役所に行って申請に必要な証明書を貰って クリニックへ行っていつもの3分診察を受け、薬を貰って それから 銀行に寄って通帳記入して 諸々の引き落としが無事にされているかを確かめ 帰ってきたのが昼少し過ぎ。
子供に留守番させていたのでとにかく急がなきゃと大急ぎで。
今日できる限りのことは何とか済ませることができたことにホッとして でも 人と対した時、話さないといけない時、息が苦しくなって 大丈夫ですか?といわれるほど。 冷や汗がでて貧血起こしそうになったのには参った。 それに単語がでてこなくて言葉に詰まってしまう。 以前からその傾向はあったけど気力で短時間なら何とかできてたのに 気力のもつ時間が短くなってきてる・・。
これはもう気力とかのレベルではなくて問答無用の怖さ。 頭では何とか と思っても身体が拒否反応を起こしてしまってる状態で。
とにかく 少しずつ ひとつずつ やっていくしかない。 焦るけど 気が遠くなって座り込みたくなるけど 先の見えない不安に押しつぶされそうになるけど。
それでも 今日 済ませることができたことで良しとしよう 自分に自分で言い聞かせる。
家への帰り道 見上げると青空に白い雲 眩しい日差しにそういえば2月ももう終わるんだな。
この空と雲を切り取ってみたくなって ケイタイで写真をパチリ。 家に着いて見てみたら 不思議ね 眩しい光の部分が薄桃色に写ってる。
ねぇ 遠い空の下のトモダチ 見える? わたしたちはこんなに離れた場所にいるけど それでもいつもこうして空で繋がっているんだね。
生きることは厳しく怖く不安に満ちているけど それでも 其処に居てくれていると思えば それが わたしの明日を生きる勇気になる。
そちらの空は 光は 今日はどんな色をしていますか?
何とか今日も終えることができそうだよ。 大切な大好きなひと 泣きべそかきながらだけど わたし生きているよ。
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ゆうなぎ
役所に行って申請に必要な証明書を貰ってこなきゃ。 クリニックへ行って残り少なくなった薬を貰ってこなきゃ。 糖尿内科の定期検査予約日も迫ってる。 定期検査の時に足先から甲にかけての痛みのこといわなきゃ。 歯医者にも行ったほうがいい。眼科も同様。
子供の学校の方も理解を得ているとはいえ さすがに連絡・・・と気になってくる。
最近 真ん中がまた 不調気味。 頭痛や吐き気といった身体に出る。
どうもわたしがどうしても末っ子に比重をおいて関わることになるのが 寂しいんじゃないかと思う。
わたしはわたしなりに長男 (彼もまた相変わらずのハードスケジュールをこなしている) 次男にも 末っ子ほどにいかなくとも(悲しいかな我が身体は1つだ) できうることはして考えているつもりなのだけれども。 側で弟がわたしを独占していて自分は弾かれているように思うのかな。 反抗期も重なってなかなか難しい。
ただ次男が今の末っ子のような状態であった時 むしろ 末っ子は淡々と自分の生活をこなしていた。 わたしも それに安心して 今の比でないほど真ん中につきっきり状態だった。
末っ子も本当は寂しかったはずなのに。 問題なくいってくれてたから それに甘えていた。 そしてそれが今の赤ちゃん返りに近いほどのわたしへの独占欲として でている気がする。
真ん中は元々甘えん坊の寂しがりだ。 だから理屈ではわかっていても 今 反対に末っ子がわたしの膝を独占して わたしが末っ子を甘やかしている(と真ん中には見えるのだろう)ことに イライラしてしまうんだと思う。 胃が痛くなるし、自分はあれだけやってて勝手なことをとも思うけど その気持ちを責める気にはならない。 こちらからは1対3 でも子供達からは1対1なんだもの。
週末 実家に行った時、訪ねていくことと、誕生日プレゼントに 子供達とわたしのお祝いの寄せ書きのことは母にだけ打ち明けたけど 父には内緒にしてもらっていた。 知らないで贈った方が喜んでもらえるんじゃないかなって考えて。
でも結局 正直いえば 空回りしてしまった感触。
喜び下手な父がそれでも精一杯喜んでくれたとは思う。 ただ・・なんていうか 要するに父もそれほど疲れているんだっていうことだろう。
今回のことはあくまでわたしや子供達の独断だったから 初めから反応がそんなに無くても当たり前だなとは思っていたし 子供達にもそれは言い聞かせてた。
だからそれに関する失望的なものはなかった。
でも それとはまったく別に相変わらずの毒舌には (それに悪意などないことを知っていても) やっぱり傷ついた。
ああ・・だからこれは失望して無いとかいいながら、 わたしの心のどこかに ここまで誠意を形にしてみせたのだから・・という 期待の気持ちがあったってことだ。
頭で考える通りに感情は働かないもんだね。
父はわたし達のことを気にかけてくれる。それは本当に有り難いこと。 親であればこそ。 だからこんなふうにいうのはバチあたりなことなのだろうけど
何かを相手に対してする時 わたしは 相手が して欲しい時に して欲しいことの手を貸してあげられるのが 一番望ましいと思う。 それ以外で してあげたいと思うことは あくまで自分の自己満足。 それに対して見返りを求めたらそれは既に重荷とか押し付けになってしまう。 それだけはしたくないし、意味が無いと思うから そこだけは わきまえておきたい と思ってる。
大事なひとに何かをして喜んで貰えたら それはとても嬉しい。 でも大切なのは自分の満足度よりも相手の気持ちに添ったものかどうか ということじゃないだろうか。
亡きひとをここで引き合いに出すのはとても申し訳ないのだけど 彼が良く口にしていたのは
自分は 自分がしてやりたいことをするのだ
ということ。
誕生日には花束を贈ってくれた。 確かに花束は嬉しかったし、だから ありがとう って言った。 でも お金が無いのに友達にお金借りてまで 無理して花束にこだわることはないんじゃない? って思ったのも事実。 その心の翳りがわかってしまったのか あまり喜んでないように見えると 不機嫌になられてしまった。
だから 花束でなくてもその時のできる範囲で祝ってもらえれば 充分嬉しいよ ってやんわりと言ったのだけど
そこで返ってきたのが先ほどの言葉。
どちらがいいとか悪いとかでなくてまさに価値観の違いを 思い知った瞬間だった。
父も似ている。
自分のやり方でする。それで文句をいうなら手を引く。
そこは無理してしてくれなくてもいいから といっても 本人の気が済まないとその方法でやらずにはいられない。
反対にここは手を貸して貰えたらどんなにか助かるのに・・と 思うことでも「こんなにしてやってるんだからこれ以上は勘弁してくれ」 という言葉で切り捨てられる。
さっき 頭で考えるように感情は働いてくれない って書いた。
それって当たり前のことだと思う。 だから それだけで亡きひとや父の人格を否定とか 一方的に責めるとかそれは違うし、本意でないし この日記を読んでくださっている、たまたま目を留めて下った方にも して欲しくは無い。それが言いたいんじゃない。 言葉足りずの拙文のせいで そう誤解されたならとても悲しい。
世界も人間も不完全で矛盾のカタマリで 価値観も一部は同じでも一部はズレていたり。
完全なる世界なんてのがあったらその方が怖い。 皆同じ方向を向き、同じ事を考えているなんて。
だから世界はこれでいいんだと思うけど ただ 時々 大事な人との間で その違う部分がどうしても自分の中の 譲れないものだったりすると とても 哀しくなる って そういうこと。
違うものを違うものとして受け入れられたらいいけど 自分は受け入れても(あくまで自分なりにだけど) 相手からは完全否定だったりすると 特に。
今 わたしはこんがらがっている。
どうしたってしなきゃならないことは自分がしなきゃどうしようもない。
でも こうできることなら・・・ こんなふうに もしも手を貸してもらえるなら と 現実的に最も もしできたら・・の可能性のある部分を思い、 やっぱり無理なこと だ 現実に打ちのめされた気持ちになったり。
そうして皮肉なことに 善意で投げ込まれる情報。 これもわたしを混乱させ落ち込ませる。
不登校について 精神疾患について それに伴う薬について 身体の病気について
これらに親との関係を含めて 過去のトラウマが絡み付いていて 考えれば一人の人間の半生の全てを 自分以外の人に全てわかって貰おうなどと思う方が 不可能というもの。
別に自分だけが苦労してきたとか酷い目にあってきたとは思わない。 一つ一つの出来事はこの世界のどこかしらにいくらでも転がっているし その中で人々は自分の海を泳いでいるのだから。 水面下が見えないだけで懸命に足掻きながら。
カタチは一つとして同じでない。 でも それぞれに抱える痛み。 人とは比べられない辛さ、苦しさ。 そして 確かに わたしも痛いの苦しいの。 自分だけとは思わないけど わたしはわたしでやっぱり辛いの。
わたしもわたしだけの傷を抱えている。
だから その目で見えていることだけを全てだと思わないで欲しい。
善意の人は投げ込むだけ投げ込んで 時には キレイサッパリ忘れてしまったりするから。 そういう中途半端な情報は深く沈んでいく物思いの元にしかならない。 特に鬱症状があるものとしては。逆効果にすらなる。
話してあったはずのことがいとも簡単に忘れられていたり それで どこかズレた視点から助言をされても 酷く身勝手な言い方になるが それなら そっとしてくれていた方がいい。
投げ込まれた情報は棘みたいに消えない。 それでなくとも 容量の少ない頭は処理どころか煙をあげて フリーズを繰り返し いつ壊れるかしれたものではない。
思い遣りや心配からだと知っているからおもう。 その人の善意をしっているから尚更おもう。 どうかわたしにアナタへの拒否反応を起こさせないで。
あのね
ごめんね。
アナタはやっぱりシアワセな恵まれた人の方だとおもうよ。 アナタはきっとそれを否定するだろうけど
でもね
アナタはまだ自分が望みさえすれば道を選べるもの・・。
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ゆうなぎ
2008年02月25日(月) |
ケイタイ風景 冬を生きる |
張り詰めた冷たい空気の中 なのにいっそ清々しく それは ちいさな ともし火のように
咲く いのち 咲こうとする いのち
雪だるま つくったよ
消したものではなく 消えたものでもなく
自然に溶けていけたらいいな
消えゆくものとわかっていても だから 顔をあげる
ある時はまったくの無造作に ある時は純粋な好意で 投げ込まれる言葉や情報。でもいつも投げ込みっぱなし。 中途半端な理解とその無邪気ともいえる甘い認識の残酷さ。
わたしは人がますます怖くなる。人に疲労する。 混沌に想いと心は迷走する。
言ってしまえば 終わりになると知っているから わたしは また 喉まで出かかった叫びに近い塊を呑みこむ。
それでもまだ 失くしたくないと思うからだろう。
今は何もしたくない何も考えたくない 情けないほどの落ち様。
しなくてはならない手続き更新 そのために行かなければいけない役所。 もう数日分しかないクリニックの薬貰いにと 定期検査の日も迫っている。
これだけでも最低限。本当はもっとある。
わかっているけど 完全な現実逃避。どうしても動けない。 焦る気持ちでまた落ち込む。
ぐるぐるまわる。深く眠りたい。
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ゆうなぎ
2008年02月23日(土) |
お月さん、お月さん・・・(追記あり) |
どうして ヤサシいものほど 踏みにじられてしまうの?
息継ぎのように顔をあげた傍から 気まぐれで残酷なカミサマが足を引っ掛ける
お月さん
お月さん・・・
淡く仄蒼い光に手をのばして胸の中で問いかける 答えなど返ってこないことは知ってる
それでも
問いかけずには いられない夜が ある
*
大切な大切なトモダチに言い尽くせぬ酷いことがあった。 治りきれぬ傷の上につけられた深い傷に苦しむ彼女に わたしは何もしてあげられない。 近くにいればせめてすぐに駆けつけられるものを。 何もできないまでも側に黙っていることくらいはできるのに。
優しいひとほど どうしてこんなふうに踏みにじられるの?
答えなどないとわかっていてもわたしは 天に声無き声で叫ばずにはいられない。
わたしたちは何処まで苦しめばいいというのですか?
でもだからこそ膝を折らないよ。 消えなければならない瞬間まで生きて貴女の手を握っている。 忘れないで 此処にいること。
* * *
Kへ
夜明け前 まだ明けぬ空
抱えるものはこの身に余り過ぎ重く 心も身体もガタピシ軋んでいる
そしてわたしはまた独りを思い知る
こんなふうにいうことを許して でも心が凍えてしかたないの。
明日がみえないのはすごく怖いよ。
ごめんなさいが口癖のジブンにも疲れた 声を荒立てずにイライラも出さずに穏やかであれ そうしてはじめてわたしは求められるから
わたしは命の限りは生きるけれど それでも明日消えたとして 泣いてくれるひとはいてくれるかもしれないけど 泣き続けてくれるひとはいるかもしれないけど
K きっとあなたもそうだろうけど
でもわたしと共に消えてくれるひとはいない。
その瞬間にはせめて夢を見ながらがいい。 あなたの腕の中は叶わないだろうから せめて夢で抱いていて欲しい。 願わくば夢見たまま消えていきたい。
ねぇ どんなことをしてもどんなわたしでも あなたは欲しがってくれる?
わたしにそれを求める価値はない。 あなたもきっとこの問いに答えてはくれない。
それはあなたが不実なわけでは決してない。 そうでなければこの長い年月 どうして手を離さずにいられよう。 語りつくせないほどのわたしたちにしかわからないことがある。
もしも いつか わたしが消えてしまっても
あなたは大丈夫ですか?
そんな問いを今も がらんどうの胸の中でしている。
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ゆうなぎ
ハートの端っこの縫い目がジグザクなのは 裁縫苦手かーちゃんの愛嬌ってことで勘弁。 中には薄く綿を詰めてハートに切り抜いた厚紙にファイト!と 名前を書いて入れた。
本当なら小学校最後の行事で出席してやりたかったけど 今のわたしの体調と状態ではどう考えても無理。
卒業式と入学式にはどうあっても出たいので その為にも 話して今回は ごめんね をした。
さすがに寂しそうだったけど、納得してくれて なんていえばいいだろう・・ ああ・・この子もいろいろいろいろあったけど それを乗り越えたり、そこで考えたりしながら 確かに成長してきたのだなぁ というような感慨深いものがあり。
ただ だけどやっぱり何かしてやりたい気がして。 子供らが寝静まった夜中、寝顔見てて思いついた。
今や めったに使うことの無い 半分埃かぶった裁縫箱出してきて。
真ん中の子の好きな青色のハギレ。 型紙とか無しでハサミを入れるジョキジョキ ちょいと不恰好だけどそれもまた味(ってことで)
一応、表を合わせて縫って後でひっくり返す。 昔、マスコット人形とか作ってた要領(でも手際悪し)
やりはじめが遅かったせいもあって 出来上がったらもう夜明け前。
この所 眠剤も効かないので参るが (というよりも元々わたしは〜しなければと思うと 精神の鍵が頑強にかかり、少々の薬ではそれを解除できなく なってしまう傾向が強いので) この際 このままいってしまえ ということで 朝準備などしつつ、そうそう写真 と携帯カメラでブツを撮り。
起きてきた子供は思ってた以上に喜んでくれた。 大事に大事にポケットにしまって。
末っ子も「僕の時にも作ってよ」って その辺 ん?とか思うけど 末っ子の中では今休んでることと矛盾してない様子。 勿論、了解!と返事しておいた。 案外 こちらも”その時”待ちなのかもしれない。
朝食食べて長男、その後、次男が登校。 さっき それを見送ってこの日記書いてる。
週末は実家へ行く予定。
こちらもいろいろあるけど ちょっと思いついたことがあって。
ニンゲンってダメダメとか押せ押せばかりだとかえって 意固地になるところがあるから。
もう誕生日は少し過ぎたのだけど 地酒の小瓶と徳利にお猪口のセット ネットで見つけたもので。
どうせ呑むなら流し込むんじゃなくて美味しく呑もうよって メッセージ込めて(でも言葉にはしないけど) 子供達とわたしでお祝い寄せ書き添えて ちょっとしたサプライズ。
喜んでくれるかどうかは(少なくともそれをあらわしてくれるかどうかは) わからないけど それはそれでいいと思ってる。
人なんちゅーもんは機械みたいにはいかないもんね。 機械だって故障するくらいだもの。
あれやこれやと色々考えないといけないことはやっぱり山積み。
これはあんまりヨロシクナイ感じなんだが足指先の疼痛は 痛風っぽい?とか。 今度の定期検査で主治医に報告、相談してみるつもりだけど。 あちこちガタがどんどんきてて、薬も増えるばかりだし かかってる(かからなきゃならない)病院も増えるばかりで 凹みも不安もするけど。
さてさてとにかく今日は今日の道を往こうか。
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ゆうなぎ
足先が あかく凍えるベランダ
打ちひしがれて
きみの温もりを記憶の箱から取り出して
そっと 見つめる ほそい銀の指輪
夜空に手をのばす
この指先だけでも
きみに届けばいいのにと おもう
今夜は月もみえない
迷い子にならないように
どうか手を離さないでください
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ゆうなぎ
2008年02月18日(月) |
呪縛からの脱出 簡単で難しいこと でも。 |
どうしてもこのことを書こうとすると言葉足りずで それでいて 長くなってしまいそうだけれど。 できるだけ簡潔に書くつもりではいるけど 長くなったら いつものことか と ご容赦を。
今日 子供の学校へ行ってきた。
このところ 身体の不調も手伝って精神状態も余計に追い詰められていた。 毎日、末っ子が学校に何とか行かないかと そればかり考えて。 一日一度は学校に連絡を入れることもプレッシャーになって鬱を 加速させていた。
親に助けを求めることは望めない。 というか むしろ 父には申し訳ないが逆効果のことが多く いかに聞き流すか受け流すか。それでも痛みは感じる。
ガッコウヘイカナイトイケナイ
そしてこれはひとつの呪縛だった。 「〜しなければいけない」世間的な常識とかいうもの。 父などは特にこの考えの強い人だと思う。 でもそれを完全否定する気にもなれないのだ。
ひとつには わたしもまた「〜しなければいけない」 で 育ってきたわけであるし、 それにこの世界の人達がみんな ただ好き勝手に 自由気ままに生きていっていれば 世界という大きな集団は成り立たなくなると思うから。
そういう世界なら成り立たなくてもいいと言い切れる人は ある意味 とても幸せな人だろう。 ただ平気でそう在れるひととトモダチにはなれないな。多分 わたしは。
だけど反対に今は矛盾していても この刻み付けられた「〜しなければいけない」と いう呪縛からまず自分を解き放つことが必要だった。
盗む、傷つけるなどは論外としても それ以外の 人様に迷惑をかけないで生きていくこと 世間の常識に囚われること については 心がけることはしても 絶対と思うと息すらできなくなってくる。
人様に迷惑〜にしても かけて かけられて それで折り合いをつけて 生きていくしかない。 一方的に卑屈になっても足元を見られるし(これは何度も経験済みだ) かといって 無神経ではいたくないという矜持もある。
世間の常識〜に関してもしかり。
結局 まだまだカッコつけていたということだ。 腹を括ったといいながら まだまだ囚われていた。 イイコでいようとしていた。 外れる事を怖れていた。
正直言うと今も怖いのに変わりは無いのだけど。 ニンゲン沁みついたものはそう簡単にはぬけない。
でも 考えた。 苦しんで苦しんで そうして 決意した。 って そんな大げさにいうことではないのかもしれないが この小心者のノミの心臓のわたしには決意だった。
手紙を書いた といっても手書きの気力はないから ワープロ書きだ。 そこに今までのできこと(これは心療内科にもっていったのを その後の経過を含めて手直ししたもの)と 暫く末っ子と共に 学校 からお休みをいただきたい ということを綴った。 その間 連絡などは申し訳ないけれどしないことを了承願いたいこと。 1週間を区切りに子供との日常の報告などはするし 学校や先生方との繋がりを絶つということでは決してないことなども。
上の子に持たせるか電話でとも考えたけれど それでは真意が伝わらないといけないし、 何よりも心配して ずっとどうにか良い方向へと気遣い、力を尽くして 下さっている先生方に対して これだけは自分の生の声と共に お伝えするのが せめてできることだと思ったから。
これは痛切に思うのだが 実際 教育現場、特に先生方のご苦労は 昔 わたしたちの時代に比べて格段に大きくなっている。 だから下手をすると 投げ出してしまう、諦めてしまうような対応をする 現場も多い。
その中で我が子の通う学校は良く頑張ってくださっていて 本当に有り難い。
わたしが今回この手紙を託し、「〜しなければならない」から 一旦 外れることを伝える決意ができたのも 学校、先生方に対しての信頼があったから。 そして校長先生はじめとする先生方は わたしの気持ちを汲んで 受け止めて下さった。
末っ子には帰って 少し学校のことは忘れてゆっくり休もう と 話した(彼には留守番させていた)
末っ子は ほっとしたような顔して 抱きついてぎゅううしてきた。 抱きしめ返しながら やっぱりこれで良かった と思った。
今 一番大切にしないといけないものを 見失わないでよかった。
思いつめて一緒に飛ぶくらいなら 生きる を最優先させた方がずっといい。
まだまだ迷い道だけど 色々な他の問題だったりストレスも不安も 山積みではあるけど。 それでも ひとつひとつ 一歩一歩。
この風邪が治ったら 手始めにまた一緒に映画でも観にいくのもいい。 そうでなくても 一緒にできることは沢山あるはず。
少し楽になろうよ。ね。
わたしたち、わたしたちを許してやろうよ。
簡単で難しいことだけど でも。
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ゆうなぎ
2008年02月16日(土) |
四面楚歌ばたんきゅー |
左足先は相変わらず痛い。 頭痛、耳鳴り、鼻水、咳まででてきて 風呂いつ入ったっけ。 顔はばりばり髪はぐちゃぐちゃ
関節痛も加わり余計気が滅入る 薬も長期に飲んでると身体が薬慣れして?効きやしない。
土曜日はもうすぐ終わり日曜日。
日曜は嫌い。 すぐに終わるから また追い立てられる週明け。
良いも悪いも考えられず、自己制御も自己催眠も効かず、ただただ苦しい。
だから今は 胎児のように まるくなってまるくなって
逃げでもヘタレでも 自己保存
とりあえずここで いきをする。
ゆうなぎ
風邪をひきこんでしまいました。
クシャミ、鼻水、鼻づまりに頭痛と熱で頭はぼんやり。 クリニックから以前もらっていた風邪薬の残り飲んで、布団の中 携帯から日記。
なんかすごくしんどいです。身体もだけど心が。
やっぱりヘタレです。
いい歳をして父の言葉とか態度に傷つくなんて。 その気持ちや気性を知りながら 受け流しても やっぱり痛いんです、お父さん、ごめん。
母としてのわたし は まだ必要。でも 娘としてや一人の人間としてのわたしはもう存在意義のないものなんでしょうか。
ナニヲ チイサナコドモミタイナ アマッタレ ヲ
いいえ、何かを望んでるわけではないんです。 期待も理想も壊してしまったのは知っているから。理解(わか)って貰おうとするのが酷いことだということも。
でも ならせめて 傷口に触れないで と 心が泣いてしまいます。
どこまでも親不孝な娘です。
ゆうなぎ
2008年02月14日(木) |
ヘタレながら。親と子供の間で。 |
うまく行きかけたかと思うと 足元をすくわれる。 覚悟をしているつもりでも 何処から来るかわからないから なおさら堪える。
頭痛は治まらず 胃はしくしく痛むし 左足先の疼痛は続いている。
薬の量は増えるが効いている感じはしない。 ただ 飲むことで現状維持ができるだけでも。
子供には子供の理屈や想いがある。 大人のように簡単に割り切ったり計算したりできない。 時には かくれんぼのように 鬼ごっこのように。
もう少しこの心身がしっかりと動いたらと思う。 思うのに足は縺れる。 それが 情けなく悔しい。
言うなりになるのではなくて でも恫喝や無理やりでは人の身体は動かせても 心は動かせない。壊してしまうだけ。 自分自身で知ること それが大切。
これだけはわかる。自分もそうだから。 自分が見つけて自分が納得しなきゃ結局 どこにも進めない。
きっと今はだから我慢の時。 側で見ているのはもどかしく焦るけど。 それでも辛抱強く。ヘタレながらでも。
親には親の理屈や想いがある。 長い歳月を自分の信念で生きたきた人に 今更 それを変えてくれというのは酷い。
親だって当たり前だけど完全無欠じゃない。 歳を重ねていけば心も身体も弱くもなる。
でもだからこそのプライドはあるし、 その支えを壊すようなことは したくない。
心配をかけてばかりきたから 今も心配をかけているから 尚更。
キツイ言葉に傷つくこともある。 だけど 誰が好んでそんな言葉を子供に吐きたかろうか。
情けないけどこの歳になっても どこかで親に助けを求めたくなる気持ちがある。
でも どう考えてもそれは無理なこと。
できるだけせめて心配をかけることを減らせるように。
今 踏ん張ることができるのはわたしだけなのだから。
親と子供の間で 親でも子供でもあるわたしは どうにもこうにも苦しい。
こればかりは自分しかどうしようもないってわかっているのだけど。
それでも
願わくば もう少し 世の中がゆっくりを許してくれたらいいのにと思う。
常に追い立てるのではなくて それぞれのペースで生きることができたら それだけでも 随分 ラクになるのに。
人生が戦いだけなんて哀しすぎるよね。 勝ち負けだけで色分けされたものなんて認めたくない。
今 この瞬間 生きていること それだけでも わたしたちは充分頑張っているじゃないか。
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ゆうなぎ
どうしていいのか どうしてもわからなくて苦しくて うずくまってしまう日
それでも
たとえ消えてしまっても 無くならないものはあると 信じていられる限り
わたしは。
-------------------------------------------------------- ゆうなぎ
2008年02月12日(火) |
その前夜に。そしていつかマタアイマショウ |
予感はあったような気もするし、反面、それはまだだとも。根拠もないくせに。
ただ 奇跡なんて起こることがないのも残酷なくらい確かに知っていた。
白い部屋の白いシーツに横たわるそのひとが昏睡状態になって一ヶ月近くが過ぎようとしていて、わたしの感覚は半ば麻痺していたようにも思う。 また そうでなければ精一杯張りつめ続けてきた脆弱な精神はもたなかっただろう。
そして別れは積み重ねてきた沢山の日々と感情をあっさり置き去りにするように呆気なくやってきた。
今日が明日になる狭間にスルリとすりぬけるように逝ったやり方はいかにもアノヒトらしくて。
それが悔しくてわたしは怒りながら泣いた。
ナンデ ワタシヲ オコサナカッタノ ナンデ ナニモ イワズニ ヒトリデ イッタノ
ナンデ サイゴマデ アンタハ ジブンカッテニ イツダッテ ヒトリヨガリデ
ばか ばか ばか アンタ サイゴマデ バカダヨ
ダレヨリモ サミシガリノクセニ
涙はボトボトと握りしめていた拳に落ちて。 上げた顔の滲んだ視界に映るひとの目を閉じた顔が、しん と安らかな分だけ置いてけぼりくらわされたコドモみたいな気がして こんな終わり方 ずるいよって思った。
あれから 色々な色々なことを重ねていきながら月日は流れて、またあの日 あの時間が来るよ。
それでもさ あの建ちかけだったファッションビルはもう何周年とかを迎えるらしいし、街の様子もいつの間にか面変わりしたし。
わたしも歳をとって、歳の差はまた広がっちゃったし、その分 子供らは大きくなって兄ちゃんなんて見上げなきゃならなくなったよ。
ねぇ 覚えてるかな。 わたし達 あの最期に過ごした時間に仲直りしたよね。
いろんなことあったけど あなたと出会えたから持てた、楽しい、シアワセな想い出も沢山ある。
哀しみとか辛さだけじゃない確かにあった消えないもの。
これだけの歳月かけて やっとこんなふうに。 向き合えるように。
どうだろ 少しは、 なれているのかな?
まだまだ 試行錯誤 かわらず 五里霧中
いつまで往けるのかなんてわからないまま迷路暴走中だけど
いつか、おしまいの日がわたしにもきた時には マタアイマショウ そして顔見合わせて 笑えたらいいな。
あ その前にゲンコで一発頭 ポカリとやるからヨロシク。
それくらいは許せよ。
ゆうなぎ
2008年02月11日(月) |
もうすこしだけ目を閉じて |
土曜日は子供らを連れて 街に出掛けた。
予定時間より若干遅れたけど午前中のうちに着けていつものラーメン、100均、古本屋さんのコース。 ワンパターンだけど、それぞれに好みの本を抱え、やっぱりラーメンはあそこが1番!とかご機嫌で帰途についた。
人込みに子供達連れは疲れるが みんなの楽しそうな顔みるのは嬉しい。 良かったぁーと思う。 次の日に枕から頭があがらないようになっても、その価値はある。
ただ 情けないが身体の方はめっきり踏ん張りがきかなくなった。
疲れやストレスからか頭痛が頻繁で頭痛薬が手放せなくなっているし、睡眠薬も効いている感じがなく、眠りの充足感というより不意に意識がストンと落ち、細切れにウツラウツラするような。それでいて身体は鉛のように重く、頭が枕に磁石で引っ付けられてるみたい。 あと下剤の効きも弱くなった気がしてついつい規定量オーバーして飲んでしまってる。 実際は過食が始まっているのを焦る気持ちが歪んだ形ででてきていて、それを頭の隅でわかっているんだけどどちらも止められないっていうヘタレ状態なわけだけど。
とにかくそれでも今 変に考えだすと余計マズイから。 こういう時には時々記憶が飛ぶこととか、物覚えが悪く、今日の出来事すら頭に霧がかかったみたいによく思い出せないのもまんざらいけないばかりでもないかもな と思ったり。
考えだしたり、気にしだしたら、今のわたしじゃ身動き一つするのも怖くてできなくなる。 それは困る。それだけは困る。
頭がぼやけるのも悪いことばかりじゃない。 一種の自衛本能が働いてるのかも。 一番堪える精神的攻撃(それが意識的なものでなくとも)から無意識に精神を遠ざけようとしているような。
それとパソコン。 あいかわらず修理問い合わせまでもいきつけないまま。 何しろ パソコンの前に座れてもメールチェックが精一杯。 すぐに末っ子からお呼びがかかる。 トイレにもゆっくり入れないくらい。 一種の赤ちゃん返りみたいなものなのかな。 正直 これもシンドイものあるんだけど 受け止めてやりたいんだわ。ふうふう息切らしてるけどねぇ。親じゃなきゃしてやれないこと、親だからできることってある気がするから さ。 よっしゃー!徹底的にきてみろー!とかね。 そうは言っても後ろに倒れて頭にコブできそうなんですけど。
てなわけで 諸々 電話でれなかったりメールお返事が遅くなったりがもう少し続くと思うけど、改めて気長にお付き合い下さると嬉しいです。
日記とかメールはこんな風に携帯からでもできる時にしたいなーって思ってるので。
さて、もう今日は連休最後の日。
学校始まるとまたあれこれあるし、今月は試練の月なのでメゲそうになるけど とりあえず。
そう とりあえず。
ゆうなぎ
携帯からこんな時間にまた日記を書いている。
正直、今の心をどういう言葉にしてもどこか違って上手く言いあらわせない気がする。
だったら書かなければいいのに、やっぱりそれでも何かの印みたいに書き残しておかずにはいられないのは、わたしの弱さであり、エゴであろうというくらいは自覚しているつもりだけど。
いや、そんな理屈めいたことに何の意味がある?
要するに今更ながらに打ちのめされて、泣けもせず、のみこんで、呆けた顔をしたまま、ぼーっと天を見上げている と。
何回となく繰り返してきたことなのに未だにどうして辛いと思ってしまうんだろうか。
人と人というのはそれが近しいほどに難しいのかもしれない。
想っていないわけではないのだ。だけど人は人であるが故に弱いから。 そして それを先に見せられてしまったら、それも親という存在に。
それもそうさせている原因に自分が含まれていると聞かされたら。 どうすればいいんだろうね。わたしは。
世間一般に言われる普通からは外れてしまったけど、それも望んでこうなったわけではない。 だけど それでも人生に自分なりにしがみついてきた。どんなカタチになってもやっぱり わたし を捨てたくないと思った。
子供達に対してもそう思ってる。 どんなカタチになってもデコボコでもツギハキでも自分だけは自分を諦めないで欲しい。
そうして親という存在も。空気のようでも最後の最後までそこにいるものでありたい、救いでありたい と。
だから 今、わたしは力の限りで立っている。 足りないこともダメダメなことも知っているけどそれでもこれででも倒れるよりもみっともなくとも立ち続けることを選んだ。
わたしは
わたしは。
特に昔かたぎの父にとってはわたしが心を病んでいるという事などは最もショックな上に子供(孫)らが迷い、後戻りしたり、躓くのを見るのは辛かろう。
祖母の介護にしても、娘が寡婦となり精神と身体まで病むようなことになってなければ、孫達の心配も今ほどすることもなく負担はまだ少しでも軽かっただろう。こんなことわたしとて望んだことでなどなかったにせよ、やはり親不孝であることにかわりはあるまい。申し訳ない以外に言葉もない。
ただ、だけど、だからこそ、それを言い訳に食事を日に一度しかせずに酒で後二食を補い、悪酔いするような無茶はして欲しくない。
でも父はわたしの言葉は勿論、母の言葉も子供らの心配さえもわかったと返事しても聞きいれてくれない。
亡き夫も酒に逃げる人だった。そんな所を父は嫌っていたはずなのに今 同じようなことをしているのに何故気付いてくれないのか。
重なるのに。思いだしたくないことまで呼び覚まされるのに。
1月終わりから2月にかけては亡き人を看取り、送った、わたしにとっては特に色々なフラッシュバックに苦しむ時期になる。 一連の前後の出来事。 トドメの義母からの(義兄の使い込みヤクザ絡みという話)借金申し込み、断ったら四十九日法要席上に逆切れされるという、安っぽい三文ドラマでも今時ないような。 けどこれもドラマならまだ笑えるけど現実降り懸かってきたら半端じゃなく堪える。
でもどんな時だってね。 泣き崩れてるだけじゃどうしようもないの。 その中で道を探して往かなきゃ仕方ないの。
いろんな声 聞いた。 傷ついた。逃げ出したくもなった。 いろんな声 呑みこんだ。喉が詰まって。今も逃げ出したい。
でも 逃げ出せない。 強いからじゃない。怖いから。 無くしたくないから。 留まってる理由なんて そんなモン。エゴに過ぎない。
明日はね、久しぶりに子供ら三人連れて街にでかけようかと思ってるんだ。いつものコースでも空の色も高さも違うものね。こんなことくらいしか だけど こんなことかもしれなくても楽しみにしてくれてるから。
今 一人ずつの寝相悪く、蹴飛ばしてはいだ布団をかけ直して寝顔みた。
大きくなっても、長男すら寝顔はどこか幼いのがおかしくって愛しい。
かけ直してもキリないくらいにまた蹴飛ばしてはげてしまう布団。
わたしも少しは寝なくちゃなぁ。
おやすみ
おやすみ
生きてる意味なら 今 此処にこうして居るだけで充分じゃないかい?
なぁ わたしよ。
ゆうなぎ
久しぶりにパソコンから日記を。
とはいっても パソコンが修理完了したわけではなく 今日も何とか起動してくれてありがとう状態のままなんだけど。
それでも携帯からよりもずっとノビノビと書ける。 そうなら尚更 早いとこ何とかしなくては・・って 思いながらもう2月だよ。
でもね どうしてもパソコンのことに長時間関われないのが現状。 今だって珍しくやっとメールチェックだけじゃない時間を少し この時間にひねり出せたけど 明日は多分また無理。
少々(かなり)愚痴まじりになるけど 歯茎から出血とかしちゃってるし、詰め物も取れたまま放置だし、 月1定期検査の数値もかろうじて青だけどイエローカードでかかってるし この偏頭痛は風邪気味のせいなのか精神的ストレスからなのか 心療内科から一緒に貰ってる頭痛薬やら咳止めやら 風邪薬やらを飲み分けてしのいでるんだけどねぇ。
末っ子が落ち着いてくれたらなぁ とか これ弱音。 あと少しって気がするんだけど そう思ってると足元すくわれちゃうし。 でも そう感じてしまう時 なんか自分が嫌になるんだ。 受け止めるとか覚悟決めたようなこといいながらわたしは この程度で疲れてるワケで・・。ヘタレ〜〜〜〜〜〜〜〜〜
あ それでもやっぱりしぶといと思うのはね。 なんとかんとかいいながらも とにかくこうして今 居る ってことで。
明日もヘタると思うし、良くも悪くもどうなるかはわからないわけだから 今日のコレなんて わたしにしたらめっちゃ前向きだったりするし。
好きなひとたちや好きな風景や好きなもののことを考える。
好きな対象って ひとそれぞれで随分違う。 例えば わたしなら 流行とか年齢とか金銭的価値とかは 関係ないなぁ。
どんなに流行ってても自分がいいなと思わないと興味持てないし 年齢的にそういうチープなものはどうよ?と言われても 食玩とかの細々したものや硝子細工に目が無い。 確かに服とかでもアクセサリーにしても年齢に応じて身につける ってことは考えなくちゃいけない場合があるとは思うのよ。
だけど それイコール高いモノ身につけなきゃダメってことには ならないと思うし 特に別に本人には大切なものならそれでいいじゃんってね。 人様に迷惑や不快な思いをさせない限りは。
わたしは本好きの活字中毒だけど 同じくらい漫画やアニメも好きで よく見る。息子らとそれで盛り上がったり 自分のことでは涙は出やしないくせにアニメとかでは涙腺が緩む。 音楽もジャンル、新旧こだわらない。
媒体は関係ない。自分の感性に響いてくるものに惹かれるし それは理屈じゃない。
好き は 人それぞれ違うし、それが当たり前だと思う。 だから押し付けるのも押し付けられるのも苦手。
人に対してもそれがモノであっても 要はどれだけそのひとがそれを大切に想ってるかってことじゃないのかな とか ね。
価値観 違ってたっていいじゃん。 人様に迷惑かけるんじゃなきゃ(これは前提だと思うけど) 自分の 好き を信じて大切にして生きていって欲しいと 少なくともわたしはそう思うよ と 息子らに伝えたいことがあるとしたら唯一 それかな。
久々のパソコンからなのになんか 話飛びまくって 思うままのようで書きたいことの焦点がぼやけてるような 変な日記になったけど これもこれでヨシってことにしよう。
次はまた携帯からになるかな。
いつのまにかこんな時間、さすがに頭がグルグルでやばいので そろそろ電源を落とすことにします。
おやすみなさい。
どうかヤサシイ眠りがあなたに訪れていますように・・。
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ゆうなぎ
久しぶりにこの時間、携帯から日記を書いてる。 実はまだパソコン、修理の問い合わせもしてない。 と いうかパソコンの方はメールチェックだけ合間を縫うように立ち上げて一日半くらいに一度だけやっとこしてるような状態。
後は末っ子と一緒。 彼はわたしにすっかりくっつき虫。おっかあ、おっかあで朝から晩まで。
学校に関しては三歩進んで二歩下がるって感じで、見守り一緒に歩く方は焦りも、正直、振り回されてヘタリもイライラもするのだけど(親だってそうそう聖人君子ばかりじゃなくそんなモンすよ)ただなんていうか多分このへんはしんどいけどそれだけ理屈じゃない想いがあり。 トイレすら落ち着いていけない感じだし、合間に対 学校 や 実家の両親 や あと 上二人の子供らやさすがにとにかく食べさせて着る物洗濯して とかあるわけで。大概に疲れてもぐったりもしているんだけど。
一種の赤ちゃんがえりみたいなのかなぁ とかもね。甘えたい、受け止めて欲しい、そんな気持ちが溢れて見えて。 だから安心できるまで 大丈夫だよ って何度でも伝えてやりたくて。不器用な手や腕だけど精一杯。
とはいえ なかなか色々糸は一本じゃないから絡み合ったり、解けそうかと思えばカタ結びになったりでハラヒレホ。へなへな。
なにより身動きが思うように取れないのには何度も言うけど焦るのよ。 仕事だってパソコン整備しなきゃ開店休業のままだし、トモダチへのメールや電話だってそう。 この日記もパソコンからならもっと思うことちゃんと書けるのに(文章力は別としてもさ)
こんな有様の自分だけど温かなメールや文章に触れさせて貰うことがあって、しみじみと嬉しいなぁと思う。
皆さん、立場や抱えてるものや人生の歩き方はそれぞれ違ってても生きることに必死で、あがいてる。それに共感する。
欠けるものなく美しくスマートに生きることができるヒトも確かに居て、それはそれでシアワセな人生なんだろうと思うし、そりゃ羨ましくもある。望んで苦しみとか辛さとか欲しがるニンゲンなんてそうそういないわさ。
でも これがわたしの人生ならツギハキだらけでガタピシでもやっぱりそれはそれでイトシい とか。だってツギハギのここんとこ、大変だったけど指に針刺しながらもヒトハリヒトハリ。
ああ なんか この時間は思考があちこちに飛び過ぎてイカンね。
まとまりないのはいつもの事だがそろそろ眠らねば。 眠り薬は相変わらず効いてこないけど 子供らの寝息を子守唄に目を閉じてみよう。
温もりをかき集めて もうすぐ始まる明日に 立ち向かう為に。
ゆうなぎ
2008年02月01日(金) |
あれから。これから。 |
そしてまたこんなふうに一年という月日が重なって。 わたしは生きているよ。
相変わらずの追われるような日々をあっぷあっぷ半分溺れかけつつもシブトク。 休息の日は遠いがそれでも土砂降りばかりでもない。 ヤサシい雨や頬を撫でていく風、雲の間から差し込む日差しの温もり。 苦しい時だからこそ柔らかく胸にしみる。
末っ子がね、友達に朝誘いに来て貰って一緒に登校するようになったよ。 まだ昼には帰ってくるけどそれでも大きな一歩。 まだこれからも迷いも立ち止まりもするだろうけどきっとそんな風にしてひとつずつ見つけていくんだろうね。
パソコン まだ修理に出せてないのよ。 ただ仕事関係のダメージ最小限に食い止める為にできることは自分なりに。 週明けすぐとはいかないかもだけど修理に向けて動き出すつもり。 たださすがにちょっと限界突破し過ぎてマズイので急ぐけど焦らずいかねばね。
あと眠剤がまるで効かなくて 困るなーと。 っていうか効いて欲しい時にまるで効かなくて変な時に意識が急に途切れてダウンしてる。睡眠パターンがぐちゃぐちゃなので疲れがとれない。
効かないと書いたが、これわたし自身の変に強い精神力が邪魔してるせいだと思われ。 気が張り詰めているからなぁ。ヘタレで脆い癖にこんなとこで余計な力が入って抜けない不器用さには我ながらため息。
週末は実家予定。
今も携帯からの日記書きだけど しばらくは携帯からになりそうかな。
トモダチ みんな ありがとう。 この所 心配かけてばかりだけど見守って居てくれていることにありがとう。今はここでこんな風に伝えることが精一杯だけど待ってて貰えたら嬉しい。
きっとそこに還りつくから。
ゆうなぎ
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