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●明日 咲く花●
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2009年09月30日(水)  猫エプロン

先日伊勢Tで買ったエプロン。



派手。(苦笑)

このエプロンをつけて、花柄のスカートをはいて、ついには、また別の柄の
花柄ブラウスを着ちゃったりする。
あぁ私は、関西のおばちゃん。(^◇^;)



20代 その四
 結婚への道、第四歩 偶然のキス


21歳のクリスマス、アメリカからカードが届いた。

「僕は僕の道、君は君の道を歩いてください」

カードには、そう書いてあった。

ふられちゃったよ〜(T.T)
だから、私からはクリスマスカードは送らなかった。
ふられたからといって、B君との付き合いを再開する事もなかった。

B君以外にも、ちょろちょろと男子が目の前をよぎっていたので、
たまにお茶したり遊びに行ったりはしていたけど。
あくまでもBFな関係で、恋人ではない人たちだった。


B君との最後のダブルデートで会ったアイツは、
たまに喫茶店にコーヒーを飲みに来ていた。
実家が喫茶店だという事を、ダブルデートの時に話していたからだ。

アイツは、仕事が休みの日にコーヒーを飲みに来た。
静かに飲んで、静かに帰って行った。

田舎の小さな喫茶店だ。
町中みんな知り合い、お友達。みたいな街だ。
アイツが来たら、少しだけしゃべった。
他の知り合いも喫茶店に遊びに来たりしていたので、
その人たちと話すのと、ごく同じスタンスだった。


ダブルデートの時は、ひどくハイテンションなアイツだったけど、
コーヒーを一人で飲んでいる時は、とても大人しかった。
それが、意外だった。



年が明け、同窓会が開催された。
ちょっと大きな隣町での飲み会だ。
B君も来ていた。
B君は、私と別れてからも、それまでと同じ口調で私に話しかけた。
明るく、軽く、フレンドリーに。

二次会が終わって外に出た時、B君が言った。

「車で来てるし、送るよ」

「え?いいよ、電車で帰るよ」

「いいから、いいから、同じ方向なんだから送っていくよ」

「そう?じゃあ、お願い」


20分ほどのドライブ。
そろそろ家に着くという時、B君が言った。

「ちょっと、近くのスナックで飲んでかない?」

「いいや、もう家に帰る」

「そんなこと言わないで…、ちょっと話があるんだ。少しだけ飲んで行こう」

「話?」

「うん、30分でいいから寄ろうよ」


スナックの名前は、ブルースカィ。
当時は新しい名前だったけど、今では古くさい名前ですね。


ママが一人でやっている小さなスナックだ。
私の両親も、たまにこのスナックに行くので、
私は、ブルースカィに入るのには抵抗がなかった。


「いらっしゃい♪」

エキゾチックな美人ママの明るい声が店に響く。


「をっ」B君が言った。

「おうっ」アイツが手を挙げた。

アイツが、一人で飲んでいたのだ。



「みなさん、お知り合い?」

にっこりと微笑んでママが聞いた。

「うん、そう。三人とも同い年なんですよ」


アイツは、コーヒーを飲んでいる時の静けさはみじんもなく、
超ハイテンションで威勢の良い声を上げていた。
つまりは、酔っぱらいだ。

B君と私がアイツから離れた席に座り話していると、
アイツは、何かと大声で話しかけて来た。

「おい、ちょっとうるさい。黙っててくれよ」とB君が言った。

「へいへい」


B君の『話』とは、
もう一度私と付き合いたいという事だった。
めちゃくちゃ口説かれた。
どんなに口説かれても、私は全くその気になれなかった。
思い切り断ると、B君は意気消沈して、先に帰ってしまった。

スナックから私の家までは、5分とかからない近距離だった。

少しだけ時間をおいて、私も帰る事にした。

「送っていくよ」と、アイツが言った。

「そうね、夜道に女の子が一人だと物騒だし、送ってもらえば?」
と、ママが言った。



夜道の一人歩きより、アイツに送ってもらう方が、よっぽど物騒だった。
なぜなら、その帰り道、アイツは私の唇を奪ったからだ。

二人で歩いていた時、突然、「あれ?」と、アイツが斜め上を見た。
「え?」と、つられて私も斜め上を見た。。。時に、キスされた。

タイミングをとるのが上手すぎる。

あっけにとられた私。



無念にも、そのキスで私の心も、持っていかれてしまったのだ。

今までにも、他の男に強引にキスされた事はあった。
ファーストキスでもなかった。
なのに、どうしてキスひとつで気持ちが翻ってしまったのだろう?
今でも不思議に思う。



B君とアイツは、友達だ。
B君が私を好きなのを、アイツは知っている。
なのに、私に手を出したのだ。

友達を裏切ったのだ。

男の友情を切ったのだ。

そこんとこ、もっと深く受け止めて、アイツとの付き合いを考えれば良かった。


その後、アイツはB君に内緒で私と付き合うこととなる。





ーつづくー




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2009年09月29日(火)  イヤな話

今日は、イヤな話ばかり耳に入ってきた。

母の弟の守銭奴な話。
私の友人のご主人が亡くなった話。
ご主人が亡くなった次の日に、ご主人のお母様も亡くなった。。。。
夫が、酒乱じみたケンカをした話。(覚えていないんだってー。信じられない)

お金の周りには、汚い人間が集まる。
綺麗に生きるためには、貧乏な方が良いんだろうか?
でも、貧乏だと自分の心が卑しくなりそな気もする。




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20代 その三
 結婚への道、第三歩 いけ好かないヤツ



「21歳の誕生日を区切りにしてB君と付き合うのを止める」

そう私が宣言すると、B君は、けっこう簡単に承諾した。

「そっか…。わかった」


それから数週間経ったある日、B君から電話がかかってきた。

「ごめん、お願いがあるんだけど…」

「もう付き合わないって言ったじゃない」

「実は、ずっと前から友達と約束しててさ、その時に彼女を連れて
 来るって言っちゃったんだよ。ダブルデートってやつ。
 もうすぐその日なんだ。僕の顔を立てると思って、その日だけ
 付き合ってくれないか?」

「やだ」

「お願いだから…、これ一回きりだから。僕の顔を立ててくれよ〜」

「しょうがないな…、これっきりだよ」


優柔不断な私。
でも、勝手に付き合いを切った自分にも責任があるかな?って思った。



12月の末、雪が積もった寒い日、B君と待ち合わせた。
B君は、一緒に出かける男が働いているレストランへ行くと行った。

「今度一緒に行くヤツが、氷の彫刻を彫る練習をしてるんだ」
「へーーー」

 店が定休日で、その男は氷の彫刻の練習を店でしているそうだ。

「声をかけて、ヤツがアパートに帰って着替えたら出発だ」



小さな店の裏口前で、ヤツ(現在の夫)は氷を彫っていた。

私の顔を見るなり、
「むっちゃかわいいやん。Bっ、どこで見つけてきたんや?」と。

私は心の中で(なんという軽薄なヤツだ。嫌いなタイプ)と思った。

そして、B君がたまに関西弁を使っていたワケを知った。
こいつが関西弁を使っていたので、B君にウツッタのだ。


ヤツは、着替えのためにアパートに戻り、
B君と私は、ヤツのアパート前まで車で迎えに行った。


そこに、ヤツの彼女が登場。
「じゃあ、私がアパートの部屋へ行って彼氏を呼んでくるね」
そう彼女が言った。


待つこと30分、
ヤツも彼女も、戻る気配はない。
一体どうしたのか?
って、若い二人が部屋からなかなか出て来なかったら、
する事は一つに、決まってるでしょ?(笑)


B君がしびれを切らして、ヤツを呼びに部屋へ行った。

ほどなくして、B君とヤツとその彼女が戻ってきた。



今度のデートも、また、ボーリングだった。

私は、ミゾ掃除に徹した。(T.T)


帰りの喫茶店でも、ヤツの軽薄な会話は飛び抜けていた。

私は、ますますヤツが嫌いになった。



帰り、四人が別れる頃になって、ヤツとその彼女はケンカをしていた。
ケンカの理由はわからないけど、とにかく彼女は相当オカンムリだった。
後日、その時にヤツと彼女の付き合いは終わったとB君から聞いた。





「じゃあねB君、バイバイ♪」

これで、B君に付き合うのも終わりだな。
約束を果たせて満足した私は、B君に、何度目かの別れを告げた。



年が明けて早々、高校の同窓会が開催されると往復葉書が届いた。


同窓会で、B君と会うかもしれない。
でも、他の同級生たちとも会いたいな。

私は「出席」に○を付けて、返信用ハガキを投函した。




ーつづくー




2009年09月28日(月)  買い物

気晴らしに、伊勢Tで、あれこれ買いました。

固形石鹸とか、エプロンとか、スリッパとか。

夫へ、秋の靴とか。



夫ってさ、おしゃれにお金を使う事に罪悪感を抱く性格で、
自分で洋服を買う時は、ダイ○ーとかの安売りで、思い切って
どこぞから飛び降りる勢いの決心をもって買うわけです。

先日、靴を自分で買ったんだけど、それがまー、ださくて…。(ー_ーメ)

夫本人も、「ださい」と自覚しているらしくて、
「これ、ださい…よな…」と、靴をはくたびにつぶやくのです。

だから、
今日は、夫の靴を買いました。

気に入るかどうか?
あの「ださい靴」よりずっとマシでしょう。
気に入らなかったら、返品するー。




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20代 その二
 結婚への道、第二歩 B君との付き合いそして別れ?



さりげなく、B君との交際が始まった。

ただし、私には「付き合ってる」という感覚はなかった。
なぜなら、私はB君に対して恋愛感情はナッシングだったからだ。
ではなぜB君と遊びに出るのか?
彼と、妙に気が合うからだ。
それはまるで、姉弟のように。
いや、自分自身のように。
お互いに、考えている事、笑いのつぼ、価値観が似ていたのだ。


そんなに頻繁にB君に会っていたわけではない。
ごくたまに、思い出したようにB君から電話が来た。
思いついたようにB君が「じゃ、今度、コンサート行く?」とか。
「今度、ドライブ、する?」とか。
たぶん、月に1〜2回くらいだったと思う。

B君と、どこに出かけたか、何をしたか、申し訳ないが、ほとんど覚えてない。
唯一覚えているのは、「さだまさし」のコンサートに行ったことくらいだ。


そのコンサートの帰り道、B君の運転する車の助手席に座っていた。

B君は、その時、やばかった。

なにがやばかったって、
たぶん、私になにかするつもりだってのが、私に伝わっていた。

やばいと思った私は、必死にその「やばい雰囲気」を払拭しようとした。


コンサートの帰りの「やばい雰囲気」の後、ノー天気な私も、さすがに
考えた。これではいけない。こんな付き合いを続けていてはいけない。
これじゃあ、私は、純粋な男子をもて遊ぶ、悪い女になってしまう。



じっくり考えて、結論を出した。


そう、あれはもうすぐ私の誕生日を迎える頃、
もうすぐ21歳になる、12月の初めだった。

電話でB君を呼び出し、宣言した。

「もう、B君と付き合うのは止めるよ」

「どうして?」

「私、A君とちょっと付き合ってるの。彼がアメリカから帰るのを待つよ」

「なんだか、そんな気がしていたんだ」


B君との会話には、たまにC君が登場していた。
私は、A君と文通している事をB君に話していたのだ。


B君と付き合うのを止めたのは12月初め。
実は、A君とは10月の半ばから音信不通になっていた。
私が出した手紙の返事が来なかった。
A君との付き合いも終わったのかも…と思っていたが、
それでも私は、C君が日本に帰るのを待つことにしていた。


A君の帰国予定は、次の年の春。


現在の夫とは、この時まだ出会っていなかった。



ーつづくー

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2009年09月27日(日)  腰痛再発

げー、
昨夜から、腰痛まで再発しちゃったー。(T.T)
厄払いでも、行かなあかん?
厄年でもないのに?

というか、『座りすぎ』?
パソコンの前にじっと座っているから?←当たり


明日は長女とお出かけなんだけど、ホントに行けるのかな?(不安)


★芋煮会★



芋煮、まぐろのヅケ、ローストビーフもどき、キムチ、イクラ、キュウリの漬け物

NHKの料理番組で、「山形の芋煮」を紹介していた。
それを見ていた夫が、
「あれ食べたい、食べたい。明日はあれ、作ってくれや」


テレビで見たものをすぐ食べたくなるのは、三女と一緒なパターン。
単純というか、テレビに操られているというか。(^◇^;)



20代 その一
 結婚への道、第一歩 B君との再会

19歳、結婚を約束した人と別れ、静かな日々を送っていた。
20歳を迎え、静かな生活。
高校の同級生A君と、文通していた。
今ならメール交換だね、当時は文通!
日本とアメリカ。
遠距離恋愛ってやつ?
そうでもない。まだ恋愛まで至ってなかったのだ。
一度だけデートして手を繋いだけど、「好きです」と告白されたわけでもなく、
もちろん「付き合ってください」とも言われていない。
恋愛の一歩手前の、駆け引きが面白い時期。
でも、駆け引きするにも、相手は遠すぎる。
私は、青春まっただ中。
家でじっとお手紙を待つだけの日々なんて、耐えられるはずもなく。


そんな時、高校の同級生が結婚するという知らせ。
披露宴の招待状が届いた。
それほど仲が良かった人でもない(男子だし)けど、
「とりあえず当時の同級生みんなに招待状を出しとけ」
出来ちゃった結婚で、卒業後すぐに結婚に至ったので、
知り合いといえば、高校の同級生だけ。みたいな感じだったと思う。
披露宴は、さながら同窓会のよう。

披露宴のあと、二次会。
当時、地味に流行していたボーリング。

ボーリングって、参加した人全員一緒にはできないでしょ?

3〜4人ずつに別れてプレイ。
組み合わせは、ボス的役割だった女子グループが決めた。

「これ」って男子は、ボスグループが奪っていった。

私と同じ組になったB君は、ランク下でもないけど上でもない。中くらい。

ただし、私は「はずれ」と思った。

だって彼は、高校の頃からほとんど口をきいた事がなかったのだ。
席替えで隣に座った事もあったけど、話しかけても必要最低限の返事しか
しない、そっけないヤツ。と思っていたB君だ。

しかし、ボーリングをしてみると、意外や意外。
相当フランクな男に変身していた。
まるで幼なじみのように、私に話しかけるのだ。


そこそこ楽しく遊んで、帰宅。
B君は、親の車を運転して来ていたので、自宅まで送ってもらった。

車を降りる時、B君は笑顔で言った。

「また、どこか遊びに行く時、誘っていいかな?」

「いいよ〜♪」私は、とても気軽に笑顔で承諾した。


だって、暇、だったのよ。
彼氏になりそうな人はアメリカだし、
元彼は、よくすれ違うけど、そのたびにぎこちないつまんない気分になるし、
しがない喫茶店の家事手伝いで、刺激のない生活をしていたし、
なにより、B君と話していたら楽しかったし。


この時「いいよ〜♪」と答えたことによって、
私の結婚への道、第一歩が踏み出されたのだ。

もしもタイムマシンがあるのなら、当時に戻って叫びたい。

「そこは、断れ!『いいよ』って言うな!」




ーつづくー   

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2009年09月26日(土)  どーーーん

今日は、むやみに朝から気持ちが落ち込んで、

「こりゃ、世間で言われている『ウツ』ってのだな」と確信したわけですが、

不幸な事に、幸いな事に?

私は、朝から忙しいわけです。

家族の洗濯物は山盛りあるし、
夫が昨夜の真夜中に提出した「お義母さんに送れや書類」をパソコンに
打ち出す用事もあるわけです。
それも、その書類は明日の夜までに北海道に届いていなければならない、
超お急ぎ便。
午前中にワードで打ち込んで、『速達』と赤字で書いて、ポストにGO
せねばならない。


色々、身体を使う用事や頭を使う用事が貯まってしまい、
「わたしゃ『ウツ』なの。なにもしたくないの」と思っていても、
布団かぶって寝ているわけにもいきません。
ここらへんが、A型性格?

ワンコの散歩もあるし、
家族の昼食準備もある、
掃除して、洗濯物を取り込んで、
夕食の支度をしていたら、


ふつーに、
外で出会った顔見知りの方と、
「いつまでも暑いですね」とか時候の挨拶を笑顔で出来ちゃったりして。

これが『うつな女』の生活か?と。

未だ気持ちは晴れず、
これは、貯金はたいて買い物しても、
誰か(夫か?)にケンカを売って、怒鳴りあいして発散しても、
私の精神状態は晴れないな…と思うが。



あ〜、そうね、
この日記で発散してますね。

ここを読んでくださった方、どうもありがとうございます。
本当に、感謝します。
ありがとう、ありがとう。(*^_^*)




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母の話を聞いて、
叔父の強欲さを実感して、
厭世観っちゅーか、
生きてる意味、ないやん〜。
みたいな。
生きてても、おもろないやん〜。
みたいな。

でも、死なないけどね。
思うのと実行するのは、違うから。

だって、
来年も、郷ひろみさんのコンサートを観たいもん♪(*^_^*)

郷ひろみさんが、コンサートのファイナル、NHKホールで
「僕は、裏切らないから」と言ったとか。

郷ひろみさんは、私の生きる全てではないけれど、
生きる甲斐である事は、確実。

BBS
どうぞお気軽に


急がなければ、、、自分史(緑色の文字の日記)を完成する事を…。




2009年09月25日(金)  イクラちゃんが励み

★今日の晩ご飯★



ジャーマンポテトのチーズ乗せ
ゴーヤチャンプルー
半解凍のイクラちゃん



長女は、イクラちゃんを食べるのが生きる励みなのだそうだ。
夕食にイクラちゃんがないと、ガクッと気合いが落下して、
元気がなくなるそうだ。
でも、毎日イクラちゃんを夕食に提供すると、一週間で冷凍庫の
イクラちゃんは底をつく。(^◇^;)



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叔父は、10年近く前に叔父の養母からン千万円を奪い取って、
それでもうおわりにするのかと思ったら、今回また、無心のために、
東京から北海道まで出て来るみたいだ。

母は、ほとんど諦めている。
諦めるな。
そのお金を奪われたら、おばあちゃんの入院費はどうするんだ?
「弁護士を頼め。司法書士でもいいから」と母を説得したけれど、
「話せばわかってくれるかもしれない。話してみる。弁護士はイヤ」と。

10年前に「養母の面倒は全部俺がみるから」と言って、ン千万を
持ち逃げした(血の繋がらない)弟なのに、母はまだ信じようとしている。

お決まり。
弟は、ギャンブル好き。
そうやって、奪い取ったお金はギャンブルの資金へと消えて行く。


ギャンブルに興味がないと思えば、色欲が強い人もいる。
今日のニュースでも、未成年を連れ出した教師の事件。

もっと、みんな、清廉に生きられないのかな?



10代の頃の話 その一
 罪悪感と信心

小学3〜4年生の頃から、日曜学校に通っていた。
何がきっかけで通うようになったのかは、覚えていない。
気が付いたら、
日曜になると、同級生と連れだって近くの日曜学校へと向かっていた。

教会は、普通の古い家だった。
ご夫婦がキリスト教徒で、確か、小さいお子さんがいた。
日曜になると、平屋の小さな家にぎゅうぎゅう詰めに小学生が集まった。


毎回、新約聖書を読んだ。
まず初めに、神に祈って、それから牧師さんが「98ページを開いて下さい」と
今日のテーマの文章を指定し、日曜学校は始まる。

たとえば、ペテロの第一の手紙 第一章

『なぜなら、「すべての肉は草のようで、その栄光はすべて草の花のようだ。草はしおれ、花は散る.
しかし、主の言葉は永遠に存続する」。これが、あなたがたに福音として宣べ伝えられた言葉です。 』


これを、そこに集まった小学生と牧師さん夫婦の全員で読む。
その内容を、牧師さんが柔らかな声で話す。

もちろん、イエス様が存在したという事が絶対的なものとして、話す。


私は、日曜学校へ行くたびに、罪悪感にさいなまれた。
なぜなら、私はイエスキリストを信じてはいなかったからだ。
キリストがこの世の存在していた事は、真実だったろうと思った。
けれど、処刑された後、生き返ったり、神業?手品?のような事が起こった
のは、どうしても信じる事ができなかった。
でも、「信じられない」と、牧師さんにも、一緒に日曜学校に通っていた
友達にも言えなかった。
「アーメン」と、みなと同じように祈っていただけだ。
自分はキリストを信じていないのに、ごめんなさい「アーメン」なんて
祈ってます。と、自分自身の良心へ謝罪しながら、「アーメン」と。


数年、日曜学校へ通った。

とうとう私は、罪の重さに耐えられなくなった。
信じていないのに信じているふりをしている、嘘つきな自分に爆発した。

「もう、日曜学校へ行かない」
そう、友人に言った。

友人は、たいそう怒った。
友人の母親まで登場して、
これからも一緒に日曜学校へ行こうと、何度も誘われた。

でも私は、かたくなにそれを拒否した。

心の底のプライドみたいなものが、
日曜学校へ行けない理由を話すことを拒否した。
キリストなんて信じてないのよ。
そう告白する事ができなかった。


「どうして、日曜学校へ行かないの?」
「どうしても、行きたくないから」

そう答えるのみだった。


すったもんだの末、私はやっと、罪悪感から解放された。
やっと、日曜学校をやめる事ができたのだ。



その代わり、友人を失った。

その事があって以来、その友人との関係は最悪になり、
数ヶ月後には、口をきく事もなくなった。

自分にウソをついていた罰が当たったのだと思った。
自業自得だ。


でも、でも、小学生当時、日曜学校で読んだ新約聖書は、
現在の私の思想にも大きく影響している。
キリストが神である事は信じられなくても、
聖書の内容は、大いに共感できるものであり、私の理想の思想となった。


たぶん、小学生当時に日曜学校ではなく、お寺に通っていたとしたら、
孟子や孔子の思想に影響を受けたでしょうね。




ーつづくー


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2009年09月24日(木)  相談

墓参り&スーパーでウロウロがたたって、
今朝早くから、膝の痛みで目が覚めた。げげげ。

まじー、腫れてる。

明日は美容院で明後日は土曜で整形のいつもの先生はいない。
その次は日曜だから、早くて4日後しか病院へ行けない。

ここは、じ〜〜〜っとして膝の状態を良くするしかないな。


じ〜〜〜〜〜。←ぐうたら主婦するのは大得意


★クラムチャウダーと魚のトマトソースかけ★




明日も、買い物に行かないで、冷蔵庫の中身を引っ張り出して過ごそう。



あ、
4日後の月曜って、長女と買い物に行く約束をしていたんだった。
行けるかな〜?




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つまり、相談してみた。


まるっきり、相談の甲斐なく、解決しなかった。


弁護士さんに頼むべき問題なのだけど、
(義兄に、『弁護士か司法書士に相談したら?』と言われた)
北海道と京都じゃあ、母の手助けができないわ〜。


どしたらよかんべ?


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2009年09月23日(水)  お彼岸

お彼岸なので、
夫と長女と三女と私で、お墓参り。

お寺の中では、兄嫁が汗をかいてお手伝いしていました。
偉いな〜。

私らは、お墓に参って、さっさと帰りました。



いつも思うのだけど、
みなさん、お墓の前で手を合わせる時、
何を祈っているのでしょう?

頼み事なんて、おそれおおい。
亡くなった方に、「景気を良くしてください」なんて頼めないもんね。

季節の挨拶かな?
「まだまだ暑いですね」とか?(^◇^;)

いつも迷いながら、
ほとんど何も考えずに、墓前で手を合わせています。




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久しぶりに、本屋さんで立ち読み。

「50才を過ぎたら、きちんと計画を立てて、少しでも貯めろよ」と
書いてありました。

無理無理、貯まらな〜い。(T.T)

私の老後は、どんな暮らしをしているのだろう?

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中華屋さんでは、有線で郷ひろみさんの新曲が流れてました。
私より先に娘が気付き、「ほら、お母さん、ひろみの歌だよ♪」と。
お店が騒々しいので、聞き取りにくかったけど、じっと耳を澄ませて
聞いてみれば、、、新曲じゃありませんか〜♪

今日は、ひろみさんのコンサートファイナルの日。
NHKホールへは行けないけれど、遠く京都の空の下で、
新曲をひろみさんからプレゼントしてもらいました。って感じ〜♪




2009年09月22日(火)  マイナスは、なに?

今日も、だらだらと一日が過ぎて行った。


ワンコがいつも散歩する堤防では、入水自殺未遂事件が起き、
私より若い女性が救急車で運ばれて行った。
女性のお母さんが、救急車に一緒に乗った。
産んで育てて大人にして、一人前の社会人になったはずなのに、
自殺未遂をして、娘と一緒に救急車に乗るなんて。
死にたいと思った女性に対しても、救急車に同乗したお母様に対しても、
胸の痛む想いです。



それなのに、私ときたら、
昨日と同じダラダラな一日。

午前中はどうにか忙しげに過ぎて行くけれど、午後から、
夫の昼食を提供して、夫が仕事に出てからは、
けっこうな、専業主婦の醍醐味〜な時間。


人の人生ってのは、プラスとマイナスでワンセットだそうで。

大金持ちの方とか名声を得た方とか、郷ひろみさんとか、
そういう人たちは、プラスの幸せな部分もあるけれど、
とても辛いマイナスな部分も持ち合わせていて。


人の事を羨ましく思う時は、
人のプラスだけを見ずに、マイナスな部分も含めて見て、
人を羨む時は、マイナスな部分も知った上で、
「それでもあんな人生が良い」と思うべき…と。
ものの本に書いてあった。


それならば、私の現在のダラダラな暮らしは、
今までの人生の何がマイナスだったから、現在のプラスがあるのだろうか?




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そんなの、普通じゃないよね〜?ね〜?




★今夜のおかず★



頂き物の、フグの炊き込みご飯。
ちゃんと作ったエビチリ。
ポン酢で下味をつけたから揚げ入り野菜炒め。



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結婚その三
 京都に来た日 25才

とうとう、京都へと引っ越す日が来た。
結婚する時は、まさか京都に住むとは思っていなかった。
夫はプロポーズの時に「ワシは一生北海道に住む」と言ったからだ。
結婚してわずか1年と半年で、私は期せずして生まれ育った北海道に
別れを告げることとなった。

女というものは、結局自分で人生は選べない。
伴侶の思う道に従うのだ。
伴侶の思う道に従いたくない女性は、離婚という道を選ぶのだ。

十勝の田舎町から札幌・千歳空港まで、私の母が見送りに来てくれた。

引っ越しの荷物は、すでに夫の実家に送ってある。

生後間もない長女を抱き、千歳空港で母に別れを告げた。

とてもあっさりした別れの風景だった。

「じゃあね」「うん、じゃあね」

そう言い合って、別れた。

母が後ろを向き歩き出し、
私も後ろを向き歩き出し、

そのとたん、
涙がとめどなく流れてきた。

長女を抱きながら、
声を殺して、大粒の涙を流した。

横で夫は、ただ黙って、私を見ていた。


結婚して家を出る時も感じなかった寂しさが、私の心を支配していた。
もう、この土地、北海道には帰れないかもしれない。そう思った。
何度もそう思い。
思うたびに涙がぼろぼろと流れた。


千歳空港を飛び立ち、伊丹空港に飛行機は到着し、
バスを乗り継いで夫の実家へたどり着いた。
夫の実家は、山深い小さな町だった。

その間ずっと、私は泣いていた。

山々を縫うようにバスは走り、夫の町へと向かった。
あの時の山並みは、一生忘れない。



人生で流す涙は、もうこれで枯れてしまうのではないかと思うほど、泣いた。
(残念ながら、これで枯れることはなく、その後もたくさんの涙を流したけど)

夫の実家に着き、姑に会った時、
姑は黙って私を抱きしめ、背中をやさしく撫でてくれた。
何も聞かず、何も言わず、黙って撫でてくれた。


今でも兄嫁に言われる。
「お義母さんは、私より、ゆうさんの方をかわいがっていたよね」

京都に実家があって、しょっちゅう母親が世話をしてくれていた兄嫁に比べ、
北海道から一人出てきた私を不憫に思ってくれていた姑だった。

姉御肌の姑は、何かと私のことを気遣ってくれた。
感謝してもしきれないほどです。
天国のお姑さん、本当にどうもありがとうございました。




ーつづくー




2009年09月21日(月)  シルバーウイーク

次女は、遠距離彼の元へ一目散。

愛っていうものは、昔も今も、盲目。

もし私が生きていたら、
10年後の次女に聞きたい。
「10年前のあの時と同じくらい、彼の事を愛しているのか?」と。


私は、夫に、
「付き合っている時の方が愛していた」と断言されましたが。なにか?




次女も、ようやく正社員として雇用されました。パチパチ♪ヽ(^。^)丿

お給料的には、時給暮らしと変わらないんだけどね。

次女の働いている職場は、変わった職場で、
小さな職場。社員12人程度。社長の奥さんも一緒に働いている。

本来は、内職として注文している仕事が、
どうも思ったようにはかどらないらしい。
だから、社員一同心を合わせて、間に合わない内職仕事をこなしている。

もちろん、残業代なし。

だって、自宅にお持ち帰りの仕事だもん。

私は、
「そのシステムはおかしい。社長がちゃんと是正すべきだ」と文句を言いつつ、
次女の内職を手伝っている。


シルバーウイーク突入という事で、次女が山盛りお持ち帰りした内職仕事を
「あ〜、もう間に合わへん。これやらんと、寝られへん」と泣きが入った
次女の言葉をスルーもできず。

「しょうがない、次女が彼氏んとこに行ってる間に、母がやっとくよ」と。



300均の商品に、タグとバーコードシールを付け、数を数える内職。



私って、本当に、お金にならない仕事をして一生を過ごす運命なんだなって、
実感、痛感。
運命ってのを感じる瞬間。


★手抜きするわけにもいかず★



今夜は、長女も次女も不在。
夕食を食うのは、三女と夫。


手ぇ、抜きたい〜!

とりあえず、

ヤリイカとブロッコリーのなんかわからんおかず。


ヤリイカは単独で煮て、ブロッコリーは多めの塩ゆで。
煮上がったヤリイカにブロッコリーを投入。




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仕上げは、16穀米で炊いたご飯。


完璧でしょう。(^^)v


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2009年09月20日(日)  プレゼント

10月18日は、郷ひろみさんの誕生日だ。

そこで、私は悩んでいる。

誕生日には、何を買うか?

郷ひろみさんの誕生日なので、
私自身に対して何かプレゼントを買おうかなって。


これが、悩むんだよな〜。


アクセサリーがいいかな?
iPodとか、どうだろう?
思い切って、家電♪(高機能で静かな掃除機とか)
パソコンは、いくらなんでも夫にばれるでしょう。
洋服はね、気分が乗ったらけっこう買っちゃうので、
自分へのプレゼントって感じがしないだよね。


なんか、ここんとこ、腰が痛かったり膝が痛かったり、眠かったり、
夫の言動に腹が立ったり、兄嫁に気を使ったり、食べ過ぎで太ったりで。

そういう事への『厄落とし』?の意味も込めて、

ちょっと良いもので、これから先自分のお気に入りになりそうな物が
ほしいのですよ。

それも「郷ひろみさんの誕生日」にかこつけて。←理由がないと買えない


ディナーショーも諦めたわけだし、それと同じくらいの散財は許して
もらいたいものです。
誰に許してもらうかって、そりゃあ私の良心に対してよ。


専業主婦としては、自分の事にお金を使う時は、いつも後ろめたい気分に
支配されるわけです。でも、本当にしたい事は、やっちゃう。買っちゃう。



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もう、ず〜っと前から憧れているんだけど、一生叶いそうにない夢。

こんな事に憧れる私って、孤独な人間だろうか?


★うまいよ♪★



いつものサラダ
(インゲン、モロッコえんどう、アスパラ、レタス、キュウリ、トマト、ゆで卵)

塩とりもも肉とほうれん草の炒めたの


ほうれん草がワカメみたいな黒い色に写っているけど、味は最高よ♪(^^)v


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二
幼少期
 ジャラジャラの魔力

祖母には、収集癖があった。
切手とコインを集めていた。

確か、私が小学3年の頃、
祖母は、いつものように私の前に収集品を並べて見せてくれていた。

「この切手は『見返り美人』といってね」とか、
「このコインは、万博の時に記念コインでね」とか、説明しながら。

それは、いつもの風景だった。

祖母は、しじゅう、私の前にコインや切手を見せていた。
私は、辛抱強い性格なので、静かに何度も聞いた祖母の説明を聞いた。


ある日、悪魔が私にノックした。

記念コインが入った、ピンクのポーチ。
それを、私の上着の下に忍ばせた悪魔。

コインが入っているポーチは、歩くとジャラジャラと音がした。

私は、なるべくジャラジャラが鳴らないよう気を使いながら、外へ出た。

外に出るまで、何も考えていないはずだった。
ジャラジャラコインの使い道など、全く考えていないはずだった。

でも、私は一直線にパン屋へ向かった。
いつも見るパン屋のおばちゃん。
「クリームパン1個ください」。

そして、小学校の横にあった「当てもの屋」へ向かった。

記念コインを出して、当て物をした。
当て物屋のおばあちゃんは、目を光らせて(子供なりに、目が光ったのが
わかった)、
「そのコインと、うちの普通のコインを交換しよう」と言ってきた。


小学3年の私の幼い脳の中で、警鐘がなった。
「それはいや」と、おばあちゃんに断って、一度当て物をしただけで、
当て物屋から出た。

そうして私が向かったのは、
町で唯一の映画館だ。

「ゴジラ対ガメラ」、映画のタイトルは、確かそんな風。
ザ、ピーナッツが主題歌を歌っていた映画だ。
「モスラ〜やっ、モスラ〜♪」


なんと、映画館に一人で入ったのだ。
小学3年の女の子が。


入ったとたん、見知らぬ男の人が横に座った。
初めはそっと、次第に大胆に、私に触りだした。
痴漢。
当時は、痴漢なんて言葉も知らない。

「何もしないから」

確か、男は、そう言った。

何しない?すでに、してるのに?

映画もそこそこに映画館を飛び出した。

男は、追っては来なかった。


結局、パン屋のおばちゃんがうちに連絡して、
私のジャラジャラ悪魔事件は終了。

母からは、びんた2発。

「ごめんなさい」で、はい、終了。




あれからン十年。

「今だから言うけどね」と、母。

「あの時、あんなにたくさんのお金を見せられたら、欲しくなるよね。
 すごく気持ちがわかったよ。お母さんもあの当時、おばあちゃんから
 一円の小遣いももらってなかったから、自営でお金の融通がきくのを
 利用して、たまにエプロンに千円札なんて入れるんだけど、そのまま
 エプロンに入れっぱなしにするものだから、おばあちゃんにばれて、
 『お金が欲しかったらあげるから、言いなさい』と言われたものよ」と。

今でも不思議。
当時、家は大借金をして、
大晦日には借金取りが列をなすくらいの窮状だったのに、
なぜ祖母は、あんなにたくさんの切手やコインを集める事ができたのだろう?

私、あの頃、お下がりばかり、それも男の子の服も着ていたんだけどな〜。


母からびんたをもらったのは、生涯で3度だけ。
その一回が、「ジャラジャラ事件」でのびんたでした。




ーつづくー




2009年09月19日(土)  秋の肥え

昼間は暑くても、夕方になると気温がぐぅんと下がって、
あぁ、秋だな〜と。

秋といえば、食欲の秋♪

この秋も、母から早々に送ってもらいました。

イクラちゃん♪



今年のイクラちゃんは不作で、良いいくらを探すために、母はお店を3件
はしごしたそうです。
「高いし、粒が小さいし、なんじゃらかんじゃら、ぶーぶーぶー」みたいな
手紙が同封されてました。

深き母の愛に感謝。


しかし、
イクラご飯は、うますぎる。
食べ過ぎる。
明日は、思い切ってイクラ抜きじゃ〜。(T.T)




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なんか、自分がダメ人間になった気分。(ー_ーメ)


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2009年09月18日(金)  快方

膝の具合は、ジワジワとよくなってきました。

昨日あたりから、急に改善されてきたの。
それまでは、朝、膝が痛くて目が覚めたりしていたのに、
一昨日も、電車で出かける用事があって、超特急で用事だけ済ませ
帰宅したけど、やはり、その後は足が痛くて横になっていたの。

なのに昨日、突然、「あれ?痛くない?」みたいな。

私みたいに軽い疾病ではなく、重い病状の方でも、
よくなる気配がなく心がふさがっている方でも、
ある日突然、霧が晴れるみたいによくなる事があるかもしれません。

けして、捨て鉢にならず、前向きに♪


んで、今日は整形へ行く日だったので、
病院で先生に、得意になって、
「せんせー、よくなってきました♪もう大丈夫ね♪」と発表したら、

先生は、私の両膝を触り確認して、
「まだ少し腫れてるね。今日も注射、しとこうか」

「え〜、ヒアルロン酸注射ですか?」←明らかに後ずさり

「ほら、腫れてるでしょ?連休に入るし、また水が溜まったら大変だよ。
 救急病院に走ったって、膝に注射を打てる医者がいるとは限らないよ。
 この注射を打てる医者は、なかなかいないんだよ。(さりげなく自慢)
 『このまま帰宅して連休明けに整形へ行ってください』って言われるよ」



注射嫌いな患者を、先生は説得するわけです。
先生の顔を見ると、けっこう「おもろがって」いるように見受けられます。
患者が怖がるので、楽しんでいるのでしょうか?
先生はSでしょうか?


「わかりました……、注射、打ちます」 唇を尖らせて承諾しました。

「よしよし、じゃ、そこに横になってね」



「ところで、ゆうさん。その足、面白い日焼けだね。笑っちゃうね」

「う、、そこに気付きましたか!気付かれるとは!」

先生は、足下の私の靴を見た。

「先生、その靴をはいたからそんな風に焼けたんじゃないですよ。
 お気に入りのサンダルを毎日はいていたら、こんな風に焼けたんですよ」

「へーーー、ホントに面白い焼け方だね。笑えるね」

先生は、相当お気に入りみたいだ。

先生、私の足の甲の日焼けに見とれて、お注射失敗しないでね。(T.T)



「はい、おしまい。また調子が悪かったらいつでも来てね♪」

明るい顔で先生はおっしゃりました。

もう二度と来たくはないけど、また近い将来、先生のお世話になるんだろうな。




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田中眞紀子さんの例があるから、けっこう心配してるのだ。
一個人が心配しても、どうしようもないけど…。
っつーか、この心配は、的はずれ?

私、桝添さんのこと、けっこう好きだったんだな〜。( ´−`)

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2009年09月17日(木)  自分史を始めます。筋子のおにぎり

色々考えるところがあって、
この日記を読んでいただいている方には、
お目汚し…となるでしょうが、
少々、昔のことも書いていこうかと思います。


諸行無常。
わがみよにふる。
はなのちるらむ。
です。(全く説明になってない。意味不明じゃーーーー)


いつもの日記に「かませて」たまに挿入いたします。

登場したら「あぁ、またか…」と呆れていただけたら幸いです。

こんな感じ。


一、
幼少期
 筋子のおにぎり

雪深い町に生まれ育った。
3才の私の世話をしてくれる人は、何人かいた。
伯母ふたり、祖母、祖父、曾祖母、近所のおばちゃん。
誰が自分の母親なのか?
たぶん「ママ」と呼ぶあの人が母なのだろう。

「ママ」は、ほとんど私のそばにはいない。

仕事に出かける母の後ろ姿を追って、
「ママ!ママ!」と、ドアにへばりついて数知れず泣いた。
泣いている私の後ろで、祖母が困った顔で立ちつくしていた。


母は、冬になると私の手を引いて汽車に乗った。

早朝、夜もまだ明けぬ頃、
筋子のおにぎりを何個も握り、新聞紙に包んで汽車に乗る。

無口な母と無口な私。
汽車に乗ると、待ちかねたように、
淡々と、筋子のおにぎりをほおばる。

その時間は、中年と呼ばれる年齢に達した現在でも、
あざやかに記憶されている。

まだ温かみが残っている白いご飯。
食紅で真っ赤に彩られた筋子は、
温かいご飯に蒸されて、高貴な香りを発していた。


物資が少ない時代。
筋子のおにぎりは、最高に贅沢な食事だった。


母と二人で汽車に乗って向かう先は、苫小牧。
母の生まれ故郷。
製紙工場と漁がなりわいの、静かな町だ。
母の両親が住む町だ。

まだ1才の弟は、一足先に苫小牧で待っている。
母が働くのに赤子は邪魔なので、
母の両親の元に預けられていたのだ。


当時22才の母。
年に一度の里帰りは、心躍るイベントだった。


ーーーつづくーーー




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2009年09月16日(水)  病気か?性分か?

夫がゴルフのあと「なおらい」だったので、うちのおかずは「簡単なもの」。



「当たり」(サカナコーナーのおっちゃんが言った)のお刺身。
また作った、もやしの卵。



これらは娘たちが食べるもので、
私は、前日の残り物で済ませました。
上のおかずも、たくさん作った。
当然残ったので、また明日の夜は私が食べます。
残飯処理係でごんす。
だから肥えるのか?(T.T)

ちなみに、この後、夫が左手にケーキ、右手にたこ焼きを持ってご帰宅。

誰がそんなに食べるっちゅうねん?

冷蔵庫の中に「あらおわせますところ」の高カロリーなモノドモ。
ドウシマショ……。


そのせいかどうか、
夜に仕事から帰った次女が、腹痛で大騒ぎ。
動けなくなるような急激な腹痛ではなく、しくしくと痛いみたい。
胃薬や痛み止めを飲んでも治らず。
夜中になっても治らず。

吐きも下痢もせーへん。ただ痛いだけ。



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娘たちが具合が悪いのを見慣れてない夫は、次女を車に乗せて救急病院へ
行ってしまった@午前2時。

「大事ではない」という事だけわかって、帰宅。

ほらね、行った甲斐ないでしょ?←なんでか、得意顔な私


しかし、これがまさかの神経性ってのだったら、困っちゃうな。
次女は、神経がお腹に来るタイプ。
ピアノの練習がイヤで、よく腹痛をおこしていたもんな〜。



また、会社を辞めたらどうしよう。(ー_ーメ)


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2009年09月15日(火)  胃弱

★和食★



マイタケあんかけハンバーグ
ひろうすの炊いたの



私的には、デミグラスソースで煮込んだハンバーグの方が好き。
でも、胃弱家族はこっちの方が良いんだって。
おもんなーい。
ひろうすの炊いたのは、ちゃんとおだしをとって炊いた。
けど、誰も、だしからとって炊いたなんてわからない。
おもんなーい。

そもそも、家事ってのは、地味な縁の下の仕事なのだ。
私に合ってるといえば、合ってる。



ハンバーグを作ったついでに、お弁当のおかずも作ってみた。

ケチャップ味のミートボール。



ハンバーグの種を団子に丸めて、アルミホイルを敷いた両面焼きの
魚焼きグリルで焼く。焼けたら、ケチャップとソースとミリン、砂糖で
作った「あん」をからめて出来上がり。

この超天才的なミートボールを食べられたのは、次女だけ。
長女は、仕事が休み。三女は、大学が休み。
たった一人の弁当作りのために作ったミートボールであった。



★おまけ★

愛読書



野中さんって83才だって。
先日、関西系番組で話しているのを見たけど、とっても若々しかった。
最近、野中さんのファンになったのよ。
すごい人だな〜って、心から思うわ。




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2009年09月14日(月)  理不尽

久しぶりにお好み焼きを焼いた。

ホットプレートで焼いた。

キャベツをいっぱい入れて焼いた。

ユルユルなお好み焼きが出来上がった。

ホットプレートいっぱいに広がる、お好み焼きの海。(^◇^;)




味はけっこううまかったから、ま、いいでしょう。(笑)



最近、膝の具合が悪いせいか、体重増加気味。
なのに、お好み焼きかい?と、自分に突っ込む。


そうなのよね、
やばい。と思う時ほど高カロリーな物が食べたくなるんだよね〜。


‥‥……━★‥‥……━★‥‥……━★

長女が、以前からゴルフを始めたがっていた。
父親と、ゴルフのクラブを揃える相談をしていた。
一応、うちの家族の中では一番のお金持ちの長女なので、自分で買うと。
ちなみに、女性用のゴルフクラブも、うちには存在した。
夫が私のために買ったものだ。
買ったのに私が全然ゴルフをしないものだから、人にあげてしまった。
人にあげる時「長女がそのうち使うから、家に置いとき〜」と言った。
なのに「やるって言っちゃったもんね〜」とか言って、あげてしまった。

あのクラブさえあれば、それで済んだものを…。


ゴルフクラブ、安いのが見つかったらしい。
夫の知り合いが見つけてくれた。

なのに長女は、
「もうすぐ友達の結婚式もあるし、ちょっと今は買えない」と。

そしたら夫が、
「せっかく見つけてもらったんやから、ワシが買ってやる」と。


え〜!!!

三女の月3千円のお小遣いでさえ「もったいない」と、なかなか渡さず、
しばしば渡すのを忘れたふりをして、「お父さん、お小遣いちょうだい」と
言われ、「お前、もう小遣いはいらんやろ」と、辛そうな顔をして3千円を
渡す父親なのに、こと長女に関しては、こんなに気前が良くなるのか!!!


呆れた。(ー_ーメ)


私との結婚25周年記念温泉旅行も、お金がないからやめたのに…。


先日の、義兄宅での法事での事。
義兄に真剣な顔で聞かれたっけ。



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それは、お金を出しても買えないものだから。

そう思わないと、やってられないから。(笑)


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2009年09月13日(日)  9月12日のお話

★冷蔵庫の整理★



右下から、
イカの辛いの、わかめの辛いの、ニンニクの芽の辛いの、
ナムル(赤い大根、ほうれん草、茄子、キュウリとジャコ、ぜんまい、もやし)

中央の段、右から、
かにの甲羅が入った辛いの、チヂミ、蒸し豚キムチ、

一番後ろは、赤魚の煮付け




一生懸命食べたけど、まだなくならない。

もう、食べたくない。



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わがまま。協調性も思いやりもないやつだ。




今日のドラマは、おもんなかったな〜。

薬師丸ひろ子も相棒おじさんも、途中まで見て退散。

脚本がだるい。スピード感に欠けるのかな?

オルトロスの犬は、視聴率がイマイチイマイチ。
なのに、DVDBOXや本が出るそうな。
明らかにジャニーズファン向けですね。
視聴率がイマイチでも、DVDは利益が出るほど売れる予定ですね。


SMAPメンバー勢揃いのCMの、フルバージョンが見たい時は、

オルトロスの犬の放映中、30分前後のCMをチェックしてみて下さい。

必ずフルで流れます。

圧巻です。


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2009年09月12日(土)  9月11日の話

9月11日は、姑の命日であ〜る。
例年、義兄宅で法事がある。
料理長は、義兄(次男)の妻。
義兄@長男は「姑とはなさぬ仲)だったので不参加。

法事の準備があるからと、兄嫁に呼び出され、
法事開始の2時間前に到着したわたし。

エプロンつけて張り切っている事をアピールすると、兄嫁は、
「ゆうさん、もう大体できてるのよ。ちょっとお茶しようか?」
「へ?」


兄嫁にお菓子を勧められ、お茶を飲む。なに?

そうして、トーク爆裂。

そう、兄嫁はおしゃべりが大好き。

それも、亡くなった姑や夫の話なので、力が入りまくり。(笑)

そうこうして、1時間経過。(料理するより疲れた)



「そろそろ続きをしなくっちゃ」って事で、動き出す。


無事に法事も終わり、義兄家族と私の5人で夕食会です。



ほんとーーーに、兄嫁の作る料理はうまいんだよな〜。
「グジ」のピカタも、お肉と白滝・お豆腐のスープも絶品よ♪
私が作れない韓国料理中心だから、よけい、そう思うのかな〜?
兄嫁が韓国旅行して帰ったばかりという事で、韓国の辛いものもたくさん
並んでいたよ。


お土産に、夕食のおかず(の残り)をたくさんいただいた。
果物とかお菓子とかお餅も…。




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イジメか?

人ってのは、人の痛みをそれほど理解していないって事なのか?


うれしくて辛かった帰り道。
って、
兄嫁にもより駅まで送ってもらって、
駅からはタクシーで帰ったけどね。(3千円かかった)
高い「お持たせお残りおかず代」でした。(笑)


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2009年09月11日(金)  膝に水

いっこうに膝の調子が良くならず、昨日の夕方あたりからは本当に辛い状態。
迷ったのち、昨日の夕方に近所の整体へ行ってみた。


初めての病院は、ちょっと緊張する。(^_^;

ドアを開けると、3〜5名くらいのイケメン若者整体師たち。

あらやだ、ホストクラブに来たと思った。

ここの前を通る時、おばちゃん達が治療を受けて出てくるのをよく見た。

そうか〜、イケメン達目当てに…。←全くの推測です(笑)


施術を終えて、
「気になるので、できたら明日の午前中に診せに来てもらえませんか?」
と言われた。

「はい」と答えたけれど、行かなかった。



昨夜から膝の腫れがきつくなっちゃって、痛みも増したので、
今朝は、いつもの整形に行ったのでした。


お医者さん、私の膝を診て開口一発。

「おや、膝に水がたまってるじゃないですか。こりゃ痛いわけだ」


速効で、麻酔打って、水抜いて、ヒアルロン酸注射をされました。

怖いよ〜。怖いよ〜。(T.T)




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そうお返事したのに、先生には無視されました。(^◇^;)

1週間お薬を飲んで、また来院せよ。とのこと。
調子が悪かったら、また水を抜かれるのかな〜?
やだな〜。(T.T)


ちなみに今日は、姑の法事で〜す。
夕方から、義兄宅へ手伝いに行きます。
私だけ。
夫は仕事。娘たちも仕事とバイト。

法事にための一升瓶を持って行きま〜す。
法事は、料理も作るので2〜3時間立ちっぱなしで〜す。

膝、死ぬかもしれません。(>_<)



今日も、お写真なしでごめんね。では♪


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2009年09月10日(木)  9月9日の出来事。

夫とスーパーへ行ったら、ひろみさんの若い頃の歌が流れていた。
ここのスーパーは、「懐メロ有線」なのだ。
ピンクレディとか西城秀樹とか、そこらへんの時代の歌がいつも流れていて
私はいつも小さい声で鼻歌♪

「あ、郷ひろみだ♪」と、嬉しげにつぶやいたら、

「もう、ええっちゅーねん」と、切れた声の夫。



「もう、ええ…」って、、、、あなたの前ではほとんどひろみさんの話は
していないんだけどね〜。なにをもって「もうええ」って言うのでしょ?
それとも夫は、私の心の中が見えるのか?
いつも心の中で「ひろみ、ひろみ♪」と想っているのがわかるのか?(笑)



9月9日の夜の出来事。

帰宅した次女の言動が気に入らないと、
夫は激怒。
大声で次女に怒鳴りつけていた。

「ごめんなさいと、あやまれ!」


次女は慣れたもので、「ごめんなさい」と速効で謝っていた。




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夫曰く、
「長女も、ワシの考え方に賛成だと言った。これが証明や」と、
長女からの「お父さんが怒るのも無理ない」とか、父親の怒りを静める
ようにとりなしたメールを私に見せてくれた。


人からのメールは、見せるもんじゃない。
見せるのなら、「お母さんにもこのメールを見せるけどいいか?」と
長女に聞け。


もめ事は、両成敗じゃ。
わたしゃ、どっちの味方もせん。

なので、夫から携帯メールを見せられた時も、一言も意見を言わなかった。


そして、心の中で思った。

(ケンカ両成敗にしても、大声で怒鳴るのはルール違反だ。
 怒鳴って相手を威嚇するのは、最低。私の一番大嫌いなケンカの手法だ)



あ〜、気分悪かった。

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2009年09月09日(水)  9月8日の日記

珍しく、お客さんが来た。

近所の奥さまとそのお嬢さん。

ブザービートを録画し忘れたという事で、
たまたまうちは録画してあったので、
うちにテレビ鑑賞に来たのだ。


なんかさ、うちのHD・DVDリコーダーって、使いにくいんだ。
DVDに入れても、普通のパソコンやDVDプレーヤーじゃ観られないの。

だから「うちに観に来る?」って奥さまに聞いたら「うん♪」って。


それで夕方バタバタしたので、夕食はまたもやクックパッドにお世話になった。
冷蔵庫の中身とクックパッドのレシピを見比べて、作れるものを探した。



牛肉の変わりソース煮(エリンギ入り)
高野豆腐と麩の玉子とじ



メニューを考える思考力さえ、なくなってしまったよ〜。

おいしかったから、ま、いいか。(笑)




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NEWSの方が、歌、うまいかも。
スター性は、嵐か。

NEWSや嵐のメンバーが郷ひろみさんの年齢に達した頃、
さて誰が残っているのだろうか?
楽しみね。
それまで私も生きなくては。


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2009年09月08日(火)  就職難

短大2回生の三女は、就活中である。

この世界的な不況。

なんの取り柄もない三女には、
な〜〜〜んも、就職先がない。
ひどいもんだ。
受けては落ち、受けては落ち。

三女のテンションも、思い切り下がっている。


んで、

とりあえず資格だべ?

ってことで、
夏休みが始まってすぐ、2ヶ月のフリープランでパソコン教室に入った。
2ヶ月、好きなだけパソコン教室に通って、
(とはいっても、結局1日1〜2時間、日曜は休み)
2ヶ月で7まんえん。
受験料は、ワードとエクセルを受験したとして2万円ちょい。
合計、10万円に手が届きそうな金額だ。




次女ん時は夫が資金を出したけど、
出す時に、非常にうるさかった。
「恩に着ろ」とか「絶対に浮かれ」とか
「うちにはこんな金を出す余裕はないのに出してやってるんだから、
 ありがたく思え」とか。


だから、三女の時は黙って私が出した。

夫は、「ワシが出す」とは言わなかった。
(年齢と共にどんどんケチになる夫)



なーんか、2ヶ月のフリープランでは、ワード・エクセルの両方の資格を
取得するのは、大変な模様。

「2ヶ月をはみでたら、1日計算で追加って事で…」と先生に言われた。

やだ。
もう、出費は絶対にやだ。
大体、この資格を取ったからって、どこかの会社に就職できる確証はないし。


今日、
どうにかワードの試験に合格した♪ヽ(^。^)丿
100点満点で94点くらいだって。
上等だぜ。(^^)v

月末までにエクセルも頼みますよ♪


★昨夜のおかず★



カツの上にカレーをかけた。(ご飯はなし)
イカの塩バター炒め
茄子と厚揚げと豚肉の炒め煮





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呆れちゃうよ。(ー_ーメ)


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2009年09月07日(月)  切れたストラップ

郷ひろみさんのコンサートグッズである、携帯ストラップのチェーンが、
この前買ったところなのに、早々に切れた!(T.T)



(手相を観れる方、私の手相を占って?(笑))

三種類の飾りがついていて、そのうちの1つのチェーン。
長いチェーンなので、これくらい切れても支障なくお飾りできるのだけど、
切れるってのは、やはりショックだ。

不吉な予感。。。

いや、これが『厄落とし』と、考えよう。(・・)(。。)


オフィシャルBBSにも「チェーンが切れた」と書き込みがあった。
これ、ちゃっちぃ作りなの?



そして、もう一つ残念な話が。

一昨年に娘たちからもらった、母の日のプレゼントのお買い物バッグを
使えなくしてしまった〜。

いつもダイニングテーブルのイスにひっかけてあるバッグ。
テーブルで、三女に渡すジュースを入れていて、
満杯にジュースが入ったコップをひっくり返してしまった。
テーブルからジュースはあふれて、
床へ、
バッグの中へ。
バッグの中は、ジュースでベタベタ。(>_<)


そんなに高いバッグでもないけど、
そんなに安いバッグでもない。(どっちだ?)
ちょっと気に入っていたので、スーパーの買い出しに持って行く他に、
お出かけの際も持ち歩く事が、よくあったのだ。


あ〜、もったいない事をした。


これも『厄落とし』か?(笑)


代わりに、日本盛りのトライアルセットについていたバッグを
使うことにした。







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うわ〜〜〜(@_@) って感じ。

真夏風味のバッグだから、秋に向けて安いのを探さなくっちゃ。


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2009年09月05日(土)  世間の不思議

郷ひろみさんの新曲「Get Real Love 〜GOLDFINGER'009〜」が、
9月2日・3日ともオリコンランキング10位でした。(^^)//""""""パチパチ

私的には「男願Groove」の方が曲的にもダンスも優れていると思うのだけど。
世間的には「Get Real Love 〜GOLDFINGER'009〜」の方が受け入れやすい、
CDを買いたくなる曲だったのですね。
それとも、プロモーションの勝利?

不思議だわ〜。

確かに「Get Real Love 〜GOLDFINGER'009〜」のメロディーは耳に残る。
クラシックでいうところの「展開」ってーの?今の子達が言う
「Bメロ」?「Cメロ」?
最後の方の曲調が変わるところ、
あそこ、タッキーの曲にありそなメロディーで、
ちょっと古い感じで、
哀愁をおびてて、
私は好きです。


最も好きなのは、きっと『衣装』♪
真っ赤なスーツがよくお似合い。
似合いすぎる。(*^。^*)


さて、今夜は、大阪厚生年金でのコンサートだそうです。
これで関西行脚も終わり。
ひろみさんファンは、大集結ですね。
インケツな私は、おうちで留守番します。(^◇^;)

どなたか、今夜ひろみさんが「吟じた」ら、どんな内容だったか教えて下さい。






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なんか、最近、気持ち悪いのよ。

先日、グランキューブ大阪へ行った時も、駅まで車で送ってくれたし、
グッズを買う資金(1万円也)もくれたし。

最期が近いのか?
それとも、老後の世話を期待しての、種まきか?


BBS
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2009年09月04日(金)  久しぶりのスイーツ♪

ケーキをいただいた。

先月、関西ローカルテレビで「上半期スイーツ�癸院廚傍韻い�
アデリーヌの「桃太郎」ではなく。
あれは季節限定なので、来年にならないと食べられない。(>_<)

現在の季節限定スイーツは、桃が梨に変身!



梨をまるごと使ったスイーツ。
中の生クリームは、さっぱりして食べやすい。下に敷いてあるスポンジも
いい感じ♪
でも、このケーキは、梨より桃の方が合うね。


ちなみに、昨夜のおかずは、こんな風。



フワフワ豆腐のハンバーグに茸あんかけをかけたもの。
卵のスープともずくの酢の物。




やっぱり、料理に飽きた気分。(ー_ーメ)


昨夜の京都会館でのコンサートは、アンコール後に「吟じた」そうです。
なんてこと!
私の時には、吟じなかったのに〜。


8月29日は、堀ちえみさんが見ていたから吟じた?
京都公演では、誰がいたんでしょー?

なんて、いじけた事を考えてみたりして〜。←自分で考えながらイヤになってる



Eriさんのサイトにコンサートレポを投稿したおかげで、
この拙日記を、たくさんの方にアクセスしていただきました。
どうもありがとうございます。(*^_^*)


これからも、ひろみさんへのラブレターや、夫の悪口等々、
気の向くままに書き連ねていきます。

よろしくね♪


ねーねー、


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はい、私、病気です。(笑)

BBS
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2009年09月03日(木)  京都公演

今日は、郷ひろみさんは京都公演。
私の地元なのに、行けません。(T.T)

京都会館は、追加公演です。
すでに大阪での公演チケットを申し込んでいたので、京都公演は無理でした。
あ〜、残念。
初めから京都公演があるって告知してくれていたら、こっちのしたのに…。


でも、京都会館のグッズ売場は、毎年ものすごい混雑。
コンサートの終わりあたり、アンコール時には、ファン達が前の方に殺到
して、大変な事態になります。

京都って、「はんなり」「上品」というイメージがあるけど、
ひろみさんの京都公演は、エキサイティングなのです。


先日行ったグランキューブ大阪でのコンサートでは、
グッズもスムーズに買えたし。

コンサートの終盤、警備の方々がキリっとひきしまった緊張した顔で
ホールのあちこちに待機していたのにもかかわらず、
舞台そでにファンが殺到する事もなく、
熱狂するも、礼儀礼節をわきまえたお利口さんなファンっぷりでした。


友人と長女は、「みなが舞台そでに殺到したら、私らも行く!」と
張り切っていたけれど、
二人のファイティングエナジーを「そんな事をしちゃだめです」と
説得していた私だけれど、

燃えつつも、警備員さん達に迷惑をかける事なく終わったコンサートでした。




さて、今夜の京都公演はどうなるのでしょう?



ちなみに、
グランキューブ大阪でのコンサートには、
掘ちえみさんも見たって。




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ウラヤマシ。( ´−`)


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2009年09月02日(水)  ラブレター

昨日の「サプライズ」(バラエティー番組)でのHIROMIさん、
素敵でしたね〜。(*^_^*)

特に、ダンスのレッスン前のお着替えの時が。(*^。^*)

このところハードなステージが続いて、「食べても食べても痩せる」そう
ですが、胸もとのたくましさは相変わらずでしたね。
テレビ画面の後方、ウエンツ君の後ろの方でさりげなくお着替えを披露して
くれてましたけど、裸身が映された時、私の瞳はキラリ★と輝き、魂は
オレンジ色に変わりました。(笑)

お食事の場面で顔がアップになると、
「あぁ、やっぱり痩せてる。頬がこけてる」と、悲しくなっていたけれど、
あの上半身のたくましさで、プラスマイナス、プラス1万点です。

あの身体を維持するのは、とても大変でしょうね。

いつもHIROMIさんがおっしゃるように、トレーニングは心も強くなるの
でしょう。継続は宝。ですね。


でも、若い頃の、ひょろりとスリムなHIROMIさんも、かわいい。
ふっくらした頬、透明感のある雰囲気、うるんだ瞳。
現在のジャニーズ軍団たちと比べても、抜きん出てます。
HIROMIさんが今15歳で、デビューしたとしたら、、、想像すると
楽しくなります。



って〜〜、今日もラブレター、書いちゃった。(笑)




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めちゃくちゃ嬉しい♪

夢に終わったら、どうしよう。(^◇^;)

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2009年09月01日(火)  目線が合わない

引き続き、GOさんの話。←「またか…」と思った方、ごめんなさい。



コンサート会場の前には、ブロマイド売場?が必ずといっていいほどある。
あれは、違法だ。
絶対に。

グランキューブ大阪の前のブロマイド売場には、
花火大会の時の写真とか、今回のコンサートの写真とか(どうやって撮った?)。

コンサートに同行した友人は、目をキラキラさせて写真を物色していた。
私と長女は、ちょっと暇げに、ぼんやりあたりを見ていたり。

絶対に何か買う。と思っていた彼女は、
結局なにも買わず。

「買わないの?」
「だって、(写真の)目線が、こっちを向いてないから〜」


違法だから。とか、
値段が気に入らない。とか、
ではなく、
目線が合わない。
ってのが、彼女の「ペケ」した理由だった。(笑)(笑)



彼女は、
今回のコンサートで歌われた、アルバム(evolution)を持ってなかった。

その事を知った時、
それはもう、切羽詰まった勢いで彼女は言った。

「やだ〜、このアルバム、私、持ってない〜!
 育児に忙しくて、買いそびれたみたい〜!(T.T)」




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違法に異議を唱えたのはいいけど、
私に頼るってのは、どうかと。。。。(苦笑)


★8月31日の夕食★



キャベツとベーコンの炒めたの
茄子のナムル
もやしの卵、中華あんかけ


「もやし卵」は、娘たちの超人気メニューだ。

でも、私は未だに一度も食べたことがない。


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長女ちゃんは、コンサート初参加だった。
「どうだった?」と聞くと、
「一度も、ゴーヒロミと目が合わなかった」と、不満げ。

「どう?来年も行く?」
「う〜ん、、、もっと前の席に座れるのなら行く♪」


より前に座りたいのは、誰も一緒よ。
今回は、けっこう良い席だったと思うんだ。

贅沢ものの長女め〜。



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