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2004年04月30日(金) ささやかな復讐

多くの人は「復讐」などというおどろおどろしいものとは無縁の生活をしていると思うけれど、「リベンジ」という言葉で表現できるようなライトなものであれば、誰でも一度や二度は考えたことがあるのではないだろうか。
たとえば女性が自分を振った男性を見返したいと思ったとき、一番に浮かべるのは「綺麗になって、惜しいことをしたと思わせたい」ではないだろうか。
『ポンズ ダブルホワイト』のコマーシャルは、街で昔の恋人に偶然再会した女性が、彼から届いた「まいった。見ちがえた」というメールを読んで勝利の笑みを浮かべるというストーリーだったし、坂井真紀さんの「絶対キレイになってやる!」(TBC)は当時かなり話題になった。ユーミンの『幸せはあなたへの復讐』の中にも、「もっと私綺麗になるから 呼び捨てにできないくらいに」という歌詞があったっけ。
実際、振った振られたに関わらず付き合っていた女性がうんと綺麗になっていたら、男性は内心複雑なものがあるのではないだろうか。

いつか街で偶然出会っても
今以上に綺麗になってないで
たぶん僕は忘れてしまうだろう
その温もりを 愛しき人よ さよなら
(Over/Mr.Children)


とくに振られた男性には、これ以上ないくらい堪えることであるらしい。「綺麗になる」が相手の心をかき乱すのに有効な手段であることは間違いない。
とはいうものの、私自身はこの「綺麗になって見返したい」というのをほとんど考えたことがない。別れた人とは連絡を断つのが常だし、居住地が離れていることが多かったため、「街でばったり」がありえない。綺麗になったって見てもらえるわけじゃないしね……。二度と会うことのない人を思って吐き気をもよおすほどまずい黒酢を飲んだり、甘いもの断ちをする気にはならない。
私が奮起するとしたら、いま隣りにいる人と、これから出会う人のためだ。

そんな私が失恋直後、痛みから逃れるために企てたささやかなリベンジは「忘れること」だった。
私が別れた人と音信不通になるのは「もう顔も見たくない、声も聞きたくない」からではなく、彼の中で自分が「完全に終わった」ことを知らされたくないからだ。喪失のショックだけですでにこんなにぼろぼろなのに、そのうえ相手が自分のことを過去の出来事として片づけてしまったことがわかったら……。
だから、私は唇を噛みしめる。
「置いてけぼりにはなるまい」

聞こえなくてもいい
届かなくても 知らなくてもいい
最後の日 君は忘れられるのが
一番辛いよって 言ってただろ?
だから僕は 君を忘れてやる
たとえもう君が別にそんなこと
どうでもよくても
(revenge/槇原敬之)


たとえ声も届かぬほど、背中も霞んで見えぬほど、引き離されていても。もうあなたが別にそんなことどうでもよくても。
「私のほうがぜったい先に忘れるんだ、ぜったい」
そして、私は囚われつづける。

【あとがき】
別れた人にはいつまでも素敵でいてほしいなと思います。そして、幸せに暮らしていてほしいとも。
大学時代に付き合っていた年上の男性と同窓会のようなもので再会したら、すっかり愚痴っぽくなっていて軽くがっかりしましたね。まあ、いろいろあったんでしょうけれど。


2004年04月19日(月) 大いなる勘違い

柴門ふみさんのエッセイにこんな話があった。
大学入学のために上京した彼女は風呂無しアパートに住んだため、銭湯通いをすることになった。はじめは見るのも見られるのも恥ずかしかったが、ひと月もするとずいぶん慣れ、女たちの裸体を観察する余裕が出てきた。
率直な感想は「たいしたことないなあ」。若くてもブヨブヨだったり、色黒ペチャンコだったり。なんだ、裸のきれいな女なんて世の中そうはいないものなのね。そして、彼女は思った。
「ひょっとしたら、私っていいカラダのほうなんじゃないかしら」
なんせ、彼女が行くと三助さんが必ず彼女を見るのである。三助さんといえば、女の裸に関してのプロ。そのプロが一目置くのだから自信を持ってもいいんじゃないかしら、というわけだ。
しかし、知り合いに「ねえねえ、風呂屋に行くといつも三助さんがあたしをジロジロ見るのよぉ」と得意げに話したところ、「背中に入れ墨でも彫ってんですか」と素で返ってきた。彼女は大層がっかりしたそうだ。

柴門さんはとても愉快な人で、彼女のエッセイにはこの手の勘違いエピソードがよく出てくる。
自転車の荷台に息子を乗せて信号待ちをしていたら、横につけた車の男がガラス越しになにか話しかけてくる。「まっ、子連れとわかっていながら厚かましい男ね。ウフフフ」と内心ほくほくしていると、男が窓を開けて言った。
「坊や、靴を落としましたよ」
なんて微笑ましい話なんだろう。私はこういう人が大好きだ。「私なんかダメよ」と思っている人より、どんなことも自分にとって幸せな方向に解釈できる楽天的な人のほうが、一緒にいてもずっと楽しいはずである。
……と肩を持つのはなにを隠そう、私もしばしばこういう勘違いをやらかすから。まったく同じパターンの「がくっ」ももちろん経験済みだ。
仕事帰り、一階に下りるためのエレベーターで途中階から乗ってきた男性がちらちらとこちらを見る。
「お茶でもいかがですか、なあんて」
エレベーターのドアが開くと同時に、本当に「あの……」と声がかかった。
「名札、ついてますよ」
自分のおめでたさを棚に上げ、私は心の中で抗議する。
「くくぅ、思わせぶりな……」

先日、友人と食事に出かけたときのことだ。そのダイニングバーは夜景がきれいに見えたし、料理もおいしかった。私は店を出て歩きながら、「ここ、よかったね」と彼に笑いかけた。
すると、友人が私を見てはっと息を飲む。どうしたんだろうと思っていると、
「あのね、いま小町さんが振り返ったとき、看板の青いライトが小町さんの顔を照らしたんだよ。でね、それがすごく……」
そこまで言って口ごもった。そして、いつになく真剣な面持ちで私を見つめるではないか。心なしか照れくさそうにも見える。すばらしくムーディーな店の前で、私は不覚にもドキッとしてしまった。私はざわめく心を抑えながら、あとにつづく言葉を促した。
「うん、すごくね……」
(ドキドキドキドキドキドキ)
「こわかった」
私は音を立てて路上にくず折れた。
「そういうときってふつう、『きれいだった』とか『色っぽく見えた』がくるもんじゃないの!」
帰宅して夫に話すと、心の底からのあきれ顔。そんな期待をするほうがどうかしているのだそうだ。そして、おバカさんは相手にしてらんないよと言わんばかりに新聞を広げた。
そうかしら、私はそれ以外浮かばなかったけどなあ。

とここまで書いたところで、「僕が照れくさそうだったって!?」とモニターの向こうで友人がひっくり返る姿が目に浮かんだけれど、あきらめてもらおう。こういう勘違い、ほとんど私の趣味なんだもの。

【あとがき】
ときどきいますね、異性から好意を示されても「そんなわけないわ、だって私なんか」って真剣に受け止めようとしない女の子。さらにひどいのになると、告白されても「からかわれてるんじゃないか」なんて言う。そういうのよりはちょっとしたことでウキウキできる(期待はすぐにペシャンコにされるわけですが)おめでた体質の人のほうが人生得すると思います(と言って自分をフォローする)。


2004年04月16日(金) もう十分じゃないか

「幸福な家庭はどれも似通っているが、不幸な家庭はそれぞれその不幸の趣を異にするものである」
というのはご存知、『アンナ・カレーニナ』のあまりにも有名な冒頭の一節であるが、新聞の人生相談欄を読んでいると、世の中には実に千差万別の悩みがあるのだということに気づかされる。
「隣人があいさつ回りに来ない」「息子と婚約者の相性を占うと凶と出た」といった、そんなことで悩むのかと首をひねりたくなるものがあると思えば、「夫が妹と不倫している」「高校生の長男が妹の部屋を覗く」といった、背筋が寒くなるものもあるが、なにに悩むかにはその人の性格や価値観が表れるのでとても興味深い。
私はいつもまず相談内容を読み、自分ならどう答えるかを考えてから、その答え合わせをするように回答者の意見を読むことにしている。

さて、先日はこんな悩みが紹介されていた。相談者は七十二歳の女性だ。

二十歳の頃に五回の逢瀬のあと別れた男性が病に倒れ入院したと、彼の奥さまから連絡がありました。病院に駆けつけ、席を外してくれた奥さまに感謝しながら五十年ぶりの握手をしました。
以来、会いたい気持ちを抑えることができず夢にも見ます。彼の家族のことを考えると波風は立てたくありませんが、どうしたらよいでしょうか。


「え、この人七十過ぎてるんでしょ?」と目を丸くした方がおられるかもしれないが、驚くには値しない。讀賣新聞の「人生案内」を読むのを朝の日課にして一年になるが、老いらくの恋の悩みを何度目にしたか知れない。
「夫が十歳年下の女性と不倫、夜も眠れない(八十四歳・女性)」
「妻が夜の生活を拒むのでノイローゼになりそう(八十二歳・男性)」
といった相談を読むたび、私は深い感慨に包まれるのだ。「人は死ぬまで愛だの恋だのから解放されることはない」という事実。これに私は感動しながら、うんざりする。
「ああ、早くブスだのデブだの言われずにすむ年齢になりたい」と言ったのはダイエットに失敗してばかりの頃の林真理子さんだが、私は「年を取って恋心なんてものがなくなってしまえば、どんなに心安らかに生きられるだろう」と思ったことが何度かある。
しかし、どうやら私たちはヨボヨボのおじいちゃん、おばあちゃんになってもパートナーの浮気を警戒したり、満たされない性欲に悶々としたりしなければならないらしい。

さきほどの相談に話を戻そう。
回答者には弁護士や心療内科医、映画監督、大学教授などいろいろな職業の方がおり、相談内容によって担当が振り分けられるのだが、私は作家の出久根達郎さんの回答にしばしば胸を打たれる。この方の著書を読んだことはないけれど、いつも理性的で温かい人柄がにじみ出たようなアドバイスをなさるのだ。
「席を外してくれたこと、あなたが奥さまの立場で考えてみれば、好意の大きさがわかるでしょう。これ以上、相手の奥さまのご好意に甘えてはいけません。一度だから許されるのであって、相手の善意にすがって再度を願うのは潔くないふるまいです。恋人を思うなら、手紙で闘病を励ますことです。五十数年前の交際に花を添えるためにも、ぜひそうなさることをお勧めいたします」
常識的でどうということのない回答だと思われるだろうが、原文の行間からは相談者への思いやりとエールの気持ちが読み取れるのだ。とくに「あなたは恋人と握手を交わしました。これで十分です」の言葉には胸がすくような思いがした。
夢のまた夢だと思っていたことの一部が思いがけず叶うと、人は「もっと」を望んでしまうものだ。「これ以上を求めてはいけない。私はもう十分すぎるくらいのものをもらったじゃないか」と自分を押しとどめた切ない記憶は、私にもある。

喜寿の男性です。終戦直後に付き合っていた女性と半世紀ぶりに再会し、若い日の面影を残す彼女に『来年のこの日もまたお会いしましょう』と言ってしまいました。
しかし、妻を持つ私にこうした再会が許されるのだろうかと自問しています。若い人には何を悩んでいるのだと笑われるかもしれませんが、私は昔人間です。よきアドバイスを。


半世紀ぶりの再会、これはロマンティックなことなんだろうか、それとも寝た子を起こされてつらい思いをするだけなんだろうか。
私だったら……と想像してみようとして、苦笑する。私にそういう心配は無用なのであった。消息を知るすべもなければ、彼の中で私が生きつづけている可能性もない。
来年のこの日もまた、かあ……。
「もう十分じゃないか」
小さく声に出してつぶやいてみた。

【あとがき】
大人になってからおたふく風邪とかにかかるとひどいっていうじゃないですか、失恋も同じで、年を取れば取るほど若いとき以上にそれが堪えることを実感しています。誰の中にも「寝た子」はいるのではないかと思うけど、私は七十、八十になってからあの喪失のつらさを味わうなんてとても耐えられそうにありません。


2004年04月14日(水) 批判を受けやすい文章

誰かの書いたものを読みながら、「ああ、この人らしいな」と思うことがある。
といってもたいていの場合、私は作家であったり日記書きであったりするその人と会ったことも話したこともないので、私の中にあるイメージと合致するという意味なのだけれど。
最近も渡辺淳一さんのエッセイの中のあるくだりを読み、このフレーズが口をついて出た。

柔道やプロレス、相撲などの格闘技をやっている女性の姿は醜くてグロテスクである。女がやっては魅力がまったくないというスポーツは他にもいろいろあって、女子の砲丸投げや走り幅跳び、槍投げ、マラソンからゴルフ、野球といったものまでみな似合わない。


渡辺さんは男と女の関係を耽美的な筆遣いで書くことを得意とする作家である。また噂になった女性を思い浮かべても、この発言には頷けるものがあるではないか。
私自身はヤワラちゃんにも高橋尚子さんにも感動するが、そういう耽美主義的なところは私が渡辺さんに男の色気を感じる部分のひとつである。
しかしそれにしても、思い切ったことを書くものだ。「女性が睨み合ったり、歯を食いしばったり、汗だらけになっている姿には美しさのかけらもない」なんて書いて、読者から抗議の手紙が殺到しなかったのだろうか。
批判を受けやすい、あるいは冷静に読んでもらえず曲解されやすい文章というのはたしかにある。
私の印象では女性のあり方、生き方をテーマに書いたものは一部の読み手、とくに女性を感情的にする。これに「結婚」「子ども」といった要素が絡むと、ときに彼女たちをヒステリックにさえしてしまう。
渡辺淳一さんの別のエッセイに、こんな話があった。

働く女性に月経困難症や子宮内膜症といった病気が増えているのは、女性が子どもを生まなくなったことと関係があると考えられている。いまのところこれといった治療法がないが、経産婦にはこの種の症状を訴える女性が少ないこと、これに悩んでいた女性が出産によって治った例が多いことから、産婦人科医の中には「子どもを生むのが最良の治療法」と言う人もいる。
女性の体は本来、妊娠し、出産するようにつくられている。シングルの女性が増え、子どもを生まないことは自然のあり方に逆らっている、と言えなくもない。文化や生活習慣は時代につれて変わっても、人間の体そのものはそう簡単には変わらないのだ。


という主旨の文章を書いたところ、ある雑誌に「女は二十代で出産すべし。渡辺淳一氏のエッセイに大波紋」という見出しで、未婚の女性を切り捨てんばかりの内容であったかのような記事を書かれたのだそうだ。
出産するのが望ましいとは読み取れても、「二十代のうちに」「出産すべし」などとは一言も言っていないと憤慨、釈明のために筆をとらざるを得なかったという。
また、林真理子さんが夫婦別姓について、「それは働く女性たちのやむにやまれぬ要求から出てきたものだと思っていたが、専業主婦の女性たちも夫とは違う姓を持つことを望んでいるらしい。『主婦』にどうして夫婦別姓が必要なのか、私にはわからない」と書いたら、非難の声がどっさり届いた。新聞のコラムに「電鉄会社は禁ガキ車をつくるべきだ」と書いた内館牧子さんのもとには、「あなたは思いやりのない可哀相な女ですね」という内容の電話や手紙が殺到したという。
そして、同じ現象はweb日記の世界でも見られる。「前回の日記には多くのご意見をいただきました」と言って内容を補足、あるいは釈明するテキストが後日アップされているのをしばしば見かけるが、原文はその手のテーマについて書かれたものである場合が多い。
ほかの話題なら書き手と考えが違っていても読み流せるが、「女は○○である」「女性は△△すべきだ」といった文章にはキーを叩かずにいられなくさせるものがあるようだ。

私がつねづね面白いなあと思っているのは、いただいた感想を読むと、既婚女性と未婚女性、あるいは子どものいる女性といない女性の間に顕著な反応の違いが見られることである。この差は男女間のそれよりも大きいように感じる。
ある男性日記書きさんが「人間的成熟という観点からも、状況が許すのであれば女性は子どもを生むのが望ましいと思う」と書いたところ大変な反響があり、子どものいる女性には賛同されたが、未婚、あるいは子どもがいない女性からは猛反発を受けたという。
こういう傾向が存在することは女性や子どもをテーマに書くたび、私も実感している。もっともわかりやすかったのが、「『禁ガキ車』と大人の領分」というテキストへの反応。「同感です」と「あなたは冷たい」にぱきっと分かれたが、後者は見事にすべて子どものいる方からのものであった。たしかに私には「子どものいる風景」を知らぬがゆえの鈍さ、無情さがあるのだろう。
一般論として書いたことにまるで個人攻撃を受けたかのようなヒステリックな反応をされると辟易するが、いただいた意見を対比させ、「立場の違いでこんなに考えが分かれるんだなあ」なんて発見ができるのは日記書きの醍醐味のひとつである。

※参照過去ログ 2003年1月8日付 「『禁ガキ車』と大人の領分

【あとがき】
なにか考えを書いて「小町さんらしいと思いました」と言われることがときどきあります。その人の中に自分(のイメージ)がなんらかの形でできているからこそ、「らしい」「らしくない」が浮かぶわけですから、うれしいものです。もしそれぞれの人の中にある私のイメージを見ることができたら面白いだろうな。実物とかけ離れたものを抱いている人もきっと少なくないでしょう。


2004年04月07日(水) リンク集は置かない

四月からトップページの色をピンクから青に変えた。引越しや衣替えのシーズンだからだろうか、最近リニューアルしたサイトをあちこちで見かけ、うらやましく思っていた。
「このトップにして一年半経つし、うちもそろそろ模様替えしたいなあ。だけど、その時間もアイデアもないし……」
じゃあせめて色だけでも変えて気分を新しくするか、と考えたというわけだ。
そして、ついでというわけでもないが、コンテンツからプロフィールを削った。少し前からいらないなあと思っていたのだ。書き手の概略がひと目でわかるそれをなくしてしまうことは、読み手にとっては親切なことではないかもしれない。しかし、年がいくつで、どこで誰と暮らしていて、なにが趣味でといったことをそんなに性急に知ってもらうこともないだろうと思ったのだ。
また、それらをここを訪れたすべての人に平等に知っておいてもらう必要もない、とも。このサイトを知って間もない人と長く読みつづけている人とのあいだで、書き手についてのイメージや情報量にうんと差があっていいじゃあないか。
そんなわけで、個人サイトにおける三種の神器とも言える「プロフィール」「掲示板」「リンク集」のなにひとつない、正真正銘のテキストサイトになった。

掲示板とリンク集はサイトを開設した当初から一度も置いたことがないのだけれど、どうして設置しないのかとたまに訊かれることがある。
掲示板については管理が大変そうだから。レスをつける時間は取れそうにないから書かせっぱなしになるのが忍びないし、不適切な書き込みに腹を立てたり、その対応にエネルギーを費やすのも気が進まない(通りすがりに人の家の庭に唾を吐いていくような真似をする人はどこにでもいるものだ)。
ではリンク集を置かないのはどうしてか。理由は三つ。
一つ目は、私がブックマークを人に知られるのをとても恥ずかしく思うタチだから。
「なにを笑うかでその人がわかる」というフランスの諺があるが、「なにを読むか」も然り。それには下手な自己紹介よりもずっと内面が表れる。だから、メッセンジャーで話しているときに「誰の日記を読んでるんですか?」と訊かれても、私はいつもメジャーどころしか挙げることができない。
二つ目は、リンク集を常に「最新」の状態にしておくためにはかなりの気苦労を伴うからだ。
いっときは夢中になっていたサイトなのにいつしか足を運ばなくなっていた……という経験は誰にもあるのではないだろうか。明確な理由がなくても「なんとなく飽きちゃった」でお気に入りのサイトというのは移り変わっていくものなのだ。
しかし、その「いまでは求めなくなったサイト」をリンク集にラインナップしていたら、事は少々厄介である。心の中で関係を切るのはたやすいが、掲載しているサイトをブックマークから外すのはなかなか勇気のいることだ。
ある日記書きさんはあるサイトのリンク集から自分のサイトが消えているのに気づき、なにか気に入らないことをしただろうかと考え込んでしまったという。それはごく自然なリアクションだ。それがわかっているから、私はメンテナンスのたびにかなり神経を消耗させなくてはならないだろう。
この「自分のサイトなのに思い通りにできない」ストレスはサイトの寿命を縮めかねない。よって私はリンクの申し込みをいただくと、承諾の返事に「張るも切るも遠慮なくどうぞ」の一文を添える。そうは言われても……だろうとはわかっているが、せめてもの気遣いだ。
そして三つ目、これがリンク集を置かない真の理由。私にとってナンバーワンでありオンリーワンであるサイトを載せることができないから。
私は本当に好きな人の前では、気持ちを伝えることもできない十五の小娘状態になってしまう。「リンク集に入れさせてください」なんて一生言えそうにない。
が、そこを加えることができなければ「仏作って魂入れず」のようなもの。そのリンク集は未完成だし、本物ではない。

ところでリンク集と言えば、前回の「笑えなかった冗談」で、私が登録しているいくつかの日記リンク集(個人サイト内のリンク集ではなく、日記サイトを集めたポータルサイト)について書いたのだが、そのあとがきに「日記リンク集にも個性があって、それぞれを男性に例えるなら、私はテキスト庵のような人が好み」と書いたところ、賛同のメールが四通も届いたので驚いた。
それがどんな男性か伝わったのもすごいが、リンク集を男性に例える発想をほかの人に理解してもらえるとは思っていなかったので、「すごくよくわかります」「私もそうです」と言われ、すっかりうれしくなってしまった。
がつがつしていなくて、淡々とした柔らかい物腰の中にきちんと「自分」を持っている。そう、そんな男性が私は好きなのよ……って、誰も私の好みのタイプなんか興味ないわね。シツレイしました。

【あとがき】
リンク集から外されたことがあるかどうかはわかりませんが(リンク集は一度拝見したら、そうそう見に行くものではない)、以前「これこれこういう理由で、もうここには来ないと思います。長いあいだありがとうございました」と見知らぬ方からメールをもらったことがあります。わざわざ「明日からもう読みませんね」と挨拶しに来るなんてめずらしいなあと思ったもんです。これを丁寧とか律儀とかいうのかはわかりませんが。


2004年04月05日(月) 笑えなかった冗談

ああ、自分がつくづく情けない。
先日、私は見事に引っかかった。なににって、あるサイトのエイプリルフールネタにだ。
私は現在いくつかの日記リンク集に登録しているのだけれど、四月一日の朝、そのうちのひとつである『ReadMe!JAPAN』に更新報告をしに行き、あっと驚いた。昨日までまったく通常通り運営されていたにもかかわらず、突然こんな事態になっていたからだ。



私は「えらいいきなりやなあ」とつぶやきつつも、 をその場で外し(このアイコンをサイト内に貼りつけておくことが参加条件となっている)、『ReadMe!JAPAN』をブラウザのお気に入りから削除した。
これがエイプリルフールのイタズラだったと知ったのは、翌日になってからだ。消滅したはずの『ReadMe!JAPAN』からのアクセスがあったため、不思議に思って見に行ったところ、サイトは復活しており、「おどかしてすいません、ほんのデキゴコロです」という管理人さんの弁を見つけたのである。
あらためて「ドッキリ」のページに飛んでみて初めて、右端にスクロールバーが出ていることに気がついた。バーを下ろすと、こういうことになっていた。



幼稚なからくりを見抜けなかった自分の愚かさにあきれ果て、私は頭で釘を打ちたくなった。

「やられちゃったよ、アハハハ」で済ませるのは悔しかったので、どうしてこんなものに引っかかったのだろうと考えてみた。
もちろん私の機転の利かなさ、おっちょこちょいが一番の原因だけれど、もうひとつ心当たりがある。それは、『ReadMe!JAPAN』に対する愛情が薄かったことだ。
現金なもので、多くの読み手を運んで来てくれるリンク集に対してほど、登録者は「お世話になってます」感や愛着を強めるものだ。よって、毎日ひとりかふたりしか飛んでこない『ReadMe!JAPAN』への私の思い入れはほかのリンク集へのそれと比べたら圧倒的に弱かった。少しでも「困ったなあ」とか名残惜しく思う気持ちがあったら、これほどあっさり閉鎖を受け入れ、アイコンを外すことはできなかっただろう。
それと、『ReadMe!JAPAN』というサイトにいまひとつ信頼感を抱くことができなかったことも、愛情を持てなかった理由である。
昨年の七月にシステム障害が起きて以降、登録者サイドからは登録内容の変更や削除といったことが一切できなくなってしまった。サイト運営が本業でもなかろうし、管理人さんがその機能の復旧のために割く時間を捻出できずにいるのであろうことは想像できる。それでも掲示板に、
「URLが変わったのですが、登録内容の変更ができないので困っています」
「登録削除を依頼しましたが、一向にしてもらえません。管理人さんにその時間がないなら、登録者自身が削除できるようシステムを回復させていただきたいです」
といった投稿がズラリ連なっているのを見ると、「ほかのリンク集だったら八ヶ月間もこの状態のまま放置されているだろうか」と考えずにいられないのも正直なところなのだ。
そして、このいくばくかの不信感もまた、私が「サービスは終了しました。ご利用ありがとうございました」をすんなり受け入れてしまった理由のひとつなのである。
だから、『日記才人』や『テキスト庵』で同じイタズラが行われていたとしても引っかからなかった、と私はほとんど断言できる。反射的に「えーー!」と叫んだ十秒後には、「……なわけないやん、なんの告知もなく終了するなんて」とつぶやいたであろう。
それぞれの管理人さんと個人的にやり取りしたことはないけれど、掲示板での発言やトラブル時の対応を見てきて、少なくとも、一夜にしてサイトが消滅しているという事態を「ありえない」と笑いとばせるくらいの信頼は置いているからだ。
どんな理由を並べようが、引っかかったのは私が鈍くさかったからであるが、掲示板を見たら同朋がけっこういたことがわかった。
「冗談やってる余裕があるなら、システムの復旧を早急にお願いしたいです」と言いたくなる気持ちはわかるし、「苦労してやっと取り付けたアイコンを外してしまいました(涙)」には本気で同情してしまった。慣れないうちは用意されたタグを埋め込むだけでも四苦八苦するものだから。
それにしても、こんな目に遭ったのは本当にひさしぶりだ。「起立、礼」のあと腰掛けようとしたら後ろの男子にイスをさっとのけられて、尻もちをついたときのような気分。すぐにピンときてエイプリルフールの冗談として楽しんだ人のほうが多かったのかもしれないが、真剣にだまされてしまうと笑えないものだな。

【あとがき】
日記リンク集にも「贔屓」はあります。私の場合、ブックマークした日記の巡回に使うのは日記才人ですね。マイ日記才人が便利ですから。でも才人は登録数が多すぎて、新規開拓には向かない。それにはやはりテキスト庵でしょう。あそこは参加資格が段落文体のテキストに絞られているので「読み物」が見つけやすいし、登録日記の質が高いような気もします。
日記リンク集にはいろいろ個性がありますが、「男性」に例えるなら、私はがつがつしておらず落ち着いていて、知性と品を感じさせるテキスト庵タイプの人が好みです。日記リンク集の雰囲気には管理人さんの人となりが少なからず反映されている気がします。