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わたしの帰国が一週間後に決定したのと同時にマーヴが極めて健康という太鼓判を押され、プリズンに送り返された。朝にマーヴ兄と病院に会いに行って、帰宅すると同時に電話が鳴った。ナースからだった。法律上他人であるわたしにも連絡をくれる親切心にお礼を言って電話を切ると、一瞬にして甘い夢から覚めてしまったような気持ちになった。
ずっと続かないことは知っていたから、30分だけ放心したら後はすんなり受け入れることができた。
良い休暇だった。この三週間毎日会えた。あまり便のよくないバスを乗り継いで時間をかけて会いに行くことが楽しみだった。朝と夕方に公衆電話まで歩いて電話をかけることも。それだけで一日が終わってしまうということが幸せだった。マーヴは付き合い始めからもう普通に何度もベッドの上の寝言のように結婚しようと言っていたけれど、今回はきちんと向き合ってそう言ってくれた。それでも自分で納得が行かなかったようで、次回プロポーズのやり直しをするらしい。夢から覚めても、その先にはもっと甘い現実が待っているかもしれない、そう信じたい。
(写真:マーヴと肝試しのように走り抜けたサウス・パースの小さなブッシュは全部チョップダウンされて、小さな池だけが残っていた)
2007年10月30日(火) |
あなたには才能がある |
シティで仕事帰りのアレックスを見かけた。きちんとした社会人の格好をした彼を見るのははじめてだ。
アレックスもマーヴも裕福な家庭で育って、行儀良く教育された人々が当たり前のように兼ね備えている自立心から貧乏な学生生活を送ったことには変わりない。アレックスは親に学費を援助してもらうことに気が咎めるといって贅沢はせず、バイトをしては少しずつ返しているようだった。20代そこそこの男の子がたったひとり家族や知人もなく移民してそこで生計を立てていくというのは簡単ではない。しかし、卒業して就職して、転職して着々とキャリアを積み上げていって立派な社会人になったのは、努力と根性と頭の良さの賜物だろう。社会にでて、大人の人付き合いも学んで、生活にゆとりもできたせいか、あらゆることをスマートに交わせるようになったと思う。マーヴは4人もの頼れるお兄ちゃんと育ってきたせいか、開拓と決断が鈍い。しかし与えられたことは張り切ってこなし、その中で一等賞を取るタイプである。就職活動をはじめた時もわたしが手直しした履歴書を持って懸命に走り回っていた。
二人ともかわいい弟のようだ(いや、マーヴは息子か)。アレックスを見ては、マーヴは彼のようにちゃんと成長するだろうかと思う。今日マーヴがふと
「君の周りにいた男達を覚えているよ。みんな家も車も職も色々持っていたのにどうして何にも持っていない僕と付き合ってくれたの?」
と言った。わたしはもう物質は単なるオマケだと知っている。胸を焦がして泣いたり笑ったりさせられるものは人の心でしかない。その身ひとつで幸せをくれるのだから彼には才能がある、そう思ったからだ。
2007年10月29日(月) |
兄さん、本当だったよ |
以前マーヴと彼の友人のクリス君と"美人"についての話題で盛り上がっていた。クリス君はさらりと言った。
「僕が見た一番の美人はうちの妹」
こちらでは他人に家族を語る時へりくだるなんていうのはまず見かけないが、そこまで言うお兄ちゃんも見たことがなかった。マーヴでさえ、妹は"髪がきれい "、くらいに留まっている。クリス君は中国人と白人のミックスでキアヌ・リーブスのような雰囲気だし、マーヴも彼の妹はすごいと言うが、それにしても親バカならぬ兄バカなのだろうと思っていた。好みが違うのもあるけれど、以前、僕のGFは世界一の美人、と言っていた黒人の男の子が100kgは軽くあって歩くのもやっとといった黒人の女の子を連れてきて得意気な顔をされた時はホント反応に困ったが、大体いっつもそんなんだ(その後、彼はテレビに映った肥えたインド系のニュースキャスターのおばちゃんにも"Damn!!"と連発してものすごい反応していた)。
しかし、ふと立ち寄った靴屋で、そういえば、クリス君の妹がここで働いているって言っていたっけと思い出した。しかし、とりわけ興味もなく靴を物色していると店員が寄ってきた。
"Did you need any help?"
とソフトな猫なで声がする。振り返るとそこにはめまいがするような美人が立っていた。目の色も髪の色もクリス君と同じだ。均整のとれた中肉中背で文句のつけどころがない顔立ち。ハリウッドスターのような華やかさではなく、キレイな隣のお姉さんとしてローカルな人気を得るだろうタイプの美人。見惚れてぱっくり口を開けたまま首を横に振ると、にっこり笑って軽やかに奥に消えていった。
昨日から吹いている北風が冷たくてフェイク・ファー付きの真冬のジャケットを出した。先週まで短パンとタンクトップ一枚で歩き回っていたのだから、この気候の気まぐれさは侮れない。
テレビで枯渇して砂漠化の進んだ郊外の映像を見た。パースの町中が発展して賑やかになっていくのと裏腹に見捨てられた廃墟の町のような無言の悲しさが漂っていた。干ばつのせいやら何やらで食べ物の値段が急高騰している。あらゆるものが半年前より1、2割高になった。緑や花に彩られた町中を歩いていると感じにくいけれど、どこかの科学者が予言したように、もうそこまでこの町の終焉が近づいているのではないかという気になる。
ここに来てから日本では到底食べないファッティなものばかり食べていて体調がすぐれない。今日のランチなどマーヴを訪ねていく途中、ブルーベリーマフィンとコーヒーをバスストップで急いで食べた。寒いことだし真っ直ぐ家に帰って、と夜は金時豆とオニオン、キュウリ、アヴォカドなどを入れた生温かいサラダを作った。あぁ、やっぱり家のごはんに勝るものはない、とほっこり気分になったのでした。
マーヴが結婚したらわたしに買ってくれるコーヒーマシーンのことをあれやこれやと楽しそうに話している。イタリア語の名前がついたやつのほうが安いんだけど機能が良さそうだとか。彼自身はコーヒーを飲まないから、そうか、そんなにわたしと結婚するのが楽しみなのか、と思い込んでいたが、
「僕のミルクシェイクも作れるよね!」
そういうことだったのか、、、。作れないわよっ。
アメリカにいる彼の妹とビザのことでメールのやりとりをした。文面から常識的なしっかりした人というのが窺える。ここにいる一番上のお兄ちゃんとマーヴは典型的なのんびりしてちょっと世間ずれしたお坊ちゃま気質なのに、末っ子の上に紅一点で育った彼女が一番頭がよくてバリバリやるタイプだというから面白い。マーヴが、妹はいつも僕と一緒に遊んでたのに、いつ勉強したのか、さっさとアメリカに行ってしまって僕だけこうなった、というのが可笑しくて、そういうちょっとデキの悪いところが憎めなくて家族はみんな彼が好きなのだろうと思う。彼にあたたかい家族があることがとても嬉しい。
マーヴの誕生日はマーヴ兄のコールで目覚めた。
「マーヴはお金が必要らしいから、渡してくれる?」
すぐにぴんときた。本当は病院に移ってから多忙を理由に一度も面会に来ていないお兄ちゃんに会いたいだけなのだ。10分後お金を届けにきた。
「病院の売店の食べ物は美味しいから沢山買ってるんだって」
そんなわけないじゃない。。。あぁ、こういう裏を読まないところ、ホント兄弟だわ。
会いにいくより先にパースステーションの中央改札の前の公衆電話からバースデイコールをした。マーヴの声がいつもよりはずんでいる。家族があちこちから電話をくれたようだ。みんな二言目には日本人のGFのことを聞くらしい。兄弟達はこんなことになっても去っていかなかったわたしをとても情深い優しい女だと思っているようだ。しかし逆に去れてしまうものだろうか。自分の愛した人が得体の知れない罪を着せられ冤罪を訴えている。素行からもその訴えを信じることができる。例えば、森の中で二匹で仲良く暮らしている野生動物がいる。いつもいつも一緒に走り回って遊んでいたのに、ある日一匹だけが人間がしかけた罠にはまって身動きが取れなくなってしまう。残された一匹はさっさと自分だけ逃げるだろうか。わたしは助け出すには無力だったし、逃げたってその先に越えられそうにない大きな峠があると解っていた。実際にそんな状況に陥ったらわたしと同じ選択をする人のほうが多いのではないかと思う。
この日に彼がみんなに愛されていてよかった。来年は一緒にケーキを作れるといいな。
(写真:ジャカランダが咲き始めました。そろそろ11月ですね。)
2007年10月23日(火) |
この世で一番の幸せ者 |
その二人は誰もが認める仲良しカップルだった。だから男の子のほうからちょこちょことちょっかいを出されるようにようになったことはちょっとした衝撃だった。彼女を愛しているのはきっと本当なのだろうけれど、どこかでほんの少し満ち足りていないのか、そのわずか数パーセントを埋めてくれる何かを求めているのだろう。虚しいが、世の中にはこんな大人のほうが圧倒的に多い。
仏教徒の両親を持つマーヴは、その思想が染み込んだところがあって、
"You have to be happy with what you have"
と言って、家族や恋人、友人をあるがままに受け入れて精一杯愛している。
約束を守らないデイヴィスに文句のひとつやふたついいつつも
"That's the way he is. You can't change people"
とわたしのようにきつく怒ったりはしない。
白髪が増えても皺が増えても
"Doesn't matter, I like the way you are"
と言ってくれる。
この世で一番満ち足りて幸せな人はブディスト・モンクなのだそうだ。
2007年10月20日(土) |
"Old man"の旅立ち |
シティのシェアハウスにマーヴが影で"Old man"と呼んで慕ったおじさんが住んでいた。50代の白人オージーで、見た目はハリウッド映画にでてくるイタリアン・マフィアのように粋な白髪でけっこうクール、しかしなかなか変わり者で頑固おやじでもあった。のらりくらり映画ばかり観ていて、たまに仕事を見つけてもまたすぐに辞めて映画暮らしに戻った。わたしとマーヴの間ではゲイ疑惑もあったけれど、一度リブ・タイラーの映ったテレビの前で、次のGFは彼女がいいと言うのを聞いて、いやストレートだとか言って、結局バイセクシャルということに落ち着いていた。
そして20代の若い黒人(アフリカン)の男の子も住んでいた。そのGFも20代の黒人。芯は強そうだけれど、物静かで毎日甲斐甲斐しく彼の夕飯を作るために通ってきていた。
それが!何がどうなったのか、いつのまにかそのGFとOld manがくっついてしまったらしい。二人は先週仲良く一緒に引っ越していったそうだ。
という話を元シェアメイトとオーナーのステファン、ステファンが連れてきたコリアン・ガールと夕飯を摂りながらしていた。連れてくると聞いた時すでにぴんときていたが、彼女はやはり最近のステファンのお気に入りのようだ。一応子連れのGFがいるようだが、彼はちょこちょこと他のコにもちょっかいを出していて、結局本命というものがないのかもしれない。
のらりくらりでヒッピーなOld manはゲイ疑惑が浮上するほど全く女の影がなかったが、ある日突然人のGFをさらっていった。
働きものでビリオネアのステファンはこのまま孤独にリタイアメント・ライフを送るのか。一度"I'm not happy anymore"と寂しそうにつぶやいたのが忘れられない。しかし、
「二兎追うものは一兎も得ず」
仕方ない。
見事な新緑。すくすくと芽吹く新しい命に胸が躍る。
マーヴと出会えてよかったとつくづく思う。地位も名誉も職も金もないのに、結婚したらコーヒーマシーン買ってあげるね、猫も飼おうね、庭だけは大きいのがいいよね、とか夢に明け暮れるたび、わたしの脳裏に浮かぶのは野良猫に囲まれて火を熾してコーヒーを沸かし、地上全てが自分の庭であるホームレスのような自分の姿だ(そう本人に言うと、「そんなことはない、屋根付きだけは約束する」そうだ)。しかしその顔は決して不幸そうではない。自分が学生の時ですら"貧乏学生"と付き合ったことなど一度もなかった。ほんの少しのお小遣いは全て映画に注ぎ込んで、唯一お金に換えられそうな財産は質の良いベッドとソースパンだけ。ソファはないから椅子をブランケットで包んでくれたりした。
母は、愛があればお金なんてというのは最初のうちだけよ、お金がなければもめるのだから、とよく言った。しかしお金に困ったことのない両親はよくお金の使い道でもめた。東京で暮らす友人にはお金があるが愛がない。孤独に子育てに明け暮れて、お金だけはしっかり運んでくる旦那の背中を見つめながら離婚を考えている。わたしとマーヴは仲良しだ。何もない中でアイディアを出しあって、ひたすら愛だの恋だのに明け暮れる楽しみを知って、30歳を過ぎてもう一度新しい人生が開花しはじめたようだ。
病院へ。もう名前も顔も覚えられているようでみんな親切だ。いちゃいちゃし過ぎだと数回注意されたものの、おとなしくしていたら面会時間を長くしてくれた。マーヴには面会者もお金をくれる人もいるから、売店でチョコレートやスナックを買うことができるけれど、そうでない人もいる。マーヴが売店で何か買うのを涎をたらして見ていて、お金を払い終わると寄ってきて物欲しそうに、何を買ったのかと聞いてくるおばちゃんがいて、チョコレート・バーを一本分けてあげたら奇声をあげて飛び上がって喜んでいたそうだ。わたしはそれを聞いて、今朝家のドアを開けるとそこに何の外傷もなくただ力尽きるように丸くなったまま硬くなって死んでいた小鳥を見つけたのを思い出した。どうして民家のガレージのコンクリートの上なんかでひとりぼっちで死んだのか。鳥は人里離れた海や森で集団で力尽きるものだと思っていた。木陰の土の上にそっと移したら、周囲に散らばっている木屑のように無力で、本当は空も飛べたのにと悲しくなってうろたえた。
外にでるといつもの患者のおじさんが遠くからわたしの名前を呼んでいる。用があるわけでも話したいわけでもない、ただ名前を知ったからリピートしているだけだ。手を振ると嬉しそうに"I know you are Japanese"とまたたったひとつだけ知っていることをリピートしていた。
2007年10月14日(日) |
Don't worry, I'm fine |
タクシーで病院へ向かった。乗り込んで行き先を聞くなり、ドライバーは、君自身が行くんじゃないよね?と確認する。ボーイフレンドに会いに行くのだと話すと、わたしが悲嘆に暮れていると思ったのか、大丈夫だよ、あそこの病院はただ検査しに行くところだから、とかあれこれ言って必死に励ましてくれた。
今日も快晴。タクシーはスワン・リバー沿いを爽快に走り抜ける。こんな宝石のような朝をあと何度迎えることができるのだろう。
ドライバーは当たり前のように一般病棟の前で車を止めた。マーヴがいるのは別の棟だったけれど、そこで降りて、入り口を抜けるふりをした。
マーヴがいなくなった日、気が動転して勢いだけで手紙を書いた。わたしは待っていると約束したのでそれを貫こうとしている。約束を破る後味の苦さを想像しては、そんなものに苦しめられて人生を送るのはまっぴらだと思う。どんな辛い結果が待っていようと、そういう自分がしでかしたことに対する後悔や苦しみよりはマシなのではないかとそう思っている。半年経った今でもやっぱりこれでよかったのだと思う。離れていてもマーヴは幸せを運んできてくれるし、寂しさと不安と小さな悦びの間を彷徨う日々の中で新たな道を発見した。進むべき道がくっきり見えた時ほど人生が明るく感じる時はない。わたしは大丈夫、勢いよく歩き出しています。
デイヴィスと病院へ。大分回復したとは言え自分が精神を病んで薬を飲み続けている彼と精神病院にいるマーヴに会いにいくというのは不思議な気分だ。ここ数回ちゃんと約束の時間にやってくると思ったら車中、人間は愛されてないと生きることが難しいよなどと真剣に語っていた。今のGFは彼にしては長続きしているし、回復は薬よりも彼女の愛に拠るところが大きいのかもしれない。
帰り道コーヒーでも飲んでこうということになり、スビアコで止まった。結局シシリアン・レストランでパスタを食べた。
「ナースやドクターもちょっと精神やられてると思わなかった?」
とデイヴィス。確かに、そう思った。毎日そういう人と関わって似てきてしまうのか。今日の主任のナースなど生粋のブロンド白人のデイヴィスに向かって、黒髪で浅黒いマーヴの兄弟かと聞いていた。食後のアイスクリームまで食べながら本来はここに一緒にいるはずのマーヴに電話をかけると妙に心配している。どこにいるんだ、デイヴィスの女に刺されはしないのか、と。それを恐れてわざわざスビアコでランチしたのよ。やっと「愛」を手に入れたデイヴィスが次に手に入れなければならないのは「信用」でしょう。
2007年10月12日(金) |
This is real |
今日も病院へ来た。芝生に寝転んでいると、たまにのそりのそりと患者が近寄って話しかけてくる。
あなたはナース?それとも医者の卵?
ただのVisitorだと答えると訝しげにわたしをじっと見る。レセプションでも同じやりとりがある。精神患者やプリズナーを訪ねてくる人は歯が汚かったり髪がぱさぱさだったり、焦点が定まらない目をしていたり、とてもお日様の下で暮らしをしているとは思えない見た目をしている人ばかりで、わたしのように健康そのもので会社員だと言ったら誰もが納得するだろう見た目は異色だ。医者もナースもわたしを見て意外に思っているのだろう、マーヴに、あんなに良いGFがいてラッキーだね、と言うらしい。素直な彼は、みんな君が良いって解るんだね、と嬉々としているけれど、わたしには、「片やプリズナーなのに」という言葉が隠されているように聞こえて、違う、彼は悪いことなんてしていない、だから良いGFを持つのは当然よ、と言いたい複雑な気持ちになる。
夜にダリアとゲイリーとアレックスとCOMO(パブ)で飲む。シティのパブなんかより格段にいい。そこで偶然友達に再会したアレックスは、ヤツはどう?などとわたしに耳打ちする。将来ハゲそうな感じね、といい加減に答えるとヤツはオタクだけどブッシュ・ウォーキングが趣味だし君と合うと思うよ〜、お金持ちだしさぁ、何よりオージーだからこれで永住権獲得だよとかなんちゃらと3人は笑っている。わたしには純朴でかわいいボーイフレンドがいると言ったのにな、一度も姿を現さないからきっと冗談か妄想だとでも思っているのだろうな、、、。
早起きしてバスの窓にへばりついて何度も降りる場所を確認して、徒歩ではきつい巨大な敷地内を彷徨いながらひとりで昨夜マーヴが送られた病棟へやってきた。
昨日は生理前の鬱に悪天候が重なって些細な悪運も大きな悲劇のようにぽろぽろ泣いて日中を過した。何度も電話をしてきては優しい言葉をかけてくれるマーヴだけが仄かな灯だったのに、夕方にもう一回電話するね、just to say I love youと言ったきり連絡がなくてその言葉ももらえなかった。故意に約束を破ったりする人ではないから電話が混んでいたんだろうとかそう思ったけれど、こんな日はそれだけで何もかもに見放された気分になってしまう。ベッドに入っても体が火照って眠れないまま寝返りばかりうっていると電話が鳴って色んなことがひっくり返った。マーヴからだった。こんな夜中にどうしたのよ、と驚いていると、病院に送られて(大したことはない)面会も許されてるからとアドレスのみをメモさせられて電話を切った。時計を見るとまだ日付が変わっていなかった。わたしは小さな男の子と砂場で真剣に未来を誓い合っているような気にさせられる心の幼いマーヴの空気に完全に染まってしまったのかもしれない。今日のI love youをちゃんともらえたことに胸をいっぱいにしてベッドに戻った。
結局午後にならないと面会できないと言われたので待つことにした。売店でスナックを買いこんで芝生に寝転がっていた。精神科が主なようで病んではいるけれど凶暴性はない患者のみ敷地内を自由に歩けるのか、おなかだけが妙に出っ張っていたり、手を常にぶるんぶるんと振っていたりあまりにも個性の強い見た目の患者が穏やかにへらへら笑ったりしながら周囲を歩き回っている。セサミ・ストリートのような世界だ。しかし何故だか妙に心地いい。自分も実は精神をやられているのだろうか、それとも単に喧騒から離れて緑や花に囲まれているからだろうか。ゆっくりゆっくりのそりのそりと歩く彼らを見ていると"正常"という基準が解らなくなってくる。彼らのどこが異常なのか。せかせかと朝から晩まで機械のように働く人間は正常なのか。この待ち時間にわたしの中で色んなことがどくどくと動いてしまった。
面会は個室が与えられた。スポーツしてからシャワーを浴びてきたと髪が濡れたまま現れたマーヴはプリズンにいる時よりも元気そうで、ここにきて半年ぶりに念願のバナナを2本も食べたのだと目をきらきらさせていた。
2007年10月08日(月) |
Right here waiting for you |
Wherever you go, whatever you do
I will be right here, waiting for you
Whatever it takes, or how my heart breaks
I will be right here waiting for you
-Richard Marx
チャイニーズばかりのディナーに参加。場所はもちろんチャイニーズ・レストラン。彼らには日本人のように今日はイタリアン?フレンチ?などという選択肢はなく、今日はどこのチャイニーズ?という感じである。一人一品選ぶことにして10人もいたので円卓にあれこれあれこれ並んだ。やっぱりチャイニーズは大勢じゃなくっちゃ。食卓にアルコールは乗らない。ひたすらよく喋り、よく食べる。肉もすごいが野菜もたっぷり。女の子でもわたしの倍は食べる。しかし決して太ってはいない。会話にはやっぱり"マネー"がでないことありませんね。そして久々の再会といえども食べ終われば会は終了。顔を合わせてから一時間で解散となりました。この会にいた人々はみんなここに長いようだけれど、それでもチャイニーズってどこに住んでも毅然とチャイニーズでい続けるのよね。
(写真:絵本から出てきたような屋根。カワイイな。)
2007年10月06日(土) |
たしかにスケール。。。 |
昨夜アレックスに電話をした。
"ケーキを作るつもりなの"
"スケール貸してくれない?"
そして今朝ノックされたドアを開けるとそこには得意気に体重計を抱えた彼が立っていた。
Ohhhh men,,,,
結局アレックス家で作ることに。朝の話はとんだ笑いネタ。ケーキとスケールは別の話と思ったらしい。どちらかといえば辛党なわたしが唯一"食べたくて"作るのがコーヒーチーズケーキ。うんと甘さを控える。作りたてより二晩くらい寝かすとしっとりしてより美味しい。いい加減なアシスタントのアレックスにオーブンの温度設定を任せて本来つかないはずの焦げ目がくっきりついてしまった。
食後にいつもどおり散歩にでた。アレックスは昨夜エクスガールフレンドと二年ぶりに会ったらぶくぶく太っていて、気持ちが萎えて早く家に送り届けてしまったらしい。パースではごくごくありふれた話。そんなものよ、と呟きながらも歩くつま先に力がこもってくるのがわかった。
(写真:アレックス家のバルコニーより)
マーヴ兄とプリズンへ。長い道中初めて落ち着いて話す機会を得たけれど、案外トーカティブでよく笑う。お兄ちゃんはここに来てからあまり笑わなくなったとマーヴはよく言って、確かに家に訪ねていくとひたすら物静かで、パワフルに絶え間なくお喋りに興じる圧倒的に女の多い奥さんの家族に押し潰されている感があったけれど、弟のガールフレンドという責任のない存在は気楽なのかもしれない。顔も背格好も全く似ていないと思っていたけれど、近くで見るともみあげに少し白髪が混じったところなどが似てる。6人兄弟の長男で、5番目で典型的甘えん坊の弟気質のマーヴより格段しっかりしているけれど、やっぱりちょっと世間ずれしたお坊ちゃまのようなあまりにものんびりしていてイノセントなところがあるのもそっくりだ。
お兄ちゃんはおなかがすいたと言ってマフィンを食べていて、その後手についた食べ物の匂いに麻薬犬が物欲しそうに反応した。訓練されていても犬は犬。愛嬌のある可愛いヤツだ。
帰り道、お兄ちゃんは弟のあんな嬉しそうな顔を見たのは久しぶりだ、本当に帰ってきてくれてよかったと言ってくれた。
夜にアップルクロスのイタリアン・レストランでナエちゃんと"ひとまず最後"の晩餐を。二人で空けた赤ワイン1ボトルは久しく飲んでいなかった身には強い。しかし決して苦しみを飲んで紛らわせたりはできないわたしには"飲み過ぎてしまう夜"は幸福のしるしなのです。
時間も約束も守ったことがなく全くあてにしてなかったデイヴィスが珍しく朝から3時に迎えに行くから準備しておくようになどとメールしてきた。本当に来るのだろうか。今日こそマーヴに会えるのだろうか。何度も約束をすっぽかされて、その度に大喧嘩をした。マーヴがいなくなってしまった日もわたし達は病室の外で怒鳴りあいの喧嘩をしていた。信用ならないけれど、根っから悪いヤツではない。他のことは一切覚えていないのに、わたしがベジタリアンなのだけをしつこく覚えていて、みんなでピッツァをオーダーしようという時も肉の入ってないやつじゃなきゃだめだと断言したり、家に行っても彼女のは肉抜きにしてとしつこくママに言ったりする。続いているのか知らないけれど、一時期体調を崩した時は君のように健康になりたいからベジタリアンになると言ってきっぱり肉をやめた。マーヴは、あいつは戦争で頭をやられたとよく言ったけれど、本当に正常なところから一本だけネジを抜きとってしまってそこに風穴が開いてしまったような人間なのだ。3時になって電話がきてキャニング・ハイウェイを下ってると言われてもまだ信用できなかった。しかし10分後、ブルーシルバーのアルファロメオがこっちに向かってくるのが見えた時、本当に会えるのだと胸がドクドクと高鳴った。
刑務所の入り口を入ってすぐにカウンターがあってそこには150kgぐらいはありそうなデブなおじさんが3人並んで座っていた。デブにしか勤まらないポジションなのだろうか。写真を撮られるのだが、スマ〜イル!などと言われて、そういうものなのかと頑張ってにっこり笑ったけれど、後でデイヴィスに聞くと君がからかわれただけだと言っていた。いい加減なものだ。
カフェテリアのようなところでじっと座ってマーヴを待った。赤ちゃんを抱っこしている若い女の人も不自由な体を引きずった老人もわたし達のように待っていた。テレビで見た日本の刑務所のように陰湿な雰囲気ではないことが救いだ。わたし達が入ってきたのと反対の入り口にマーヴを見つけた時は嬉しくて嬉しくて、そこまで走っていって大きなハグをした。電話で散々話してきたから大した話題もなくて、ただひたすらお互いをジロジロと見合った。長い長い睫毛を振り回すように大きなクリクリとした目を瞬かせて、次はどんないたずらをしようかと考える子供のようなあどけない表情は消えてはいなかった。
帰りの車中、GFからの電話をとったデイヴィスは声を張り上げて大喧嘩を始めた。彼女は何時間も電話を取らない彼が浮気しているのではないかと疑って嫉妬に狂っているらしい。わたしの友人にも相手の浮気や愛情を疑う人は多々いる。マーヴとはしばらく離れて暮らさなければならないけれど、そんなことを心配したことは一度もないわたしはもしかしたらそう不幸ではないのかもしれない。
(写真:10月のパースの主役、ボトル・ブラッシュ)
夜にナエちゃん&デニス夫妻とフリマントルへフィッシンチップスを食べに行った。デニスはがっつりとひたすら、わたしとナエちゃんは白ワインを飲みながらつまみ程度にシェアして食べるのが日課。そしてその後にジェラートを食べに行くのも。1年半前、ひとりで心細く飛行機に乗ってパースに戻ってきた時空港で出迎えてくれたのも彼らだった。それから何度もこんな風に脂肪たっぷりの呑気で平穏な楽しい夜を一緒に過した。自分自身がパースから遠ざかっていくのと同じ速度で友人達も散っていくように彼らももうすぐここを出て行ってしまう。それでも、何度もまた会えるのだろうかと切なく手を振って別れた彼らと新宿でもシンガポールでも再会してきたように、ここで手に入れた宝物を一生手放すということではないのでしょう。