2014年11月28日(金) |
天平冥所図絵 山之口 洋 |
名所でも明所でもなく冥所だ。 一言で感想を言うなら面白かった。
主人公の葛木戸主(かつらぎのへぬし)は平城宮の小役人である。藤原氏らの中央貴族に押し退(の)けられて没落した古代氏族の末裔(まつえい)で、「変転する政局の中で時々の勝ち組に取り入ってうまい汁を吸うより、役人としてするべきことがある」と考えている霞が関のお手本にしたいような律義者である。 この人物の周囲で次々と政争がらみの怪事件が起きる。 「三笠山」では聖武天皇の大仏鋳造で、役に駆り出されて音信が途絶えた父親を探すところから物語は始まる。 「正倉院」では光明皇后とその権力中枢たる紫微中台。 「勢多大橋」では、藤原仲麻呂の乱。 「宇佐八幡」では、皇位を狙う怪僧道鏡の野望。 それを取りひしぐのが戸主の義弟にあたる和気清麻呂である。
戸主は物語の途中であっけなく事故死してしまうが、以後は霊界探偵として活躍する。憑代(よりしろ)になって助けるのが妻の広虫。実在した女官だ。そして、日本と大陸を何度も往復した当時きっての《国際知識人》吉備真備。 心身ケアを介して孝謙=称徳女帝と看護禅師道鏡が男女の関係になってゆくところも何とも面白い。
中国で初のノーベル文学賞をうけた高行健(ガオ・シンヂェン)の、 台湾で出版されたという短編集。 その中から高行健が選んだ六編、訳者が追加した二編の計八編が収録されている。
〇母 労働改造農場で命を落とした母の葬儀に参列できなかった親不孝な息子の回想。
〇円恩寺 新婚旅行中の男女が古寺を訪れる話。
〇公園にて 再会した元恋人の男女が講演で語り合うほとんど会話のみの話。
〇痙攣 海水浴中に痙攣を起こして生と死の狭間を漂うときの心情。
〇交通事故 交差点での衝突事故発生から再び平静に戻るまでの話。 人間の存在や事件がいかにちっぽけなものであるか。
〇おじいさんに買った釣り竿 妻子と都会で暮らす現実空間の中で、おじいさんと暮らした少年時代を思い出している。
〇瞬間□がとらえた風景と幻想の断片をつなぎ合わせた作品で、私にはよく分からない。 ストーリー性がどうしても読み取れなくて、難しいと感じた。
〇花豆━結ばれなかった女へ 50歳の誕生日を迎えた男が、お互いに好意を抱きながらも 結ばれなかった幼なじみの女性・花豆(ホアトウ)に語りかけている。
はっきり言って私には取っつきにくい作品ばかりで、でもタイトルになっている「母」だけは共感できる部分があった。 高行健の母の思い出が描かれているのだが、たいていの人間は母を亡くしたあとに自分は親不孝だな、と感じるのだろう。
抒情がこころにしみる。 詩情はひたひた胸にあふれる。 文革という時代から逃れられない、 あまりにもみずみずしい青春。
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