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2012年06月28日(木)
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アンチエイジング 力技発動か!
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先日のこと。 親から「顔のシミ消せば」と言われて、軽く、いや、かなりショック。 うーん。。。 そんなに目立ってないかと思っていたが。近眼だからな。自分だけか、わからないのは。 多分、中高生の頃の焼きすぎと、新社会人当初のチープな化粧品のせいではないかと推測。
紫外線が弱まる秋になったら、タカミクリニックでもまた行くかなぁ。 脱毛で何度か行って、何のトラブルもなかったので、顔のレーザー照射にも手を伸ばすか。 お金ためなきゃ。つか、秋にはロエベ受注会で注文しちまった革スカートの支払いもあるんじゃん! 今年の夏は何も買わんよ。(うそ)
My dear YogaTeacherも先日、シミ消しレーザー照射をやってきてたし、 やっぱり力技使っても、綺麗なほうがいいよね。
不精なので、化粧品とか錠剤とか忘れるか飽きるかしてしまって、そのせいか効果がわからんので、 更に乗り気になれないのよ。(ケアプロストは別。あれは効いた)
家で忘れ去られていたグレープシードのカプセルで抗酸化作用を補い、 これも忘れ去られていた(これは何かで貰った)プラセンタで、これは何に良いんだっけ? 肌の透明感が増すと聞いた気がするけど気のせいかもしれない。 でも折角なのでとりあえず、飲む。 大丈夫か?
で、何とか夏をしのぎ、秋にはいよいよアンチエイジングデビューだ!
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2012年06月27日(水)
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『リーガルハイ』 『典膳さまポスター』
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『リーガルハイ』が終わってしまった。 とは言え、録画視聴でまだ7話までしか見ていない。 古美門のふり幅の広さとよどみなく通る台詞は堺さんならでは。 事務所の備品は事務員さんも含め、選択が素晴らしい。 善悪で軽々しく切らない、投げっぱなしの脚本も好きだ。 残りはこれから楽しんで見る。 堺さんは金田一もいいけど、京極堂はどうだろう。 この世の不機嫌を集めたような京極堂と、喜怒哀楽を全て笑顔で表現する堺さんは合わないっちゃあ合わないが、そこはお風呂で怖い顔を練習してもらって。 本より重いもの持たない論理展開が明晰な文士ってイメージに合うの、今のところ堺さんしか思いつかないんだもの。 後は又吉かなぁ。。。 書痴だし呪いをかけるの合いそうだから。 ってか、それよりなにより、『謎解きはディナーの後で』の執事! あれは完璧に脳内で、堺さんと堀北真希だったもんで、あのキャスティングは全く受け付けず。 ま、話はちゃらいから、テレビドラマとして『リーガルハイ』のほうが面白かっただろうけれど。 話は変わって帰り道の話。 WebにUPされていた写真で、場所もほぼ特定出来た。 JR新宿駅の中央通路の7,8番線の近くかと。 では、と駅構内を、典膳さまのポスターを目当てに迂回して通る。 あった。当たり。 素敵だー。薄桜というより、闇夜の中の月下美人。 すぅーっ冷ややかな風が吹き、あたりの気温が下がるよう。 PHOTO MOOK出してくれないかなー。せめてポストカードは欲しいな。
最後にもう書かないと言っていたが、あっさり前言撤回して書く。 母の友人の癌の話。 夫がいて子供が3人いるのに、なぜか私に医者への質問表を作って欲しいとの依頼が回ってきた。 作りましたよ、質問表。題して『今、医者に聞いておきたい30のこと』 「これは聞いておけ!」っていうのあります?あるいは、本人身内の経験談など。 上唾液腺に腫瘍。未確認だが断片的な情報を聞くにおそらくステージは�検� あったら、誰でもいいし、気のせいでもいいから教えてくれると大変にありがたい。
典膳さまの話を。 まず、act+別冊は購入済。 予想以上に充実のインタビュー。
回答を読んで、"選択と集中"との単語が浮かぶ。あるいは火星と土星。 言いよどんだり、語尾着え(Fade Out)な表現が際立って少なく、明解に答えている印象。 演じる役について、曖昧なところがなくなるまで、隅まできっちりと詰めている。 もちろん変化は前提であろうが、既に軸が揺ぎ無く確立している態が見て取れる。
役を掴むのが早いという評価を聞く。 その表現だと、自然に出来てしまうように聞こえ、それも真なのだろうが、"手を変え品を変え早く役を掴みに行く"とも言え、そちらも真なのだろうなと思う。
頼長様は原色の鮮やかさ、磐音様は透明、典膳さまは公式ホームページを見ると青?蒼?藍? 確かにロイヤルブルーの高貴さと青の憂愁な感じはする。
続いてモンゾウくん。次回で最後なんだ。さみしいね。 コスプレにどんどん楽しみになっていた。見終わってから消してしまったけど、コスプレ集ディスクでも作れば良かった。
ただ、残り1話を残しすところまで見て、結局主役が一番役に会ってないとの感は拭えず。 彼女の頑な雰囲気と肉付きが良いちょいださのスタイルは、エロのタイプとしては陰りのあるエロで、 文学的だったり、陰影と湿気たっぷりの映画のほうが持ち味生かせたんじゃないだろうか。 深夜のコメディでちらちら出すには、華やかさと軽やかさが足りないような。 あの秘書が主役の方が良かったな。
って、ここまで思って別の日。 雑誌や切抜きなどを整理しつつ、眺めていたらTvnaviの対談2009年。対談相手は谷村美月19歳。 「これからくるよ。セクシー系の役とかも。」 「ずっと見守ってますけど」 「またきっと、一緒にやれるとは思うけどね。」って。言葉通りに現実化。
もう一つ。 佐伯泰英さんのインタヴュー。 山本さんについて。 「市川雷蔵さんと姿形はちがうんだけれど、どこか似通ったところがあると感じました。」 と言っていらした。 挙げられたいくつかの点のうち、これは大きいとされていたのが、 "役者の資質の一つの虚無感"、"役者としての憂愁"。
そう!そうなんだよなぁ。どっか寂しさと切なさがある。 市川雷蔵さん作品のリメイクはその共通点が引き合ったのかなぁ。
と、さらに別の日。 『薄桜記』の音楽を担当されたかたのTwitterを見る。 (自分はアカウントを持っていないが、検索に引っかかってきたのを"ちら見"はする。) 『二人の軍師』の音楽もやられた方なのね!ご縁ご縁。 話が決まった時の湧き上がる喜びから、制作期間の格闘っぷりを通して読んだ。
改めて予告編を見返す。 メロディアスな旋律。好きだと思う。 脚本家が大ベテランで音楽が連続ドラマは初めてという新進気鋭という取り合わせもいいね。
脚本も巻がなくなるのが寂しいほど面白かったそうだし、いやぁ高まる期待。 そして、ちゃんと前回の仕事を覚えいて感想を伝える主人公役。 さすが(戸田恵子さんの表現を借りると)"きちんとしている"。
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2012年06月21日(木)
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大切な誰かがいなくなる寂しさ
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えっと、元気がありません。 幼馴染の母親、というか、母親同士の方が仲良いから母の友人というべきか、 どうやらガンらしい、と言う。
口蓋、上あごのガンだと言う。 先日見つかったばかりだがかなり大きいらしい。 手術するという。歯を全部抜くんだって。
ふぅ。 上あごの上がぽっかり空くって、それどうだ。 再建するというが、そうは言ってもなぁ。
食べること、話すこと、もしかして呼吸すら元通りには出来ない。 生活の質を著しく損なう。 がんのうちでも、これはまたきっつい。
手術しないとだめなのかな。 放っておくと顔が崩れると言われたと聞いたが、それはどの位のスパンの話だ?
いずれ手術するとして、もうちょっと今を楽しむっつーのはどうだ。 だって歯を全部抜くくらいなら5年生存率だってたかが知れてる。 なら、少しでも普通の生活が出来る日々をとか思うのはおかしいか。
放射線治療とか、抗がん剤とかないのかな。
人んちのことだから、口には出せんが。 気持ちがどんよりしている。
祖母がお友達がどんどんいなくなると寂しそうにしていたが、次は母がそうなる時期か。 自分が死ぬ怖さ(痛くないといいな・・・とか)もあるけれど、というよりも。 大切な誰かがいなくなる寂しさ、あるいは、寂しがってる誰かを見るのもより切ない。
あーでも! こっちが元気なくしててもなぁんも役に立たないのでっ、これで終わりっ ここに書いて終わりっ! 書くのも一旦これで終わりっ!
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2012年06月18日(月)
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清盛感想とツィッター革命など
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清盛23話。叔父を切る話。日を変えて24話。いずれも録画で視聴。
こひさんいいなぁ。叔父さんいいなぁ。 暖かくて、そのくせ捻くれてたり鬱屈してたり、照れたりうろたえたり。 お疲れ様でした。好きでした。
義朝の慟哭。 弱さを抱えつつ、かっこよさを突っ走る男子役がはまる。 やるせない渋みも出てきて、これからが楽しみな役者。
ただ話全体としては"ためすぎ"というか、旅回り一座的な盛り上げ方に気持ちが追いつかず、 一部早送りしてしまった。 もう少し水っけを絞ってくれればなぁとの感想。いい話なんだが。 これは23話のこと。
24話は良かったー。 音楽の使い方もいいし、2場面同時進行という映像ならではの表現が気持ちがはまってる。 この人の演出は前回も評判良かったもんなぁ。 薄桜記もやってくれませんか。(というのは冗談として) 初めて清盛が可愛く、頼りがいを感じた。やっぱマツケンは静の演技が合う。 過去があって今があるのはわかるが、助走に半年間は長いよなー。
2話続けて、呼ばれてないのに唐突に現れる西行。 彼ってこの先もこの扱い? 好きでも上手いとも思わないけれど、 北面の武士の時の「ハハン」ってな優越感たっぷりの片頬笑いは持ち味生かしてたと思う。 出家の過程が見せ場だったのだろうが、話が意味わからなかったし。
当初4本柱(清盛・義朝・後白河・西行)と扱いだったのに、あれは客寄せの嘘だったのか。 今の扱いならそもそも最初からいらなかったんじゃなかろうか。 タマコ愛を知るの巻はそれ自体がいらないと思っている。 清盛の訴え仏なら、盛国でも良かろう。 それとも、何かの都合(他の仕事が入ったとか)で出番削らざるを得ずで尻切れになっているのか。何なんだろう。
そういえばPによるツイッターでの清盛解説。 新規さんを呼ぶのは今更だろうし、どちらかというと、今の固定客を引き止めるのが狙いのように見える。 かつ、録画でなくリアルで見ようよとの呼びかけか。 色々とつっこみ所はありつつも、新しい試みには拍手。 義朝を見届けたいので、そこまでは見るよ。
ツィッター繋がりで別の話。 チュニジアを始めアラブ諸国での民主化運動が、ツイッター革命と言われていた時に、"日本はね・・・"との話を読んだ記憶がある。 「日本でもネットの情報網は社会を変えつつある。 ただ、日本の人口構成ゆえにに少数派に留まっている。20代より40代が多く、60代はさらに多いのだから。 でも、上世代はいつかは少なくなるのでいつかは変わる。」と聞いた。
そうなんだろう。と思う。 シニア世代でもインターネットを使う人は少なくない。 ただ、圧倒的な違いはネットの情報への信頼度の低さ。 「デマばっかり、いい加減な噂でしょう」と。
確かに玉石混交ではある。 でも、都合の良いように編集されたマスメディアだけ聞いているほうが怖い。 個人それぞれのの偏向フィルターがかかった悪口雑言を100聞くのと、広告代理店の決定を1聞くのと、 どっちがより今何が起きているかを見せてくれるかっていうと、私は100聞くほうが騙されてないような気がするし、 おそらくそういう人は増えている。 親鳥が口に流し込んでくれるものから、自分でちょこちょこついばみに行くものに、情報の定義が変わったのだと思う。
一般人がバーターだのごり押しだの、知ったようなことを言うようになったのはまさにツィッター革命かと。 まだ、政治経済への目だった影響はないようだが、エンターティメントも産業の一つだからな。 じわじわではあろうが、影響力は大きくなっていくんだろう。
団塊の世代が退職したら週刊誌が何誌かつぶれるとの予測があった。 ねばってはいるがいずれ限界が来ると思われる。これから部数増えるとは思えないもの。 電車内でも特に帰りは、夕刊紙・雑誌を読んでいる人がほぼ居らず、みなスマホを見つめている。 テレビは同時性を武器にネタとして残りそうだが、雑誌・新聞はこれから伸びる方向性が見えない。 ぶち切れて、「提灯持ちです!」と判るように提灯持つか、どこの提灯も投げ捨てて無頼につっぱしるかした方が、面白いのだが、ないだろうな。
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2012年06月17日(日)
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土曜ドラマSP『永遠の泉』
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いまいちだったところ ・随分男に都合の良いファンタジーだなぁ。 ・ぬるくて寝そう。
良かったところ ・映像が綺麗。鮮やかなのに作り物っぽくない。 ・阿蘇の風景が綺麗 ・寺尾聡と小日向文世の多くを語らずとも、思いが染み出そうな居方が素敵。 ・リアルとイメージの二重写しが幻想的でかっこいい。 ・命は巡るというテーマは救いだ。 死がただただ不幸なだけなら、人間最後は必ず大不幸で終わることになってしまう。 死は消滅ではなく形を変えるんだ、という発想はいいな。 ・山本さんのエプロンコスがかわいい。 ・黄色のヤッケがかわいい。 ・赤のトップスもかわいい。 ・ユリさん・テラちゃんという呼び名がかわいい。 ・稼ぎは物足りないかもしれないが、精神的には大人で大きく包んで支えている感がある。 って、それって理想の嫁じゃん? ・濃密な老俳優のやり取りの中の息抜き、華やかな軽さ、かつ、説明セリフ。 という意図でのキャスティングかと納得。
後半の一部は戯言として。 このように味わい深いドラマが作られるのはいいねとの感想。 好みかって言うとそうではないけれども。
移動途中の有楽町線で迂回。 立ちより場所はあうるすぽっとさっ!
インタヴューが載っているというスケジュール表が目当てであったが ついでにちらしもゲットー!
色が綺麗。 3回目のL5Yの色合いに似ているけど、かすれた風合いが未完成っぽくてよし。 紙もデザインに合わせてざらっとした質感。 裏はアメコミっぽい軽やかさ。 好きだ。このセンス。
tick,tick...BOOM!のOfficialSiteのurlも書いてあったが、まだ動き出していないようだ。 twitterもやるんだー。(誰がつぶやくの?まさか。それは嬉しいけど怖い。)
協賛にKINUKAの名前もあり。繋がってるんだ。いいねぇ。 ハンドクリームは最初人工香料が鼻についたけれど、仕事中に使うにはべたべたしないし、 香りでリフレッシュ出来るので使いだしてからは、気に入って使っている。 リピートするかも。 (家では香りがついた手で、食器とか台所もの触り難いので使ってない)
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2012年06月13日(水)
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『シレンとラギ』@青山劇場
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先日の藤原新也から、本日は竜也へ。『シレンとラギ』の感想を。
いやぁもう。。。良かった。
2階席の1番前だったので表情はいま一つ見えないが舞台の全景が見えて、これはこれで満足。 群舞ならぬ群演技(?)。十数人の動きを俯瞰で見て、その計算しつくされた動線に感動する。 3次元把握がすごいぜ演出家。
ライティングと抽象的な舞台セットもいい。 場面説明として必要十分でありながら、観客の想像力の飛翔を邪魔しない。 むしろ「どんどん飛ばせー。好きにイメージ膨らませぃ!」と背中を押しているような存在でありました。
続いて役者の話。 まず、前評判どおり、カッツミー高橋克実のエロかっこよさに落ちる。 冒頭の説教シーンでの空気のつかみ方はすごかった。会場全体に投網を投げて片手で手繰り寄せる。 気持ちをざっくりわし掴んでいった。圧倒的でした。 あんな教祖がいたら信者増えまくりだ。 映像でこの手の役あるかなぁ。湿ったノワール映画あたりでがっつり見たいな。
古田新太の殺陣は、早いと華麗のあわせ技。 ちょっとキャラクター設定が弱かったかなぁ。 でも、どうしててくれればという案もなく。 ミサギがもうちょっと魅力的であれば動機付けが強くなったのだろうか。
以前アメトーークでバカリズムが、バーターの場合は名前の後ろに、(バーター)とつけろと言っていたが。 つけた方がいいよなと思った。あ、でも演劇見に行くような人はわかってるか。
じゅんさんとのコンビは最高。 ストーリーへの戻りがジェットコースターなみにがくん!と落ちる落差と速さが気持ちがいい。 「高い〜高い〜」のあの原始的な快楽に似ている。
竜ちゃん。藤原竜也の声は、仙骨から背骨を駆け上る。 息と音とのバランスがたまらん。 高低強弱のみならず、声に色がある。 あの声でささやかれたら、説法されたら、この教団も信者増えまくりだ。
殺陣がちと弱い気もしたが、まわりがまわりだから、そう見えるのは止むを得ないかと。
葛藤し、のたうちまわり、年上の女にはまる。 ここらが観客も見たいし・製作陣も見せたいところなのか。 パブリックイメージもしくは十八番。たしかに逸品。 この路線で60歳になっても是非。(。。。今一つ想像ができんが)
って、3名が良すぎて。 永作博美がかすんだ。いや、良いんですけど。 凛としてて、その一方ちょっと疲れたやさぐれもあり、リアル。 でも、彼女のクローズアップに耐える表情表現は映像のほうが向いてる気がする。
あほの王は気の毒で、終いには泣けてきた。 それをまた"カメ"(と未だに呼んでいる)がいかにも無邪気に演じるもんだから。
劇団員+ゆっきーは磐石の安定感。 要するに全体的にぎゅっと絞られてて、無駄も遊びもこみで余分なものは一つもなく、 派手でキャッチーでキッチュで笑えてわくわくして、そのくせ職人芸で、夜店のうさんくささと闇の怖さもある。 イメージだが後ろに色街を従えた戦前の浅草花やしきのような舞台でした。
エンディング。 シレンとラギがお互いに腹を刺し合って血脈を断ち切り、血を地面に返す展開が常套と思いきや。 穢れた血を使って人々の命を救う旅に出る。
日記を遡ると、蛮幽鬼の感想があった。 『皆殺しにして新しく築く。ノアの箱舟の話だよ』というグレアム@はみだしっ子の台詞を思い出したと書いていた。 へぇそうなの。(やっぱ日記は書いておくもんだ。後で読む自分のために) 今度は皆殺しにされた人を蘇生する。変るもんだ。
これが時代の空気か。 善悪二元論を突き詰めても先がないのは皆感じているところ。 皆殺しが絵空事ではなく可能性に近づいた事故も経験した。 勝ちと負けをつけたがる風潮はいまだ世間を覆っているけれども、この手の作品が出たっつーことは風が変わる前触れなのかもしれない。
今度の16日(土)のドラマ『永遠の泉』の原作は、連載時にいくつか読んだ。 著者は藤原新也。
彼の作品は随分と昔、何冊か読んでいた。『東京漂流』『全東洋街道』『乳の海』とかだ。 『東京漂流』では、80年代当時を、土地を人工物で覆い/行動は管理し/生物の野生が去勢されていく時代と書いていた。 川俣軍司の写真を覚えている。 荒ぶる野生を汚いものとして排除する時代の表出、として書いていた。
まさに、そのナマの生き物感が、当時の藤原新也の写真からは濃く匂っていた。 生き物の暖かく湿った空気が匂い立ちそうな写真に凄いなと思いつつ、異質なものと感じ距離をおいた。 異質感の発生元は世代と出身地の両方だろうなと感じた。
久しぶりに読んで、"枯れた"との印象を持つ。 川の流れに例えるのはべただけど。 世代だ文化だ環境だと色々違っても、結局ゆっくりと同じ海に流れ込むんだなぁ、って。 あ、枯れたのはお互いか。
辿り着く海は「出来るだけ(絶対はないから)盗まず殺さず、心穏やかに日々を送るには、どうしたらいいか」ということ。 自分が関わる森羅万象を、まるっと受け止めて慈しんで手放して見送るってことかなぁ。 が連載時のざっくりした感想。
寺尾聡が自身の代表作とまで言った作品を、楽しみに待つ。 山本さんの熊本弁が新鮮!
最後に。 通り魔で思い出した川俣軍司。 改めてぐぐって知った。「電波がきてる」はこの人だったのか。
そういえば、最近の通り魔は「電波がきてる」とも言わなくなった。 もう電波すらこないのか。それほど自然と離れたか。どれほど閉塞してんだか。
占星術的には35歳前後は、太陽の年齢域から火星の年齢域に移る時期と言われる。 前後を省略すると、16〜25歳が金星の、26〜35歳が太陽、35〜45が火星の年齢域だ。 もちろん年齢はぴったりではなく、おおよそこのあたりという意味だ。
牛を捕まえる過程を描くことで、人間の悟りへの階梯を解いた禅の経典、十牛図に重ねると、 それぞれ見蹟(牛の足跡を見つける)、見牛(牛を見つける)、得牛(牛を捕まえる)と、言われている。
ざっくり言うと、金星の年齢域は『自分はこういう人間?こういう生き方をする?という予感・手掛かりを掴み』、 太陽の年齢域で(大河・清盛の言葉を借りると)『それを自分の軸とて固め』、火星の年齢域で『世間に自分を打ち出していく』となる。
演劇に例えると、演目を決めて⇒稽古して⇒発表して、のような感じ。
と考えると論語とも平仄はあう。 あれは10年単位だが、30にして立つとは、25歳での"演目決定"を終えているとのことだし、 40歳の不惑は、太陽期の後だ。
それぞれの年齢域。 誰もがきちんと惑星の意味するところを燃焼しつくすわけじゃない。 ぐずぐずだったり、身近な人に(夫とか)に託してやり過ごす場合もある。
太陽の年齢域を活かしきって生きると、"自分はこういう人だ"との揺るぎない核が出来る。 火星期には、それを俗(世間・時代)と折りあわせて行くことになる。 その過程で避けられないのが、火星の象意。戦い・摩擦・葛藤。
結果、傷がつく。自分が作り上げた美しい生き方に。
気高き理想、美学を貫くこと。 自分の人生を十全で一点の曇もないものとして生きること。
世間と折り合う以上それは無理。 火星期は、きらきらでけがれの無い透明に磨き上げた水晶球のような自分の美しさを、 砂嵐にさらすようなもの。
自分の美しさを守るためのFadeOut。 ぐだぐだになってまで時を重ねることを潔しとせず席を立つ。 あるいは、薄汚れた俗世に弾かれて無念の退場。
自分の核が美しく・硬く出来ているが故に火星期への移行をせずにこの世を去る。 35歳前後の死には、そのような解釈がはまる場合もある。
と聞いた時に、土方さん・頼長さま・半兵衛さま・ジョナサン・モーツァルト。 おや皆ハマるなぁと思った。 彼らの生き方の在りようがぼやっとしているとは誰も思うまい。
宮澤賢治もそこに入ると先日の朗読会で思った。 享年は35歳ではないけれども。
薄桜記の典膳さまも(二次元ではあるけれども)原作を読む限りは、美しく生きることに固執し破滅していく。 滅びのカタルシスと手の届かない美しさ・正しさへの俗人の憧れとして描かれている。
なぁんてことをつらつら頭に残していたので、あうるすぽっとの『tick,tick,Boom』のインタヴューが心に染みた。 『何が正しいとも間違ってるとも提示してないところです。「でも、とにかく生きてるんだよ!」ということを強烈に訴えかけてくれる。』
"今生きてる"を芯に持ってきてるーって。 ほっとしたし、やっぱり思いを託されてるよっ!って。 思った。
(追記)おりしも10月頭に土星が蠍座に入る。ほぼ2年半滞在。 土星の象意は努力・訓練・試練と言われるが、要は自分のエゴと社会とのすりあわせ。 太陽・火星が蠍座にあり、そもそも蠍座集中のホロスコープときては、こりゃまたきつそうだ。。。。 が、マイナスばかりではない。 試練の着地点は、自己研鑽を重ねてきた結果が、社会に認められるとのなのだ。 時間はかかるかもしれないが、その分ゆるぎなく強い。それが土星だ。 楽しみー。(ってS心か?)
脳内に残る瀕死の映像。 志が折れる様は切ないね。
邸宅前についた時の声なき声がまず衝撃。 拒絶を聞くしか出来ない、返事はおろか耳を塞ぐことすら出来ない衰弱した身で、ただただ流す涙が哀しい。
屋敷前にたどり着いた時の安堵、父の拒絶にあっての絶望、そして最後に見せた貴族の矜持。 短い時間でのこの感情の揺れ幅の大きさ。一方で瀕死を演じつつ、心も見せる。 いやぁ、何度見ても素晴らしい。
こひさん、金田さんと、"老い"というか、過ごした日々の長さなくして、 表現できないも"わびしさ"のようなものも見た。 (もちろん歳月の長さは十分条件ではなく、必要条件)
大河ドラマ。平清盛。 ホント保元の乱前後の回は、それなりに面白いと思うのよ。 「人物の関係がわかんない」と身近の感想で聞いたが、ここ最近の回はぼーっとわかれば 単純に話の流れを楽しめる作品なんじゃないかと。
だから!もったいない! 返す返すも第1部の散漫さと、Teen清盛の無理くりな活躍が! 製作チームのイメージの不統一が! それぞれが好き勝手に脚本カットするのも話がぶつぎれの一因なんじゃねーの?
あと密かにこの時代やるなら源氏3代の方が良かったのでは? という感想もある。 義朝主演でさぁ。後半主役がいないor交代というイレギュラー展開でどうだ。
主演が悪いわけじゃない。 別にことさら好きなわけじゃないけど、嫌いっつーわけじゃない。 ただ、元々の地のキャラにあってない&どうにも脚本家が"清盛"(演じ手の彼ではなく、制作陣で作り上げた人物像)の魅力に首っ丈に見えず。
忠正おじさんや由良姫はあれだけ不憫なのに。 義朝のつっぱりは痛々しいのに。 清盛だけがどうにも印象が散漫で残らない。何か託す思いの熱量が足りないっつーか・・・ 主従にしてからに、源氏の方が書き込まれているもんなぁ。
いやいや贅沢はきりがない。 ただただ、頼長さまという人物像を魅力的に体現してくれたことに、その機会に感謝。 愛しい時間でした。
今思えば、ドラマティック・アクターズ・ファイルは全然ネタばれではなかった。 まさか、ほろほろと涙を落とすとは!!
さすが涙自由自在!!泣かせたら日本一! そりゃ山本さんキャスティングすれば泣かせたくはなるよなぁ。 予想してしかるべきでした。
なのに想定外。不意打ちでした。
切ないなぁ。 上手いなぁ。 綺麗だなぁ。 血まみれが似合うなぁ。
苛烈な人柄を見せつつも、人の弱さ・愚かさを愛しく感じられるように、演じられていたと感じました。 悪役なのに憎めない。短いシーンなのに多面性のある人物像を作り出す。 こういうお仕事を見ると、「やっぱ、山本耕史っつー役者は凄い!ファンで良かったー!」と、 海に沈む夕日に向かって、両手を挙げたシルエットで叫びたい。(心象風景)
でも、泣けはしませんでした。 それは組!とは、積み重ねた思い出の量が違うから、なんだろうな。 死をこう持ってくるならば、もっとエピソード積み重ねて欲しかった。 せめて、"頼長"と名づけた父の期待は見ておきたかったな。 一心にご政道に打ち込むお姿とかも。 (歴史秘話ヒストリアで補完したけどさぁ・・・。)
つか、歴史秘話ヒストリアのほうが面白いってどーよ。 何か、Teenの清盛を無理に絡めた結果なのか、 権力闘争を妙に好きだ嫌いだに矮小化させてきゃんきゃん言わせて、返って面白みを殺いでる気がする。 最初の数話はちび清盛に忠盛実質主役で良かったんじゃなかろうか。。。
言い始めると切りが無いので話を本筋に戻す。
息子たちに訓戒いたすシーンでの語尾。 「見守っておるゆえな」の"な"の柔らかさに愛の深さを感じた。 一音のことなんだけどね。こういう細かいところが好き。
井浦新さんが対談で「一つの役を獲得し、最後までやり通す」との表現があり、 "獲得"とさらっと出るところに、その世界の競争の激しさを思いやる。
今回は間違いなく、頼長さまっていえば山本耕史、崇徳といえば井浦新との強烈な印象を見る人に残した、と思う。 崇徳はまだ、怨霊化のシーンもあるのね。どんな絵になっているのか。期待してしまう。
うーん。 やっぱり、信西と義朝が死ぬまではFULLで見よう。 崇徳が亡くなるシーンもちゃんと見よう。
そっからは、ま、いいや。
alain
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