ねむの木の花が満開になり見るたびにほっこりとしている。 孔雀が羽根をひろげたような花。薄桃色のちいさな孔雀だ。
あらあらと言う間に六月も最後の日。 仕事の忙しさもあってちょっぴり心の余裕をなくしてしまっている気がする。 あれもこれもと気ばかり急いてしまっている。ちゃんとしなくちゃ。 それが少なからずストレスになっているのかもしれない。 元気なつもりでもふっと体調が崩れる時がたびたびあるようになった。
頑張り過ぎないこと。「てきとう」という言葉は好きではないけれど ちょっぴり好きになってみるのも良いのかもしれないなとふっと思う。 もう若くはない。年相応の「頑張り」というものがきっとあるのだろう。
そんなことを思いつつも、「こぴっとやるし!」 NHKの朝ドラ「花子とアン」を毎朝見ているのだけれど 「こぴっと」という山梨の方言がとても気に入っている。
だから出掛ける時にはいつも夫に「こぴっとがんばってくるよ」と言っている。 そうして「ごきげんよう、さようなら」と言い合って笑顔で出勤するのだった。
そんな朝がとても好きだった。ずっとずっと元気でいられるような朝。
仕事を終えると母の病院へ寄るのもすっかり日課になってしまって あまりゆっくりとそばにいてあげられないのだけれど 毎日待っていてくれる母の顔を見るとほっとしている自分がいた。 仕事の話はなるべくしないようにと心がけているけれど 母はやはり気になって仕方ないのだろう。結局話してしまうことになる。
「大丈夫よ、わたしにまかせておきなさい」それは決して強がりではない。
術後の経過はいまいち。今日は傷口に内出血が見られて処置を受けた。 固定バンドを外した嬉しさに腕を動かし過ぎたのだろうと言うこと。 またまた固定バンドでがっちりと押さえつけられてしまった。
「やれやれ」ため息をつく母を「しんぼう、しんぼう」と励まして帰る。
なにごとも順調とは限らないもの。ひとつひとつ乗り越えていかなければ。
そうしてこぴっと元気になるの。今日よりも明日のことを考えていよう。
小粒の雨が降ったりやんだり。しずくのような雨音が耳に心地よい。
山里の職場にお中元のクール宅急便が届く。 お得意先のお客さんからで中には美味しそうなワッフルが入っていた。 日持ちのしないものでとにかく早目に食べてしまわないといけないようだ。 ほぼ半分の10個ほどを分けてもらってすごくラッキーな気分だった。
帰り道、母の病院へ寄る。 昨日の手術は無事に終わってとてもほっとしている。 ぐったりとした様子で手術室から出てきた母は開口一番に 「早く帰りなさい」と私に言った。晩御飯の支度があるでしょって。
そんな母の心遣いが身に沁みた。母らしいなってほろりと涙が出そうだった。
昨夜から絶対安静の状態が続いているけれど、にっこりと微笑む母。 左腕を動かしてはいけないらしくがっちりと固定されているのが可哀想だった。
「ねえワッフル食べる?」母の目がきらきらと輝く。 食事制限は無いみたいなので食べさせても良いかなと母に差し出す。 「美味しいねえ」なんだか子供みたいにワッフルを食べる母が嬉しかった。
それから今度は「コーヒーが飲みたい」それはお医者様に訊いてみないと。 入院してからずっと水分補給が制限されていたのだった。 血液の状態に変化が現れるのだろうか、水分を摂り過ぎてはいけないようだった。
おそるおそる詰所の看護師さんに相談に行ってみた。 そうしたらすぐに主治医の先生に連絡してくれて「コーヒーおっけい!」
母は大喜びで冷たいブラックコーヒーを飲むことが出来た。 それはそれは美味しそうに、「なんかビールみたい」って私を笑わす。
「また明日ね」上機嫌の母でいてくれてほんとに嬉しかった。
やまももの実が紅く色づき始めた。もうそんな季節。
紅いといえばカンナの花も。梅雨時の「紅色」は不思議と元気な色。
少し多忙だった仕事を終えて今日も母の病院へ。 高知市内に住んでいる弟一家が来てくれていてちょうど一緒になった。 遠いところをはるばると、母もとても嬉しそうにしていた。
弟が「死に目に遭えなかったらいけないからな」なんて言って母を笑わす。 一歩間違えばそんなこともあり得たのだから、笑い話になってほんとうに良かった。
明後日はペースメーカーを入れる手術。 その後の経過を見ながら千切れかけている血管の手術をすることになった。 気丈な母もやはり心細いのか、ふっと弱音を吐く時もある。 そんな時には「だいじょうぶよ」って笑顔で励ましてあげたいと思う。
きっときっとなにごともうまくいく。うまくいかないはずはない。
心配性の私も今度ばかりは強気になっている。 おろおろしている場合ではないのだ。みんなで母を支えてあげなければ。
帰宅して日課のお大師堂参り、今日も「ありがとうございました」と手を合わす。
2014年06月21日(土) |
お年頃のおばあちゃん |
二十四節気の「夏至」あいにくの雨となり太陽はかくれんぼ。
午前中にかかりつけの病院へ。 土曜日のせいか待合室は患者さんであふれかえっていた。 二時間も待つ。もううんざりしてしまってひどく疲れる。
いざ診察となると伝えたいことの半分も話せなかった。 納得いくまで先生に相談しようと意気込んでいたのだけれど 手短に済ませなければと気ばかり急いてしまっていたようだ。
結論から言うと、薬の副作用にあまり神経質にならないこと。 車の運転も、アルコールだって今まで通りで心配ないと言われた。 決して一生飲み続けなければいけない薬ではないらしい。 気長に様子を見ながら少しずつ減らしていけば良いのだそうだ。
ただ一気に服用をやめてしまったら「柱」が折れるようなものだと言う。 それはすでに先日から経験済みだったので、素直にうなずくしかなかった。
「不安神経症」自分ではそう決めつけている病名も確かめられずにいた。 それも更年期障害のひとつでそんなお年頃なのだなとあっさりと受け止めてみる。
何事も「否定」すれば辛く苦しくなるばかりである。 さらりさらりと受け止めることが出来ればもっと気楽に生きられる気がする。
とにかく元気でいられるのがいちばん。そう思ってこれからも頑張っていきたい。
帰宅して午後からはたっぷりとお昼寝をしていた。 いつもなら綾菜と過ごしている土曜日も今日はお役御免になっていた。 娘もお婿さんも仕事が休みなので、桂浜の水族館に行ってくるよって。
お魚いっぱい見たかな。アシカさんやイルカさんにも会えたかな。 綾菜の事を考えているだけでこころがほのぼのとなってすごく癒されるのだった。
空はとても穏やかに微笑んでいるというのに こころの中はざわざわと嵐の前触れのような風が吹く。
これはいったいどうしたことか、自分でもよくわからなくて戸惑う。 何かを不安がっているのだとしたらそれは何だというのだろう?
仕事を終えて母の病院へ向かう。 母はたいくつそうにテレビを見ていた。 私が来るのを待ちかねていたようでにっこりと微笑む。
主治医の先生から昨日のカテーテル検査の結果を聞く。 それは決して順調ではなかった。 けれども少しずつ治療していけばきっと良くなると言う。 今はその言葉を信じてすべてお任せするしかないのだなと思った。
まるで「まな板の上のお魚ね」母には笑いながらそう告げておく。
決して弱気にならないこと、そうして焦らないことが肝心だと思う。
「なんかうんちが出そう」急いで看護師さんに来てもらって大騒ぎ。 まだ歩いてトイレには行けないのでポータブルトイレを準備してもらった。
「三日ぶりだからすごいよ」うんうん、匂いもすごいよ〜と大笑い。
「綾菜ちゃんみたいね」そうそう、ちゃんとうんちが出て良かったね!
もっと一緒にいてあげたかったな、後ろ髪を引かれるように病院を後にした。
梅雨空に紫陽花の絵が描いてあったらいいなってふっと思う。 色とりどりのクレヨンを手にした天使たちがあつまってくるような。
そうして紫陽花色の雨がふる。泣き虫の天使はだあれ?
昨日からちょっと大変なことがあってばたばたと走り回っていた。 山里の母が体調を悪くして病院へ行ったのだけれど その帰り道に追突事故を起こしてしまったのだった。
たいした事故ではなかったのだけれど、事故処理のあと母の体調が急変する。 もともと心臓に持病を抱えているため心配になりまた病院に連れて行った。 とりあえずの応急処置、その後救急車で県立の総合病院へ搬送されてしまった。
命には別状がないけれど一歩間違えればとても危険な状態だと知らされる。 酸素マスクをつけて集中治療室に入った母は別人のような顔をしていた。
でも意識はちゃんとある。例のごとく気丈ぶりを発揮している母に安堵。 どんな時にも決して弱音をはかない母にはほんとうに頭がさがる思いである。
昨夜のうちに様態も落ち着き、今日はもう一般病棟へ移れるようになった。 昨日の朝から何も食べていないものだから「おなかが空いた」としきりに言う。 看護師さんも笑って「今夜はおなかいっぱい食べましょう」って言ってくれた。
一週間ほど様子をみてから手術をすることになった。 そうすれば今よりもずっとずっと元気になるのだそうだ。
ずっとずっと頑張り屋さんだった母、やっとながいお休みをさせてあげられる。 仕事のことは私にまかせて何の心配もせずにゆっくりと休ませてあげたい。
そうしていっぱい長生きをするの。ゆびきりげんまんしようね母さん。
ここ数日の梅雨の晴れ間もそろそろひとやすみ。 明日は雨になるという。雨もまたよしと夕暮れていく空を眺めている。
昨日から少し体調悪し、やはり薬を休んでしまったせいだろうか。 どんなに気力で乗り切ろうと思っていてもどうしようも出来なかった。 悔しいような情けないような。しかたなくまた服用を始めてしまった。 副作用を気にしながらの服用はストレスになってなんとも辛い。 けれども薬のおかげで元気でいられるのならと自分をなだめている。
昨日は「父の日」で娘たち一家がそろって遊びに来てくれた。 綾菜と一緒にお風呂に入る。体調の不安など言っている場合ではない。 いつも通りの元気なおばあちゃんでいたかった。大丈夫よって胸をはって。
ずっとずっと元気でいたい。たとえ薬漬けの毎日になったとしても それが現実なのだと受け止めてさらりさらりと流れて行きたいと思っている。
今週末には通院日なので、今の自分の気持ちをしっかりと伝えてきたい。 そうして納得いくまで話し合って今後の治療について相談して来ようと思う。
だいじょうぶ、こんなことぐらいで自分を見失ったりしない。
気を強く持って立ち向かっていこう!
久しぶりの青空。少し蒸し暑かったけれど梅雨空よりずっと嬉しい。
今朝、目覚めるなり左耳がずきずきと痛くてとまどう。 昨夜は何ともなかったのにいったいどうしたことだろう。
仕事に行く気にもならなくてとにかく耳鼻科に直行する。 そうしたらまさかの中耳炎になっていてびっくりしてしまった。
寝ているあいだに鼻水が耳に入ってしまったのだろうと言うこと。 風邪の自覚症状はまったくなくなんだかキツネにつままれたような気分だった。
お薬を処方してもらうのに今服用中の薬の情報が必要とのこと。 うっかりしていて持って行っていなかったので、慌てて家に取りに帰る。 それを見たお医者様が目を丸くしてびっくりしたので私も一緒にびっくり。
とにかく副作用の強いお薬ばかりだったようで、「どうしてこんなに?」と。 もう何年も飲み続けている薬がそんなに悪いものだとは思いもしなかった。
抗生物質は出せないので鼻炎のお薬だけ出してもらってそそくさと帰宅する。 近いうちに内科へ相談に行くようにすすめられた。出来れば服用をやめたほうが良いらしい。
その足で内科へ行こうかと思ったけれど、なんだか気疲れしてしまっていた。 カルチャーショックというのだろうか、頭がパニックになってしまった。
夫にも相談して今夜から一部の薬の服用をやめてみることにした。 数日そうしてみて何も異変がなければ内科へ相談に行ってみようと思う。
思えばもう10年近く薬漬けの生活を続けていたのだなときづく。 薬に頼らなくても気の持ちようで改善できた症状もあるような気がするのだ。
そんな意味でも今日の耳鼻科はとても良いきっかけになったと思う。 耳の痛みも午後にはやわらぎ今はすっかり楽になってこれを綴っている。
明日はあしたの風まかせでなにごともなるようになりますよ。
昨日から降り続いていた雨がやっとやむ。 夕焼け空とはいかないけれど、とても静かな夕暮れ時となった。
水曜日、姑さんのリハビリ通院の日であったけれど 夫の弟嫁が付き添ってくれることなりずいぶんと助かる。 長男の嫁だからとすごく葛藤していた日々が嘘のようだった。 まだ少し後ろめたい気持ちはあるけれどしばらくは甘えるのも良いだろう。 何よりも段取りをしてくれた夫に感謝している。 「仕事を休んでおまえが行け!」とは決して言わなかったのだから。
かと言って何もかも放棄するわけにはいかない。 出来ることを出来る日に、これからも心がけていきたいと思っている。
先の見えない「介護」姑と同居している義妹はどんなにか大変なことだろう。 そんな義妹をいたわる気持ち、いつも気遣う気持ちを忘れてはいけない。
日課のお大師堂まいり、一昨日出会った若きお遍路さんがノートに書き残してくれていた。 「何度も何度も途中でもう家に帰ろうと思った」 けれどもそのたびに出会った人たちの優しさを思い出したのだそうだ。 「あきらめずに最後まで歩き通します」最後にそう書かれてあって感動する。
もの静かな青年で私は少ししか話すことが出来なかったけれど お大師堂で川のせせらぎを聴きながらゆっくりと休んでくれたことだろう。
旅の無事と結願を心から祈りながらそっとノートを閉じた。
2014年06月10日(火) |
いくつになっても「こども」 |
いかにも梅雨らしく雨の朝になった。 ぴちぴちちゃぷちゃぷ雨音を聴きながら一日を過ごす。
今日は息子の誕生日。早いものでもう35歳になった。 去年の今頃にはまだ独身だったのに今ではもう一家のあるじ。 たった一年のことなのにずいぶんと歳月が流れたような気がする。
けれども子供はいくつになっても「こども」だった。 生まれた時のこと、幼いころのこと、いつまでたっても鮮やかに思い出す。 無我夢中だった子育て、息子のおかげで私は母親になれたのだなとおもう。
「おにいちゃん」と呼んだり「しんちゃん」と呼んだり 息子は大きくなるにしたがって私のことを「おかあ」と呼ぶようになった。
仕事のことで悩んでいた頃にはよくいろんな話を打ち分けてくれたっけ。 父親には話さないことでも私にはよく話してくれたのがとても不思議だった。
それからご飯を美味しそうにがつがつと食べる姿、今となってはとても懐かしい。
「おかあ飯!」そう言って帰って来てくれることもなくなってしまったけれど いろんなおかずを作るたびに、これは息子の好物だったなってよく思うことがある。
さびしさは微塵もない。離れていてもいてくれるだけで嬉しい息子であった。
父親になった息子も親の気持ちがわかるようになるだろう。 そうして親として成長していく姿をこれからも見守っていきたいと思う。
しんちゃん、生まれてきてくれてほんとにありがとう!
母はメールも何も出来ずにただただきみに手を合わせています。
相変わらずの梅雨空が続いている。 薄日が差し始めたと思ったらにわか雨がぽつぽつと降ったり。
午前中は娘のアパートに遊びに行く。 綾菜も退屈しているらしく遊び相手が欲しかったようだ。 たくさんの洗濯物が乾きそうになくて 娘がコインランドリーに行くと言うので一緒に行っていた。 実は私は初めてのことだったのだけどなんと便利なことだろう。 梅雨時の主婦にとってはこんなに助かることはないとびっくりしてしまった。
洗濯物が乾くまですぐ近くの児童公園で遊ぶことに。 大きな滑り台、その階段を一人でぐんぐんと上って行く綾菜におどろく。 「もういっかい」と言いながら何度も楽しそうに滑っていた。
ふと思ったことは「危ないよ」って止めるよりも 何でも挑戦させてあげるのが子供の成長につながるのだなと言うこと。 女の子だけれど男の子のようにたくましく育って欲しいなあって思った。
30分で洗濯物はふかふかに乾いてお日様よりすごいなってびっくり。 アパートに帰って娘と一緒にたたんだ。綾菜のパジャマがすごく可愛い。
お婿さんが休日出勤だったのでお昼ご飯も一緒に食べる。 チャーハンをぽろぽろこぼしながらも綾菜もお腹いっぱいになったようだ。
もっともっと遊んでいたかったけれど、お昼寝の時間になり「バイバイ」をした。 手を振って見送ってくれる綾菜にはいつも後ろ髪をひかれるような思いになる。
今度は次の土曜日ね。毎週保育園にお迎えに行けるのがとても楽しみでならない。
昨日も今日も孫三昧をさせてもらった。ばあちゃんはなんて幸せなのだろう。
曇り日、時おり薄っすらと陽が差してくれてありがたいこと。 仕事をしながら洗濯物のことを考えていた。「乾け、乾け」と。
午前中、工場の掃除をしていた母が野鼠の巣を発見して大騒ぎになる。 古い工場だからそんなこともあって、どうやらつがいの野鼠のようだった。 赤ちゃんが生まれていたらどうしよう。はらはらしながら母と巣を覗く。
よかった、赤ちゃんはいない。でも二匹のネズミはじっとその場を動かない。 私も母もネズミは苦手だったけれど、なんとも愛くるしい目をしていた。 退治するのも可哀想になってしまって、そっとそのまま置いておくことになった。
社長が「可愛いから飼おうか」なんて言ってみんなを笑わせたりする。 同僚が「毎日餌をやろうか」なんて言ってまたまた大笑いになった。
時には緊迫していて居心地の悪い職場も今日は笑顔でいっぱいになる。
ずっとずっとこんな日が続けば良いなって思った。
「ほのぼの」ってきっとこんなこと。
こころがふんわりとまあるくなってみんながしあわせなきもちになること。
ねずみちゃんたちまた月曜日に会えるかな。ずっとここにいていいんだよ。
空は相変わらずどんよりとしているけれど 降り続いていた雨がやっとやんでくれてとてもほっとしている。
昨日は大雨洪水警報が出てどしゃぶりの雨が怖いほどだった。 昨夜は午後9時を過ぎてから土砂災害の警報が出て消防団が召集となる。 いつもは早寝の夫が飛び起きてすっかり使命感に燃えていたのだけれど はらはらと心配でならず「若い人達に任せておけば」と言うと叱られてしまった。 俺が行かないで誰が行く!という様相で大雨の中を出掛けて行く夫を見送る。
自分だけ寝ているわけにもいかずテレビの大雨情報を見ながらうとうとしていた。 午前二時前だったろうかやっと夫が帰宅したけれど、またすぐに電話が鳴り響く。 今度は市内を流れる中筋川が氾濫しているという知らせであった。 土嚢を積み上げなければいけないとまたまた使命感に燃える夫を見送る。
消防団に入ってかれこれ30年近くなったけれど、夫の使命感にはほんとに頭が下がる。 勇ましく出掛けるたびに夫の体調が気がかりでならず、はらはらとするばかりであった。
午前6時前、夫が無事に帰宅する。徹夜の割に元気でほっと胸を撫で下ろした。 開口一番に「腹が減ったぞ!」大急ぎで朝食の準備をしたのは言うまでもない。
午前7時過ぎ、母から電話がありとにかく雨がやむまで自宅待機を命じられる。 それはとてもありがたくおかげでゆっくりと休むことが出来た。
夫を静かに寝かせてあげたくて私は娘のアパートに行くことにする。 昨日から孫の綾菜が熱を出していて保育園に行けずにいたのだった。
「雨、はやくやんだらいいね」綾菜と遊びながら窓の外ばかり見ていた。
そんな雨もお昼前にはやっとやんでくれてとてもとてもほっとしたのだった。
「ピーピ!」綾菜がおしえてくれたのは二羽のとんびだった。 アパートのすぐ近くの電線にとまって「ピーヒョロリ」と鳴いている。
ピーピも雨がやんだから嬉しいのだね。綾菜とずっととんびを見ていた。
とんびの鳴き声がこだまするように響く空。雨あがりの空がこんなに嬉しいことはない。
とうとう梅雨入り、どんよりとした空模様となる。 雨が降り続くと憂鬱な日もあるだろうけれど いつもこころに太陽をと笑顔で過ごしていきたいものだ。
午後から集団検診があったため仕事を休ませてもらった。 コレストロールや血糖値などを調べてくれるので毎年受診している。 尿検査や血液検査は機会がある時でないとなかなか出来ないものである。
誰しもそうかもしれないけれど、年を重ねるごとに自分の健康が気になる。 不安を拭い去るためにも検診はすすんで受診しておきたいものだ。 今日は各種がん検診の申し込みもあったので迷わず申し込みをしてきた。
ずっと健康で長生きがしたい、それは私にとってささやかな「欲」でもある。
日課のお大師堂まいり、今日は涼しくて絶好の散歩日和だった。 湿気を含んだ南風も心地よいもので、ほんのりと潮の香りがする。 お大師堂のアマリリス、紫陽花の花もすっかり色づきこころが和む。 そうしてたくさんの沢蟹たちがざわざわと戯れていてそれも楽しかった。
手を合わすといつも家族の顔が目に浮かぶ。 自分のことなどどうでも良い事のように思えるのが不思議だった。
今日に感謝をして明日の平穏無事を祈る。
明日のことを考えていられるのはほんとうに幸せなことだとおもう。
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