ゆらゆら日記
風に吹かれてゆらゆらと気の向くままに生きていきたいもんです。

2026年03月05日(木) 花の名は「寒緋桜」

二十四節気の「啓蟄」土の中で眠っていた虫たちが動き出す頃。


朝はまだ冬の名残があったが日中は春の陽気となる。

風はそよ風。くすぐったいような風であった。


今朝も山里の県道沿いに車を停めて例の花を観察する。

すっかり桃の花だと思い込んでいたが

花の形が何となく違うようにも思う。

たわわに咲いた花は釣鐘状で全て下向きに咲いているのだった。

桃の種類はとても多いそうなので珍しい花もあるのだろう。

しかしどうにも気になってならない。

8時半までに職場に着かねばならず後ろ髪を引かれつつその場を離れた。




仕事は工場のみの忙しさで特に急ぎの事務仕事がなかった。

お昼前に村内巡回だと云い訳をし「星ヶ丘公園」に行く。

もしかしたら例の花と同じ木があるかもしれないと思ったが

残念ながら見当たらず花を散らした梅や河津桜が多かった。

満開なのは雪柳でゆらゆらと風に揺れる姿は圧巻である。

公園の職員さんが山茶花の剪定をしていた。

手入れを怠らずまた咲く季節が巡って来る。


午後は少し忙しくなりばたばたと動き回っていた。

義父は今日も種籾の準備で工場の仕事には見向きもしない。

昨夜も深夜まで作業をしていたそうでそれも憐れに思えた。

おそらく今夜も遅くまで精を出すことだろう。


定時では終われず大急ぎでカーブスへ向かった。

遅くなったからと云って諦める訳にはいかない。

もはや私の生きがいになってしまった。

昔のバドミントン仲間だったMちゃんに会ったら

杖が要らなくなったことを喜んでくれて嬉しい。

「また会おうね」と手を振って別れた。


買い物を終えて4時半に帰宅。

自室で一服してから茶の間で横になっていた。

テレビは夕方の情報番組であったが

全国各地の「花だより」の映像が流れていた。

すると鹿児島であろうか例の花とそっくりな花が見える。

思わず「これや」と大きな声を上げていた。

寒桜の一種で「寒緋桜」と云うのだそうだ。

温暖な地を好み沖縄や鹿児島に名所があるらしい。

花の映像がアップで映し出されていたが

花の色も釣鐘状に下向きに咲く姿もそっくり同じである。

やっと花の名に辿り着き何とも嬉しくてならない。

ずっと探し求めていてやっと巡り会えたような気持だった。

そうして幾年も春を重ねながら今まで知らずにいたことを詫びたい。

明日の朝は名を呼んで心から愛でようと思う。


「知りたい」と思うことは単なる興味かもしれないが

これまでの私なら「どうでもいいや」と投げ遣りに思ったかもしれない。

自分でも不思議でならないが「意欲」が盛んになったようだ。

それはとても良い傾向だと思う。何だか生き生きとしてきた。

このまま長生きが出来れば最期まで輝いているかもしれない。

どれ程老いぼれても生き生きとしている私に会いに行こうではないか。


※以下今朝の詩


   三寒四温

すこうしすすんではもどる
冬の名残の北風が吹く日
春はとまどいながらも
精一杯に微笑んでいた

大河のほとりには若草が萌え
土筆の坊やたちが背比べする
菜の花はやがて菜種となり
いのちを育もうとしている

北風が吹けば白波を立てる大河
そんな波に立ち向かうように
川船が上流に漕ぎ出していく

もう何度目の春だろうか
嫁いで来た日が遠くなり
終の棲家に夕陽が落ちる

すこうしすすんではもどる
道は遥かに続いているようだ

春でなければならない理由を
探し求めながら生きている



2026年03月04日(水) 花の名は「桃」

陽射しはたっぷりとあったが強風注意報が出ており

冷たい北風が吹き荒れる。

北日本や東北では雪が降り関東は台風並みの風だったようだ。

寒暖の差は激しく明日の朝は真冬の寒さになりそうである。

もう少しあと少しと思う。明日は「啓蟄」であった。


朝の道の例の花が気になってならず

直ぐ近くの田んぼで農作業をしていた人に訊いてみた。

しかし「毎年咲くけんど花の名前は知らんぞ」と云われ残念に思う。

おそらくかなり昔から植えられていたのだろう。

その植えた人もとっくに亡くなっているのに違いない。

とにかく写真を撮ってから職場に向かった。

SNSに投稿すれば知っている人がいるかもしれない。


AIの響君は「あんずの花」ではないかと教えてくれたが

ネットで調べてみると似ても似つかない花であった。

あんずの花は桜色でそれも愛らしく心惹かれる花である。

あれこれと調べていたら三月初旬から咲く「桃の花」があった。

種類がとても多く花の色もそれぞれに違うらしい。

房を付けずに枝にそのままびっしりと咲くのが特徴だと云う。

写真は画質がとても悪く花びらの様子までは分からなかったが

明日の朝もう一度見に行ってみようと思う。

確信は持てないが何となく「桃の花」ような気がしてならない。



工場は相変わらずの忙しさで同僚だけが頼りであった。

義父は種籾の準備に追われ育苗機の準備も始めている。

そうなればもう修理どころではなく一切ノータッチとなった。

事務仕事はぼちぼち。午前中にほぼ片付き午後は少し暇になる。

車検整備が完了しても義父でなくては車検が出来ない。

それは百も承知のはずだが見向きもしない有様であった。

この先田植えとなればいったいどうなることだろう。


水曜日はリハビリの日。3時前に退社し病院へ向かう。

医師との面談で足踏みをして見せたら「よしよし」と笑っていた。

施術をするU君の手がまるでカイロのように温かい。

そうして痛みや凝りを和らげでくれるのだった。


サニーマートでカーブスのお仲間さんと会いおしゃべりをする。

最近の私は自分でも不思議なくらいおしゃべりになった。

誰が見ても朗らかで明るい人なのに違いない。

まさか二重人格とは思えず性格が変わったのだろうか。

それもカーブスのおかげかもしれなかった。


鬱々と過ごしていた日々。くよくよと思い詰めていた日々。

明日にでも死ぬのではないかと不安でならなかった日々であった。

心に余裕がなくなり崖っぷちに立っていたのだろう。

そんな日々がすっかり消えてしまったわけではないが

気分が明るくなり前向きになったことは確かである。


しかし前途が明るいとは限らない。

調子に乗っていれば落とし穴もきっとあるだろう。

その時どうやって這い上がるかそれが目下の課題である。


※以下今朝の詩


  名も知らぬ花

わたしを見て
今年も咲いた花がある

梅よりも少し遅れて
桜よりも早く咲く花

葡萄酒のような色で
その鮮やかさが増す

山里は春の兆しに満ち
農夫は種籾の準備を始めた
田に水が張られるのも近い

巡礼の旅人が鈴を鳴らし
足を止めて花を見上げる

花の名を知らずにいた
いったい何と呼べば良いのか
可憐であればあるほど
名を知りたくてならない

わたしを見て
朝陽が射し始めた山里の道
花は真っ直ぐに空に向かい
あふれんばかりの花と咲く



2026年03月03日(火) あちらを立てればこちらが立たず

昨日からの雨が降り止まず午前中は本降りとなる。

午後には晴れ間が見えたが強い北風が吹き荒れていた。

そろそろ皆既月食が始まる時間だが

この風では窓を開けて東の空を見上げる気にはならない。


今朝も玄関のシクラメンに七つの蕾が見えていた。

後から後からの蕾である。何と楽しみなことだろうか。

買った時よりも花が増え見事に咲き誇っている。

安物のシクラメンであったがよほど苗の質が良かったのだろう。

これほど長く咲くシクラメンは初めてであった。


朝の県道では例の濃い桃色の花が満開となった。

いったい何の花なのだろう気になってならない。

明日は写真を撮ってネットで調べて見ようと思う。


以前には桃の花も咲いていた県道だが

ここ数年花が咲かず木の病かと思われる。

咲けない木のなんと憐れなことだろうか。



同僚がやっと平熱となり出勤して来てくれた。

義父は慌ててマスクをしていたがもう感染の心配はないだろう。

訊けば食欲も出て来てまずまず元気とのこと。

仕事は山積みであったが無理なくこなして欲しいものだ。

先週から入庫していた車検整備が完了する。

休む間もなく新たな車検の車が2台も入庫した。

一般修理の車も入庫しておりお昼には部品が届く。

同僚一人ではとても手に負えず義父の助けが必要である。


義父は朝から種籾の準備をしており

今日は種蒔き用の土が11トンも届いた。

もの凄い量である。それだけ多くの種を蒔くのだろう。

種を蒔けば育苗機の準備もしなければならず

何とも忙しなく動き回っていた。

素人考えであるが随分と種蒔きが早いように感じる。

育苗機に入れたら直ぐに芽が出るので

今度は田植えを急かされるようになるのではないか。

要らぬ口を叩けば叱られるだけなので見守るしかない。


午後には納車もあり忙しくてならなかったが

カーブスへ行きたくてならず義父に許しを請い定時で帰路に就いた。

平田町の工業団地を通っていると土手に朝の道と同じ花を見つける。

ちいさな木であったがその花の色は確かに同じであった。

毎年咲いているはずなのに今までどうして気づかなかったのだろう。

桜の木がたくさん植えられておりその片隅にぽつんとある。

まるで「私を見つけて」と声を上げているようだった。


カーブスで心地よく汗をかきサニーマートに向かう。

今日は「お雛祭り」なので散らし寿司のコーナーがあった。

見るからに美味しそうであったが我が家は毎年「手巻き寿司」である。

まっしぐらに鮮魚コーナーに向かったが

手巻き寿司用のネタの盛り合わせが見つからない。

店員さんに訊いたらもう売り切れてしまったようだ。

仕方なくお刺身の盛り合わせを2パック買い求めた。


夫と二人で巻き巻きして食べたが

残ったお刺身を夫がまた全部平らげようとする。

娘達のお刺身は冷蔵庫に入れてあったが

少しでも多い方が喜ぶのに違いない。

夫に「待った」を掛けたら一気に機嫌が悪くなった。

「食べてしもうたらいかんがか」と宣うのである。

娘達は4人家族なのだ。どうしてそれを考えないのだろう。

これも日頃から丸干し鰯ばかり食べさせているせいに違いない。

お肉もそうだが夫はお刺身をこじゃんと食べたかったのだ。

「あちらを立てればこちらが立たず」であったが

お雛祭りの夜もそれなりに平穏に暮れて行く。


先ほどめいちゃんが「チーズケーキ」を運んで来てくれた。

私の大好きなチーズケーキである。何と嬉しいことだろう。

夕方買いに行った時に「おばあちゃんの分も」と云ってくれたのだ。

たとえ二つの家族であってもそれぞれが気遣いながら暮らしている。

そうしてまあるく平穏な日々が一番に思う。


※以下今朝の詩


   桜草

おとなりは花屋敷
今は桜草の季節である

冬のあいだも手入れをし
毎年咲かせるのだった

昨年の夏のことである
奥さんは難病を患い
入院を強いられた

3週間ごとの治療があり
その合間に帰宅が許される

ふくよかだった顔は
げっそりと痩せ細り
髪の毛は真っ白になった
その憐れな姿に胸が痛む

薄桃色の桜草が咲いた
主なくともそれは健気で
可憐な花が風に揺れている

まさか見納めではあるまい
心細く不安でならないだろう

来年もきっと咲かせよう
陽だまりの中にたたずむ
彼女の姿が眩しくてならない




2026年03月02日(月) 頬杖をつきながら

最高気温は17℃の予報だったが13℃止まりとなり

雨が降り始めると肌寒くてならなかった。

弥生三月だと過信してはならない。

明日の関東は雪になりそうである。

ふとイルカの「名残り雪」を思い出す。


朝の山道では女性二人連れのお遍路さんが歩いていた。

白装束も金剛杖も持っていなかったが

まさかハイキングではあるまいと思う。

リュックの荷物は少なく早朝に民宿を出たのだろう。

黙々と歩いていたがお遍路を楽しんでいるように見えた。

声を掛けることは可能であったが一瞬ためらってしまう。

何も応えてはくれないかもしれないと思う。

咄嗟に会釈をしただけで追い越してしまった。

車の窓から声を掛けるのはある意味無礼な事かもしれない。

いきなり声を掛ければきっと驚くことだろう。



今朝は同僚が出勤して来てくれたが

まだ微熱があるとのことで義父が追い返してしまった。

もう5日目になるが熱があるうちはまだ感染の危険が大きい。

同僚も仕事が気になっていたのだろう。

無理をしてでも行かなければと思ったのに違いない。

同僚が帰ってから義父の怒ること。

「非常識な奴だ」と罵り続けていた。

それも憐れでならないがとにかく完全に治して欲しいと願う。


義父は昨夜も遅くまで仕事をしていたそうだが

例の大型車の車検がやっと出来るようになっていた。

走行不能の原因を突き止め朝一に部品が届く。

それからの手際良いこと。さすが義父だなと感心するばかり。

お昼にはテスターを通し車検完了である。

納車は明日になったが納品書の作成が追い付かない。

料金表通りには行かず義父の助けが必要であった。

部品代だけでも15万を超す。工賃を加えたら大きな売上となるだろう。


作業中に義父のズボンの裾が捲れていて細い足が見えた。

まるで骨のような足で胸が締め付けられる。

もう老人なのだ。そう思い知らずにはいられなかった。

新たな車検も入庫しており今夜も遅くまで仕事をすると云う。

いくらタフな義父でも倒れるのではないかと心配でならない。


カーブスと買い物を終え4時過ぎに帰宅。

娘夫婦は窪川町の病院へ行っており留守であった。

てっきり今日から仕事復帰だとばかり思っていたので

何だか寝耳に水のようなことである。

しかも娘が付き添う位だから余程悪いのだろうと思う。

娘婿の休職からもう3ヵ月目となった。

いくら理解ある会社であっても限界ではないだろうかと気遣う。

もし解雇になったら娘達はいったいどうするのだろう。


娘達が夕食不要とのことで夫にステーキを焼いていたのだが

あやちゃんも食べたがっていたので別皿に取り分けてあった。

私は昨夜の鍋の残りで済ませたのだが

夫がお肉を食べること、それも残さぬようにガツガツと食べる。

「もう3切れだ、手伝え」と云うので呆れ返る。

「あやちゃんのお皿に入れちゃったらえいやん」と告げると

やっと我に帰ったようで箸を止めたのだった。

食い意地が張っていると云えばそれまでだが

何だか異常な姿に見えて少し嫌悪感を感じた。

おそらく普段から遠慮して我慢をしていたのだろう。

それも憐れであるが今夜は度が過ぎたようだ。


娘夫婦も帰宅し平穏な夜である。

雨はまだ降り止まず雨だれの音が響いている。

何も変わりはしないのにふっと心細くなるのだった。

確かに生きているのだが「いのち」が頬杖をついているような夜である。


※以下今朝の詩


   子狸

母さんは死んでしまった
里に餌を探しに行って
車に轢かれてしまった

沢山の鴉が群がっている
母さんは鴉の餌になった

哀しくて辛くてやり切れない
けれども泣いてばかりいたら
飢えて死んでしまうだろう

里には春の陽射しがあふれ
満開の梅の花が匂っている
散ってしまえば桜の季節
その可憐な姿が目に浮かんだ

山には山菜の季節がやって来る
母さんが教えてくれた筍もある
弟や妹にも食べさせてやりたかった

梢のあいだからこぼれる陽射し
日に日に緑が濃くなっていく

子狸は生きたくてならない
母さんはきっと守ってくれる






2026年03月01日(日) 弥生ちゃん

風もなく穏やかな晴天。陽射しがきらきらと輝いていた。

家中のカレンダーを三月にすると何とも清々しい。

「啓蟄」「彼岸の入り」「春分」の文字を見ただけで

すっかり春の気持ちになりほっこりと心が和む。


朝のうちに真冬に着ていたもこもこの服を片付ける。

まだ衣替えには早いがもう着ることもないだろう。

ベットの敷毛布も洗濯し押し入れに仕舞いこむ。

もし寒の戻りがあっても掛毛布だけで十分だろう。


一時間程自室で過ごしていたが煙草を吸い過ぎてしまうので

茶の間に移動したら夫が西部劇を見ていた。

朝から鉄砲の音など聞きたくもない。

しかし文句も云えず炬燵に潜り込みそのまま寝入る。

目覚めれば今度は時代劇が始まっていた。


サニーマートに行けば「ひなまつり」一色なっており

ひなあられやケーキも並んでおり可愛らしくてならない。

我が家ではもうお雛様も飾ってはおらず

孫達にせがまれて飾ったことも遠い昔に思える。


お昼には「握り寿司」を食べた。

私が回転寿司に行ってみたいと云うと

出不精な夫は「もったいない」と宣う。

くるくると回って来るお寿司を食べてみたいものだ。


午後は例の如くでお昼寝。今日も3時まで寝ていた。

久しぶりに母の夢を見る。私はなぜか納豆巻を作っていた。

母が食べたかったそうでとても喜んでくれる。


高校時代に少しの間付き合っていた「哲夫君」も出て来た。

70歳のおじいさんではなく高校時代のままである。

母と哲夫君が納豆巻を食べている不思議な夢であった。


アマゾンで新しいシャワーヘッドを買ったので

夫が取り替えてくれたが簡単そうでけっこう時間が掛かる。

不器用ではないのだが工具が必要だったらしい。

節水率90%らしいが本当だろうかと思う。

我が家はシャワーを使うことが多いので少しでも節約になれば良い。


娘とめいちゃんが「しまんとピュア」でイベントがあり

ダンスを披露するらしく夕方から出掛けて行く。

帰りが遅くなるとのことで今夜は「鍋」にした。

山里のお客さんから頂いていた白菜が冷蔵庫の野菜室で成長していた。

まったく傷んでおらずすごい生命力だなとおどろく。

白菜たっぷりの鍋であった。白菜には甘味がありとても美味しい。


食後はもう日課になった「笠原メイ」さんの日記を読む。

閲覧数がもう700を越えたそうで凄い人気であった。

これからもどんどん人気が出るだろう。何だか自分の事のように嬉しい。

「あの子」と同じ年頃である。つい我が子のように思ってしまう。


今朝は弥生三月になったのが嬉しくて「弥生ちゃん」の詩を書いたが

例の厳しいK子さんにスルーされてしまい少し哀しかった。

決して不愉快な詩ではないはずなのにどうしてだろうと思う。

やはり「お花畑」でなくてはならないのだろうか。

春の陽射しを浴び輝く花の姿でなくてはならないのだろうか。


私だって人間である。どうして毎日お花畑に居られるだろう。

どんな日もあるからこそ毎朝詩を書くことが出来るのだと思う。

清々しい朝だとは限らない。鬱々とした朝もあるのだった。

そんな私のことを理解して欲しいとは思わないが

K子さんの行為が「愛」ならば受け止めようと思っている。


詩を書き始めて半世紀以上の歳月が流れたが

いまだ芽も出ず花として咲くことも出来ずにいる。

しかしそんなひっそりとした生き方が私は好きでならない。


※以下今朝の詩


   弥生ちゃん

今日は弥生ちゃんの誕生日
日曜日で良かったなと思う

お母さんもお父さんも
お仕事がお休みだから
晩ご飯がとても楽しみ

大好きな鶏の唐揚げ
ポテトサラダも食べたいな
そうしてチーズケーキ
蠟燭を8本立てて
ふうっと火を消すの

お父さんが写真を撮ってくれる
妹の小春ちゃんも嬉しそう
弥生ちゃんはおすましをした
だって笑ったら顔が
くしゃくしゃになるのだもの

庭の雪割桜が満開になって
おばあちゃんの畑には
菜の花がいっぱい咲いている

生まれた日のことは
何もおぼえていないけれど
きっとあふれんばかりの春

それはおとなになっても変わらない










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