私の雑記帳
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2005年10月30日(日) ひとりぼっち

後で思えば、おかしいことばかりなのに
つい欲を出して騙されることになった。
実質的被害というのはたいした額ではないが
本当?と疑いつつ、直接お金を請求されたわけではないので
つい、信じてしまった我が身が情けなく、一生の恥となる。
警察に事情をきかれ、事細かに話さなければならない屈辱。
どこで知り合ったのか、ホテルには行ったのか、云々。
そんな惨めで失意のどん底の時に、起きてしまった交通事故。
いくら保険に入っているからといっても私はすでに一等級。
6月に続いて2度目の大事故、しかもまたも過失割合はこちらが多い事に
情けなく辛く、いいようのない苦しみが私を襲う。

なぜ、こんなに辛い事が続くのだろう。

福祉の世話になりながら人目を気にして生きているのに
こんなにも不幸が連鎖して起こるのはなぜなんだろう。
事故で死んでしまえばよかったと思う。
生き恥晒していきていくのが本当に辛い。


エンピツでの知り合いの日記で、お身内の人生について
書かれているのを読んだ。
(前にも、少しだけ伺ってはいたのですが)
身内に死なれるのは、残された家族にはさぞ辛いことだと思う。
(こんな単純な言葉では言い表せないが)
私が死んでしまったら、私の身内はやっぱり悲しむだろうと思う。
私一人の命ではないのだから。
私は子供に当たっている。負のエネルギーはえてして弱者に向けられる。
私だって、そんなことはしたくない。
でも白けきった態度や、人は人という態度に親の私も傷つく。

こんなに辛いのに私はどんなふうに私をなぐさめたらいい?
どこにな慰めの場がないから、死んでしまいたいのだと思う。
いま、この瞬間が辛くてならない。

仕事も探さなければ。家の中の事もやらなければ。
身体もいたわらなければ。

これからまた事故の件で何度も保険会社から電話がかかって
くるだろう。
そして、詐欺の件ではいづれ警察からも連絡があるのだろう。
自己責任、自己責任、自己責任、自己責任。

お酒を全く飲めない、体質が辛い。
眠っている瞬間しか解放されることはない。

苦しい


2005年10月29日(土) また、交通事故

今夜9時の出来事。
T字の交差点を左折した直後に、大型トラックが後ろから追突、
私の車の後部は大破した。

ガッシャーーーーン

向うはトラックだし、わたしの方も不思議と
これといった怪我はない。厭味なほどない。
死んでしまえば良かった。
なぜ、死ねない。そんなに簡単にラクにはなれないということか。
警察の事情聴取が終わり、ボロボロの車をとりあえず自宅まで運んだ。
修理は可能だろうか・・もしかしたら廃車かもしれない。
相手の車の修理だってお金がかかる。
保険を通さずには不可能だろう。
すでに前回の事故で1等級なのに。
腰が少し痛いけど、病院には行けない。
人身になると減点の対象にもなるし、大事になる。
自分が不利になることは出来ない。
向うの方が優先道路だったので、私の方に非がある。

もっともっと、不幸が続くんだろうか。
嫌な事が続くのだろうか。
なんで、こんな人生なんだろうか。

なんで事故になるのなら、大怪我の一つもしないのだろうか。
生きて生き恥さらすことばかり。
周りに迷惑をかけてばかり。


2005年10月28日(金) なぜ?

動悸がひどくて、耐えられず、救急外来を受診するが心電図に異常なく、頼りない研修医も、いかにも私の精神的弱さを指摘したがっている。「どうします?」ときかれても、異常無しでそこに留まるわけにはいかないから、重い心と胸の息苦しさを抱えて帰途につく。
確かに病気ではないのかもしれないが、こんなに胸が苦しくて辛いのに、ここでもいわゆるストレスで片付けられてしまうことが悲しくてならない。
今は自宅だけれど、時折思わず指が止まる程苦しくて辛い。病院でわからないなら、もう頼る場所がない。
どんなに助かりたくても私には何の方法もない。悲しくてこんなふうに日記に吐き出すしかない。
死ぬことに逃げる勇気もないし、死ぬことがベストとは思わないけれど、こんなに苦しくてたまらない私はどうすればいいんだろう。泣きながらこんな日記を書いていたって何の解決にもならないが、これが私の宿命ということか?
まだまだ私が甘いのか?
努力がたりないということか?

こんなに息苦しくて今夜は睡眠薬がないと眠れないだろう。
睡眠薬があってよかった。


2005年10月27日(木) 事情聴取

警察から電話があり、事情聴取を受ける。

全く己の恥を全開にして晒すこととなり、
こんな屈辱はない。

被害者なのにこのような目にあうなんて。
自分の浅はかな行動に恥じ入るだけでは済まされない
屈辱的な惨めさが自分を襲う。

警察の上の人の判断になるが、立件されたとして
本人が捕まったら、顔を知っている私が
面通しをすることになるらしい。
捕まったところで大きな罪にはならないことがわかっているし
つくづく馬鹿で愚かで惨めな私に、この憂鬱はまだまだ続く。


2005年10月24日(月) 波瀾万丈

先週から、思わぬ出来事が続いてばたばたしている。

気を揉むような話しばかりで、いまも心が落ち着かない。

うまくいけば、仕事を紹介してもらえるかもしれない。
地味な事務の仕事らしいけれど、雇ってもらえるなら
こんな有難いことはない。

1週間前から血圧の薬が変わったけれど、
その途端なのか血圧がさらに高くなってしまい
下はいつも100を越えている。
薬を飲んでも三桁というのは、とても怖い。

早く落ち着きたいと切に願う。


2005年10月20日(木) 清濁

認めたくないが、心の中に潜む打算に負けて
好きでも無い男と寝た。
思った通り、どっと落ち込んで嫌になる。
結果的には私に思いがけないほど
大きなチャンスが舞い込んできた。
こんなチャンスは2度とない。
きっかけはどうあれ、このチャンスを活かすべきか
振り返って自分の身を恥じて辛くなるのなら
やめた方がいいのか。

望めば、目も眩むような愛人の話しまで持ち上がったが
私にも心があるので、それはお断りした。
数千万のマンションが私のものになる・・。
物欲だけでいえば羨ましいが、
私にはたぶんそんな生活は耐えられないだろうと思う。

身から出た錆とはいえ、深く落ち込んだ。

心の平安は、まだまだ遠い。


※Wさんへ
「sexしている時に女の考えていること」について
少しコメントします。

個人的な意見ですけれど、理性のなくならない私は
いろんなことを割に冷静に考えています。
一番好きな人の時は、滅多に会えないのでいまその瞬間が
現実だとなかなか感じられずに、実感が欲しい・・と思ったり
します。
あとは、適度に相手の望むようにしてあげたいということ。
私がどう感じるかではなくて、常に相手がどう感じているのかが
最重要課題であり、一番気にしています。
ひたすら彼の望むような女でいたい、と思うわけです。
好きな人なら、たいがいはそんなことだけ考えています。
自分が楽しむ、というふうには思えないですね。


2005年10月19日(水) 野村先生、再び

約半年ぶりに、たぶん本物の霊能師の先生に見てもらう。
昨日電話して、体調の悪いことを伝えて、
何か憑いているのならとってもらいたいと頼んだところ
忙しそうだったがなんとか今日の1時に時間をとってくれた。

いきなり背中を向けるように言われて、全身を払ってもらう。
沢山ついていたわけではないようだが、強い霊が最近ついたそう。
自律神経が悪いと話したら、私の場合は足の親指の隣の指を
外に向かって揉むように、と言う。
血流が悪いのも、私の場合はそこから抜けていくから・・とのこと。
気のせいか、いま足の冷えが嘘のように止まっている。

わずかな時間しかなかったので詳しく話しはできなかったけれど
先生の元を訪れる人はどんどん増えているらしい。
(そりゃ、そうだろう。1度見てもらえばわかるが、数少ない、本物というオーラのある人だから)
「でも、不思議と縁のない人は、何度予約しても当日になると
都合が悪くなったり、怖くなったから、と言ってうちまで
来られない」というはなし。

私の場合、最初の頃に比べればずいぶん(頭の中も)
すっきりしてきたように見える、と言われた。
そう、悲観することはないみたいだけれど、
思い切ってもう一度、彼とのことを聞いてみたが
「五分」と言い切られた。
全く縁がないわけではないが(強調された)、
どちらもプライドが高いのでうまく行きにくい、とのこと。
そしてもし一緒になったら私が物足りないと思うよ、とのこと。
たぶん、当たっている。
彼に対してだけじゃなく、たぶん私はどんな人に対しても
温度差だとか、いるステージが違う云々と思ってしまうだろう
とも言われた。なるほど。

「私がよかれと思って彼を一時的に助けても、それは
つまりは彼を助けたのではなく、心ならずも恩を着せたのであり
私自身のためだったのではないか?と思うと気が滅入る」
と話したら、「そのくらいの計算(打算)はしてくれなくちゃ、困る」と言われて、なんだかほっとした。
俗っぽい部分をもう少し認めてやってもいいのかもしれないと思った。

とにかく「顔つきが前と違ってとてもいい」と言ってくれた。
いま特に悪い条件はないらしいので、停滞気味な体調も
少しずつ、養生してうまく付き合っていこうと思う。

1時半になり、予約の人が来てしまったので
帰り際にそそくさと、お金の入った封筒を取り出そうとしたら
「いい、今日はいいから・・」と私の手を抑えて
お礼を受け取ろうとはしなかった。
「神様はお金を欲しいと言わない」とは、よく先生が言う言葉。
短い時間で、正規?の予約の相談ではなかったことと、
いままで何度かお世話になっている、それこそ「ご縁」と
いうことだと思う。
でも、そういう本物の人にこそ本当はお礼をしたいと思ってしまう。
いつか、またみてもらう日があると思うけれど
今日よりよくなって、明るい相談が出来るといいなと思う。


2005年10月18日(火) 走り書き

漠然とだけれど、何かものを書く仕事がしたいと
何年も前から思ってきた。
けれど、その「何か」が問題。そんな仕事はない。
第一、物書きになる才能も意欲もない。
「何か」思い切り、文章を書いてみたいと思いつつ
歳をとってしまった。

☆

元・夫がアパートを借りて昨日からそちらに寝泊まりするようになった。
私の実家の隣の奥という、奇妙な距離だけれど、
とにかくお互いにほっとした。
子供たちは、最近の私の不調を感じてか、
昨日は父親のアパートに泊まりに行ってくれた。
あれほど父親を毛嫌いしていた長女も
なぜか最近は、父親と話す機会も見受けられる。
しつけはともかく、親としての適性は、あちらの方がある。
私は、自分が経済的に自立できたら、
いろんなことがもう少し、ましなふうに回ってくれるんじゃないかと
淡い期待を抱いている。

☆

アイロンをかけながらテレビフランス語のビデオをまとめて見る。
片手間に見ているようでは、勉強にもならないが
とりあえず見ることすらやめてしまうと、
何もかもが無になってしまうような気がして。
いつかは外国に行きたい私にとって、
語学の勉強は私の大きなテーマであるが、
なかなか努力する手間をかけることが出来ない。
本当は英語もやりたいのだが、英語を始めてしまったら
フランス語から遠くなってしまう。
「ラ・メール」を聴いていると、フランス語も諦められない。
仕事をみつけて、自分でお金を稼ぎながら、
語学の勉強にも励むことが出来る日々がきたら
あるいは私は、恋愛にのみしか幸せを見いだせない自分から
解放されるのかもしれない、などと考える。

高卒の私は、歳とともに強くなる学歴コンプレックスに、
息苦しさを感じている。
理数に進んでおけば良かったと思っても、時はもう戻れない。
語学は、覚えることばかりで一番不得意な分野だけれど
いまから何かをやるとしたら、それしか思い浮かばない。
今の私に必要なのは、生きがいなのだと思う。
35を過ぎてから思い描いていた豊かな中年ライフというのは
恋愛だけではなかったはず。
フランス語の勉強とピアノを初めてからもう6年になる。
ピアノは原因不明の痛みでやめてしまったけれど、ここのところ
また弾き始めたくてうずうずしている。
Carole Kingの素晴しいライブ盤「The Living Room Tour」を聴いていると、
音楽への果てしない憧れと、
外国語を会得したいという強い思いが
私を揺り動かそうとしているのを感じる。

☆

今日の体調も、かなり悪い。
風邪を長らくこじらせているせいもあるのだろうが、
とにかくだるい。
何かの呪いのように、体調に関しては暗闇の中にいる。


2005年10月17日(月) 家庭崩壊

昨夜、些細なことで始まった姉妹喧嘩がエスカレートし、
長女は妹に何度も蹴りを入れて「死ね」という言葉を繰り返す。
母親にも家にも絶望しているが、まだ一人で家を出られるほど大人でもないので
心の中に不満分子を爆発寸前までためつつ、黙っている。

無邪気だった妹も、不機嫌で笑わなくなり言葉の端々がささくれだって
ヒステリックに言葉を言うようになってしまった。

そんな、どうしようもない親子関係になってしまった。


「アンタの親でいるのは、嫌だ」と容赦ない言葉を娘に浴びせる。

これが虐待なのだと、わかっていても止まらない。
言わずにはいられない。


大元は、私の調子が悪いことから始まっている。
自分のことだけで精一杯なのに、
例え我が子でも娘の機嫌をとってやることなど
いまの私には余裕がない。
そして、そんな娘たちによってもたらされる
このような陰惨な思いや負の感情を、
私はどうやって受けとめたらいいのかわからない。
私は私で、子供たちからひどい目にあっている。

親子だからと言って、無条件に愛情が成立するとは限らない。


みんな、不機嫌。
みんな絶望的で救いが無い。
子供達は、そうやってどんどんグレていくだろうが
私にはそれを止める力も手だてもない。

居場所のない自分の心は、ズタズタだ。
無茶苦茶してやろうというエネルギーもない私は
今日の天気のようにどんよりとした気持ちで
希望のない未来に向かって、ただ生きているのだと思うと
救いようの無い人生など早く終わって欲しいと思ったりする。





2005年10月16日(日) 疲れている

知人と、学校のバザーへ行く。
天気が悪くて、盛り上がりに欠けたが
洗剤やタオルを格安で買えたのは良かった。
久しぶりに知人と話して、少し嬉しい。
でも、滅多に会わない他のお母さんたちと会ってしまうのも
学校のバザーならでは。
人目を気にしてばかりの私は、社交的挨拶で気が抜けなくて疲れた。

身体がだるくてたまらない。
睡眠不足もあると思う。
だらだらしたいが、不快指数の高いこの陽気に参ってしまう。

楽しいことなんて何にも無い。
身体がラクにならたいと願うばかり。
かなしいね。


2005年10月14日(金) 応急処置

誰か私の事を愛して欲しいと思う。
望まれたい、と強く思う。

先々週、久しぶりにあったSからメールが来て
急遽、今夜会ってきた。
彼は私より10も年下で、結構ハンサムで大人しいけど
セックスは激しい。
激しいけれど野蛮じゃないし、優しいから好き。
彼とは会う度毎にセックスの激しさが増すような気がする。
今日も時間を忘れて、腰が抜けるほど激しいセックスをした。
なんて、言葉にするとバカ丸出しだが。
6月に長年付き合っていた彼女と結婚してしまったので
今は不倫というわけだが、私達は互いに求めあっているから
ひっそり地味にこうして時々会ってしまうのだろう。
この前久しぶりに再会する前に最後に会ったのは、彼が結婚する前
だったから多分、4月か5月だったと思う。
途中、何度かお誘いがあったが私の気が乗らなかった。
ここのところ、どうしようもなく寂しくて、ついにSと会ってしまって
私は自分の心の寂しさを、彼とのセックスで紛らわそうとしている。
Sはよくも悪くも感情的には淡白な人なので、さほどに後をひかない。
互いに程よい力加減でセックスできるので、向うも私みたいな
うんと年上の女とも会うのだろう。
好意的?に分析すると、セックスに関しては
彼にとって私は魅力がある女なのだろう。(私は女だからどんな女が
魅力的なのかはよくわからないが)
彼といると身体が溶けてしまいそうな気がする。
でも、体力的にへばることはあっても、どこまで行っても終わりが
ないような気もする。
明日も仕事だという彼は、急いで帰って行った。
つい、さっきまで一緒にいたというのに、
こうして文章にしてもなぜ実感がないんだろう。
まさに腰が抜けるほどという表現がぴったりなくらい、
はげしくしてきたと言うのに。
肉体が満たされても、心は満たされないから寂しいのか?
あまり深く考えない方がいいだろう。答えの出ないことを。

過ぎてしまえば、みな幻。
月日は流れ、全ては遠い記憶の彼方へ。
Sは私のことをずっと覚えていてくれるだろうか?と思うと
少し寂しい。いや、すごく哀しい。


2005年10月13日(木) 「秘すれば花」ではない

久しぶりに、彼と話して彼のことを意識してしまったから
また、苦しい気持ちになっている。

こうして自分の気持ちを自分で解説するのもどうかと思うが
性分なので、仕方ない。

彼は言う。
「(何もかもを)口にしてしまったら、おしまい」と。
言いたいことは、よくわかる。
私は、ストレートに言い過ぎだということも自覚している。

・・・でも、口に出して言わなかったら、伝わらないじゃん。
私の気持ちなんか、わかってくれないじゃん。
貴方は、自分の気持ちを押し殺しているわけじゃないでしょう?
私が何も言わなくなったのは、ある意味、絶望したから。
私の気持ちを伝える術がないことに、気がついたからなんだよね。
なにも、感情に走らなくなったわけじゃないのよね。
だから、決して落ち着いているわけじゃないの。
ただ、諦めているだけなの。

私は、寂しい。
時には愛を与えられたいのに、何一つ得られない。
そういうのって、ものすごく哀しい。
好きだけれど、どうにもならないことだから、
諦めるしかないと、自分に言い聞かせてみる。
愛されたい、強く求められたいと願ってみても
それは叶わぬ夢なのである。


「追記」

思いがけなく、ほんの数分だけど会うことができた。
私の身勝手な思いやりは、彼のためでなく自分のためなんだと
しみじみ思う。

ふいに涙があふれて滲んだ。
それは嬉しさとか寂しさではなく、
一方通行の気持ちが切なかったからだと思う。
彼の中で私は頼りになる友かもしれないが
同時に重たい存在になっているのがわかる。
私が彼に救いの手を差し伸べるほど、彼の重荷になっていく私。
それでもなお彼を助けたいと思う自分。
そんな虚しいことがいつまで続くのか。

後で「愛想できなくてごめんな」と電話があり
ますます哀しくなった。
自分で自分のいじらしさに、哀しくなった。


2005年10月12日(水) 男と女

八百屋お七の気持ちがよくわかる。
破滅的なその行動には、大いに問題があるにしても
そこまで追い詰められた気持ちは、切ないほどよくわかる。

どんな方法であろうと、会えるのなら・・と思ってしまう私。
相手がずるいのではなく、私が浅はかなんだよね。
それでも、会いたい・・と思う。
好きということに理屈はいらない。



電話だけれど、久しぶりに少し話ができた。
最近、私が感情を表に出さずにいることを
彼は、ちゃんと気がついていてくれた。
「私があなたにしてあげられる、最大のことは、
貴方の迷惑にならないこと(精神的負担をかけない)であり、
緊急の用事以外で連絡をしないことだと気がついたんだよ。
でもそれって、つまり私はいないほうが貴方のためになるって
ことなんだよね」
と言ったら、
「いない方がいい、というのとは違うけど」とこたえた。

会うこともできない、話すこともめったにない、淡い関係。
あるのは、私が彼に貸しがあるということ。
心ならずも、彼に恩を着せている状態の私は二重に辛い。
彼も厳しい状況だが、私だって苦しい。
時にはなぐさめられたいと願うのはいけないのだろうか。
私の女としての時間は、もうそんなに長くない。
同じ街に住みながら、会えるのは年に数回しかないなんて。
まして同衾できる機会はもっと低い。
淡白な彼はそれでいいのかもしれないが、
私は毎日でも飽きるほどしたいと実は思っている。
愛されている実感がなくて、身体も満たされないとすれば
私は何を支えに生きたらいいんだろう。

最初に戻るけど、だから私は、彼に対してできる限り
気持ちを抑えるようになった。
感情的にアプローチしたところで、全く何の徳にもならないどころか
私が寂しくなるだけだから。
そして、対策として彼に感情を出さないだけでなく、
彼に無い物ねだりをするのをやめようと思ったのだ。
愛されたい、というのは実はとてもおこがましい。
愛するなんていうのは、自然に沸き上がる感情であり
どんなに頼んでもすがっても、全ては相手の感情なのだから
私はどうすることも願うこともできないのだ。

そんな境地に至ったから、
私は彼から気持ちを少し離すことができた。
気持ちを少し離すのは、実はとても寂しいことだけれど。
私は彼を好きだけれど、彼一筋に思いつめるのは
私のためにも、彼のためにもならないから・・と言い聞かせている。

いまもこうやって、日記を書きながら自分に言い聞かせている。
彼を好きであればあるほど、彼をもっと諦めなければならないと。


2005年10月11日(火) 模様替え

主に台所の、大幅な模様替え。

大量の食器類や雑貨に、頭痛がしてしまう。
食器棚と冷蔵庫の位置を変える。
大量の埃とごみ。

つくづく、片づけるという能力が欠如している自分が恨めしい。
私ほど片づけることが苦手という女は、世の中にいるだろうか?と思う。
いまさらながら、私は主婦にはなれない、と思う。


体調、良くない。
足の冷えがひどく、体温調節が効かない。


2005年10月10日(月) プリンターを買い換える

プリンターの調子が悪くて困り果てた末に、
新しいものを購入した。
今度はキャノンだけれど、印字もキレイでなめらか。


体調は良くない。
やることが沢山あるけれど、はかどらない。
とっても疲れているのに、休まらない。
誰かに優しくして欲しい・・と切実に思う。

さみしいね。


2005年10月09日(日) 鈴鹿

初live中継があるというので鈴鹿GPをテレビ観戦。

終わってみれば、ライコネンの優勝。
琢磨もまた不運が続く。来季のシートはどうなるのか。

一人でテレビ観戦するのは、少し寂しい。



2005年10月08日(土) 自律神経が目茶滅茶

甲状腺の検査、異常なし。

体調の悪さ、甚だしく
検査してもしても原因が特定しない自律神経失調症に
暗澹たる思い。

様子観察してって、もう半年も様子観察しているのに。

どうにもならないのか、こんなに身体が辛いのに。


なんとなく思い出したようにMに電話してみる。
相変わらず、間延びした声。
思い返したら、もう1年ぐらい会ってない。
知り合ってからだと3年以上経つのかなぁ。
明日の鈴鹿の話題を少しして、眠そうなので電話を切った。
電話に出たくらいだから、私を忘れたわけじゃないと思うだけで
なんとなく満足する。


寂しくなってYにも電話する。
こちらも体調がよくないようで、声も疲れて沈んでいる。
とても私の入る隙間はない。
早々に、「じゃ、またね」と言って電話を切った。

ぐだぐだと話を続けようとすると、必ず嫌われる。
だから、私は電話を切る。
相手のスタンスにあわせるということは、
相手に期待しないということ。
何かを少し諦めた、ということ。


私の気持ちが少しでも癒されるために、
私のプライドが少しでも守られるように、
誰かにそっと抱いてもらいたいと思う。
でも、誰でもいいわけじゃないし、
新しく出会うきっかけもない。
そんな都合のいい相手なんかいない。
風俗系ではなくて、あくまでもビジネス(仕事)として
真面目なデートの相手をしてくれるってのは、ないかな。
食事でもしながら、なんとなく適当な会話をしてくれれば上出来。
そういうサービス業って、ないかなぁと思う。

体調、本当に最悪でたまらなく苦しい。
こんなシンドイ身体なのに、
手の打ちようが無いというのは、辛い。


2005年10月06日(木) [栗] 記録

今しか作れない「くりの渋皮煮」の作り方

�〃�3キロ(いっぺんに3キロは大変なので適当に)の鬼皮を剥き、
たっぷりの水に重曹大さじ三分の二を入れて、水から煮る。
そのさい、なるべく渋皮を傷つけないように。

�∧�騰してから3分煮て、ゆでこぼす。

��水につけて、指の腹をつかい、渋皮についた筋をこすりとる。
細かい筋は爪楊枝を使うと簡単にとれる。

�ずE戮禄伝發鬚い譴困法⊃紊世韻納僂董�
同じく沸騰して3分たったら湯でこぼす。

�キい鬘魁腺寛鷏�り返して、渋をぬく。

�Δ海海�ら味付け・・
ひたひたの水に同量ぐらいの砂糖を入れる。
(砂糖はザラメの方が味が濃くなって美味しい。
砂糖の量は神経質にならずに、ちょっと濃いめの味になるように、
自分の舌で確認してみる。かなりどっさり必要)
沸騰したら、そこから40分煮てそのまま一晩おく。(味がしみるように)
※好みで醤油やみりんを少しいれてもいいし、
ブランデーをたらすといいようですが、
砂糖だけでも充分おいしい。自分の舌で調整すること。


出来上がったら1個ずつアルミ箔でくるんで、冷凍しておくと
長期保存ができます。
食べたい時には室温で10分ぐらいで食べられます。
あまり長く解凍すると栗が柔らかくなりすぎる。
冷たいかな?というぐらいが、栗の歯ごたえがあって美味しい。


(要約)

(1)栗の鬼柄を剥き、重曹少々入れた水で煮て沸騰して3分でゆでこぼす。
(2)水で洗って、渋皮についた筋を取り除く。
(3)水だけで煮る。→沸騰して3分でゆでこぼす。
(4)3を3〜4回繰り返す
(5)ひたひたの水とたっぷりの砂糖で40分ほど煮て一晩おく。



※3年ほど前に、書いた古い日記から転載。
今年、2年ぶりに作ろうと思ったらレシピが見つからず、
苦労して古い日記を探し出したので
あらためて、ここにも記録しておくことにする。
やはり、自分用の作り方が一番、安心する。
工夫の余地はあるにせよ。


2005年10月05日(水) 行雲流水

有料版への手続きが済んで、
ようやく、新しい日記のスタートです。

これから、どんな未来が待っているんだろう。


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