月に舞う桜

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2007年03月29日(木) 夕桜

私は団地の1階に住んでいるのだが、1階とは言え団地の入り口から玄関までは4、5段の階段がある。それで、ベランダ側に昇降機をつけ、玄関を使わずに自分の部屋から直接外に出られるようにしている。

ベランダ側には、芝生を挟んだすぐ目の前に3本の大きな桜の木がある。今年は、向かって左の木が一番開花が早かった。
仕事から帰って昇降機から桜を見上げると、その左の木は満開に近く花を咲かせていた。
まだ青い空には、白い月が浮かんでいた。
昇降機から見た、その空と月と桜の構図はとても素晴らしく、どの要素が欠けても成り立たないような一体感があるのだった。
月と桜の組み合わせと言うと夜桜を思い浮かべるし、月に照らされて白く輝く桜は幻想的で美しいけれど、まだ明るいうちの月と桜も良いものだ。

桜が咲くと毎年思うことで、去年の今頃の日記にも書いたような気がするけれど、満開の桜を見上げていると何かこの世のものではないような、夢か幻を見せられているような気持ちになってくる。
一気に咲いて、一気に散る。こちらに圧倒的に迫ってくるくらい咲き乱れたかと思うと、あっと言う間に消えてしまう。
夜桜よりも夕方の白い月を従えた桜の方が、明るい中で咲いている分、かえって幻のイメージを強くするようだった。
私は月と桜を見上げて、白昼夢みたいだ、と思った。


2007年03月28日(水) 春、どんどん

春を感じるものシリーズ。

日を追うごとに服装が軽くなっていく。冬用のコートがスプリングコートに、厚手のセーターが薄手に、ブーツが春物の靴に代わる。体も軽くなっていくのが嬉しい。

今日はお昼の仕出し弁当に、炊いた筍が入っていた。いかにも採れたて新鮮、やわらかくて美味だった。さすが、竹に旬と書いてタケノコ。

会社から帰ると、家の前の桜が朝家を出たときに比べてさらに花開いていた。たった10時間で、ぱっと見で分かるほどの成長ぶりだ。さすが、桜。


2007年03月25日(日) 気遣ってもらえることの

フィギュアとシンクロを観るのに忙しい一週間だった。
それにしても、最近はどうしてスポーツの世界大会の番組にタレントがメインで出るんだろう。しかも、やたらとジャニーズ。別にジャニーズは好きでも嫌いでもないけれど(岡田くんは好き)、芸能人は音楽番組やバラエティやドラマに出ていればいいのであって、スポーツ番組には要らないと思うのだ。こっちは試合を観たくて観てるんだから。
フィギュアのメインが国分太一なのはまだいいとしても、TOKIOの彼以外のメンバーが日替わりでゲスト出演するのには辟易した。何度も言うけど、別に好きとか嫌いとかじゃなくて。
で、そのゲスト出演しているTOKIOのメンバーやシンクロの稲垣吾郎のコメントはこっ恥ずかしくて聞いてられないので、彼らが出るとチャンネルを変え、でも試合は見逃したくないので頃合を見計らってチャンネルを戻す……ということをしていたら、気が抜けなくて疲れた。試合に出てもいない私が、何で疲れにゃならんのだ。
あとは、とにかく松岡修造がうっとうしい。でも、怖いもの見たさに似た気分で、ついじっと見入ってしまう。彼のスーツの色なんかをしっかりチェックしている自分が情けない。

そんな感じで、フィギュアとシンクロで忙しかったのだが、今週の我が家のニュースと言えば父がインフルエンザに罹ったことだ。
火曜日の朝、母が「お父さん、インフルエンザみたいよ」と言った。私が家を出るまでの間、父は起きてこなかった。
職場で「お父さんがインフルエンザみたいで」と話すと、同僚は「移らないといいね」と心配してくれた。
水曜日は祝日。
木曜日、私が洗面所で歯を磨いていると、父が起きてきて「新聞を取りに行く」と言った。父は何かと話題のタミフルを病院から処方されて飲んでいたので、私はちょっとどきどきした。ま、うちは1階だし道路にも面していないので、そんなに心配する必要はないけれど。結局、父は特に変わった様子もなく新聞を持って戻ってきた。
その日、私はたまたま家を出るのがちょっと遅くなってしまった。会社に着くと同僚2人が「よかった、桜井さん来た」とほっとしている様子だった。私がいつもの時間に来ないので、父のインフルエンザが移ったのではないかと心配してくれていたのだ。
そのとき、気遣ってもらえることの有難みというものを、私はひしひしと感じた。
私がいつも大体8時何分くらいに会社に着くかということと、私の父がインフルエンザに罹っていることを覚えていてくれ、なかなか来ない私を心配してくれる。本当に、何と嬉しいことだろうか。
人のさり気ない気持ちって温かいなあ、と思ったのだった。


2007年03月22日(木) そして大切なものだけが残る

「忘れる」というのは、人間が持つ能力の中で最も重要なものの一つだ。

もうずいぶん昔、あまり快く思っていなかった人がいる。憎んでいたとか傷つけ合ったとかじゃなく、たぶんウマが合わなかったのだ。
その人の近況を、人づてに聞いた。本当のところなんて本人と本人のごく近くにいる人にしか分からないけれど、聞いた限りでは幸せな生活を送っているようだった。関わりがなくなってから今までの間に、私が想像するよりずっとしっかりした考えを持ち、私なんかよりもずっと地に足のついた大人になっているみたいだ。
近況を聞いたとき、その人に対する昔の嫌な感じは私の中からすっかり消えていて、自分でも不思議なんだけれど、ただ純粋にその人の穏やかで幸福な日々を願う気持ちだけがあった。
これから先、その人と再び関わりを持つことはもうないだろう。持ちたいとも持ちたくないとも思わないけれど、私たちには交わる点がないような気がするのだ。
それでも、これからもその人はこの世界のどこかで生きていて、今と同じように愛する人たちに囲まれて暮らしていければいいな、と思う。

子供の頃から、季節の中で春が一番好きだった。
それはずっと変わっていないけれど、ここ何年かは春先になると浮き浮きするのと同時に、ちょっと思い出すことがあって心の隅っこがちくりと痛んでいた。
でも、今日の会社帰り、火曜日よりも明らかに暖かくなっているのを感じたとき、ちっとも心が痛まなかった。今年の春は生活が何も変わらない予定なのに、何か新しいことが起こるような気がして、目を細めて空を見上げた。そのときの私の心には、一点の翳りも切なさもなかったのだった。
別に「事実」を忘れたわけじゃない。ただ、その事実への記憶に付随する痛みが消えただけだ。でも、それは私にとって「忘れる」に等しいのだと思う。
忘れた方がいいことを忘れ去り、残ったのは、私は相変わらず春が好きだということだった。

積み重ねていく記憶よりも、「忘れる」に支えられて生きているんだなぁと感じた日だった。


2007年03月18日(日) 痛いイタイ

痛い話。
昨日の夜から左上の歯が痛い。何ヶ月かに一度、同じ歯が痛くなる。そのたびに「虫歯かな」と思うのだけど、長くても2、3日で治るので結局放置してしまっている。
たぶん虫歯ではないんだろう。虫歯だと困るよ。虫歯と便秘と鼻血の経験がないのが数少ない自慢のうちの一つなんだから。

イタイ話。
ネット上にはありとあらゆる情報が溢れている。正しい情報がある代わりに、ただの噂や悪意によるものも多いのが事実だ。だから、当然鵜呑みにしてはいけないし依存し過ぎるのはよくないし、ネットの世界だけに浸かり切ってしまうこともできれば避けたい。
でも、それを知っていながらネットの情報に頼る傾向が強まるのは、テレビや新聞といったマスコミがどんどん信用できなくなるからだ。他の人のことは知らないけれど、少なくとも私の場合はそうなのだ。
正しいことだけを流すメディアなんてものはない。それなら、取捨選択され終わった情報で受け手を一定の方向へ流そうとするテレビや新聞より、真実もデマも善意も悪意も何もかもがごっちゃになったネットの方が、まだ信用できるような気がする。
「池内ひろ美事件」の取り上げ方を見ていて、改めてそう思ったのだった。

イタイ話、その2。
ものすごくイライラすることがあって、それをあとになって思い出すと、うまく息ができなくなる。膨れ上がる感情が、自分の体をコントロールする力を奪っていくように思える。
でも、何かの拍子に気が逸れて別のことを考えると、息苦しさはあっと言う間にすーっと消えていく。で、私はもしかすると自分に暗示をかけてしまっているんじゃないか? と思う。「イライラする→息がうまくできなくなる」という自己暗示だ。本当は、息苦しくなるほどのイライラじゃないのかもしれないのに。
たぶん、「またあんなふうに息苦しくなると嫌だな」と無意識のうちに心配していて、その心配が却って暗示をかけることに繋がっているんじゃないだろうか。
わざわざマイナスの自己暗示をかけているなんて、イタイ奴だ。
ただ何となくうまく息ができない気がするだけで、実際はちゃんと呼吸してるんだろうから死にゃしないわな。
と思うことにする。


2007年03月16日(金) タレントのお遊びじゃなかった

以前から行きたかった「Chanko Dining 若」に同僚と行ってきた。
テレビ等でもたびたび取り上げられているので知っている人も多いと思うけれど、元横綱若乃花の花田勝氏がプロデュースしているお店だ。今回は職場から一番近い町田店へ行った。

お店に入ると段差が2段あるのだけど、体格のいい男性店員が2人で車椅子ごとひょいと持ち上げてくれた。
私の電動車椅子はコンパクトで軽いとは言え、それでも30kg弱はある。それに私が乗ったままとなると……合計ウンkg。並の男性では2人で持ち上げるのは大変なのだ。さすが、ちゃんこ屋。

今日のメニュー↓
・ライチ&グレープフルーツ(カクテル)
・サーモンとアボカドのタルタル
・ちゃんこ鍋(塩)
・抹茶のフォンダン(バニラアイス添え)
・コーヒー

このお店、ちゃんこを作るのも取り分けるのも全部店員さんがやってくれるんである。しかも、取り分けるときは「何か苦手な具材はありますか?」と訊いてくれる。
鍋はずっと見張ってアクを取ったり火加減を見たりしなきゃいけないけれど、このお店ならただ話しながら待っていればよいから楽ちんなのだ。
一番人気という塩ちゃんこはもちろんおいしかったけど、私が気に入ったのは、何と言ってもちゃんこを食べ終わったあとのラーメンだ。ちゃんこのあとのお楽しみに雑炊かラーメンを追加できるのだ。鍋の残りで雑炊やうどんを食べるのはよくあるけれど、ラーメンというのは初めてだった。
ちゃんこの具がまだ少しだけ入った残り汁で作るラーメン、これが何とも絶妙な味でして。塩味がラーメンにぴったりなんよね。その上、私のツボだったのは高菜がついてくること。塩ラーメンにはやっぱり高菜なのよ!
ちゃんこは2人前、ラーメンは1.5人前。それを3人で食べてお腹いっぱいになった。

鍋のあとのラーメンに加えて、フォンダンも初体験だった。ワタクシ、恥ずかしながらフォンダンというものを全く知らず、同僚に「フォンダンって何?」と訊いてしまった。
抹茶のシフォンケーキを割ると、中からチョコレートがどろっと出てくるのね。固まっていないチョコが本当に出てきたときには「おおっ!」とちょっと感動した。え? フォンダンってみんな知ってるものなんですか?
あんなふうに温かいチョコがちゃんとどろっと出てくるように作るのは難しいんじゃないかと、素人考えながら思うのであった。

あー、あの塩ラーメン、また食べに行きたいなぁ(ちゃんこじゃないんかいっ!)。


2007年03月12日(月) ぐっじょぶ

今日はいい仕事したわ。
仕事って、問題が起きたときは報告しないといけないけれど、うまくいったときは報告する必要がない。特に私の場合は、手早く事務処理をこなしていくとか分かりやすい資料や企画書を作るとかプロジェクトを成功させるといった仕事ではないから、成果が見えにくくて認められるチャンスがなかなかない(と思う)。
それに対して不満があるかと言えば別にそうでもなくて、仕事の性質上それは仕方のないことだと思っている。
でも、だからこそ自分で自分を褒めてあげないといけないのだ。

Good Job、私!


2007年03月10日(土) 邪道よ!

酢豚にパイナップルを入れるのは邪道だ! ましてや、マンゴーを入れるなんてもってのほかだ! 許せる人もいるだろうし、パイナップルやマンゴーの入った酢豚が好きな人もいるかもしれないけど、誰が何と言おうと私にとっては邪道なのだ! パイナップルもマンゴーも単独なら好きだけど、酢豚に入れてはいかんのです。
昨日、職場の人達と晩ご飯を食べに行ったお店で、酢豚にマンゴーが入っていた。木曜日に隣の席の人が「今日の夜は酢豚にする」と言っていて私も食べたくなったので、自分で注文した。自分が食べたくて注文したから、ショック倍増なわけでして。えーん。
料理にフルーツが入っているのは、あまり好きじゃない。フルーツに調味料の味がついているのが嫌なのだ。
サラダに缶詰のミカンやパイナップルが入っているのも、できれば勘弁願いたい。
「アボカドとマグロのカルパッチョ」なんかは大好きなんだけど。……あれ? アボカドってフルーツだよね?


2007年03月05日(月) んちゃ! っとカメハメ波

急に『Dr.スランプ』が読みたくなってきた。あの平和ボケな感じがたまらない。あー、ペンギン村に住みたいなぁ。
あと、『ドラゴンボール』も観たい。
……こども返り!?


2007年03月04日(日) 興奮した

やべーよ。K-1が面白い!
前は格闘技なんて全然好きじゃなかったのに。
K-1観戦ド素人が言うのもなんだけど、着々と世代交代が進んでる感じがして、そういうのを見るのも気持ちがいい。本当に若いって素晴らしい! と思う。


2007年03月03日(土) 元ネタのお二人は最近見ませんが

快感なときー(快感なときー)
何か痛いなぁと思って目をこすったあとの手に、太くて長いまつげがついていたときー(ついていたときー)

快感なときー(快感なときー)
お手入れ中に、眉毛が毛根からスポッと抜けたときー(抜けたときー)

快感なときー(快感なときー)
鼻の毛穴パックをして、はがしたシートを見たときー(見たときー)


2007年03月01日(木) 天使みたいなんかじゃない

素直ないい子なんてのは他人が作り上げた幻想で、悪い子でも愛してほしいと思ったのは、もうずいぶん昔のこと。
私のことを勝手に清らかだなんて思って、それで愛そうとしているなら、そんな愛は願い下げだ。それは今も同じ。
私の中の醜いものを全て曝け出したら、この人はどんな表情を見せるだろう。不安じゃなくて加虐心からそう思ってしまうのも、変わっていない。
でも、「そんなこと言わないと思ってた」とか「弓月ちゃんもそんなこと言うんだね」とか、そんな言葉に心の中で「バカじゃないの!?」なんて、いちいち過剰な反応をしなくなったはずだった。
はずだったんだけど、人づてに聞いた「天使みたいな子だと思ってたのに」に、自分でも予想外にショックを受けた。
ただ、「『全然そんなことないんだよー』って言っておいたから」と意地悪めかした笑顔に救われた。

私は天使みたいなんかじゃないし、もちろん天使なんかじゃない。そんな人間を目指してはいない。それが何か?
26にもなって天使みたいな人間がいるわけないし、いたらむしろ気持ち悪い。


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© 2005 Sakurai Yuzuki