20.扉 (2) - 2005年05月12日(木) 「で、何があった」 ひとしきり泣いた後、彼は僕にそう尋ねた。 「え…」 「何もなきゃ、学校に来ない理由はねぇだろ。どうせお前のクソ親父のことだろうと思うけど」 何もかもお見通しなんだ。だから、ここに来たんだね。 そう思うと急に恥ずかしくなって、僕は顔を上げられなかった。 「言えよ」 やっぱり怒ってるのかな…。何か怒らせるようなことしたのかな…。 「…僕ってどんな人間?“僕らしい”ってどんなの?」 「“お前らしくない”って言われたのか?」 コクント頷くと、彼は深い溜息を吐いた。 「この前のテスト、順位が落ちたんだ。それで…」 「ほんっとクソ親父だな…。そういう時は、“黙れ、クソ親父。ぶっ殺すぞ”ぐらい言ってやれ」 「…言えないよ、そんなこと…」 はっきり言ってしまえたら、どんなに楽だろうと思う…けれど。 「ねえ、“僕”って何?テストで良い点取って、校則なんて破ったことない優等生?それだけなの?」 だったら、こうして泣きながら彼に縋りついている僕は、“僕らしくない”? 「“自分”を分かっている人間なんていねぇよ。他人から見た“自分”とは違うしな」 「じゃあ、僕はどうすればいいの?」 どうすれば、“僕らしく”になれるんだろう?どう振舞えば、“僕”でいられるんだろう。 「んなこと考えなくていい。お前は、お前が思う通りに行動しろ。クソ親父なんかに惑わされんなよ」 「僕が思う通りに…?」 「お前は、“自分”を作ろうとするから分かんなくなんだよ。真面目過ぎんだ、もっと気楽に生きろ。俺は優等生のお前でも、今のお前でもどっちでもいい」 どっちでも…。 彼の言葉に僕は顔を上げ、じっと見つめた。 「僕のことなんか…、どうでもいい?」 「何でそうなるんだよ…。どうでもいいなんて言ってねぇだろ?悪い方に考えんな」 「じゃあ、好き?」 僕のことが好き?こんな弱い僕でも、傍にいてくれる? 「…好きじゃなきゃほっとくだろ、お前みたいな面倒くさいヤツ…」 照れたみたいに彼は僕から目を逸らして、もう一度ぎゅって抱き締めてくれた。 優しいぬくもりに安心して、僕は目を閉じた。 身体の震えは、いつのまにか止まっていた。 明日になったら、またその扉を開けて駆け出すんだ。 傷ついても負けそうになっても、前に進んでいくんだ。 その先には、きっと輝ける未来が待っているから。 了 ***** 最近ヘコみ気味なせいなのか、暗い小説が多い気がする。 でも、私の小説は元々暗いのが多いのよ。 Destinyがめちゃめちゃ明るくて、前向きなだけで。 - 20.扉 (1) - 2005年05月09日(月) 僕が“僕”のやり方を忘れた時、僕はその扉に鍵をかけてしまう。 そうしたら誰も入ってこれない。誰もいない空間に一人ぼっち。 これって寂しいって言うのかな? 分からないけれど、僕はこの空間が好き。 一人ぼっちだと、何も考えなくていいから。 “僕”という人格を悩まなくていいから、とても楽。 それでも…、鍵をかけてもチェーンをかけないのは、きっと寂しいからなんだ。 誰も来て欲しくない―――そう思いながら、彼が僕を迎えに来てくれるのを待っているんだ。 必要最低限の物しか置いていない無機質な部屋の隅。 頭からすっぽり毛布を被って蹲る。 寒くはないけれど、身体がカタカタと震えていた。 静まり返った部屋、閉め切ったカーテン、鍵をかけた扉。 どれも僕を守ってくれている筈だった。安心しきっているせいか、音がする度にびくびくと身体が震えてしまう。 電話の音、外の工事の音、風の音。どれも怖くて怖くてしょうがない。 耳を塞いで目隠しして眠っていたら、少し安心出来るだろうか…。 電話は電話線を抜いた。携帯の電源も切った。部屋の電気を消して暗闇の中、僕はただぼんやりとしていた。 怖いんだ、外の世界が。 人に会うことが、テストが、僕の中身を知られることが怖いんだ。 一人ぼっちで生きていけたら、どんな楽だろう。何も考えずに済むのに。 それが出来ないから、僕はこうしてここに閉じ篭っている。 こんなことしたって、どうにもならないんだ。何の解決にもならない。 でも、どうしたらいいのか分からない。自分じゃ、答えが出せない。 お願い、助けてよ。どうしたらいいのか、教えて…。 身体の震えが止まらない。それどころか、どんどん大きくなっていく。 「何やってんだ、バカ」 とん、と足のつま先でつま先を突つかれて、僕は顔を上げた。 そこには大好きな彼の顔。怒っているような顔で、僕を見ていた。 「ご、ごめんなさい…」 「何謝ってんだ?」 何で謝ったんだろう? 「わ、分かんない…けど…」 だけど、君が怒っているから。 「別に怒ってねぇよ。怒ってたとしても、自分が悪くないと思うなら謝るな」 分かんないよ、そんなの。 もし君を怒らせたとしたら、それは僕のせいなんじゃないの? そう思ったけれど言えなくて、僕はコクンと頷いた。 身体の震えはまだ止まらない。 「…寒いのか?」 「さ、寒くない…」 「俺が怖いか?」 「ち、違うの…」 身体の震えのせいなのか、どうしてもどもってしまう。 何だかみっともなくて、恥ずかしい。今、顔が真っ赤になっているかも。 「じゃ、触るからな」 大きな掌に腕を掴まれて、気がつけば彼の腕の中にいた。 暖かくて優しいぬくもりに、涙がぽろぽろと出てきた。 やっぱり寂しかったし、寒かったんだと思う。 だから、彼が来てくれて、抱き締めてくれてこんなに嬉しいんだ。 僕は優しい彼の胸で、子供みたいに泣いた。 続 - 19.形 (2) - 2005年05月02日(月) 少し唐突過ぎただろうか…。 「変わったことって?」 「いや…だから…」 何と言って良いものだろう―――神条は自分の言葉に迷っていた。 上村に自分の心情を悟られる訳にはいかない。だが、上村の心情を悟らなければならない。 難しい選択だった。だが、 「あーっ!神条、疑ってるんでしょ!俺が浮気してないかって!!」 迷っている内に、上村は神条の心情に気がついてしまう。信じられないほどの早業だった。 もしかしたら不安に思う気持ちが、顔に表れているのかもしれない。そう思い、神条は自然と口元を手で覆った。 上村は怒っているらしく、不機嫌そうに頬を膨らませる。 「酷いっスよ、俺が浮気する訳ないじゃん。何でそう思うの?」 「だから…か、可愛くなったから…」 「そんなことないってーっ!久しぶりに会って、俺の髪が伸びたから新鮮に見えるだけだよ」 そうなんだろうか…。そう言われてみれば、そんな気がする。 上村はすっかり拗ねてしまって、神条から顔を逸らすと枕に顔を埋めた。 「…すまん。許してくれ」 久しぶりに会ったというのに、喧嘩はしたくない―――そう思い、神条はあっさりと引き下がる。 「俺を信用してくれない人なんて、知りませんよーだっ」 …おそらく、上村は本気で怒っている訳ではないのだ。ただ自分に下手で出て欲しいだけ。 それを分かっていて、神条は謝る。甘やかしていると思われてもいい。 愛しい恋人が望むのなら、何度でも謝ってやる。 「上村、こっちを向け」 「やだっ」 今だに拗ね続ける上村に神条は深い溜息を吐き、少し乱暴に上村の顔を自分の方に向ける。 大した抵抗はない。 「すまない」 「うー…」 その白い頬に触れ、そっと触れるだけの口付けをした。 上村が目を閉じるのを、しっかりと確認しながら。 「キスで思い出したっ」 唇が離れると、上村がムードの欠片もない大きな声を上げる。 「…何だ?」 「こないだね、男にキスされそーになった!ねえ、それって浮気?」 「何だと…。どこのどいつだ、言ってみろ!」 「え?えーと…、片山…」 「名前を聞いているんじゃない!聞いても、どうせ分からんだろう!いつどこで、どんな関係がある男にキスされたんだと聞いているんだ!」 今度は神条が怒る番である。 どこのどいつか分からないが…、事の次第によっては生かしておけない…。そんな恐ろしいことを考えながら、神条は尋ねた。 「専学で一緒のヤツなんだ。飲み会でね、ソイツ酔っ払っちゃって…って神条、キスされてないよ!未遂、未遂!」 未遂だろうが、事故だろうが、神条にとっては許せない行為である。 「ちゃんと死守したもん。“俺の唇は神条のもんだ”って」 「…そう言ったのか?」 こっくりと頷かれ、神条は額を押さえ再び溜息を吐いた。 それはそれで恥ずかしい。上村が通う専門学校には絶対に行けない―――そう思った。 「神条、俺、神条が思ってるほど弱くないよ。自分のこと、ちゃんと守れるよ」 確かにそれはその通りなんだろう。上村はれっきとした男なのだ。力もそれなりにある。 そして、何よりその口がある。ぎゃあぎゃあと騒がれれば、それだけで相手は萎えてしまうだろう。 それでも不安なのだ。いつか…寂しさに負けて、近くにいる人間に流されるままついていくのではないかと。 「神条、俺が寂しがりやだから誰彼構わずついてくと思ってるんでしょ。違うんだなぁ、これが。俺は寂しがりやだけど、神条以外はいらないの。神条じゃないんなら、他はいらないんだよ」 …とんでもない殺し文句だ。 神条は顔を赤らめつつ、それを見られたくなくて顔を背けた。 何故、こんなことを簡単に言ってしまえるんだろう…。 「溜まっても、ちゃんと一人で抜いてるよ。神条にされてる時のこと、考えながらしてる」 「分かった…、分かったからもういい…」 「ダメ、ちゃんと聞いて。してる最中はいいんだ、気持ち良いから。でもね、終わるといっつも泣いちゃうんだ。神条いないなぁって…、寂しくて空しくて泣いちゃうんだ」 知らなかった上村の本音。メールでは“寂しい”だの“会いたい”だの、一言も書いてなかったのに。 我慢しているんだろうか。我慢させているんだろうか。 「寂しいなら…」 上村はまるで神条の言葉を遮るように、唇を重ねる。 「いいの、寂しいの我慢するって言ったでしょ。あれ、ウソじゃないよ。ちゃんと守ってる。泣いて耐えられるんなら、俺は泣くよ。それでも耐えられない時は、ちゃんと神条に言うから」 「だが…」 「いいんだってば。その代わり、神条も俺のこと考えて、ちゃんとしてね?」 …言われなくても。 上村は天然なくせに、はっきりと自分の感情を表現するから、時々こっちが困ってしまう。 だが、そんな所が好きなのだ。自分にはないものだから。 「神条、折角会ってるんだから、もっかいしよー」 相変わらずはっきりとしている上村は、はっきりとそう告げ神条の首に腕を巻き付けた。 「…二回もしただろ」 「全っ然足りないから!気絶するくらいしてよ」 「……………」 言葉では答えない。 無言のまま、上村の首筋に顔を埋めた。 上村の願いを身体で答えるべく。 神条が目を覚ましたのは、朝方のことだった。 カーテンの隙間から差し込む朝日が、上村の健やかな寝顔を照らしている。 …どうやら寝過ごしたらしい。理由は考えなくても分かる。 上村は“今晩は、外でご飯食べよーねー”と言っていたのに、お互い起きることが出来なかったようだ。 まあ、それでもいいかと思う。東京に戻るまで、あと数日はあるのだから。 神条はベッドの脇に置いてあった鞄の中を探った。 手探りで目的の物を探す。それは鞄の一番奥に確かに存在していた。 小さな四角い箱。中には、上村が以前から欲しがっていた物が入っている。 どんな風に渡そうか悩んだが、やはり面と向かっては渡せそうにない。 箱から小さな銀のリングを取り出す。シンプルな飾り気のない物だ。 上村の細い指に嵌めてやると、それはぴったりと収まった。勿論左手の薬指だ。 上村が欲しがっていたからでもあるし、虫除けの意味合いもある。 だが、大きな意味合いとしては、神条の意思表示だった。 必ず戻ってくるから、それまで待っていて欲しい―――そんな意味を込めて。 神条はそっと上村の薬指のリングに口付けた。 まるで誓いの口付けだな―――そんなことを思いながら。 了 ***** バカップルだな、オイ。 いつからそんなバカップルに?…いや、この二人は最初っからバカップルだった(笑) とにかく、この二人は幸せになってくれないと困ります、遙が。 何だか生々しい表現があってすみません。大丈夫かしら。 そういえばサイトが出来たです。 今の所、Destinyのログ置き場と化していますが、その内ここの小説も持っていこうかと思っています。 こちらからどうぞ→Heavenly Flower -
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