こちらでは、ユースケ氏の出演作品の中から、後世に残したいとまで気に入った作品&ここまでこのドラマを食い入るように観てるのって私だけだろうと思ったドラマを、筆者が勝手に必要以上に評価させて頂いています。ネタバレ有です。
映画「酒井家のしあわせ」 号泣の代わりに大人だから笑うのね - 2007年01月04日(木) 「酒井家のしあわせ」 公開2006年12月〜 泣かされると思ってなかった映画で、ついさっき、泣いてきた。 ユースケ氏も友近も森田直幸も、演技うまい。でもどこにも芝居がかったところが無い。 説明っぽさも全く無い。 だからホント、現実世界を見ているようだ。いや、観ている自分が空気となって実在する酒井家やご近所を漂っているようだ。 それほど自然。 思っている事を思っている事に忠実に声に出せばいいのに出さない・隠し込んでいる人々。 何も言わなくても、観ているこちらには、彼らがそのとき何を思っているのか(いたのか)が、だんだん判ってくる。それが快感。 その隠し込みかたが、愛おしくて、じっくり付き合ってしまいたくなる。 言葉に出して言えなかったり聞けなかったりするのはかけがえのない相手だからこそ。 というか、家族ともなると、相手に対しての好意(を超えた、いわば愛)がとりとめなく膨らみ過ぎてて、言葉なんかは容れ物が小さすぎて、ついて来られないのかもしれない。 でも、言葉っていうその容れ物をいちいち本心に纏って被せてから見せてやらなければ、なかなか相手には判ってもらえないのがつらい、 それは面倒だし、それは照れくさいし、だから自分からは言わない、でも相手からは言って欲しい、 そんな彼らのもどかしさを、観客であるこちら側は鑑賞している。それが切なくて快感になる。 親を亡くした子供としての、自分自身の寂しさ哀しさと、釣り合いをとって余りあるように、新しい家族に対する大人としての愛が、その奥に仕舞ってあるのに、 微妙な距離感でそれを隠し込んで、彼なりに秘密をかかえているユースケ氏の父親像は可愛く・且つ・放っておけない、と思った。 今回特に注目したのは(副題にもつけたけど)、 そんなふうに心の中に子供と大人(父親)が住んでいた正和(ユースケ氏)が、妻の実家で、 その均衡を思わず崩してしまった瞬間の「(泣き)笑い」の声だ。 別に、泣いていることが観客にも劇中人物にもそれと分かるような演技ではなかった。涙も見えてないし。 でも、絶対ある意味、笑いという形で泣いていたと思える。泣きと笑いは表裏一体。 そのシーンは正和という人間の歴史を感じさせた。 笑ってはいけない席で笑ってしまったことの言い訳も敢えてしない彼の、秘めた哀しさを象徴する感情表現として味わえる、泣き笑い声。 最後にもう一度、正和が声を立てて笑うシーンがあって、それは妻と一緒に笑い合い、息子の心もほぐすような何かだったけれど、 どちらのシーンの笑い声も、少なくとも私には、うまく言えないけれどある種の旨みが味わえて良かった。 ※ところで映画を観に東横線渋谷駅に降り立ったとき、フジテレビの「今週、妻が浮気します」の宣伝ポスターを見た。 浮気される夫の役どころを観られるなんて、ユースケ氏にぴったりに決まってるし、まさに私の好みのシチュエーションなので大変期待している次第。 ※けれど更にリクエストしたいとすれば、とことん悪役憎まれ役なユースケ氏もたまには観てみたいという欲望もあり、望みは尽きない。 -
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