++いつか海へ還るまで++

雨が降る 代わりに泣いて いるように

降り続く雨 降り止まぬ雨


2012年08月31日(金) 一週間 

今回 恋人のお父さんが亡くなったこと、
お宅に一週間行く事になったことを
事情を知ってくれてる親しい友人達にも何も言わないまま出かけました。

正直、知らせるべきかギリギリまですごく迷ったのですが
何しろ、一度面識があるとはいえ、長期間お世話になるのは初めての上に
とてもデリケートな時期だし、自分自身が他人様の中に入って
まだ、ちゃんとやっていけるのだろうか・・・という不安と緊張で
まったく余裕がなかったことと、あとは願掛けの意味も込めて・・・。

誰にも話さずに行く事に無事の帰宅の願を掛けてました。

前の婚家の一件で人間の豹変の怖さ(確かに元々クセのある人達で
???な所はあったけど、サッパリサバサバしたタイプ・・と
認識していただけに粘着、暴言に驚いて)を思い知っていて。

恋人のお母さんも妹さんもまったくタイプが違って、おっとりとした
穏やかな大人しい人達なのですが、それでも伺うときは
マイナス評価されて当たり前、プラスマイナス0なら上出来、と
自分に言い聞かせて大げさなようだけど決死の覚悟でした。

息子達もわたしの心身が持つのか、ちゃんと馴染めるのかを
心配してくれてて。

毎日息子とメールしていたのですけど、
ご家族に温かく迎えてもらえたこと、
わたしが家業や家事のお手伝いをしたり、
すっかり妹さんと意気投合したこと・・・などを
知らせると、安心して喜んでくれました。

ただ、頑張りすぎて無理しすぎないように・・・と。

これじゃ どっちが親だかわかんないよねぇ(汗)


寝食を共にして一緒に仕事や家事をお手伝いして
一週間という日々はこれからもお互い一緒にパートナーとして
歩いていく上で、とても貴重な時間でした。

妹さんともすっかり友達になり、メール交換をして。
お別れの日、お母さんが手を握り
「また、是非来てね。これからもあの子のことを宜しくお願いしますね」
と、言ってくださいました。

大きい子供が三人もいるシングルマザーで8つ年上で
遠距離、という事情をすべて知った上でそう言っていただけたことが
すごく嬉しかった。

自分の立場に引け目を感じ過ぎたり、生きてきた人生に対して
卑屈な態度をとったりせず、あるがままとして背筋を伸ばして・・・
と それでも気負いすぎて頑張りすぎると
周りにかえって気を遣わせちゃうし。

自然体で・・・っていうのが わたしみたいな
肩の力がうまく抜けない人間には一番難しかったりするので。

でもだから尚更、帰る日に、寂しくなる って
名残を惜しんで貰えた時、ああ・・・こうして伺えて良かった
としみじみ思いました。

継いだ家業の方も忙しく、まだまだ大変みたいだけど
落ち着いたら、今度はわたしの方の子供達や両親にも
会いに来て欲しいな・・・とも。

それもこれもひとつずつ焦らずに無理なくね。


わたしたちの歩みは本当にゆっくりゆっくりで。

でも あの頃 は諦めていたことが
今 こうして叶っていることの 不思議。



人生 いつどうなるかなんて 誰にもわからないから

後悔の無い人生なんてないだろうけど
こうして今 命を与えられているから
みんなで幸せになる為の道を探していけたらいい。

誰の為でもなく自分がやれることを自分なりにやっていきたい 
と 思っています。



歩いてきた道を

傷や痛みを

少なくとも誰かのせいにしたりせずに

その瞬間に
目を瞑ることができるように。








2012年08月30日(木) 一週間 

お盆あけの週末から一週間、恋人の家に弔問とお手伝いに行って来ました。

1ヶ月近くが過ぎたとはいえ、まだ四十九日前のバタバタした落ち着かない
デリケートな時期だし、わたしにとっても一週間と長期間によそのお宅に
泊めていただくのも、自分の家を空けることも初めてで。

一番気がかりな子供達に関しては、一番上はもう成人だし、
末っ子もちょうど夏休み時期で、皆で実家に帰省していたので。
そういう意味では学校がある時に自宅に子供ら3人だけ置いてでは
やっぱりできなかったことだと思います。

あと、子供達の理解と後押ししてくれたのも大きかった。

付き合いだして暫くは、さすがに話してなかったのだけど
もう数年前からは長男、次男、三男、と実家の母に打ち明けて
色々話したり、時には相談したりもしてきました。

彼の方も子供達を気にかけてくれて、子供らに・・・と気に留めて
小包送ってくれたりするので、子供達も自然と親しみを持っている様子。


まぁ ウチの場合はちょっと複雑でして

ちょっと話が逸れますが・・・

父親に関して、
まず長男は、亡くなった時点で小学校高学年だった為に
自分で見てきた良くないイメージがあって・・・
トラウマになっちゃってる。

また闘病から亡くなるまで前後のあれこれに加えて、
ダメ押しのような形でアチラの実家が葬儀の数日後
借金の申し込み(それも理由が義弟が使い込みのあげく
ヤクザから作った借金を返す為)断ると逆切れされ
挙句、四十九日の席でまた子供らもいるのに再度、逆切れ・・・
という前代未聞のことをやらかしてくれたので。

長男の父親に対するイメージが良くないのは気になっていて
もしかして、無意識にわたしの意識とか言動の影響?なのかなと
いってみたことがあったけど即座に否定され、
長男曰く「だって自分の目で見て聞いてきたことだから、お母さんには
関係ない」と。

ちなみに次男と末っ子はさすがに幼稚園児で 覚えてない そうです。

複雑ですね。
トラウマになるような父親関係の記憶、それでもあった方がいいのか
それくらいなら ない方がいいのか・・・。

少なくとも子供らには何の罪もないこと。
親としては、望んだことではないとしても、申し訳ないって思う。



夫が亡くなってから もう10年以上になりますが、
やっぱりそれは生易しいものじゃなかった。
人に言わないだけで辛酸も舐めてきたし、何度も絶望しかかった。
人間不信にもなり、
今は心身に病を抱えて病院通いだし・・・。

それでもこうして10年生き延びてこれたことに感謝しています。

わたし達より苦労してきた人達、頑張ってる人達が
沢山いることは知ってるから、自分達が人並み以上に
大変だったなんていうつもりはないけど、
それでも、少なくともわたしたちの事情や生き方を
他人から、どうこう言われたくない とは思う。



ミスチルの歌の歌詞じゃないけど

”時間が何もかも洗い連れ去ってくれれば

      生きる事は実に容易い”



外に対して 怒らなくなったし、
一見、人当たり良く穏やかにしていますが
それは長年で身に付いた自衛本能。

何もかも平気なわけじゃなくて、
内側では傷ついて声を出さずに呻き
怯え、臆病になってもいるのです。





2012年08月01日(水) ひとつひとつ一歩一歩

エンピツさん、サーバーダウンから復旧してくれて良かったです。

ここ最近は昔のように毎日は書いてなく、
むしろ書くよりも読む方だったけども、
それでも、何かあった時に”書きたい”と思うのはやっぱりこの場所で。

恋人のお父さんが亡くなってからの不安定な気持ちも
此処に書くことで自分なりに整理して何とか落ち着くことが
できてきていたので、急に接続できなくなってしまって、
それが数日に及んだ時にはものすごく焦りました。

いろいろ検索してやっと辿りついたのが2ちゃんねる
(皆さん、そうだったみたいですね)
でも、そこでも原因不明とのことで閉鎖か・・・と。
半分、諦めていたけれども、一縷の望みで毎日アクセスしていたので
復活してくれて本当に本当にありがとう。ホッとしました。
此処が自分にとっての大切な場所だったことを改めて知った思いです。

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あれからも毎日、恋人からはメールや電話があり、
彼は色々な手続きに走り回りつつ、仕事をこなすという
忙しい日々を過ごしています。

弔問に伺いたい ということは一度伝えておいたのですが、
あくまでもあちらに無理のかからないことが最優先と
考えていたのと
彼から
「少し落ち着いたら、そう遅くない時期に
ゆっくりとこちらに来てもらいたいと思ってるよ」
と言われていたので
それ以後は敢えて触れないようにしていました。

そして 今日、彼からのメールでわたしがこちらに来れそうな日時を
教えて欲しいとのことで
色々話し合ったのですが、お盆明けの土曜日くらいから約一週間の予定で
伺うことになりそうです。

長期間泊めていただくことになるので、あちらのご家族がお疲れに
なってしまわないだろうか とも勿論考えたのですが
彼の方からの提案でもあること、ちょうどわたしの方も子供らが夏休みで
動きがとりやすいこともあり、これを機会に彼の仕事のお手伝いも覚えて
少しずつでもできるようになれれば・・・と。

少し前から これから先の二人のことやお互いそれぞれの責任や
大切な人たちのことを考えて色々話し合ってきました。

距離的なことやわたしの子供達やお互いの親のこと、仕事のことなど
籍を入れる「結婚」という形を今 取る事はどうしても難しい。
でも だから 無理だダメだと初めから諦めてしまうのではなく
自分達なりの形を探して、ひとつひとつ一歩一歩進んでいけたら・・・

幸せにしてもらう・・・のでも
幸せにする・・・のでもなく
一緒に、幸せを積み上げて創っていきたい。

それが願いです。


簡単なことではないと思う。

夢見る少女のように結婚や恋愛を考えるには
わたしは歳を取りすぎました。

でも こうして年齢を重ねてきたからこそ
色々な痛みや苦しさ、辛さを知ったからこそ
見えてきたことも確かにあると思うから。

例えば
10年前には考えることすらできなかったことが
5年前にはできるようになっていたり
3年前のわたしたち
2年前のわたしたち
1年前・・・
そして 今。

失くしたものも沢山あるかもしれないけど
得たものも 此処に ある。


不安や怖さはやっぱりあります。
自信があるわけでも ない。

けれども

けれども

最後まで諦めないこと。
何もせずに諦めることだけはしないこと。


今だからこそ できることを
大切に
ひとつひとつ
一歩一歩

やっていってみようと思います。


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ゆうなぎ [MAIL]

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