I've got no strings....ピノキオ

 

 

生後初 BIG JOBのプレゼンテーション&受連 - 2005年11月30日(水)

土日フルで仕事して、
月火と12時まで仕事して2時まで飲んで、
2日連続のにんつくでもう自分自身がくさくて死にそうになって、
ひたすらお茶飲みまくってトイレ行きたくなるし、
にんにく食べすぎでお腹痛いし、
ってにんつくの話ばっかじゃん。
とにかくそんな調子でばたばたと何とかプレゼンまでたどり着くことが出来た。

当日のプレゼンは、客先のテーブル叩き割ってやろうかと思うほど頭に来た
けど(それはウソだけど、プロとして失礼だったと思う。)、
この仕事に関われて楽しかった。
ほんとに楽しかったんだよ。
設計マンはみんなすっごい優秀で聡明だったし、
毎晩しょうもない話して飲んで、
お風呂場の電気探す気力すらなく真っ暗なお風呂入って、
天野さんにもっと課長と話しろって怒られて、
見積作成って最高につまらないと先輩と嘆き合って、
そうゆう一つ一つがほんとに楽しかった。
個人的には、今回のJOBは設計に頼りっきりで、
もっと営業が頑張れることが、営業できない会社にしても、
あったと思う。
ちまちま見積もりなんて作って、そうゆうことに時間避けなくて、
やっぱあまのさんが言ったように、私はあの仕事を、
MGと協力してやらなきゃだと思った。
楽しかったけど、営業サイドはふがいない仕事だったなあと思う。


それでまあ帰りの電車、死んだように眠って、
本社に帰って今度は受連。
受連の記憶が・・ほとんど無い・・。
フラフラだったのに、テレビ会議のセッティングを先輩が手伝って下さったこと、
課長が新入社員初受注案件の受連に頼まなければ来てくれないこと(苦笑)、
テレビ会議に感激したこと、
設計マンに励まされつつ受連議事録を読んだこと、
課長の話が相変わらず的を得ず長かったこと、
設計マンが良く笑ってたこと、
いとうさんがマシンガントークして下さったこと、
設計マンが二人になってからは、すっかり何だか甘えてしまってると思った。
そんなこんなで何とか乗り切れた、初めての受連。
良く出来た、と思ったことは・・上記のデカイ仕事と平行させながら、
満足の行くレベルまで準備が出来たこと。
反省点は・・ちょっと二人に甘えすぎたことかな。


長い一日だった。


















...

生後初 キックオフミーティング - 2005年11月28日(月)

今週は生後初がいっぱいあった週だった。
走って走って走って、もう少しずつ忘れてしまってるんだけど、
覚えてる部分だけでも。


11/28は初めて担当者としてキックオフに参加した日。
こういう日は名刺が30枚はいるんやで、って言われたけど、
ほんとに30枚要りそうだった。
そんなことまで全然気が回らなくて、
次回受注した案件のキックオフでは気をつけようと思った。

キックオフのことで覚えてるのは、
うちの会社が挨拶する場面で、detail担当の設計マンが、
余計なことは言わなくて良いから、頑張れ、って椅子を蹴ってくれた。
ほかの事は大抵忘れてしまったけど、
このことだけは忘れないだろうと思う。



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LOVE IN RED - 2005年11月26日(土)

カルティエの新作マジかわいーー!!
カルティエの新作マジかわいーー!!
カルティエの新作マジかわいーー!!

写真では何度も見てたけど、実物見て、
やーばーかーったー!
明らかに何らかの脳内物質が出てたし!

来年のお誕生日には・・必ず・・
誰かがくれるはず・・!!
強く祈ってれば叶うはずだ!

そうゆうわけで、アナスイの新作も良かった・・
違う、
今週は自分がめでたく受注した案件と、
某社の“そんなことに社運かけなくても十分儲かってるのにね”
(マジうけた)の仕事対応で
今日も明日も明後日も明々後日も(以下略)
仕事の嵐。

設計マンも電子で一番優秀な人達で担当してるし、
明らかに営業担当者と釣り合ってないんだけど(汗汗汗)、
この仕事がすっごい楽しい!!
彼らと一緒に仕事してるってことが、とてもとてもとても幸せなことだと思う。
たまにあの三人が打合せ机にいるところを見ると、普通に鳥肌立つし。

ちょうど後輩が修論の追い込みで毎日悩みのメールがくるんだけど、
あの頃に比べたら、
涙が出るほど幸せになったと思った。
どれだけ周りの人に感謝しても、きっと足りないだろうと思う。
私は出会い運が抜群に良いと言われたけれど、それは本当にTRUTHだと思う。
だからきっとカルティエの新作をくれる人にも。。(以下略)


龍は一人でいる方が楽だから彼女はいらないと言ったけれど、
(すっごいタイミングで遥か彼方昔の彼氏と再会した。)
私は一人でいる方が、楽、っていうより、
自分らしく強くあれる気がして、
一人でいるのも良いなあって思う。
龍は二人でいても楽な人がいたらベストなんだけどね、と言った。
私も、二人でいても私が好きな私らしくあれる人がいたらベストだなあって思う。
そんな人がいたら、カルティエは、自分で買うから、
どうか、そうゆう人がいたら良いなあって思う。
そうゆう人に出会えるように、今は自分にエネルギー溜める時期なんだって思った。



...

スタートライン。 - 2005年11月20日(日)

何とかフランスも行けそうだし、
新潟もちゃんとキャンセルしたし、
初仕事も決まったし、
ようやく、一段落着いた。

私がここに書いたことが、どれだけ彼に不愉快な想いを与えたのか、
悲しい気持ちにさせたのか、
それは私にはわからないのだけれども。
(そうゆうことがわからないから別れたんだろうけれど)
何らかのマイナスの感情を与えて傷つけたことに対しては、
ごめんなさい、と思ってる。
ほんとに。

どれだけ傷つけたかわからないんだけど、私個人としては、
別れたことはちゃんと納得出来て、
付き合ってたときのことを思い出すと、
色んな不満とか、やりたかったけど出来なかったこととかもあるけど、
楽しいことも沢山あったし、
確かに私たちは合わなかったと思うけれど、
お互いに対する気持ちが、
プラスで終われれば良いなと思う。

さっきの初受注日記を書きながらかなり泣いたため、
頭がぼんやりして、
私の言ってることはおかしいのかもしれないけれど。
つまり、今こうして一段落ついてみて、
私は彼のことを好きだから、
彼の方でも、私のことを嫌いじゃなかったら良いなあと思う。

お互いにお互いが好きなままで、
新しいスタートが切れればいいと思う。
どうか、そうでありますように。



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初受注。 - 2005年11月19日(土)

初仕事、初受注。
ほんとは初受注したのは17日ね。
ちょうど、設計マンの誕生日だった。ハッピーな偶然。

正直、自分が一生懸命からんだのは排水の方で、
純水はどちらかというと、薬品の方々の力が大きくて、
だから受注してもそこまで、そこまで嬉しくないんじゃないかと思ってた。
んだけど。


いとうさんに報告して、おめでとう!って言われて握手したとき、
ほんとに一言もしゃべることが出来なくて、
あまのさんの背中に向かって報告したときも、
あまのさんがおめでとうって言ってくれて、
あまのさんが握手してくれて、
やっぱり涙がとまらなかった。
いとうさんの手も、あまのさんの手も、
大きくて分厚くて暖かくて、
きっと死ぬまで今日のことは忘れないと思った。

私は時々自分の立ち位置を正確に把握出来なくて、
今回の仕事も(排水に比べると)そこまで頑張った気がしなかったんだけど、
会社で泣いてる自分を客観的に見て、
きっと私は頑張ったんだろうと思った。
頑張ることが出来て、本当に良かった。

本当にお世話になったケミカル部隊のみなさん、
何度も殴ってやりたいとお互いに思ったであろう客先担当者さん、
そうだ、連絡してなかったけどエンドユーザーのお客さん、
みんなに本当に、ありがとうって思う。

こんなに多くの人が関係して、
確かに私はメインの担当者だったけれど、
私の力なんて本当に微々たるもので、
こうやって一つの装置が、仕事が作り上げられてるんだと思った。
一つずつ、米粒みたいな信頼を築くのが仕事だといとうさんが言った。

初仕事は、排水を落として、純水で勝った。
今の私に、大切なことを教えてくれるために、こうなったんじゃないかと思う。
最初にとったのが純水で、良かったなと思う。

嬉しいのは一瞬で、ここからは大変なことばっかだとみんなに言われた。
プライベートの方も、気持ち的に一段楽したし、
また気を引き締めていかないと。


いつも、いつも、初受注したときは、
日吉のおうちに行って報告したいと思っていた。
結局、それは、出来なかったんだけど、
私がこの仕事に取り組んでるとき、一番近くにいてくれたのはやっぱり
前の彼氏で、だから、ありがとうって思う。
その他、関係者全員に感謝します。
そして、誰よりも誰よりも誰よりも、あまのさんに感謝します。



...

反省会。 - 2005年11月17日(木)

11月ももう半分が終わった。
11月の第一週は、コップから不安や不満が流れだして、
毎日タイトロープの上を渡っているみたいだった。主観的に見て、ヒドイ状況だった。
11月の第二週は、初失注したり、不安爆発させたらいきなり別れ話になってどうやってフォローしようかと毎日考えたり、
客観的に見てもヒドイ状態だったと思う。
11月の第三週は、どんな形であれ、いつも心の大きな部分を占めていた問題に結論が出て、
どちらかというと、それまでの二週間に比べたら心は穏やかだった。


相手に対する不満をひたすら書いても美しくないし、
それじゃこの別れから学べることもきっとあまり無いと思う。
そうゆうわけで、まだまだ記憶が新しいうちに、全てがぼんやり美化されてしまう前に、反省会を。


不安爆発させて、別れて、離れて、頭を冷やしてみると、
良いところがいっぱいあったと思う。
車も、おうちも、コンパクトにまとめて生計を成り立たたせてたし、
(これは私がしたことないことだからホントすごいと思った)
格好も小奇麗にまとまっていたし、
夜、鍵盤弾いてる姿を後ろから見ているのはすごく好きだったし、
何より異性として好きだった。

好きなところもいっぱいあったのに、どうして、あんな風に不満を募らせたんだろうかと思う。
こうして、1週間離れて頭冷やせば気付けたことなのに、
あの自由が丘に収束した日々の中ではそれがどうしても出来なかった。

一つには、何かを溜め込むって言うのは、そうゆう正気の判断が出来なくなることなんだからだと思う。
二つ目に、私がこれまでに出会ってきた社会人から築き上げた30歳社会人像からは彼はズレていて、
某シンクタンクにしろ今の会社にしろその他、私はこれまでに出会った社会人の人の多くをとても好きだから、
そうゆうズレを不満に感じたんだと思う。
三つ目に、そうゆうズレを・不満を受け入れることが出来なかったのは、
(受け入れることだって出来たと思う。好きなとこがあったんだから。)
彼に受け入れられてる感じがしなかったからだと思う。
私の欠点が、彼に許されている気がしなかった。
先に許さなかったのは、どっちだったかわからないけれど、
互いに鏡だったんだと思う。


今回付き合って・別れてみて重要な問題だと思ったのは、
私が付き合う男性に、一番、何を求めるのかということだと思う。
私が彼氏に求めているものとして重要なものは、
異性性と、人間性と、優秀さのようなものの3つだと思う。

今回の彼の場合、彼の異性性がすごく好きで、
不満に思ったのは人間性についての部分だったと思う。

三つ全てを備えた人を私は見たことがないし、
何より私自身が三つ全てを備えていないのに(これが重要)、
彼に三つ全てを求めたことが本当に間違いだった。
そのことが、恐らく、一番反省するべき点だと思う。

じゃあ、次の彼氏に何を一番求めるかと言ったら、
きっと必ず、人間性なんだと思う。
だってそこが無かったら、結婚して、一緒に子供を育てて行きたいとは
やっぱり思えないよね。

そうゆう人間的な部分をすごく好きになれる人に出会えたら、
いつも、その好きな部分を心の中で大切にして、
不満に思うことがあったとしても、果てしなく受け入れて行きたいと思う。
そうやって、時間を重ねて行けたら良いなあ。





...

これが、さよならで、これからもよろしくになれば良いと思う。 - 2005年11月12日(土)

夕飯の時に、ブランデーを飲んだ。
彼と一緒にいて困ったら飲むようにと言って、たかひろがくれたやつだった。
結局別れてから飲むことになったけど、
どの時点で飲んでたとしても、私たちの関係が1周年を迎えることは無かったように思う。
いつもそこを目標にやって来たのだけれど。
以下、これまでの想いを全て。
覚えてるうちに全て。
書いておきたいと思う。


今日はとても晴れた日で、CoccoのRainingを思い出した。
藤沢駅から鵠沼駅まで、線路沿いをとぼとぼ歩いて帰った。
親しい友人何人かに別れた報告をして、
自分のベッドに入って“世界の終わりとハードボイルドワンダーランド”を読み始めた。
私はようやく、肩の力が抜けた気がした。

この9ヶ月間、きっと9ヶ月というのは付き合った期間としたは短いものだと思うけど、
とても長く感じられた。
私はいつも怖くて萎縮してたからだと思う。
私の何が不愉快に思われるのか、私の何が許されないのか、
いつ気持ちが無くなるのか、
そうゆうことが本当に恐ろしかった。

楽しいことも沢山あった。
ほんとに、沢山、沢山あった。
彼と一緒になったおかげで経験できたことも沢山あった。
それでも、いつも薄氷の上を渡っているようで、
心が休まることはなかった。


私には彼が恐ろしく細かいことを求めてるように思えたし、
私には彼が恐ろしく小さなことを許せない人に見えた。
感覚が合わなかった、んだと思う。どっちが正しいじゃない。
でもそれは、私がもうダメだと思ったホントの理由じゃないけど。
私は衝突することを病的に恐れて、
もうほんとんど最後の方は良くわからなくなっていた。
多分きっと、私は彼のことを憎んでいたと思う。
全てを溜め込むやり方を選んだのは私だったけど、
そうゆうやり方以外に何があったんだろう?
好きだったり憎かったり、そうゆう気持ちのカオスのなかで、
薄い氷を割らないように歩んで来た。
結局、氷は割れた。


いつもは大抵、別れた日は一日死人のようになって暮らすんだけど、
今日はそこまで落ち込まなかった。
別れるのが一番正しいと思ったからだと思う。
合う、合わないとかはきっと頑張ればすり合わせ可能だったかもしれない
と思う。人間だしさ。スーパーポジティブに考えればね(苦笑)。
でも、別れて未練や悲しみが残らない人とは一生やってくのは嫌だと思った。
そこの部分が歯止めにならなければ、トラブルが起きたら別れるのなんて
たやすいことだろうと思う。
感情(情)が少ない人だと思うことが何度かあった。
(私が激しい部類に属してるんでしょうけど。)
付き合いがぺらぺらで薄いと思うことが何度かあった。
一月で無くなる“愛してる”なんて、この世界に存在するとは思えない。
でもきっと、どこかの世界には存在してるんだろうと思う。
村上春樹風に言えば、
なぜなら世界はとてつもなく広くて色んな人間がいるのだ。そうゆうことだって起こりうる。
ということになる。
でもそれは私にとっては“愛してる”では有り得ないし、
彼がそうゆう人間であるならば、
私は一生死ぬまで彼の気持ちを信じることが出来ないと思う。
別れても未練が残りにくいとなれば、なおさらトラブルを避けるために
全て抱え込む選択をするだろうと思う。
結局、私は何かを恐れずに彼と一緒にいることは出来ない。
それが答えだと思った。


今日の夕飯は、久しぶりに家族が全員集合した。
お肉を食べていたら、父さんから母さんに、プレゼントが突然届いた。
和光で買った、マイセンのお人形さんだった。
何の記念日でもないのに、素晴らしい夫婦だと思った。
ご飯を食べながら、急に、年末ヨーロッパに行くことにした。
私がこの春コンチキに行ったときの写真を持ち出して、
紅茶を飲みながら、キャンドルに火をつけてみんなで写真を眺めた。
私の望んでいたものが、私の手の中に戻ってくるのを強く感じた。
それは、とても、幸せなことだった。
彼といるときは、そうゆうことは考えないようにした。
だって彼とはそうゆう部分が合わないと思っていたから。
そのことを認識しないために、自然と好きなものを遠ざけた。

でも、これからは村上春樹も好きに読める。
フランスに行きたいと心から願える(キャシはNYを希望してる)。
ちょこっとですごく高い紅茶を飲みながらセラと遊んだり、
銀座でお洋服を見たり、FREDの前で呆然としたり、
私は私のやりたいことを自由にやれるようになるんだと思った。


個人的にはすごく反省してる点もあって、
意思が弱かったと思う。
覚悟が足りなかったっていうか。
違う男の人と比べて不満に感じてた。
まあ程度の差こそあれ誰しもそうゆうことをするんでしょうけど、
自分が選んで付き合った以上、不満に思うんなら変える努力をするべきだった。
変えようとして衝突するのが怖かったんだけど・・、最初から諦めるべきでは無かったと思う。
向かい合うことが出来なかったと同時に、向かい合うことを諦めてた。
後者は私に責任があると思う。
上に書いたように、私は彼のことを憎んでいた面もあって、
向かい合わないことで、許そうとしなかったのかもしれないと思った。
その他、ほんとに、お言葉使いが悪いこととか、
半無限に不安になることとか、
彼が言ってくれた通り、悪かったところは沢山沢山あった。
嫌だって言ってくれたことは、忘れずに覚えておきたいと思う。

☆☆☆☆☆

色んなことがあったけど、付き合えたこと自体は素晴らしいことだった。
ほんとに良かったと思ってる。
肩の力は抜けなかったけど(苦笑)、楽しいことがいっぱいあった。
もし彼が(貴方が)、この日記を読むことがあったとしたら、
憎んだり不満を抱えながら付き合っていた私が(憎んでたのはちょっとの間のことだし、ちょっとの憎しみだったから)、
貴方を裏切っていたと思わないで欲しい。
全て、二人の関係をうまくしたくて、私がやったことだから。
そうゆう色んな気持ちを抱えててもやり直せると思ってたから、
今週話したことも全部ホントだから。嘘じゃない。
好きは好きで、ちゃんといつもあった感情だから。
溜め込んだりしないでもっとこまめに向き合ってたら、もっとうまく出来たかなあ?

貴方が合わないと思ってる私がこんなことを言っても響かないのかもしれないけれど、
貴方が幸せになれるのかホントに心配してる。
情熱や深い感情はもう失われたもので戻らないと言ってたけれど、
今まで付き合ってきた女の子(含む私)みんな、貴方に対して真剣だった
はずだし、
もっと相手を信じて良いんじゃないかと思う。
相手を信じて、許して、自分が相手を受け止めた器の分だけ、
相手からも気持ちが返って来るし、二人の関係が幸福なものになると思う。
今回は私がそうゆうふうに出来なくて(信じる、の部分が出来なかった)、
悲しい結果になったから、私が偉そうに言えることじゃないけどさ。

精一杯自分を守ろうとすればするほど、
なぜか不幸になる気がする。
心を開いたりするのは恐ろしく大変で困難なことだけど、
失ったものを取り戻したいなら、もっと、心を開くべきだと思う。
貴方はそれを取り戻すべきだと思う(そうでなければ永遠に同じことが続くだろうから)。

貴方は研究者としては立派だし、音楽とか色んなことが出来るし、自分でリズム作って生計も立ててるし、そうゆうとこはホント立派だと思う。
でも心は弱い人間だと思うよ。すごく、弱い。
別に人間みんな弱いものだから、自分の弱さを認めて受け入れると良いんじゃないかと思う。
相当見当違いなことを言ってたらごめんなさい。
個人的に心配してる面もあるし、せっかく縁があって出会えたんだから、
これからもどこかで繋がっていければ良いと思う。
またどこかで会いましょう。



...

初失注。 - 2005年11月09日(水)

負けたー!
負けたーー!
負けたーーー!


初めて担当した案件は、負け!
配属されて3日目に行ったとこだったから、
かれこれ5ヶ月この案件をやってきたってことか。

初めて負けたことを聞いたときは、全然ショックでも何でもなくて、
毎日の業務の中に“負けました”って事実があるだけだった。
もう何週間か前に負けるであろうことはわかってたから、
取り立ててショックとかも無いのかな、と客観的に思った。
ただまあ、モノを食べる気には全くならなかったけど。

関係者に連絡して簡単な敗戦処理して、
日本海に飛び込んだらあかんで、とか言われながら、
新幹線に乗った。
この部隊の人は、失注がどれだけショックかみんな身にしみてわかってるんだと思った。
新潟出張はそつなくこなして、先輩に負けたこと報告して、
帰りの新幹線では春樹を読んで。
帰りに鵠沼から歩いてたら急にもうホントにホントに悲しくなった。


この案件を、取りたかった。
設計部と課のみんなで、楽しくお祝いしたかった。
負けたくなかった。

泣きっ面(マジで)にハチ+アブ的に、
この案件を落とすとあとの一つもかなり厳しくなるんでしょうね。
課長は新宿駅の階段から落ちて1週間会社に来れないって言うし(泣)。
どうせあんまり役に立たないから良いけどさ。。
プライベートも落ち着かないし。

嫌なことって連続して起きるよなあと思った。
でもどれも絶対投げない。
明日は1日敗戦処理だな〜。。
ぎゃふん。


...

次会うのは、ダロワイヨが良いと思った。 - 2005年11月06日(日)

ゴッホの絵が見たいと思った。
出来れば画集じゃなくて本物。
オルセー行きたいなあ・・(うん無理)。
ブリジストン美術館に印象派がいっぱいあるっていうから、
行ってみようかな。


もっと前からうまくやる方法もあったんだと思うけど、
そうゆうifは現存しなかったわけだから、
まあ仕方ないな、と思う。

方向性が正しくなかったにしろ、想定外のキャパシティオーバー等
あったにしろ、
一瞬一瞬はやっぱ一生懸命だったからしょうがないな、と思う。
自分で考えて自分でやって、それを支えてくれる人もいたから、
まあほんと、悔いは無いかな〜と思う。
間違ってたとしても、ね。

もうほんとにこれ以上は頼れないと思ったし、
これ以上こんな風にしてるのは私の望むべき関係じゃないと思った。
だって、どこに私たちがいるのかわからなかったから。

0か100かみたくしか出来ないことが問題なのと、
あときっと私がわがままなんだろうなあと思った。
比べることはしたくないと思ってるけど、
無意識のうちに色んな周りの人と比べてて、
最近はマジでシンクロ率の高い人が回りに多かったから、
それで比べてたらあっという間に、
カップはいっぱいになるってもんだよな〜。。
と思った。
どんなにシンクロしてるように見えても、
彼らは第三者で、彼氏としてシンクロしたわけじゃないのに、
ほんとダメだと思った。


一緒にいてもっと楽な人は確かに、絶対、いると思う。
でもほんと、大変なことも多かった分、
絵を見て気分落ちつけたり、
某友達とパークで飲んだくれたり、
某同期のとこに行こうとして必死に深夜バスのチケット調べたり、
これまで自分がやったことなかったようなこともしたし、
(料理とか運動とか、節目節目で気を遣ったり、)
総じて見れば収穫の方が多かったと思うんだよね。
でもきっと、自分が逆の立場だったら、
相手が我慢してるのは、いい気はしないと思う。
何がホントで何がウソかわかんない気がするから。
だから、どんな結論が出ても、仕方ないって思うかなあ。

冬はイベントが多いから、もめごと起こさないって決めてたんだけど
なあ・・


...

viva F. - 2005年11月05日(土)

今日は中高大と一緒だった友達と☆パークハイアット☆で飲み!
最近マジで名前を出すのが恐ろしいので伏せておく。
某ウルトラ同期とかにこの日記を見られたら、ほんと、死んでしまう。
途中からバイト終わったキャシも加わって、派手に散財!
お互い年収300万だけど、たまにしか会えないから別に良しってことで!
しかもやっぱパーク最高。
色んなホテル行ったけど、やっぱパークが最高!

彼女以上も以下もいないと思った。
ほんと大好きな友達だと思う。

最近僕らの母校の生徒がGREEで連絡を取り合ってるらしく、
今日のメインはその話。
あとはお互い、パートナーのハナシを、ひたすら。
きっと彼女以上に私のことを理解してる他人はいないと思うから、
彼女がそうゆうならそれがTRUTHなんだろうと思った。

話戻して、母校の話。
まだ恐ろしくてGREEは覗いていないけど、
(みんなの近況見たら1週間は立ち直れないはずだから)
やっぱりみんなと同じとこに立ちたいと思った。
そのためには色んなことを失ってもいいんじゃないかと思った。
愛してると思った、ほんとに。
世の中ほんとに好きになれることって、そんなにないでしょ。
だから、やっぱ、みんなと一緒にいたいと思った。


...

緑色の排水 - 2005年11月04日(金)

がごうごうと川に流れてる夢を見た。。
文字通り血の気が引いた。
そんなことが実際に起きたら・・大ホラー・・・
この前某友人が、私と一緒にチーズにはちみつかけて(とろとろかけて)、
ワインを飲む夢を見たらしい。
そうゆう夢が見たい。。
既婚者はやっぱ余裕があるのか。。


客先があほばっかだ〜!!
何やっても前に進む気がしない。。
こんにゃく案件(byあまのさん)。


もうだめ!
絶対ダメ!!
金曜のこんな時間に家で日記書いてる時点でアウト!!
ファイナル前だから調子が悪いのかな。。

そうだと言ってくれ。。
誰か助けて。

ナルニア王国に行ってきまーす。


...

ハチの一生他、もろもろ。 - 2005年11月03日(木)





はやく結婚して
はやくコドモ産んで
はやく死ぬのが一番だと言われた。
ハチさんみたいだな〜と思った。

去年の今日は友達(むしろ知人)の結婚式だった。
あんま幸せそうじゃなかったけど、今でも元気にやってるだろうか。

セラ様がうちにいらして今日で2周年。
セラのことがほんとに好きだー。
ずいぶん大きくなったし、性格もだいぶ変わったな。
来たばっかの時の写真を二枚。
私の髪がめっさ茶色い。。
あふ。
ドイツでは美術館に犬を連れていけるらしい。
美術館にセラと行けたらどんなにか、幸せだろうか。
それで英語も話せたらもう最高じゃん。

最近は、豊と英語でメールのやりとりをしてる。
日本語だと完膚無きまでに文字化けするため仕方なくなんだけど、
私も豊も英語を使うことになんら抵抗がないため、普通に続いてる。
豊は綺麗な英語で、とても面白い文章を書く。
私は会社でちょっとの時間を見つけて文章を書くのが精一杯で、
豊には心から嫉妬するなあと思う。
今日び、私くらい英語が出来たってほんと大したことなくて、
それでも毎日勉強を続けるのは、単純に好きだからだと、
豊とメールしていて思った。
いつか、英語を話すことが出来るとこで暮らしてみたいなあ。

最後、今日はティップネスに入会しました☆
運動するのがとても楽しいなんて、
髪が茶色だった頃の私では考えも及ばなかった。
新しい水着で、新しいゴーグルをつけて泳いだ。
ゴーグルがあると、泳ぐのが200倍くらい楽だった!!
ありがとうね♪
さくさく500m泳げたし。
仲良しの多くは地方に散ってしまったし、
これからは休日はのんびり運動するのが良いかな、と思った。
今日55.3kgだったから、次おかやまさんに会うまでに
53kgを目標にしよう!!
筋肉つくからそんなに体重は落ちないのかなあ。。

最後の最後、横浜ウォーカーでクリスマスファンタジーの記事を読んだ!!
クリスマスにデズニーランドに行けるのは2年ぶりかな。
マジでマジでマジでマジで嬉しい!!!!!
にゃんさんにもいっぱい自慢したし☆
ほんとに行けるように、
それまであんま喧嘩しないように気をつけようと思った。



...




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