小ネタ日記ex

※小ネタとか日記とか何やら適当に書いたり書かなかったりしているメモ帳みたいなもの。
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新世界(笛/渋沢克朗)(23回目の日)。
2007年07月29日(日)

 永遠の意味を知った気がした。









 夏の雷雨は、雨と埃の匂いが混ざる。
 アスファルトを叩きつけるような雨は、傘に当たって力強い音となる。まだ暗くなるには早い時間帯だったが、半年振りに見た住宅街は薄暗い空に包まれていた。
 七月二十九日。渋沢克朗にとって、久しぶりの帰省だった。
「すごい雨だ」
 口に出さずにはいられない呟きも、激しい雨音にかき消された。時折空に走る稲妻は、青から紫へのグラデーションを作り、一拍遅れて雷音が轟く。
 就職してからというもの、学生時代以上に足が遠のいた街。そこに戻る日に限ってこの雷雨とは、運がないとしか言いようがない。
 こんな雨なら、戻ってこなければよかった。
 二十数回目の誕生日を迎えた渋沢は、傘の影でひっそりとそう思った。
 昨年までならば一泊以上するのが常だった誕生日の帰省も、今年からは実家に顔を出してすぐ球団の寮に戻る心構えだ。それを表すように渋沢に大きな荷物はなく、車ではなく電車を使った。
 それでも今日この日に育ちの家を訪れようとしたのは、渋沢の感傷だった。
 自宅まであと数十メートルの距離。濡れた道路の脇には、下水に納めきれない水が小さな川を作っている。服の裾を濡らしながら歩く渋沢の前に、見覚えのある細い背中が現れた。横道から曲がってきた彼女は、背後の存在には気づかないのか足早に歩いている。
 その細い髪が揺れる様、ビニール傘を持つ手、黒いストラップサンダルから見える踝の白さ、少女期を過ぎ大人の女性へと移り変わった背中が持つ空気。
 胸に馴染んだ想いが、彼女の名として発露したのは無意識だった。

「結」

 短く、その名を。
 長く隣にいてくれた、かつての少女の名。
 激しい雨の中、彼女はすぐに振り返った。透き通ったビニール傘越しに渋沢の姿を見つけ、瞠目する。
「克朗」
 …ひさしぶりの声だ。渋沢の表情がやわらかく崩れる。
 完全に立ち止まった幼馴染に追いつき、傘の分の距離を保ちながら渋沢は見上げてくる結を正面から見据えた。
「久しぶり」
 元気だったか、とお決まりの言葉を続けると、雨の中立ち止まった彼女は戸惑いがちにうなずく。
「…戻って来たんだ」
「ちょうど休みだったからな」
 雨の中でも、互いの声はかき消されずに届いた。渋沢は笑いかけたつもりだったが、結のほうは視線が耐え切れないのかすぐにうつむいてしまう。
 無理もないと、渋沢は戸惑いを隠せない幼馴染に内心で理解を示す。別れた彼氏と会って、気軽に笑えるほど彼女は強くないことは、長年の兄代わりとしてよく知っている。
「少し、付き合ってくれないか? 久しぶりだからこの辺り歩きたい」
「え?」
 雨なのに? その疑問を持ったせいか、結がはじめて渋沢を真っ直ぐに見上げる。その顔に渋沢ははっきりと楽しげな笑みを見せた。
「雨のほうがむしろ涼しくていい。たまには面白いだろう?」
「…変なこと好きよね、克朗って」
「そう言うな。結さえよければ、付き合ってくれ」
 傘同士が並ぶ距離感で渋沢は彼女を目線で誘う。昔なら手を差し出したところだが、今はそうしない。そんな権利はもう失効している。
「別に、いいけど…」
「じゃあ行くか」
「どこ行くの?」
「そのへんだ」
 大して答えにならない返答をし、渋沢は結の道路側を歩き出した。道の端を歩く彼女が、流れる雨水の小川に入らない程度の距離を取る。
「大学はどうだ?」
「どうって…。普通にやってるけど…」
「ちゃんと卒業できるぐらいは単位取ってるんだろ?」
「それは、一応」
「じゃあ頑張ってるんだな。まあ、結は放っておいてもちゃんとしてるから、留年とかは心配してないけど」
 はは、と渋沢が笑うと、結が小さなためいきをついた。
「またそうやって、ひとりで自己完結した話するんだから」
 いつもそう。その言葉に、渋沢は口を閉ざす。辟易したような幼馴染の言葉に、傷がうずいた。
 雨が降る街を二人で歩く。半年以上戻っていなかったとはいえ、住宅街に極端な変化はなく、夏の雨の気配だけが渋沢の記憶とは異なっていた。
「今、付き合ってる奴とかは」
 不意にこぼれた声に、結は動揺しなかった。
「いない」
 素早い応えがどんな表情をしていたのか、渋沢は確認しなかった。互いに前しか見ず、隣を見ない。それこそがまだお互いを意識している証拠でもあった。
「…そうか」
 この先どんな人が現れても、俺に気兼ねはいらないから。
 別れのときに言ったことを思い出す。精一杯の虚勢を張ってみた。優しい言葉だけは得意だった自分の最たる例だ。格好つけたかったわけではなく、彼女を解放したいという自分に酔っていた。
「…克朗は?」
 そっと、ひそやかな声が尋ねてくる。気丈になりきれない声。
 ここでいると答えたら、どんな反応をするのか気になったが、唯一の幼馴染に対して誠意に欠けることはできなかった。
「いないな」
 返事はなかった。
 渋沢が隣を窺うと、結はどんな顔をすればいいのか迷った様子で足元を見ながら歩いているのが、透明な傘ごしに見て取れた。
 相変わらず可愛いと、空気を読まずにそう思った。別れたときにも感じたように、彼女はこの先何があっても渋沢にとっては可愛い妹代わりだ。…幸せにならなければ許せないと思うほど。
「…なぁ、結」
 左手で傘を支えながら、渋沢は口を開いた。
 雨の気配は、心を平時のようにさせてくれない。天からの雫は心の水面に波紋を作り、普段なら抑えるはずの心がいっそ素直なほど発露する。
 いつかも、こんな雨の日があったような気がする。
「俺はまだ、結が好きだよ」
 先制攻撃に、幼馴染が押し黙る気配が濃くなった。
 まあそうだろうなと渋沢は傘の内側で苦笑する。突発的な事態に弱い彼女では、咄嗟の切り返しなど出来るはずもない。それをわかった上での戦略だ。
「でももう、昔みたいに追いかけたりはしないから。結は俺に気兼ねしないで、自分に素直でいればいい。答えられないなら黙ってればいいし、嫌なら逃げればいい。俺は追わない」
 考えた末の言葉ではなかった。そのとき思ったことを渋沢はただ雨の音に乗せて紡いだ。
 追えば怖がる。求めれば戸惑う。抱きしめれば泣かせる。その上で出来ることといえば、気持ちの風化を待つか、彼女が追いついてくるのを待つか、どちらかだ。そして渋沢はどちらでもよかった。
「俺は独り善がりなんだよな。結もそう思ってただろ?」
「…うん」
 ここは認めてもいいと判断したのか、困り顔のまま結が肯定した。そのことに渋沢は傷ついたりはしなかった。事実として受け止める。
「…克朗は、自分が変われば世界も変わるって思ってるように見えた」
 傘の柄を両手で握り締めた渋沢の幼馴染は、心の奥から吐き出すように声を出した。
「でも、実際は違うって思ってた。いくら克朗が変わったって、世界は克朗だけで動いてるわけじゃない。ひとりで完結してるわけじゃない」
「そうだな」
 長い間、それに気づかなかった。そのことに渋沢は自嘲する。職業として選んだサッカーの世界も、仲間同士の世界も、結との世界も、自分がより良いものに進化していけばより良い関係を作れると思い込んでいた。
 当たりの柔らかさと穏やかさでごまかしていた独善。求めれば必ず掴めると信じていた傲慢。気づくまでに随分かかった。そしてその間に、彼女を失って。
 気づけば立ち止まっていた。稲光の中で、雨が一層強くなる。車も通らぬアスファルトを、無数の雨粒が叩く。
 とても二十歳を過ぎた大人が散歩に出る天候ではない。そのことに滑稽さを覚えながら、渋沢はうつむかずに見つめてくる幼馴染の視線を受け止める。
「…嫌われたくなかったの」
 一瞬、泣きそうに歪んだ結の顔は少女の頃と全く変わらなかった。
 過去形の言葉が、別れる寸前の時期であることは言われなくともわかった。
「ついていけないって思ったことで、嫌われたくなかった」
 だから別れたいと言い出した。そのときの彼女の苦しさを思うと、渋沢は罪悪感が募る。そう思わせたのは渋沢だというのに、彼女はそれでも渋沢に厭われたくないと感じていた。
 雨で、傘があってよかった。触れることはもう出来ないのに、迂闊に手を伸ばしてしまいそうだった。
 ただ、既に過去幾度も言ってきたことを今回も繰り返す。
「嫌ったりしない。俺は、この先何があっても結を嫌いになったりはしない」
 それは子どもの頃からの約束だった。小学校の友達とうまくやっていけなかった時や、母親との仲に悩んでいた時、人間関係に悩む幼馴染に渋沢が繰り返し説いてきた言葉。
 渋沢克朗にとって、彼女は永遠の特別だった。
―――嫌ったりしないから」
 前提条件の後、その先を言うのにはわずかなプライドを犠牲にした。
「もう一回、俺を好きになって欲しい」
 雨に寄せて希う。待つから、と十五歳の頃同じ相手に言ったことを八年後にさらに繰り返す。いつか好きになって下さいと、大の男が懇願するほどの特別。
 世界は変わる。変えようと思う前に、変えたいと願うよりも先に。
 二十三度めの誕生日だった。







 お誕生日おめでとうございます。









***********************
 これで祝ったつもりか。
 …とりあえずセルフツッコミを(お前が一番独り善がりだ)。

 というワケで、当サイト渋沢年表によると22歳〜23歳頃は結さんとの関係は空白期間なのです(当たり前ですがローカル年表です)。
 まあその空白期間の小ネタはちょこちょこと書いていたりもしたのですが(携帯日記とか、三上編のほうでちょろっと出ていたり)実質の二人はどうなのよ、っていうとこうなのよ、みたいなノリで書いてみました。
 …なんか本当に背景を説明するのがドヘタですみません。

 内容は置いといて、渋沢克朗さん、えーと24歳のお誕生日おめでとうございます。
 そうかー渋沢さんはいのししだったのかー。
 克朗さんは色々思い入れのあるキャラなので、お祝いできることは素直にうれしいです。名実共にうちのサイトの看板キャラだと思ってます。樋口先生ありがとう。
 笛もすっかり日が沈んだようなジャンルになっていますが、まだまだしつこく続けていこうと思います。
 ところでこれ小ネタですが、書くのに二時間ぐらいかかってます。…書くの遅くなったなぁ(書き慣れとか習慣化って本当に大事ですよ!)。

 関係ないですが私は自他共に認める雨女で、学校行事はもちろん特別に出かける日は高確率で雨なのですが、今日行った友人の結婚式ではとうとう雷雨を呼び寄せ、新郎新婦に本当申し訳ないことをした気がする…。
 前行った従兄の結婚式ではまだ小雨ぐらいだったというのに…。今日は雷ドンガラ鳴ってたぜ…。
 晴れの日に雨なんて御免だ! という友人は私を参列者に呼ばないほうがいいよ!(嘘です寂しいので呼んで下さい雨の確率高いけど)
 自分の結婚の際には絶対に屋外のガーデンパーティーとかにはしないことを誓います。






短期戦略の検討会議(笛/三上と渋沢ヒロイン)。
2007年07月13日(金)

 かすかにほころび、淡く色づく。









 約束して待ち合わせて落ち合ってお出かけ。
 たかがそれだけのことに、今の彼女は頭を悩ませていた。

「どうしましょう三上さん!」

 半袖のシャツからのぞく、白い少女の腕。三上の机を両手で叩きつけるように駆け寄ってきた年下の少女は、焦った顔つきだというのに口元は喜びが滲んでいる。
 昼休みも半分過ぎた教室で、着席しているのはクラスの半分ほどの人間だ。そこに他学年の少女がいるというのは若干人目を引く。昼寝を決めこもうとしていた三上亮は、その少女を半眼で見やり、うんざりした顔を隠さなかった。

「知るかよ。自分で考えろ」
「話ぐらい聞いて下さい」
「イヤだ。うっぜえ渋沢の話なんか聞きたくねぇ」

 早く自分の教室帰れ。
 薄情に手を振って追い返そうとすると、彼女は困ったように眉根を寄せた。

「…だって、克朗が急に日曜出かけようって言うんですよ?」
「だからどーした」

 友人の幼馴染兼彼女といえど、三上にとっては同じ部活の後輩というわけでもない。だからこそ先輩付けをしない『三上さん』の呼称を許しているわけだが、何かと頼られる謂れはない。
 敢えて言うなら、今はただ眠かった。梅雨どきの湿気た空気と、昼食後の気だるさ。重なれば睡魔の甘美さが愛おしくてしょうがない。
 昼寝を邪魔する奴は死んでしまえ。己の黒い前髪を視界の端に捉えながら、三上は机に頬杖を突いた。

「あのな川上、俺すーげぇ眠いワケ。お前と渋沢のいざこざなんかどうでもいいワケ。自分のことは自分で何とかしろ。以上」
「…すみません」

 一級下の少女は、ようやく押しかけた自分の行為を省みたのか、謝りながらうつむいた。細い髪が、耳の横を滑り、その頬を隠す。
 謝るなら、そのまますぐに立ち去ればいい。それでも彼女はそうしない。ここですぐ去るぐらいならば、上級生の教室に下級生が入って来るはずがない。
 恋愛相談は三上の本質に向いていない。かといって、この少女をこれ以上突き放せるほど情がないわけでもない。
 致し方なく、三上は頬杖をついたまま、やや顎を彼女のほうへ突き出した。

「んで、渋沢が急に何だよ」

 聴いてやるから言ってみろ。三上のその考えは彼女にも通じたのか、年下の少女はほっとしたように顔を緩ませた。

「あの、克朗が出かけようって言うんです。日曜」
「行けよ。何の問題があるんだよ。用事があるなら別の日にすりゃいいし、行きたくないならあのアホに直接言え。俺は仲介なんてしねーぞ」
「何着ていけばいいんでしょう」
「は?」

 何の冗談だ。三上はそう思ったが、彼女は本気のようだった。生真面目さが宿る顔つきは真剣そのもので、年上を頼る後輩の目をしていた。

「だってこんな季節の変わり目に急に言われたって! 部活が忙しくて休日に服とか全然買ってないし、夏服は去年のばっかりだし、普段制服着てれば済むから私服のバリエーションって少ないじゃないですか!」

 十代乙女の主張。
 ここでおさらいすると、三上の目の前の少女と、三上の友人の渋沢克朗は実家が隣同士の幼馴染である。幼稚園の頃から兄妹のように育った。ところが兄貴分のほうがいつの頃から少女を恋愛対象として捉えるようになり、少女も結果的にその想いに応え、学園の公認カップルが誕生した。…それが彼と彼女の現在だ。
 ただの付き合いたてカップルではない。十数年も前から知っている仲だ。今さら着る服も何もどうでもいいのではないか。
 花も恥らう乙女の気持ちは、三上にはさっぱり理解できなかった。

「…三上さんそんなのどうでもいいって思ってますね」

 三上の沈黙とあからさまに馬鹿にした視線に気づいたのか、夏服の彼女は鼻白んだ声を出した。
 思って悪いか。大抵の男ならどーでもいいって思うぜマジでよ。…とは三上は言わなかった。彼女とここで揉めるのも面倒だ。
 世の中はこうやって些細なことで恋心悩ます少女を可愛いと呼ぶことがあるらしいが、生憎三上は全く思わない派だ。

「何でもいいだろ。つーかなんで俺に相談すんだよ」
「三上さんなら克朗の好みなんとなくわかるじゃないですか」
「わかるか。だいたいお前の私服なんかどうせ渋沢見飽きてるはずだし」
「あれで以外と細かいんですよ。新しい服とか微妙な服ならすぐ指摘されます」

 特定の分野で千里眼のように目端が利きすぎる男、渋沢克朗。
 そんな相手に逐一ファッションチェックされるなんて三上なら絶対に嫌だ。そもそも渋沢は、そうやって長年幼馴染の服の趣味まで網羅してきたのだろうか。

「…あいつってさぁ、どっかでストーカー気質あるよな」
「三上さんもそう思います!? 変なところで自分が全部知っておかないと気がすまないところありますよね!」
「その対象お前な」
「嫌です!」

 渋沢克朗の最愛の『妹』は頭を抱えるように叫んだ。すでに眠気も覚めつつある三上は、その有様を見ながら口端を吊り上げて笑う。

「とんでもないのに好かれてめんどくせーなお前も」

 それでも彼女は、どうにかあの兄代わりだった存在に好かれたくて、外見も中身も磨きたいのだろう。文句は言っても、少女は渋沢の束縛を厭わない。
 服も靴も鞄も、外側を飾るものを重視するのは相手がいるからだ。
 約束して待ち合わせて落ち合って一緒に出かけるのも、一人ではできないことだ。
 せいぜい悩んで、心を決めた服で彼の前へ行けばいい。似合っているのなら手放しで褒めるだろうし、逆ならばそれとなく似合う服を伝えるだろう。渋沢ならそのぐらいできる。
 ただ、困惑するほど焦って三上のところへ泣きついてきた彼女のことは黙っていようと、三上は残り十分となった昼休みの最中に思った。









***********************
 しばらく書いてないと文章って書き方わ(中略)。
 あと結さん久しぶりで、どんな子か結構忘れてた…。書きながら思い出してました。そうだ髪の毛の表現は「肩ぐらいまでの細い髪」だ! とか。

 まあデートのときの服装ってかなり悩むよね、というのがテーマでした。
 制服時代は楽だったし、学生時代は平日私服なのでそのまま着ていけば済む。しかし社会人となったいま。会社用の服そのままじゃ仕事寄りだし、かといって土日の友達と飲むときとかの格好じゃアレだし、そもそもアレだしコレだしと悩み始めると尽きない。
 服とか靴とか鞄とかアクセとか、天候とか相手の服の趣味との合わせとか場所とか交通手段とか、考え始めた本当に切りがないと思います。
 …とりあえず蛯原さん路線でいっとくか! ぐらいの投げやり感って大切ですよね。
 でも仕舞いには「考える時間のために後一日遅らせてください」とか思うようになるワケですよ(バカじゃないの)。
 そして友人から「お前は中学生向けの少女漫画か」と呆れられるわけです。結構胸に突き刺さった2●歳の夏。台風寸前。

 そういえば先日神咲さんを待ってる間に立ち読みしていた「クジラの彼」(有川浩)を購入・読了しました。
 心理描写の緻密さと、時折ある良い感じでざっくりした表現力が大変好みだったので、他の作品も読んでみようと思います。「図書館戦争」とか有名どころっぽいので、本屋さんで遭遇できるとよいなぁ、と。
 まあこのクジラ本は完全恋愛小説なので、他のとはちょっと毛色が違うかもしれませんが…。女性視点の恋愛の『夢』を詰め込んだ感じの一冊でした。

<個人次回用メモ>
●本当に好きかどうかは、まだわからない。
●友達ひとり無くした場合。
●ゼロとイチ。
●賽を投げたのどちらさま。







マエストロの憂鬱(笛/渋沢と三上)。
2007年07月08日(日)

 さあ楽しい料理の時間の始まりだ。









 寸胴鍋は本日の主役だった。
 かの鍋はこれまで無数のサッカー少年の胃を満たしてきた。その、直径五十センチはある銅の鍋は、いま三上亮の前に神々しく輝いているかのように鎮座していた。

「…というわけで、本日は食堂の管理者が不在のため、これを満たす料理を作ることになった」

 オレンジのエプロンをした渋沢克朗(現キャプテン)は、鍋を前に固まっている三上に対し、あっさり風味にそう言った。塩こしょうのみの味つけに似た口調だった。
 銅鍋は熱伝導に優れた調理器具だ。外側は真新しい十円玉と同じ色で光っているが、内側をのぞきこめば錆防止のために錫のメッキで鈍い銀色に見える。平素ならば物珍しさに観察するだろうが、今の三上にはそんな気持ちは起こらなかった。

「…冗談だろ」
「冗談ではない。俺ひとりではさすがに大変だから、栄えあるアシスタントにはお前を選んだ。光栄と思うがいい」

 ドラえもんのポケットと同じ位置にあるポケットに「1」のマークが縫い付けてあるエプロンの持ち主は、やけに居丈高だった。しかし声音はそう冷淡でもないので、その態度は渋沢なりの冗談なのだろう。
 後輩から借りた白黒ストライプのエプロンをつけた三上は、渋沢のやけに堂々とした態度に反駁する気が起きず、ただ息を吐く。

「何だ、文句はないのか?」
「どうせヤダつってもお前やらせんだろ? だったらさっさと終わらせたほうが楽だ。指示しろよ、何すればいい?」
「………………」

 三上が素直で気持ち悪い。
 渋沢がぼそっとそう呟いたが、三上は聞き流した。
 開け放した松葉寮厨房の窓の外から、五月の風が吹き込んでくる。さわやかな緑と太陽の匂いは、風薫る五月そのものだった。
 こんな陽気の日に昼寝をすることが何よりも好きな三上にとって、慣れない厨房で料理人に徹することを喜ぶはずがない。そのために説得の材料を用意してきた渋沢だったが、思った以上に素直な三上の態度に若干肩透かしを食らった。

「で、何するか言えよ。今は司令塔はお前に譲ってやる」

 ストライプのエプロンで三上が腕を組み、渋沢に指示を仰ぐ。いつもと同じはずのその姿勢にも、渋沢は覇気の無さを感じたが口にはしなかった。

「とりあえず、人参タマネギじゃがいも大根、それにキャベツとベーコンを適当に切ってコンソメで煮る。凝った料理なんかやってたら切りがないし、ある程度のものだったらコンソメで煮れば味なんて全部同じだ」
「要するに、俺は切ってればいいんだな?」
「ああ。大きさだけは大体でいいから揃えてくれ」
「りょーかい」

 長方形の厨房の中で、窓際にずらりとガスコンロが並ぶ。その中の真ん中の一つに渋沢は主役の寸胴鍋を置き、ボウルで汲んだ水を入れる。材料が揃ってから火を通していくと時間がないため、切った端から鍋に投入するというのが、今日の作戦だ。
 三上は、厨房の中央にある銀色の作業台に山と詰まれた野菜を見やりながら、包丁を取り出した。

「おい渋沢、研ぎ石どこだ?」
「見当たらないからそのまま使ってくれ」
「マジかよ。切れない包丁ヤだっつの」

 ぶつぶつ言いながら包丁を置き、皮むきと人参に手を伸ばした三上を見つけ、渋沢はひとりで「よし」とうなずく。
 料理の鉄則。火が通りにくいものから鍋に入れること。

「俺もやろう」
「ったり前だ。まさか自分だけ火の番してようなんて甘いんだよ」
「機嫌悪いな」
「うっせ」

 覇気がないのか、ただピリピリしているだけなのか。まだ見定めることができず、渋沢はそれ以上追及したりせず苦笑した後、三上の隣で大根に手を伸ばす。
 適当な大きさに輪切りにした後、文化包丁で皮を剥く渋沢に、三上がこっそりとためいきをついた。

「あ、やってますねーキャプテンと三上センパイ!」

 そこに、能天気な声で後輩の藤代がやって来た。陽気が暖かいせいか、半袖のTシャツ姿で厨房の中にやってくる藤代に、渋沢が笑いかける。

「ついでに手伝っていかないか?」
「俺食べるの専門ッスから! そういうのは先輩たちに任せます!」
「んじゃわざわざ見にくんじゃねぇよ」

 濃いオレンジ色の人参を凝視しながら、三上が不機嫌絶頂の低い声で呟いた。あからさまに藤代に言っているというのに、視線だけは人参を見つめているのが痛々しい。
 これは相当だ、と判断した渋沢はさっさと藤代を追い出す方針に決めた。

「藤代、出来たら連絡するから、おとなしく待ってろ。あと昼食組の皆にもそう周知しといてくれ」
「はーい」

 三上の機嫌など全く意に介していないのか、あるいは気づいていないのか、どちらか判断つきかねる明るさで藤代が手を上げた。

「じゃ、うまいの頼みますねー!」

 来たときと同じ能天気さで後輩が去っていった後、しばらく無言の時間が続いた。
 規則正しいリズムで大根を切る音と、慎重に人参を切る音だけが空間を支配する。寸胴鍋に入れた水はまだ湯に変わる気配がない。

「三上、人参切ったら鍋に入れてくれ。その後タマネギを頼む。適当な細切りで」
「ん」

 短くうなずいた三上が、人参を鍋に落としていく音が響く。あまり高い位置から落とすと、お湯ともいえない水が跳ね上がってしまうが、そこまで注意するのも憚られ渋沢は口をつぐんだ。
 戻ってきた三上が、タマネギを手に取ると両端をまず包丁で落としていく。
 とん、とん。落ちたタマネギの頭と尻が、銀色のシンクの上に落ちる。金属と野菜のやわらかなハーモニー。渋沢が好きな音だった。

「黙々と野菜を切るって、結構楽しいだろう」
「そーか? 俺はやっぱ食うほうがいい」
「そりゃ食べるのもいいんだが、無心になって延々と野菜を刻むのってストレス解消にいいんだ。三上の場合は、八つ当たりで刻むのもいいんじゃないか?」
「…どうせ俺は粘着質で根暗だよ」

 ふん、と鼻でせせら笑った三上に、渋沢は苦笑する。
 誰もそんなことは言っていないが、本人が気にする性質の一部なのだろう。傲慢と言われがちな三上だが、己を省みて落ち込む部分も持っている。
 大根を鍋に投入した後、男爵芋に手を伸ばした渋沢は指を動かしながらこの黒髪の友人への言葉を探す。

「まあ、あんまり落ち込むな」
「落ち込んでねーよ。ふざけんなボケ」

 即座に罵声交じりの反論が戻り、あんまりな言い様だと渋沢は鼻白んだ。
 三上が最近落ち込んでいる、というのは渋沢の最新情報だった。原因が何であったかまでは調べられなかったが、ともかく威勢がない、覇気がない、と主に同学年の者から寄せられている。
 別段プライベートなことまで渋沢は介入しようとは思わないが、元より目下に厳しい三上が後輩に八つ当たりしたら面倒だ。練習に影響が出るようになる前にどうにかしなければならない。
 しかし、この三上の様子ではこれ以上慰めらしき言葉を口にしたら、包丁が飛んできそうだ。侮られることが何より嫌いな三上は、他人の同情も侮辱と捉えるところがある。
 言葉がない厨房には、包丁とまな板が触れ合う音だけが淡々と宙を舞う。
 指揮者のいない、てんでバラバラな音だったが、不思議な調和を保って厨房の虚空に広がる。包丁とまな板と野菜。そして渋沢克朗と三上亮。

「みか…」

 み、と続けられるはずだったふとした渋沢の言葉は、三上の顔を見て止まった。
 右手に包丁の柄を握ったまま、三上が左手の手首あたりで片目を押さえている。開いている右目も赤く滲んでいた。

「三上?」
「タマネギ」
「え?」
「だから切れない包丁イヤだっつったろ。…目痛ェ」

 三上は滲んだ涙と同時に鼻も刺激されたのか、ずずっと軽く洟をすする。原因は丸いネギであっても、とても珍しい三上の泣き顔に渋沢は呆然と見入った。
 三上の軽く噛んだ唇の端に、あきらかな悔しさが見えた。それはネギに屈する己なのか、近頃の情緒不安定さに起因するものなのか。

「あーっくっそウゼェ! マジうぜぇ! さっさと終わらせるぞ渋沢!」

 しかし三上の涙は一瞬で乾き、黒髪の少年はまな板に向かって怒鳴りつけた。
 ぐいと手の甲で目を拭い、顎を引いて敵をにらみつける。真剣勝負の横顔だった。黒い髪と黒い双眸が、最も強く光を放つ一瞬。
 思いがけない泣き顔にうろたえかけた渋沢は、声を立てずに小さく笑う。

「なんだ、もう少し泣けばよかったのに」
「あ?」

 顔を歪め、途方もなく嫌そうな三上の視線を受け止め、渋沢はやや斜に構えた笑顔を見せる。

「お前はたまには泣いたほうがいい」

 本気で地団太を踏んで、本気で嘆いて、愚かしいほど無様さを晒せばいい。
 誰もそんな三上を厭うことはしない。どんな人間でも自分の中にあるみっともない部分を知っており、それを見せることの勇気を知っている。不機嫌さを撒き散らし、本気で三上を案じる人に同情されるより余程ましな方法だと渋沢は思っている。
 しかし言っておきながら、三上がそうしないことも渋沢は知っている。無様な姿を見せた後、独りで落ち込む三上を知っている。

「死んでも御免だ」

 研ぎ澄まされた声で言われれば、渋沢も認めるしかない。
 
「そうか」

 この勝気さがある限り、三上はまだ大丈夫だ。
 チームメイトの精神状態にも気を配るキャプテンとしての心情で、渋沢は確信した。
 瞳を刺す痛みにも負けず、闘志に燃えて三上が次のタマネギに手を伸ばす。内心では間違いなく野菜に屈してたまるかと思っているはずだ。
 寸胴鍋が一杯になるまで、あと十数分。









******************
 オチは?
 ………もうイヤだ(オチのない小ネタを量産する自信はあるサイト5年目)。

 そんな厨房のマエストロ(ノット千秋真一)。
 ぶっちゃけ、あや乃さんのところの日記でインスピを得ました☆ 無断使用ですみません。
 お誕生日おめでとうございます。バトンはちょっと待ってください!(私信)
 そんな感じで、本日の小ネタの元々のソースはあや乃さんです。タマネギ刻んで泣く三上とかそんなステキネタ私じゃ出てきません。…その割りにはきちんとまとめられなかった点を猛省したい。
 ほんと無断使用ですみません。

 なんか最近夜中にわーっと叫びたい衝動に駆られます。
 夜中におもむろにカラオケとかボーリングとか、ぱーっと何も考えずに騒げるものがしたい。こういうとき車とかの機動力があれば、人も誘いやすいのになー、と思う。




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