ゆらゆら日記
風に吹かれてゆらゆらと気の向くままに生きていきたいもんです。

2010年08月31日(火) 虹の朝

朝の窓辺でそれは綺麗な虹をみた。
川のなかから生まれたような七色。
それがアーチを描き空にとけこんでいる。

こどものように声をあげた。
まるで夢を見ているように嬉しかったのだ。


そうしていちにちが始まる。
どうか穏やかないちにちでありますようにと。
仏壇に手を合わせ深々とあたまをさげる。

おとうちゃんも虹を見たかしら。
もしかしたらあの虹をつくったのおとうちゃん?

遺影の父が微笑んでいる。
「今日はきっといいことがあるよ」

「行ってきま〜す」と声をかける。

しゃきっとしてすくっとしてわたしは出掛ける。





2010年08月30日(月) 花火

八月葉月もあと一日となった。
少しも急いではいないのだけれど。
あらあらというまに駆け抜けた夏。

これが日々に流されるということなのかもしれない。
いちにちいちにちを大切に生きてきたのかと自分に問う。

ただぽつねんとここにいる。そうして明日を待っている。



週末は我が町の花火大会があって。
友人宅に招かれバーベキューをしながら花火を見た。
とても楽しい時間。ありがたいひと時だったと思う。

かつては花火を見ながらせつなさに涙ぐんだこともあった。
鮮やかな花火よりも純白の花火が好きでならず。
雪のようにはらはらと舞い落ちる儚い火を愛しいと思った。

友人達の歓声。その声に負けないくらい自分も声をあげる。
そこにはもうせつなさのかけらも見えなかった。
ただ、私の夏が終わる。ばくぜんとそう思った。

来年もみんなで見ようね。そう約束をする。

わたしのなかのせつなさは花火のように儚く消えていくのだった。

それでいい。これでいいとわたしが言う。

それがきっと歳を重ねるということかもしれない。



2010年08月26日(木) うろこ雲

散歩中に見上げた空には思いがけずにうろこ雲。
ふっとさびしくなるのはなぜだろう。
ふっとせつなくなるのはなぜだろう。

そんな空が茜色に染まっていく真っただ中を。
誰かに引きとめられたように立ち竦んでいた。



ときどきは平穏でいられない時もある。
今日は朝から職場に大きな雷が落ちて。
怒鳴り声がまるで嵐のように荒れていた。

そのひとはよほど虫の居所が悪かったのだろう。
たまたまその矛先が私に向かったのだとおもう。

ああ嫌だと思ったところで逃げ場所もなく。
ただただ耐えていたけれど酷い有様だった。

ひとはかなしい。そしてひとはおろかなものだ。


そんな嵐も去り何事もなかったように静かになる。
もう忘れなくちゃと思いつつ未だに尾をひいている私も。

おろかなのだとおもう。だってわたしもひとだもの。


どんな日もあるものだ。いつも平穏だとは限らなくて。
みんなが笑顔でまいにち微笑んでいられたらどんなに良いだろう。


明日はあしたの風がふく。私はこの言葉が大好きだった。




2010年08月24日(火) ささやかな出会い

夕風を待ちかねていたように散歩に出掛ける。

茜色の空に沈む太陽はまだ少し熱を帯びているけれど。
土手のススキがその熱を扇ぎ冷ますように風に揺れている。

ここちよい涼風だった。昼間の暑さが嘘のように思う。



お大師堂にはお遍路さんの大きな荷物があった。
姿は見えず買物にでも行ったのかなと思っていたら。
川でじゃぶじゃぶと水浴びをしているところだった。

ここらへんは汽水域で水は塩分を含んでいるのだけれど。
汗にまみれた身体にはどんな水でも心地よいものだろう。

声をかけるのはちょっとはばかられそっとお参りをする。
そしたらいつの間にか帰って来ていてびっくりしてしまった。

「いやぁこんなかっこうですいません」と腰をタオルで巻いて
なんともさっぱりとした様子でにこにこと微笑んでいた。

目のやり場に困ったけれどほんの少しおしゃべりをする。
暑さにまいってしまって思うように歩けないことなど。

先日はひとりのお遍路さんが熱中症で亡くなったこともあり
炎天下を歩き続けるということはほんとうに辛い事だと思う。

どうか無理をしないように。どうか無事にと祈るばかりだった。


ささやかな出会い。そのひとの笑顔が嬉しい。

ああ今日はいい日だったねとつぶやきながらの帰り道だった。





2010年08月23日(月) 風に吹かれながら

夕陽の空に蝉がなく。さけぶように蝉がなく。

そうして月が浮かぶ空に秋の虫達がなき始める。
ちりんちりんとあれは鈴虫の声なのだろうか。
その声があたりの熱を冷ますように聴こえてくる。

とても暑いいちにちだった。
そんないちにちが平穏に暮れていくのにほっとする。


母が何事も無かったように仕事を始めた。
はらはらとしながらもそんな母を見守る。
もっと労わってあげなければいけないのではないか。
思い遣ってあげなければいけないのではないかと思うばかり。

けれども自然体がいちばんかもしれないと思いなおす。
気を遣い過ぎればそれがよけいなことになってしまいそうだった。

また口喧嘩をしたりする時もあるかもしれない。
そうしてすぐに仲直りをする母と娘でありたいものだ。


母がいない間にあたりの田んぼはすっかり稲刈りが終わっていた。
風がにおう。ほんのりと藁のにおいのする風が吹きわたる。

農家に生まれた母には懐かしいにおいかもしれない。
子供の頃を思い出したり、先に逝った父や母や姉や弟のことを。
母はどんなにか愛しく思っていることだろ。

おかあさんすこし手をやすめて風にふかれてみようよ。

わたしはひとり風に吹かれながらこころのなかで母のことを呼んだ。



2010年08月21日(土) ハハカエル

母が帰って来た。
まるで5泊6日の旅行から帰って来たかのように。

クルマで迎えに行くからと言ったのだけれど、
それもどうしてもうんとは言わずとうとう列車で。

しかもアパートには帰らず職場に帰って来たのだった。

帰るなり事務所の自分のイスに腰をかけて。
ああここがいちばん好きという顔をしてみせた。

ほっとするやらはらはらするやらである。

あまり過剰に心配をし過ぎてもいけないようだ。
病人扱いなどするとたちまちご機嫌ななめになる。

とにかく母が帰って来た。

そうして何事も無かったかのようにまた日常が始まるのだろう。


今夜はぐっすりと眠って明日はゆっくりと休むように。
そう言うと素直にありがとうと応えてくれた。

今頃はビールを飲んでいるかもしれない。
明日は大好きなパチンコに行くかもしれない。

それでもいいのだ。母がそうしてくつろげるのならと思う。








2010年08月19日(木) 母と娘

相変わらず残暑の厳しい日々が続いている。

そんな数日があらあらという間に過ぎていった。
検査入院のはずだった母が急遽手術をすることになる。

高齢者にはよくある病気らしく手術も簡単だとのこと。
けれども稀にそれが失敗する事もあるのだと聞き心配になる。

あっけらかんとしていた母もほんの少し不安そうな顔になる。


駆けつけた病院で母はまるで老婆のように横たわっていた。
寝巻きの裾から垣間見る足のなんとか細いことだろう。
その足を見るのがとても怖かった。そうしてたまらなく。
それがせつなかったのだ。私の知らない母がそこにいる。

いつもはしっかりとお化粧をしている顔も別人のようで。
まともに目を見て話せないほど戸惑ってしまったのだった。

いつのまにこんなに老いてしまったのだろう。
それはどうしようもなくかなしい事実に他ならない。
これが現実なのだ。これが今の母なのだと自分に言い聞かす。

頑張り屋さんの母だった。いつも溌剌としている母だった。
けれども70歳を越えてからの仕事がどんなにか堪えていたことか。
いまさらながら母の苦労が身に沁みてきて涙がでそうになった。


手術は無事に終わる。昨夜その報せを受けとてもほっとする。
そうしてやっと母の声を聴けたのが今日のお昼前の事だった。

大丈夫よ。もうなんともないよといつもの元気そうな声。
そうしてさっそく仕事の話しになる。あれやこれやと。
私に任せてくれても良いことをもう段取りを始めるのだった。

その後も何度も電話がかかってくる。今日の着信はなんと5回。
最後には気をつけて帰ってねと私の心配までしてくれるのだった。

ほんとはもっともっと休ませてあげたい。
入院が長引いても良いから横になってのんびりと過ごさせてあげたい。

けれども母はもうすぐにでも帰って仕事をしたい様子だった。

決して弱音をはかない母。気丈過ぎるほどの母のこと。

私はこれからもそんな母のことを見守っていきたいと思う。

ほかの誰にもできない娘だからこそできることがきっとあるはずだもの。



2010年08月16日(月) いっしょうけんめいの夏

最高気温が36℃の猛暑日となる。
暑さにはまいってしまうけれど。
夏がいっしょうけんめい頑張っているようで。
ふっと嬉しくなってしまうのだった。

そうして日暮れ時になると熱風が一気に涼風に変わる。
その風のなんと心地よいことだろう。

夕陽を仰ぎながら土手を散歩した。
ツクツクボウシが声を限りに鳴いているのもよい。



山里の職場は今日までお盆休みだったけれど。
少し雑用があり午前中だけ仕事をする。

母が心臓の検査があり今日から検査入院。
いつも元気な母のこと大丈夫だと信じていても。
やはり気掛かりになってしまうのだった。
まさかと思う。もしやと思う。異常ない事を祈るばかり。

いつもあっけらかんとしている母だけれど。
ずっと無理をし続けてきたのかもしれない。

もっと思い遣ってやらなければとつくづくと思う。


明日から数日は事務所を任されている。
入院中の母が仕事の事を忘れていられるくらい私が頑張ろう!




2010年08月15日(日) 送り火

また来年も帰って来てくださいね。
そう言って手をあわす燃える炎に。


西の空も燃えているように紅い夕暮れ時だった。
少しふっくらとした三日月がそんな空に浮かぶ。

おじいちゃんおばあちゃんおとうさん。

懐かしい顔が目に浮かんではすぅっと遠くなる。

このせつなさはいったいどこから来るのだろう。


そうしてまた何事もなかったように日常が戻ってくるのだった。



2010年08月12日(木) とりとめもなく

とりとめもなくというのが好きだ。

意味なんてなくてもいい。

たいせつなことでなくてもいい。

ぽつねんとそこにあって。

そこから始められることが好きだ。


たとえばいまこうして書き始めること。

どうしようもなくつまらないことでも。

これが日々のしるしのようになってくれる。

生きているあかしのようなものかもしれない。

しんだらおわりだ。しんだらなにも始められない。


なにもかんがえていなくてなにもおもっていなくて。

それでもふわふわっと生まれてくることばがある。

詩人なんかじゃない。ただ生きているだけのひとだ。

書かなければいけないことなんてなにひとつなかった。


とりとめもなくというのが好きだ。

それがきっと自分自身なのだとおもう。

いまじぶんをみているまっすぐにみている。

どこにも逃げないかくれもしないでいるのだった。


もういいかい。もういいよ。ほうらすぐに見つかった。



2010年08月11日(水) アイタクハナイ

まるで梅雨の頃のような空だった。
蝉が鳴く。その声もか細くて頼りなく聴こえる。

夏の太陽はいったいどこにいってしまったのか。
雲の上にあるのよといつか母が言った言葉を思い出す。



仕事中。携帯電話が鳴った。
古くからの男友達からであったが。
なんだか出る気にならず着信音が途絶えるのをじっと待つ。

以前の私ならば懐かしさに喜んで話したことだろう。
それが今では違う。自分でもよくわからないのだけれど。
わけのわからない嫌悪感を感じてしまうのだった。

留守電にメッセージが入る。
それも聴くのが嫌になりすぐに消去してしまった。

もしかしたらお盆休みで帰省しているのかもしれない。
でも会いたいとは少しも思わなかった。

この複雑な嫌悪感はいったいなんだろう。
もう二度とかけてこなければ良いのにとさえ思う。


あれはまだ私達が30代だった頃だろうか。
中学の先輩だった彼に再会したのだった。
それはそれは懐かしかったことを記憶している。

あの頃はまだ携帯電話というものが無い時代で。
時々で良いからポケベルを鳴らしてと頼まれたのだった。

ときどき。わたしはそのトキドキが苦手なのかもしれない。
だから度々。ほぼ毎日のように鳴らしてしまったのだった。

あたりまえのことだけれどそれがモンダイになった。
私たちは決してフリンをしていたわけではなかったのだけれど。
結果的にそういうことになってしまったのだった。

平和な家庭に波風がたつ。それもおおきな波になって荒れた。

けれどもその後も私たちはそっと友達として繋がっていられた。
男だとか女だとかこれっぽっちも考えた事などなかったのだ。


そうして歳月が流れ。私たちも老いを感じる歳になる。
元気にしているか?それが口癖のように言う最初の言葉だった。


私は元気です。でもどうかそっとしておいてください。
今の彼にそう伝えることが出来たらどんなにか良いだろうか。

今の私は理解しがたい。嫌悪感を感じるなんてどうかしている。

けれどもアイタクハナイ。それを伝えるすべがなかった。



2010年08月10日(火) 残暑

ほんの少し夏の陽射しがかえってきた。
昨日までの涼しさが一気に残暑に変わる。

高知市内では『よさこい祭り』
夕方のテレビで生中継を見た。
人ごみは苦手な私だけれど
これだけは実際に見てみたいといつも思う。

あれは中学生の頃だったか一度だけ見たことがある。
市役所に勤めていた従姉妹が踊り子で参加していた。
その姿を見つけてどんなにか嬉しかったことか。
自分もいつか踊ってみたいなあと思ったことだった。

その頃と今では踊りもずいぶんと変わったように思う。
とにかく熱気がすごい。その迫力がまた魅力的だった。

高知の城下に来てみいや。じんばもばんばもよう踊る〜
鳴子両手によう踊る〜よう踊る〜

そう口ずさみながら夕食の支度をする夕暮れ時だった。



そうしていつもの散歩。お大師堂にはひとりのお遍路さんが。
よほど疲れていたのだろう横になってぐっすりと眠っていた。
起こしてはいけないとそっと静かにおもてからお参りをする。

ここ数日の涼しさを思うと今日はほんとうに暑い一日だった。
歩き遍路さんにはどんなにか辛かったことだろうと思う。

明日はまた雨の予報。そのひとは空を仰ぎつつ歩き始めることだろう。

どんな日もある。けれども歩き続けることに意味があるのだと思う。



2010年08月09日(月) 雨の思い出

台風の影響なのか一日中雨が降ったりやんだり。
最高気温が28度というからずいぶんと涼しい。

このまま秋になってしまうのはあまりにもさびしいなと思う。
残暑は厳しくあってほしい。夏の太陽が恋しいこの頃である。


お盆が近くなり、昨日はお墓の掃除に行っていた。
けれども墓地に着くなり雨が降り始めてしまって。
すぐにやむだろうと近くの木の下で雨宿りをする。
雨はやまなかった。おまけに雷まで鳴り始める始末。

彼と義妹と私。三人ともすっかりずぶ濡れになってしまい、
掃除は断念。花枝だけお供えして山道を走って帰って来た。
仏様も許してくれるだろう。お盆には機嫌よく帰って来て下さい。

それにしてもこんなに雨に濡れることは久しくなかった。
なんだか甘酸っぱいような雨。昔むかしを思い出したのだとおもう。

あれは10代の後半。台風を見てみたいなと思ったのだ。
いま思えばなんて無茶なことをしたのだろうとおもうけれど。
痛いほどの雨。横殴りの叩きつけるような雨に濡れた事がある。

危険だとはつゆとも思わなかった。あの雨はほんとうに爽快だったのだ。


もう二度とかえれない頃の事を最近よく思い出す。

これも歳を重ねたということだろうか。すべてが懐かしい。

すべてが遠いけれど。こんなにもちかくにあるわたしの思い出だった。



2010年08月07日(土) 立秋

立秋。この日を暑さの頂点というけれど。
もうすでに秋ではないかと思うほど涼しい一日だった。

空は晴れているかと思いきや突然のにわか雨。
洗濯物を出したり入れたりまた出したりしていた。

しかしまだまだこれから残暑が厳しくなることだろう。
いく夏を惜しむように太陽の眩しさを目に留めていたいと思う。



仕事はお休み。ゆったりとした気持ちでのんびりと過ごす。
いつもなら週末はぐったりと寝ていることが多いのだけれど。
今日は茶の間で二時間ほどテレビを見ていた。
『花田少年史』という映画である。
面白くもありほろりと涙が出てくる場面もありなかなか良かった。



夕方はいつもの散歩。空は晴れて夕陽がとても眩しかった。
ススキの穂が日に日に増えていく土手。風が心地よく吹く。

あんずと少しケンカ。あまりの我がままぶりにちょっと腹が立つ。
怒りながら。自分はどうしてこんなに怒っているのだろうと不思議。
私が怒るとあんずも怒る。私たちはよほど似た者同士らしかった。

お大師堂で手を合わす。そうしてやっと穏やかな気持ちになった。

私が穏やかになるとあんずも素直になる。その顔が微笑んでいるのを。

まるで鏡のようにおもって。私もふふっと微笑み返しをするのだった。



2010年08月05日(木) 風まかせ

昨日からにわか雨が降ったりやんだり。
おかげで猛暑もひとやすみという感じである。

暑さに慣れはじめていた身体だったけれど。
やはり夏バテ気味だったのだろうか。
ほんの少し体調が狂い始めているようだ。

こんな時は無理に元気にならなくてもよい。
しんどいなあと呟きながらありのままでいるのがよい。



朝の道。工事中の峠道が少しのあいだ通れるようになった。
通行規制が解除されている事を知り昨日からまた通っている。

くねくねの山道だけれど大好きな道だった。
窓を開け放して山の空気をいっぱいに浴びながらクルマを走らす。
緊張感がない。ある意味無心になれるような気もする。

そうして山里の田園地帯が見え始めるとほっと嬉しくなる。

いちにちが流れるように過ぎていく。
苛立つ事もなければトラブルもなくまさに平穏無事だった。

ただひとつ心配事があるのだけれど。
なるようになるだろうと母と語り合っていた。
くよくよと思い詰めないこと。あっけらかんと腰を据えること。

明日はあしたの風が吹くのだからといつも思っている。

平穏無事がいつまで続くのか誰にもわからないけれど。

その時がくればその時の風に身をまかせていようと思う。



2010年08月03日(火) ひっつけ寿司

新鮮な鰹が手に入ったので『ひっつけ寿司』を作った。

高知の郷土料理なのかなと思うのだけれど。
握り寿司のようなもので作り方はとても簡単である。

我が家は鰹で作ることが多く、お刺身より少し薄めに鰹を切り。
塩をまぶしたあとたっぷりのお酢に浸す。柚子があればなおよし。
そうしてそれに青紫蘇やおろし生姜などを加えるともっとよい。

寿司飯は市販の寿司酢のもとで作るからこれも簡単に出来る。
あとは軽く酢を切らした鰹をひっつけて一口大の握り寿司にするだけだ。

ワサビはお好みで。我が家は鼻が痛くなるほどたくさんつける。
今夜も喜びの涙を流しながらあとからあとからとたくさん頬ばった。

夏はどうしても食欲が落ちがちになるけれど。
お寿司に限らず酢を使った料理がいちばんに思う。


そんな『ひっつけ寿司』を食べながらある女性の事を思い出した。
もう10年近くになるのかもしれない。私がネットを始めたころ。
福岡の女性と仲良しになった。メールを交換したり電話で話したり。
手紙を送ってくれたこともあった。私のことを「姉さん」と呼んでくれたっけ。

彼女が『ひっつけ寿司』を作ってみたいと言い出したのだ。
お母さんとふたりで作ってみるからと電話があって作り方をおしえた。
お魚切ったよそれからどうするの?お酢入れたよそれからは?
可笑しくなるくらい何度も電話がかかってきて最後には「出来たよ〜!」

彼女の福岡弁が好きだった。いやそれ以上に彼女のことが大好きだった。

そんな彼女が忽然と消える。ある日をさかいにメールも電話も不通になる。
それはとてもショックで寂しい出来事だったけれど。
彼女にはどうしても遣り遂げなければいけない大切なことがあった。
日頃からそんな悩みを打ち明けてくれていたおかげで。

とうとうその日が来たのだなと私はその事実を受け止めることが出来た。

縁は儚い。けれどもどんなに歳月が流れようと。

私は彼女のことを決して忘れることはないだろう。





2010年08月02日(月) そうして暮れていく

田んぼの稲がずいぶんと実った。
真夏の太陽にその黄金色が眩しく光る。

そんな田園地帯のまんなかにオクラ畑があり。
淡いレモン色の花をたくさん咲かせている。
オクラは早朝に収穫しなければいけないとのこと。
農家の人達の忙しさを思うと頭が下がるおもいだ。

民家の近くの畑には里芋の大きな葉っぱが並んでいる。
小さな芽が出ていたのはつい先日のことのように思う。

稲も野菜も生命力に満ちていてとても力強く育っている。



夕方の散歩。土手の夏草もずいぶんと生い茂り。
はっと目をひくのはススキの若い穂だった。
猛暑続きとはいえ季節は確実に秋に向かっている。
今はまだわずかのススキも土手いっぱいになることだろう。

夕陽に向かってあんずと歩く。夕陽を背にあんずと帰る。

今日も平穏に暮れていくことが何よりもありがたかった。


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