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2021年07月25日(日) 悔いのない人生を送るために

その日、職場の休憩室は石橋貴明さんと鈴木保奈美さんの離婚の話題で持ちきりだった。
若い同僚がネットニュースを読みながら「へえ、この二人、もともと不倫だったんですね」と言ったものだから、ここぞとばかりにアラフォー、アラフィフ世代によるレクチャーがはじまった。

「あのね、タカさんは前の奥さんと離婚して二週間で鈴木保奈美と再婚したの。そのとき保奈美は妊娠三か月。“略奪婚”“できちゃった再婚”って騒がれたんだから」
「不倫が理由だと慰謝料がっぽり取られるから、タカさんは鈴木保奈美とのことを隠したまま離婚を迫ったんだよね。だから奥さんと子どもは報道で再婚を知って、ショック受けて」
「それで堂々と結婚会見したり式を挙げたりしたんだから。いまの時代だったら考えられないことだよ」

食事中のおしゃべりはご法度。よって、みなより遅れて昼休憩に入った私はもっぱら聞き役だったのであるが、二十三年前のワイドショーネタが次から次へと出てくるのには驚いた。
さて、話を聞きながらへええと思ったことがあった。彼女たちが二人の「離婚」という選択に憤慨していたことである。
そういう経緯だから、結婚時に二人が批判されるのはわかる。しかし、離婚時にも非難されるとはこれいかに。
「自分に子どもができたからって、よその子どものお父さんを取り上げておいて、いらなくなったらリリースってどれだけ身勝手なの」
「奥さんと子どもを傷つけてまで手に入れた男なんだから、意地でも添い遂げてもらいたかったわ。その覚悟もなく、人の家庭を壊したわけ」
つまり、「自分たちがしたことの責任を取って、なにがあろうと“夫婦”をまっとうしなさいよ。それが贖罪ってもんじゃないの」という言い分だ。この離婚は鈴木さんが切りだしたと誰もが思っているため、これは鈴木さんに向けられた言葉である。
同僚も病院を一歩出れば、妻であり母親。自分が前妻の立場だったらと想像したら、「別れるなんてありなのか」と声をあげたくなるのもわかる。
そう言われれば、なるほど、今回のニュースを聞いて前妻ははらわたが煮えくり返っているかもしれない。

……が、そのことはちょっと横に置いておき。
私は二人が離婚を発表した『貴ちゃんねるず』を見たとき、まったく別のことを考えた。「鈴木さんがうらやましい」と思った女性は多いだろうなあ、ということだ。
真顔の石橋さんの隣で、鈴木さんは実にうれしそうだった。二人の表情を比べれば、どちらからそれを申し出たのか、どちらのほうがこの選択に満足しているかは明らかである。
妻業、嫁業にうんざりしている女性が見たら、「私も自由になりたい」と思ったにちがいない。

「いままでずっと自分のことは後回しで夫、子ども優先でやってきた。人生は一度きり、これからは自分の時間を持ち、したいことをしてもいいんじゃないか」
母親としての務めを果たした女性がそう考えるのはもっともなことだ。そしてそのとき、夫には愛情も家族としての情もない、コミュニケーションもない、感謝されているという実感もないとなれば、この先も一緒にいる積極的な理由を見いだすことはむずかしい。「夫婦」という関係を清算することが頭をよぎるだろう。
しかしながら、実際に行動に移せる人がどれだけいるか。
鈴木さんが三億円はくだらないといわれるマンションを現金で購入していたという報道に、「私には見果てぬ夢ね……」と苦笑しながら、昨日と同じ場所に戻っていく人が大半ではないだろうか。



結婚が「永久就職」とも呼ばれていた頃があった。
いま思えば、こんな怖いことはない。どんな“勤め先”かわからないのに、永久だなんて。途中でなにが起こるかわからないのに、片道切符だなんて。
しかし、「ひとつの会社で定年まで勤め上げる」という働き方がいまはむかしであるように、結婚についても「添い遂げる」のが美徳とされる時代ではもはやないだろう。

以前、私は「悔いのない結婚をするために」というテキストの中でこう書いた。

結婚が人がより幸せになるためのものであるように、離婚もまた前向きに生きていくための人生の選択だ。
(中略)平穏な暮らしの中にあっても、女性がいざというときには自立できるすべをキープしておくことはとても大切だとつくづく思う。
(中略)離婚に至るリスクを下げようと結婚前に相手との相性を探ることより、今日の安泰にあぐらをかかず、“有事”に対処できる筋力を保持しておくこと------ブランクがあっても再就職できる資格を持つ、コツコツお金を貯める、健康に気をつける、実家や友人との関係を大事にする、など------のほうがよほど、結婚を悔いのないものにしてくれる気がする。


最後の一文の中の「結婚」は、「人生」という語に置き換えることができる。
「オールドミス」や「出戻り」という言葉が聞かれなくなって久しい。結婚してもしなくても、子どもを生んでも生まなくてもいい時代になってきた。離婚しても、かつてのように「人間性に問題があるのでは……」という目で見られることはない。
子どもにも、自分が望む人生を選択できる人になってほしいと願っている。

【あとがき】
結婚が永久就職とも呼ばれていた頃は、「腰掛けOL」「寿退社」なんて言葉もありました。私よりいくらか上の世代では、女性は数年間会社にお勤め(腰掛け)し、社内恋愛を経て永久就職のために寿退社、というのがモデルケースだったのです。
そうそう、三十年くらい前は二十代半ばを過ぎた未婚の女性を「売れ残り」と揶揄する風潮(クリスマスケーキ理論)もありました。その後平均初婚年齢が上がって、現在は年越しそば理論(31歳がボーダー)に変わっているとか。ほんとくだらない。


2021年07月13日(火) 仕事は3K

十四時。同僚と二人、遅い昼休憩をとっていたら、彼女が腹立たし気に話しはじめた。
新規入院の患者の着替えを手伝っている最中、どうして看護師になったのかとその女性に訊かれた。小学生の頃に好きだった漫画の主人公が看護師で、憧れたのがきっかけだと答えたら、患者は不思議そうに言った。
「親御さんはなにも言わなかったの?」

「なにも」とはどういう意味だろう。動機が不純っていうこと?
質問の意図がわからず答えあぐねていたところ、「あなたたちには悪いけど……」と前置きして患者がつづけた。
「もし私の孫が看護婦になりたいって言ったら、ぜったい反対するわね。自分の娘や孫が他人の下の世話をするなんて嫌だもの」



仕事中に患者からかけられる言葉で「ありがとう」に次いで多いのが、「汚いことさせてごめんね」だ。
おむつ交換や陰部洗浄(ベッド上で排泄している人の陰部を石鹸洗浄して清潔を保つケア)のときにしばしば言われる。排泄物や陰部を見られる羞恥心と同じくらい、もしかしたらそれ以上に「“汚いもの”を見せてしまって申し訳ない」という気持ちでいっぱいなのだろう。

しかしながら、「大変なお仕事よね、こんなことまでしなくちゃならないなんて」という言葉の中に、ねぎらいだけでなくネガティブなニュアンスを感じることがたまにある。
昭和二十六年、戦後の看護師不足に対応するため、政府は中学を卒業していれば二年で資格を取れる准看護師制度をつくった。病院側も看護師を集めようと、学費の安い付属の看護学校を設立したり看護学生に奨学金を出したりした。そのため、“お金がなくてもなれる”看護師は戦争で夫を亡くした女性や生活に困窮している家庭の子どもが選ぶ職業とみなされた。
加えて、「病人や老人の世話、他人の下の世話=汚い仕事」という認識も根強かったため、“人の嫌がる仕事をする人”として哀れみや蔑みの目で見られることになった。
その当時のイメージを持ちつづけている高齢者がいまもときどきいて、私たちを不憫に思うらしいのだ。

現在においても、看護師は「きつい・汚い・危険」の3K職業の代表格のように言われている。
「汚い」は、「他人の排泄物なんか見たくない、触るなんてぜったい無理!」というところからきているのだろう。しかしながら、おむつ交換はエプロンにマスク、手袋をつけて行うわけで、私にとってはバイタル測定や採血や食事介助と変わらない、ケアや処置のひとつに過ぎない。
それに、見た目や臭いが不快なものを「汚い」とするならば、そういうものを扱う場面はほかにもいくらでもある。
尿道にカテーテルを挿入して採尿したり、肛門に指を入れて便を掻きだしたり、口や鼻から痰を吸引したり、嘔吐物を片付けたり、褥瘡(床ずれ)でえぐれた皮膚を石鹸で洗ったり。以前、「親の入れ歯でも気持ち悪くて触れない、洗えない」という患者の家族がいたが、こういう人はとても正視できないだろう。
というわけで血液や排泄物はなんともない私であるが、虫だけはだめ。壊死した足にわいた大量のウジを見たときはさすがにひるんだ。それでも鑷子(ピンセット)を握らなくてはならない……。
だから、排泄の介助など本当にどうってことないのだ。

昭和三、四十年頃は「なんで看護婦なんかになったの」「なんで看護婦なんか嫁にもらったんだ」と言われたというくらい、看護師の社会的地位は低かった。
が、時代は変わった。その「なんか」と言われた職業がいま、化学メーカーのクラレが毎年発表している「小学生の女の子の親が子どもに就かせたい職業ランキング」で、二十四年連続第一位である。
そしてやっぱり私も、子どもがトライやる・ウィーク(中学生の職場体験週間)で「病院」を希望しないかしらん……とひそかに思っている。

【あとがき】
看護師は9Kとも言われているそうで。3Kに加えて、給料が安い、休暇が取れない、婚期が遅れる、化粧がのらない、規則が厳しい、薬を手放せない、だとか。
ちょっとこじつけすぎですね。そうまでしてKを集めてこなくても……と思います。


2021年07月05日(月) 「知りたい」と「知りたくない」のはざまで。

出勤して、時計やら計算機やらハンコやらを入れたポーチをとろうと個人ボックスを開けたら、プリントが一枚入っていた。
「健康診断のご案内」という文字を見て、始業前から気が重くなる私。またこの季節がやってきたのね……。
すると、同じようにプリントに気づいた同僚が隣で声を上げた。
「そういえば、前回の健康診断の結果、まだ見てなかった気がする」
そして、本当に自分のボックスの奥底から「秋の健康診断の結果のお知らせ」と書かれた封筒を引っぱり出してきた。
えー、半年以上忘れていたの?それじゃあ健康診断を受けた意味がないじゃない。
……と思うのだが、結果が気にならないのは「引っかかることはない」という自信があるからだろう。

その余裕に感嘆しつつ、いや、私も彼女の年の頃は不安なんかなかったよなーと思い直す。結果が届けばその場で開封するものの、総合判定が「A」であることを確認しておしまい、という感じだった。
結果報告書を丹念に見るようになったのは、三十代半ばから。検査データの中にHighやLowのマークがちらほら出てきたのだ。職場の健康診断では「異常なし」でも、人間ドックのような手厚いものを受けたら「要経過観察」、ときには「要再検査」と書かれることも。
それからは、結果報告書が届くまでなんとなく落ちつかなくなった。開封するときもちょっぴり緊張する。
子どもを生んでからは「病気になるわけにはいかない」と強く思うようになったこともあり、すべての項目に目を通す。基準値外のものがあったら前回の値と比べ、気になる所見があったら勇気を出して受診する。

四十代、五十代の同僚も似たようなことを言う。
「健康診断の時期になるとつい、受けずに済む理由を探してしまう」
「受けるのはいいんだけど、結果待ちのあいだが嫌すぎる」
「結果を見るとき、動悸がする」
月六回の夜勤をこなす体力自慢の集団でも、この件に関しては気弱になる人が少なくない。「γ-GTPを下げるため、ひと月前から断酒する」というのまでいて、さすがに「そんな偽装工作したら、健康診断にならんやん!」とみなにつっこまれていたけれど。
「厚手の封筒が届いたときは、恐怖のあまり焼いてしまおうかと思った」
知りたい、知らなきゃいけない。でも怖い、知りたくない。職業柄、早期発見・早期治療の大切さを十二分に理解していても、自分のこととなると意気地がなくなるのだ。
健康診断の結果報告書はまさに身体の成績表。私は血圧やBMI、コレステロールや尿酸の値についてはノーマークだけれど、HbA1cは気になる。

健康診断のために休日をつぶすのは嫌だから夜勤明けに予約を入れる、と冒頭の同僚。そんなことをしたら尿検査で引っかかるかも、なんて心配はまるでしていないようだ。
そうよね、二十代、少々無理をしたって不摂生を続けたってコップの水はまだ溢れない。
あー、休みに出てくるの、面倒だナ。

【あとがき】
私の場合、仕事由来の不摂生が多いのですが(交替勤務のために生活が不規則とか、帰りが遅くて夕食は二十一時を回るとか、睡眠時間が短いとか)、いつまでも「仕事だからしかたがない」で済ませていてはだめですね……。