≪産経Web40×40≫ 宮嶋茂樹 首相辞めても安心できんで 不肖・宮嶋、66回目の終戦の日を故郷・兵庫県は姫路市にある護国神社で迎えた。8月15日は東京にいる限り、必ず靖国神社に参り、246万余の英霊の犠牲の上に今日のわが国の平和と繁栄があることを改めて実感してきた。 やむを得ず、東京にいない場合は最寄りの護国神社に参り、日本にいない場合は、日本時間正午に東の空に向かい黙祷(もくとう)をする。生き残った日本人、その子孫としては当然のことである。 ところが、“ペテン師首相”はじめ、現閣僚は、いわゆるA級戦犯合祀(ごうし)を理由に、一度も靖国神社に足を運んだことがない。もちろん今年の8月15日もそうや。 それは「当然」なのである。日本人やないんやから…中国共産党の手先、朝鮮民族の代表になり果てとんやからな。せやから、北朝鮮にさらわれた日本人拉致被害者にはあれほど冷淡なくせに、竹島をかすめ取った国にはハレものにさわるがごとく、靖国参拝どころか、わが国の教科書にまで口を出されても「ごもっとも」と連帯しとんのである。 韓国人からゼニもろて、地方参政権までくれてやろうとたくらみ、日本人拉致事件の容疑者側の人間には、ゼニ与えて援助までしとるのである。 勇気ある日本人海上保安官は、逮捕しようとしたくせに、巡視船に故意にぶつけてきた中国人どもは“無罪放免”しよるのである。そんなやつが日本の首相を、閣僚を名乗っ取るのである。 おんどれらがA級戦犯と口にするのもハラが痛いわ。おんどれらは戦犯どころか「A級売国奴」やないか。C級マニュフェスト偽証罪やないか。何やったら小沢(一郎)元(民主党)代表みたいに、検察審査会にかけて、どれほどの日本の領土、財産、資源、人材を外国に売り渡したんか、きっちり調べてもらおうか。 首相辞めたって、安心するのは早いで。おんどれらが親しみをこめてやまない韓国を見てみい。大統領を辞めた後にはみんな、きっちりけじめとられとるからな。(カメラマン) ≪引用終了≫
あはは!
≪朝日新聞社説≫ 野田氏の発言―言葉を選ぶ器量を待つ 首相をめざす志があるなら、よく考えてほしい。 野田佳彦財務相が、靖国神社に合祀(ごうし)されているA級戦犯について、戦争犯罪人ではないとの見解を示した。野田氏は小泉内閣時代、戦争犯罪人だとする小泉氏に反論しており、15日の記者会見で「(当時と)基本的に変わりありません」と答えた。 野田氏は、小泉内閣への質問主意書に以下の趣旨を記した。 「戦犯」は関係国の同意のもと赦免・釈放され、あるいは死刑が執行されている。刑が終了した時点で、罪は消滅するのが近代法の理念である――。 刑を終えたのだから、もはや犯罪者ではない。まつられているのが犯罪者でない以上、首相の靖国参拝にどんな問題があるのか、という理屈立てだ。 だが問われているのは刑を終えたか否かではなく、彼らの行為が戦争犯罪かどうかであり、歴史認識である。野田氏の議論は焦点を外している。国の内外を問わず、戦争で肉親を失った数多くの人々の心情をいたずらに傷つけるだけだ。 野田氏は現職閣僚であり、まもなく行われる民主党代表選に立候補する意向を固めている。首相になれば過去の歴史を背負い、日本国を代表して発言しなければならない。行動を慎み、言葉を選ぶのが当然だ。 一方で、野田氏はこの終戦記念日に参拝しなかった。02年に代表選に立候補した際は「外交問題を引き起こす」ことを理由に、首相になっても終戦記念日の公式参拝はしないと言った。 外交を大切にするのなら、誠意ある言葉で説明すべきだ。発言を受けて、韓国外交通商省は「侵略の歴史を否定しようとする言動だ」と批判している。中国や韓国のみならず、東京裁判を主導した米国との関係にも良い影響は及ぼすまい。 代表選に立候補しても、この点を問われるに違いない。その時、自らの歴史認識も含めてきちんと話し、代表、そして首相の有資格者だと示してもらわなければならない。 野田氏は、文芸春秋9月号に公表した「わが政権構想」で、国内産業の衰退や、電力・エネルギー、財政の「三つの危機」に取り組む決意を示している。 確かに、いま優先すべきはそれらの課題だろう。とすれば、課題に取り組めるよう、野田氏は自ら環境を整えるべきだ。 歴史をめぐる問題は、苦労を重ねながらここまで積み上げてきた。国のリーダーの言動で再び歩みを止め、処理すべき課題に向き合えない事態を繰り返すべきではない。 ≪引用終了≫
何か問題でも? とにかく「侵略」、とにかく「中国、韓国」、とにかく「A級戦犯・戦争犯罪人」ってか。 「歴史認識」というが、アサヒのほうがかなりおかしいんでねえの? そこまで言うなら、戦争を煽った新聞ですから真摯に反省し解散いたします、っていえばいいのに・・
中国様には決して手をあげてはならない。ってことですね。
≪琉球新報社説≫ 終戦66年 今も続く米軍の占領/再び沖縄を戦場にするな 1945年8月15日の終戦の日から66年が経過した。非道な軍国主義路線を突き進んだ結果、先の大戦でおびただしい数の命が奪われた。戦争がもたらすものは死であり、真の意味で勝者も敗者もない。 沖縄は、太平洋戦争で本土防衛の時間稼ぎに利用され、国内で唯一、相当数の県民を巻き込んだ地上戦が繰り広げられた。日米合わせて20万人余が犠牲になっている。 戦後は地主の意思に反し広大な土地が接収され、次々と米軍基地が建設された。今も県土の1割余、人口が集中する沖縄本島の18・4%が米軍施設・区域だ。米軍による「占領状態」が続く限り沖縄の戦後は終わらない。 首脳の危険な言動 終戦記念日を前に枝野幸男官房長官の口から驚くべき言葉が飛び出した。10日の参院沖縄北方特別委員会で「(尖閣諸島に)他国が侵略してきたら、あらゆる犠牲を払ってでも自衛権を行使し、これを排除する」と述べたのである。漁船衝突事件などを起こした中国が念頭にあるのは間違いない。 憲法9条は「国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する」と定めている。 武力行使をほのめかす発言自体、憲法の理念に抵触する。平和主義をないがしろにする人物が官房長官の任にあるのは大きな問題だ。攻めてきたら戦うと言わんばかりの態度は人命軽視にほかならない。戦火を交えれば必ず住民が犠牲になる。枝野長官は沖縄を再び戦場にしてもいいと考えているのか。沖縄戦の歴史を学んでいれば「あらゆる犠牲を払ってでも」とは口が裂けても言えないはずだ。 政府に求められるのは、紛争など起き得ない友好な関係を隣国との間に築くことだ。 尖閣諸島が石垣市に属する日本の領土であることは疑いようがない。中国、台湾が領有権を主張し始めたのは約40年前。尖閣諸島の周辺海域で石油などの埋蔵資源が有望―という調査結果が明らかになってからであり、論拠に乏しい。 中国が、自国の領土だと強弁するのは国際社会から不信を買うだけだ。国際法にのっとり粛々と外交努力を重ね、理不尽な要求は何の得にもならないと中国に理解させなければならない。 中国側の動きが目に余るからといって、政府首脳が唐突に自衛隊出動の可能性に言及しては対話の道を閉ざしてしまう。戦闘を示唆する官房長官の言動を菅直人首相が黙認しているのは理解し難い。 「死に体」といってもまだ一国の総理だ。自身が任命した閣僚の不穏当な振る舞いを許してはならない。他国との無用なあつれきを招かないように、厳しく注意すべきだ。 「核廃絶」こそ急務 終戦から66年を経ても沖縄にはなお多くの爪痕が残る。その象徴が米軍基地だ。県の面積は国土の0・6%。その中に全国の米軍専用施設の74%(面積)が集中している。米軍人・軍属による凶悪事件、米軍機の墜落といった重大事故は後を絶たない。住宅地上空を飛び交う軍用機の騒音は我慢の限度を超えている。 県民の大多数が県外・国外に移すよう望んでいる普天間飛行場の面積は約480ヘクタール。在沖米軍施設・区域の総面積2万3293ヘクタールのうち約2%にすぎない。沖縄以外の99・4%の地域に受け入れる場所がないと政府が言い張るのは最初から移す意思がないからだ。米軍は日米地位協定によって特権を与えられており、「占領状態」は変わらない。 不発弾の問題も深刻だ。今も2200トンが未処理のまま地中に埋まっているとみられる。早期の撤去が望まれる。戦禍に倒れ原野に眠る遺骨もまだ多い。徹底した収集が不可欠だ。 3月11日の福島第1原発事故は「核」の脅威を見せつけた。原子力は「平和利用」が目的であっても、原爆と同様、人の命を脅かす。9日の平和祈念式典で、被爆国の国民がなぜ再び放射線の恐怖におびえることになったのか―と訴えた田上富久長崎市長の言葉は限りなく重い。これまでにも増して核廃絶への取り組みを世界の核保有国に強く訴える必要がある。 私たちは戦争の惨禍を決して忘れてはならない。終戦記念日を前に、不戦の決意を新たにしたい。 ≪引用終了≫
他国が我が国に侵略してくれば、自衛するのは当たり前ではないですか! それを人命軽視とは・・・戦火を交えれば必ず犠牲者が・・・アホか!侵略してくるということは犠牲者がでるということじゃ! それとも中国様だけには手向かわずどうぞどうぞと迎え入れるのかい? どこの国の新聞社じゃ!
ただ今、社務所内33℃。 午後からは一人のため、節電、エアコンなし・・・あ・つ・い。 平日でもあり、暑さのせいか、参拝者まったくなし・・ん〜
一昨日の日曜日に境外社夏祭り終了。本社、兼務社すべての夏祭りが終了しました。 夏の祭りはこたえます。シャツ一枚でも暑いのに・・装束着ければ3枚〜4枚重ねは当たり前。いくら夏用といっても・・・ どんだけ汗かいても体重減らない・・ まあ終わってからのビールが原因なのは承知のうえ。
8月は慰霊の月。かつての職場時代だと、広島・長崎・沖縄と慰霊の旅が続いてましたが、今は静かに。 そう、慰霊は静かに祈るもの。今年も広島では本当の慰霊をする人は夜明け前に。悲惨な状況を経験もしたことない人たちが全国から集まっては集会とマイクがやがや。いかがなものか。あんたがたの家の墓場で知らん人がギャーギャー言ったらうるさいでしょうが。 式典での挨拶もパフォーマンスばかり。こんなのホントにいるのかなぁ。
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