草原の満ち潮、豊穣の荒野
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81 魔鳥 5 残された願い〜The Riddle |
ブルーは約束した事を実行した。 鷲の姿のまま、木や枝を何本もその足で引き倒し、運び橋の傍に運んだ。 街の民家へ飛び込んではロープや工具を持ち出し、街の者達の元へ運んだ。 ロープと木を組んで吊り橋を作れば向こうへ渡すつもりだった。 青い連中は何度も威嚇して近づけないように飛んだ。
頑丈ではないまでもひとりずつ用心して渡れば 充分渡れるだけの材料を運んだ。 いざとなれば筏を作ってもいい。 街人の中には手先の器用な職人達もいるはずだった。 だが。 誰も街からは出られなかった。 彼等は怖れて何もしなかったのだ。 橋を渡ってもそこから先の事を考えていなかった。 街を行けば青い人間が襲って来る。 彼等が触れただけで皆死んだように倒れ、また、死人のような青い姿で徘徊するようになる。 もしかしたら悪性の伝染病かもしれない。 街の医者がそう仮説を立て、街を行くのは外に出られても自殺行為だと主張した。
人々は納得のいく理由で何もしないでいることを選んだつもりだった。 そして誰もそこから出られなかった....
「くそったれ!」
ブルーは積んだ木や工具を蹴り飛ばして叫んだ。 誰一人動かない。 あの獣人の少年や女は長い道を助けを求めに向かったのに。 ブルーは無性にイザック達が心配になった。 彼等が無事に隣町へ着くまで見ていた方がいいかもしれない。 約束は果たしたのだ。 ただ、彼等が何もしないだけで。
ブルーはすぐさま街道を飛んだ。 もう半日以上経っている。彼等はどこまで行けただろうか。 無事にあの街道沿いのカフェを越えて行けただろうか... ちょうどブルーが鷲の姿であのカフェの上空にさしかかった時 砂の荒れ地に誰かが立っていた。 その人物は一本の大きな銛を握りしめ笑っていた。
青く、長い髪、青い瞳。
もうひとりの『ブルー』は青空めがけてわかりやすい黒い標的に銛を投げた。 近くに隠れるように立っていた老人はそれを見て顔を覆った。
謎〜The Riddle
空白の時間。 ブルーは動く事が出来なかった。 彼が気付いたのは自分があの古いカフェのある荒れ地の片隅に倒れている事だけ。 ただ倒れているのではない。 背中を長い一本の黒い銛が突き通って彼を地面に縫い付けていた。 彼は焼け付く太陽の真下、着ていた黒装束もない素肌で転がっていた。 その半身は本来のかつてのブルーのそれ。 魚とも海獣ともつかない足のない尾。 男人魚と呼ばれる姿に近いが、それも地上の太陽で見る影もなく焼かれ、干されていた。 長く青い髪は乾燥した海藻のゴミ、肌は火ぶくれ人相も変わり果てていた。 それでも彼は『生きていた』
「.......」
己は幽霊なのだと思っていた。 空をゆき、黒い姿で人にも変わる。 3人の己を見た時から自分が既に、生きていない偽りの身だと気付いた。 だが彼は銛に縫い付けられたまま夜を迎え、その姿をミイラから 元に戻して行った... 青く長い髪と薄青い肌、そして明るい海の青の瞳。 死ぬ事ができない。
『その理由を見せてやろう...』
黒い銛が笑った。 ブルーの背中に突き刺さっている銛だ。 彼はうつぶせに倒れたまま脳に直接響くそれを ぼんやりと聞いていた。
そこは海だった。 荒れた辺境に立てられた骨の家。 頑丈に組まれ、暖かい人の気配があった。 ブルーは無表情にそれを眺めた。 そこにはひとりの父親と赤ん坊がいた。 まるで玉座のようにおおげさな椅子に座った体格の良い青い男。 鬣のような長く青い髪に青い瞳。 ブルーと似ているがもっと荒々しい風貌。 彼はその傷だらけのごつい腕に赤ん坊をぎこちなく抱いていた。 時折その子を覗き込んでは顔を崩す。 彼が覗き込む赤ん坊もまた、青い。 赤ん坊は、よく笑った。 小さな口を大きく開いて。
...あれはオレだ....
ブルーはなんとなくそれがわかった。
彼は指の腹で赤ん坊を撫でた。爪で傷つけぬようそっと。 微笑ましい親子のひととき。しかしそれは突然崩れた。
「!」
青い鬣の男が呻き声を上げ立ち上がった。 青い赤ん坊が指に喰らいついている。 小さな口の奥に隠された牙で無邪気に父親の指を噛んでいた。 一見、甘噛みで甘えた仕草のようだったが父親は蒼白な顔で狼狽していた。
ブルーには『それ』が何故かよく見えた。
赤ん坊の影は長く伸び、父親よりも大きな姿で覆い被さっている。 影は赤ん坊を抱いたままの父親を襲うように動いた。 肩を噛み砕き、そして足...
青い父親は大きな咆哮をあげて自分の息子を指から引き剥がした。 赤ん坊は楽しそうに笑い続けている。 父親は己の息子の影が動く度、鋭い痛みと出血が起こる事を知った。
「この子は..」
長い影は攻撃を続ける。 父親はすぐに反撃などしなかった。 彼はその影が赤ん坊のものであると知っても、 しばらく動けなかった。 傷つくに任せて呆然としていた。 赤ん坊は片手で掴まれ、それでも落とさないよう しっかりと握りしめられていた。
突然悲鳴が起こった。 女の声。 ひとりの人魚が手に持った飲み物を落として男にすがりついた。
「やめて下さい!」
女の人魚はブルーとそっくりだった。 彼女は男の腕から赤ん坊を奪おうとした。 彼女の目には男が赤ん坊を地面に叩き付け潰そうとしているように見えた。
「わたくし達の赤ちゃんになんてことを!!」
「違う!エナ...」
女は息子を半狂乱で奪い取ると後ずさった。 父親は状況を説明しようと試みたがその間も赤ん坊の影は容赦しなかった。 彼は血を流し、鬼のような姿で妻子に手を伸ばした。 己がやっと得た家族...
赤ん坊を抱いた母親は悲鳴を上げ飛び退った。 加えられる傷からの出血を避けて男は傷口を押さえ唸った。 その度指の隙間から血がほとばしり 彼はまるで自ら己の胸を引き裂く狂人のようだった。
母親は泣き叫びながら子を抱いて走り出した。 愛した男は胸を掻きむしって己の心臓に爪を突き立てたのだ。 母は走りながら赤ん坊をしっかり抱きしめた。 そしてあちこちさまよいながら数日かけて 生まれた街へと戻って行った。
...ああ...
倒れ伏したままブルーは唸った。 彼はあの男によく似た咆哮をあげた。
...かあさん...
『お前は父親を喰い損ねた』
銛が話しかけて来る。
ブルーは母親が己を捨てるまで『見て』いた。 そして彼女が最後に歌った子守唄に嗚咽と咆哮をあげた。
『お前達は過去の遺恨だ。打ち捨てられた負の遺産、 命を喰らって永遠にうろつく生ける屍だ』
「...黙れ」
『お前は父親を喰いそびれ、己を知らずに育った。 だが、それに気付いたのはいくつの時だったかね?』
「.....」
『あの小さいのは再生能力を持った古い時代の本物だ。 お前達は真似て創り出されたが失敗した挙げ句 打ち捨てられた。 お前は過去の遺恨を喰らって何度も死に生きる』
ブルーは銛を掴んで暴れた。 体をねじり、なんとか引き抜こうともがいた。
『お前はそれを知っているから目玉をたらふく飲み込んできたのだろう? 喰らった数お前はあらゆる命を得る。 空も、海も、地上も自由に行く事が出来る。 あの時、父親を喰っていたならより完全になれたものを』
「うるさい!」
暴れながらブルーは古い童話を思い出していた。 その童話は誰がいつの頃か付け加えたのか 女神と石で生き物を型作る少年の話にもなっていた。
空には行けても海を離れて生きる事はできないのですよ
「頼むからもうオレの事はほっといてくれ!!」
「よう、ナニひとりでじたばたやってんだ」
ブルーの前に黒い服の男が立っていた。 あわく茶のかかった黒髪に黒い司祭のような詰め襟の服。 ブルーはどこかで見たと思ったが思い出せなかった。 おしゃべりな銛は黙り込み、黒い男はそれをあっさり引き抜き空へ放り投げた。
「う...あんた誰だ」
ブルーは腹の真ん中に空いた穴を覗き込みながら呻いた。
「俺はヴァグナー。お前さんの知ってる男に聞け」
彼は手に持ったバケツの中から赤い石のはめ込まれた銀細工を取り出した。
「大事に使ってくれよ。俺もあちこち出たかねえんでな」
それはカノンがルーに渡した最初の聖印。 黒い司祭服の男はにんまり笑うと聖印を祭りの輪投げよろしく、 ブルーの空いた腹の穴目がけて放り込んだ。
「ぎゃっ!」
再生するかのようにじわじわと盛り上がって行く肉片はそれを包み込んでしまった。
「口から飲むより早いわな」
「なッ...」
ブルーが黙った。 そこにはもう誰の姿もなく、空のバケツが転がっているばかり。 風が砂を巻き上げ駆け抜ける音。
むこうには古いカフェ。
「...」
ブルーは立ち上がろうとして己が半魚人のような姿である事に気付いた。 彼はブツブツ言いながら尾を叩いたりひっぱったりしながら地上に来た頃の二本足に変わった。
「あの野郎、ブッ殺す」
ブルーは己に銛を投げつけた男を探してカフェへ駆け込んで行った。
Currently Listening to:Leaving Hope Nine Inch Nails
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