木の実のきもち
石ころなんだと思い込んでいた頃があった
けれども木の実ならどんなにいいだろうと
空を好きになり風に心ゆれる日々もあった
そうしていつか花が咲くのかもしれないと
かたい蕾に吐息の雫をふくませ春をまった
いくどもいくども春がくるおなじようでいて ちがう春だというのに桜は咲いて散っていく
わたしの蕾はどこにいってしまったのだろう 心細くなりながらもおそるおそる触れてみる
それは化石のようなものそのままのかたちで いまも転がりつづけているらしい道の端から
水を求めて空を仰いでただ息だけは失わずに ずいぶんと遠いところまできてしまったらしい
それが哀しいことだろうか嘆かわしいことだろうか せつないことだろうか苦しいことだなんていわない
いびつにゆがんだそのかたちへこんだままの傷あと そんなかたちのなかで命を暖めていられるじぶんに
愛しているよこんなにも愛しているよとつたえたい
もう一歩も転がれなくなったその日にこそ土になる 縁あったひとたちがその土の上を元気に歩いてくれ 時にはふっと立ち止まって腰を下ろしてくれたなら
どんなに嬉しいことだろうどんなに幸せなことだろう そうして緑の小さな芽を見つけてくれるかもしれない
その日のためにもいかなくちゃ前へ前へいかなくちゃ
※出会ってくれてありがとう。このいちねんの感謝をこめてここに記します。
追記:
一昨日出会ったお遍路さんの青年に昨日の朝再び会うことが叶った。 「ちょっとずつ先に進みます」と笑顔で応えてくれてとても嬉しかった。
そうして仕事に向かう私に手まで振ってくれてなんとありがたいことやら。 胸がいっぱいになった朝のことでした。
太陽さん。どうか新しい朝の光をいっぱい届けてあげてください。
ひとつきりの太陽がすべての命へ希望と勇気をくださいますように。
2008年12月28日(日) |
わたぼうしいっぱいの一期一会 |
夕暮れ近くなり三日ぶりの散歩。あんずがやたらはしゃいでは。 老犬には思えないほどの元気な足取り。お願いゆっくりでねと。 声をかけつつ一緒に歩いてもらう。お互いどんな日もあるよね。
日課というものはなんだかその日の消化にも似ていて。出来ないでいると。 なんとなく消化不良を起こしてしまったようで。心がもやもやと重くなる。 ふしぎなものだ。まっいいかとすぐに諦めてしまえばもっと楽なのだろう。
続けたいこと。じぶんに課したいこと。出来なくても感謝する気持ちが大切かも。
しれない。たとえば待っていてくれる場所。消えないでいてくれるばしょ。 それは待っていてくれるひとでもあり。忘れないでいてくれるひとにも等しい。
いつものお大師堂が見え始めると。蝋燭の明かりが灯っていてほっとする。 今夜も泊まってくださるお遍路さんがいてくれるのだなあと嬉しくなった。
そっと近づいていって。そのまま表から手を合わせて帰ろうと思ったけれど。 思いがけないことにその扉が開け放されていて。後姿と読経の声が聴こえる。 なんてありがたいことだろう。その背中に手を合わすようにともにお経を唱える。
振り向いてくれた。私が後ろにいたものだからちょっとびっくりさせてしまった。 照れくさそうな顔をしたのは私も同じで。はじめましての挨拶を交し合う。
うちの息子と同じくらいの年頃の青年だったもので。ついつい母性なのか。 老婆心なのかあれこれと話し込んでしまい。つかの間のひと時をいただく。
新潟出身だけれど今は福島県に住んでいるのだそうだ。仕事で大阪に来ていて。 急に思い立ったのだろうか。初日の出を足摺岬で見たくなったのだと言う。 それが楽しみで歩き通して来たけれど。毎日ゆっくり少しずつが精一杯らしい。
寝袋も間に合わせで真冬用ではないらしく、毛布に包まってから寝袋に入る。 それでも寒くてたまらない夜があったらしく。ここは畳も扉もあるから良かった。
そう言って微笑んでくれると。なんだかほっと安堵せずにはいられない母心だった。
「明日・・雨降るでしょうかね」「だいじょうぶ 降っても時雨でしょう」
「おやすみなさい」「おやすみなさい。初日の出きっと綺麗だよ」そう言って別れる。
一期一会。その日その場所その時間でなければ巡り会えない縁がある。
ほんとうにささやかな縁なのだけれど。こんなに心が和むことはないのだった。
ありがたい一日がそうして暮れていく。ひとが好きだ。やはりどうしても。
わたしはひとが好きでならないのだとつくづく思った夕暮れ時のことだった。
名も知らぬひとも。夕焼け空をながめてくれただろうか。
今日の太陽は落ちる前にいっぱいのわたぼうしを空に放ってくれたよね。
2008年12月25日(木) |
ただ風が吹いている事だけを感じたい。 |
午後から季節風が強くなる。地元では冬の西風とよんでいる。 冷たいけれど北風ではないのだ。それは川の水を波立たせて。 その流れにぐんと勢いを促しては。白い波となり姿を見せる。
わたしはそんな冬の川面が好きでならない。力強くて心強く。 どのような神業であってもそれを鎮める事など出来ないだろう。
荒れているのでもなく苦しいのでもなく。逆らわずにいること。 そんな水になりたいものだ。ただ風が吹いている事だけを感じたい。
夕暮れていく川辺の道を歩きながら。ちっぽけな拘りを流しにいった。 もうほんとうにじゅうぶんだというのに。また求めていたことがある。 そのことに気づいた昨夜は。穏やかさのインクが切れた万年筆のよう。 書けないのだ。何も書けなくなる。ああ馬鹿みたいと何度もつぶやく。
求めすぎるから去るのだ。求めすぎるから離れていくのだそんなこと。 もう言われなくても理解している。それなのに心が反乱を起こしてしまう。
はぁ・・もうじゅうぶん。インクが切れたら自分色のインクを作ろう。 そうして記しておこう。読み返す日もあるだろうじぶんのために・・。
やっとラジオからクリスマスソングが流れなくなった。あとは進むだけ。 どこにすすむのだろうよくわからないけれど。あたらしい年がくるから。 いかなくちゃって思う。平穏無事に微笑みながら。前を向いて歩きたい。
※追記:昨夜のチーズケーキが残っていて今夜も食べた。よはまんぞくなり。 焼酎は。黒麹仕立の『桜島』好きだった篤姫を思い出しながら酔って候。
2008年12月23日(火) |
そんないつかのために |
真冬らしい朝。ねずみ色の空からまた雨でもなく。 雪でもない粒が。はらりはらりと零れ落ちていた。
けれども東に向かうにつれ空が明るく晴れわたる。 海沿いの道を行けば朝陽にその青がまぶしく光る。
昨夜の心細さはいずこへ。目覚めれば現実的に朝。 ありがたいことだと思う。雀の声さえ愛しく思う。
約100キロの道のりをまた彼のお世話になりながら。 ふとじぶん独りで行けたらどんなにいいだろうかと。 ばちあたりなことを思った。方向音痴のくせに何を。 そう咎めながらも。独りで行きたい場所があるのだ。
友人。わたしはずっとずっとそう思っているけれど。 ささやかな縁にしがみついているだけなのかもしれず。 けれども決して離れたくない。大切でならない縁だった。
ずいぶんとながく歳月が流れたけれど。顔も知らない。 声だって知らない。電話番号もメールアドレスさえも。
知らないことだらけだけれど。私は彼を確かに知っている。 息遣いを感じる時だってある。とても私に近いところから。
予定より少し遅くなりちょうどお昼時に目的地に着いた。 そこは硝子細工のお店らしく。でも扉に鍵が掛かっていた。 でも間違いないここなのだ。窓から彼の絵がちゃんと見える。
しばらく待っていると店主さんが帰って来てくれてほっとする。 開口一番にもしや?と訊かれた。待っていてくれたのだそうだ。 彼が。約束したんだと言って午前中ずっと待っていてくれたのだと。
明日が最終日の個展だったから。きっと今日だと信じてくれたのだろう。 私も速達で葉書を出そうと書いたのだけれど。それを躊躇ってしまった。 もし予定通りに行けなかったら。どんなにか悲しむだろうと思った・・。
自宅はその場所のすぐ近くだと言う。けれどもあえて連絡を頼まずに。 ひとめ会いたいけれど。会わずに帰ることを選んだ。それが希望だった。 いつかきっと。そうでなければいけないような気がしてならなかったから。
そういつか。そんないつかのためにともに生き続けたいと祈るように願う。
ありがとうひろたくん。優しくてあたたかくてほっとした一日でした。
私信:ひつようなのです。どうしてもどうしてもひつような縁なのです。 どうかわかってください。どうかしんじてください。お願いです。
2008年12月22日(月) |
それは雨ではなく。雪でもないけれど。 |
昨夜の強い風がそのまま寒波になり。 曇天は雪雲のように重く冷たい一日。
山里では時雨が風に舞う。雪になれずに。 駄々をこねているような拗ねているような。 そんな空のことをおおよしよしと宥めつつ。
じぶんもほんのすこしの時雨心地となった。
けれども大丈夫それは雨ではなく。雪でもない。
仕事はひたすら年賀状作りに励み時を忘れていた。 とにかく今日中にやっつけようとそれを済ますと。 なんだかほっとしたのと同時に。心細くもなった。 例年ならぎりぎりまでそれをしないのに急いでいる。
そうしないと落ち着かないのだ。明日があるのかと。 ついつい不安になる。また例の明日死ぬかも症候群。 ばかみたいって思いながら。やはりそれが不安になる。
嬉しいことがあり過ぎる。恵まれ過ぎていると思うたび。 いっぱいの感謝をしながら。冥土の土産が増えていくのだ。 もうほんとうにじゅうぶん。だからどうか生かせて下さい。
ぜんぶあげたい。もっと尽くしたい。私は身ひとつでいい。
夕暮れて晩御飯を済ませた頃に。仕事帰りの息子君が来てくれる。 職場が漁師町にあるので。上等のマグロの切り身やらクエやらを。 お正月用にと届けてくれた。おまけにイブの夜にとワインまでも。
そのうえテレビまで買ってくれるという。すごいサプライズだった。 こんなしけたテレビで紅白を観るのかよって言って。即刻電器店へ。 父親は大喜びではしゃいでいる。母だってもう天国に行った気分だ。
ありがたいことだ。お兄ちゃんほんとになんて言ったらいいのか。 子供の頃には欲しい物があっても。いつも我慢してくれていたのに。 専門学校のハワイ研修の費用だって。アルバイトして貯めていたのを。 直前になって行かないと言って。サチコの自動車学校の費用にくれた。
母さん。子育てが苦手で親らしいことまともに出来なくてそれなのに。 ちゃんと育ってくれてほんとうにありがとう。優しい子に育ってくれた。
またまた感無量の夜になった。いいのかなほんとうにこれでいいのかな。 母さんに明日ちゃんと来るよね。ぐっすりと眠ったらきっと朝が来るよね。
明日は。詩友の個展にどうしても行きたくて。約束を果たしたくてならず。 もう二度とこんな機会がないようにも思える。会いたいのだなんとしても。 まだ一度も会ったことのない彼に会いたくてならない。きっとかなえよう。
いそいでいるのだろうか。やはりどうしてもいそがなければいけない気がする。
日暮れた頃からずいぶんと風が強くなる。 ひゅるひゅるとがたがたとざわざわのなか。 こうしてとりとめもなくこれを記し始めた。
穏やかさが手をひろげて待っていてくれる。 そんな気がしてならず。ゆっくりと向かう。
金曜日の夜からいろんなことがあった。 きっと年の瀬のせいだろう。その瀬が。 川の流れのように必然にも思えてならず。 なんだか自分が試されているような木の葉。
やはりそれは海に辿り着くことはできずに。 澱みに沈みこんでしまいそうになりながら。 また浮かぶ。そうして恵みにきづくありがたさ。
たったひとつの痛さにもうとらわれはしない。 そう決めたのだ。だから私は決して傷つかない。
たくさんの恵み。土曜日はとてもありがたく過ごす。 昼間は親戚の法事があり。親族一同がみなあつまる。 姑さんがとても嬉しそうだった。すっかり老いた兄姉。 久しぶりに会えたものだから。みなが満面の笑顔だった。 私も彼の従姉妹達と語らう。同世代ばかりで話しが弾む。
夜は。mixiを通じて仲良くなれた友人達と忘年会だった。 みなバド仲間でもあり。出会えた事にとても感謝している。 母親みたいな歳の私を誘ってくれてともに過ごしてくれること。 わきあいあいと語り合い。大いに盛り上がり楽しい時をいただく。 ほんとうに私は恵まれているのだと。つくづく思った夜になった。 長男34歳。末娘24歳。どうか時の許す限り母親でいさせて下さい。
みんなのおかげで私はバドが続けられている。ありがたき子供たち。
そんなひと時の最中に思いがけないメールが届く。 先月のことながいながい手紙を書いて送った大切なひとからだった。 音信不通に慣れてしまい一方通行に慣れてしまった5年目の夏が過ぎ。 そうして冬になりまた一年を終えようとしている。無事でいてくれた。 それだけでじゅうぶんだと思う。とてもとても救われた夜にもなった。
けれども返信出来ずに今もいる。私というひとはそんな存在でありたい。
あいかわらず風が強い。また寒波がやってくるのだろうか。
けいちゃん。『恵』という名をほこりに思って。
どうか日々の苦悩を乗り越えてください。
わたしはずっとずっとここにいます。
2008年12月18日(木) |
どんぐりころころ喜んで |
風がすこし冷たかったけれどそんな冬らしさが好きだった。
朝の国道から見る河口が白く輝く。朝陽が水を覆い尽くし。 いちめんの銀世界のように見えた。いまは流れずにいよう。 その静けさのなかで時を待とうと。水の精たちの声がする。
今日こそは一番のりのつもりだったけれど。母に先を越された。 あらまあと愉快でならない。おはようを交し合い一日が始まる。 そのぶん同僚がずいぶんと遅刻してくる。もちろん誰も咎めない。 常識外れといえばそれまでだけど。以前のような緊迫感が薄れて。 そのおかげで皆が精を尽くせるのかもしれない。家族のような職場。 今年もなんとか年を越せそうなのが。奇跡のように思えてならない。
職場の庭には南天の紅い実。千両も万両の実も紅く色づいてくれた。
帰り道の買物。いつもの店でまたすっかり馴染みの店員さんに声をかける。 最近自分でも不思議なくらい人懐っこくなってしまい。可笑しくてならない。
顔見知りの人を見かけただけで逃げるように売場の陰に隠れることもあった。 何かがとてつもなく億劫でならなかったり。憂鬱でならなかった頃があったけれど。
最近ではレジ選びもする。お気に入りの店員さんのところに直行するのが楽しみ。 「わぁ今日は鍋ですね〜」って言ってもらったりすると嬉しくてならないのだ。
そうしてインフォメーションにいる彼女にも声をかける。息子君の同級生で。 忙しそうにしていてもついついその名を呼んでしまったりするのだった。 「お疲れ〜また明日ね」って言ってくれる。「は〜いまた明日ね」笑顔で手を振る。
ひとが好きだ。ひとが恋しくてならない。みんながあったかいぬくもりを持っている。
肩を落としてしょんぼりしているひとも。苛立って声を荒げているひとだって。 みんなあたたかな血が流れているはずなのだ。だから生きて日々を乗り越えていける。
もしもどうしてもその血が冷たいというのなら。あたためてあげたいものだ。
自分に出来る精一杯の温度で。ぎゅっと抱きしめてあげられたらどんなにいいだろう。
追記:日暮れ間近いつもの散歩に行く。どんぐりを見つけたものだから。 それを歌う。「どんぐりころころどんぶりこ」お池にはまってしまい さあ大変になるのだけれど。どじょうが出てきて「こんにちは」する。
2008年12月17日(水) |
夢であなたにあいました。 |
明け方まで雨が降っていたのかもしれない。 雨雲を素直に風にのせることができるのか。 朝陽がそれは優しくそっとその背中を押した。
清々しくきりりとした空をトンビ達が飛び交う。 くるりと旋回しながらふうっと息をするように。 心地よさが伝わっきて思わず両腕を広げてみる。
羽根はない。いつまでたっても羽根などないけれど。
昨夜も酔いつぶれてしまってぐっすりとよく眠った。 そのくせ夢をみる。青春ドラマ的な夢ではなくって。 久しく会わない弟が登場してくる。「ねーちゃん」 困ったよほんとに困ったよ。なんとかしてくれよと。 それは深刻な顔で言うものだから。貯金通帳を渡す。
ああでも。ねーちゃんも困っちゃうよ。どうしよう。 そう思った瞬間。弟は忽然とどこかに消えてしまう。 そうして今度は母の声が聴こえてきた。「ねーちゃん」 黙って休んだりするから心配したじゃないのって大声。
ちゃんと言ったよ。休ませてねってちゃんと言ったよ。 どうして忘れるの。無理しないでねって言ってくれたよ。
あーもうほんとに。ねーちゃんどうすればいいかわかんない。
その瞬間がばっと目覚める。やけにリアルな夢をみたものだ。
今日こそは早目に出勤しようと思っていたけれど少し遅くなる。 母にメールをしてからいつもの山道を行く。なんだかそわそわ。 道中の風景を眺める余裕もなく。冬けやきも仰げないままだった。
また同僚のお世話になる。母の姿は見えず少し気掛かりになった。 同僚が母のタイムカードを見てくれ。昨日も相当遅かったらしい。 まあ鬼の居ぬまに一服しようやと。ふたりで珈琲を飲みくつろいだ。
母がやっと出勤してくる。あらふたりとも早いのねとケロっとした顔。 アパートで孤独死じゃなくて良かったわとそれも笑い話になりさあ仕事。
川仕事が一段落したことを告げ。収穫期までは精一杯尽くすことを誓う。 やっぱねーちゃんが居てくれると助かるわなどと言ってくれる母だった。
からだがふたつあればと無理なことを思う。せめて若くてもっとタフで。 どちらにも尽くせるような存在でありたい。出来ていたことが出来ない。 ながく生きていればそんな限界が必ずくる。母は私以上にもっと老いる。
帰り道で買物をしながら。ずっと弟のことを考えていた。元気だった。 つい先日電話した時は元気そうで。仕事も頑張っている様子だったし。 夢のことが気になったけれど。あえて今日は電話もせずにやり過ごす。
そうだお歳暮を贈ってあげよう。子供の頃から食い意地がはっていたな。 とにかく食べるものが良い。そうだハムをこんがり焼いて食べるのが好きで。 お弁当にいつも入れてあげていたのを思い出す。当時は魚肉ハムだった。 けれどもねーちゃんもまともなハムくらい買ってあげられるようになったさ。 丸大ハムだよ。これをこんがり焼くとめっちゃ美味しいよ。ほうらたんとお食べ。
喜ぶ顔が目に浮かぶ。ねーちゃんさんくすってきっとメールが届くだろう。
おとうとよ。世間の荒波に押し流されたっていい。でも決してくじけるなよ。
負けるなよ。頑張れよ。そうしてねーちゃんよりずっと長生きするんだよ。
2008年12月16日(火) |
やまない雨などほんとうにない |
灰色の空におはよう。深呼吸をしながら一日がうごき始める。 風がうごいていく。鳥がうごいていく。見えない太陽がうごく。
そんな朝の窓辺にいてふと暦を見ると。日付もうごいてしまっていて。 もう師走も半分を過ぎってしまったらしい。こくこくとんとん急ぎ足。 私も少しは急がなくてはと先日思ったばかりなのだけれど。なんだか。 まったり癖がついてしまったらしく。一呼吸二呼吸しては歩むばかり。
今日は山里へは行かずに川仕事の潮待ちをしていた。もう大潮ではなく。 中潮になり潮が引き始めるのを待っているうちにお昼が近くなってくる。 その間ずっと自室にこもりっぱなしで。また音楽三昧の時間をいただく。 贅沢なことだとつくづく思うけれど。そんな時間をありがたく過ごした。
「もうそろそろだな」そんな彼の声を合図に。やっとうごきはじめる。 少し早目に昼食を済ませ。ふたり軽トラックに乗り船着場へと向かう。
太陽がやっと顔を見せてくれて青空が嬉しい。肌寒さも一気に薄れていく。 今日ですべての漁場に網を張り終える予定で。おっし頑張ろうと意気込む。
ところがよほど大気が不安定だったのか。にわかに雨が降り始めてしまう。 雨合羽の用意もなくて仕方なく作業を続けるしかなかった。冷たい雨だった。 けれども優しい雨でもあり。「やまない雨はないぞ」と彼が励ましてくれる。
ふふふっと心が微笑む。それはずっと私のセリフだったこと。真似してるって。 可笑しくもありながら。彼の口からそんな言葉を聞けたことに感動さえおぼえた。
ながねん連れ添っているとこんなふうになってくれるのか。とてもありがたい事だ。
いつかのリストラ。もの凄く落ち込んでいた頃の彼をふっと思い起こした。 鬱々としながら。体調もどんどん悪くなり。俺はもうすぐ死ぬんだとまで言った。
けれども亡くなった父親が残してくれた家業があってくれたことで救われる。 一度は廃業しようとしたのを。なんとか私だけでもと細々と続けてきたかいがあった。
その時。彼は私の弟子になってくれたのだ。でも今はすっかり親分になっている。 それもけっこう口うるさくて。あれやこれやと指図や命令をして私を振り回すほど。
それは少しも苦ではない。むしろそうしてふたりで精を出すのが嬉しくてならない。
「おつかれさん」「はいおつかれさん」予定通りすべての網を張り終えた瞬間。
後は自然の恵みに委ねるばかりとなった。どうか無事にどうか順調に育ちますように。
やまない雨などほんとうにない。どのような苦悩もそれが転機になり得るものだ。
転機は天気。じんせいは空とおなじように日々変化しつつうごき続けるのだと思う。
追記:川仕事の後。炬燵で眠りこけてしまい今日はお散歩に行けなかった。 あんずに晩御飯を持って行った時。不機嫌さを気遣っていたけれど。 あっけらかんとしたいつもの食欲にほっとする。明日は行こうと約束。
そうしてまた例のごとく寝酒。最近やたらと酒量が多いが。許そう。 眠くなったら即刻寝る。青春ドラマ的な夢を見るのが楽しみなこの頃。
2008年12月15日(月) |
あえる。あえない。あえる。 |
冬らしくすっきりと良く晴れる。色づいていた木々も葉を落としつつ。 最後の一葉を見つけたりすると。はらはらとせつなくもなる頃だった。
四日ぶりの山里。例の銀杏の木はもちろん道端の民家の欅の木でさえも。 この数日のあいだにすっかり裸木になっていた。けれども『冬けやき』 私はその冬の欅の木が好きでならなくて。二本並んで寄り添う姿には。 おとことおんなの情であるような。なんともいえない哀切の息を感じる。
たがいに空へと手をのばす。それはか細い骨のようでもあり指先にも似て。 だからといって絡み合えずに。ただひとつの空へと想いを馳せているばかり。
ことしもふたりにあえたのか。愛しさが鼓動の波となってはおしよせてくる。
日中はひたすら仕事。外回りの仕事もありありがたかった。営業のような事。 帰り道で幼馴染の家の前を通り。行き過ぎてはふっと思い立ち後戻りしてみた。 子供の頃に呼んでいたようにその名を呼ぶと。すぐに飛び出して来てくれて嬉しい。
私は小学四年生の時にこの山里へ転校して来た。そうしてわずか三年間だったけれど。 いちばん仲良くしてくれたのが彼女で。転校してからも時々手紙を交し合っていた。
そうしていつのまにかそれが途絶えたまま。ながいこと歳月が流れてしまっていた。 母の再婚。そうしてそれに引きよされるように私もまた山里の地を踏むことが出来た。
母にとっても。私にとっても。この山里はよほど縁深い土地だったのだろうと思う。
今年のお盆には同窓会があって。私のところにもその案内状を届けてくれたのだけれど。 私は行かなかった。なぜか気が進まず気が重くもあり嘘の理由を作って行かずにいた。
その時のみんなの写真を彼女が見せてくれる。ひとりひとり名前をちゃんと憶えている。 初恋のひともいた。すごくすごく好きでその頃は話し掛けることさえ出来なかったひと。
わずか三年の間だというのに。こんなにもみんなのことが懐かしくてならない自分。 決して忘れてなどいないのだとつくづく思った。会いたかった。会うべきだったと。 それは後悔になってしまい。もしかしたらもう二度と生きて会えないのかもしれない。
次はいつになるかわからないと彼女も言う。でもふたりはいつでも会えるよねと。 そうなんだ。こんなに近くにいるのだもの。私はとても大切なことを忘れていたのだろう。
手を振って見送ってくれる。涙があふれそうになる。ありがとうってこころがさけぶ。
追記:昨夜遅くプチ家出をしていたサチコが帰って来た。 今回はなんと横浜アリーナ。DJOZMAのファイナルコンサート。 一日は東京散策。浅草で人力車に乗ったのが楽しかったとか。 お土産の銀座の焼き菓子がやたら美味しく。焼酎やらビールやら。 無性に白ワインが飲みたい夜でもあった。はぁ・・ふう・・・・。
2008年12月13日(土) |
水は変わらずきょうも流れている |
下り坂の天気予報。朝のうちの陽射しも雲に包み込まれ。 日暮れが合図だったかのように細かな雨がぽつんと落ちた。
月を想う。満月の今夜。雲の上はどんなにか光に満ちていることだろう。
友人の命日だった。あのとてつもなく悲しくて辛くてならなかった日から。 もう一年が経ったことを受け止めながらも。大好きだった笑顔の彼女の声を。 ついきのうのように感じている。思い出しているのでも懐かしんでいるのでもなく。
ずっとある。うしなってしまったなどとどうしていえよう。ここにあるものを。
昨日の午後。海辺の町にある彼女の実家を訪ねたがしっかりと鍵が掛けられてあり。 玄関先に花を置いてそっと帰って来た。今日の法要に供えてくれていたらと願うばかり。
彼女にとってはゆうじんではなかったのかもしれないのだ。私は『某』でありたい。 この先もずっとそんな存在でありたいと思う。某にとって縁とはかけがえのないもの。 決して忘れはしない。またきっと巡り会いたいと念じながら私も逝く日が必ずくる。
おぼえていてくれていたらいいなとおもう。またわたしを見つけてくれたらいいな。
ワスレナイデワタシヲワスレナイデと。欲のように願ってやまないときがある。 先に逝ってしまったひと。いまありがたく繋がっていてくれるひと。忘れないで。 私が忘れないのとおなじくらい私のことを憶えていてくれたらどんなに救われるだろう。
川仕事がやはり堪えるのだろうか。今日も午後からへなちょこになってしまった。 つくづくと体力の衰えを感じる。情けなくもありそれは仕方なくもあったりで。 なんとしても乗り越えなくてはと思いつつ。誰かに弱音をぶつけたくなったりもする。
老いることはやはりどうしようもなくせつない。気力はあるのに身体が正直になり過ぎる。 けれども水辺のこと。朝陽のこと。ゆったりと舞いおりる水鳥の姿などに心が和む。
ありがたいことだ。こうして生きてある日々の暮らしと。自分を流れる血と命のこと。
夕方になれば待ってくれているあんず。歌をうたえない日もあるのだけれど。 水は変わらずきょうも流れている。夕陽に染まれなくてもそれは流れ続ける。
平穏だった。なにひとつ足りないものなどないくらい満たされていることを感じる。
追伸:入浴剤を『旅の宿』にする。今夜は信州『白骨温泉』だった。 あしたは十和田か奥飛騨か。霧島もいいなと夢うつつにおもう。
焼酎は『さつま白波』もう何杯目かわからないけれど心地よく酔って候。
2008年12月11日(木) |
私の水はどれほどのものだろう。 |
晴れのち曇り。とはいえ雨の匂いは少しもせずに柔らかな午後になる。 春のように暖かなおかげで。山里はいちだんとのどかさが感じられる。
けれども日々はとんとんとんとステップを踏むように踊り始めていて。 その輪の中にどうしてもと背中を押されてしまったような自分がいる。
これが流されるということなのかもしれない。逆らうことなど出来ない。
深い川ほどゆっくりと流れるのだという。私の水はどれほどのものだろう。
今朝はかつてないほどの朝寝坊をしてしまった。いつもなら暗いうちから 起き出してあんずの散歩に行く彼が寝過ごしてしまったらしく。びっくり。 もうすっかり夜が明けていて。ふだんなら朝食が済んで寛いでいる時間だった。
彼もよほど疲れていたのだろう。私の目覚めはもう何年も彼を頼りにしている。 今でこそ勤め人ではなくなっているけれど。そうだったらどんなにか焦った事だろう。
まあいいさ。俺はバナナだし先に食べてろと言い残し。あんずと遅い散歩に出掛ける。 私だってまあいいさって思う。洗濯もちゃんとしよう。食後の珈琲もゆっくり飲もう。
けれどもさすがに山里の職場が気になり。母にメールだけはしておこうと思った。 そうしたらなんと先を越されてしまって。母からのメールがとっくに届いていた。
件名「今日はちょっと遅くなります。心配は要りません。やぼようです」 本文はもちろんなく。まったく何度教えても件名が長過ぎるところが愉快だった。
苦笑しつつも珈琲をごくごくと飲み。大急ぎで洗濯物を干してクルマに飛び乗る。
大橋を渡りながら思った。まあいいさ。どんな時もあるのだし何とかなるのだし。 そうして出来るだけいつものようにとのんびりを心がけてみる。山道のこと。 お遍路さんのこと。峠道を上り詰めたら空を見上げよう。そうしたいそうしようと。
たしかになんとかなる。けれどもそれにはなんとかしてくれるひとがいてくれる。 同僚はたったひとりで職場にいて。文句のひとつも言わず黙々と仕事をしていた。 事務所を暖めてくれている。工場にはまだ修理中のクルマが何台もあるというのに。 焦ることもなく慌てることもなく。ひとつひとつ丁寧にしっかりとそれを遣り遂げる。
この職場が在り続けられるのは彼のおかげなのだと。今朝ほど思い知った事はなかった。
甘え過ぎている。自分の体調がどうのこうのと理由をつけては私は怠け過ぎている。 いちばんに思い遣ってあげなければいけないひとが。こんなにそばにいるというのに。
明日からまた例の川仕事のため休まなくてはいけない。申し訳ないけれど仕方なく。 同僚にそれを告げても「それがどうした」という顔をしてくれてありがたく思う。
やはりわたしは少しだけ急がなくてはいけなくて。もっともっと精一杯でなくては。
いけないのだと思わずにいられない一日になった。
からだはひとつ。こころだってひとつかもしれない。
けれどもそのひとつのこころからたくさんの思い遣りを育てたいものだ・・。
2008年12月10日(水) |
こんなにも愛しいもの。 |
つい先日の雪のことを忘れてしまいそうなほどの小春日和。 山里の職場をお休みさせてもらい家業の川仕事に精を出す。
久しぶりに乗る川船はやはり心地よく。つかのまの距離であっても。 なんだかわくわくと心が躍るのを感じた。朝陽がとても間近にある。 あたりの風景は冬枯れてしまっても。水辺の葦の老いた姿さえ愛しい。
いつもいじょうの深呼吸。水と空と光をいっぺんにいただくありがたさ。
秋の日に漁場に張った海苔網は。すべて5枚重ねにして生育を待っていた。 今度はそれを1枚ずつに分けて張りなおし。またそれが育ってくれるのを待つ。 例年だと11月中にそれをするのだけれど。今年はずいぶんと遅くなってしまう。 育ちきらないものを無理に分けてしまうと。海苔が死んでしまうからだった。
川は畑のようなもの。海苔は野菜のようなもの。自然の成すままに任せるしかない。 水は冷たいほどよく。太陽の恵みもひつよう。あとは見守るひとがひつよう。
どうか無事にと願わずにいられない。生きているのだ緑色の海苔のささやかな命が。
初日の今日は25枚が精一杯だった。あとまだ100枚ちょっとある。次回も頑張ろう。
久しぶりに肉体労働をしたせいか。午後はすっかりへなちょこになってしまった。 今朝の新聞の占いを思い出す。最初は辛いがあとは順調。ずばり当たっているようだ。 今年ほど体力の衰えを感じたことはなかった。あとは順調っていうところが嬉しい。
時々は弱音を吐こう。しんどい時はそれなりに。無理をしなくても成るようになる。
午後少しだけうたた寝をしているうちに。またいつもの夕暮れがせまって来た。 身体が重くてよっこらしょの気分のまま。待っていてくれるあんずに励まされる。 「しあわせは歩いてこない だから歩いていくんだよ」と歌いながら散歩に行く。
お大師堂へと続く土手の石段をひとつひとつゆっくりと下りる。するとあんずも。 なんだかよっこらしょの足取りになってくれて愉快だった。日に日に飼い主化している。 そのうち目尻にシワが増えて。寝酒に焼酎を飲みたがるようになるかもしれない。
銀杏の落ち葉の中にあんずを繋ぎ。しばし独りでお大師堂にこもり手を合わす。 いつかの菊の花はまだ枯れずにいてくれて。誰かが駄菓子を供えてくれている。
その時おもてから鈴の音が聴こえた。もしや?と思ったけれど振り向かずにいた。 そうしてゆっくりと立ち上がりその扉を開けたところ。白装束のお遍路さんが。 それはなんともあたたかな微笑をたずさえ。そこに佇み待っていてくれたのだった。
紅に染まる川面を見つめながらささやかにふたり語り合う。17日目の夜だそうだ。 遠く新潟から来たそうで。四国霊場巡りは二度目だけれどここは初めてだと言う。 テントと寝袋で野宿が多いけれど。屋根があり扉があるのがありがたいことだと。
60歳前後の男性であったが。とても健康的で溌剌としていて何よりも満面の笑顔。 ほんわかとあたたかな空気に包まれながら。穏やかさをいただいたひと時であった。
明日もどうかご無事にと別れを告げ立ち去る。
夕暮れ時のささやかな出会いだった。ひとが愛しくてならないとつくづくと思う。
2008年12月09日(火) |
ここがわたしの在りかなのだから |
真夜中に雨の音を聴いた気がする。朝の窓辺でその名残の雫を仰いだ。 やがて雀色の土手が薄っすらと紅く染まり始める。それは思いがけなく。 雨雲があまりにも優しかったせいだろう。太陽がほっと微笑んだ瞬間だった。
まいあさの卵焼きを作る。一切れだけ自分のお弁当に入れてあとはラップ。 彼の朝食がバナナだけになって二ヶ月が過ぎた。成果は一キロ痩せただけ。 けれども大晦日まで頑張るのだという。おかげで私の朝は随分と楽になる。
そのうえ時計を見なくなったものだから。気忙しさから縁遠くなってしまい。 出勤前のつかのまの時さえも。もうじゅうぶんなほどに寛ぐことが出来る。 許されているおかげだと思いつつ。こんなふうに自分を許すのも良いと思う。
かといって仕事はそれなりにこなす。きちんきちんとは性分だから精一杯にやる。 愛想笑いだってするし。同僚に冗談を言いつつふざけあうことだって出来る。
まあこんなもんだろう。これでよしとしよう。あとは成るようになるのだから。
仕事を終えての買物もなんだか楽しみでならず。顔馴染みになった店員さんに。 すっかり懐いたふうで話しかけるのが日課になった。その時の笑顔がまた嬉しい。 「ねえ夕べのおかず何だった?」って訊くと「カレー!」って応えてくれたり。 ビールや焼酎を買った時には「今夜は酒盛りやね」ってレジで笑い合ったりする。
そうなんです。毎晩酒盛りなんです。今も芋焼酎のお湯割三杯目でテンション高めだし。
ふう・・毎晩よく書けるもんだなって。ちょっと呆れながらこれを書いているところ。
だからなのか脱線もあり。故障もありで。そうそう美しい文章など書けはしないのだ。
こういうのを『ありのまま』っていうの。わたしの一番好きなスタイルである。
許しちゃうよ。とことん好きなようにやっちゃえ。なんならもう一杯やりますかい?
はぁ・・馬鹿みたいなわたしが好きだ。自分に惚れなくちゃ生まれたかいがない。
ゆうがた。これも日課の散歩に行って。川面に漂う銀杏の葉にしばし心を奪われる。 もう潮が満ちて退き始めた頃だったのだろうか。その葉は海に行きたがっている。
けれども行けないのが運命みたいに。川岸に繋がれた船に寄り添うことを選んだのか。
ひとところに囚われた罪人のようにそこから先に行けない。流れているというのに。 川が海へと惹き込まれているというのに。イケナイことがこの世にはあるのだろう。
私もいかない。すすんでいるけれど流れているけれど。いかないことをひとつだけ。
えらぶ・・・・。 ここがわたしの在りかなのだから・・・・。
2008年12月08日(月) |
会えるかもしれないことへ |
きりりっと冷たく冬らしい朝だった。空気がとても澄んでいる。 そのおいしいところをいただきますと。今朝も深呼吸をしてみた。
天気予報は晴れのち雨だというけれど。信じられないくらいの青空。 いつもの大橋を渡りながら見渡す川面は。鏡のようにその青を映す。 そうして河口沿いの道に向かうと。光の天使達が水鳥のように舞う。
見せてあげたいといつも思う。もうなんねんも叶わぬことを願いながら。 このまま老いていくのだろう。それが自分の存在を意味づけるかのように。
朝いちばんに読んだJさんの日記に「おおきな愛になりたい」と書いてあった。 そうだった。私もそうだったのだと。今朝ほど心がふるえたことはなかった。 不確かで心細くありながらもずっとそう願い祈り続けてきたように思う。
ながいこと時が流れた。けれどもすすむ。わたしはそこに向かって今も歩んでいる。
やがて河口が見えなくなると国道は山に囲まれ。全長1.6キロの『伊豆田トンネル』 トンネルの真ん中あたりで。四万十市から土佐清水市に変わるほどの長さだった。
排気ガスが充満しているであろうその暗い歩道を。ひたすら出口を目指して歩く。 お遍路さんの姿にはいつも勇気をいただく。トンネル恐怖症の我が身を忘れるくらい。
それでも少しは臆病者なのだろう。トンネルを抜けるとすごくほっとするのだった。 そうしていつもの県道へと右に折れる。あとはくねくね道の峠を目指すだけだった。
ひとり。ふたり。青い目をしたお遍路さんに会えそうな気がしてならなくて。 追い越すたびにスピードを緩め。ただただ会釈を繰り返しつつ先へと進む。
五人目だったと思う。ひときわ背高のっぽのお遍路さんの後姿を見つけた。 ちょうど峠道に差し掛かったあたり。杉の木が生い茂る道をひたすら歩いている。
笠を被らずに背中にそれを背負っていてくれたおかげで。しっかりと確かめられた。 スキンヘッドでなかなかのイケメン。30歳前後の若い青年で青い目をしていた。
こころがきゃ〜と歓声をあげる。やったぁ!会えたんだ。我ながらすごい感動だった。 こころを込めて会釈をする。ささやかなこと伝わってくれたら良いなって願いながら。
けれども追い越していかなければいけない。後ろ髪を引かれるような想いのままで。
どうしたことだろうこの胸の熱さは・・なぜか涙がほろほろとこぼれてしまう。 じぶんで自分のことがわからなくなってしまって。宥めようにもその仕方が見つからない。
会えたのだ・・会えるかもしれないと思っていたひとにちゃんと会えたのだ・・。
ほんとうにささやかなこと。誰も知らない私だけが知っている出会いだった。
2008年12月07日(日) |
しんこきゅうしよう。いっぱいしよう。 |
二十四節気のひとつ『大雪』今朝はこの冬いちばんの寒さだったそうだ。 少しだけ朝寝坊をさせてもらい。温もりを残したままの湯たんぽを愛おしむ。
朝食後の自室に居ながら。毎朝そうせずにいられなくて窓をそっとあけてみた。 そこはいつだって新鮮な朝。空を見上げては光りのありかを確かめるように。 風の声や。雀達のはしゃぐ声や。今朝は枯野のごとき土手を霜が覆い尽くしていた。
しんこきゅうをいっぱいする。そうしてこころじゅうに朝のことをおしえてあげる。
ほらちゃんとここにあるよ。見てごらんなさい。耳を澄まして聴いてごらんなさい。
とくになにもあてのない日。青空を嬉しく洗濯物を干すことだけを任務のように果たす。 あとはまた自室にこもりひたすら好きな音楽に浸っていた。『素直』という歌。 『いちばん伝えたい言葉は「ごめん」じゃなくて「ありがとう」』っていうところが。 好きで好きでたまらない。槙原敬之。久しぶりに聴いた。懐かしさが込み上げてくる。
ときどき引き戻される『時』がある。そうしてそこから元に戻れない時がある。 それではいけないのだろうけれど。じぶんをゆるしてしまう時があってしまうものだ。
そんな時に救われるようなメールがとつぜん届き。はっと我に返ることが出来た。 うん行こう!今からすぐに行こうと決め。土佐清水市までクルマを走らせた。 バドの大会があったのだった。若い仲間達の顔が目に浮かぶと会いたくてならない。 なんだか子供の部活の応援に夢中になっている親みたいな気分で可笑しくもあった
お昼前の海のなんと眩しいことだろう。大海原を左に見ながら心ごと海になりそう。 歩き遍路さんにもたくさん会える。行くひと。次に向かうひと。元気そうな足取り。
三時間ほどバドの応援をする。久しぶりに会えた仲間もいてとても嬉しかった。 気軽く声をかけてくれる。にっこりとピースサインをしてくれる。皆のことが大好き。
おかげでものすごく元気をいただく。なんだか新しくてきらきらと眩しいくらいの元気。
帰宅してスキップするような足取りで。いつもの散歩に出掛けることが出来た。 「さざんかさざんか咲いたみち」と歌いながら。やけにテンション高いなって楽しい。
お大師堂の前には銀杏の葉がいっぱい散りつもっていた。きのうとは違う風景。 そうなんだそうして時が流れているのだと。わかりきっていることをしみじみと想う。
お大師堂の中には『お大師帳』というノートが備えられていて。一夜の宿のこと。 泊まったお遍路さんは皆そこに。そっと言葉を書き残して旅立って行くらしかった。
そのノートを読むのが私のささやかな楽しみでもあり。喜びでもあるのだけれど。 冷えこんだ昨夜のお遍路さんは。どうやら外国の方だったらしくてびっくりした。 英語の文章。なんて書いてあるのかよくわからなくて。でもなにかとてもあたたかくて。
今朝の霜の道を元気に旅立ってくれたのだなと。ほっと安堵したのだった。 たぶん今日の道で私は追い越してしまったのだと思う。どのひとだったのだろう。
無事に足摺岬に着いていたなら。明日はきっと山里の道で出会えるような気がする。
ああ・・今日っていい日だったな。明日の朝もいっぱいしんこきゅうしよう!
2008年12月06日(土) |
はじめての雪がふった日 |
昨夜からまたぐんと寒くなり北風が夜通し口笛を吹き続けていた。 真夜中にあんずの吠える声。『しらすうなぎ漁』が始まっているせいか。 路地を抜けて川辺に向かう人がいるのだろう。冬の風物詩でもあるけれど。 あんずにとっては眠れない夜になってしまう。ご近所に迷惑をかけ申し訳ない。
ここに嫁いできたばかりの頃。私も何度か行ったことがある。風が強くて。 寒い夜ほど漁があるらしくて。防寒着で達磨さんみたいな格好をしながら。 バッテリーと電球。掬い網とバケツを提げて川辺でじっとそれを待つのだ。
うなぎの稚魚は白っぽく透明で。電気の灯りに誘われてちょろちょろっと それは可愛げに近寄って来る。その時にすばやく掬うのだけど慣れないと あっという間に逃げられてしまう。また辛抱強くひたすらじっと待つばかり。
真夜中ではあっても少しも心細くはなかった。そうして寒さを感じることもなかった。 今では年々不漁になっているらしく。ふと昔を懐かしむ年頃に私もなってしまった。 好奇心旺盛だったあの頃。いろんなことに挑戦するのが新鮮でならなかった頃のこと。
日中も変わらず風が冷たく。洗濯物が飛ばされそうなほどの北風が強く吹く。 山沿いでは時雨れているのだろう。川向の山の上には重たそうな雲が広がっていた。
例のごとく買物にも出掛けず。家事もろくにしないまま自室にこもってばかりいた。 目を閉じてひたすら気だるさを相手に。好きな音楽に浸り続ける。それが至福であり。 『答えなどどこにもない』という平井堅の歌声には。涙まで出てしまうほどだった。
午後少しお昼寝。炬燵というものはほんとうにありがたいものだとつくづく思う。 ぐっすりと眠ってしまわないように彼の世話になる。茶の間でテレビの音だけを聴く。
そうして日課のお散歩。出掛けようかなと思い外に出たその時。雪が降り始める。 今年初めての雪だった。寒さなどすっかり忘れて子供のように歓声をあげてしまった。
あんずも嬉しそう。つかの間の雪だったけれど。あんずの背中に雪が少し積る。 そうすると雨に濡れた時のようにぶるぶるっと身体を振ってその雪をとばす。 その姿がなんだか愉快でならなくて。ついつい「雪やこんこん」と歌ってしまう。
お大師堂には歩き遍路さんがひとり。もう灯りがともっていて扉の向こうに影が見える。 古いお堂だから隙間風が冷たいことだろう。せめてお風呂に浸からせてあげたいものだ。
家に帰り着くなり彼にそのことを話すと。「寝袋はあったかいもんだぞ」と言う。 「雪山のテントでだって眠れるんだ」って言うので。なんかすごいほっと安心した。
あしたは足摺岬までかな。どうか元気な足取りで無事に歩きとうせますように。
※向かって右に見えるのがお大師堂。昨日撮ってみた写真です。
2008年12月04日(木) |
もういいかい。まあだだよ。 |
朝の青空がいつのまにか雲におおわれ。月のことも星のことも。 忘れてしまいそうな夜になる。真っ暗な夜空を見あげるのはとても。 心細いものだけれど。おそるおそる窓をあけてそれを確かめてみた。
そうしたらほんの一瞬。月の笑顔が見えた。ふっくらと優しい光り。 思いがけないことが嬉しくてならない夜もある。「もういいかい」って。 かくれんぼしているみたいな夜。「もういいよ」って私もちんまりとなる。
ちんまりはぽつねんと似ていて。寂しがり屋は独りぼっちが好きだった。 そうして時々は中から鍵をかける。「みいつけた」って声が聴こえないように。
ゆうがた。雨の匂いがする風と。ひたひた漂うばかりの水辺の道を歩きながら。 わらべ歌もうたうことなくひたすらお大師堂へ辿り着く。あんずも黙々と。 きょうはいつもよりずっと素直な足取り。何かを察しているような雰囲気。
とくべつな日だった。小菊の花を供えてお祈りをする。願いごとではなくて。 ただただ感謝するばかり。いただいた命が愛しく。生き永らえて在ることは。 もしかしたら奇跡なのかもしれない。生かせてもらえることはこのうえなく。 ありがたいことなのだとつくづく思っている。若き日の罪深さを背負いつつ。 どのような罰も受け入れようと覚悟しているというのに。どうしてだろう。 どうしてゆるそうとしてくれるのだろう。わからない。答えなどないに等しい。
それは毎年めぐってきてくれる。さあもうひとつ。大丈夫だから生きなさい。 そんな声がどこからともなく聴こえてくるような気がしてならなかった。
平穏無事な日。笑顔がいっぱいになる日。時々は落ち込んで弱音を吐きたい日。
もうじゅうぶんだと思う心もあれば。ついつい求め過ぎてしまう心だってある。
けれども受け入れてあげなければ。生かされている意味がなくなるような気もする。
またひとつをありがとうございました。心から感謝せずにはいられない特別な日です。
2008年12月03日(水) |
おてんとうさまがぬくぬく。 |
穏やかさを抱くようにしながら。今夜も三日月の空を仰いでいる。 月の光は十字架のように見えて。雫の星は紅色を帯び輝いている。
師も走る頃というけれど。とりたてて急くこともなく時が流れた。 そんないちにちをそっと織るように。とりとめもなくこれを記す。
昼間。仕事中ではあったけれど近所に住む老女と少しだけ語り合った。 山里の所々には役場が備え置いたベンチがあり。そのひとつがきのう。 うちの職場の側にお引越しをしてきたのだった。木製の古い物だけれど。 工場の壁際のいちばん陽当たりの良い場所にそれを据えることになった。
いちばん喜んだのはそのおばあちゃんで。今日もにこにこ笑顔で日向ぼっこ。 いつも独りぼっち。少し認知症でもあり毎晩とっくの昔に亡くなった夫の 帰りを待っているのだそうだ。ご飯をたくさん炊いて「遅いね・・」と呟きながら。
どうしようもなく呆けていると皆言うけれど。私にはそれがせつなくてならない。 夕暮れは孤独だ。夜更ければもっと孤独だ。待ってはいけないなどとどうしていえよう。
そんなおばあちゃんと語り合う。つかの間ではあったけれど私も一緒に日向ぼっこ。
「おてんとうさまがぬくぬくよ」と彼女が微笑む。お遍路さんも会釈をしてくれる。 その道を通り過ぎて行く人が皆。にっこりと笑顔になり話し掛けてもくれるそうだ。
「ここは天国じゃね」と「ありがたいところやね」とほんとに嬉しそうに話してくれた。
一緒にいるだけでぬくもりを感じる。まるで猫を膝に抱きうつろうつろしているよう。
老いることはたしかにせつない。けれどもこんなふうに老いられたらどんなにいいだろう。 私だって呆けるかもしれない。そうしてずっとずっと誰かを待っているかもしれない。
けっして叶いはしないこと。受け止めなくてはいけないことがあるのだとしても。 最後の最期まで待ちわびるような人生でありたい。それは欲望でも願いでもなく。
縁を織りいちまいの布にするくらいの心意気で。その布を纏って旅立てるようになりたい。
PS:きのうの老犬あんずのひとこま。臆病なくせに崖っぷちが好きなのです。 そういうところが飼い主によく似ています(笑)
2008年12月02日(火) |
あっけらかんと笑うのがよい |
日中の小春日和がありがたく。夜になってもさほど冷えずにいてくれる。 こんな夜はそっと窓をあけて。夜空を見上げてみたくなるものだった。
三日月が檸檬の姿でくっきりと。手を伸ばせば触れられそうなほどに近い。 そうしてその雫が星になってしまったかのように。きらきら星がふたつ佇む。
冬の夜空がとても好きだ。夜更けてひとりオリオンにあいにいきたくなる。
きょうは朝いちでとても愉快なことがあり。涙が出るくらい笑い転げてしまった。 このところ朝の時計を見ないようになってしまって。無意識のうちに遅刻ばかり。 たまには出掛けに連絡をしておこうかなと。今朝は母にメールをしてみたのだった。 「いまから洗濯物を干すので遅くなります」そうしてゆっくりとそれを済ます。
今まではずっといちばんのりだった。事務所の鍵を開け掃除を済ませ準備おっけい。 20年間。それが自分の任務だと思っていたし。当たり前のことだと思っていたけれど。
それが出来なくなった。しようと思えば出来るのだろうけれど随分と怠け者になった。
そのぶん母に無理をさせてしまう。毎朝どんなにか気忙しいことだろうと気遣う。 けれども母という人はなんとも大らかな性格らしく。あっけらかんとしていて。 そんなことは少しも苦にならず。自らも平気で遅刻してくる日も多いようだった。
そんな朝の事務所で「おはよう」の挨拶をかわしているちょうどその時に。 母からのメールが届く。山道では携帯の電波が届かなくて遅れてしまったのだろう。
件名。『御礼申し上げます』本文『先日はありがとうございました。楽しかったです』
なんじゃこりゃ!って思っちゃいましたよ。どうやら返信の仕方が解らなかったらしい。 それで適当な定型文を入れてとにかく返事を出したのだそうだ。笑っちゃうよね。
「こちらこそどうも!今朝も楽しいですよ。ありがとう」とか言いながら笑い転げる。
笑う角には福来ると言うけれど。それはほんとうのことなのだなとつくづく思う。 今日も商売繁盛。忙しさに嬉しい悲鳴をあげながら一日を終えることが出来た。
また気まぐれな閑古鳥が戻ってくる日もあるだろう。その時は笑顔で迎えてあげたい。
こんなふうに日に日に私の心が楽になる。それがありがたくてならないこの頃だった。 体調の悪い日もあるけれど重荷に思わず。あっけらかんと乗り越えていきたいなと思う。
2008年12月01日(月) |
決して削除なんかするものか。 |
もう12月の声。朝の峠道を越えると山里はすっぽりと霜に覆われていた。 熟し落ちきれずにいる柿の実がひとつ。氷菓子のような姿で佇んでいる。
春夏秋冬。もうなんどもくりかえし通った道。この冬はなぜかひとしおと。 愛おしくてならない。見慣れたはずの風景がとても新鮮に思えてならない。
もしかしたらいつも何かを吹っ切るために。それに目を止めていたのだろうか。 そうしながら心を和ませようと。宥めようと心がけ過ぎていたのかもしれない。
いまは違う。ほんとうにすんなりと素直にそれを受け止めているような気がする。
こころはこのうえなく穏やかだ。もうかき混ぜられはしない。自分以外の誰にも。
仕事は。今日も忙しくありがたいことだと思う。お昼休みがなかったおかげで。 いつもより早目に終わらせてもらえた。ゆっくりぶらぶらお買い物が出来て嬉しい。 そのくせメニューは野菜炒め。だってキャベツが一個99円だったんだもん。 ニラは一束38円だよ。豚肉だって半額シール貼ってあるしめっちゃラッキーだった。
っと書いてる今は相当酔っ払っているので。この先が書けるやらどうやらわからん。
たかが日記に今夜は2時間も費やしている。途中で電話があるし電話をかけもした。 なんかもうわけがわからないくらい。ああいつもの日記文学的日常は無理であるぞ。
おまけにあんずが夜更けてけたたましく吠えている。サチコの親友が来てくれた。
サチコより先に玄関に出迎え熱く抱擁する。「ちっちゃくなったね」って。 「どうしたの?おばちゃん痩せたよ」「よしよし」と頭を撫でてくれたのだった。
いつだったか三人でセーラー服を着てふざけあった夜があったね。 楽しかったなあ。あの夜はほんとうに楽しかったなあ・・・。
こんな夜もある。まあこれがありのままだからよしとしよう。
かんたんに削除なんかしない。だってそれじゃあ今の自分が消えちゃう。
|