偏光フィルタァ

4歳くらいの男の子が泣いている
右手には小さなスコップを持って
左手には頬から零れ落ちた涙を掴んで
(本には気付いていない)

3歳くらいの女の子が駆け寄る
右手にはさっき手に入れたお菓子を持って
左手には砂場の横に落ちていた花を持って
(正確には咲いていた)

50センチくらいの距離で2人
しばし向かい合う
それ以上の言葉を捜しようもないくらい
向かい合う向かい合う向かい合う
男の子は泣いている
女の子は黙っている

保育園の片隅
事件が起こるなんてまだ誰も信じちゃいない
昼下がりの風景

4歳くらいの男の子が泣いている
右手には小さな赤いスカーフを掴んで
左手の涙はもう乾いてしまった
(それでも涙は出ている)

3歳くらいの女の子が黙っている
右手のお菓子はもう地面に横たわり
左手には強く握りすぎて死んだ花を持って
(さっきまでは生きていた)

50センチくらいの距離で2人
さっきまでは向かい合っていた
そして相変わらず男の子が泣いている
そして相変わらず女の子は黙っている

せんせいたろうくんがはなこちゃんをたたきました
せんせいたろうくんがはなこちゃんをけりました
せんせいたろうくんがはなこちゃんをなぐりました
せんせいたろうくんがはなこちゃんをさしました

保育園の片隅
どこにでもある保育園の片隅
事件が起こるなんて誰も思ってなどいない
事件が起こるなんて思って生きている人はいない

昼下がりの風景
地面に横たわるお菓子を拾い上げて
女の子に差し出す

ないてごめんねもうなかないから これ
ないてごめんねないてごめんねないてごめんね

せんせいたろうくんがなきやみました
せんせいはなこちゃんがわらいました

せんせい




崩落

僕の耳から僕が流れ出ているようすを
僕は見ている
さらさらと音を立てながら
僕が分離する

何にもないはずの地面に
積もってゆく小さな粒粒のひとつひとつが僕で
はっとした僕を横目に
小さな粒粒の僕もはっとする

連鎖モードにはいりました
あらゆる言葉と音声と映像と精神と肉体と無機物は
地球史に残るであろう連鎖を始めました
小さな粒粒の僕を笑う白い壁の向こう側でも
憎むべき誰かの音声と無機物と精神が手をつなぎます

僕の耳からこぼれていく
僕の中身は無質量で
無質量な僕の言葉とおんなじように
からんからんと切ない音を立てる

僕は生きている
だから崩れることもある
死んでいる魚はどうだ
再生を望んだところで何一つ芽生えるものはない

僕は生きている
だから崩れることもある
生まれてきた赤子はどうだ
外界の空気が苦しすぎて泣き出してわめきだして
もだえながらそれでも生きていこうとする

連鎖モードにはいりました
粒粒の小さな僕はやがて空気と同化して
あらゆる言葉と音声と映像と精神と肉体と無機物の
一部として混ざりあうのです
やがて耳から再生ははじまり
僕は僕に足りないものを手に入れて再び
息をすることでしょう
そこに悔いがないのなら
僕は僕としてまだ生きていけるということなのです






ぼくのせかいはひろがっていきます。ひろがればひろがるほど、ことばはふくらんでいきます。