読書記録

2020年04月23日(木) 二十五年後の読書 / 乙川 優三郎

主人公 中川響子は55歳の独身女性。
旅行業界の新聞社に長年勤めたのち、書評を生業としている。響子は妻子のいる作家の谷郷敬(やごうたかし)と25年にも及ぶ不倫関係を続けており、谷郷は「三枝昴星(さえぐさこうせい)」というペンネームで日本語の美に挑戦し、三部作も完成させているが年齢とともに繊細な美に分け入る創造力が衰えてきた

三枝昴星の文章の煌きに共感し続け、彼とともに生きてきた響子にとって、谷郷の作家としての劣化を前にして、自身の人生も失われるような不安をおぼえるのだった。
そんな中、戸籍上だけの妻だった人が異郷の地で末期のがんに侵されていることが分かり、谷郷はその妻のいるイタリアのベネチアへと旅立ち、響子は失意の中で心の癒しを求めてスールー海の小島へ行く。

そこへ若い女性編集者が谷郷の最新作を携え、響子に書評を依頼すべく島へたった一泊でやってきた。

物語の中ではカクテルの描写がサイドストーリのように書かれていて、私が憬れる経済的に自立した大人の女の生活があった。





2020年04月06日(月) 羞恥 / チョン・スチャン


 脱北者の三人には、亡命の過程で家族を失うという共通点があった。

ウォンギルはモンゴル砂漠で力尽きた妻を見捨てて娘のカンジュを背負って逃げてきた。

トンベクは国境を超える直前に家族全員が目の前で公安警察に捕まるが、自分だけ助かった。

ヨンナムは別ルートで脱出した家族が中国で行方不明となり、人身売買のグループの手に渡ったらしいとの情報を得る。


トンベクが自死し、ヨンナムが越した街は、オリンピックの選手村建設予定地で、朝鮮戦争にさかのぼる大量の人骨が出土した。

主人公はウォンギルで、地味な失意の日々を送っている。
そこでクローズアップされるのは、家族を捨てざるを得なかったこと、あるいは生き延びたことへの罪の意識と羞恥だ。






2020年04月02日(木) 平場の月 / 朝倉 かすみ

 50年生きてきた男と女には、老いた家族や過去もあり、危うくて静かな世界が縷々と流れる。

中学時代にコクって振られた芯の太い女子、須藤と病院の売店で再会した。
主人公、青砥健将。
青砥の胃検診は大丈夫だったが、須藤は大腸がん。
腹膜播種があって人工肛門、ストーマをつけた。


最初は焼き鳥屋でデートをし、それからはお互いの家で惣菜を買っての地味な逢瀬。
徐々に青砥の須藤に対する思いは、心のすき間を埋めるような若者とは違った静かな感情のうねりが湧いてくる。
これは大人の恋愛小説。
そして青砥が須藤に結婚を申し込んだゆえに、須藤は青砥のもとを去って静かに死んでいく。

青砥の気持ちも分かるし、須藤の気持ちも理解できる。


ストーマを点けざるを得ない状態の大腸がん。
腹膜播種も2年半前に亡くなった弟と同じ。
読んだ後、私も静かに弟を偲んで悲しかった。


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