスケベな青年を思い描いていたのだが、全く違った。骨太でジャンボで堂々とした至って普通のジャーマンだった。しかしやっぱり内面はソフトだったのかな。デイヴィスもつられて泣いたのだと。ジャンボで毛深い男二人が肩を抱き合いしくしくやる光景を想像してマーヴとケラケラ笑った。