読書記録

1999年04月23日(金) 極北の光       曽野 綾子


 昭和21年春、東京近郊の闇市の安酒場で働く若い女が、獣のような暴漢に路上で襲われる。この物語の主人公、小波光子は、生を受けた瞬間から、自分では責任の取りようのない偶然がもたらした重荷を背負わされていた。
昭和23年夏、上野駅の雑踏で、顔に濃い青あざのある女の赤ん坊が置き去りにされた。赤ん坊はたまたまその場に居合わせた金沢在住の戦争未亡人、小波春江に引き取られる。養母春江の過不足ない愛に包まれた少女時代をすごすが、誰もが否応もなく迎える自我の目覚めの頃から、顔の青あざが光子の心に重くのしかかる。
ゆで卵をむいたようなきれいな肌の持ち主である光子の顔の、美しい左半面と醜い右半面、そのアンバランスは光子の心の鏡でもある。青あざの右半面は、自分の前世を語っていると光子は感じる。愛情はおろか、庇護一つ与えずに、あざだけを残して自分を捨てた生みの母親への怨念は、心の奥底の沈泥となって消えることがない。
光子が春江の庇護を離れて一人で生きる道を選んでからの人生も十分に波乱に富んでいた。お手伝いとして住み込んだ家の当主との不倫。妊娠。出産。顔を見ることさえ許されなかった生まれたばかりの我が子との別離。母春江の焼死。さらに何人かの男たちとの出会いと別れ。そして光子の職業も住み込みのお手伝い、喫茶店店員、旅館の従業員、病院の看護助手と変転する。物語の最後でオーロラを見るためにアラスカに行きたいというリハビリ中の初老の花火師から、光子は介護の同伴を請われる。題名の『極北の光』という意味がここで初めて理解できる。


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