竜也語り

2004年03月31日(水) 私がキレない訳

今日は怒涛の一日だった。さすがに年度末だ。
あちらこちらで怒鳴っている声が聞えた(笑)
皆さ〜ん、スマイル、スマイルゥ〜♪

何を隠そう私もブチッとなりかけたが、どうにか治まった。
私は鎮静剤となる特効薬を用意している。
最高の竜也くんの写真を一枚、会社の机の引出しに忍ばせてあるのだ。
爆発する寸前に、この写真を見る!見る!見る!
彼は天使のように笑っている…。
この笑顔を見よ!そんな愚にもつかぬことで腹を立てているのが恥ずかしくなってこないか?君達!

上司が側で何やら電話に向って怒鳴っている。
この写真を彼の目の前でちらつかせてやろうと思ったが、脳溢血でも起こされると困るので、やめておいた。

明日からは4月である。
何となく4月という月は、新たな気持ちになる。
1からまた出発する気分になれるのだ。
よしっ、またやるぞ!


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竜也くん掲載の雑誌がたまってきた。
買ったはいいが、全く眼を通していない。
早く読まなければ、そして早く切り抜かなければ(笑)



2004年03月27日(土) 江角マキコさんの受難

彼女はカッコいい女性のはずだった。
昨日の記者会見の様子がテレビで放映されたが、始終苦しい言い訳に徹する彼女は・・カッコ悪かった…。
いったいあの場所に居た何人の人間が、彼女の言うことを信用したであろうか?

約6億2千万の宣伝費を費やし、「国民年金払ってる?」とか何とか姉御肌を気取って言い放った彼女自身がその国民年金を払っていなかったのだ。
話は国会の参考人招致まで飛躍し、もう沈黙を守る状態ではなくなってしまったのだろう。
「払っていると思い込んでいた・・」「税理士に任せっ放しだった」と責任を転換し、質問が確信に迫ると隣の人間(弁護士?事務所の人間?)にお伺いを立てる。
その姿にこれまで作り上げた彼女の颯爽としたイメージは微塵もなかった。

反対に、もう開き直り自分の本心を話してしまった方が良かったのではないと思う。
皆、懸命に打ち合わせしたであろう台本の言葉ではなく、彼女の言葉を聞きたかったのではないだろうか。
言わば昨日の会見は、彼女のイメージを回復出来るたった一つの残されたチャンスだったのだ。
結局虚像が崩れ去ってしまった彼女には、それを活かすことは出来なかった。

しかし、6億2千万…。
社会保険庁のお方、何考えてんのよっ!(怒)

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今日、文化村のメンバーズマガジンが届いた。
思いもよらず、竜也くんの授賞式の記事が載っていた。
記事の内容は目新しいものではなかったが、受賞インタビューの写真が気に入った。
読売演劇大賞の記念写真では、一番端に座っている。
ファンはたかがこんなことでも、「謙虚だなぁ〜」と嬉しくなってしまうのである(←アホ)



2004年03月26日(金) えっ!?どうしたの?

今土曜の朝の6時30分。
昨日は飲みすぎた…。何でこんなに早く眼が覚めたんだ?
たぶんコタツで寝てしまったせいだろう。身体の節々が痛い(苦笑)
顔だけはどうにか洗ったが、あまり自分の体力を過信してはいけない。
もう無理がきかないのだから。

昨日、この間「ホリプロファンクラブ祭」に付き合ってくれた友人からお誘いのメールが来た。
ちょうど予定が入ってしまっていたので、日にちを延ばしてもらった。
そうしたらまた暫くしてメールを送ってきて「もし藤原君の関係で出掛けるんだったら付き合うよ〜♪」だと。
おいっ!どうしたんだよ!?少し竜也くんのことに興味を持ち出したか?
結構な兆候である(笑)
今度竜也くんの舞台のDVDを彼女に見せよう。
そうなのだ、そうやって皆彼に堕ちていくのだ。



2004年03月14日(日) 土佐礼子選手に1票〜!!

今日、名古屋国際女子マラソンを見た。
とは言っても、最初からずっと追いかけていたわけではなく、ゴール前の30分位を見たのに過ぎないのだが…。
今日のレースは今年開催されるアテネオリンピックの最終選考レースも兼ねている。
選手枠は3人である。その内2人は殆んど内定されているようなので、残り1をこのレースで争うことになる。
文字通りサバイバルレースだ。

30Km過ぎで田中選手が抜け出たところから見た。
2位の土佐選手をぐんぐん引き離し、このまま優勝してしまうように思えた。
田中選手の走りは力強く、とても安定しているように見えたからだ。
それに比べ土佐選手は、表情は険しく、素人目から見てもその上体は揺れており、おまけに「はぁ、はぁ」と苦しげな息遣いまで音声が拾っていた。
ところがちょっと席を外していた間に、なんと田中選手に追い着いているではないか。これには驚いた。
そして、あっと言う間に追い越していった。
後はもうタイムだ。
2時間24分を切れるか!私の興味はそちらに向いた。
23分台に乗れば、代表選手に選ばれることが濃厚になる。
私はこう言う人を選んで欲しい。

前回のオリンピックで金メダルを取った高橋選手は、先日のレースで惨敗し「待ち」の戦略を取った。
いやしくも国民栄誉賞を貰った人である。私のような素人には分らない様々な理由があるのだろうが、それでも挑戦して欲しかった。

土佐選手が競技場に帰って来た。
泣いているような、何とも情けない表情をしたその姿は、「颯爽とした」という感じからは・・かけ離れている。
23分台…微妙なところだ。
時計は憎らしいほどに冷静に時を刻んでいる。
本人はもう一杯一杯に頑張っているのだろうが、見ている側はそこは勝手である。
「早くぅ〜、早くぅぅぅっつ〜!」と母と一緒に叫んでしまった。そして・・・。
2時間23分57秒。やった〜!彼女はやったのだ。

一生懸命頑張っている姿を「かっこ悪い」と言う人がいる。
そりゃぁ、涼しい顔で何でもやってのける姿の方がかっこいい。
しかしそんなことを出来るのは、ほんの一部の限られた人だけである。
凡人が何かをやり遂げるには、どんなにそれがみっともなくても、足掻いてもがいてやるしかないのだ。
土佐選手は凡人ではないが、それでも何振り構わず、あきらめてはいけないことを私に見せてくれた。

問題の選考は明日決定するそうだ。
過去を振り返ると、どうもあの陸連という所は学習するということを知らないらしい。
女子マラソンの代表の件では、必ずと言っていいほど、しこりを残す。
あの人達が出した結論に、国民が納得出来ないことが多々あるのだ。
過去の実績なんてそんなに重視する必要があるのだろうか…?
時代はいつも前へ前へと流れているのである。



2004年03月13日(土) BR2」韓国公開決定

竜也くん主演の映画「BR2」が4月から韓国で公開されるそうだ。
11日に記者会見があったらしい。テレビの芸能ニュースで取り上げられなかったので、ファンサイトを見るまで全く知らなかった。
竜也くんは「アンニョ・ハセヨ」と韓国語で挨拶をして、場を和ませたとか…。茶目っ気がある。
「BR3」は韓国で撮りたい、などと話していたそうだが、まず本気ではないだろう(笑)。
もう3なんて作らなくていい。
私は「BR2」を観て、少し失望した側だ。
今は詳しく書いている時間は無いので、このことはまた機会があったら書きたいと思う。
とは言っても、竜也くんが出演するのだったら、私は3でも4でも嬉々として観にいくのだろうが…。

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今日は叔母の家に遊びに行く。
しこたま飲んで、叔母に甘えてこよう。



2004年03月12日(金) ホワイトデー本日終了

明後日はホワイトデーであるが、私の場合は今日その対応に忙しかった。
あげる方も義理ならば、返す方もまた義理である。
最近の私のバレンタインデーは、ひたすら義理の日である。
人間関係を円滑に進めるため、と言うか、仕事をスムーズに運ぶための手段、所謂おべんちゃらに徹している。

大昔、バレンタインデーは、一年の勝負日であった。
友人達と一緒に、その戦闘武器となるチョコレートを物色しに行った。
この時、一緒に買い物に行くのは、決まってまだ彼女に昇格していない連中であった。
なぜか既に彼女と言う立場になっている友人達とは一緒に行かなかったような気がする。
この辺が、女の微妙な心の綾なのかもしれない。
いつの日か私も彼女と言うものに昇格し、手作りチョコなるものを贈るようになった。
材料をわざわざ銀座まで買いに行き、「彼にのチョコレートを作ってあげるのよ〜」と、商品を一心不乱に見ていた私は、かなり危なげな女に見えたと思う。

これまた昔、某国際協力団体に勤めていた友人が、どうしてもそこの男性社員と結婚したくて(そこに勤めてさえいれば、後はあまりこだわらなかったらしい)、義理チョコ(ある意味本命)を配りまくっていると話したことがあった。
もう既に恋愛にマメではなくなっていた私は、彼女の努力に敬服した。(ちなみに彼女は現在も独身)

さて私と言えば、かつて手作りチョコを渡した人達とは、どうも縁がなかったらしい(笑)。
それでも毎年、誰かしらにはチョコを贈っている。
以前は、たとえそれがこだわらない買い物であっても、自分でチョコを買いに行っていた。
しかしここ2〜3年、それさえも面倒になり、今ではお金だけを渡して、人に買ってきてもらう。
……こんな私の今年のバレンタインデーは2月13日に、ホワイトデーは本日終了した。

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本日の会議・・私達のチームは失敗に終わった。
様々な原因はあるのだろうが、今日はもうそれを考える気持ちの余裕がない。
後日改めて考えよう…。



2004年03月09日(火) 勇気!勇気!勇気!

浅田農産の社長夫婦が自殺をした。
本格的な警察の捜査が入る直前のことだった言う。
世間から向けられる非難中傷に耐え切れなかったのか、自分の起こした大事件の社会的責任を取ったつもりなのか。
もし後者であったら、果たして自殺という行為で責任を取れたことになったのだろうか…。疑問に残るところである。
20代の血気盛んな頃であったら、私は「卑怯だ!無責任だ!」とまくし立てたかもしれない。
しかしある程度歳を重ねた今では、ただざらざらしたものが、胸に残るだけである。
恐らくこの夫婦は、自分達の将来がもう見えなかったのであろう。
先が真っ暗で、そこに一条の光も見出せなかったに違いない。

一年位前であっただろうか。やはり大きな事件で、当事者が自殺をしてしまったことがある。
遺書の言葉は「取り返しのつかない事をしてしまった…」というものだった。
これを聞いたある番組の女性コメンテーターが、こんなことを言っていた。
「人生、取り返しのつかないことなんてない!」
それ以来、この言葉は私の座右の銘となっている。
私もそう思う。そう思いたい。
どんなに苦境に立たされても、悠々と乗り越えられる強い人間になりたいと切に思う。

「強い」ということは、やはり人間として幸福なことではないだろうか。
どうしたら強くなれるのか…?
私は勇気を持つことだと思っている。
現実を客観的に受け入れる勇気。
間違いを真摯に受け止める勇気。
失策を姑息に隠さない勇気。
非難を受け止める勇気。
償いをする勇気。
そして、また一歩踏み出す勇気。
…などなど。
以前私は友人に「勇気がないから出来ない。」と愚痴ったことがある。
そうしたら「勇気はあるものではなくて、出すものだ。」と諭された。
いい言葉だと思った。その通りだと思った。

自分の身体にまだ一縷の勇気が残っているのなら、それを搾り出そう。
臆病であったら、人生負けてしまう…。
せっかく生きているのだ。自分に勝ちたい。



2004年03月06日(土) 忘れられぬ人達…

代理出産で渦中の人、向井亜紀さんが区役所から母子手帳を受け取ることが出来たそうだ。
この代理出産という問題は、人によってそれぞれ受け取り方があるだろう。
ここで言及するつもりはないが、この一連の話題で思い出したことがある。

「袖振り合うも多生の縁」と言う言葉があるが、人はその人生の中で、それがたとえ言葉も交わさない、ほんの一瞬の出会いであっても、強烈に自分の命に刻み込まれる人達がいる。
向井さんの話で思い出した人達・・。それは一組の夫婦であった。
私が小学生の頃の話であるから、もう何十年も昔のことだ。
私が乗車していたバスに、その夫婦は乗ってきた。
奥さんの方は乳児を抱いていた。
彼女はその子に母親らしい愛情溢れる眼差しを向け、一生懸命あやしていた。
私は丁度正面でその光景を何とはなしに見ていたのだが、ふと彼女がその子供の洋服のフードを外した。
その瞬間、私はぎょっとした。
その乳児は精巧にできた人形であったのだ。
その人形がとても良くできていて、それが返って不気味だった。
他の乗客達も驚いたらしく、その親子(?)に皆視線が釘付けになった。
隣のご主人は、その射るような無遠慮な視線に必死に耐えていた。
子供心にもそれが分った。
奥さんは子供を流産してしまったのだろうか・・?子供が欲しくても授かることの出来ない夫婦なのだろうか・・?幼い頭で私は出来る限りの想像をしたことを覚えている。
真実は分らないが、ただ、不憫な奥さんを想うご主人の優しさが、思い出す度に切なくなってくるのである。

もう一つ。
これもかれこれ二十年近く昔の話であろうか。
電車に乗っていると、近くに立っていた四十代位の女性が、いきなり車中で傘を広げた。
男物の傘であった。
当然周りの者は訝しげにその女性を見た。
彼女は一人でぶつぶつと何か喋っており、その一重の瞼には5mmぐらいの太さのアイラインが引かれていた。
その黒い線は、まるでゴシック体で書かれた「へ」の字のように見えた。
窓の外の景色を見つめる眼は、うつろに光っており、彼女の知能が正常でないことはもう一目瞭然であった。
更に驚くべきことに、彼女は妊娠していた。もうあの膨らみは臨月のように見受けられた。
どこかの男に悪戯されたのだろうか・・、同意の上でのことだったのか・・。
どちらにしても、とても子供を育てられるような能力は持っていないように感じられた。
……あの女性は無事に出産することが出来たのだろうか…?
あの時お腹の中にいた子供はどうなったのだろうか…?
無事に育っていれば、もう二十歳近くになるだろう。
あの子の運命を考えると…胸が痛む。

この人達のことを、私は日々の生活の流れの中で殆んど忘れている。
しかし、ふとした事がきっかけとなって、彼等は、当時の大気の温度や匂いまでも伴って、私の五感に甦って来るのである。



2004年03月04日(木) 揺らぐ決意…

竜也くんのファンクラブの今年のツアーが決定した。
北海道旅行だそうである。期間は7月14(水)〜16(金)まで。
毎年だいたいこの期間にツアーは開催されるが、いつも海外ツアーであった。
去年はオーストラリアで、竜也くんのカレンダーと写真集の撮影を兼ねており、一緒にファンも連れて行きひと仕事しようという、商魂たくましい企画であった。(もちろんそこには、純粋にファンを大事にしてくれる気持ちもある。)
今回の北海道も、竜也くんは向こうで仕事があるのだろう。またカレンダーの撮影だろうか。

私はこのFCツアーに一度も参加したことがない。休みが取れないからだ。
我が社の夏休みは、毎年お盆の1週間と決められている。
更に、有給休暇という権利は殆んど「絵に描いた餅」状態になっているのだ。
今回も3日間とも平日であるし、その上、次の17日から世間は3連休ときているじゃないか!
3連休の前に「3日間休暇を下さい。」などと、どのツラ引っさげて申告せよと言うのか!?
同僚からはひんしゅくを買うし、上司からは「一生休んでろ」と言うお言葉を頂戴するのが落ちだ。

まぁ休暇を取る理由はいくらでも考え付くし、取ろうと思えば何とか取れるだろう。(ちなみに私の有給はもう100日以上貯まっているはずだ)
しかし、私は竜也くんのファンになった時に、決意したことがある。
それは「竜也くんの関係で仕事を休むことはしない。」というものである。
だから、舞台でもイベントでも、幾ら混んでいようとも休みの日しか行かなかった。
いつ残業が入るか分らないし、仕事を休んで彼を追っかけていたら本末顛倒になると思ったからだ。
そんなことをしていたら、周りに迷惑をかける。私が迷惑をかけることによって、周りの人間に竜也くんまで悪い印象を持たれてしまう。そういうものなのだ。

・・・でも、日本でツアーが開催されるなんてことは、これが最後かも知れない。竜也くんの大河の撮影を考慮したものだろう。
もしかしたら、今回が千載一遇のチャンスかもしれないのだ。
そう考えると・・あぁ・・決意が揺らぐ…。



2004年03月02日(火) 気持ちの良い頼み方

今日は上司のくだらない私用のために、午前中から外出しなければならなかった。
気心の知れた古参の私に頼みやすいのは分らないでもないが、自分の仕事は遅れるし、やはり迷惑である。
「今行ってきてくれることは可能?迷惑にならない?いい?」・・回りくどい頼み方にうんざりする。
他人から見れば恐縮している姿に見えるが、実はずるいやり方だ。
こちらが飽くまで断れないことを知っての上で、決断の責任をこちらに押し付けているのである。
仕事では優秀な上司だが、彼のことが何となく尊敬出来ないのは、そんな彼の姑息な性格が災いしているのかも知れない。

じゃぁこちらが「今は無理です!行けません!」と断れば行かないで済むのか?絶対にそうはならない。いや、そうさせない。
何だかんだと言っては、結局自分の思い通りにするのだ。
長い付き合いである、百も承知だ。

だったら、最初から「行ってきてくれ。」とストレートに頼んだ方が、頼まれた方もよっぽど気持ちがいいし、可愛げ(笑)があると言うものである。


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